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2007.04.30

パリへ 洋画家たち百年の夢

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以前、TV番組に出演した村上隆が“才能についてどう考えてます?”と問われて、“日本人は絵がほんとうに上手いと思う!これは鳥獣戯画などを描いた人から受け継いだDNAではないか”と答えていた。現在、東芸大美で開かれている“パリへ 洋画家たち百年の夢”(6/10まで)をみると、村上隆の言うとおり、日本人は絵を描くことに長けた民族だなとつくづく思う。

明治以降、西洋画の吸収と独自の画風を求めて多くの画家たちがパリをめざした。東芸大の創立120周年を記念するこの展覧会では東京美術学校とその後身の東芸大で学んだ画家たちの作品が数多く展示してある。普段、洋画鑑賞には日本画の半分のエネルギーした費やしてないが、今回は日本洋画壇のスター画家たちの名品が集まっているので、全身に力をいれてみた。

まだ見てない作品で関心を寄せていたのが目の前に現れた。黒田清輝の大作裸婦図、“智・感・情”(1897~99)。画集で頭のなかに入っていた絵だが、これほど大きな絵とは思わなかった。金地を背景にして、大柄な女性の体の輪郭を赤でひいており、アクセントをつけるため、ところどころその赤がゴールドに重ねられている。真ん中の印象主義を寓意する“感”の女性は顔がどことなく興福寺にある阿修羅像を彷彿とさせる。

上の藤島武二作、“女の横顔”(1926~27)はチラシでみたときから早く対面したと願っていた絵。理由は女性の横顔描きがとても様になっているのと、もうひとつ、このモデルに関心があったからである。藤島はイタリアルネサンスで定番となっていた横顔肖像画に想を得たのであろうが、日本の女性をつかってよくこんなに上手に仕上げたものである。ウフィツィ美術館にあるポライウォーロの“婦人の肖像”やボッティチェリの“シモネッタ・ヴェスプッチの肖像”(丸紅)と同様、見てて爽快な気分になる。

この中国服を着てモデルをつとめているのは竹久夢二の三番目の愛人、お葉。“絶世の美女”といわれたお葉(佐々木カ子ヨ)は1904年、秋田市の出身。13歳で東京美術学校西洋画科教授の藤島武二のモデルをつとめた。その後、15歳のころから夢二のモデルになり、下の代表作のひとつ“秋のいこい”(1920)ではさびしげで寄る辺のない若い女として描かれている。この絵は今年1月、千葉市美術館であった夢二展(拙ブログ1/27)に展示された。お葉は22歳のとき、夢二と別れ、再び藤島の作品のモデルになる。ポーラ美術館が所蔵する“女の横顔”はそのときの一枚。画集にはこれと同じ中国服スタイルの横顔画、“芳恵”(個人蔵)が載っている。傑作といわれる“芳恵”にいつかお目にかかりたい。

このほかで魅せられたのは、これぞ日本の古典画ともいうべき名画、山本芳翠作“浦島図”と和田英作の“野遊”、安井曽太郎の“婦人像”、梅原龍三郎の“竹窓裸婦”、林武の“ノートルダム”、里見勝蔵の“室内(女)”。いい絵を沢山見たという充実感が心のなかにひろがる展覧会であった。

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2007.04.29

甘美なる聖母の画家 ペルジーノ展

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4/21から損保ジャパン美術館で“ペルジーノ展”がはじまった(7/1まで)。ペルジーノ(1450頃~1523)にぞっこんではない。でも、大好きなラファエロの師匠だから、やはり足を運んでおこうという気になる。

日本でペルジーノの展覧会が行われるのははじめてである。出品作の多くはウンブリア国立絵画館が所蔵するもの。真作は数点であとは公房作。その真作のなかにすばらしいのが2点ある。上の“聖母子と二天使、鞭打ち苦行者信心会の会員たち”(ウンブリア館)とウフィツィ美術館からやってきた“少年の肖像”。

“聖母子と二天使”における聖母子や天使には甘美で清らかな雰囲気が漂っており、その調和と均衡のとれた画面構成は見る者に安らぎを与える。そして、びっくりするのがマリアの衣装の深い赤と青。上の左右対称に描かれた天使の紫と橙色もよく色が残っている。この絵が描かれたのは1496~98年頃で、1500年、50歳くらいのペルジーノのところに17歳のラファエロが弟子入りする。

ラファエロはここで4年修行したあとフィレンツェに移るが、下の絵はラファエロがこの工房にいるときに描いた“マリアの結婚”(1504、部分)。昨年のイタリア旅行で幸運にもミラノのブレラ美術館でみた。右端と左のほうにいる顔を左に傾けこちらを向いている二人の女性はペルジーノが描いた上の絵のマリアとそっくり!若い頃のラファエロがペルジーノの影響を強く受けていたことがよくわかる。

近代の肖像画の香りがする“少年の肖像”は昨年、ウフィツィで代表作のひとつ“ピエタ”、“聖者とともにいる聖母子”と一緒に鑑賞した。大きな瞳をした少年が何か語りかけるような力のある絵だったのでよく覚えている。1500年頃にペルジーノはこのような人間の内面性を深くとらえた肖像画を描いた。これには恐れ入る。

最近、聖ヒエロニムスを描いた絵をみることが多い。リスボンの教会で見たのがはじまりで、昨日とりあげたイタリア・ルネサンスの版画展にも何点かあり、ここでもライオンを従え、手に石をもち、赤い衣をつけた聖ヒエロニムスが磔刑像の前で跪いている絵を見た。でも、ここの絵はなにか変?磔刑像はどうしてこんなに小さく描かれているのだろうか。聖ヒエロニムスをガリバーのように大きく描くのもあり?!これはconcernしておこう。

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2007.04.28

イタリア・ルネサンスの版画展

812国立西洋美術館は西洋版画に大変熱心。

05年の“キアロスクーロ展”(拙ブログ05/12/10)に続き、現在“イタリア・ルネサンスの版画展”を開催している(5/6まで)。

明るい色彩や大胆な構図に魅せられる日本の浮世絵と較べると、胸わくわくという感じではないが、期待するものがいくつかある。一つはデューラーとマンテーニャの銅版画。もうひとつはキアロスクーロ展同様、版画に描かれるキリスト教物語とギリシャ神話。

今回はスイスのチューリッヒ工科大学が所蔵する1460/70年から1530年ころまでに制作された鑑賞用版画が112点ばかり展示されている。絵画だけでなく版画(エングレーヴィング)も手がけたマンテーニャの作品は工房作を含めると11点でている。そのなかでとくに惹かれるのが“キリストの埋葬”と右の“海神の戦い”。

強いハッチングで表現された陰影や立体感に吸い寄せられ、悲しみや怒りなどの感情がリアルにでた顔の表情と人体や動物の激しい動きに目を奪われる。古代ローマ時代につくられた“ラオコーン”を彷彿とさせる彫刻的な描写は色つきより白黒のモノトーンのほうがかえって迫力がある。また、チラシに使われているポッライウォーロの“裸の男たちの闘い”もインパクトの強い作品。筋肉隆々の男たちが剣をふりかざす姿をみて、ウフィツィ美術館にある“ヒュドラと戦うヘラクレス”を思い出した。

デューラーは自分の作品“木版画小受難伝”がライモンディに無断でコポーされたので、これを怒り訴訟を起こしたという。1506年、当時25歳くらいだったライモンディは贋作としてデュラーの版画を売ろうとしていた。ヴェネツィアでデューラーをコポーし、腕をみがいたライモンディが次に向かったのがローマ。今度は同世代のラファエロと組んで版画をせっせと制作する。ラファエロの原画にもとづく作品が8点ある。お気に入りは“クオス・エゴ”。

マンテーニャの絵を同じくらい感動したのがバルバリが制作した大きな“ヴェネツィア鳥瞰図”。運河を含めた町全体がいくつかに分解されて作られ、それらが組み合わされてできあがった大きな地図である。四方に雲の中から顔をだし、風を吹き込んでいる風の神が描かれているのが面白い。最後のコーナーにあったティツィアーノの原画を版画にした9点も大きな収穫。

西洋版画を見る機会がないのでこういう展覧会は有難い。3回目はある?

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2007.04.27

ダ・ヴィンチの受胎告知

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ウフィツィ美術館にあるダ・ヴィンチの“受胎告知”が東博で公開されて1ヶ月ちょっと経つ(展示は6/17まで)。現在の混み具合はどんなだろうか?このGW中は大げさにいうと全国から美術愛好家がやってくるかもしれない。国立新美術館ではモネ展をやっているし、上野でもダ・ヴィンチの名画がみれるのだから、今、東京の美術環境は最高!

スペイン・ポルトガル旅行記が間にはいったので感想を書くのが随分遅れたが、この展覧会は3/20の初日に見てきた。予想されたとはいえ、目の前の混雑ぶりをみせられると、ダ・ヴィンチという画家に大の絵画好きにしろ普通の人にしろ多くの人が並々ならぬ関心を寄せていることがわかる。

今回公開されている“受胎告知”は昨年訪れたウフィツィ美術館で時間をかけてみたから、再度の対面では画面のディテールに対する目の配り方も似通ったものになった。絵のサイズでいえばダ・ヴンチの作品の中では“最後の晩餐”に次いで大きいから、見ごたえがある。現地で見たのと同じ印象だが、まず目が集中するのが書見台の大理石装飾。そして、聖母マリア。大天使ガブリエルからイエスの身ごもりを告げられた瞬間の驚きを顔の表情ではなく左手で表現している。マリアの顔はとても少女ぽい。

ダ・ヴィンチが描く女性で一番惹きつけられるのが念入りに編んだ金髪。マリアの綺麗にカールされた髪も悪くないが、お気に入りは“岩窟の聖母”(ルーブル美)で横向きに描かれた大天使ウリエルの髪のほう。大天使の周りに整然と描かれている植物や手に持っているユリは画面全体がすこし暗いから、花としての残像は強くない。それより印象深いのが白地の遠景に浮かび上がる糸杉。この糸杉は平板に様式化されて横に連続しており、背景の海面に浮かぶ小さな帆船(下の拡大画像)と較べると巨木のように感じられる。

