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2007.06.30

MOAの日本画コレクション

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MOAでの美術鑑賞は料理のフルコーススタイル。メインディッシュ(特別展、今回はガレ・ドーム・ラリック展)のまえに前菜(常設展示)を必ず味わうことになっている。この前菜がなかなかのものなので、はじめてここを訪れる人は特別展を見る前に展覧会を一回観てきたような気分になるはず。

いつも見られるのが宗達、光琳ら琳派の絵画、野々村仁清の京焼の名品、仏像彫刻、モネの名画2点(睡蓮とホプラ並木)とレンブラントの自画像。これに所蔵の仏画、山水画、中国画、風俗画、浮世絵、近代日本画、書、やきもの、漆器がローテーションされて出てくる。

現在は近代日本画が23点展示されている(8/11まで)。図録をみるかぎり、作品の数は50点くらいと少ないが、厳選された名画を集めている。MOAの創設者、岡田茂吉は作品の質を厳しくチェックし、横山大観のような巨匠が描いた絵といえども平均レベルだと購入せず、出来のいい作品しか手を出さなかったので、珠玉のコレクションができあがった。3年通ったから、図録に載っている作品は大体みたが、いつもいい気持ちになる。

今回は数では竹内栖鳳が6点と一番多く、ほかは狩野芳崖、横山大観、菱田春草、速水御舟、前田青邨、小林古径、小倉遊亀、上村松園、鏑木清方、伊東深水が1点、ないし2点ある。上の春草の“群鷺”はぞっこん惚れている絵。精緻に描かれた青緑の藺草(いぐさ)に囲まれるように舟を配置し、その舳先に白の羽根が鮮やかな鷺を3羽描いている。上手い構成だなと感心させられるのが真ん中の舟、その向こうの藺草に較べて手前の岩と藺草の色調を強くし、奥行きのある空間をつくっているところ。

下は05年、東近美であった“小林古径展”にも出品された“紅蜀葵(こうしょっき)と猫”。古径には猫の絵、例えば、山種の稲荷神社にある狐像のような姿をした“猫”などが数点あるが、とくに気に入っているのがこの絵。はじめてみたとき、画面の大きさに驚いた。花鳥画を大きな画面にすると構図に苦労すると思われるのだが、古径は巧みな構成によって一級の作品に仕上げている。まず、目に飛び込んでくるのが生命感あふれる鮮やかな赤紅の花。花の赤と左下から右に傾くようにのびる赤蜀葵の緑は互いに響きあい、緑の葉に隠れるように描かれた可愛い猫がその紅蜀葵の色のハーモニーを引き立てている。

美人画は松園の“深秋”、清方の“名月”、深水の“深雪”(拙ブログ05/11/30)など7点が2年に1回の頻度で展示される。一度にこれほど粒のそろった美人画が展示されるのはここしかない。名画は何度見ても飽きないものだが、MOAの日本画をみたあとはいつもそれを実感する。

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2007.06.29

ハトシェプスト女王のミイラ特定!

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昨日のニュースで、古代エジプト新王国時代第18王朝のハトシェプスト女王のミイラが特定されたことを伝えていた。エジプト考古当局の発表によると、あらたにミイラを発見したというのではなく、ミイラは1903年に“王家の谷”で発掘されていたらしい。で、今回、コンピューター断層撮影装置を使って女王のものとされてきた歯を調べたら、このミイラの臼歯の抜けた跡に合致することがわかり、女王のミイラと特定できたという。

この話しに“へぇー、あのハトシェプスト女王のミイラだったの”という専門家気取りのサプライズを覚えると同時に、“104年前に見つかっていたミイラをなぜ今頃になって、調べたの?”という素朴な疑問も涌いてくる。装置ならもっと前からあったのではないかと思うのだが。これはまた“エジプトもの”がお得意のTBSの“世界、ふしぎ発見!”が取り上げるような気がするので、そのうち詳しいことがわかるだろう。

エジプト考古当局は昨年、ツタンカーメン王の死因を科学分析で推定したばかりだが、今回も大きな発見をした。ハトシェプスト女王は有名な女王だから、上のミイラはいずれカイロにあるエジプト考古学博物館で“セティⅠ世”や“ラムセスⅡ世”のミイラの隣に置かれるのだろうか。

10年前に訪問したエジプトでハトシェプスト女王(BC1503~1482)の名がつく遺跡やモニュメントをいくつか見た。最も印象深いのがルクソール西岸のデル・エル・バハリに建てられた“ハトシェプスト女王葬祭殿”(真ん中の写真)。背後は断崖絶壁で、3層のテラス式神殿は横に長く、その均整がとれた形はとても見栄えがする。中に入れる第2テラスの奥にある柱廊の壁にはハトシェプスト女王がアメン神のお告げで生まれたという伝説やプント(現在のソマリア)への航海の様子などが描かれている。

ガイドさんの説明でよく覚えているのは女王が死んだあと王位についた甥のトトメスⅢ世がそれまで持ち続けた不満を一気に解消するため、女王の名前のカルトゥーシュ(王名枠)や像を徹底的に破壊したという話し。たしかにカルトゥーシュから女王の名前は削りとられていた。トトメスⅢ世が幼かったので、女王が実権を握っていたのだが、やはり甥っ子も大きくなると権力欲がでてきて不満が募っていたのであろう。

ルクソールの東岸で最大の見所、“カルナックのアメン大神殿”にある高さ30mの“ハトシェプスト女王のオベリスク”(下の写真)は現存する最大のオベリスク。また、すぐ近くには“横たわる女王のオベリスク”もある。この前で皆、カメラのシャッターを押していた。

エジプトへ行っていてつくづ良かったなと思う。ハトシェプスト女王のミイラが特定されたというようなビッグニュースを聞き、図録をみたり、アルバムをひっくり返したりするのも楽しいものである。

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2007.06.28

祝 石見銀山 世界遺産に登録決定!

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島根県の大田市(おおだ)にある“石見銀山遺跡”が世界遺産に登録されることが決まった。拍手々!日本では北海道の知床についで14件目の登録である。98年にこの遺跡を訪れたときにもう、“石見銀山を世界遺産に!”というバナーが道路沿いなどにあったから、かれこれ10年越しの悲願が実ったというわけである。地元の人たちはさぞかし嬉しいことだろう。

現地では銀山柵内の坑道内部(上の写真)や資料館などをみてまわった。石見銀山が本格的に採掘されるのは1526年から。当時この地を支配していた周防(現在山口県)の大内義興(よしおき)は明との勘合貿易により銀の国際的価値を知り、博多の貿易商、神屋寿禎(かみやじゅてい)に開発を命じた。この3年前の1523年、大内&博多商人連合は日明貿易の利権をめぐって、中国の寧波で細川&堺商人の船を焼き払ったり、明の官憲まで拉致・殺害するという国際的不祥事を起こしている。世に言う“寧波の乱”である。

これで後発の細川&堺商人との長い抗争に決着をつけた大内氏は遺明船派遣の権利を独占し、黄金時代を謳歌する。石見における銀の生産が飛躍的に増えたのは1533年、神屋が朝鮮の技術者を招聘し、当時の画期的な精錬法である“灰吹法”(はいぶきほう)を導入したから。灰吹法はごく簡単に説明すると。まず、鉱石と鉛を1200℃で溶かすと、鉛が銀を吸着する。これを貴鉛という。次に動物の骨灰の入った鉄鍋に貴鉛を置き、ふいごで火力をあげると(800℃)、溶けた貴鉛は灰に吸収され、銀のみが残る(真ん中の写真)。

この灰吹法により、銀の産出は爆発的に増大し、日本の銀産は世界の三分の一を占めるようになった。石見の銀はどこへ行ったのか。それは経済規模が拡大し、銅銭から銀貨に切り替えた中国。中国には銀産が少ないため、日本の石見銀山や南米のポトシ銀山(現・ボリビア、1545年スペイン人が発見)などから銀が流れ込んだ。17世紀前半のデータによると、日本全体の銀産高は年間で150~190トンあったとされ、そのうち質のいい石見の銀は約五分の一を占めていた。下は資料館にあった江戸時代の石州判銀。

日本から中国やヨーロッパに大量の銀が流れた背景には、日本、中国、ポルトガルの商人が結びついた“密貿易ネットワーク”があったことも忘れてはならない。日本もそのころ、経済発展をとげ貿易規模が拡大していたため、公的なルートである勘合貿易では間に合わず、民間の貿易が増えた。だが、こちらのルートはお上側からみれば“海賊”もふくまれている。

中国では16世紀に密貿易集団が現れ(後期倭寇)、東シナ海を中心に活発に活動しはじめる。やがて、明朝から正式な貿易を拒否されたポルトガル商人も加わった。そうした密貿易グループが目をつけたのが日本の銀。中国商品との交換に使われた日本の銀は公権力の外にあった日・中・ポの民間密貿易ルートで中国に流入したのである。

世界遺産となると石見銀山を訪問する観光客も増え、町起こし活動にはずみがつくだろう。またいつか訪ねてみたい。

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2007.06.27

サントリー美術館 開館記念展Ⅱ 水と生きる

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サントリー美術館の開館記念展の第二弾は“水と生きる”(6/16~8/19)。絵画、衣装、ガラス、陶磁器、漆器などの展示作品182点は前期(6/16~7/9)、中期(7/11~30)、後期(8/1~19)の3回にわけてでてくる。

当初はチラシでみて以来気になっていた円山応挙の“青楓瀑布図”が登場する後期だけの訪問でいいかなと思っていたのだが、HPをみていたら前期に追っかけていた英一蝶の絵が出品されるようなので、急遽変更して、ミッドタウンへ出かけた。4階の展示室を進むうちに、これは1回では済みそうになく、結局“日本を祝う”同様、何度も来ることになりそうな雰囲気になってきた。

テーマの“水と生きる”は横浜美術館の“水の情景”と似ている。でも、こちらは日本美術に絞っているから、作品をくくる切り口が集められている作品ですっと理解できる感じ。4つのキーワードは“潤 水と生きる”、“流 水の表現”、“涼 水の感覚”、“滴 水をよむ”。所蔵品をコンセプトにそって仕分けし、並べていくセンスはかなりのもの。観る側としては、絵画にみられる巧みな自然描写や人物・風俗表現、そしてやきもの、ガラスなどの工芸品における形や色彩の美しさに釘付けになると同時に、これら美術品のなかで表現された水に対する自らの感性を確かめるいい機会でもある。

