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2007.02.27

見て楽しむ美術本

720毎日インターネットを見たり、ブログを書いたりすると本を読む時間がなかなかとれなくなる。

3,4年前に較べると年間に読破する本の数はかなり落ちているし、本屋にいる時間も少なくなった。でも、読書に割く時間は減少傾向にあるのに、購入する本のペースはそれほど変化してない。

月に何冊も買い込むということはないが、新聞広告に掲載される書籍情報(今はこれが唯一の情報源)により、関心のあるテーマについては極力見落とさないようにし、その都度購入している。

最近は美術関連の本が多くなったが、昔から読み込んでいる“ギリシャ神話”、“キリスト教”、“ルネサンス”、“古代ギリシャ・ローマ史”の本は新刊がでる度に蔵書の一冊に加えている。中国や日本について書かれたものでは、“幕末史”、“古代中国史”、“江戸物小説”が本棚に積みあがっていく。また、ビジネス書では今は“ゲーム理論”、“行動経済学”に特化中。

My読書流は一定期間、一つのテーマに関連してそれまでためておいた本を集中的に読んでいくやり方。そしていくつかあるテーマでローテーションしていく。あれもこれも手当たり次第読むスタイルではない。例えば、美術関連本→ルネサンス→ギリシャ神話→ゲーム理論→江戸物小説→。。。。といった感じ。だいたいワンテーマ1ヶ月~3ヶ月くらいで回しているので、また同じテーマに戻ってくるのに1年とか1年半かかる。

おおよその読書計画は立ててるが、その通りにはいかない。最近の傾向としては美術本に費やす時間が増え、ほかの本を読む機会が減っている。その美術本もじっくり読む本と文章よりは図版を楽しむ本とに分けている。で、最近購入したもので、目を通している本あるいはこれからじっくり読むつもりの本について少しふれてみたい。

<見て楽しむ美術本>
★“もっと知りたい クリムト”(千足伸行著 東京美術 06/12)
著者の千足氏は贔屓の美術史家。一度銀座の画廊で立ち話をしたことがある。高名な高階氏の本はとくに買って読もうという気にはならないが、この人の本は手にとってみたくなる。この“もっと知りたい”シリーズはどれも好著。図版が綺麗で旅行のガイドブック感覚の編集だから、見てて楽しい。そして、抑えるポイントはコンパクトに書いてあるので、画家の代表作が時代ごとに整理されて頭のなかに入る。いまやアートエンターテイメントのシンボル本といっていい。他には“葛飾北斎”(著者は太田記念美術館副館長の永田生慈氏)、“伊藤若冲”(佐藤康宏著)、最近でた“狩野派”(板橋区立美術館館長 安村敏信著 06/12)がある。

★“迷宮美術館第3集”(河出書房新社、07/2)
“もっと知りたい”と同じスタイルで編集されたアートエンターテイメント本。980円というのがなんともお得。シリーズで20万部を突破したという。TVで一度みた話しが、専門家のダラダラした文章ではなく、短いピリッとした言葉や色がよくでた画像で再現されているので美術を心から楽しめる。

★“美術の物語”(ゴンブリッチ著 ファイドン 07/1)
重くて本屋から家まで持ち運ぶのにシンドイ思いをした。これまで見たことのない作品が沢山出てくるので嬉しくなる。例えば、シャガールやダリにこんないい絵があったの!と驚かされる。世界中で多くの人に読まれている本というのは古代ギリシャ美術から現代アートまでカバーする図版をみれば即納得する。じっくり眺め、しっかり読みたい本である。ウンベルト・エーコの“美の歴史”(東洋書林 05/11)のちょうどいい姉妹本ができた。

★“桃山絵画の美”(狩野博幸監修 平凡社別冊太陽 07/2)
04年10月にでた“狩野派決定版”の二番煎じ。今年秋、京博で開催される“狩野永徳展”(10/16~11/18)を睨んだ刊行ではなかろうか。新発見の永徳筆“洛外名所遊楽図”が掲載されている。狩野派の作品と長谷川等伯、海北友北、俵屋宗達の代表作が桃山絵画のくくりでドッキング。これぞ見て楽しむ豪華美術本。

<しっかり読みたい美術本>
★“マネの絵画”(ミシェル・フーコー著 筑摩書房 06/12)
昔、フーコーの本をよく読んだ。ただし、哲学書だから歩留まりが極めて悪いことはお察しの通り。フーコーはマネの絵について論じてたとは知らなかったので、とびついた。だが、ちゃんと理解できるかどうかは自信がない。

★“処女懐胎”(岡田温司著 中公新書 07/1)
岡田氏の本は“カラヴァッジョ鑑”(人文書院 01/10)や“マグダラのマリア”(中公新書 05/1 拙ブログ05/2/2)で楽しく読まさせてもらったので、当然この本への関心は高い。

★“食べる西洋美術史”(宮下規久朗著 光文社新書 07/1)
“カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン”(名古屋大学出版会 04/12 拙ブログ04/12/23)を読んですっかり宮下氏のファンになった。この本では古典画からポップアートのウォーホルまでを射程にいれて“食べる”を切り口にして西洋美術史を論じている。面白い視点がいっぱいつまっているような気がする。早く時間をつくり一気に読みたいものである。

★“ひらがな日本美術史7”(橋本治著 新潮社 07/2)
“ひらがな日本美術史”(1~6)はこれまで夢中になって読んだ。橋本治氏の切れ味鋭い日本美術論は大変刺激的。7巻をずっと待っていたがやっと刊行され、楽しみがまたひとつ増えた。

★“写楽 江戸人としての実像”(中野三敏著 中公新書 07/2)
内田千鶴子氏の“写楽を追え”(イースト・プレス 07/1 06/2/21)を楽しんだばかりというのに、また“写楽=能役者・斉藤十郎兵衛”を主張する学者の本が現れた。新情報がどれだけ入っているか興味深々。

<展覧会プレビューの更新>
以下の展覧会をつけくわえた。
4/10~6/10   春の名品展        東芸大美
4/12~4/24   日本陶芸展        大丸東京店
4/24~5/27   藤原道長展        京博
4/28~7/1    肉筆浮世絵展       出光美

なお、拙ブログは2/28~3/15までお休みいたします。

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2007.02.26

出光美術館の志野と織部展

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やきもの展では定評のある出光美がまたまた大ホームランをかっ飛ばしてくれた。2/20からはじまった“志野と織部展”(4/22まで)には予想を上回る名品の数々が集結している。流石、出光が行うやきもの展はスケールがでかい。出品数は志野、黄瀬戸、黒織部、織部が全部で200点あまり。

特筆ものの出品は志野の茶碗を代表する名碗と言われる国宝“卯花墻”(三井記念美、全期間)、“鼠志野茶碗 銘峯紅葉”(重文、五島美、3/28まで)、“鼠志野茶碗 銘山端”(重文、根津美、3/10まで)の揃い踏み。この先当分はこんな贅沢な展示は見られないだろう。

そして、名品を集めるだけでなく、やきものの文様意匠について、窯跡から出土した陶片や風俗画のアップ画像、鏡、蒔絵などをつかって解説する展示の仕方にも感心する。“ハイ、名品をご覧になってください。美しいでしょう!”式の展示でなく、見る側の楽しみを最大限にしようとする意気込みがいい。

今回は鼠志野の茶碗にいいのがある。上の“峯紅葉”の胴に描かれた亀甲文と赤みがかった鼠色は言葉を失うくらい美しい。これに較べると鼠色がうすい“山端”も絶品。5年前、五島美であった“茶の湯名碗展”で一緒に見て以来の至福のときだった。この隣に“卯花墻”があるのだから、これはもうたまらない気分。はじめてみた“銘横雲”、“葦雁文額皿”、“草花文火入(向付)”の明るい鼠色にも目を奪われる。また、東博からは名品、“鶺鴒文鉢”(拙ブログ06/2/22)が、文化庁からは鶺鴒文と同様に口縁が大きく波打つ“撫子文鉢”がでている。

志野では思わずそのまるい形にさわりたくなる草樹文、山水文、千鳥文の水注に魅せられた。このうち2つは出光の所蔵。出光にある志野は底なし沼のようだ。なんでも揃っている。

真ん中の黒織部は“吊し文茶碗”。楕円形という独特の歪んだ形と横にのびる線に先がまるくなった短い線が幾本も垂れ下がる抽象的な文様にハットなる。格子の垣根や蕨などはすぐイメージできるが、星やこの吊しはどうみても抽象的な幾何学模様。

織部の魅力は艶のある緑の釉薬と卓越したデザインセンスから生まれる多彩な器形。扇面形蓋物(東博)があったり、桃山時代の着物や漆器に見られる“片身替わり”の意匠を思わせる手鉢があったり、同じ文様でもひとつ々微妙に違う五客の向付があったりと色々である。下の向付は千鳥の形をデフォルメしたもの。見込みに描かれた模様がまたモダン。

