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2007.04.12

前田青邨の羅馬使節

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美術鑑賞というのは面白いもので、お気に入りの画家やその作品に対する思い入れが強いとどういうわけか作品のほうからこちらに向かってきてくれることがある。

つい最近、上の前田青邨作、“羅馬使節”(昭和2年)を思わぬところでみた。白隠の書画を展示している永青文庫を訪ねた際、早稲田大学のなかにある会津八一記念博物館でも白隠の展覧会(5/7~6/2)があることを案内してもらい、館のリーフレットをいただいた。その表紙に使われているのが前田青邨の“羅馬使節”。

これを見た瞬間から不思議な念力が生まれた。この絵は前から知っており、ここが所蔵していることもインプットされている。が、会津八一記念館がどこにあるかわからないので、追っかけリストに入れてなかった。その絵が突然リーフレットとなって現れた。表紙に使われているということは館自慢のお宝かもしれない。電話をすると現在、展示中という。で、予定を変更して早稲田大学へむかった。

この記念館は98年に開館した。無料で入れる。あたりをキョロキョロしながら2階にあがると、この絵が飾ってあった。三曲一双の屏風で、縦2.9m、横1.9mの大きな絵である。フレスコ画をみてるような明るい色彩に思わず唸った!これは画集でみる以上の名画。リーフレットに載せたい気持ちが痛いほどわかる。

白馬にまたがっているのは天正少年使節の一人、伊東マンショ。背景に描かれているのはフィレンツェ。少年たちは天正13年ローマ(羅馬)で法王に謁見し、イタリア各地で大歓迎を受ける。彼らがポルトガルに滞在していた時のことはポルトガル旅行記に少し書いた(拙ブログ4/1)。

引き込まれるのが画面の大半を埋める白馬。首や胸あたりの手綱や飾りにはゴールドが盛り上がり、堂々とした馬に仕上げられている。そして、おでこのでた伊東マンショは聡明そうな顔立ちをしており、腰に差した美しい刀や着ている衣装の装飾的な文様に目を奪われた。また、前面に白い鳩を配し、深く明るい群青で彩られた空に鳥を数羽描く画面構成にも魅せられる。

42歳の青邨はこの絵の制作にあたり、5年前、小林古径と一緒に訪れたフィレンツェでみた下のゴッツォリ作、“東方三博士の旅”(メディチ・リッカルディ宮殿、部分)を参考にしている。ここで馬に乗っているのは若きロレンツォ・イル・マニフィコ(ロレンツォ豪華王)。ヨーロッパ研修旅行の成果ともいうべきこの質の高い作品と対面できたのは無上の喜びである。昨年、前田青邨の大回顧展を目に力を入れて3回もみたから、美の女神がこの絵を呼び寄せてくれたのかもしれない。感謝々である。

この絵はいつも展示してあるわけではなく、企画展があるとき同時に公開される。この期は3/25~4/21で、その後は6/25~7/14、10/20~11/10となっている。なお、東近美でもやっと登場した“石棺”が5/27まで展示されている。ご参考までに。

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コメント

青邨のこの絵は好きで、八一記念館で見たとき、とても嬉しかったものです。早大に行くときは大抵わたしは野間と組み合わせてます。
わたしは演劇博物館にも出かけますので。
胸突坂を上り下りして、早稲田と野間・永青とを巡り歩くのが、なんとなく楽しいです。

石棺は以前姫路の特別展で見ました。'92頃かしら、この絵と龍子の「夢」がわたしにとって双璧です。
石棺の中の丹塗りにときめきます。

投稿: 遊行七恵 | 2007.04.13 09:06

to 遊行七恵さん
羅馬使節が偶然にも現れ、即観れました。こういうとき
は名画が呼んでいたのだなと思うことにしています。

野間記念館、永青文庫、そして八一記念館の流れですか。
いつか実践してみます。

東近美に今でている“石棺”は昨年、ここでの展示が
不確定だったものですから、待ちきれず、浜松まで回顧展
を追っかけました。やっとの展示です。これが分か
っていれば、出かけることもなかったのですが。照明の
関係でしょうが、浜松美術館のときより感激しました。

投稿: いづつや | 2007.04.13 18:17

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