“潤”は屏風、図巻、浮世絵が充実している。お目当ての英一蝶作、“吉原風俗図巻”(7/9まで)は期待通りの楽しい絵。巻き替えで2つの場面をみせるようだが、現在は隅田川を舟で遡ってきた客が岸に上がり、吉原へむかう場面。艪を軽快にこぐ船頭の姿がいい。また、登場人物が着ている衣装の橙色やうすピンク、うす青などが印象深い“四条河原風俗図巻”(7/9まで)にも釘付けになる。見世物小屋や芝居小屋の賑わいが伝わってくるようだ。そして、なかなか見れない広重の“江戸高名界亭尽”(15点のうち前期は5点)。これは大変有難い展示なので、全点楽しむつもり。

様々な水の文様を見せてくれる“流”では、日本美術のエッセンスである装飾美の競演に気分がハイになる。“日本を祝う”にも能衣装や小袖の名品の数々が出品されたが、今回もすばらしい衣装がいくつもある。上はしばらく立ち止まってみた“花束模様小袖”(7/9まで)。なんと涼やかな衣装!うす青の地全体に流水が、そして腰から下あたりに桜、菊、萩、牡丹の模様が華麗に描かれている。また、流麗な波の模様が見事な“草花千鳥風景模様小袖”(7/9まで)にもうっとりする。

水を連想させる青が美しく輝く染付やガラスを集めた“涼”は心がぐっと落ち着くコーナー。ここはサントリー美自慢のコレクションといっていい。日本にあるやきもののなかではトップクラスの“染付吹墨文徳利”、鍋島の“染付松樹文三脚大皿”(重文)、“染付雲雷文大皿”があり、その隣には“藍色ちろり”や薩摩切子の名品が沢山ある。薩摩切子が全部で12点。ここの薩摩切子をみたのはせいぜい3,4点だったから、もう天にも昇るような気持ちで夢中になってみた。下は白と胴部のうす紫模様の対比が軽やかな感じを与えている“切子紫色ちろり”(このコーナーにあるのは全点、会期中展示)。

図録をみると、応挙の“瀑布図”のほかにも広重の風景画、風俗屏風など見逃せない作品がいくつもある。これはまた楽しみが増えた。

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2007.06.26

MOAのガレ・ドーム・ラリック展

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熱海のMOAで6/9から開催中の“ガレ・ドーム・ラリック展”(8/11まで)を見た。ここ3年くらい、年に一回はガレ、ドーム、ラリックのガラス作品を鑑賞し、この展覧会にもつけられている“華麗なるアール・ヌーヴォー、アール・デコの世界”を満喫している。

05年は“エミール・ガレ展”(江戸東博、拙ブログ05/1/30)、昨年はBunkamuraで行われたエルミタージュ美蔵の“エミール・ガレとドーム兄弟展”(06/7/14)。今回の作品はガレとドームは北澤美術館、ラリックは箱根ラリック美術館が所蔵するものだから、質の高さは保障されている。

北澤美にあるガレ作品でいいのは“エミール・ガレ展”にかなり出たから、また同じものをみることになるかもしれないが、好きな作品にたいする美欲(勝手な造語)には際限がなく、新規の優品との遭遇を期待する。結果はどうだったか。38点のうち半分は一度見たものだった。ガレの大回顧展ではないので一番有名な花器“フランスの薔薇”や“ひとよ茸ランプ”は出品されなかったが、江戸東博にも展示してあった魅力的な作品が何点かあった。

それは北斎漫画にでてくる鯉の絵柄を使った花器、上の“蘭文花器”、“アプチロン形ランプ”など。蘭の花がタコの足のように器体に溶着している花瓶はつくりの感じが紅、黄色の薔薇が盛り上がるようにくっついている名品“フランスの薔薇”と似ている。はじめて見たのでは、アイリスの文様が描かれた花器の形のよさに魅了された。面白かったのは笹に雀の絵柄の花瓶。どうみてもこの鳥は雀にみえない。フランスに雀はいないのだろうか?

今回の収穫はドーム兄弟の作品を沢山みれたこと。全部で37点ある。お陰でドームの作風に目が慣れてきた。昨年のBunkamuraでドームもなかなかいいなと手ごたえを感じていたが、一番魅せられるのは絵柄が繊細で装飾的なところと縦に細長く林立した樹木の背景に描かれた空や雲などの風景がとても美しいこと。下の“春草文花器”はいかにも春の野原という感じ。一面に咲き乱れる矢車草などの草花が左右にすこし折れ曲がりながら上にのびている。目を楽しませてくれるのが口のまわりや下に施された装飾的なゴールド模様。晴れやかな春の季節に引き戻されたような気がした。

ラリックの作品(45点)は前、箱根ラリック美術館でみたものばかりだった。お気に入りは騎士の頭の髪と馬の後ろの毛や尾っぽが流れるようにデフォルメされたセンターピース“二人のナイト”や裸婦の長い髪を水滴の曲線で表現した皿“シレーヌ”(05/3/27)、そのアール・デコらしいフォルムに惹きつけられるテーブルランプ“ノルマンディー”。

諏訪湖と箱根に足を運ばなくても、アール・ヌーヴォー、アール・デコのいいガラス作品が見れるのだから、この展覧会はまだ2館を訪問したことのない人には効率的な鑑賞機会ではなかろうか。次にみるガレ展はもう決まっていて、だいぶ先になるが、サントリー美術館が来年3/20~5/21に開催する“ガレとジャポニスム展”。

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2007.06.25

疾走する帝王 マイルス・デイビス

897昨日は音楽尽くしの一日だった。昼はクラシック音楽を聴き、夜は同じNHK教育のETV特集“疾走する帝王 マイルス・デイビス”を興味深く見た。

この番組を毎月購入している“TV太郎”で知ったとき、正直なところ“どうして今頃マイルス・デイビスなの?”という感じだった。

マイルス大好き人間だから、こういう特集は嬉しいのだが、番組を見終わっても、どの世代を意識した企画だったのか? マイルスのジャズを聴く若い人がいるのか? は解消されないまま。

サブタイトルは“菊地成孔(きくちなるよし)のジャズ講座”とある。この音楽家&文筆家は若く見えるから30代だろうか?ジャズ界の風雲児であると同時に、東京大学でジャズの歴史を講義しているという。となると、若い世代でもマイルスのジャズが楽しまれているのかもしれない。

拙ブログ05/9/9でマイルス・デイビス(1926~1991)のアルバムを取り上げたが、その後CDを買い増し、現在では12枚になった。昔買った聴いてたものだが、CDとしてコレクションし直したのである。いずれも1968年~1975年に制作されたジャズでもなくロックでもないフュージョンもの。

“夜の都会の音楽”というジャズのイメージをつくりあげた名盤“ラウンド・アバウト・ミッドナイト”(1955)や“死刑台のエレベーター”(1957)、ジャズの革命、モードジャズの代名詞“カインド・オブ・ブルー”(1959)もお気に入りのアルバムであるが、2年前からクルマのなかで頻繁に聴いているのは、テンポのいい打楽器とトランペット、ソプラノサックスやエレクトリックピアノなどの電子楽器が渾然一体となって響く“ビッチェズ・ブリュー”(1969)や右のサイケ調に描かれた鳥人間の絵がカバーに使われている“ライブ・イヴル”(1970)などのフュージョンサウンド。暑さには強いから、これらを夏に聴くと最高にノリがよく、マイルスのキレのいいズキン々と体全体に突き刺さるようなトランペットにこちらも元気よく反応するようになる。

これまでの演奏スタイルを壊し、そしてまた新たなスタイルを創造するマイルスは65歳で亡くなる1991年に、若手ラッパーとコラボし、ジャズとラップを融合させたサウンドを生み出す。ラップという新たな音楽シーンに刺激を受け、自らのジャズを新しいスタイルに変えていくのだから、本当にすごいミュージシャンである。

日本の絵画や陶芸の世界でも、若冲、北斎、御舟、河井寛次郎らはどんどん作風を変えていった。多様な作品を生み出せるのが天才芸術家の証。マイルス・デイビスのフュージョンサウンドに肉体がいつまでつきあえるかわからないが、当分は聴き続けようと思う。

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2007.06.24

ラヴェルのバレエ組曲“ダフニスとクロエ”とシャガール

896本日午後、NHK教育で放送していた“思い出の名演奏”を聴いた。

最近はクラシック音楽をじっくり聴くことが少ないので、久しぶりのラヴェルやチャイコフスキーに心が洗われた感じ。

演奏しているのはワレリー・ゲルギエフが指揮するサンクト・ペテルブルグにあるマリインスキー劇場管弦楽団で、95年11月の来日公演VTRである。当時、BSで放映されたのを聴いたはずだが、ビデオ収録しなかった。理由はちょっと言いにくいが、ゲルギエフのあの宣教師禿げとむさくるしい顔の髭がビジュアル的に耐えがたかったから(ゲルギエフのファンの方、ご勘弁を!)。

クラシック音楽とオペラは300本くらいあるBSやN響アワーを収録したビデオで楽しんでいるのだが、演奏されるのがたとえ名曲でも姿勢が悪かったり、ビジュアル的にNGな指揮者の時は録画をしないことにしていた。これは今でも続いている。ゲルギエフの指揮者としての実力はよく知っていたが、勝手な“Myビデオコード”にひっかかり、ビデオコレクションのなかにゲルギエフ指揮のものは一本もない。

現在、サイモン・ラトルとともに最も人気のある指揮者となったゲルギエフの12年前の指揮は、やはりすばらしい。曲がまたいい。ラヴェルのバレエ組曲“ダフニスとクロエ”第二組曲とチャイコフスキーの“交響曲6番 悲愴”である。“ダフニスとクロエ”と好きなラヴェルの曲については拙ブログ05/2/3で書いた。今回は“シャガール展”(千葉市美、6/19)をみた後だったので、ここに出ていた“ダフニスとクロエ”をモティーフにした多色リトグラフ(1961)の図版を眺めながら、演奏を聴いた。これぞ音楽と絵画のハッピー・コラボレーション!