最後のコーナーで丁寧に見せていた文様・意匠のヴァリエーションが面白かった。例えば“橋”、“車輪”、“籠目”、“吊し”、“門木”、“千鳥”など。ここ数年、風俗画に力を入れているので、これから屏風絵をみるとき、こうした文様の知識が役に立ちそう。超一級品のやきものと工夫をこらした展示方法に200%満足した。

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2007.02.25

志村ふくみの紬織着物

716本日の新日曜美術館で紹介された染織家、志村ふくみ(人間国宝)の作品と豊かな色彩感覚に心を揺すぶられた。

82歳というのに元気そのもの。とても品のいい顔をされており、聡明な感じがする。紬織(つむぎおり)の着物は工芸の展覧会や東近美の工芸館で片手くらいを見た程度だから、この作家についてはほとんど知らない。

司会の壇ふみがあこがれていたが、文章も相当上手く、本も数点あるという。で、どんなことを考えて染織という仕事に取り組み、作品をつくりあげていくのか興味深くみた。

京都嵯峨野にある工房では植物染料で染められた糸を織るところや桜の皮から糸をピンクに染める工程をカメラは映していた。絵画と違って、陶芸や染織などの工芸品では制作の現場やプロセスもみせてくれるので理解がし易い。最初の頃、昔のやり方にそって織ろうとするとなかなか上手くいかず悩んでいたとき、木工の黒田辰秋から“昔と今では生活のリズムが違うのだから、今の感覚で仕事をすればいいんだ!”と励まされ、迷いが消え、自分なりの着物が織り上がったという。

志村ふくみは“自然の植物から色をいただいている”と繰り返して言う。そして、その自然には奥深い世界があるとも言う。25年前、群馬県のある中学校の生徒たちと一緒に桜の色を染めていたら、ピンクの色に染まるはずが赤みをおびた黄色に染まったという。これをみて、桜も色々で京都の桜とその町の桜は違っっていることを思い知らされたと語る。

右の着物は昨年1月、日本橋高島屋で開催された“人間国宝展”でみた“どんぐりグレイの段”(1988)で、紬織の人間国宝に認定される2年前に作品。どんぐり色と格子、そして白の組み合わせを上から下に繰り返す模様には地味ながら端正ですっきりした調子がある。こういうどんぐりの色をイメージさせる着物は珍しいのでよく覚えている。展示してあった3点は全部、滋賀県立近代美術館の所蔵だった。

その滋賀県近美で今、“志村ふくみ展”が開催され、100点が飾られているという
(4/8まで)。作品の一部が紹介されていたが、その中に熱帯アジア産の大木からとれる染料、蘇芳(すおう)を使った強烈な赤の着物があった。“聖なる赤、魔性の赤”とも呼ばれるこの赤を是非とも見たくなった。また、98年から“平安の色”を再現しようとしてはじまった“源氏物語シリーズ”にもたまらなく惹きつけられる。03年に制作された紫根で染めた紫の“夕顔”など15点の前に立つとクラクラしそう。

最後に染織家の枠を飛び越え、現代アーティストになった志村ふくみの作品がでてきた。先月、銀座で開かれた個展に展示された小さい裂(きれ)をコラージュした“パレード(ピンク)”や“ジャズ”。05年、80歳になってからの作品というから驚く。スーパー染織家に遭遇し、俄然作品をもっと観たくなった。その著作も読んでみようと思う。

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2007.02.24

鏑木清方の慶長風俗

715埼玉県立近代美術館へ行ったのは2度目だったが、今回は満足度が高かった。

それはシュルレアリスム展にマグリットの驚愕の作品がでていたためであるが、もうひとつ常設展で予想もしてなかったサプライズがあったから。

その絵の前に2/25まで地下の展示場で行われている“大村コレクションにみる女子美卒業生展”のことを少々。昨年、ホテルニューオータニで開催していたときは、好きな女流日本画家、片岡球子の絵がでてたので出かけようという気分は30%くらいあった。が、ほかの画家を知らないので、結局意識の中から消えた。

今回はどういうわけか無料。あの片岡球子の真っ赤な富士山がみれると浮き浮きしながら会場に入ると、ほかにも少しは馴染みのある画家の作品が何点かあった。で、これはひょっとするといい展覧会かもしれないと目をかっと見開いてみた。最初に驚いたのが三岸節子の小さい絵、“花”。女子美の出とは知らなかった。三岸節子が好きな友人がいて、この画家のことを書いた本を熱心に読んでいた。夫の三岸好太郎の絵なら東近美でよくみているから画風のイメージはすぐ浮かんでくるが、節子の絵とは片手くらいしか会ってないため、どれが代表作なのかつかめてない。“花”のマチエールはすこし盛り上り、赤、緑、黄色の色面が印象的だった。

はじめての画家では、青柳ナツエの白い肌の女性に魅せられる絵や対象を手前に大きく描き、深い緑で画面全体を彩る広瀬晴美の画風に足がとまった。お目当ての片岡球子の作品は定番の面構えシリーズ1点と赤い富士山が3点あった。富士山の赤と裾野の黄色や緑の強い対比がいつもながら目に眩しい。モザイクのように形を細かく分割して装飾的に描いたものと較べると、この富士山は穏やか。長い歴史のある女子美だから、秀れた画家が何人でても別に驚くことでもないなと思いながら、1階に上がり、料金を100円とられた常設展の部屋に向かった。

そこにあったのが右の鏑木清方の“慶長風俗”(展示は3/11まで)。しばらく声が出ず、観続けた。左のしゃがんで川の水に手を入れている童女のふっくらした顔が実に綺麗。目を奪われるのが赤い扇を持ち右のほうを見つめている慶長美人と童女が着ている衣装。透き通るような白い肌に繊細な青と橙の色彩が合い、精緻に描かれた紋様は女性の美しさをさらに惹きたてる。本当にいい絵をみた。家に帰って画集を見たら後ろのほうに白黒で載っていた。感激するはずである。

年2点のペースで鏑木清方のいい美人画に遭遇してきた。昨年は“いでゆの春雨”(拙ブログ06/2/16)と“薫風”(11/21)。次の狙いは鎌倉の大谷記念館にある“道成寺・鷺娘”。なんとか会えるようにといつもミューズに祈っている。

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2007.02.23

シュルレアリスム展のマグリットとミロ

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待望のシュルレアリスム展(埼玉県立近代美術館、2/21~3/25)を楽しんだ。この企画展をみて、日本ではシュルレアリスムのいい絵は東京より地方の美術館に多くあることがわかった。

アメリカやフランスを例にとっても、シュルレアリスムやダダ、現代アートの傑作はNY、パリといった首都に集結しているのに、東京にある西洋美や東近美、東京都現代美には質の高いダリ、マグリット、デルヴォー、ミロの作品がほんの少ししかない。首都圏で近・現代絵画の名品をぱっと思い出すのは東京の美術館ではなく、横浜美術館のダリや川村記念美術館のステラ、ロスコー。

この企画展にはシュルレアリストが制作した良質の作品を所蔵する岡崎市美術博物館(埼玉県近美の後、4/7~5/27に開催)、宮崎県立美術館(7/21~9/2)、姫路市立美術館(9/15~10/28)などから集まった134点が展示されている。なお、巡回展は山梨県立美術館でも6/2~7/8に行われる。章立てはシュルレアリスムを身近な作品として楽しんでもらおうと工夫されているから、鑑賞はスムーズに流れていく。

“1章:意識を超えて”、“2章:心の闇”、“3章:夢の遠近法”、“4章:無垢なるイメージを求めて” いつものように、学芸員の方には申し訳ないが作品分類は横に置き、惹きつけられる作品だけを追い求めた。その中に、びっくりするほど仕上がりが綺麗で、そして日本にこんないい絵があることが誇らしくなるような特○の絵があった。上のマグリットの大作“現実の感覚”。この絵は時の人、東国原氏が知事をつとめる宮崎県立美術館が所蔵している。

真ん中の空に浮く超デカイ石のかたまりに目が点になる。石の下の光があたる山や川がとても美しく描かれ、目のさめるような明るい空に柔らかい大きな雲が切れ目なく続いている。マグリットは石や鳩、リンゴ(拙ブログ06/3/24)のように大きな対象を登場させるのが得意。不思議な魅力をもった絵である。真ん中も宮崎県美がもっている“白紙委任状”。以前、円山応挙の“龍門鯉魚図”(05/5/14)のシュールさを対照させた絵である。女性が乗っている馬の体はひとつは木々のむこうの草木で縦からカットされ、もうひとつは一本の木で隠されている。女性に注目すると、左右の木に挟まれるように前進している感じ。

マグリットは夢や非現実を描いたダリやエルンスト、タンギーらとは異なり、現実世界の中で感じられる謎や不条理を表現しようとした。われわれは現実にはありえないような組み合わせにハットするが、よくみると森の中を進む馬と女性が絵のように見える気もするから不思議である。マグリットの絵は思い込みや常識を取っ払い、別のイメージを目の前に見せてくれるから、みてて楽しい。まさにイメージの魔術師。

国立新美術館で開催中の“異邦人たちのパリ展”に出品されているミロの絵に較べると下の“夜の中の女たち”(セゾン現代美術館)とか“雑貨商”(おかざき世界子ども美術博物館)のほうがグッとくる。子供が描いたような女性、星、鳥をイメージさせるフォルムは優しくて愛嬌がある。今回出ているミロの作品8点はどれもいい。

諸橋近代美術館から出品されたダリの“ダンス“と“反ピロトン的聖母被昇天”は現地でみたとき感激した作品。また二つあるオブジェも楽しい。姫路市立美術館はデルヴォーのいい絵を所蔵していることは何年か前シルフさんに教えてもらったが、やっとお目にかかった。6点のなかでは“海は近い”に魅了された。そして、“森”(埼玉県近美)もなかなかいい。ダリとならぶ大物、エルンストは版画、彫刻を含めて13点あったが、大きな絵“ポーランドの騎士”(愛知県美術館)と遭遇できたのは嬉しい誤算。

今回の一番の衝撃はなんといっても宮崎県美が一級のマグリットの絵を所蔵していたこと。参りました!