遠近法上の消失点となっている遠景の先の尖った三角形の山と空には、まだ“最後の晩餐”(拙ブログ06/5/1)で目に焼きついている究極の空気遠近法、すなわち、美しいうす青はみられないが、中国の山水画を連想させるかすみがかった風景は深遠で幻想的。山水画は目の前にある風景ではなく、画家の精神性を象徴的に表現しているのに対し、ダ・ヴィンチは科学的な観察のうえに超想像力を働かせ、理想郷を描いた。

平成館で行われている企画展は昨年、ウフィツィ美術館で見た。鑑賞後購入した図録はイタリア語だったから、図版ばかりながめていたが、内容が日本語に翻訳されたので助かった。現地でも驚愕したのが大きな馬の像の模型。この像は結局実現しなかったが、ダ・ヴィンチの創作エネルギーは規格外のスケール。また、“最後の晩餐”における使徒たちの心の動きを再現したCG映像がすばらしい。

今回の図録は芸術家そして科学者、ダ・ビンチのことを知るには最良のもの。永久保存版として折に触れ、読みこなしたい。

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2007.04.25

たばこと塩の博物館の風俗図屏風と光琳の画稿

809たばこと塩の博物館で行われている“風俗画と肉筆浮世絵展”(7/7まで)で予想もしなかった貴重な絵をみた。

この展覧会では、会期を前期(4/14~5/23)と後期(5/24~7/7)にわけて近世風俗画60点が展示される。

前期39点のうち17点は最後まで展示されるが、このなかに絵のできばえ、コンディションのいいのが2点ある。右の“風俗図屏風”と“月次風俗屏風”。月次は“つきなみ”と読む。

絵の前で嬉しくなったのは“風俗図”(六曲一双)。右の右隻(部分)には、遊郭の張見世の前で行われている大神楽に集まった見物人や木戸付近でたばこを売る店(右端上)が描かれている。そして、左隻は伎楼の座敷で男女が歌舞音曲、カルタ、双六で遊んでいる場面。登場する人物がびっくりするほど大勢ではなく、余白を広くとる構成になっているので、ひとつ々の場面がよく目の中に入るのがいい。しかも絵が上手。

洛中洛外図のように金雲が画面の上と下で店や屋敷の屋根をところどころ隠し、あまり色あせてない金地と座敷のうす緑がていねいに描写された人物を浮かび上がらせている。また、店の暖簾などや男女が身に着けている着物の柄なども精緻に表現されているから、こうした細部を単眼鏡で拡大してみていると時間が経つのを忘れてしまう。

この風俗画がなぜ貴重なのか?屏風の下に並置してある京博が所蔵する“小西家文書”の風俗画画稿は尾形光琳が21歳のとき描いたものである。そして、この風俗画とそっくりの絵がもう一点ある(個人蔵)。3つの絵の関連について、“芸術新潮”の05年10月号で光琳を研究している狩野博幸氏(元京博の大物学芸員、現在、同志社大学教授)と河野元昭氏(東京大学教授)が面白い話しをしている。

狩野氏の説が興味を惹く。その主張は“風俗画を写したような光琳の画稿は模写ではなくて下絵。本画制作を前提にした下絵だから、緻密に描いている。琳派というと宗達以来、当世風俗に興味をいだかず、古典を主題に描くものという先入観があるが、光琳は風俗画を描いた可能性がある。将来、あらわれないともかぎらない”。

これに対し、河野氏は“これは模写ではないか。ただ、光琳の図は大体たばこと塩博のと同じ構図と図柄だが、一部は個人蔵の図柄が見られるので、光琳が写したのはこの二つとは別の絵”。この遊里図は人気があったため、町絵師の工房でいくつも描かれたのではないかと推察している。

模写でなく、本画の下絵として描いたのなら、いつか光琳の風俗画が現われる可能性が残されている。夢のある話しにつながるこの風俗画に遭遇したのは大きな収穫だった。

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2007.04.24

日本美術が笑う展の男女遊楽図屏風

808森美術館で開催中の“日本美術が笑う展”(5/6まで)は会期が3ヶ月を超えるロングラン興行。

展示替えリストと睨めっこして、2回目の訪問日を長澤芦雪の“岩上猿・唐子遊図屏風”を見ることに主眼をおいて
4/19にきめた。

4/18から展示される芦雪の絵は一回目(拙ブログ2/2)の鑑賞の際購入した図録で非常に魅せられ、作品に会えるのを楽しみにしていた。入場してすぐ、その絵を探したが、どういうわけか展示されてない。どういうこと?前後の部屋をいったりきたりしたが、どこにもない。

展示替えリストを丹念に見ると“都合により不出品”とある。ええー!ドッと疲れが出た。コレクターと美術館の間でどんなやりとりがあったか知らないが、図録に掲載までしている作品がドタキャンとはなんともお粗末。是非みたかった絵なので残念でしょうがない。やはりこの美術館に期待をかけ過ぎるのは禁物。で、前回でてなかった作品で関心の高かったのをみてそうそうに引き上げた。

お気に入りは狩野山雪の“寒山拾得図”、右の“男女遊楽図屏風”、柴田是真の“鬼女図”、河鍋暁斎の“鳥獣戯画”、白隠の“布袋図”、狩野典信の“大黒図”。口を大きくあけた寒山拾得が画面いっぱいに描かれた山楽の絵は強く印象に残る。会期中みられる虎と目、鼻が似てない?

細見美術館が所蔵する“男女遊楽図”(部分)はコンディションがすこし悪いが、魅力のある風俗画。画面構成は国宝“彦根屏風”の登場人物や一人々のポーズを借用し、左端で腰をひねるようにしてこちらを見ている髪を長くたらした遊女、座ってキセルを手にしている女、そして片膝をつき遊女を見つめるかぶき者は対角線上に配されている。絵が描かれたころは衣装の色がよく出て、モダンな文様とあいまってすごく映える風俗画だったにちがいない。

狩野典信の大きな顔をした大黒様(板橋区立美蔵)にやっと会えた。身体的にはおかしい姿態かもしれないが、これほど見る者を惹きつける大黒様はない。この絵と白隠の布袋さんでしょぼんとなった気持ちが救われた。

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2007.04.23

日本を祝う展の舞踊図

807新サントリー美術館で開催中の“日本を祝う展”で作品が一部入れ替わった(4/18~5/7)のでまた出かけた。

お目当ては目玉のひとつである風俗画の数々。一回目(拙ブログ4/8)の鑑賞のあと手に入れた展示リストをみると、風俗画は3回(最後は5/9~6/3)に分けてでてくる。

当初は出品作の大半は03年の特別展“日本絵画に見る女性の躍動美ー働く女、遊ぶ女”で一度みているから、最後の期間にまた足を運ぶことを決めていた。が、森美術館の“日本美術が笑う展”を再訪したら、目と鼻の先にあるミッドタウンの強い磁力に引き寄せられ、気がついたらすばらしい屏風の前にいた。

絵画は図録だけで判断してはいけないことをこの“武蔵野図屏風”(六曲一双)が教えてくれる。上層の金地が眩しく光り、真ん中には萩、菊、桔梗など秋草が様式化されりリズミカルに描かれている。右隻の下に月を配置する画面構成ははじめてみた。その対角線上に描かれた左隻の富士山はまわりを金雲にかこまれ、神々しくそびえている。こんないい絵を危うく見逃すところだった。やはり犬も歩けば棒にあたるである。

二つの風俗屏風“賀茂競馬図”と“三十三間堂通し矢図”もみててよかった。赤い飾り衣装を着せられた12馬が疾走し、その様子を民衆が柵に上にのぼって見ているところなどは大倉集古館蔵の久隅守景作の絵によく似ている。“三十三間堂”は目をこらさないと、どこで矢が放たれているかわからない。右上に諸肌を脱いで矢を射る男がいる。その先を追っかけると途中、矢が空中にとまっているように描かれ、さらにその先の壁に矢がささっている。射手の後ろには大勢の人がおり、イベント真っ最中という感じ。

右は通期で展示される“舞踊図”。全部で6図ある額装は常時3図あり、現在はこの組み合わせ。目を奪われるのが小袖の文様。右は龍、真ん中はトンボ、そして左は羽をまるく広げた孔雀を絵柄に使いモダンな意匠に仕上げている。そして、この装飾性豊かな意匠の着物をまとった舞妓が手に扇子をもって踊るしぐさが一際美しい。

5/9~6/3には03年のとき感激した“婦女遊楽図”、“東山・吉野花見図”、“阿国歌舞伎図”やお目当ての“秋冬花鳥図”、さらに狩野山楽の優品“南蛮屏風”(重文)が登場する。最後まで楽しませてくれる開館記念展である。

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2007.04.22

お母さんといっしょ・浮世絵に見る母と子の情景

806昨年、ららぽーと豊洲のなかにできた“UKIYO-e TOKYO”(平木浮世絵財団)の展示内容を定点観測している。

ここで現在、開催されている公文教育研究所との共同企画展、“お母さんといっしょ・浮世絵にみる母と子の情景”は収穫の多い展覧会だった。

作品はあまりひろくない部屋に前期(4/3~30)と後期(5/2~27)に各50点くらい展示される。嬉しいことに狙っていた歌麿の子ども絵が5点あった。

ここ3年、歌麿の追っかけが浮世絵鑑賞の大きな柱になっている。歌麿だけは残念ながら大きな回顧展に遭遇してないので、効率は悪いが東博、太田記念館、MOA、そしてこの平木浮世絵財団でこまめに作品をひろっているのである。今回出ている母親と子どもの絵のなかで歌麿の絵はどれも心に響く。

再会したのが、“山姥と金太郎”と右の“当世好物八景 さわぎ好”。収穫は前から見たかった“夢にうなされる子どもと母”があったこととはじめてみる“当世風俗通 女房風”と“金太良三人兄弟”。右の“さわぎ好”は今でもみかけるような光景。母親は“アァー、ぽっぺんがうるさいなー!”と笑いながら耳をふさぐが、子どもはお構いなしに思いっきりビードロ(ガラス)玩具を鳴らしている。歌麿の大首絵は美人画だけかと思っていたら、こんな微笑ましいシーンとの組み合わせもあった。

同じ大首絵でも授乳場面を描いた“女房風”は赤ん坊の顔を隠すと艶っぽい。でも、これは真似しないように!小さい頃は人前での授乳はあたりまえだったが、今はほとんど見ない。面白いのは赤ん坊はお乳を飲みながら、目は何かに気をとられて落ち着きがないこと。こういう表情をずばっと描く歌麿の観察力は流石である。