全42点あるうち右は千葉市美のではなく、別の回顧展でみた“扉絵”(左)と“泉のほとりのダフニスとクロエ”(右)。このリトグラフが出来上がる2年前の1959年、シャガールはこのバレエ組曲がフォーシキンの振り付けによりオペラ座で演じられた際、衣装と舞台衣装を手がけている。色使いはこのリトグラフの色彩をベースにしたにちがいない。

昨日の“美の巨人たち”では、シャガールの“彼女を巡って”、“町の魂”、“妻に”(いずれもポンピドー・センター蔵)が取り上げられ、今日は大好きなバレエ組曲“ダフニスとクロエ”とシャガールつながりの音楽を聴いた。シャガールのモノグラフを読む機が熟しているような気がする。

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2007.06.23

三井記念美術館の拓本コレクション展

895最近は書を意識してみるようにしている。といっても、書に詳しいわけではなく、書の鑑賞者としては駆け出しである。

とりあえずのルーチンは東博の本館と東洋館にある書画コーナーに展示される書を絵画を見たとき必ずみること。当面はこれだけで、まとまった書の本を読むことはしない。まず、書を沢山見て、漢字とひらがなに目を慣らすのを先。

話しが横道にそれるが、展覧会で作品を見るとき、説明のプレートで読むのはタイトル名と所蔵先だけで、作品の解説にはほとんど目を通さないのがMy鑑賞スタイル。また、イヤホンガイドとかを借りることもなく、入り口のところにあるご挨拶文やセクション毎の解説もパスすることが多い。この方法を20年間続けている。

だから、鑑賞疲れというのは作品を一生懸命みることによる疲れだけなので、よほどの名品揃いでなけれは一つの展覧会での疲労はさほど無い。解説文というのは曲者で、脳細胞は文字情報の理解にエネルギーを食われるから、これに作品そのものの鑑賞疲れが加わると全部見終わると結構シンドイのである。で、ご挨拶とか解説は図録に載っているので必要ならば後で読むことにして、目の前の作品だけに専念している。

これから向かい合うつもりの書は漢字や古文の世界だから、かなりの解説が作品の背景にある。これを一々理解しようと思って鑑賞すると、相当疲れることは目に見えている。そのため、書も絵画やほかの美術品同様、知識を詰め込んでみるのではなく、気楽に文字の特徴や美しさを感じようと、現在、“中国五千年 漢字の姿”(7/1まで)を開催中の三井記念美術館を訪問した。

拙ブログ6/9で書いた東博と書道博の拓本コレクション展とコラボする三井家の拓本は79点ある。開館記念展でこのなかの一部をみたが、これほどの量、質をそなえたコレクションとはサプライズ!王義之の11点のほか、虞世南1点、欧陽詢6点、褚遂良3点、顔真卿4点と歴史に名をなす書家のものがずらっとある。

右は虞世南(558~638)の“孔子廟堂碑”の唐拓孤本。虞世南が書いた碑文の原石は存在しないから、この唐拓は虞世南の筆跡をうかがうことの出来る唯一の拓本である。それで、孤本と名づけられている。これは欧陽訽(557~641)の“九成宮醴泉銘”の宋拓とともに唐代の楷書を代表する傑作といわれている。中国にあっては大変なお宝が二つとも三井家に伝わっているのである。どこがどう上手なのか、また同じ楷書でどう違うのか、まだわからないが、すこしずつ目を慣らし、その傑作ぶりがわかるようになりたいと思う。

来年、日本民藝館で漢~六朝の石碑から写し取った中国の拓本などを展示する“版と拓の美展”(08/1/6~3/23)が開かれるので、ここでも拓本をみる機会がある。

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2007.06.22

東博の浮世絵平常展示

894東博2階にある浮世絵コーナーの作品はおよそ3週間位で別のに替わる。

このペースで鑑賞すると年間ではかなりの数を見たことになり、自然と浮世絵を心から楽しむという心持ちになってくる。

でも、3週間は長いようで、ぼやっとしているとすぐ過ぎるから、ここの浮世絵を常時見るというのは結構忙しい。

このように鑑賞サイクルは気ぜわしいが、作品をみているときは一回あたりの展示数は30点前後なので、見疲れすることもなく、作品に集中できる。しかも、以前書いたように、ここの浮世絵ストックは相当あるから、毎度々新規の名作に遭遇するという楽しみがある。

今回も味わい深い浮世絵が並んでいる。梅雨とはいえ、真夏のような暑さが続くと、着るものは薄くて柔らかい素材のものがいい。浮世絵は風俗画なので、画面に季節感のあるモティーフがでてくるとぐっとくだけるが、今時分うってつけの絵があった。

奥村政信の“美人と鶏”と右の歌川国貞の“江戸名所百人美女・御殿山”。奥村政信の美人画は何枚も見たが、肌をこんなに見せているのははじめてお目にかかった。これは想定外の嬉しい体験。国貞が描く上半身裸の女にもぐっと魅せられる。この金だらいに湯をはって耳の後ろを洗っている場面は女性が日常、ふっとかい間見せるしぐさ。体をひねるポーズと鮮やかな色彩に見入ってしまった。

毎回楽しみにしているのが歌麿の作品。いいのが4点あったので機嫌がいい。10点あるといわれる“当時全盛美人揃”の“瀧川”、“若松屋内若鶴”、“丁字屋内雛鶴”と3枚続の“美人見立曽我の対面”。とくに“瀧川”と“若松屋内若鶴”を夢中になってみた。背景の黄色地によくあった衣装の色や口に筆をくわえた若鶴の艶っぽい描写は天才絵師、歌麿ならではの表現。

流石、東博と唸らせるのが“美人見立曽我の対面”と鳥居清長の“橋下の涼み舟”(拙ブログ5/3)を一緒に展示するところ。これは見ごたえがある。テンションが一気にあがった。3枚続きの横長画面に女性を3、4人づつ描く美人群像画は歌麿も沢山描いており、この“美人見立曽我の対面”はメトロポリタン美の“契情三人酔三幅”と構成や人物描写がよく似ている。

このほかでは、北斎の“草刈の帰途”や春信の“持統天皇”が目を楽しませてくれた。ここの展示はいつも二重丸。

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2007.06.21

谷文晁の彦山真景図

893現在、東博の平常展に展示してある谷文晁の絵2点をみて、今年は谷文晁の当たり年だなと思った。

東博では、右の“彦山真景図”(6/5~7/16)と特別陳列“平成18年度所収品”のコーナーにでている“相州名勝図帖”(6/19~7/16)のあと、7/18~8/26に“公余探勝図巻”(下巻)が展示されるし、少し先の情報だが、この秋、板橋区立美術館で“谷文晁とその一門展”(9/8~10/21)がある。

この流れの発端は昨年11月、板橋区美の“戸方庵井上コレクション名品展”で見た隅田川を中心にして左に富士山、右に筑波山を描いた大きな絵、“隅田川両岸図”だったかもしれない。今年は4月に福島県立美で“熊野舟行図巻”(山形美術館・長谷川コレクション)と遭遇し、今回初見の“相州名勝図帖”である。そして、長らく待った“公余探勝図巻”の下巻がもうすぐ見られる。

谷文晁(1763~1841)は有名な絵師だから、名前だけはちゃんと知っている。が、その作品は今でている“彦山真景図”と“公余探勝図巻”(06/6/21)の上巻を各2回ずつ見た程度。だから、谷文晁の画風はこの2点でイメージづけられている。大きな絵で、そこに描かれている山が異様なかたちをしている“彦山真景図”はすごくパワーのある絵。福岡と大分の県境にある彦山(英彦山)は古代からの修験の霊場だから、水晶の結晶みたいな角棒を突っ立てた奇妙な山にしたのだろうか。

山の中腹に家々がある外界と頂上の仙界を分けるかのように白い雲が横になびいている。描き方が似ている浦上玉堂の山(06/11/28)なら足を踏み入れてみようかという気になるが、この濃墨の点々で描かれたパワフルな霊なる山に立ち向かうには相当な覚悟がいる。

“相州名勝図帖”は“公余探勝図巻”の4年後、文晁が34歳のときに描いた絵。富士山が出てくる絵はこれで2枚になった。右の切り立った崖や松は“公余探勝図巻”と同じ調子で表現されている。板橋区立美術館の安村館長は江戸絵画では有名な人だから、秋には谷文晁の絵画が沢山見られそう。今から開幕が待ち遠しい。

“書画の展開”のコーナーと隣の部屋では、英一蝶の“雨宿り図屏風”(拙ブログ05/7/15)とはじめて見る司馬江漢の“護持院ヶ原図”を楽しんだ。そばにいた外人の若い男性は“雨宿り図”が気に入ったらしく、写真を撮っていた。じっとしてない子供が面白かったのだろうか。

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2007.06.20

山種コレクション名品選 その二

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山種コレクション名品選 後期(6/6~7/16)には前期(拙ブログ5/9)同様、珠玉の日本画が飾ってある。まず、はじめて対面する作品から。俵屋宗達&本阿弥光悦の“四季草花下絵和歌短冊帖”は予想と違う細長い小さな短冊だった。装飾的に美しいデザインは“垂柳”、“浜松”、“千羽鶴”。鳥や草花に使われた銀泥部分は現在は色が変わっているが、出来た当時は金泥の地と見事なコントラストをなしていただろう。

息を呑んで見たのが鈴木其一の屏風“四季花鳥図”。右と左に何種類もの花の塊をつくり、見る者が花をじっくり見れるようにしている。右で目を奪われるのが大きく咲いた向日葵。菖蒲や朝顔の青は酒井抱一が描くような輝きはないが、鶏に後ろにある立葵の赤は鮮やか。親鳥とまわりのひよこの視線の先には桔梗、水仙、菊に囲まれて鴛鴦がいる。これは日本にある其一の屏風では、“夏秋山水図”(根津美術館)の次にくるいい屏風。大収穫だった。

近代日本画は名画揃いだから、作品の前に立つ時間の長さに差はない。一つ々の作品に見入ってしまう感じである。日本画愛好家にとって、山種美術館は速水御舟と奥村土牛の名画を多く所蔵している美術館というイメージが定着しているので、今回の展示も御舟の作品が一番多い。現在の目玉は上の“炎舞”(重文)。この絵だけ上から光を当てて演出している。こんな風に見たのははじめて。

何度みても心を奪われるすごい絵である。この絵の1年後に描かれた“昆虫二題”
04/11/30)に登場する蛾が博物図鑑からとびでてきたような色鮮やかな蛾であるのに対し、炎のなかを舞う蛾は燃え盛る炎のかすでその鮮やかなうす緑や白、黄色の羽が神秘的なベールにつつまれたようになり、じっとみていると妖しい幽玄の世界に惹き込まれそうになる。

下の絵は奥村土牛の代表作、“鳴門”。一度鳴門の渦潮を見に行ったことがあるが、現地に着いたタイミングが悪く、この絵に描かれたような大きな渦潮をみることができなかった。実際の渦潮はもっと荒々しく、ダイナミックなはずだが、画面の中の渦潮は極めて静か。土牛は渦潮という自然の奥にあるものを形を簡略化し、象徴的に描いた。白波がたつ渦潮の中心部はなにか生き物がうごめき、下から大きな力で吸い込んでいる感じ。上の方の島影には金泥が使われ、焼き緑青を塗り重ねた海面は部分的に油絵の具のように厚く盛り上がっている。前期は“醍醐”で後期は“鳴門”とくれば気分が悪かろうはずがない。