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2007.02.22

エミリオ・グレコとジャコモ・マンズーの彫刻

710茨城県近代美術館へは加山又造の作品をみるためにわざわざ出かけたのだが、平常展で長年目をつけていた絵と対面できるかもしれないという期待があった。

それは河童や狐の絵で有名な日本画家、小川芋銭(おがわうせん)の代表作、“狐隊行”。が、残念ながら、これはなく、風景画などが4点展示してあった。

日本画に限らず、絵は見る機会を一度逃すと簡単にリカバリーできないことが多い。ユーモラスな狐の行進に惹きつけられる“狐隊行”も“あのとき観とけばよかったな!”と後悔している絵の一枚。

この美術館には水戸出身の横山大観や県北の五浦(いづら)で大観とともに日夜絵の研鑽に励んだ菱田春草、下村観山、木村武山の作品が沢山ある。今回、特に印象深かったのは観山が描いた大作屏風絵、“竹林七賢図”。金地に中国画の定番画題である七賢人を余白をたっぷりとり描いている。画面全体が明るい色調で、金地に映える淡緑の衣装に目を奪われた。また、嬉しいことに大観とともに茨城県が誇る陶芸家、板谷波山の渋い茶色の花瓶があった。一点だけだが、心に沁みる作品に大満足。

迂闊にも、会場にあったパンフレットで洋画家の中村彝(つね)が水戸の生まれであることを知った。で、作品が全部で8点と一番多い。現在、国立新美術館で開催されている“20世紀美術探検”に中村の素晴らしい静物画がでていたが、ここにもいい自画像や静物画がある。また、はじめてみる風景画“大島風景”というのもあった。

“ザ・ヌード”と題し、所蔵品を展示している隣の部屋にある“裸婦図”は中村がルノワールに傾倒してたことをみてとれる作品。あたたかみのある肌がすごくいい感じ。ほかでは梅原龍三郎、藤田嗣治、里見勝蔵の裸婦図に吸い込まれる。最近、神奈川県近美葉山の洋画展で里見勝蔵の鮮烈な赤の裸婦像を見たが、目の前にある絵もそれに劣らぬくらい赤が輝いている。色彩がこれほど目に飛び込んでくると一生忘れることはない!原色の赤の鮮烈度では里見の裸婦と林武の富士が双璧。4点あった西洋画ではシスレーの“葦の川辺ー夕日”に足が止まった。

絵画をみたあと、一階のフロアに飾ってあるエミリオ・グレコ(左の画像)やジャコモ・マンズー(右)の彫刻を楽しんだ。グレコやマンズーの作品がみられる美術館は国内にそんなにない。絵画を含めてここのコレクションの質の高さを思い知らされた。松岡美術館にグレコのいい裸婦像が4,5点あるが、ここの“エストレリータ”も魅力的。マンズーの作品は昨年、ローマの国立近代美術館で沢山みた。国内では箱根の森彫刻美と愛知県美、笠間日動美でしかお目にかかったことがない。ここのは立像の裸婦とは違い椅子にかけている。椅子のフォルムはイタリア人らしくセンスの良さを窺がわせる。

横浜からはかなり遠くに来た感じだったが、収穫の多いミニ美術旅行であった。

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2007.02.21

内田千鶴子著 「写楽を追え」

7094度目のギメ美展をみるため、太田記念館を訪問した際、地下のギャラリーショップに内田千鶴子さんの写楽研究の最新作、「写楽を追え」(イースト・プレス、07/1/31)がほかの浮世絵本とともにおいてあった。

内田女史は93年に出版された「写楽・考」(三一書房)で評判をとった写楽研究の第一人者。実証分析に基づき“写楽は能役者”と主張したこの本の出現により、それまで流行していた写楽別人説は沈静化し、今では写楽=能役者という内田説が定着してきている。

この本はMy浮世絵本に入れている愛読書の一つで、時折読み返しているから、偶然目の前にあった新作に色めいた。で、宝物を発見したような気分で購入し、一気に読んだ。ギメ美展で質の高い写楽の役者絵を9点みたばかりだから、記述内容が水が綿に染みわたるように体の中に入っていく。流石、27年の研究成果が凝縮され、論点は一々納得がいく。しかも、エンターテイメント仕掛けになっているので小説を読むような楽しさがある。

内田女史は小説家にもなれるくらい文章がうまい。だから、浮世絵のことを少し詳しくしかも楽しく知りたい人にはこの本はうってつけかもしれない。新作映画で禁じ手になっているようにネタばらしは避けたいので、小説仕立てのところには触れず、読んでためになるポイントを紹介することにしたい。

その一 写楽が登場する時代背景がコンパクトにまとめられている。松平定信の寛政の改革は文化行政にまで及び、歌舞伎の演目、浮世絵の制作にいろいろ注文がつく。お上の禁令に引っかかり罰を受けた浮世絵師や出版元などが詳しく記述されている。

その二 浮世絵制作の過程がわかる。絵師、彫師、摺師の作業分担、版元の役割が会話形式で書いてあるのでよく頭に入る。

その三(本題) 写楽がどうして能役者なのかがわかる。「写楽・考」の論点を整理し、これに93年以降の研究成果をつけくわえ、写楽=能役者が明確に主張されている。肝の部分であるが、仮説を裏付ける資料の発掘を精力的に行っており、素人のわれわれでもほかの研究者や過去写楽別人説を唱えた人は“もう写楽は内田さんにおまかせする!”と両手を上にあげたなと思う。

その四 写楽がなぜベラスケス、レンブラントに並ぶ世界三大肖像画家と言われているかが理解できる。ここは美術史の知識という面でもすごく勉強になる。

その五 写楽の絵における能の影響についての分析が面白い。 斉藤十郎兵衛(写楽)は能役者だから能面、能衣装の文様、色彩に精通している。歌舞伎役者の生顔に能面をだぶらせ、衣装の柄にも能衣装の文様、色を使った。

その六 写楽の人気と凋落の経緯が詳しく書かれている。 28枚の大首絵(拙ブログ06/11/17)で大評判をとったのに、6ヶ月後には豊国の洗練された美しい役者絵(06/11/16)に完敗する。なぜ、写楽の絵は役者に嫌われたのか?客も最初は写楽はすごいと言ってたのに、どうしてライバルの豊国の絵をまた買い出したのか?写楽はなぜ見捨てられたのか?蔦屋重三郎は写楽で大儲けするはずではなかったのか、写楽売り込み戦略はどこで読みが狂ったのか?

興味のある方は本屋に向かわれたし。

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2007.02.20

茨城県近代美術館の加山又造展

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708大好きな日本画家、加山又造の回顧展(2/17~3/25)が開かれている茨城県近代美術館を訪問した。水戸まではJR上野駅から常磐線スーパーひたち(特急)に乗ると65分くらいで着く。この美術館ははじめてなのでどっちの方角か説明できないが、駅からはバスで5分くらいのところにあった。

加山又造(1927~2004)は近代日本画の巨匠の一人で人気の高い画家なのに、回顧展は昨年、今年の2回とも東京にやってこない。で、昨年は神戸大丸店(拙ブログ06/3/11)や長野市の水野美術館まで足をのばし、2/17からはじまった回顧展もこの美術館の単独企画なので水戸市まで追っかけざるを得ない。

今回展示されてる作品は45点。このうち18点は昨年とダブルが、初見の絵が多くあるので気分は上々。会場を進むうちに神戸大丸店のときのように体がだんだん熱くなってきた。個人の所蔵が多く、半分を占める。美術館にあるものでは東近美から11点出張している。3年前、東近美であった“ミニ回顧展”の再現である。

代表作の一つといっていい“冬”はブリューゲルの“雪中の狩人”(ウィーン美術史美術館)の構図に想を得て制作された。左の木々が林立する高台には狼が2匹おり、一匹が急角度で傾斜する谷底にむかって咆哮すると無数のカラスがそれに呼応するかのように低空を旋回する。ところが、奇妙なことに画面中央、垂直にのびる細い木に一羽のカラスが止まっている。なぜこのカラスは群れのなかに加わらないのか?入りたくてもカラスは目が見えないから飛べない。冬景色と盲目のカラス、見ているとじわじわ心を揺さぶられる絵である。

