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2007.03.28

コルドバのメスキータ

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スペインの南部、アンダルシア地方は人気の観光スポットである。コルドバ、グラナダ、セビリアはまさに黄金のトライアングル。二度目のグラナダ・アルハンブラ宮殿に胸が高まるが、はじめて訪れるコルドバ、セビリアにも熱い思いがある。

グラナダへ行く前に寄るコルドバのお目当ては“メスキータ(モスク)”。旅行パンフレットに載っている写真やTVで映しだされる映像をみて、いつかこのモスクのなかに入るのを夢見ていた。メスキータは紀元前1世紀に建造された橋がかかる川のすぐ近くにある。一部を修復中の“ローマ橋”は現在もクルマが走り人が渡っている。こういう光景をみるとヨーロッパが石の文化であることを実感する。と同時に、長い歴史をもつこの町の重みというか価値に目が引き締まる。

711年、ジブラルタル海峡をわたって進入してきたイスラム教徒がここに785年からメスキータを建設しはじめる。その後歴代の王によって増改築され、敷地面積は2万2千㎡におよぶ。上の航空写真で手前の“ミナレット”とよばれる塔のむこうがみそぎのための“オレンジの中庭”、そして中庭の隣から川沿いを走る道路のところまでが“礼拝の間”である。礼拝の間の入り口(シュロの門)から有料となる。

中に入って意外に思うのがこの建物がさほど高くないこと(床から天井までは11m)。だから、真ん中の“円柱の森”はイメージしていた壮大な空間ではなかった。見上げるような森ではないが、横への広がりが言葉を失うくらい美しく幻想的。白色の石と赤の煉瓦を交互に組み合わせた馬蹄形のアーチを上に架した円柱が850本狭い間隔で林立している。コルドバがキリスト教徒の手に再び落ち(1236年)、15世紀末カテドラルを建設したため多くのアーチが壊されこの本数になったが、もとは1000本以上の柱が立っていたという。まさに巨大な森にいる感じ。これだけ円柱があると迷路に迷い込んだような気分にもなる。中央のあたりに立つと、たぶん方向感覚を失うのでなかろうか。

見学コースの終わりにある最後の4期拡張工事(987年)で付け足された円柱は経費削減のため、アーチのところに使われていた石と煉瓦はなくなり、白と赤が塗装されていた。その話しがカメラのシャッターを押す寸前にイヤホンから聞こえてきたので、思わず手を止めた。入り口からは丁度つきあたりのところに、毎日祈りを捧げるメッカの方向を示す目印である“ミフラブ”がある。ここはモスクのなかではとても重要な場所。3期の拡張がなされたとき(962年)、正面上部を覆い尽くすビザンチンモザイクがビザンチン帝国皇帝から献上された。下の貝の形をしたクーポラになっている天井に施された黄金や紫、黄、うす緑、青などのモザイクや彫りの漆喰装飾はビザンチンの職人の手になるもの。

メスキータを見学する前、ここからあまり遠くないところにある旧ユダヤ人街で撮影タイム。なんでこんなところへ行くのかなと?だったが、入り組んだ細い道の両側の家のバルコニーや格子に飾られた花々をみて納得。白壁にきれいな花が映える上々の撮影スポットである。この“花の小道”を楽しむため観光客がひっきりなしにやってくる。この地区はイサベル女王によって追放令が出されるまで多くのユダヤ人が住んでいたところ。念願のメスキータが見れてコルドバも二重丸。さあー、次は期待のアルハンブラ宮殿!

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