御舟、土牛のほかにも上村松篁の“竹雪”(06/1/8)、東山魁夷の“緑閏う”、福田平八郎の“筍”、小林古径の“清姫”、加山又造の“波濤”などお気に入りの名画がある。出来ることなら一日中会場の椅子に座っていたくなる究極の日本画展覧会だった。

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2007.06.19

千葉市美術館のシャガール展

890千葉市美術館で6/16からはじまった“シャガール展”(7/29まで)へのワクワク度は前回の“鳥居清長展”と違って普通。

チラシをみると、国内にあるシャガールが中心の回顧展である。

過去あったポンピドーセンター所蔵展などにも国内の美術館や個人が所蔵する名画が展示されたから、今回は初見のいい絵にどれくらい会えるかで満足or消化不良が決まる。

残念ながらぐぐっとくるような新発見はなかったが、52点ある作品に対するトータルの満足度は決して低くない。国内にあるAクラスの作品が目いっぱい集まっており、シャガール芸術を初期の頃から後年までの油彩、リトグラフにより楽しむことができる。

右の絵は昨年、青森県立美術館であったシャガール展(拙ブログ06/9/23)でお目にかかりとても感激した“軽業師”。チラシには代表作のひとつとあるが、その通りの名画である。いまひとつわからないのは、この絵の所有者。図録には個人蔵(ザザビーズ協力)となっているが、このザザビーズ協力の意味は?国内の個人が持っているのだろうか?

代表作、例えば“私と村”(NY、MoMA)とか“ワイングラスをもった二人の肖像”(ポンピドーセンター)などの多くはシャガールが24歳から30歳のころに制作されている。今回、“軽業師”とともに再会したかった群馬県近美蔵の“世界の外へどこへでも”もこの時期の作品。“軽業師”が描かれたのはシャガールと最愛の妻、ベラがアメリカにいた
1943年。シャガール56歳のときである。ほかのどの絵よりも色が鮮やかで、後年になるとみられる粗っぽい描写ではなく、おきまりのモティーフがひとつ々丁寧に描かれ、真ん中の鶏人間のまわりに上手く配置されている。

シャガールの描き方でシュールというか面白い発想なのが、体の一部にまた対象を描くこと。ここでは緑色の胴体に同じ緑色でバイオリン弾きを小さく挿入している。こういうのは普通の頭ではななか思いつかない。で、ほかの作品ではどんなのが見られるかチェックしてみると、リトグラフの“サーカス”にいろいろあった。同じく鳥人間の膝小僧のところに人間の頭が入っていたり、女の大きな顔の目に下あたりに三日月が浮かんでいたり、小牛を抱いた男が歩いていたりする。

“世界の外へどこへでも”のように、女の顔が鼻あたりで真っ二つに切られ、赤く彩色された上半分が宙に浮かぶというのはシュルレアリスムの影響。また、“サーカス”にふんだんにでてくる牛の頭と女の顔をくっつけたり、顔の左右半分を二人の人間で共有させる描き方はキュビスムからの刺激であろう。

この展覧会は今年の2月宇都宮美術館、4月三重県美でも行われているが、このどちらかに出品された“エッフェル塔と新婚の二人”(1928、ベネッセコーポレーション)にお目にかかりたかった。でも、全部消化してしまうと、展覧会に行く動機づけがなくなるから、見てない作品をすこし残しておくほうがいいかもしれない。

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2007.06.18

もっと知りたいスペイン! その一 スペインを扱った名曲

8893月上旬のスペイン旅行以降、スペインの歴史、文化に対する感度が格段と上がっている。

で、わが家は今年を“スペインイヤー”にしようと、スペイン大好き人間の方と食事会をして、観光談義に花を咲かせたり、ゴヤやベラスケスのモノグラフを読んだり、またスペインの名がつくいいクラシック音楽を聴いたりして、“もっとスペイン!”状態。

当分、心の中をスペインものが占領するので、拙ブログで不定期にスペインの歴史や文化について感じたことや整理できたテーマを綴ることにした。題して“もっと知りたいスペイン!” 一回目はスペインを扱った名曲。

これまで収録したクラシック音楽や歌劇のビデオの中から、スペインの名のつく曲をピックアップして集中的に聴いてみると、α波をビシビシ放出させてくれる名曲がいくつもあり、その気持ちのいい曲想に酔いしれる。

昔からよく聴いているのがロドリーゴ作曲の“アランフェス協奏曲の2楽章”。若い頃、トランペット奏者のマイルス・デイビスが管弦楽団とコラボしたジャズ&管弦楽の傑作、“スケッチ・オブ・スペイン”を数えきれないくらい聴いたから、サビのメロディラインが体の中に沁みついている。最近もっぱら聴いているのは、クラシックギターの名手、ジョン・ウイリアムスがベルリンフィルと共演したもの。

ギター演奏ではこの曲とおなじくらい好きなのが“アランブラ宮殿の思い出”(タレガ作曲)。ツアーで一緒した男性の方は弟さんが弾いていたこの曲を聴いてスペインに行きたくなったと話しておられた。たしかに、この曲もスペインの哀愁が漂う名曲である。

スペイン人が作曲したものでお気に入りはファリアがつくった、ピアノおよび管弦楽のための“スペインの庭の夜”。全曲は1.ヘネラリーフにて 2.はるかな舞踏 3.コルドバの夜 の3部からなる。グラナダのアルハンブラ宮殿の近くにある夏の別荘、ヘネラリーフ(右の写真)を思い出させてくれるピアノと管弦楽による夜想曲にうっとり。

そして、小さい頃からなじんでいるのが、大バイオリニスト、サラサーテが作曲したあの“チゴイネルワイゼン”。スペインというと、闘牛、フラメンコとともに、このジプシーの激しい情熱と哀愁が切々と伝わってくる“チゴイネルワイゼン”が浮かんでくる。

スペイン人以外ではフランス人がスペインを扱った曲を多くつくっている。ラヴェルの“スペイン狂詩曲”、シャブリエの“狂詩曲・スペイン”、ラロがサラサーテのために作曲した協奏曲風の大組曲“スペイン交響曲”もいい曲。また、メロデイメーカーのリムスキー=コルサコフの“スペイン奇想曲”は何度聴いても痺れる。

オペラでは、なんといってもいい曲が次から次に出てくるビゼーの“カルメン”と底抜けに楽しいロッシーニの“セビリアの理髪師”。琴線にふれる名曲をこれからもずっと愛していきたい。

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2007.06.17

青山ユニマット美術館のエコール・ド・パリコレクションとワイエス

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はじめての美術館というのは一抹の不安がつきまとう。所蔵作品に関する情報が全くないので、ここを訪れた友人の眼力を信じるしかない。地下鉄銀座線外苑前で下車して徒歩5分くらいのところにある青山ユニマット美術館は“サプライズの美術館だ!”という。どうでもいい話しだが、コンタクトをしている人間にとって風の強い日ほど嫌な日はない。目の中に小さなゴミが入り泣き泣き男になるのを避けるため、目を細くして、美術館の入り口をめざした。

まず、4階に上がり、そこから3階、2階の展示室に降りていくという導線になっている。常設展示の4、3階は“シャガールとエコール・ド・パリコレクション”。年2,3回ある企画展をおこなう2階では、現在“アンドリュー・ワイエス展”(3/20~10/2)を開催中。4階に飾ってあるのは全部、シャガールの作品(18点)。

日本にはシャガール好きのコレクターが多いが、ここのオーナーもその一人なのであろう。なかでも群を抜いていいのが上の“ブルーコンサート”。シャガールの特徴である幻想的な画風を構成するモティーフと鮮やかな色彩に溢れている。柔和な感じの女性の白い顔がまず、目に飛びこんでくる。緑色のバイオリンを弾く手のそばには定番の鶏がおり、後ろでは羊がラッパを吹いている。画面左には白ずくめの超細い花嫁が宙を舞い、その下にいるのは逆立ちした子供。赤い衣装を着て、小さなシンバルをたたいている。これは国内にあるシャガールでは最上位にはいる絵ではなかろうか。

3階はエコール・ド・パリの画家やピカソらの作品(35点)。ここにはサプライズ!がありました、ありました。ドンゲンの“女性像”に思わず、“オー!”と唸った。パーティ会場に姿を現したら周囲の視線を一身に集めるのではないかと思わせるノーブルな容姿にクラクラ。早速My好きな女性画に登録した。ミロの後年の作品2点もなかなかいい。画面の大半を占める黒とアクションペインティング風に散らされた赤、緑、黄色の点々がつくる抽象的な構成が美しい絵画空間になっている。裸婦の肌の色がまぶしいキスリングの“長椅子の裸婦”とローランサンの“チューリップと女性”にも吸い込まれそうになる。予想を大きく上回るサプライズだった。

“アンドリュー・ワイエス展”には期待してた人物画(福島県立美蔵、拙ブログ4/18)はなく、人間がでてこない風景画ばかりだった(15点)。感激の一枚は下の“オープンハウス”。下からちょっと高いところにある木造の家と馬を描いたワイエスらしい絵である。家の側面に使われた横板の質感やまわりの草や馬の毛並みの精緻な描写が心を揺すぶる。また、雪景色のなかに犬やカラスを描いた静謐な風景画にも足が止まる。

最近、ロシア人画家(シーシキン、ポポフなど)、森本草介、ワイエスらが描くリアリズム絵画に魅了されることが多い。あらたな楽しみにミューズが導いてくれてるのだろう。

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2007.06.16

森美術館のル・コルビュジエ展

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日本の古い寺や五重の塔、近代の歴史的な建物、さらに最先端のビルディングなど建築物をみるのは好きだけれど、最近よくある建築家の展覧会には関心がない。理由ははっきりしていて、建築家や建築関係の仕事に携わっている人とか、建築物でなくても物を設計している技術者には興味を惹くかもしれない縮小模型、図面、写真、映像をみても面白くないから。

だから、普通なら、現在、森美術館で開催されている“ル・コルビュジエ展”(9/24まで)もパスするところなのだが、チラシのなかで強い磁力を放っていたキュビスム風というかシュルレアリスムのような絵と彫刻に惹かれて、入館した。美術史の本に必ずでてくる近代建築の巨人、ル・コルビュジエ(1887~1965)は頭のなかに入っているが、コルビュジエが絵を描いたり、彫刻をつくっていたことは作品の前に立つまで全く知らなかった。