加山は画風をどんどん変える。若い頃の未来派の絵を見るような“駆ける”や“月と縞馬”、“狼”のあとは日本画の伝統、やまと絵と琳派の画風をミックスした華麗で装飾性豊かな絵を制作する。代表作である上の“春秋波濤”(東近美)と“雪月花”が並んで展示してある。これは圧巻。言葉はいらない。これほど見事な装飾美、様式美がほかにあろうか!滑らかで立体的な曲面の波濤のなかに浮かんでるように春秋を象徴する桜の山、紅葉の山が描かれている。先がきれいにまるくなったバドミントンのシャトルみたいな超平板な山の内部は桜と紅葉で一杯。

昂揚した気持ちをさらに高めてくれるのが隣に飾ってある大作屏風絵、“千羽鶴”。うすいゴールドと濃いゴールドで様式的に描かれた沢山の鶴が満月と三日月を背にリズミカルに飛翔するする光景はまさに光悦・宗達のコンビが取り組んだ平安王朝ルネサンスの再現。現代の琳派絵師、加山又造ここにあり!という感じである。

加山が晩年精力的に制作した水墨画にも傑作がずらっとある。“黄山涌雲・霖雨”、“雪ノ渓”、“凍れる月光”、“墨龍”など。下の“墨龍”(左隻)ははじめてみる龍の絵。右と左で目線を合わせている龍は宗達の“風神・雷神”のポーズを連想させる。左の龍は雷神の足の構えとそっくり。隣には雲がうずまき、画面の右半分はたらし込みで表現された波濤。加山はほかにも京都・天龍寺の法堂天井や日蓮宗の総本山身延山久遠寺の本堂天井に龍を描いている。これもいつか目におさめることを夢みている。

今回はこの龍図もふくめて収穫の多い回顧展だった。加山又造の追っかけはまだまだ終わらない。

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2007.02.19

両洋の眼展の絹谷幸二

706日本橋三越では2/13から昨日の18日まで“2007 両洋の眼展”が行われていた。

昨年この展覧会のことを知ったが、観たい意欲があまりなくパスした。で、今年はどうしようかと少し迷った。

だが、昨年11月、東近美であった“揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに”や“日曜美術館30周年展”(東芸大美、9月)のように日本人の洋画と日本画が一緒に飾られる展覧会を体験したので、洋画・日本画の垣根をあまり意識しないで絵を楽しもうと思い、入場してみた。

この展覧会は今年で18回目になるという。作品は最新作で、昨年制作されたものが所狭しと並んでいる。いかにも絵を知ってそうな人が大勢いるので、現在の洋画界、日本画の世界では大御所、中堅、若手で名の売れている画家がここに集結しているのかもしれない。でも、80弱いる画家のなかで、知っているのは両手ちょっとしかないから、これらの画家がどのくらい評価されているのか見当がつかない。

で、とりあえずは一度は観たことのある作品を頼りに見て回った。洋画では東近美の平常展で馴染みの画家、靉嘔、元永定正の絵を見つけた。また、損保ジャパン美術館の回顧展で感銘をうけた池口史子の“夜明けのダウンタウン”があり、ほっとした。有元容子は先月、横浜そごうで沢山の作品をみた有元利夫の奥さん。へえー、二人して画家だったの!という感じである。洋画家の持ち駒はあと一人、絹谷幸二しかない。

右はその絹谷の“平和を願う自画像”。赤、青、黄色の鮮やかな原色を対比させた色彩表現が一際異彩を放っている。昨年、やはりこの会場であった“絹谷幸二展”(拙ブログ06/5/29)にも同じような自画像が2点あった。その一枚は口から漫画の吹き出しみたいに“色即是空、無、むむむ”の文字がでており、びっくりした。

今回は一度免疫ができているから、同じように“平和、Peace,Non voghio Aie、、”をみてもギョッとはならない。吹き出しのアイデアは劇画からだろうが、文字については絹谷は大のピカソファンだから、ピカソの文字が出てくるキュビスム画も頭のなかにあったのではないかと思う。平和を願う絹谷の左の頬には広島の原爆ドームが描かれ、眉毛のあたりには鳥が飛んでいる。

日本画には、高山辰雄、松尾敏男、平松礼二、千住博、中島千波、内田あぐりなどの人気画家の作品もあったが、それほどグッとこなかった。心を揺すぶる新進画家に会えないかなという期待をいだいていたのだが、今回はそんな画家に出くわさなかった。次回に期待したい。

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2007.02.18

プロ野球キャンプ 楽天・田中将大投手への期待!

705日本のプロ野球のキャンプはすでに20日経過し、チーム全体でのトレーニングは残り少なくなった。3月に入ると実践形式のオープン戦に突入する。

昔のフジテレビはキャンプに多くの解説者を派遣し、時間もかけて各チームの練習状況をレポートしていたから、選手の仕上がり具合などの情報が豊富に入っていた。が、今はそんな時代ではなく、お笑い系の番組を優先し、プロ野球にかける時間も少ない。で、集まってくるキャンプ情報も新聞や各社のスポーツ番組から得た浅いものばかり。

長いこと野球をみてて何年経っても変わらないなと思うことがある。このキャンプでの解説者と現場の監督やコーチとの会話くらい当てにならないものはない。解説者もヨイショや提灯コメントが多いが、現場の分析もだいたい甘い。どこの球団とは言わないが、下位チームの投手、打撃コーチの口からは“今年の○○投手はいいよ、例年より仕上がりがいいのではないの!”とか“サードの△△は成長したよ、内角や変化球についていけるようになった、よくバットを振ってるし”。。

だが、開幕すると2ヶ月経っても勝ち星はつかず、打撃はさっぱり。あの褒め言葉はどこへいったの?ということが多い。日本のプロ野球では現役でいい成績を残した選手がいきなり一軍の投手コーチや打撃コーチに就任して、コーチ業のイロハも勉強せずに現場を指導するので、上手くいくケースが少ない。でも、最近はロッテのバレンタイン、日本ハムのヒルマン、オリックスのコリンズ、カープのブラウンなど米国人監督がむこうから子飼いのコーチを連れてきたりするから、この監督たちの周辺にいるコーチは以前と違っていろんなことを勉強しているかもしれない。

強いチームには監督を支えるいいコーチが必ずいる。優秀なコーチや監督に出会った選手は幸せである。あのイチローは最初の土井監督には使ってもらえなかったが、仰木監督に見出されて一躍その才能を開花させた。大リーグのデビルレイズに入団した岩村は打撃コーチなら超一流の往年の強打者、中西太に指導してもらい打撃技術が向上した。そして、楽天の野村監督は古田を日本一のキャッチャーに育て、高津にシュートを覚えさせたり、近鉄からヤクルトに移籍してきた吉井にピッチングの組み立て方を教えるなど多くの選手をバックアップしてきた。

中日の落合監督はファンサービスに欠けるのが残念だが、指導力は相当なものではないかと思う。何しろ打撃に関しては現役のとき超一流だったから、指導される選手は監督から“今、お前より上手く打つ奴はどこにもいない。自信もってやればいいんだ。絶対打てるから”とか言ってもらうと、勇気百倍ではないだろうか。福留などはいつも“お前がNO.1のバッターだ”なんて褒められているのだろう。

野村監督のことを“ぼやいてばかりいる”とか“暗い”とか勝手なことを言ってる解説者や野球評論家がいるが、野村監督はヤクルトを3度も日本一にした実績のある秀れた指導者である。その監督のもとで新人の田中将大投手(駒大苫小牧高)がトレーニングに励んでいる。マスコミは“今日の楽天のマー君は紅白試合に2イニング投げて。。。”と連日追っかけまわす。野村監督も抜け目なく“田中は松坂の後継者や”とPRしている。甲子園でみせたダイナミックなフォームからくりだすスライダーやストレートに磨きをかけてどんどん成長して欲しい。

プロスポーツは規格外の才能をもった新人が現れ、スーパーなプレイを見せてくれなければ盛り上がらない。田中投手は性格もよさそうだし、マスコミへの応対も気持ちがいい。野村監督という名伯楽の指導を受け、大きな投手になってもらいたい。頑張れ、マー君!

