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2007.03.27

ラ・マンチャの男、ドン・キホーテ

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マドリード観光に必ず入っているのが“スペイン広場”。スペインにはこのスペイン広場が多いが、マドリードのは特別有名。セルバンテスが書いた小説“ドン・キホーテ”の像があるので、誰もがこれを背景に写真を撮る。ガイドさんがここで面白い話をしてくれた。

初演から上演回数が1000回を超えるミュージカル“ラ・マンチャの男”の主役をつとめる松本幸四郎にたいして、昨年、ドン・キホーテの故郷、ラ・マンチャ地方の自治体が名誉市民の称号を贈るということになったらしい。で、スペインを訪問した松本幸四郎はまずラ・マンチャでのセレモニーに出席し、そのあとこのスペイン広場にも立ち寄り、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの像を感慨深げに眺め、涙を流したという。このことがマドリードのマスコミで大きく報道されたというのである。日本のメディアでこの記事を見なかったが、とてもいい話である。

マドリードから南下し、ラ・マンチャ地方の町、コンスエグラをめざした。町に近づくと丘の稜線に白い建物が見えてくる。ドン・キホーテの時代そのままの形に復元された風車(上の画像)が全部で7つあった。物語のなかで、ドン・キホーテが邪悪な巨人と見間違えて、突撃したはいいものの、こてんぱに大地にたたきつけられたあの大きな風車である。

風が強く吹いていたが、この風車は観光客用のモニュメントだから羽根は回らない。で、名優ピーター・オトゥールがドン・キホーテを演じた映画“ラ・マンチャの男”(1972年)のシーンをイメージし、しばし眺めた。風車はカルロス5世(1501~1558)が低地のネーデルランドから持ち込んだものだが、スペインの風土にあわなかったようで、間もなく廃れてしまった。でも、今では復元されて観光客の目を楽しませてくれている。

バスの中から見えるラ・マンチャの大地は石ころだらけ。荒涼とした感じで肥沃な土地ではない。背の低い葡萄畑を苦労してつくり、こういう土地でも育つオリーブの木を植えて人々は生活している。コンスエグラからしばらく走り、プエルト・ラピセという町についた。ここもドン・キホーテゆかりの町で、小説の冒頭に実名で登場する。ここにはドン・キホーテが泊まったといわれる宿屋、“ベンタ・デル・キホーテ”がある。もちろん、空想の人物が実際に泊まるわけはなく、物語を愛する地元の人たちが仕立てあげたもの。

下の写真が宿屋の入り口。今はレストランになっていて、小説にでてくる料理を食べさせてくれるらしい。中庭には古い甲冑を身につけ右手に槍を持ったドン・キホーテの像がある。料理を食べる時間がないので、ここで記念写真をパチリ。遍歴の騎士、ドン・キホーテと従士サンチョ・パンサの像にはいろいろバリエーションがある(真ん中の画像)。通りの向こうにあるお土産屋の壁に描かれたドン・キホーテはまた別の姿をしていた。

ミゲル・デ・セルバンテス(1547~1616)が聖書の次に読まれているといわれる小説“ドン・キホーテ”を出版したのは1605年。はじめから文筆家になろうと思ってたわけではない。軍人で出世しようと、1571年オスマントルコを打ち破った“レパントの海戦”に従軍したが、銃弾で左腕を失ったため、軍人の道をあきらめざるをえなくなる。

片腕が利かなくなったセルバンテスは“スペイン無敵艦隊”の食糧調達人としてラ・マンチャ地方を歩きまわっていたが、1588年、無敵艦隊がイギリスに敗北を喫したため失業する。ついで、徴税吏としてまたこの地方をうろうろしてたとき、可愛い娘に夜這いをかけて失敗し、捕らえられる。ブタ箱のなかで構想を練ったのが“ドン・キホーテ”。次の訪問地コルドバへ向かうバスの中では、ミュージカル“ドン・キホーテ”で歌われる名曲“見果てぬ夢”を心の中で口ずさみながら、ラ・マンチャの風景を目に焼きつけた。

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» スペイン 4日目 @ラマンチャ地方 【03.23.2007】 [Qtyhoney]
グラナダからラマンチャ地方へ。すごい小さいけど、丘の上になにやら並んでる建物が。あれを見に行くらしい・・・ (よく予定表を読んでないので・・・どこに行くのぉ〜?!って感じ)(爆) ... [続きを読む]

受信: 2007.04.04 20:13

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