生涯に450点あまりを制作したという油彩画は今回30点くらいでている。初期の作品はピカソやブラックのキュビスムに似ている。複雑な構成になっているキュビスムとの違いは、こちらは上から見下ろすのと側面からまっすぐに見る二つの視線から捉えられた対象が、幾何学的なフォルムで画面の中に整然と構成されているところ。この“ピュリスム(純粋主義)”を最も感じさせてくれるのが“赤いバイオリンのある静物”(1920)。

最初はこうした淡い色合いで平面的な絵だったが、1928年以降はピュリスムから離れ、不透明で強い色に変わり、フォルムもレジェのように輪郭を細い線と太い線のまじった曲線でとるようになる。また、シュルレアリスムの香りも漂う。インパクトのある丸い線で描かれた女性の裸体や画面の上と下に走る男と豹が登場する“ダンサーと小さな豹”(1932)はミロの絵を彷彿とさせる面白い絵。

絵画で最も魅せられたのがこの絵の2,3年後に制作された二つの絵、上の“水浴婦と舟”と“二人の女とロープと犬”。ともに大きな絵である。“水浴婦と舟”では、左の茶色で量感たっぷり描かれているのが女性。この人体表現ではイメージしずらいが、豊満な女ぽくみえる。モデルはコルビュジエの愛妻イヴォンヌ。

会場の最後のところで目を奪われたのが、赤と黒を基調にした明快な色使いが印象深い大きなタピストリー3点。いずれも森美術館の所蔵。室内空間を生き生きとさせるタピストリーをコルビュジエは“移動する壁画”とみなし、27点制作した。最も大きいものは弟子の坂倉準三による“東急文化会館”内の映画館“パンテオン”のためにつくられた緞帳だそうだが、会館の取り壊しで、現在は倉庫に保管されているらしい。一度みてみたいものである。

コルビュジエのつくる彫刻は“トーテム”、“イコン”、“手”といった絵画に描かれたモティーフが画面からそのままでてきたような感じ。下は1963年に制作された“イコン”。絵画の延長ということで正面性があり、彩色がなされている。ここにある“トーテム”や“手”をみてるとハンス・アルプの彫刻の造形がちらっと目の前をよぎった。

本題の建築物については、有名な“ロンシャンの礼拝堂”、“ラ・トゥーレットの修道院”や06年に完成した“サン・ピエール教会”の前にいつか立てることを夢見ている。

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2007.06.15

今年後半 期待の西洋画展!

884今、恒例の“年後半の展覧会プレビュー”(拙ブログ7/1に掲載の予定)をつくるため、7月以降、国内で開催される展覧会情報を美術館のHPやチラシ、美術雑誌などから集めている。

その中に、輝くばかりの名画がいくつかあったので少し先行して、お伝えしたい。

美術館をまわっているときは必ず、そこに飾ってある他館で行われている展覧会ポスターや置いてあるチラシを見ることにしている。美術館のHPで情報は得ていても概略だったりすることが多いので、こうしたチラシをみて、その展示内容にびっくりすることがある。

最近、最も嬉しかったのが横浜そごうで7/26~8/21に開催される“キスリング展”。右は現在、茨城県近美で行われている同展(6/1~7/20)のチラシ。なんと、キスリングの代表作中の代表作、“モンパルナスのキキ”(ジュネーブ、プティ・パレ美術館蔵)が出品されているのである!!この絵が横浜にもやってくる。だいぶ前からそごうのキスリング展はつかんでいたが、こんな超一級の名画が展示されるとは予想もしてなかった。

この“モンパルナスのキキ”は1984年秋からはじまった朝日新聞日曜版の“世界 名画の旅”という連載読みもので知った。絵が好きな方はだぶん覚えておられるだろう。これらの記事は本になった(1~5集、1985年10月~87年6月、朝日新聞社)ので、これを“追っかけ名画”の基本参考本にしている。

今では、海外の美術館をまわる度にこれを引っ張り出し、“この絵は済みだな!”とマークをつけるのが大きな楽しみ。“日本名山踏破!”を実行されている登山家が味わうのと同じような達成感かもしれない。でも絵画の場合、世界は広いから、一生かかっても全部の名画をみるのはとても無理。だから、ここに出ている絵を一枚でも多く見れればというのが願いである。

キスリングの名画をみたついでに、ほかの絵もぱらぱら眺めていたら、もう一枚、すごい絵と会えることがわかった。それはマグリッドの“大家族”。これが日曜版で紹介された頃は個人の所蔵だったが、現在、このマグリッドの代表作をもっているのは宇都宮美術館。6/17までここで開かれている“シュルレアリスムと美術展”に展示中。この展覧会が嬉しいことに横浜美術館(9/29~12/9)に巡回するのである。

後半の展覧会で目を楽しませてくれそうな西洋画はまだあるが、それは7/1の“プレビュー”で。

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2007.06.14

青山時代1954-1970の岡本太郎展

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岡本太郎の作品に一区切りつけるつもりで、“青山時代1954ー1970の岡本太郎展”(7/1まで)が行われている川崎市岡本太郎美術館を訪れた。これは“世田谷時代の岡本太郎展”(世田谷美、終了、拙ブログ5/12)とのジョイント企画。岡本太郎が1954年、青山にアトリエを構えてからの創作活動をレビューしているので、絵画のほかにデザイン、建築との関連作品などが楽しめる。

前回書いたように岡本芸術で魅せられたのは具象抽象画ではなく、彫刻とかオブジェ。だから、今回の青山時代のほうが作品に対する食いつきはいい。最初のコーナーでさっそく、デザイナー、岡本太郎の作品に惹きつけられる。日本のグッドデザイン運動の先駆けとなる活動をしていたとは知らなかった。上の“坐ることを拒否する椅子”のような意表をつく作品にも岡本の斬新なデザイン感覚が生かされている。最初これをみたとき、タイトルにドキッとした。作家からそういわれると、表面を明るい原色で彩色し、シャープなデザインを施した小さな丸椅子にかえって坐りたくなる。

絵画でも、岡本太郎は世界的に名の知れたアペルやマチウらと交流し、アンフォルメル流行のきっかけとなる展覧会を開催し、日本の芸術運動を主導する。広島にいるとき大原美術館でよくみたアペルの“母と子”と思わぬ再会をした。仲間の作家たちとの共同作業により、日本で芸術の大きなムーブメントを起こそうとした岡本の志は実を結ぶことなく、1961年、二科会の脱退を機に単独での創作活動に進んでいく。今回展示されている作品では、1961年に描かれた“アドレッサン”と“赤”が気に入っている。黒の紙切れのようなフォルムを白や赤の地と対比させる構成がシンプルでとても爽快。

芸術家、岡本太郎の真骨頂は建築と関わる作品。モザイクタイル“駆ける”、“花ひらく”、“遊ぶ”が目を楽しませてくれる。多くの人の目に毎日ふれる大きなパブリックアートはすっきりした構成でインパクトのあるものでないと価値がない。こういう作品や彫刻の制作を経て、岡本太郎は1970年の“太陽の塔”にたどりつく。具象抽象芸術の魅力が一番出るのは彫刻やオブジェではなかろうか。ふくれっつらをしたあの太陽の顔をみるとやはり、岡本太郎は偉大な芸術家だなと思う。

出口のところにあるオブジェ、牛の角をつけた“樹雲Ⅰ”や下のギザギザの歯をした河童のような“ノン”は怪奇的で力強くて荒ぶるイメージの生命体だが、じっとみてると不思議な愛着を覚える。きっと、自然を愛する岡本太郎が生き生きとした魂を吹き込んでいるからだろう。岡本作品はこれで暫くお休み。

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2007.06.13

多士済々 日本人大リーガー!

881今年の大リーグは日本人選手が所属するチームでいい働きをしているので、インターネットやTVのスポーツニュースを熱心にみることが多い。

嬉しいニュースは昨年までジャイアンツにいた39歳の桑田がナリーグ・中地区のピッツバーグ・パイレーツの投手陣の一員になったこと。

オープン戦で足を怪我して、やはり無理な挑戦だったかなと思ったが、3Aでいいピッティングをして、見事大リーグで投げるという夢を実現させた。拍手々!評価された投球術のレベルをさらに上げて、長谷川のようにセットアッパーとして活躍してもらいたい。このチームのトレイシー監督は野茂がドジャースに戻って投げていたときの監督で、日本人選手の力をよく知っているから、これから登板の機会が増えてくるのではなかろうか。

今年もドジャースのリリーフをつとめている斉藤が今日もメッツ打線を抑え、18個目のセーブをあげた。いまや堂々たるリリーフエースである。西地区はパドレス、ドジャース、バイヤモンドバックスの3チームがゲーム差なしで並ぶという激戦地区。まだ65試合を消化したばかり。残り100試合熾烈な戦いが続く。プレーオフ進出目指して、ドジャースの守護神、斉藤の活躍に期待したい。

アリーグの西地区に目を転じると、イチロー、城島(左の写真)のいるマリナーズが予想に反してがんばり、現在首位のエンゼルスから3ゲーム差の2位につけている。最近
10試合は9勝1敗とチームは波に乗っている。今日のシカゴ・カブスとの交流戦で大活躍したのが城島。6打数3安打の固め打ちでチームの勝利に貢献するとともに、打率はイチローの0.333を抜き、リーグ全体で6番目となる0.335にあがった。

この成績だと、来月サンフランシスコで行われるオールスターに監督推薦で選ばれる可能性がでてきた。城島は日本でもいい成績を残していたが、投手陣のリードが試合数をこなすことで上手くいくようになり、高い技術をもっている打つほうでもチームを引っ張るスタープレイヤーになってきた。投手ではレッドソックスの松坂、岡島コンビだが、打者ではイチロー、城島のマリナーズが注目の的。

その投の目玉、松坂を元西武監督の東尾が本拠地のフェンウェイ・パークを訪れ激励したという。ここ数試合、負けが続いている松坂は東尾から“バッターに向かっていく姿がでてないぞ!”とハッパをかけられたようだから、次回のボンズがいるジャイアンツとの対戦ではいいピッティングをみせてくれるだろう。

松井の成績はパッとしないが、ヤンキースは今日も勝って7連勝。予想した通り、豪腕クレメンスが戻ってきたし、王建民の調子も上がっているから、チームは上昇モードに入った。現在、レッドソックスとの差は9.5ゲームとだいぶ離れているが、急速につまってくるような気がする。われわれが見たいのは松井の活躍でヤンキースが勝つこと。ガンガン打つ松井を早く見たい!

