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2007.05.04

映画「獄門島」の見立殺人

823BS2で5/1に放映された映画「獄門島」(市川昆監督)を久しぶりに楽しんだ。

映画は刑事ものや殺人ものが好きなので、金田一耕助シリーズをやっていたBS放送のラインナップに注目していた。

とくに「獄門島」をみようと思ってたのではなく、なんとなくこれをビデオしておいた。今から丁度30年前の77年に製作されたこの映画は映画館ではなく、レンタルビデオで鑑賞。でも、随分前だから、あらすじは全くといっていいくらい忘れている。

石坂浩二や渥美清が探偵の金田一耕助を演じる作品はすべてみたが、あらすじがはっきり記憶にとどまっているのは何回も観た「八墓村」くらいで、ほかの作品は「犬神家の一族」や「女王蜂」などのストーリーがごちゃまぜ。「獄門島」もみていくうちに“次は確かあの男が殺されるシーンではない!”ととんでもない勘違いをして隣の方をミスリードする始末。

記憶がとんでいる分、殺人事件の顛末がすごく新鮮でよく出来た映画だなと感心することしきり。しかも、この映画のなかに大きなサプライズがあった。昔なら心のなかで特別連鎖反応がおきることもないシーンだが、今はすごく興味深くハットするシーンがでてきたのである。その場面が好きな画家の絵と関連があるのでご紹介したい。

この話しをすると映画を懐かしく思い出される人がいるかもしれない。ストーリーの説明がメインではないのでごく簡略に。この映画のなかで決行される殺人は“見立殺人”といわれる。当時は“見立”という言葉に縁がなかった。が、今は浮世絵師、鈴木春信の“見立絵”を楽しんでいるからすぐ、“見立殺人”に前のめりになる。

浮世絵でいう“見立絵”とは昔の故事、物語、和歌などを原案として、これを絵師と同時代の風俗に見立てて(置き換えて)絵画化したもの。この映画では俳句に見立てて殺人が行われる。3人の殺しに使われるのが松尾芭蕉と宝井其角の俳句。

金田一耕助が宿を借りたお寺の一室にあった屏風にその句が張られていた。が、俳句の知識のない金田一はこの俳句に見立てて、島の大網元、本鬼頭の娘3人が殺されていくのに気づかない。ところが、ある光景をみて、俳句のなかに鍵が隠されていることにひらめくのである。それは電線にとまっている五羽の雀、七羽の雀、五羽の雀、“そうか、五、七、五、俳句だ!”。こちらも電線の雀をみて、すぐ連想する。“府中美の動物絵画の100年展にでていた芦雪の群雀図だ!”(拙ブログ4/7)。

ちなみに、“3人をこの句に見立てて殺してくれ!”と大網元、鬼頭嘉右衛門(新藤栄太郎)が死に際に、俳句仲間であった寺の和尚(佐分利信)に頼んだ俳句とは。

“うぐいすの 身をさかさまに 初音かな”(其角)ー三女の花子は逆さ吊りにされて死んでいた。犯人は和尚。 

“むざんやな 冑(かぶと)の下の きりぎりす”(芭蕉)ー二女の雪枝は崖の上に置かれた寺の吊り鐘のなかで死体となって発見された。犯人は嘉右衛門の妾、勝野(司葉子)。

“一家(ひとつや)に 遊女も寝たり 萩と月”(芭蕉)ー祈祷所のなかで絞殺された長女、月代の着物の上には、萩の花びらがふりまかれていた。犯人は勝野。

何気なしにみた映画「獄門島」がここ1年くらい熱心に見ている芦雪の絵や見立絵とつながっていたとは。My文化記号がこんな形でコラボレーションした。

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