画集でみて本物をいつかみたいと願っていた“夢にうなされる子どもと母”に口元がゆるむ。子どもの泣き顔がとてもリアルで、この絵を見て以来、子どもがこんな風に泣いているときはきっと怖い夢をみているのだなと連想するようになった。それほどのインパクトをもっている絵である。上に描かれた吹きだしにお化けの捨てぜりふ“またばんにうなしてやろふ”があるから、慈愛にみちた母親にあやされてまた泣きじゃくるのだろう。

歌麿はパロディー作家にもなれると思わせるのが“金太良三人兄弟”。三人兄弟の金太郎ははじめてお目にかかった。長男はお餅を杵でつき、二男は鴨をさばき、末子はお盆を手にしている。一緒にいる山姥は怖くない若い母親という設定。歌麿のほかでは歌川国芳、国貞が描く母と子に心が和む。後期にも歌麿のいい絵が出てくるのでまた出かけることにしている。

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2007.04.21

戸栗美術館名品展Ⅰ 古伊万里

805渋谷のBunkamuraから徒歩で10分くらいのところにやきもの専門館、戸栗美術館がある。

ここで今、開館20周年の記念展Ⅰを行っている(4/1~6/24)。Ⅰでは所蔵する古伊万里の名品がでており、Ⅱ(7/1~9/24)では中国・朝鮮陶磁が展示される。

出品されている古伊万里105点の多くはこれまでの訪問で鑑賞済みだが、まだみていない優品とあわせてみると感激度はさらに増す。ここのコレクションは数、質とも申し分なく、初期伊万里、古九谷様式、柿右衛門様式、金襴手など味わい深いやきものがズラッと飾ってある。

初期伊万里では小ぶりながら形が魅力の“白磁 面取り壺”や魚を形どった“染付 魚形皿”などに惹きつけられる。古九谷様式は大皿で緑、青、黄色が鮮やかに発色した“色絵 瓜文鉢”(拙ブログ07/1/13)に目を奪われる。この色合いは何回みても感激する。入ってすぐのところに展示してある初お目見えの“色絵 鴛鴦文 捻花形皿”がなかなかいい。鴛鴦の頭とまわりの岩に彩色された緑の輝きに釘付けになった。

純白の素地に絵付けがくっきり映える柿右衛門の皿にいつもながら心が洗われる。お気に入りは“梅竹栗鶉文皿”。乳白手の余白をたっぷりとり、梅の木の下にまるっこい二羽の鶉が描かれている。また、型からつくられた婦人像の人形や唐子が乗っている瓢箪の水注にも足がとまる。

今回最も気分がハイになったのが豪華絢爛な意匠と色使いが目を惹く“金襴手”。“五艘船文”、“荒磯文”、“雲龍文”、“琴高仙人文”などの定番文様が絵付けされた鉢にくらくらする。色絵に金彩を加えた金襴手は元禄という時代が生み出したきんきらきんのやきもの。伊万里というとすぐ連想するこの華麗で豪華な金襴手は、元禄のころ羽振りのよかった豪商たちの成金趣味がそのままでた感じである。

右の“雲龍文鉢”は赤玉の発色がすばらしく、鱗が金彩で精緻に描かれた龍は躍動感にあふれ、いまにも鉢からとびだしてきそう。こういう元気のでる絵柄に心をよせた商人や地方の豪農たちの気持ちはよくわかる。“五艘船文”の文様にも目を見張る。真ん中と両側に3艘の船、オランダ人が8人、さらに唐花などが見込みいっぱいにびっちり描き込まれている。その緑、青、金彩は声を失うくらい鮮やか。

この“五艘船文鉢”は現在、サントリー美術館で開催中の“日本を祝う展”にもでている(5/7まで)。戸栗のよりひとまわり大きく、見ごたえがある。これまでみたなかではサントリーのもの(重文)が一番いい。

記念展パートⅠで古伊万里の名品をを存分に味わった。Ⅱも期待したい。

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2007.04.20

大丸東京店の日本陶芸展

804陶芸の公募展は普段はほとんど観ることが無い。が、大丸東京店で4/24まで開かれている“日本陶芸展”はなにか駆り立てるものがあった。

チラシに実力日本一の陶芸作家を選ぶ国内最大の公募展と書いてある。これに惹かれて出かけた。

楽器の演奏、声楽、のど自慢、日本舞踊、バレエなど芸事のコンクールでも、絵画、彫刻、書、工芸の公募展でも一等賞に輝くというのは大変名誉なことであり、参加者はその才能を評価してもらうため常日頃精進を重ねている。

この公募展における“実力日本一”を選ぶ方法をみて、これは本物だなと思った。審査員には陶芸家は入っておらず、美術館の元館長とか学芸員などが942点のなかから入選作148点を選びだし、さらに5つある賞(大賞、準大賞、優秀賞)の候補作品を絞り込む。そしてこれから先の選考が面白い。公募のなかから選ばれた賞候補17点に人間国宝ら招待作家の作品28点を加え、この45点の中から大賞を選ぶのである。

人間国宝では、酒井田柿右衛門、徳田八十吉、鈴木蔵、伊藤赤水といった錚々たる陶芸家が出品している。だから、20代、30代の新進気鋭の作家や現役大御所の作品が一緒に並べられ、過去の実績に関係なく、技術的な出来具合、芸術性が審査されるのである。なるほどこれなら大賞は“実力日本一”の称号に値する。

1971年にはじまったこの日本陶芸展は今回で19回目(2年に一回)。過去の入賞作品をみると、ビッグネームも大賞に輝いている。松井康成(73年)、今泉今右衛門
(13代)(81年)、伊藤赤水(85年)、徳田八十吉(3代)(91年)。今回、大賞に選ばれたのは右の志賀暁吉作、“青瓷壺”(せいじつぼ)。

志賀暁吉氏は今年30歳で、福島県の浪江町で作陶している。会場には青瓷の作品が16点展示してあるが、素人の目にもこの縦長の器に一番惹かれた。ほどよい縦長の形が美しく、青瓷特有の貫入が縦から流れ、透明感のある青の器面に緊張感を与えている。

ほかで感動したのは95年に大賞を獲った市野雅彦が制作した黒と橙色のモダンな配色を施した球体オブジェ、“Untitled”。同じく前回05年の大賞受賞者、崎山隆之の“扁壺・聴涛”。また、中島晴美の水玉模様のオブジェ、“WORK-0607”も家に持って帰りたいような造形性豊かな作品。この公募展の存在を知ったのは大きな収穫。2年後が楽しみである。

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2007.04.19

ヤンキース井川 初勝利!

803ヤンキースの井川が3回目の先発で初勝利をあげた。

デビュー戦でボカスカ点を取られたから、心配したが、だんだん調子も上がり、本来の実力が出てきた感じ。だが、まだ安心はできない。

本日のインディアンス戦でも3回の表に2点とられ逆転されたときは、また勝利が遠のいたかなと思った。井川の武器はそこそこのストレートとコントロールされたチェンジアップ。変化球がいいところに決まると、安心してみていられるのだが、まだビシビシきまるところまでいってない。

松坂が150kmをこえる球をダイナミックに投げるのと違い、井川は見た目は荒ぶるような投げ方ではないから、バッターにとってあまり威圧感はない。だから、スーッと真ん中にはいってくる球は簡単にはじき返される。今日もそれほど怖くないバッターにセンター前にもっていかれた。でも、4回以降は安定しており、投げるたびに打者を空振りさせたり凡打にうちとる投球術を会得している様子だから、期待は持てる。

井川は野球に取り組む姿勢がまじめで、いつもピッチングのことばかり考え、あまり遊ばないらしい。イチローと同じ職人タイプの選手である。阪神に入団したころはコントロールに難があったのに、コーチのアドバイスをよく聞き、人の倍の練習でこれを矯正し、今では安定した投球術を身につけた。そして一級品のチェンジアップを覚えた。これから日本人左ピッチャーNo1の真価を全米にみせつけて欲しいものである。

ヤンキースの打撃陣は開幕から調子がいい。Aロッドはもう9本ホームランを打っているし、昨年アリーグ2位の打率だったチームリーダー、ジーターが今年もいいところでヒットを打つ。また、やわらかいバッティングをする3番のアブレイユや5番の赤鬼ジオンビーも打点をあげている。開幕直後からいきなり故障者リストに入った松井の打撃がちょっと心配だが、復帰したらまた、ガンガン打ってくれるだろう。

心配なのはピッチャー。実情は相当深刻!実績のある先発投手、ムッシーナが故障したし、昨年から仕事をしてないパバーノもリスト入り。ヒューストン・アストロスからまたヤンキースに戻ってきた左のペティットも昔に較べると力は落ちている。投手力の悪いチームがレギュラーシーズンを制することはまずないから、ヤンキースはもうシーズン途中のトレードで投手を獲得することを真剣に考えているのでないだろうか。例年前半はエネルギーを使わないで後半に契約を結ぶクレメンスにも声をかけるような気がする。

こうした投手陣のなかで、タフな井川は頼りにされる存在になってきた。先発は試合をつくれば野手が必ず相手チームの投手を打ち崩してくれる。すると、勝ち星はあがってくる。頑張れ!井川。

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2007.04.18

福島県立美術館のアンドリュー・ワイエス

802先月、福島市にある福島県立美術館を訪問した。ここで3/25まで開かれていた“山形美術館所蔵の名品展”を見るためである。

2年前出かけた山形美術館でルノワールなど質の高い西洋画に遭遇したのは東北旅行シリーズのいい思い出。

だが、一方でお目あての小松均作、“最上川源流図”が見れなかったのと、与謝蕪村の代表作のひとつを見逃すというヘマをやってしまったため、心の片隅に悔いのかたまりが残ったままだった。その2点が名品展に含まれているので喜び勇んで新幹線に乗ったというわけである。

山形市を再訪するのはちょっと気が重いが、福島だと埼玉県美へ行くのと気分的にたいしてかわりない。名品展は予想もしてなかった長澤芦雪のいい構図の絵や池大雅のユーモラスな画巻などとも対面でき、大満足だった。しかも、感激は特別展だけでは終わらない。福島県美のコレクションが充実しているのである。

