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2007.03.26

トレドのエル・グレコ

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マドリードの南、約70kmに位置するトレドへは高速道路を利用すると一時間くらいで着く。この日は春のような陽気。巨大な岩山にのっかったような旧市街と町をぐるりと囲むタホ川が一望できる高台からの眺めはまさにエル・グレコが描いた“トレド風景”(メトロポリタン美)そのまま。大聖堂やアルカサルを背景に心もはずんで記念写真を撮る。24年前トレドへ来たときはここに寄らなかったので、いい思い出になった。

トレドは起伏の多い町で路地は迷路のように入り組んでいる。こういう町ではイヤホンがかえってマイナスになることがある。ガイドさんからすこし離れていても声だけはよく聞こえるから、安心してぼやっと歩いていると突然姿が見えなくなり、すごくあせる。知らない町ではあまりキョロキョロしないにかぎる。

トレド観光の目玉はエル・グレコ(1541~1614)の絵画鑑賞。まず、大聖堂で“聖衣剥奪”(拙ブログ05/8/26)を観て、そのあとサント・トメ教会にある上の“オルガス伯の埋葬”を見学する。大聖堂では宝物室に飾られた高さ2.5mの金銀、宝石で作られている“聖餅顕置台”に目を奪われる。前回写真を撮っているのにすっかり忘れていた。その隣にはイサベル女王の王冠がある。

お目当ての“聖衣剥奪”は聖器室の正面に飾ってあった。ユダに裏切られた後、キリストが兵士たちに捕らわれ、不用となる外衣を剥ぎとられる場面が描かれている。前回感動した外衣の真紅が昔のように輝いていない。時の経過とともにやはり色がすこしずつ落ちていくからだろうか?それとも昔と今の色の鮮やかさに変化はなく、前はこちらの感情が昂ぶりすぎて強い赤が見た目以上に印象づけられたのだろうか?赤色の強さは横においてもこの絵には魅せられる。

これはグレコがローマからトレドにやってきた直後の1577年に依頼された。完成したとき、注文主の大聖堂側から“群集の位置がキリストの頭より高い、左のマリアたちが聖書の記述にない、だから描き直してくれ、でないと金は支払わない”とクレームがつく。でも、こんな指摘にひるむようなグレコではない。このギリシャ人は訴訟を起こしてまでも、権力に屈することがなかった。グレコは若い頃、あのユダヤ商人が跋扈するヴェネツィアに住み、絵の修行をしたから、タフな金銭感覚が身についたのかもしれない(04/12/11)。以後グレコの絵画制作は頻繁に訴訟沙汰になる。

最高傑作といわれる“オルガス伯の埋葬”とも感動の再会である。この絵は教会の右翼の奥にある。画面は二つの部分にわかれていて、下のほうにオルガス伯の埋葬が、上方にオルガス伯が天国の法廷に迎えられる様子が描かれている。金が象嵌された立派な鎧をつけたオルガス伯の遺体を両腕にかかえて持ち上げようとしているのが奇跡の聖人、アウグスティヌス(右)とステファヌス(左)。聖ステファヌスの前で死せる伯爵を指差す黒衣の少年はグレコの息子。

グレコは260年前に亡くなったオルガス伯爵の葬儀を自分と同時代の出来事として描いた。二列目に黒の喪服を着てびっしり隙間なく立っている参列者はこの絵が描かれた1586年頃実在した貴族、司祭、修道僧たちである。左から7人目がグレコの自画像といわれている。人々を当世風の衣装で描くのは日本の浮世絵師、鈴木春信が得意とした歴史的事実や物語から題材をとり当世風の人物や風俗に置き換えて描いた“見立絵”と同じ発想である。埋葬の場面では人物は写実的に描かれ、悲しみの気配が漂い、厳粛な気持ちになるのに対し、寒色の色調、ひき伸ばされた人体、不自然に体をよじる姿勢といったグレコ独特の画風で構成されている上の場面は、精神性の高い神秘的な世界である。

マニエリスム様式を受け継ぐ異様にひきのばされた人体や群像を画面の下から段々に積み重ねて見る者の視線を上方に引き上げていく構図が、真ん中の“受胎告知”(プラド美術館、部分)や下の“羊飼いの礼拝”(プラド)にも顕著に見られる。“受胎告知”はほかの画家の構成とは異なり、グレコは滑降する聖霊の鳩によって発せられた神の光により、マリアがキリストを受胎した瞬間を描いている。最晩年に制作された“羊飼いの礼拝”には心を揺すぶられる。まわりは洞窟を思わせるように真っ暗。白いヴェールの上の幼児キリストを源とする聖なる光がマリア、ヨセフ、そして上のほうで舞い踊る天使に広がっていく画面に吸い寄せられる。

エル・グレコに魅せられてから随分時が経つが、今回の鑑賞でグレコの絵がさらに近くなった。グレコが愛した町、トレドをいつかまた訪れたい。

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