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2007.06.12

青山二郎の眼展

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昨年9月からスタートしていた“青山二郎の眼展”がやっと東京にきた。アクセスの悪い世田谷美術館(6/9~8/19)での開催となったが、なにはさておき出かけなくてはいけない。

展覧会巡りをしていて、バスや電車のタイミングが悪い日が年に何回かある。今回はその悪いケース。半蔵門線用賀駅から美術館行きのバスは40分も間があくことがある。前のバスが出発したあとに着いたので、長いこと待つはめになった。美術館へたどりつくのにいつものかったるさが倍増された感じだったが、入館するとすぐ機嫌がよくなった。

目の前には稀代の目利き、青山二郎が見出した中国古陶磁、朝鮮のやきもの、日本の骨董が200点も飾られているからである。しかも、一点々味わい深いものばかり。松涛美術館であった“骨董誕生展”(拙ブログ06/6/25)で青山二郎の目利きぶりに感心させられたが、この人のスーパー審美眼は尋常ではない。“唐津盃・虫歯”のような小品から李朝の“白磁大壺”まで、“いい形をしているなあー、欲しい!”、“なんともいい絵付けのやきもの”と思わせる優品があちらにもこちらにもという感じ。

気持ちが一番昂ぶるのが朝鮮のやきもの。日本民芸館でよくお目にかかるのを含めて、李朝時代にやかれた壺や瓶、茶碗などが20点ばかりある。上はチラシに使われている“白磁丸壺 銘白袴”。すばらしい丸の形に見蕩れてしまう。ぐるっとまわって見ると、この壺が前に傾いていることがわかる。

このゆがみや傾むきはこの壺だけでない。ほかの丸壺も中心より前のほうがすこし大きかったり、左右どちらかが丸みを帯びていたりしている。壺の用途にかなうものであれば、形が歪んでいようが左右非対称であろうが問題ではない。日常の生活に使うやきものとしては至極自然な形である。柳宗悦や青山二郎はそんなやきものに美を感じ、熱心に蒐集した。そのおかげでわれわれは朝鮮のやきものを楽しむことができる。

青山二郎はこんないいものも集めたのかと唸ってしまうのが本阿弥光悦作、下の“山月蒔絵文庫”と“鹿図蒔絵硯箱”。ここで光悦の蒔絵に会えるとは夢にも思わなかった。“山月蒔絵文庫”では、月と手前の山には鉛で象嵌し銀泥を施し、松の木の葉に螺鈿を使っている。光悦の美的感覚はやはりすごいなと思うのは月の配置と金泥が塗られた遠景のまるい山と手前の銀色の山の対比のさせ方。これは光悦の蒔絵のなかでも忘れられない一品になりそう。

このほか、浜田庄司の水指、黒田辰秋の漆大平椀、北大路魯山人の織部向付、加藤唐九郎の志野茶碗、富岡鉄斎の絵、インド更紗の掛軸など心を奪われるのがぞくぞくでてくる。満足度200%の展覧会であった。

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2007.06.11

香淳皇后の御絵と画伯たち

878三の丸尚蔵館で、今、香淳皇后(昭和天皇のお后)がお描きになった絵と皇后を指導した画伯たちの作品を集めた展覧会が開かれている。

開幕したのは3/27で、もうすぐ後期(5/26~6/17)も終了する。

中期、後期2回出かけたのは展示されている川合玉堂や前田青邨らの作品のなかにいいい絵が含まれているかもしれないと期待したから。嬉しいことにその願いは叶えられたのだが、主役の香淳皇后の作品が予想外にお上手なのにびっくりした。

皇后の絵は全部で63点あり、現在は20点でている。中期にも“やつがらし”などのいい絵があったが、後期にも名作がある。とりわけお上手だなと見とれてしまうのが魚の絵。とくに、右の“北海ーさけ”と“磯の香りーかさご”、“伊豆の海ーつのだし”がすばらしい。“さけ”は先生の前田青邨が“満点、良いサケが出来ました”と賞賛したという。

最初、皇后が描かれたのに青邨が手を入れたのだなと思っていたが、図録を読むと青邨は出来上がった作品について、“いい”とか“わるい”とか言うだけだったとあるから、“さけ”は日本画家、香淳皇后の作品である。さけの特徴がよくとらえられており、目の前でピンピンはねているようにみえる。

高取稚成、川合玉堂、前田青邨の3人の画伯から指導を受けられその技量を磨かれたとはいえ、これだけいい絵をお描きになるというのは皇后にはもともと若い頃から絵の才能がおありだったのだろう。花の絵で惹き込まれるのが“那須の山道ーはくうんぼく”。これも青邨が“大変良い。花も葉も構図も、全て良し”と微笑んだというが、本当に見入ってしまう優品である。

皇后の隣に飾ってあるのは日本画壇を代表する画家の絵で、皇后のお側にあったもの。皇室における慶事の奉祝品として献上されたものだから、絵の質はかなり高い。後期の見所は画帖3点。小品ながら小林古径の“りす”、川端龍子の“いちじく”、前田青邨の“沙魚”、奥村土牛の“聖山”、小倉遊亀の“劫外の春”に足が止まった。無料でこれほどいい絵を見れるのだから、有難い。

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2007.06.10

徳岡神泉の仔鹿

877最近、日本画家、徳岡神泉の作品をみることが多い。

福田平八郎展のあと立ち寄った京近美の平常展(拙ブログ5/20)に5点展示してあったし、横浜美の“水の情景展”(7/1まで、5/24)にも3点あった。

そして、現在開催中の東近美平常展(8/12まで)では“蓮”、“菖蒲”、右の“仔鹿”の3点と対面した。

これまで、徳岡神泉の回顧展に縁がなく、画集を持ってないので、この画家が生涯にどのくらいの作品を描いたかわからない。が、最近鑑賞した11点は近代日本画の殿堂ともいうべき東京と京都の近代美術館が所蔵するものだから、これらの代表作をみれば充分ではないかと思っている。ほかで思いつくのは“流れ”(京都市美)と“赤松”、“富士山”(東近美)。

最も好きなのは東近美所蔵“仔鹿”と“刈田”(横浜美の水の情景展に貸し出し中)。“刈田”は福田平八郎の“雨”と似たような感じだが、“仔鹿”にはさらに抽象的な雰囲気が漂う。絵のタイプとしては一頭の赤い仔鹿を描いた動物画。でも、背景は実景でなく、何度も塗り重ねられた青緑の色面。描かれた仔鹿の赤は岩絵具独特のマチエールをもち、背景の地から浮き上がるように輝いている。

これは対象が具象的な仔鹿とはいえ、西洋画の範疇からすると抽象画の世界。だが、日本人の洋画家が描く観念的な抽象画より、極度に単純化した構図で自然の本質を象徴的に描いた徳岡神泉の作品にずっと心を揺さぶられる。この絵について、徳岡は“奈良でよく見かける風景ですが、夕暮時何処からともなく集まってきた鹿が、静かにひびく梵鐘の音に吸い込まれるように、薄暗の中を一匹一匹消えてゆきます。ぽつんと一匹とりのこされた鹿ーこうした情景の中に響く梵鐘の気持ちを描いたものです”と語っている。

29歳のとき描いた細密画“蓮”では、蓮の葉にたまる水玉の超リアルな質感表現で見る者をあっと驚かせ、晩年の65歳のときには象徴的な絵画空間でまた人々を深く絵の中に惹き込む。すごい感性と卓越した画技をもちあわせた偉大な画家というほかない。

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2007.06.09

東博、書道博の拓本コレクション展

876東博の東洋館と台東区にある書道博物館で開催されている“拓本の世界展”(7/1まで)を見た。

書はそこに書いてある字が読めないから、書体の形とか、字と字のつなぎ方、墨の濃さに注目して眺めている。

昨年1月、東博であった“書の至宝展”(拙ブログ06/1/14)を鑑賞して以降、書の掛け軸もいいなと思うようになったので、今回の東博、書道博、三井記念美で行われる拓本コレクション展にも興味が涌いてきた。

3館が所蔵する中国善本碑帖はわが国屈指のものだという。中国の西安で石碑や拓本を沢山見た覚えがあるが、国内の美術館で目にする機会はほとんどなく、至宝展と三井の開館記念展で見たくらい。数はこのように少ないのだが、拓本は黒地で文字が白抜きになっているのと古代中国の書という点で強くイメージづけられている。同じような印象を持つ人は多いのではないだろうか。

不慣れな書を全部は消化しきれないので、知っている書家の作品だけをしっかり見ることにした。とくに時間を多く割いて見たのが王義之(303~361)の拓本。東博には5点、書道博には7点でている。右は書道博にある“蘭亭序(韓珠船本)”。至宝展でも展示されていた。王義之の真筆は現存せず、今その筆跡を伝えるのは摸本と拓本のみ。現在20数点残されている摸本のうち3点が日本にある。

王義之の書を愛した唐の太宗は欧陽訽(557~641)に命じて“蘭亭序”を臨書させ、石にも刻ませた。この時の石が宋の慶暦年間(1041~48)に発見され、拓本がつくられた。その宋拓本の一つが書道博の所蔵するもの。今回出品されてないが、東博の高島菊次郎コレクションにも欧陽訽の系統をひく蘭亭序の拓本がある。

“蘭亭序”というのは王義之が浙江省紹興の蘭亭に名士を招き、詩会を行ったときできた詩集の序文のこと。この王義之の会心作を、後に太宗が手にいれ、亡くなったとき随葬させたと伝えられる。

王義之の書を何点も見れたのでこれから、書と本格的に向き合っていこうと思う。

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2007.06.08

東近美工芸館の友禅と型染展

875東近美工芸館では現在、所蔵品による“友禅と型染展”を開催中(6/2~
7/8)。

着物の柄や色には大変興味があるから、こういうタイトルの展示にはすぐ反応する。

といっても、華やかな友禅着物を沢山見ているわけではなく、ここで過去あった企画展や人間国宝展などでお目にかかる程度だから、知識の量は極めて少ない。

今回は12点飾ってある。“友禅”の名前だけで気分は“ハレ”モードに切り替わるのに、有名な近代の友禅作家の名品がずらっとあると体がすこし熱くなってくる。お気に入りは森口華弘(5点)と山田貢(2点)の着物。森口の“駒織縮緬友禅訪問着 早流”、“訪問着 薫秋”と右の山田の“紬地友禅着物 夕凪”は以前じっくり観たので、その印象深い模様が体に浸み込んでいる。