この美術館のことはモネの“ジヴェルニーの草原”(モネ大回顧展に5月下旬から展示)でインプットされていたが、ほかにも彫刻(ジャコモ・マンズー、マリノ・マリーニなど)、西洋画、日本画に惹きつけられる作品がいくらもある。平常展は年に4回くらい展示替えをおこなっているようだ。

2/16~3/25の出品で足が止まったのは福島県生まれの洋画家、関根正二の作品。“自画像”、“風景”など7点あった。萬鉄五郎、松本竣介も1点ずつある。東近美の平常展を頻繁に鑑賞したせいか、最近、この3人の作品のすごさがわかってきた。

西洋画で一番の収穫はアンドリュー・ワイエス(1917~)の絵。2点でており、右は非常にインパクトのある人物画、“ガニングロック”(1966、水彩)。この画家の特徴である精密な写実描写に息をのむ。アメリカの寒村でよく働き質実に生活している農夫の感じがよくでており、何も描かれていない背景が髪の毛やしわをリアルに描いた横顔を浮かび上がらせている。

ワイエスの作品でちゃんと記憶しているのはNYのMoMAにある代表作“クリスチーナの世界”だけ。この人物画は“クリスチーナの世界”のように長く体にしみ込んでいくような気がする。青山ユニマットで現在、ワイエスの展覧会をやっているというから訪ねてみようと思う。

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2007.04.17

モディリアーニと妻ジャンヌの物語展

801Bunkamuraで行われている“モディリアーニと妻ジャンヌの物語展”(6/3まで)は二人の愛の悲しい結末を知っている者にとって、興味をそそられる展覧会ではなかろうか。

モディリアーニの絵を沢山観ているわけではないが、画家の人生については有名な伝記映画“モンパルナスの灯”
(1958)でおおよそ頭の中に入っている。

衝撃的なのはモディリアーニが亡くなって、2日後にジャンヌも両親の住むアパートの6階から飛び降り自殺をしてしまうこと。芸術家はあまたいるが、ロミオとジュリエットみたいに人生の幕を降ろしたのはこの二人のほかにいない。

モディリアーニの回顧展と期待していたが、これは肩透かしをくらった。ジャンヌのデッサンとか油彩がモディリアーニの作品と同じくらいある。ジャンヌの絵をみるのが目的ではないから、これはパスしてモディリアーニの油彩(16点)を中心にみた。数の予想はこの倍。でも、これほど多くまとまった形でみるのははじめてなので、目に力が入った。

昨年ここでみたモディリアーニ作品より、今回のほうが満足度は高い。お気に入りは“ベアトリス・ヘイスティングス”、“婦人像”、“女性の肖像”、“珊瑚の首飾りの女性”、“赤毛の若い娘”、右の“肩をあらわにしたジャンヌ・エビュテルヌの肖像”。

チラシに使われている“大きな帽子を被ったジャンヌ・エビュテルヌ”はモディリアーニの女性像を象徴する文化記号だが、うりざね顔と瞳の無い目の造形的な特徴が上半身のため生かしきれてない。もうひとつの手があり、腰のあたりまで描かれていたらすごくいい絵になるのだが。

この絵と較べるとじっと見ていたくなるのが黒い衣装に赤茶色の顔と手が映える“女性の肖像”。そして、青白い肌が画面の多くを占める右のジャンヌの絵もとても魅力的。男でも女でも、目に瞳が入っていると、その人物に近づきやすくなる。黒い瞳のジャンヌを描いた“赤毛の若い娘”に対し、こちらのほうが顔も丸みをおびて、画面全体が柔らかく、美しいジャンヌに仕上がっている。

現在、国立新美術館で開催中の“異邦人たちのパリ展”(5/7まで)に展示されている“デディーの肖像”は期待値を下回ったが、今回のモディリアーニは昨年みたクリーブランド美展の“女の肖像”(拙ブログ06/10/3)同様、見てていい気持ちになった。数がもっとあれば言うこと無いのだが、作品が世界中に分散していることを思えば、質の揃ったコレクションを見れたのは幸運なことかもしれない。

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2007.04.16

モネ大回顧展のサプライズ! そのニ 色彩の輝き 

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これまでのモネ作品の鑑賞で最も大きな感動が得られたのはやはり印象派の殿堂、オルセー美術館を訪問したとき。満足しきって、夢見心地で館をあとにしたことを今でもはっきり覚えている。十何年前のことだから、全部の作品の記憶が戻ることはないが、上の“モントルグイユ街、1878年パリ万博の祝祭”はとりわけ気持ちを昂ぶらせてくれる一枚だった。

その絵との再会である。嬉しさのあまり画面に異常接近する。が、これではモネの絵のすばらしさは見えてこないから、絵から二歩くらい下がってみた。すると、縦長の画面いっぱいに描かれた三色旗の赤に目を奪われ、気分はお祭モードに切り替わった。大勢の人がいる賑やかな通りと両側の家にふりそそぐ光は揺らめき、風にたなびく旗はリズミカルに踊っているような感じである。

画面を生き生きさせる光に感動するのがもう一点ある。それはフィラデルフィア美からやってきた“ポプラ並木、秋”。1891年、23点制作された連作“ポプラ並木”のなかではとくに気に入っている絵である。手前の垂直に立った3本のポプラは左に続き、上方に黄色の葉をつけたポプラはこんどはS字曲線をつくるように右に曲がり、遠景でまた左に折れている。だが、背景の青い空もポプラ並木にも奥行きは感じられず、モネは明るい黄色でこのポプラを装飾的に描いている。

この絵を90年、ロンドンで開催された“モネ連作展”ではじめてみたとき、その明るい色調に大変感動した。3ヶ月で50万人が訪れたこのモネ展に“ポプラ並木”は13点展示されたが、この“秋”とメトロポリタン蔵の2点がMy二重丸だった。94年の回顧展にも出品されたから、三回も感動させてもらった。

これと一緒に展示されているオルセーとイセ文化基金が所蔵する作品もロンドンの連作展にでていたもの。ポプラの木が青みがかった緑で彩られた両作品は少し並木から離れたところから描いているので、S字曲線がよりくっきりみえる。ともに魅力いっぱいの絵。オルセー蔵では、風に折れ曲がる葉と広重の構図を彷彿とさせる前景の3本の木に視線があつまる。

今回、モネがロンドンとヴェネツィアで制作した作品がいくつもでており、これが大収穫だった。ロンドンでは国会議事堂(2点)、ウォータールー橋(3点)、チャリング・クロス橋(3点)。吉野石膏がもっている“チャリング・クロス”は2年前山形美術館でみて、いい絵だなと感心したが、リヨン美術館蔵のほうに軍配があがる。橋を渡る汽車からでるもくもくとした白い煙、霧のなかに差す陽光、そして、テムズ川の水面に反映する光がつくるなんとも神秘的な画面に心を揺すぶられた。

モネの目が白内障で悪化していた1908年に描かれたヴェネツィアの絵(4点)にもぐっとくる。なかでも惹きつけられたのが下の“大運河”(ボストン美)。この絵の構図も広重風。真ん中左に垂直に描かれた杭と水面に映る影が画面を区切り、左側に杭と海に浮かぶゴンドラ、右にヴェネツィアらしい聖堂がみえる。聖堂の影がピンクや青、緑などの短いタッチを横にならべた海面に溶け込むように映る風景がとても美しく、しばらく足が動かなかった。

最後のコーナーにモネが晩年取り組んだ“睡蓮”がいくつもあった。アサヒビールが所蔵する大きな睡蓮(拙ブログ05/10/26)をまたうっとりするように眺め、爽快な気分で出口に向った。満足度200%の大モネ展であった。

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2007.04.15

モネ大回顧展のサプライズ! その一 まばゆい光 

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六本木の国立新美術館で4/7からはじまった“モネ大回顧展”(7/2まで)はキャッチコポーのとおり世界中のブランド美術館から名画が集結した一級の展覧会である。

94年、ブリジストン美などで開催された回顧展のときも画集にのっている名画がいくつも海外からやってきたが、今回の作品の質はこれを大幅に上回る。モネ大好き人間としては涙がでそうになるくらい嬉しいのがオルセー美術館からやってきた作品。とにかくすごい。モネの名画をこんなに沢山、しかも3ヶ月ちかくも貸し出して現地でクレームにならない?と余計な心配までしてしまう。

さらに、モネのコレクションではこれまた名画をそろえているボストン美術館からきた作品や数は少ないが、メトロポリタン、フィラデルフィア美蔵にもすばらしいのがある。心を揺るがすのは海外の作品だけではない。

日本には全国各地の美術館やコレクターが所蔵するモネのいい絵が何点もあるが、これらがどっと展示されている。03年に開催されたマルモッタン美術館蔵の作品を中心にした“モネと印象派の画家たち”(高知県美、島根県美、松本市美)に、国内の名だたる絵がかなりでてきたが、今回そのときの作品はほとんどあった。

世界的にみても一級のコレクションとして評価の高い大原美の有名な“積みわら”や埼玉県近美の“ジヴェルニーの積みわら”(4月下旬から)、イセ文化基金の“エプト川のポプラ並木”があるのだから、国内にあるベストのモネが揃っているといっても過言でない。国内外から質の高い作品をよくもこれだけ多く集めたものである。モネの絵はグローバルに愛されており、会場には外国人が結構いる。日本在住の美術愛好家にとっても見逃せない回顧展にちがいない。国立新美に拍手々!そして大感謝!