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2007.02.17

大リーグキャンプイン

704大リーグはバッテリー組のキャンプがスタートした。野手もまもなく合流し、各チームのキャンプが本格化する。

日本人選手もこのキャンプを怪我なくすごし、いい仕上がりで4月の開幕をむかえてもらいたものである。

投手ではヤンキースに入団した井川(左の写真)がポサーダ捕手のミットに高めのストレートを投げ込んだと報じられていた。トーリ監督は報道陣に“井川は先発陣の一人”としゃべったそうだ。

大男ランディ・ジョンソンがチームを去ったため、左投手はアストロズから戻ってきたペティットと井川だけ。井川に対しては首脳陣も相当期待している様子。伝統あるヤンキーススタジアムで投げるというのはたしかに緊張することとは思うが、井川は甲子園球場という大観衆のなかで何年もやってきたから、自分を見失うようなことはないだろう。

本人は自信をもってるようだし、度胸が据わっている感じがいい。これから同僚になる松井となんだか雰囲気が似ている。二人とも群れるのを好まないタイプだし。過大な期待は避けたいが、10勝はクリアするのではないかと思う。

キャンプイン前に大勢の報道陣に囲まれているレッドソックスの松阪がユニフォームを着て投げるのは18日から。赤い半そでシャツでキャッチボールする姿は堂々としている。ウェイトトレーニングを相当しているみたいで、胸の厚みは格闘選手並み。メディアにたいする応対も笑顔をたやさず愛想がいいので、ヤンキースの松井と同じくらいの好感度を得ているのではないだろうか。

プロ野球に入って初勝利したとき、“自信が確信に変わりました”という名セリフをはいたが、4/5の開幕第3戦に先発して勝利投手になったら今度はどんなことを言うのであろうか?今から楽しみ。それはまだ、早いか!まずはオープン戦でのいいピッチングみてみたい。

今年既存の日本人大リーガーで注目されるのはヤンキースの松井とマリナーズの城島だろう。昨年手首の骨折という大怪我で一年を棒にふった松井だけに今年は期するものがあろう。そろそろ3割、ホームラン35本くらいの成績を残してもらいたい。そして、オールスター出場。ヤンキースの打撃陣はシェフィールドがいなくなり、生え抜きの名選手ウイリアムズもマイナー契約を蹴って引退するかもしれないから、松井の活躍がチームの勝利には絶対必要。

2年目の城島は3番か5番あたりに打順があがりそう。城島が大リーグNO.1キャッチャーになる可能性は十分ある。投手陣をよく引っ張り、打力に磨きをかけて、着実にスーパースターの階段を上ってもらいたい。くれぐれも怪我をしないように。

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2007.02.16

東博平常展の前田青邨

703東博本館のいくつかのセクションで現在展示されている作品をまとめてみると、これが結構な“名品展”になっている。

そのセクションとは、偶然にも会期の終わり(3/11まで)が一致した2階の“屏風と襖絵”、“書画の展開”、“浮世絵”、そして1階にある“近代美術”(これは3/25まで)。

“屏風と襖絵”にある海北友松の“琴棋書画図屏風”(重文)を感慨深くみた。これまで京都にある建仁寺蔵の水墨山水画や雲龍図などはみたが、彩色画をみるのははじめて。高士ではなく唐美人の琴棋書画なので色つきなのかもしれない。それにしても驚くほど衣装の色が鮮やかに残っている。右隻では赤と橙色、左隻では女の子のうす青と左端にいる男の子の橙色。友松の絵は京博で鑑賞するものと思っていたから、ここでこれほど素晴らしい絵に遭遇できたのは望外の喜びである。

これの隣に飾ってあるのが円山応挙の“梅図襖”。墨の使い方が巧みで、手前にある梅の細い枝は濃い墨で描き、向こう側の太い幹は淡墨を用いている。最近、新聞に応挙とその弟子たちが描いた応挙館(東博の庭園内)の障壁画41点が最新のデジタル画像処理技術によりよみがえったという記事がでていた。その原画のひとつがこの絵。案内係りの話では複製画は定期的に行われる応挙館のガイドツアーで見られるとのこと。機会があれば参加してみたい。

“書画の展開”のコーナーの見所は狩野山雪の“林和靖・山水図”、岩佐又兵衛の“羅浮仙図”、応挙の“雪中老松図”。“山水図”に山雪の現代絵画感覚の垂直にのびる梅の枝がみられる。くの字ポーズの羅浮仙は又兵衛独特に風俗美人画。

浮世絵では北斎の“富嶽三十六景”の傑作“凱風快晴”、“神奈川沖波裏”がお揃いでてている。これは豪華。さらに、“北斎展”にも出品された色が抜群に鮮やかな武者絵4点がある。そして、春信2点、歌麿の青楼十二時シリーズ3点、鳥文斎栄之の三枚続の美人画(重文)もギメ美に負けないくらいいい絵。

今回1階の“近代美術”についてはとくにHPをチェックしなかったが、これまたいい絵が並んでいた。なんと前田青邨が3点もある!展示を待っていた右の“竹取”と3年前にみた“唐獅子”、13点の連作“お水取”。青邨には“竹取”のような歴史や物語を題材にして、武士や民衆の顔の表情を生き生きと描いた名画が何点もある。これはその一枚。屋根の上から昇天していくかぐや姫を驚愕の眼で見つめている警護のものたちを臨場感一杯に描いている。ふと、応天門が炎上するのを興奮状態で眺めている民衆たちが描かれた“伴大納言絵巻”を思い出した。

“唐獅子”は拙ブログ06/9/28で取り上げた同名の作品の前に描かれたもの。左右に向き合うのは青の唐獅子と白と緑に彩られた二頭の唐獅子。背景はゴールド一色。そして、体の輪郭は装飾豊かにゴールド&黒の太い線で引かれている。胴体の青、白、緑とともに尾っぽの橙色やうす緑がゴールドの地に映え、驚くばかりの華麗な造形美をみせている。天皇に献上された唐獅子とはまた違った感動を覚える絵である。パスポート券(平常展は無料)でこれほど充実した作品を観られたのだから言うことなし。

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2007.02.15

ギメ東洋美所蔵 浮世絵名品展 その四

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ギメ東洋美術館が所蔵する質の高い浮世絵を観られるのも残り10日となった。後期の後半(2/14~25)だけに登場するのは20点。3回目の訪問(拙ブログ2/8)のとき、後期ずっとでる作品はもう一度みるから12日しか展示されない絵と較べると目力を少し落としてみた。で、最後に後半の作品と一緒に大まとめでじっくり観るつもりだった。

ところが、1階の展示フロアにいる沢山の人をみて、そんな気持ちはふっとんだ。20点みるだけでも大変そうな雰囲気である。すこしあせった。が、観始めると心配するほどでもなかった。部屋が狭いため、列の間隔は詰まっているが、こちらは前回見たのはパスするからお目当ての絵をみるのにそれほど時間はかからない。この週末はどうだろうか。会期も終わりに近いからかなり混みそう。

お目当ては北斎と広重の花鳥画。北斎は“檜扇”、“朝顔に蛙”、“百合”の3点、そして広重は“太藺に白鷺”。今回ギメから北斎の花鳥画は6点やってきたが、一番のお気に入りが後期の前半にでていた“芙蓉に雀”と下の“百合”。“朝顔に蛙”では図録で発見できなかった蛙の居場所がどうしても見つからない。で、前の人に訊くとすぐ答えが返ってきた。いました、いました雨蛙が!蛙の緑がちょうどカメレオンが体の色をまわりにあわせるように朝顔の葉の色とかさなっている。ふー、疲れた!

“百合”は見事な花鳥画である。うす青の地の中央に大きく描かれた百合は存在感があり、シンプルな構成は西洋の静物画を観てるよう。上手だなと感心するのは左右逆方向に花を咲かせる2つと上から垂れるつぼみの配置。本当にいい絵をみた。

広重が描いた白鷺にも声がでない。沼地に沢山生える背の高い太藺のなかをゆっくり進む白鷺の様子が情趣豊かにとらえられている。心に響く絵である。今回の広重の花鳥画(7点)は雀、鴨、白鷺、鷹、雁が登場する傑作揃い。流石、ギメである。こんな機会は滅多にない。

上の力士絵は勝川春英が描いた“立神盤右ヱ門”。全部で13点あった力士絵のなかで着物姿の力士を描いたのはこの絵と勝川春章の“東方 小野川喜三郎”の2点だけ。黒光する着物と左手で裾をあげ筋肉隆々の足を見せるポーズがきまっている。これをみると絵師たちが歌舞伎役者とともに力士をせっせと描いたかのがよくわかる。カッコいい男は世間がほっておかない。

最後にギメ自慢の写楽の大首絵3点と歌麿の“北国五色墨 川岸”をじっくり観て館を後にした。ギメ東洋美術館に感謝々である。

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2007.02.14

梁楷の寒山拾得図

700MOAで光琳の“紅白梅図屏風”が展示されるときは入館者が多いので、ほかの作品も目一杯いいのが出てくる。

常時展示してあるのは野々村仁清の“色絵藤花文茶壺”(国宝)とその重量感のある丸い形に惹きつけられる“青磁大壺”、そしてモネの絵2点とレンブラントの自画像。

こうした定番に加え、例年中国、日本の青銅器、陶磁器が必ず陳列される。絵画では昨日取り上げた風俗画や浮世絵も沢山出る。そして、ここは琳派の作品で有名だから、“紅白梅図”だけでなく、当然光悦、宗達、乾山、抱一らの名品もあわせて展示される。今年は本阿弥光悦の“樵夫蒔絵硯箱”(重文)と“竹蒔絵硯箱”だった。“竹蒔絵硯箱”ははじめてみたが、質感のよくでた竹の描写に感じ入った。

