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2007.03.25

ピカソのゲルニカ

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国立ソフィア王妃芸術センターでピカソの傑作、“ゲルニカ”と再会した。前回みたのが
90年だから17年ぶりの対面である。場所はここではなく、プラド美術館の別館。縦
3.5m、横7.8mの大画面に白黒のモノトーンで描かれたこの歴史的な絵は防弾ガラスの囲いの中に閉じ込められていた。

ソフィアに移ったのは93年。てっきりいまでもガラスのなかに入っているのだろうと予想していたが、これはいい方にハズレた。入館する際、持ち物はチェックされるからもうガラスのなかに入れておく必要がないのだ。ソフィアセンターの訪問はゲルニカ鑑賞のためだけ。男性の現地ガイドさんはここにあるほかの現代絵画や彫刻作品などについては一切説明しないで、わき目も振らず3階の“ゲルニカ”が常設展示してある部屋に誘導していく。

“皆さん、これが有名なピカソのゲルニカです。ええーこの絵が。。。”このガイドさんは“ゲルニカ”が制作された時代背景、絵の見所、描写の特徴などを美術史家のように滔々と熱く語る。ご高説は割愛させてもらい、ゲルニカのまわりに飾ってある下絵やピカソのほかの作品、そしてミロの絵やゴンザレスの彫刻などをイヤホンで説明の時間経過を確認しながら、3回くらいまわってみた。

迷宮美術館が以前とりあげたゲルニカの制作過程のなかで、ピカソが本画を描く前の下絵(45枚)の段階でモティーフの表現の仕方をいろいろ模索したことをかなり丁寧に解説してくれていたから、これらの下絵を食い入るようにみた。例えば“泣く女のデッサン”は白黒のほかに赤と青が部分的に使われており、この絵がはじめからモノトーンにすると決まってなかったことが窺がえる。本画の右手前にいる腰をかがめ異様に大きな足を広げ前に進む女の左目には完成直前まで赤い涙が描かれていたという。で、レクチャーの輪の中に戻り、女の目元をみた。赤い涙はたしかにない。

ゲルニカのなかで感情を揺り動かされるのは、左側の牡牛の下に描かれた死んだわが子を抱きかかえ号泣している女、真ん中で傷を負い首をよじらせていなないている馬、そして絶望のあまり発狂寸前のパニックに陥いり、両手を上にあげている右側の人物。ピカソは牡牛や馬、泣く女を登場させ、戦争の恐ろしさや悲惨さを象徴的に表現した。戦争の犠牲になった人間の苦しみや悲しみが対象の極端なデフォルメとゆがめられたフォルム、モノトーンで表現されたこの絵はリアルな戦争画以上に見る者に訴える力を持っている。プラドでみたゴヤの“5月3日の処刑”同様、200%心をうたれた。

真ん中の絵は“ゲルニカ”の手前にあった“ハンカチをもって泣く女”。ロンドンのモダンテーにある“泣く女”の別ヴァージョンで、“ゲルニカ”が制作された1937年と同じ年に描かれた。ピカソの作品はほかにも彫刻を含め沢山展示してある。ガイドさんの名調子の解説がなかなか終わらないので、隣の方をつついて下絵や“泣く女”、ミロの名画のところへ連れていった。

大好きなミロの絵が4、5点あった。これはビッグなオマケ。下はその中で一番ぐっとくる大作、“カタツムリ・女・花・星”。館のパンフレットに載っているシュルレアリスト、ダリのいい絵も見たかったが、迷い子になって皆さんに迷惑をかけてはいけないから諦めて、一緒にトレドへ向かうバスに乗り込んだ。

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