作品は全部で97点。このうち国内の5点は期間限定展示。心に響く絵が沢山ありすぎて、紹介するのに苦労するが、ここに取り上げた3点は200%感激した作品。モネの絵で一番感激するのが光を感じたとき。今回、光と影の表現に“ワァー!”となるのがまず、2章印象・階調のところにある上の“かささぎ”(オルセー)。

これはモネ29歳ころの絵で、オルセーの図録にも載っているすばらしい絵。純度の高い雪の白と冬の日差しに吸い込まれそうになる。静謐な空気が漂う中、雪の積もった地面に映る影と門の上にとまるかささぎが印象深い。16年前、現地でみたときの感動がかすかに戻ってきた。

真ん中は42歳のときの作、“ヴァランジュヴィルの漁師小屋”(ボストン)。断崖の上の小屋は左から差す日で屋根がピンク色に輝き、手前の赤や黄色、緑、青の細かいタッチで表現された草花の明るい色調に釘付けになる。この絵は3章構図・簡素のコーナーに展示してあるが、92年Bunkamuraであった“ボストン美蔵のモネと印象派展”にもやってきた折り紙つきの名画で、海や山々を描いた作品のなかでは断トツにいい。

下は連作シリーズ、“積みわら”の一枚でオルセーが所蔵する“夏の終わり、朝”。モネはこの絵を描いた51歳ごろは人気画家になっていた。“積みわら”を描いた3点、大原の連作ではない“積みわら”、オルセーのと同じ年、1891年に制作されたボストン美蔵の“雪の朝”の前は圧巻。積みわらにまぶしく日が差す描写が心を打つ。モネは光があたる明るいところをキラキラさせたり、うしろにのびる影にうすいピンクをまじらせたり、光の拡散効果を描くため、積みわらの周辺をぼかすなど光を実に丹念にとらえている。

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2007.04.14

秋川雅史が歌う「千の風になって」

7942,3週間くらい前、フジテレビの“ミュージックフェア”にテノール歌手の秋川雅史が出演し、今大ヒットしている“千の風にのって”を心をこめて歌っていた。

すぐ口ずさめるいい曲なので、今は収録ビデオを繰り返し聴いている。こういういいメロディーの曲をびっくりするようなイケ面の秋川雅史が声量ゆたかに滔々と歌い上げるのである。多くの人が感動し、涙を流し、そして勇気をだして生きようと思うはずである。

秋川雅史はプロフィルをみると現在、40歳で愛媛県西条市の出身。4歳の時から声楽の父親の影響でバイオリンやピアノをはじめたというから、筋金入りのクラシック音楽人間である。昨年のNHK紅白に出演したから関心をもっていたのに、なぜか見そびれてしまった。で、“千の風にのって”という曲が耳にとどくようになったのは今年に入ってから。

歌詞をフルで聴いた。“私のお墓の前で 泣かないでください そこには私はいません 眠ってなんかいません”。この出だしの歌詞から胸がざわざわしてくる。映画“ゴースト”が頭をよぎった。愛する人や頼りにしていた人が突然亡くなって、残された者が悲しみにくれているとき、天国にいる死者はたしかにこういう言葉を一番かけたいだろうなと思う。

この歌詞をつくったのは作家の新井満。曲を作ったのもこの作家だという。ええー?!新井満は画家デュフィーが好きな小説家とばっかり思っていたら、なんと作曲までしてしまうマルチタレントだった。周囲の話しを総合すると、詩そのものは19世紀中頃、アメリカで生まれたといわれている。それを新井満が日本語訳にしたのだという。これがほんとうにいい訳になっている。プロのしかも芥川賞をとった作家だから、このくらいの翻訳はお手のものかもしれないが。

最後にリフレインされる“千の風になってあの大きな空を吹きわたっています”は身内ではないが深い悲しみにくれている者にも絶望の淵にいる家族にも勇気を与えてくれる。アメリカでは9.11同時多発テロで犠牲になった父親を偲び、11歳の少女が追悼式でこのオリジナルの詩を朗読し、大きな反響をよんだという。

音楽というのは大きな力を持っている。日本では歌になり、テノール歌手秋川雅史が全国を回り、切々と歌っている。今、悲しい別離に遭遇しているわけではないが、しばらくこの歌を口ずさんでいたい心境である。

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2007.04.13

鏑木清方のお夏清十郎物語

793日本画でも、洋画でも画集などをみて惹きつけられた作品とか多くの人が高く評価する名画については追っかけリストをつくり、いつか対面できる日が来ることを夢見ている。

リストは毎年1月に作成し、年末にその結果をレビューする。これをやっていると、“求めよ!さらば与えられん”とか“志(こころざし)あるところに道あり!”がまんざらでもないな思うようになる。

でも、リストをつくっただけではダメで、ミューズがすこしでも力を貸してくれるよう、望みの絵を所蔵している美術館が行う展覧会はHPなどで定期的にチェックしている。この展覧会サーフィンが情報を引き寄せ、幸せをもたらしてくれるのである。

今回幸運にもこれで望みを果たしたのが右の鏑木清方の“お夏清十郎物語”(全6図)。現在、神奈川県立近代美術館 鎌倉では“館所蔵の近代絵画の名品展”(4/7~6/17)を開催しており、この絵がでている。美人画では上村松園、鏑木清方、伊東深水が贔屓の画家。松園、深水は過去に大回顧展をみたので満ち足りた気分なのだが、鏑木清方は回顧展に縁がないため、代表作の大半は見ているのに今ひとつ心の充足感がない。で、2月、埼玉県近美でみた“慶長風俗”(拙ブログ2/24)のように、初見の名品と遭遇すると天にも昇る気分になる。

“お夏清十郎”は浄瑠璃で有名な悲恋物語。この話しを清方は6枚の絵にした。鏑木清方は昭和2年ごろから“卓上芸術”を提唱する。これは大会場で展覧する“会場芸術”や座敷の“床の間芸術”に対し、画巻・画帖・挿絵など卓上に広げて細かい筆使いを味わう芸術のこと。最初は小説や歌舞伎、浄瑠璃から題材をとり、後に明治時代の東京下町の暮らしをテーマにし、庶民の日常の生きざまを情趣ゆたかにまた哀歓をこめて描いた。

右の絵は第2図で、イケ面の使用人、清十郎との恋に落ちた姫路の米問屋、但馬屋の娘、お夏が一人横になっている場面。駆け落ちのことを考え、悶々としているのだろうか。まわりを囲む白の幕に映える赤や紫の着物の柄とお夏のポーズにしばし見入ってしまう。第5図には、駆け落ちを決行して捕まった清十郎がお金を着服したとの濡れ衣まできせられ処刑されたのを悲しみ、発狂したお夏が町をさまようところが描かれている。

今年はいいペースで鏑木清方の絵が現れる。次のサプライズに期待したい。

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2007.04.12

前田青邨の羅馬使節

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美術鑑賞というのは面白いもので、お気に入りの画家やその作品に対する思い入れが強いとどういうわけか作品のほうからこちらに向かってきてくれることがある。

つい最近、上の前田青邨作、“羅馬使節”(昭和2年)を思わぬところでみた。白隠の書画を展示している永青文庫を訪ねた際、早稲田大学のなかにある会津八一記念博物館でも白隠の展覧会(5/7~6/2)があることを案内してもらい、館のリーフレットをいただいた。その表紙に使われているのが前田青邨の“羅馬使節”。

これを見た瞬間から不思議な念力が生まれた。この絵は前から知っており、ここが所蔵していることもインプットされている。が、会津八一記念館がどこにあるかわからないので、追っかけリストに入れてなかった。その絵が突然リーフレットとなって現れた。表紙に使われているということは館自慢のお宝かもしれない。電話をすると現在、展示中という。で、予定を変更して早稲田大学へむかった。

この記念館は98年に開館した。無料で入れる。あたりをキョロキョロしながら2階にあがると、この絵が飾ってあった。三曲一双の屏風で、縦2.9m、横1.9mの大きな絵である。フレスコ画をみてるような明るい色彩に思わず唸った!これは画集でみる以上の名画。リーフレットに載せたい気持ちが痛いほどわかる。

白馬にまたがっているのは天正少年使節の一人、伊東マンショ。背景に描かれているのはフィレンツェ。少年たちは天正13年ローマ(羅馬)で法王に謁見し、イタリア各地で大歓迎を受ける。彼らがポルトガルに滞在していた時のことはポルトガル旅行記に少し書いた(拙ブログ4/1)。

引き込まれるのが画面の大半を埋める白馬。首や胸あたりの手綱や飾りにはゴールドが盛り上がり、堂々とした馬に仕上げられている。そして、おでこのでた伊東マンショは聡明そうな顔立ちをしており、腰に差した美しい刀や着ている衣装の装飾的な文様に目を奪われた。また、前面に白い鳩を配し、深く明るい群青で彩られた空に鳥を数羽描く画面構成にも魅せられる。

42歳の青邨はこの絵の制作にあたり、5年前、小林古径と一緒に訪れたフィレンツェでみた下のゴッツォリ作、“東方三博士の旅”(メディチ・リッカルディ宮殿、部分)を参考にしている。ここで馬に乗っているのは若きロレンツォ・イル・マニフィコ(ロレンツォ豪華王)。ヨーロッパ研修旅行の成果ともいうべきこの質の高い作品と対面できたのは無上の喜びである。昨年、前田青邨の大回顧展を目に力を入れて3回もみたから、美の女神がこの絵を呼び寄せてくれたのかもしれない。感謝々である。

この絵はいつも展示してあるわけではなく、企画展があるとき同時に公開される。この期は3/25~4/21で、その後は6/25~7/14、10/20~11/10となっている。なお、東近美でもやっと登場した“石棺”が5/27まで展示されている。ご参考までに。

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2007.04.11

川合玉堂の風景画

790スペイン・ポルトガル旅行記を書いているときに会期が終了した展覧会のうち、“川合玉堂展”(日本橋高島屋、
3/15~4/2)のことをふれておきたい。

この回顧展は今日から場所を大阪に移し、なんば高島屋で4/23まで開かれる。

94年、生誕120年を記念した回顧展がやはり日本橋高島屋で行われた。今回でている作品70点の8割くらいは前回と同じものである。初公開の作品がいくつか登場したが、前回二重丸をつけているものに較べずっといいという感じではなかった。で、定番となっている代表作の傑作ぶりを再確認するという東近美的な鑑賞になった。

玉堂の描く風景画には今はもうみられない日本の自然、農村に生きる人々の生活の営みや働きぶりがでてくる。昔の都市の状況を思い起こすときには白黒の写真やドキュメンタリー映像がいいなと思うが、農村の風景は絵画のほうが心に強く訴えかける。大げさにいえば、玉堂の絵のなかにしか日本の自然の美しさや安らぎを感じる農村の人々の暮らしは見られない。だからこそ、今、川合玉堂の絵が観る者を惹きつけるのだろう。

農村でよく描かれるのは水車、田植え、雪景色、馬・牛と農夫、渓流の筏、釣など。ほかでは、玉堂の代名詞となった鵜飼。構成では高い視点から描いた大作に名画が多い。今回とくに気に入ったのが“嶋之春”(桑山美術館)と“峰の夕”。前回特○で今回もやはり感動したのが岐阜県美術館が所蔵する“深林宿雪”。