加賀友禅の人間国宝、木村雨山の2点が着物全体に柄が施されているのに対し、二人の着物には白地の余白がほどよくあり、洒落た模様がリズミカルに配されている感じがする。モダン感覚の流水文が目を惹く“早流”を目鼻立ちのはっきりした女性が身にまとったときの着姿はさぞかし美しいだろう。

山田の“夕凪”では、竿につるされた漁労の網を文様化した“網干”が下から上に幾重にも描かれている。網干の大きさは均一ではなく、下の網干は上と比べ大きく、横に長くのびており、まるで遠近感のある浜の景色を描いた絵をみているよう。

型染のコーナーにある芹沢銈介の作品は着物、屏風、団扇絵帖の4点。いずれもその鮮やかな色彩と洒落た形に釘付けになった。なかでも、生地一面にピンクの山、黄色の岩、青の小川、鳥、草木などの同じ模様を反復させた“縮緬地型絵染着物・紙漉村”が目を楽しませてくれる。

今回の収穫は芹沢の隣にあった伊砂利彦の3点、“奥入瀬”、“流れ”、“リモージュの市場”。はじめた見たが、斬新なフォルムの組み合わせに大変魅せられた。作品をもっとみてみたいと思わせる作家である。

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2007.06.07

鏑木清方のたけくらべの美登利

874西洋画でも日本画でも、女性を描いたいい絵とめぐり会ったときほど嬉しいことはない。

現在、鎌倉にある鏑木清方記念美術館で開催中の特別展“市井の暮らしと女性たち”(6/2~7/8)にうっとりするほどいい美人画が展示してある。

右の“たけくらべの美登利”。ここは年何回かほかの美術館が所蔵する清方の名作を展示してくれるが、今回他館からの出品は京近美の“たけくらべ”、“砧”の2点、古川美術館の“夏の日盛り”など3点、平野美術館の“鷺娘”。

目玉の“たけくらべの美登利”をみるのは2回目。2年まえ、MOAであった“京近美蔵近代日本画名品展”で遭遇し、200%魅了された。画集に掲載されている清方の作品を8割近く見たなかで、これは“いでゆの春雨”(拙ブログ06/2/16)とともに惚れぬいている絵。

幻の名画“築地明石町”は生きているうちに会えるかどうかわからないので、この2枚をMy鏑木清方ベストにしている。清方が描く樋口一葉の小説“たけくらべ”の主人公美登利は他の美人画にくらべて目がやや大きく、少し丸顔。その白い顔をしっかりこちらにみせ、綺麗な手に水仙をもつポーズに見蕩れてしまう。

今回はこの記念館自慢の風俗画“朝夕安居”や清方の長女をモデルにした大作“水汲”もあり、なかなか充実していた。ここの特別展を見終わってふと、現在いくつかの美術館に飾ってある清方作品をもし一つの部屋に並べたら、ちょっとした“鏑木清方回顧展”になることに気づいた。その名作とは。

★“明治風俗十二ヶ月”(5~8月):東近美平常展(6/5~8/12)
★“七夕”(拙ブログ05/8/10):大倉集古館・江戸の粋展(右隻6/2~6/8、左隻6/9~6/17)
★“遊女”、“春宵怨”など4点:横浜美平常展・風俗画と物語絵(3/7~7/1)。

思いついたのは清方にとどまらない。今、ほかの画家でも、いい女性画がコラボの真っ最中。
★上村松園 “焔”:東博(6/10まで)、“母子”:東近美(6/5~8/12)、“砧”:山種美(6/6~7/16)、“楚蓮香之図”:横浜美(7/1まで)
★伊東深水 “露”:東近美(6/5~8/12)、“涼み”など3点:横浜美(7/1まで)
★山川秀峰 “序の舞” ★土田麦僊 “湯女” ★梶原緋佐子 “花” ★小倉遊亀 “少女”:東近美(6/5~8/12)


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2007.06.06

東近美平常展の抽象絵画

873今年は東近美で行われる企画展に関心が薄く、ずっとパスしているが、平常展はパスポート券を使って前後期通い、しっかり楽しんでいる。

今でている作品の展示期間はは6/5~8/12。

いつも感じることだが、ここは日本人画家の洋画は充実しているのに、ピカソ、シャガール、ミロといった有名な画家の作品はだいたいアベレージで代表作とはとてもいえないものばかり。東京にある近代絵画を展示する国立美術館でダリやマチスの絵がみれないというのはなんとも格好がつかない。だから、洋画は日本人作家の作品ばかりが目の中に入っている。

3年も通っているから日本画だけでなく、洋画も馴染みのものは自然と足が止まるようになった。今回お気に入りの作品があった。右の瑛九の“れいめい”。昔から知っている絵なのに、いまだにこれを描いた瑛九という画家のことはちゃんと頭に入っていない。もっぱら作品だけを見ている。これまでの鑑賞体験は両手くらいにすぎないが、この“れいめい”が断トツに輝いている。

これを見るといつも静嘉堂文庫にある“曜変天目茶碗”(国宝、拙ブログ07/2/12)がダブってくる。目を楽しませてくれるのはまん中の白地のところに描かれた美しい青や黄色、赤の丸い点とドーナツみたいな紺色の輪に浮かび上がる黄色とうす青の点々。そのまわりのグレイ地とそこに沢山散りばめられた黒の点はまさに“曜変天目”と同じ天空世界。大きな輪と小さな点が交錯する宇宙空間は具象的な対象と変わらぬ至上の美を生み出している。

瑛九同様、絵の中に入っていけるのが草間彌生の“果てしない網♯4”と李禹煥(リ、ウーファン)の“点より”。日本人アーティストが創作する抽象絵画で観る者を惹きつけるのは草間の作品にみられるような繊細で柔らかいイメージのミニマルアート。これは曼荼羅世界からの伝統かもしれない。海外の作家ではゲルハルト・リヒターの大作、“抽象絵画(赤)”が心に響く。見る度に左下、帯状の赤が一際光っているところに吸い寄せられる。

展示中の抽象絵画はα波をいっぱい出させてくれるのが多かったので、ハイな気分で館を後にした。

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2007.06.05

プロ野球セ・パ交流戦

872プロ野球はセ・パ交流戦になると、パリーグが盛り返し、逆にセリーグが元気がなくなる。

今年は試合数が減り、各チーム24試合(4試合×6チーム)を戦う(6/24まで)。6/5時点では、日本ハムが絶好調で無傷の10勝0敗とトップ。2位はロッテで7勝2敗、3位は楽天、巨人、オリックスが6勝3敗で並んでいる。

サプライズはパリーグで最下位のオリックスがオーナーの怒りのチーム改造発言が効いたのか、3位に食い込んでいること。それにしてもセリーグのチームは勝てない。広島(3勝6敗)、阪神(3勝7敗)、横浜(1勝7敗)。パリーグのチームに負けようが、別に巨人ファン、阪神ファンが逃げるわけではないし、巨人中心のTV中継はそのままだし、東京ドーム、甲子園球場へは大勢のファンが足を運んでくれる。

セリーグの監督、選手は“プロ野球は人気が一番。交流戦が終われば、また同一リーグの対戦相手と真剣に戦い、がんばってペナントを握ればいい”とでも考えているのだろう。こんな能天気な精神状態だったら、野球ファンの関心は確実にセリーグからパリーグに移っていく。これは間違いない。

この傾向はもう、4、5年前から着実に現れている。日本シリーズでもパリーグが4連覇しているし、交流戦になるとパリーグの強さが目立つ。拙ブログで何回もふれたが、野球のレベルは現在はパリーグのほうが上。TVでパリーグの試合が見れないから、その実態がつかめないだけ。

野球の専門家に言わせると、パリーグの球場の広さも一因だという。東京ドームや神宮、広島球場のようにセリーグの球場は狭いため、ホームランがすぐでる。これに対し、広い札幌ドーム、福岡ソフトバンクドームではバッターはフルスイングしないとボールはスタンドにとどかないから、パワーアップをつねに心がける。

選手ひとり々をみてみると、パリーグのバッターのほうが体が強そうで、動きがスピーデイ。好調な日本ハムやロッテの選手、また、楽天の山崎などはベテランにしてホームランダービーのトップに立つという活躍ぶり。セリーグでは強靭さではピカ一の阪神金本や中日のパワーヒッター、ウッズがかすんでしまうほどパリーグにはパワーを感じる選手が多い。

強打者が多いと投手のレベルも上がっていく。パリーグは今、日本ハムのダルビッシュ、復活したロッテの小林、渡辺、ソフトバンクの杉内、西武の涌井、楽天の新人田中などいい投手がそろっている。これに較べるとセリーグは淋しい。今、セリーグでエースらしい働きをしているのは巨人の左の高橋尚と徐々に調子を上げてきた広島の黒田くらいなもの。

選手を起用する監督の采配とか選手とのコミュニケーションのとりかたはどうか。パリーグは3人の外人監督と野村、王、伊東。セリーグは原、落合、岡田、ブラウン、大矢、古田。監督のベンチでのエラさ度は明白にセリーグのほうが上。唯一大矢新監督だけはソフトに振舞っているが、ほかの5人は明らかにエラそう。

広島が今年頑張っているのはブラウン監督の選手との接し方が上手いからだとみている。バレンタイン、ヒルマンがやっているような監督=現場のマネージャーという大リーグ流心得で指揮をとっているからである。広島にいたのでよく知っているが、山本浩二監督はエラすぎた。もう昔スタイルのエラい監督のやり方ではダメなのである。

阪神の岡田監督は3年やって、ちょっと監督然としすぎているのではないかと心配している。巨人は怖いヘッドコーチがむしろ足をひっぱるかもしれない。勝っているときはいいが、チームのバランスが崩れたとき、元々エラい監督、コーチ体質がシミついた球団だから一気に選手がちじこまっていくリスクがある。

ヤクルトの古田は意外に人望がないのだろうか?このままだと大したこと無い監督で終わってしまう。中日のエラい落合が監督の責任をあまり一人で考えすぎると、今年は巨人に優勝をさらわれるかもしれない。原のあの笑顔とはしゃぎぶりは長嶋監督級だから、これは勝っているときはチームの大きな力になる。さて、後半どうなるか?