屏風や掛け軸ではよく中国の山水・花鳥画や日本の海北友松の山水屏風が飾られる。今回は日本の長次郎の“黒楽茶碗 銘あやめ”、“信楽茶碗 銘初時雨”などが飾られているコーナーの背景に掛け軸の名品が3点あった。構図が素晴らしい相阿弥の“山水図”、右の梁楷(りょうかい)の“寒山捨得図”、牧谿(もっけい)の“蓮に鶺鴒・葦に翡翠図”。

ここにある牧谿のもうひとつの作品“叭々鳥図”は一度観たことがあるが、この鶺鴒(せきれい)、翡翠(かわせみ)は初見。蓮や葦は淡墨で描き、口ばしや尾っぽを濃墨で引く軽妙な筆使いが心に沁みる。梁楷の“寒山拾得図”はとても愛着を覚える絵。こちら向きと横向きのどちらが寒山か拾得か判然としないが、二人の笑った顔がなんともいい。今、森美術館の開催中の“日本美術が笑う”にこの絵を加えていればもっと趣向が増すこと請け合いである。

梁楷は南宋(12~13世紀)の宮廷画家で、牧谿(禅僧)よりは半世紀くらい前に活躍した。酒を愛し、常軌を逸する行動で変人呼ばわりされた画家だった。画風は筆数をできるだけ少なくして描く“減筆体”で飄逸に人物表現をするのが特徴。ぼさぼさの髪や衣文を淡い幅広の筆線で描き、笑った目や大きく開いた口の端の部分は濃墨を用い画面を引き締めている。

東博東洋館の中国絵画の部屋に同じ減筆体で描かれた“李白吟行図”(重文)が2年に一回のペースで展示される。最初は簡略的に描かれているようにみえてたのが、だんだん梁楷はさらさらと筆を動かしたのではなく、李白の動きや内面までを感じさせるように丁寧に描いていることがわかってきた。しっかりみると中国の水墨人物画も奥が深い。

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2007.02.13

MOAの岩佐又兵衛

699今年最初のMOA詣でをしてきた。

1/27から3/5まで開催される“所蔵名品展”の目玉は世間的には尾形光琳の“紅白梅図屏風”であるが、この絵は過去2年丁寧に見たから今年はさらっとみて、注目の岩佐又兵衛の絵巻に時間をかけるつもりだった。

だが、HPの情報を過大に解釈してしまった。代表作の“山中常盤物語絵巻”は全12巻のうち巻4とあったから、てっきり巻4を全部みせてくれるものと思っていた。でも目の前に展示してあったのは、右のようにひとつの場面だけ。ううーん、残念!04年、千葉市美術館であった大回顧展でも巻3のみ(拙ブログ04/11/28)。全巻がみれるのはまだ先のようだ。

今回は巻4の一部がでている“浄瑠璃物語”は05年に12巻全部を公開し(05/3/20)、昨年は“堀江物語”もでてきた。“山中常盤”の公開は03年だったから、今年後半か来年あたりに全巻みられるかもしれない。“山中常盤物語”の巻4で観たかったのは牛若丸の母、常盤御前が盗賊に刺し殺され、息絶える場面だったが、でていたのはこれではなく、右のひとつ手前の美しい着物を盗賊に剥ぎ取られるところだった。上半身裸の侍従も柱に寄りかかり呆然自失。常盤御前は必死に抵抗するが、なすすべもなく獰猛な盗賊に小袖まではがされてしまう。恐怖におびえる常盤の顔の表情や目的を果たし素早く逃げる男たちの動きを又兵衛は迫真的過ぎるほどにリアルにそして勢いよく描いている。

“浄瑠璃物語”のゴールドの色面にまたまた目を奪われた。どうしてこんなに輝くのかと思うくらいゴールドが目にとびこんでくる。画面全体を締めている欄干や屋根の茶色や衣装の赤と松の緑の鮮やかな対比など華麗な色パワーに圧倒され、視線は浄瑠璃姫と声をかけようとする牛若丸の姿だけにとどまっていない。又兵衛の作品は3つの絵巻のほかに“自画像”、“柿本人麻呂・紀貫之図”、“伊勢物語図”がある。

岩佐又兵衛に合わせたのかもしれないが、今回は“ミニ風俗画展”の雰囲気。お気に入りの“湯女図”(拙ブログ06/1/19)や桜花の下で風流傘を先立てて多くの婦女子が踊りに興じる“花見鷹狩図屏風”(雲谷等顔、重文)に感動した。さらに、着物の模様や色がよく残っている肉筆風俗画の“唄比丘尼図”、“巡礼図”、“男舞図”、“舞妓図”にもうっとり。とくに黄色の着物に身をつつんで唄を歌う比丘尼の顔に惹きつけられる。これほど表情豊かな風俗美人画をほかにみたことがない。

最後の浮世絵コーナーにも名作が展示してある。二度目の鳥居清長の“見立牛若丸 浄瑠璃姫”や歌麿の“婦女人相十品 文読美人”などにもメロメロ。光琳の“紅白梅図”は軽くスルーしても大満足の名品展であった。

<展覧会プレビューの更新>
はろるどさんから若冲や芦雪の動物画などが出品される府中市美術館の展覧会情報をいただいた。作品の詳細はわからないが、期待がもてそう。

3/17~4/22   動物絵画の100年展       府中市美術館

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2007.02.12

世界の至宝・工芸100選

698昨日と今日、NHKで放送してた恒例の夢の美術館、“世界の至宝・工芸100選”を楽しくみた。

過去のシリーズに登場した美術品は多くの人が賞賛する超一級の名品で、これらは死ぬまでに一度はみておきたい究極の鑑賞リストみたいなもの。今回これにどんな工芸品が加わるのか、目をこらしてみた。

工芸も陶磁器、漆器、蒔絵、ガラス、染色、紙、能装束、刀、金細工、宝飾品などなど色々ある。まず、これまで知識がなく、興味深かったものから。

小説家の島田雅彦がレポーターを勤めた“紙の道”に登場した“ファブリアーノ 白黒透かしの紙”や“グーテンベルクの聖書”が貴重な映像だった。光を当てると宗教画が透けて見える紙を生み出す職人の技がすごい。昨年シエナの大聖堂の一角に古い聖書本が沢山展示してあったが、じっくり観る時間がなかった。また、千葉市美術館であった西洋の古書展覧会を観とくべきだった。装丁に使われる装飾的な紙が観られたかもしれない。悔やまれる。

イスラム世界で作られた幾何学紋様を特徴とする工芸品がいくつかでてきた。大きな絨毯やアラベスク文の象牙彫刻小箱。滋賀県にあるMIHOミュージアムにイスラムのものがあるとは知らなかった。ここはいつか訪問してみたい。ヴィクトリア&アルバート美術館にイスラム美術品を展示する部屋があらたにできたそうだ。そういえば、2年前か?世田谷美術館でこの美術館が所蔵するイスラム美術の展覧会をやっていた。絵画でも工芸でも、特定の画家や分野に興味が涌くタイミングと実際に関連の展覧会が開催される時期はなかなか一致しない。千葉市美同様、世田谷美のイスラム展にも出かければよかった。

逆に関心度が一層高まったのがガラス製品。紹介された“パロヴィエール杯”や“レースガラス”をみると、次回のヴェネチア訪問では必ずムラノ島の美術館に行くぞという気になった。また、正倉院にある“白瑠璃碗”と同類のが“ペルシャ文明展”にでていたし、薩摩切子はサントリー美術館にある“藍色切子舟形鉢”(拙ブログ04/12/20)だった。

台北にある故宮博物院は最近リニューアルが終了し、展示の構成が一新されたと報道されていた。今回、この博物館の至宝である“玉白菜”と珍玩“象牙多層球”がでてきた。俄然、新装なった故宮に行きたくなった。また、紅型(びんがた)や美しい螺鈿細工がある沖縄へも気がはやる。

やきものでは中国、朝鮮、日本にある名品が20点登場した。中国の“青花龍文瓶”、“青磁水仙盆”、“青磁鳳凰耳瓶”、日本にある右の曜変天目茶碗の傑作、“稲葉天目”(国宝、静嘉堂文庫)、そして、日本の“柿右衛門様式の色絵磁器”、柳宗悦が愛した“絵唐津芦文壷”、“伊賀水指 銘破袋”、長次郎の“黒楽茶碗 銘俊寛”などなど。極めつきの工芸美をたっぷりみせてもらった至福の5時間であった。

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2007.02.11

20世紀美術探検展

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国立新美術館で“異邦人たちのパリ展”と同時開催されている“20世紀美術探検”(3/19まで)は見るのに相当の体力がいる。なにしろ出展数は500点をこえ、これらが1階の全フロアに展示してある。国内最大級の展示スペースを観客に印象づけるにはうってつけの企画展である。

だが、大量の作品群だから、次から次とでてくる作品一つ々を同じテンションでみるというわけにはいかない。作品は“20世紀の特徴である物質文明と美術の関係を探る”というテーマで3つのパート、“物とその表現”、“物と人間の生活”、“マテリアル・ワールドに生きる”に分類されている。