“深林宿雪”は玉堂得意の雪の風景で、林立する木々を墨の濃淡で描きわけ奥行き感をだし、その広がりのある空間の真ん中に炭焼き小屋を描いている。この画面構成に
200%魅せられた。ここには長谷川等伯の“松林図”(東博)と同じような空気が流れている。

今回筏流しの作品が2点出ていた。“花筏”と右の“春峡”。両方とも山桜の枝を透かして筏が流れていく。“花筏”では筏を真近に描き水しぶきが連続しているのに対し、“春峡”はすこし上の方から筏が流れていく様子をとらえており、水しぶきの白とうす青の水、そして筏の黄色が目に心地いい。この絵は五島美術館の所蔵。

出品している美術館のなかで数が多いのが山種美、岐阜県美、水野美、玉堂美。三の丸尚蔵館からは代表作のひとつである“雨後”。そして、新潟県立近代美術館が89年、2億2千万円で購入した“春苑”(六曲一双屏風)もでている。玉堂のすばらしい絵を存分に楽しんだ。

<展覧会プレビューの更新>
下記の展覧会を追加した。福田平八郎の代表作、“漣(さざなみ)”がやっとみれる。
4/24~6/3    福田平八郎展         京近美

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2007.04.10

村上豊の芸術世界 ~夢幻、おんな、郷愁~

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目白の野間記念館では現在、“村上豊の芸術世界 ~夢幻、おんな、郷愁~”が開かれている(5/20まで)。この美術館へ出かけるとき注意しとかなくてはいけないのは休館日が月曜と火曜二日続くこと。くれぐれもお忘れなく!

昨年10月、ここであった展覧会を観た際、まったく偶然に村上豊の挿絵と遭遇し(拙ブログ06/10/17)、たちどころにこの画家の虜になった。人物の描き方は戯画タッチだが、動きのあるポーズやいきいきとした感情表現がとても上手い。そして背景に描かれた日本の原風景を思わせる山河がこころを揺すぶる。そのとき予告されていたのが今回の村上豊展。

待ちに待った回顧展だったので、初日の3/17に行くと、画家本人が夫人とともに来館される方にご挨拶をされていた。1936年のお生まれ(静岡県三島市)なので、今年
71歳。髪を短くスポーツ刈りにされているから、頭だけをみると坊さんの感じだが、老人くささがない。人気の挿絵画家でもあるので大物小説家のあちこちからお呼びがかかり、画業ますます盛んというところである。サインをしていただけるというので展示作品が何点か載っている画集“四季”(99年、講談社)を即購入した。

出品数は90点。このうち11点は小説の挿絵で、残りの80点が移り変わる季節の彩りと美しさを追い求めた風景画や独特のフォルムをした女性画。どれもはじめて観る作品。村上豊は墨彩、油彩、岩彩など沢山の絵をかいている。墨の濃淡だけの世界もよし、また山肌を黄色や白、紅、紫、緑の木々で埋める美しい色彩画もよし。200%魅せられた。

04年に制作された上の“ひな遊び”は心に響く一枚。画面の大半を占める屋根を俯瞰の視点でとらえ、女の子の一番の楽しみである雛まつりの場面を描いている。墨で彩られた屋根およびこれよりさらに濃い墨で描かれた松の木と光があたった雛壇の赤との対比が実にいい。墨の絵では、海沿いに煙を勢いよく出して走る蒸気機関車を遠くから山と山の合間に小さく側面からとらえた絵、“帰港”にも大変感動した。

この画家が描く女性の体は一風変わっている。勝手に名づけるとしたら“ひょうたん女”。横に寝ている女を描いた“君ゆゑよの”のお尻と腰のくびれがひょうたんにみえる。今回驚愕の一枚が下の“月の女”。村上豊はシュルレアリストであり幻想画家!手の指先は木の枝に変わっている。指と木々をダブルイメージにし、腰のところには満月を背にしてふくろうをのせる。

村上豊はこんな幻想的な絵を描いていたとは!先生とちょっと話をしたとき、“あんなシュールで幻想的な絵を描かれる先生の頭の中はどうなっているのですか?”と言うと、ニヤッとされていた。

村上豊の世界にますます引き込まれていく。今年11/13~21、銀座和光ホールで開催される個展が楽しみだ。

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2007.04.09

畠山記念館の琳派展

787畠山記念館は自慢の琳派の絵画・やきものを6年ぶりに大公開している
(6/10まで)。

作品約60点のうち尾形乾山の陶器などは会期中出ずっぱりだが、絵画のほうは6つくらいの展示期間にわけられてでてくる。

展示のスペースがあまりないので、どうしてもこういう細切れ展示にならざるを得ない。で、琳派狂いとしては3回出かけることにした。

作品の内訳は本阿弥光悦が俵屋宗達とコラボした古今集和歌巻や単独の書が全部で7点。宗達3点、光琳6点。乾山の絵はあまり見る機会がないが、今回4点展示される。数が一番多いのが酒井抱一で8点。鈴木其一は2点。

ここでとりあげるのは4/3~4/15あるいは4/22、5/6まで飾ってあるもの。4点ある光琳の絵では初見の“禊図”と右の“布袋図”がいい。“禊図”にでてくる在原業平が身につけている衣装の尾長鳥の文様が目を惹く。“布袋図”はお気に入りの水墨画。子供のような布袋さんで、少し前かがみになった動感表現がとてもいい。

よく画集に載っている“躑躅図”(重文、拙ブログ06/6/15)は4/24~5/13に展示されるが、これは昨年思いの丈をはたしたので今回はパス。酒井抱一で見たかった
“十二ヶ月花鳥図”や“風神雷神”はまだでてないから、また仕切りなおし。展示は
“花鳥図”が4/17~5/6。“風神雷神”が5/8~6/10。

今回の一番の収穫は尾形乾山のカラフルなお皿、“色絵絵替り土器皿”2点。草花の模様がモダンな上、青、緑、黄色、赤が明るく輝いている。これまで乾山の現代アーティストを思わせるハイな色使いに刺激を受けてきたが、この皿の色彩が最も印象深いかもしれない。茶碗も豪華で、本阿弥光悦の赤楽茶碗の名品 “銘雪峯”(重文、06/1/11)と“銘李白”が全期間展示される。

これからでてくるもので期待の作品は前から追っかけている乾山の絵“立葵”(4/17~5/6)と其一の“向日葵図”(5/8~5/27)。この展覧会、楽しみは後半にあるようだ。

琳派関連の情報をすこし。東博の平常展にでている宗達の“西行物語絵巻 巻中”(重文)、乾山の大作“桜に春草図”、光琳の“牡丹花肖柏像”も心に響く(いずれも4/22まで)。また、昨日紹介した新サントリー美術館でも乾山が制作した蓋物の代表作のひとつ、“白泥染付金彩芒文蓋物”(重文)を展示中。

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2007.04.08

東京ミッドタウンの新サントリー美術館

786六本木の新名所、東京ミッドタウンのなかにできた新サントリー美術館に行ってきた。

“日本を祝う”(6/3まで)と銘打った開館記念展はチラシを見るかぎりでは鑑賞済みの作品が多いので、今回は目をリラックスさせ、新装なった美術館の展示空間を楽しむつもりで入館した。

赤坂見附にあったときの展示スペースに較べると倍になった感じ。3Fが受付で一度エレベーターで4Fまであがり、3Fにおりてくる導線になっている。展示の空間が増えたとはいえ、全部の作品は飾れないので、3期に分けてある。ここは絵画から工芸品まで日本美術の優品を沢山所蔵しており、これらを“全部見せます!”なのだが、展示リストがないので図録に載っている作品がどの期間に出てくるのかは皆目わからない。

国宝、重文を含む自慢の絵画、陶磁器、蒔絵、ガラス、染色、着物は祥、花、祭、宴、調の5つのテーマでくくられている。過去に見たことのある作品でも、こうした横串のテーマで展示されると、またちがった趣がある。工芸品が断然すばらしい。鍋島様式の定番模様、“色絵寿字宝尽文八角皿”、“染付松樹文三脚大皿”(重文)、“色絵椿文皿”、柿右衛門様式の代表作、“色絵花鳥文六角壷”、“色絵菊桔梗文八角瓶”、そしてヨーロッパに輸出された見事な大壺、“色絵花鳥文八角大壺”(重文)。

さらに“色絵葡萄鳥文瓢形酒注”の形や古九谷・青手の“色絵松樹文輪花大皿”の鮮やかな色彩にもうっとりする。この美術館はとびっきりのガラス作品を所蔵していることで有名。ガラス特有の透明感のある青の輝きにメロメロになる薩摩切子“藍色船形鉢”と江戸期の吹きガラスの名品、“藍色ちろり”。出口のところにある薩摩切子“紅色皿”の深い紅色にも心打たれる。

絵画のお目当ては右の狩野探幽作、“桐鳳凰図屏風”(六曲一双、右隻)と風俗画の数々。桐と空想の鳥、鳳凰は古くから吉祥慶寿の文様として親しまれ、近世になって婚礼衣装の打掛などに使われた。だが、鳳凰が描かれた日本画は意外なようだがあまりない。これまで強く記憶に残っているのはこの探幽の絵と若冲の“旭日鳳凰図”(拙ブログ06/7/8)、中国画の“百鳥図”(三の丸尚蔵館)。それと絵ではないが、宇治平等院の棟飾りとして取り付けてある青銅製の鳳凰。鳳凰といえばこの平等院の鳳凰をイメージすることが多いのではなかろうか。

だから、探幽が17世紀の中頃描いた“桐鳳凰図”は鳳凰をみる貴重な鑑賞機会なのである。若冲が100年後に表現した王族の貴婦人が豪華なコートを羽織ったような鳳凰とは違い、ここに描かれた番の鳳凰にはスリムな優美さがある。画面構成が巧みで、金地の背景には岩と桐の木以外はなにもなく、斜め右から流れる水をはさんで向き合う2羽の鳳凰と雛鳥にすっと視線が集中する。