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2007.06.04

Toshi Yoroizuka のスイーツ

871展覧会に何回と行くなか、たまに“花より団子だったな!”と思うときがある。

“琳派展”(6/10まで、畠山記念館)で5/29から展示された渡辺始興の“四季花木図屏風”は期待値の半分。

この絵1枚のために料金500円を払ったので、帰りながら、東京ミッドタウンにある“Toshi Yoroizuka”(左の画像)の440円のスイーツのほうが良かったなと思ってしまった。いつもいつも“花”(自然・芸術)で心が満たされるわけではない。こういうときは好きな“団子”(食べ物・飲み物)への欲望が普段より強くなる。

食べ物でYoroizukaのケーキをイメージしたのは値段が440円と比較しやすかったのと、これが感激するほどの美味しさだったからである。このお店は東京ミッドタウン・
PLAZA 1Fのビッグ・キャノピーのところにある。サントリー美術館を訪問した際、テイクアウトの列がいつもより短かったのでちょうどいい機会だと思い、女性客に混じり並んでみた。

時間は平日の4時だったが、16席あるカウンターで食べるのは2時間待ちになると、やって来た二人の若い女性に店員が申し訳なさそうに説明していた。大変な人気である。“2時間くらいでお食べください”と言われたので、急いで帰宅した。さっそく食べてみると、並みの美味しさではない。このいう創作スイーツは食べ慣れてないのでほかと較べてうんぬんはできないが、確かにワンランク上の味という感じがする。隣の方も大喜びでニコニコ顔。

どれが人気かわからず、選択に迷ったが、前の2組が紫がかったピンクのムースがのっているとても美味しそうなのを続けて注文したから、これに合わせ、もうひとつ違うタイプのものを選んだ。ここのスイートは使われている素材がどれも相当手がこんでおり、舌に甘さがしっかり残る。味だけでなく見た目が美しい。普通の感性の持ち主ではこんなスイーツはとてもつくれない。

シェフ鎧塚氏はフランス、ベルギーなどで8年間修行し、パリのコンクールで優勝したというから、その腕は超一流。二つ食べただけだが、甘いもの好きの女性たちが夢中になるというのがよくわかる。長らく機嫌よく食べていたシュークリームが最近飽きてきたところなので、これからはYoyoizukaのケーキを国立新美やサントリー美へ行ったときにテイクアウトしようという気になっている。カロリーが高いのでいつもは食べられないが、これくらいの頻度なら体重アップの心配もいらない。

“ピッツェリア・トラットリア ナプレ”(GALLERIA 1F)で食べたナポリピザも本場の味だったし、東京ミッドタウンでの楽しみがまたひとつふえた。

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2007.06.03

出光肉筆浮世絵コレクションの菱川師宣

870出光美術館で開催中の“肉筆浮世絵のすべて”は5/30から後期に入り、通期展示の9点を除き作品は別のものに替わった(7/1まで)。

作品数70点は質的には前期(拙ブログ5/7)同様、Aクラス。

好みは美人画より遊里風俗画のほうにある。ここの風俗画はとびっきりコンディションが良く、色が美しいので見てると浮き浮きしてくる。とりわけ菱川師宣一派と宮川長春一派の作品の前にたつともう放心状態。展示の最初からすばらしい風俗絵巻がある。右の師宣作、“江戸風俗図巻”。

これは隅田川の賑やかな舟遊びの場面。舟のなかには大勢の男女がおり、女が奏でる三味線の音色や鼓を音を心から楽しんでいる様子。手前の川岸をみると、緑や、青、赤といった鮮やかな色と洒落た文様が目を惹く着物に身をつつんだ町人と女が足取り軽く歩いている。笑えるのが舟の屋根にいる二人の船頭。若い方が頭に怪我をし痛がる男を気遣っている。下にいる皆は“ハレ”気分なのに、裏方は日常の“ケ”のまま。面白い対比描写である。

師宣のもう一枚“遊里風俗図”や師重の“吉原遊興図屏風”では、“悪所”・吉原で遊ぶ男たちが遊女を下見するところや座敷での宴、魚をさばく料理人などが描かれている。風俗画は細かい状景や描かれた人物の顔の表情や体の動きが目の中にしっかり入ってくると、イメージが膨らみ絵画空間がより身近になってくる。

会期中でている宮川長春の“江戸風俗図巻”は巻き替えされて、絵巻のなかで一番華やかな座敷での遊興の場面。金砂子をふんだんに使った装飾で宴の席が一層盛り上がり、菱川派よりさらに洗練された衣装の柄の精緻な描写と巧みな色使いに目を奪われる。

菱川師宣、宮川長春の絵がお気に入りの方のために関連情報を少々。ホテルニューオ二のなかにある美術館で7/7~8/19に行われる“大谷コレクション肉筆浮世絵展”に二人の絵(拙ブログ05/7/17)が展示される。また、大倉集古館の“江戸の粋展”
(6/2~7/27)では宮川長春の“上野観桜・隅田川納涼図”が見られる。

後期にはもちろん、懐月堂安度などの美人画の名作、北斎の作品もあるのでご安心を。北斎の構図が見事な“春秋山水図”は東博の北斎展にも出品された名画。また、国芳の役者群像画“役者夏之夜図”にも惹き込まれる。日本の宝と言ってもいい出光の一級の肉筆浮世絵を堪能した。

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2007.06.02

ヴィクトリア&アルバート美蔵 浮世絵名品展の北斎

869_1ヴィクトリア&アルバート美所蔵の浮世絵名品展後期(6/1~26)は太田記念館には悪いが、それほど期待値は高くなく、前期(拙ブログ5/6)のとき購入した図録に載っていた2,3の作品を軽く見て、さっと引き上げるつもりでいた。

が、実際に作品の前に立ってみると、グッと惹きつけられるのが数点あったので、この展覧会に対する評価を上げざるを得なくなった。

“おおー!”と思わず声が出たのが2階に展示してあった右の北斎作、“絵本隅田川 両岸一覧”。これは3つの場面のうち、雨が降るなか、人々が傘をさし急ぎ足で橋を渡るところ。橋、家、傘、川に浮かぶ舟に彩色されている黄色が目に心地よく、女性が身につけている着物の赤、緑、紫が驚くほど鮮やか。

北斎のこうい江戸の景色と風俗を一緒に描いた狂歌絵本を05年の北斎展(東博)でいくつかみたが、魅力度ではこれが頭抜けていい。浮世絵を見る楽しみはなんといっても鮮やかな色彩。絵本だから、画面は真ん中で切れているが、これだけ色彩、構図がいいと一枚絵をみているのと同じ満足感が得られる。北斎のこんなすばらしい絵と遭遇したのは大きな収穫。

歌麿の美人画が4点あったが、こちらは前期同様、心を揺すぶられるほどではなかった。今回は歌麿よりはクセのある女を描いた渓斎英泉の“当世好物八契(歌留多)”が二重丸。また、英泉の風景画2点、“木曾海道六捨九次之内 板鼻”と“日光山名所之内 寂光布引瀧”にも魅了される。

北斎の“絵本隅田川”とともに注目していた歌川国貞の“二見浦曙の図”がそれほどでもない。地平線からのびる太陽の光が画面を硬くしている。役者絵でインパクトのあるのが勝川春章の“二代目市川八百蔵と二代目坂田半五郎”と歌川豊春の“景清牢破り”。

海外のブランド美術館がもっている浮世絵で有難いのは日本で見たことのない絵と出会うこと。ギメ美展のようなサプライズがあまりなかった前期と比べ、後期には北斎の絵のほか、国芳が描くような武者絵を連想する広重の“浅草奥山 貝細工(がま仙人、鷲ほか)”、鈴木其一が描いた色彩センス抜群の団扇絵、“団扇売り”など初見の作品をみることができた。

専門家や通好みの浮世絵が多かったような気もするが、出品作はヴィクトリア&アルバート美のお宝浮世絵である。もっと数をこなした先で、今回見た絵が貴重な鑑賞体験であったと思うようになるかもしれない。

入館してまもなく、いつもお世話になっているとらさんとばったり会い、短い時間ではあったが、最近の美術館めぐりの話しや情報交換をした。波長の合う方と好きな絵のことをしゃべるのはとても楽しい。次回会うのはどこの美術館だろうか?

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2007.06.01

鳥居清長展 江戸のヴィーナス誕生 その二

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“鳥居清長展”の後期(5/22~6/10)を見るため、ワクワクした気分で千葉市美術館を訪問した。前期の作品(拙ブログ5/3)があまりにすばらしかったので、後期のみに出てくる58点(全部国内にあるもの)への期待もいつになく高い。

今回のような一級の展覧会の場合、まず期待を裏切ることはない。果たして、流石、千葉市美術館の学芸員の眼力はすごく、“国内の美術館や個人蔵にもこんないい清長があったの!”と唸らせる優品がいくつもあった。そして、嬉しいことにシカゴ、ボストン、ホノルル、メトロポリタンからやってきた超一級の清長美人画が会期の最後まで居続けてくれるのである。これほど贅沢な回顧展はない。

前期同様、清長が絶頂期に生み出した江戸のヴィーナスの三大揃物、“当世遊里美人合”、“風俗東之錦”、“美南見十二候”と美人画プラス風景画のワイド画面の名品を食い入るように見た。お気に入りをあげると。

着物のすそが風に吹かれている“当世遊里美人合 橘中妓”、うす緑の蚊帳のなかに入ろうとする女の顔が艶っぽい“蚊帳の内外”(山口県萩美・浦上記念館)、ワイド画面の構図が似ている上の“六郷の渡し”(平木浮世絵財団)と“真崎の渡し舟”(山口県萩美・浦上記念館)。“六郷の渡し”は日本にもこんないい清長の絵があったのかと嬉しくなる一枚。八頭身美人がいろんなポーズをとる群像表現に背景の風景が富士山。心がとろけそうになる傑作である。

今回一番の横長は5枚続の“隅田川桜の景”(個人蔵)。男1人、女14人と全部で15人描きこまれている。右の方には立ってタバコの火をつけあっている二人の女がおり、左端は桜の下で宴会の真っ最中。踊っている女の側では“私、もうダメ、眠たくなったワ”と女がうつろな目で横になりかけている。

最後のコーナーにある肉筆画では、前期から“隅田河畔納涼図”(メトロポリタン)、“女三人上戸図”(ホノルル)が出ずっぱりであるが、後期は三井記念館が所蔵する下の“駿河町越後屋正月風景図”がでている。これを三井の開館記念展でみたとき、遠近法を使った画面構成と衣装の鮮やかな緑やうす青、赤、橙色に声がでなかった。あの八頭身美人画で有名な鳥居清長が三井家の依頼でこんないい風俗画を描いていたというのも驚きだった。前期には優品“詠歌弾琴図”(ニューオータニ美)が出品されたから、肉筆画も言うことなし。

一生の思い出になる鳥居清長の大回顧展であった。千葉市美術館に感謝々!

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