行きつけの美術館だと、展示室のレイアウトに応じた鑑賞作戦がある。例えば東京都美だと何度も階段を登らなくてはいけないから、一つ々の展示室を観終わったら直ぐ、次の部屋に移らないで、そこで気に入った絵を再度じっくり観る。先に行ってからまた戻ってきたくないからである。ここははじめてなので、この方法はとらずどんどん先に進んでいった。で、最後の出口にたどり着いたときには、さすがに疲れ、随分離れた入り口に戻る気力はなかった。作品に対する反応は最後のほうになるとだいぶ鈍ったが、刺激的な新規の作品に出会わないものかと頑張って観た。

最初の部分は内外の画家が描いた静物画が並んでいる。よく見かける作品がある。セザンヌの“ラム酒の瓶のある静物”は国内にある静物画では一番いい絵。隣にあった中村つねの“静物”も赤い林檎がすごくいい。また、岸田劉生の“静物”もお気に入りの作品。この林檎をふくやま美術館ではじめて見たとき、リアルな質感表現に驚愕した。

森村泰昌の“批評とその愛人1~7”にはギョッとする。下敷きに使われているのがセザンヌの“りんごとオレンジ”。森村はいつ出てくるのだろう?と構えてみたが、なかなか出てこない。4番目の“りんごとオレンジ”でやっと見つけた。そうか、今回は小さなりんごとオレンジになりたかったのか!ご苦労さんである。でもなんで愛人1~7なの?作品数が少ない展覧会で見たかった。謎を解いてる時間はない。

セクションⅠにポロック、フォンタナ、クライン、デュビュッフェらのビッグネームの作品がある。上はイブ・クラインの“海綿レリーフ”。深海のような静けさである。モノクローム画ではクラインのインターナショナル・クライン・ブルーに最も惹きつけられる。非物質を表現したクラインのブルーはひたすら美しい。

“物と人間の生活”では、前衛芸術の有名な作品がいくつもある。数の多いのが“泉”、“自転車の車輪”などがずらっとでてくるデュシャンとコラージュのシュヴィッタース。未来派バッラの作品がふくやま美術館から5点きていた。これは意外だった。作品が多いので名画や名品の輝き方が量に押されて普段より幻惑されるが、嬉しいことにデ・キリコの名作、“吟遊詩人”(ブリジストン美)、ボッチョーニの代表的な彫刻“空間における連続性に特有な諸形態”などもきっちり飾ってある。

驚いたことにNYのMoMAからもレジェの“都市”が出品されていた。また、ロサンゼルス現代美術館からきたリキテンスタインのポップアート作品、“あばら肉”などにも魅せられる。最後のゾーンには6人のアーティストの最新作がある。夢中になってみたのが下のクレイグ=マーティンが制作した“物は変化する”。ポップアート風の色使いで表現された携帯電話、ビール缶などが大きな壁面にプロジェクションされる。鮮烈な色彩対比が多少ダレた気分をシャキッとしてくれた。美術鑑賞に“終わり良ければ。。”というのはないが、今回だけは素直にそう思いたい心境だった。

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2007.02.10

異邦人たちのパリ展 その二

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画廊やビエンナーレのような特設展示場に出向くことがないので、今回のような日本で開催されるポンピドーセンターやNYのMoMA,グッゲンハイムといったブランド美術館の所蔵展は抽象絵画の傑作や刺激的な現代アートをみる絶好のチャンス。

期待する作家は何人もいる。チラシにのっていたカンディンスキーの“相互和音”は決して悪くはないが、ポンピドーの所蔵作品では一番気に入っている“黄ー赤ー青”と較べると色と形態がちょっとおとなしい。こちらよりは赤や黄色などの明るい色で彩られた円形のフォルムが美しいソニア・ドローネーの作品やクプカの大作が心に響いた。

クプカの上の“動きのある線”と“線、平面、空間Ⅲ”は94年愛知県立美術館であった回顧展で一度みた。この素晴らしい抽象美に会えるとは想像もしなかったから、急に心臓がバクバクしてきた。そしてプラハの美術館(拙ブログ04/12/6)での感動が蘇る。なんだかスタンリー・キューブリック原作の映画“2001年宇宙の旅”みたいに、宇宙船に乗り大きな環が何層も取り巻く広大な宇宙空間の核に向かって突き進んでいるような気がしてきた。

画面のなかに運動が表現された作品はもう一枚あった。それは下のヴァザルリが制作した“夢”。二次元の画面がじっと見ていると、前後に動いてるように見える。小さな正方形と円の連続なのに、黄色と紫の対比による錯視効果で、凹凸のある不思議な空間が生まれているのである。昔観た白黒のはエッシャーの作品のようだったが、今回の色つきオプティカルアートでは画面がダイナミックに動く。これは大収穫だった。

錯視で楽しませる作品に囲まれて1点、面白い木製の作品が置いてある。ベルギー人作家、ビュリの“9平面上の81個のボール”。斜面に置かれた木の小さな球がよくみているとちょこっと一斉に動くのである。せっかちな人はこれに気づかず、すっと通り越すかもしれない。見逃すといえば、ティンゲリーの廃品でつくった“メタNo.3”は2階の展示会場ではなく、1階の正面入り口の左端に飾ってあるので、全部見たと思って帰らないこと!

アクションペインティングやアンフォルメルタイプの作品では、色が鮮烈なミッチェルの大作、“グランド・バレーⅩⅠⅤ”に心が揺すぶられた。堂本尚郎や今井俊満、菅井汲の作品もあったが、とくに惹かれることはない。また、注目しているザオ・ウーキーの“青のコンポジション”に遭遇したが、これよりは今、ブリジストン美に展示されている“07.06.85”の方が感動する。

ポップアート好きにはたまらない作品があった。アロヨの“脱獄したジャン・エリオン、ポモジェからパリへの道のり”とアダミの“レーニンのベスト”。アダミの色彩感覚に200%KOされた。赤の地に橙色やピンクをアクセントに使うところなどは天才的。こういう色彩感覚はイタリア人に受け継がれたDNAだろうか。

流石、ポンピドーコレクション、バラエティに富んでいる。クプカの作品をみれたり、アダミのようないいポップアート作家にも出会ったので、満足の総量はかなり大きかった。

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2007.02.09

国立新美術館の異邦人たちのパリ展 その一

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六本木に新しくオープンした国立新美術館へ出かけた。国内で最大級の展示スペースをもつアートセンターというふれこみなので、開催中の2つの展覧会を時間をかけてみて、体力に余力があればほかの美術館を回るということにした。

地下鉄千代田線の乃木坂駅からだと美術館に直結しているから、歩かない分便利。だが、建物の後ろ側から入る格好なので、黒川紀章が設計したユニークな曲面のファサードは見ないまま展示会場に入ることになる。ガラス張りの建築の中は外光がよくはいり、とても明るい。2階で行われているのが2/7からはじまった“ポンピドー・センター所蔵作品展 異邦人たちのパリ1900ー2005”(5/7まで)。1階の展示会場は全部1/21に開幕した“20世紀美術探検”(3/19まで)の出品作で埋め尽くされている。2つの展覧会は別の企画なのでそれぞれ観覧料がいる。

今回のポンピドーセンター展は果たして、有名な作品が大量にやってきて大人気だった97年の“ポンピドーコレクション展”(都現代美術館)と同じくらいの質が期待できるのか?胸の高まりを抑えて会場に足を踏み入れた。観客は続々と入ってくるが、スペースがたっぷりあるから鑑賞は非常にスムーズ。作品をゆったりとじっくり見られるので、申し分ない。

展示されているのは旺盛な創作意欲と夢をもってパリにやってきた外国人芸術家の作品200点(1900-2005)。だから、フランス人のマティス、ブラマンク、ブラック、レジェ、デュシャン、ルオー、デュビュッフェらの絵はない。芸術の都には世界各国から才能ある画家やアーティストが集まったから、これまで縁のなかった作家や作品がいくつもでてくる。中には響かないのもあるが、興奮するような発見の方が断然多く、刺激に富む作品群だった。

ビッグネームの画家では、ピカソに較べるとシャガールのほうがいい。もっとも4点は全部02年の“シャガール展”(東京都美)にでていた。上の“エッフェル塔の夫婦”は好み度では“ロシアとロバとその他のものに”や“盃をかかげる二重肖像”(今回は出品なし)より下がるが、シャガールのお馴染みのモティーフが幻想的に表現されたとてもいい絵である。不思議でならないのが画面中央、紫の服を着たシャガールと白いウエディングドレスのベラの横にいる大きな鶏。鶏の腰あたりにはバイオリンを弾く少年がいて、前に逆さの天使が蝋燭をもっている。対象が逆さになったり、人間やロバが横になったり斜めに飛んだり、シャガールの絵は夢と幻想に満ち溢れている。

チラシをみて是非とも対面したいと思っていたモディリアーニの女性肖像画“デディーの肖像”は普通の黒目には惹くつけられたが、背景の処理や黒の衣装の描写がすこし粗いので、それほど感激しなかった。これよりドンゲンの大作裸婦像、“スペインのショール”や赤のショールが目にまぶしいキスリングの“若いポーランド人”に魅せられた。ドンゲンの絵の鑑賞が増えるたびに、ますますファンになっていく。昨年の大回顧展で沢山の作品が体の中に入った藤田嗣治の4点にも足が止まる。“カフェ”にては回顧展でも2点見たが、別ヴァージョンがポンピドーコレクションにあった。3点で全部、ほかにもあるのだろうか?

