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2007.07.18

東博平常展の光琳、文晁

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東博平常展の展示作品が一部替わったので、早速でかけた。お目当ては本日から8/26まで展示される谷文晁の“公余探勝図巻・下巻”。この絵の上巻(拙ブログ06/6/21)は過去3年で2回登場したのに、下巻ははじめて出てきた。見開き二枚に一つの風景が描かれ、これが15点くらいある。地名は白濱、谷津、川津、八幡野濱、鐙槢濱、三浦など。

下は構図がすばらしい“鐙槢濱”。垂直にのびる角々した岩の上に形の整った緑の松があり、下の平らな浜辺には宮崎の鬼の洗濯板のような岩が海の方につきでている。海岸の風景が多いが、田んぼや農家の家々、海岸沿いの道を歩く旅人などが西洋画法も使って描かれている。

谷文晁がこの絵を描いたのは30歳のころ。絵を描かせた松平定信は寛政の改革
(1787年)のころが29歳だから、江戸湾防備のため相模伊豆の海浜視察をしたときはまだ35歳だった。この巡視の後、老中を解任された定信は若くして隠居の道を歩まざるを得なくなる。で、古美術や庭造り趣味に没頭する。文晁が古い兜や陶器類などを模写してつくったといわれる古美術カタログ“集古十種”には縁がないが、いつか見てみたい。

定信は72歳で亡くなるが、文晁はこの頃、弟子を何千人もかかえる大画家になっていた。たんすの引き出しには金貨、銀貨がぎっしり詰まっており、贅沢三昧に暮らしていたという。絵を描く間も酒瓶を放さず、弟子の出来のいい作品には署名して自分のハンコを押してやっていた。文晁の真筆が少ないのはこのためともいわれている。

“公余探勝図巻”の前の掛け軸に嬉しいのがある。3年ぶりに展示された上の尾形光琳の“八橋図”。ここでは間隔があいたが、05年10月、根津美術館であった“国宝 燕子花図展”にも出品されたから、実質1年半ぶりの再会。

広重の“江戸名所百景”には名所を対象の大胆なトリミングでみせるものが多くあるが、トリミングの元祖は宗達、光琳。画面のなかでこちら向きに座っている業平は左の水辺のほうを見ているが、光琳は橋や燕子花を一部しか描かず、見る者がもっと広い空間を想像するように仕向けている。

ほかでは久隅守景の“許由巣父図屏風”、隣の部屋にある狩野山楽が描いた良コンディションで色彩が鮮やかな“黄石公張良虎渓三笑図屏風”に魅せられた。

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