18点ある風俗画はこの展覧会の見所のひとつ。チラシに使われている“舞踊図”や“邸内遊楽図屏風”、“日吉山王祇園祭礼図屏風”は風俗画の代表作にあげられているので再度、食い入るように見た。初見の作品としては菱川師宣の“上野花見歌舞伎図”が収穫。あの見返りスタイルで嬉々として踊る男女たちは見るからに楽しそう。おもわず見入ってしまった。5/9からは追っかけている“秋冬花鳥図屏風”が出てくるからもう一回訪問することにしている。

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2007.04.07

動物絵画の100年展

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府中市美術館で行われている“動物絵画の100年”(3/17~4/22)は期待値の高い展覧会だったので、初日にでかけた。

学芸員の頭のなかに今、注目の集まる江戸の絵師、円山応挙、長澤芦雪、伊藤若冲が描いた絵があってこの企画をイメージしたのか、それとも18世紀後半から19世紀前半までの100年に制作された動物画を通覧してこれはおもしろい展覧会になると確信をもったのかは外部の人間にはわからない。が、いずれにせよ、いい作品を沢山集めてくれた府中市美に拍手を贈りたい。

日本画は花鳥風月を主たる対象にして制作されるから、絵師たちは昔から動物の絵は広義の花鳥画として描いてきた。なかでも龍や虎、鷹などがよくでてくる。今回はその描き方が西洋画の影響などにより写実的かつ個性的になった江戸時代の中期から後期に焦点を当て、約80点を展示している。4/10からは一部は展示替えになり、別の作品が登場する。

ビッグネーム絵師が揃っているので見ごたえがある。My動物画の楽しみ方はユーモラス&可愛いタイプ、超写実タイプ、デフォルメ&シュール型の3つ。ユーモラスタイプのお気に入りが長澤芦雪の上の“一笑図”(個人蔵)。こんな楽しい絵に会えて嬉しくてたまらない。これを毎日みられるコレクターが羨ましい。右のごろんと横になった黒と白の犬の後ろ姿と左の童子に首根っこを持たれてだらっとしている白い犬をみていると肩の力が自然に抜けてくる。

芦雪が描いた下の“群雀図”(重文、部分)は今回最も見たかった絵。雀がとまっているのは電線ではなくて、横に長く伸びる細い竹。そこに可愛い雀君が全部で12羽とまっている。芦雪が可愛い雀を描くのは前から“花鳥虫獣図”(千葉市美、拙ブログ07/1/25)などで知っているが、この電線にはびっくり仰天!芦雪ならずともほかの絵師でも確かにしなった竹に雀が何羽もとまる光景を見たかもしれない。でもこの構図に仕上げられるのは芦雪だけ。芦雪はだれも気づかない視点から対象をとらえる。構図の天才としかいいようがない。

超写実タイプの極め付きがやはり芦雪の絵、“虎図”。いくつかある虎の絵のなかでは群をぬいていい。虎の鋭い目と毛の質感に一瞬たじろぐ。これはエポック的な虎の絵となった。デフォルメ&シュールな絵では若冲の“鯉図”、国芳が描いた猫の戯画“風流けん合”、芦雪の“亀図”が印象深い。

若冲の“鯉図”は“鶴図”、“親子鶏図”とで構成する三幅対の一枚だが、頭を垂直の角度で上に向ける姿にハッとする。静岡県立美術館で見た“鹿図”もこのユニークな姿態で描かれていた。この3つの絵は若冲の水墨画のなかでは上位に入る名品。とくに鶴の胸、鯉の頭、鶏の尾っぽにみられる濃い墨は吸い寄せられるくらい輝いている。

後期に再度訪問するかどうか思案中。魅力いっぱいの展覧会である。

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2007.04.06

山種美術館の桜 さくら サクラ展

783山種美術館が毎年開催している“桜 さくら サクラ展”(4/15まで)を先週の日曜日にみてきた。

風が強く少し寒かった前日に較べ、この日は風も無く暖かくて千鳥ヶ淵の桜をみるには最高の日だった。新サントリー美術館のある東京ミッドタウンに咲いていた桜も綺麗だったし、山種に飾られている桜の絵と千鳥ヶ淵のさくらが華麗なコラボの真っ最中。まさに桜美の競演だった。

今年の“さくら展”は昨年みたからパスしてもいいのだが、これは山種の恒例行事だから毎年おつきあいすることにした。見慣れた作品といっても、ここにある桜や春の花の絵は近代日本画を代表する絵。何回みても高い満足度が得られる。東近美で名画を年一回か1年半に一回のペースで楽しんでいるのと同じ感覚で、絵の前に立つだけで気分がハイになるのである。

お気に入りの桜は速水御舟の“春の宵”、加山又造の“夜桜”、小林古径の“弥勒”、そして奥村土牛の右の“吉野”。最も惹かれている土牛の“醍醐”(拙ブログ06/3/15)は4/21からはじまる“開館40周年記念展”にでてくるので、今回はお休み。桜の描き方は3つある。満開の桜を華麗に表現するのと、盛りをすぎた桜が散り行くさまを描くもの、そして夜桜。

土牛の“吉野”は満開タイプ。中央に山々を重ねて広々とした空間をつくり、右下に満開の桜をみせる構成が見事。淡い色調のピンクと緑、青からは平安の王朝文化の香りが伝わってくる。御舟の“春の宵”は散り行く夜桜。静のさくら美をしみじみ感じる絵である。花びらが散る絵で惚れ惚れするのは現在東近美に展示してある川合玉堂の大作、“行く春”(5/27まで、06/3/27)。風に吹かれて空を舞うサクラのなんと美しいこと!加山又造には夜の桜を描いた作品が何点かあるが、山種が所蔵するこの“夜桜”が構図的に一番気に入っている。

桜の作品以外で足がとまったのが奥田元宋の“奥入瀬(春)”。新緑の若葉が萌えいずるなかを水量豊かな渓流が水しぶきをあげて流れていく。春のいきいきとした息吹を実感させてくれるすばらしい絵である。また、桜と美人画の上村松園の“桜可里”や菱田春草の“桜下美人図”にも心が和む。

桜の名画を楽しんだあと、その余韻に浸りながら、友人たちと大勢の人が行き交う千鳥ヶ淵緑道を散策した。さくらの美に酔いしれる一日であった。

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2007.04.05

リスボン市内観光と万博会場跡地の賑わい

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リスボンの市内観光で訪れる“ベレンの塔”、“発見のモニュメント”、“ジェロニモス修道院”は海のようなテージョ川の川岸に集中しているから、体も楽で効率がいい。最初の撮影タイムが上の“ベレンの塔”。これはポルトガルが輝いていた16世紀に建設された砦で、安定感のある形と海の青と塔の白のコントラストが絵になっている。中には入らなかったが、テージョ川に現れる敵を迎え撃つ砲台の跡が見られるそうだ。

ここからそう離れてないところにあるのが真ん中の“発見のモニュメント”。エンリケ航海王子の没後500年を記念して1960年につくられた。帆船をイメージしたオブジェの上に大航海時代の冒険者や偉人たちがこちら側と向こう側に27人彫られている。どちらも先頭にいるのがカラベラ船を手にしたエンリケ航海王子(1394~1460)。

こちら側ではその後に続くのが弟のフェルナンド王子、インド航路を発見したバスコ・ダ・ガマ(1469~1524)、ブラジルを発見したカブラル(1467~1520)、世界一周を達成したマゼラン(1480~1521)、喜望峰を発見したディアス(1450~1500)、日本にやってきたザビエル(1506~1552)ら。そして、向こう側には詩人のカモンイスやエンリケ王子の母などが彫られている。

モニュメントの前の広場には大理石でできた世界地図があり、海の英雄たちが発見したりたどり着いた地名と年号が記されている。喜望峰:1488年、インドのカリカット:1498年、ブラジル:1500年、日本の豊後:ポルトガル船が漂着した1541年。いうまでもなく日本とポルトガルとは長い交流の歴史がある。ポルトガル人が種子島に漂着したのが1543年、その6年後にザビエルが来日する。

日本人の現地ガイドさんがポルトガルから日本に入ってきた言葉をいろいろ教えてくれた。100以上あるという。例えば、パン、コップ、ビードロ→ガラス、パランダ→ベランダ、オブリガード/オブリガーダ→ありがとう、オンフル(肩)→おんぶする。ここでこういう話を聞くとよく覚える。

最後の訪問先、“ジェロニモス修道院”は“発見のモニュメント”と目と鼻のさきにある。印象深かったのは教会の中にバスコ・ダ・ガマとカモンイスの棺が対の形で安置されていたこと。ポルトガル人で知らないひとはいないといわれる大詩人、カモンイスのバスコ・ダ・ガマの偉業を讃える詩を読んでみたくなった。

また、修道士の食堂に飾られていた下の絵、“聖ジェロニモス”にも惹きつけられた。聖ジェロニモスは聖ヒエロニムスのことで、西方教会の四大教父のひとり。聖ヒエロニムスの絵にはいつもライオンと書物と髑髏が描かれる。ライオンがでてくるのは、聖ヒエロニムスの前に現れたライオンの足に棘が刺さっており、これをとってやると以後、この聖人に付き従うようになったという逸話があるから。そして、書物は彼が聖書をラテン語に翻訳したことを象徴的に表し、髑髏は聖人が瞑想するときの定番図像。

われわれの泊まったホテルは1998年に行われたリスボン万博会場跡地の近くにあった。今この地区はリスボンのなかでも多くの人が集まる人気のスポットだそうだ。モダンな形の建物が立ち並び、公共空間に飾られた現代アートが目を惹く。大型のショッピングモールや洒落たレストラン、そしてカジノまである。リスボンでも東京でも再開発された街は活気があり、そこには浮き浮きさせるような空気が流れている。最後のディナーで美味しいシーフードリゾットを食べたあと、バスの中から賑やかなバスコ・ダ・ガマショッピングモールの様子を見ながらホテルへ戻った。

拙スペイン・ポルトガル旅行記におつきあいいただきまして有難うございます。今回も昨年のイタリア同様、ガウディの建築物、名画がオンパレードのプラド美術館、トレドのグレコ、コルドバのメスキータ、アルハンブラ宮殿の鐘乳石飾り、セビリアのヒラルダの塔、リスボンのバスコ・ダ・ガマ橋など毎日が感動の連続でした。知識が大幅に増えたスペインにおけるイスラム文化の影響やゴヤ、ボスの絵画について、今後しばらくフォローするつもりです。これからもよろしくお願いいたします。

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2007.04.04

ロカ岬とシントラ王宮

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ファドとともにポルトガル観光で期待していたのがロカ岬(上の画像)。リスボンから1時間くらいで着く。ここはヨーロッパ大陸の最西端で、目の前の海は大西洋。遠く離れたFar Eastの日本からやって来て、今ヨーロッパの端っこの岬に立っているのである。

灯台と切り立った崖を見渡したあと、上に十字架がかけられている石の塔に刻まれた
カモンイス(ポルトガルの大詩人、1525~80)の詩、“ここに地果て、海が始まる”を読むと気分が一段と昂揚する。シンプルな詩だが、この光景を表現するのにこれほどいい言葉はない。大詩人といわれるのがよくわかる。

海風が強く吹くので、記念写真をさっさと撮りバスに戻ると、旅行会社が手配してくれた“最西端到達証明書”なるものが出来ていた。観光案内所が行っているサービス(有料、5ユーロ)で、名前と日付が入ったリボン付き証明書である。

外国語の一番下のところに日本語で“ポルトガル国シントラにあるロカ岬に到達されたことを証明します。ここは、ヨーロッパ大陸の最西端に位置し、陸尽き、海はじまると詠われ、新世界を求め、未知の海へとカタベラ船を繰り出した航海者たちの信仰心と冒険魂が、今に尚、脈打つところです”と書かれていた。これは海の民、ポルトガル人のことを思い出させるメモリーグッズになりそう。

シントラ王宮はロカ岬からリスボンに帰る途中にある。王族の夏の離宮として建てられた王宮(真ん中の画像)は規模的にはあまり大きくはないが、白色で彩られた外観は品がよく雅な感じがする。一際目立つとんがり帽子の形をした突起物は厨房の煙突。3年前、皇太子が来られたそうだ。ここを訪れる観光客は多く、そのため入場制限をしている。王宮の前が絶好の撮影ポイント。まわりにある建物の外壁のうすピンクやベージュがとても綺麗で、ウィーンの街並みを彷彿とさせる。

宮殿のなかでは歴代の王により増改築された部屋を時間をかけて見た。ここで魅了されるのは、部屋の内装をはじめ床や天井に施された装飾タイル、アズレージョ。14世紀、イスラム圏から伝来したアズレージョは白と青2色が多いが、幾何学模様や葡萄の葉、トウモロコシといった絵柄のタイプにより緑や黄色なども加わる。とくに見ごたえがあるのが、“紋章の広間”の8角辺にある大きな装飾画(下の画像)。青と白の透明感のある輝きに目を見張った。質の高いアズレージョの数々を見れたのは大きな収穫である。

午前中の観光を終え、リスボン市内で昼食をとった。メインディッシュは“イワシの塩焼”。“さんまの塩焼”は旬のころよく食べるが、“イワシ”となると今では“いつ頃食べたっけ?”となるくらい普段は縁のない魚。小骨に注意して慎重に食べた。塩がよくきいてて美味しい。日本のイワシと変わらない味である。ポルトガル人はよく米と魚を食べるので“ヨーロッパの日本人”と呼ばれているそうだ。われわれ同様、イワシを美味しいと感じ、日常的に食べているポルトガル人に対し、急に親近感が増してきた。

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2007.04.02

リスボンのサプライズ!とファド

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ポルトガルの首都、リスボンはイベリア半島では最も長い川、テージョ川(全長1008km)の河口部に位置している。テージョ川はポルトガル側の名前で、スペインを流れるときはタホ川。トレドの町を囲むように流れていたあのタホ川が川幅を広げ、リスボンで大西洋に注ぐのである。エボラを出発したバスが大きな橋を渡ってリスボンに近づく。後から思うとこの橋がポルトガル観光で一番のサプライズだった!

1998年に完成したこの“バスコ・ダ・ガマ橋”(上の画像)は全長17.2kmある。とてつもなく長い大橋である。橋の下は海?海ではなくテージョ川。が、誰でも海と見紛う!波の揺れ方をみるとやっはり海。川にはみえない。バスは延々と走りつづける。津軽海峡の最も幅の狭いところが18.7km。スペイン側からアフリカのモロッコがみえるジブラルタル海峡は14km。バスコ・ダ・ガマ橋は丁度津軽海峡に橋を架けたようなもの。この橋を通ったのは人生の思い出になる。

リスボンの人口は中心部だけだと55万人だが、周辺を入れた大リスボンでみると250万人。大都市の雰囲気が漂っている。ヨーロッパのほかの都市との違いは坂が多いこと。しかも傾斜がかなりある(真ん中の画像)。歩くとフーフーいいそうな坂である。ローマにも登りのきつい坂が結構あるが、これほど急ではない。目を楽しませてくれるのが道路に埋め込まれた大理石。立方体に切って装飾的な模様をつくっている。でも、この大理石はつるつるしているから、よく滑るそうだ。転ぶと硬いので痛いと現地の日本人ガイドさんがこぼしていた。

このガイドさんはサッカーが好きなのか、昨年のワールドカップで国中が盛り上がった話しを生き生きと伝えてくれた。ポルトガルが40年ぶりにベスト4に入ったことは記憶に新しいところだが、ポルトガルでは6~7月は全国が国旗(赤と緑)だらけになったそうだ。最初はタクシー組合が自費で国旗をクルマに立てるとこれがバス、地下鉄(ドアと窓)に広がり、さらにアパートのベランダ、個人の家では屋根にと国旗がひらめいたという。サッカーで国民の心が一つになるのだから、ヨーロッパではサッカーはやはり特別なスポーツである。

ツアーのキャッチコピー“哀愁のポルトガル”からイメージするのがファド。スペイン観光にポルトガルが加わるのもいいかなと思ったのはひとえにファドが聴けるから。ポルトガルの伝統的な民俗歌謡、ファドを聴かせてくれるのはファドレストラン。このあたりは下町なのだろうか、店のまわりの建物の壁には黒色の落書きがいっぱい。まさに裏町の石畳にファの歌声が響くといった感じ。でも、一人ではとても来れそうにない。

この店はファドのほかにフォークダンスをみせてくれる。ファドの歌い手は女性2人と男性1人。ベテランの女性が一番よかった(下の画像)。3年くらい前、BS2で女性のトップ歌手が都内のレストランで歌っていたのを聴いたことがある。後にも先にもファドの経験はこれだけ。この番組を録画し、ときどき楽しんで耳を慣らしていたから、生で聴くファドの歌声にすんなり入っていけた。片手をポケットをつっこんで歌う男性はガイドブックに載っているほどの有名な歌い手だった。でも琴線にふれるのは切なく恋心を歌う女性歌手のファド。

ショーの後、二人は自分の歌を録音したCDをほかの誰よりも先に売りにきた。歌い終わると拍手と掛け声をすこしオーバーにやりすぎたためだろう。場を盛り上げるには参加者もときには演技でもパフォーマンスをするのが礼儀と心得、それを実行しただけなのに。CDは日本に帰って情報を仕入れたあと購入することにした。

ファドはラテン語で“運命とか宿命”を意味するらしい。アマリア・ロドリゲスという歌姫のファドが評価が高いから、この人の歌で“宿命”を感じてみたい。ファドに嵌るかもしれない。

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2007.04.01

エボラと天正少年使節

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スペインもお隣のポルトガルも共にEU加盟国なので、ポルトガルへ入るときパスポートを提示するとかの手続きはない。バスは国境をすっとこえていく。まわりの風景もスペインとガラッと変わるわけではない。ポルトガルでもコウノトリが電線をつなぐ柱に巣をつくりペアで仲良くとまっている。この光景をカメラにおさめようと何度もシャッターを切ったが、うまく撮れたのは一枚もなかった。

幸運にも、ポルトガルの最初の訪問地、エボラのお土産屋に家の煙突に巣をつくっているコウノトリを撮った絵葉書があったので、嬉しくなって購入した。コウノトリはアフリカが暑くなるとスペインやポルトガルに渡ってきて、こちらが寒くなるとまたアフリカに戻っていくという。エボラへ着く途中、黒豚を沢山みた。この黒豚はハモンセラーノという高級生ハム用の豚で、ドングリの実だけを食べさせるそうだ。

国境から2時間くらいで到着したエボラは世界遺産になっている町。昼食をとったレストランの前にはBC1世紀頃のローマ神殿(真ん中の画像)が建っている。コルドバで“ローマ橋”を見たが、この地も大昔は古代ローマ帝国の領土だったのである。出版される度に買い込んでいる文庫本“ローマ人の物語”(塩野七生著)をそろそろ読み始めようかという気になってきた。

市内観光は二つの教会の見学と町の中心地での散策。下は13世紀に建てられた初期ゴシック様式の“カテドラル”。現地の女性ガイドさんは蚊のなくような声で英語を喋る。これは余談だが、ポルトガル人は概しておとなしい性格らしい。バルセロナからバスのハンドルを握っているポルトガル人の運転手もおとなしい。グラナダの道路でひどい駐め方をした乗用車のためバスが前に進めなかったときも、怒りを顔にあまり出さず、“しょうがない!こういうこともある”というような感じでイライラしてなかった。このガイドさんの説明もまことに静か!

カテドラルの中で大変興味深い話しがでてきた。織田信長の時代、日本から派遣された天正少年使節がエボラを訪問し、上のほうに設置してあるパイプオルガンを弾いたというのである!で、天正少年使節のことを少し調べてみた。

伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティーノが長崎を出帆したのは
1582年2月20日(天正10年1月28日)。マカオ、マラッカ、コチン、セントヘレナ島を経て一行は1584年8月11日無事、リスボンに着く。26日間リスボンに滞在したあと、9月5日にマドリードに向かった。だがポルトガルのなかでいろんな人に歓迎されて、スペインの王宮への出立が遅れたらしい。エボラでは大司教に礼を尽くさねばならず、その和服姿が喜ばれたという。少年たちはなんやかやで、8日間ここにいた。

手元の資料にはパイプオルガンのことまで出ていないが、大司教は少年たちが書いたラテン語の文章を読んで驚いたというから、彼らの高い資質をもってすれば楽器もこなせたのだろう。天正少年使節に思いを馳せながら、この小さな町をあとにした。

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