下のド・スタールの“ミュージシャン、シドニー・ベシェの思い出”はお気に入りの作品。これは97年のときでていたので嬉しい再会となった。縦方向の赤や黄色、青の明るい色面に目を奪われる。音楽家たちの演奏する楽器の音色や軽快なリズムにあわせて体が自然に揺れてくる。日本の美術館でド・スタール(ロシア人)の絵をみたのは福岡市美術館にある“黄と緑の長方形”。厚塗りの絵具で描かれた黄色と緑の四角が心地よいフォルムとなって画面に繰り返されていた。モザイク的な色面が生き生きとしていて、具象が感じられる抽象画である。いっぺんにこの画家の虜になった。

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2007.02.08

ギメ東洋美所蔵 浮世絵名品展 その三

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太田記念美術館で開催中の“ギメ東洋美浮世絵名品展”は2/1から後期に入り、前期に出てた作品は8点を残し入れ替わった。新しく展示される絵、71点の多くは閉幕の2/25まで出ずっぱりであるが、一部は2/12で姿を消し、2/14から別の絵に替わる。で、全部見ようとするとどうしても4回の訪問が必要になる(1回目は拙ブログ1/4、2回目は1/18)。

3度目の鑑賞は新規の絵がほとんどなので、また目に力が入る。入場者も多く、2階へ上がるとき少しウエイティングがあった。ここでこういう経験をするのははじめて。新日曜美術館で紹介されたこともあって、この展覧会には相当質の高い浮世絵が展示してあるということが美術愛好家にかなり浸透してきたなという気がする。

通期で観られる8点を含め80点の作品があっちに行ったりこっちに行ったりしなくて鑑賞でき、あまり疲れないのもいい。でも、一点々が摺りの状態や発色の具合がとびっきり良く、絵師の巧みな表現力に感服させられるので、感激疲れは半端ではない。

今回のお目当ては上の歌麿の“北国五色墨 川岸”。手元にある歌麿の画集にはギメが所蔵する美人画がいくつも掲載されている。だから、このギメ展の情報を入手したときは跳びあがるほど喜んだ。この絵は待ち望んだ一枚。北国はご存知、吉原。歌麿は高級遊女、下級遊女いろいろ取り揃えて5人描いた。この“川岸”は吉原のなかでも下のクラスの遊女。見ればわかる。髪は崩れ、楊枝を口にくわえたふてぶてしい格好である。でも、性格はそれほど悪くはなさそう。ほかに“おいらん”、“切の娘”、“てっぽう”、“芸妓”があるが、この“川岸”と“てっぽう”が一番グッとくる。これで次のターゲットは太田記念館にある“てっぽう”に決まった。

下の鈴木春信が描いた見立絵、“やつし許由”も夢中にさせる。メトロポリタンが所蔵するのを一度みたが、大正時代の版だった。流石ギメのはすばらしい摺り。片肌脱いだ少女のような女性が流れ落ちる滝の水で耳を洗っている。幾本も垂直に引かれた線が手を出したところだけ立体的な泡になっている。これはマグリッドもびっくりするほどシュールな表現ではなかろうか。

中国古代の故事を絵画化した“許由巣父図”は狩野永徳も描いている(東博)。二人は伝説的な高士で、許由(きょゆう)は帝堯の国を譲るとの申し出に対し、これを拒絶して山にこもり、俗事を聞いて耳が穢れたとして川で耳を洗った。そこに牛を曳いてきた巣父(そうふ)が通りかかり、そんな穢れた水を牛に飲ませられないといい、さらに上流に行き飲ませたという。見立絵の名人、春信はこの故事を当世風俗に見立て(すり替えて)描いている。

ほかにも魅せられた絵が書き切れないほどある。主だったのをあげると、風景画では動感のある国芳の“東都富士見三十六景 佃沖晴天の不二”、広重の有名な“木曽街道69次 洗馬”、“同じ 須原”、北斎の滝シリーズの定番、“諸国滝廻り 下野黒髪山きりふりの滝”。花鳥画は北斎、広重、英泉の傑作が競演している。これは見ごたえがある。北斎の羽を三角形に広げた雀のポーズがいい“芙蓉に雀”、広重の名作、“旭日松に鷹”と“月に雁”、そして英泉のシュール的で迫力満点の“鯉の滝登り”。

人物画は名作のオンパレード。ギメ自慢の写楽が“四世松本幸四郎の肴屋五郎兵衛”ほか5点、また鳥居清長にいいのが揃っている。画集でよくみる“風俗東之錦(汐汲み)”や構図が秀逸な“小野小町”、うす緑、黄色、うす紫の色使いが目を惹く“出語り”。衣装の精緻な模様と背景に富士山をもってくる構成が素晴らしい歌麿の大作、“物干し”も代表作のひとつ。この絵は一度東博の浮世絵コーナーでみたが、またいい気持ちになった。次回にも期待の作品がでてくる。それまで今回感動した絵の余韻に浸っておこう。

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2007.02.07

川端龍子名作展

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3年前から恒例となっている川端龍子の大作鑑賞のため、龍子記念館(大田区)を訪問した。今年前半は“龍子を取り巻く豊かな自然”と題し、所蔵品のなかから23点が展示されている(6/21まで)。

龍子は19歳のとき大森の地を踏んで以来、50年近くここで暮らした。記念館の隣にあった邸宅・アトリエ、“御形荘”には四季折々の木々や草花が溢れ、龍子はこうした植物を多く絵のなかに取り上げた。今回はこうした御形荘や大森にちなんだ作品が多くでている。

そのひとつが六曲一双の屏風、“草の実”(拙ブログ05/10/30)。これと似た絵がもう一点ある。“草炎”(東近美)で、こちらが最初に描かれ、美術愛好家から同じタイプのものを依頼されて、一年後に制作したのが“草の実”。過去数回みたが、いつも絵の中に吸い込まれそうになる。黒に近い紺地に金泥で描かれているのは御形荘近くの野原に生い茂っていた雑草。画面手前に葉の表と裏で金泥に濃淡をつけてタケニグサを大きく描き、その後ろに右の方に少しずつ傾斜した細いススキを繊細優美に配している。描かれているのは美しい花ではない、雑草なのに紺地に金泥描きされているため、画面全体が幽玄的な雰囲気につつまれている。

“爆弾散華”も代表作の一枚。御形荘と庭の草花は米軍機により落とされた爆弾で一瞬にして砕け散った。この絵は爆弾の閃光と爆風のすさまじさをあますところなく伝えている。空中に舞う折れた草花、閃光を表現する金の裂箔が印象深い。大きな力をもった絵である。金泥が使われた作品では“十一面観音”や“不動尊”、“青不動”は迫力がある。

上は見映えのする“御来迎”(部分)。横7.3m、縦2.4mの大きな絵。ここへは何度も通ったから出品作には2度目の対面となるのがいくつかある。これもその一枚。思い出深い絵なので、また熱心に見た。黄金に輝く太陽を背にして、3頭の白馬が疾走している。注意してみると雲のフォルムと白馬の首や胴体がダブルイメージ。で、はじめて見たとき“川端龍子はシュルレアリストか?”と仰天した。

と同時に、下の絵が頭をよぎった。これは昔、ミュンヘンにあるノイエ・ピナコテークでみたクレイトン作、“ネプテューンの馬”(1892)で、逆まく波頭がギリシャ神話に登場する海神・ネプテューンが操る海馬、ヒッポカンポスに変容するところ。龍子の言葉として“暁の女神は白馬に軽車を曳かせ、御して太陽出現の先駆をなしたという西洋の神話を借りた”とあるから、龍子はクレイトンの絵を見たのではなく、同じようなアイデアを思いついたのであろう。“御来迎”のほかにもう一点“渦潮”(拙ブログ05/2/26)でも雲と馬のフォルムが重なっている。

ここが所蔵する作品も残り10点(全120点のうち)になったので、そろそろ一休みできる。

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2007.02.06

カンブリア宮殿に村上隆登場!

687昨日のTV番組“カンブリア宮殿”(テレビ東京)に現代アーティストの村上隆が登場した。

はじめて観る番組なので、最初勝手がつかめなかったが司会者の村上龍&小池栄子とゲストとして呼ばれた村上隆のトークショーである。

スタジオには美大生100人がおり、最後に彼らから質問を受け、これに村上隆が答えていた。番組のつくり方は昨年、NHKの教育でみた“トップランナー・束芋”と全く一緒。

村上龍とのトークの間に挿入される“芸術の革命児、村上隆物語”のVTR映像が新情報満載で大変刺激的。村上隆の絵や立体作品に魅せられてはいるものの、実際に見た作品はまだ2点しかない。だから、番組で紹介される作品に興味深々だった。

昨年出版された“芸術起業論”(拙ブログ06/7/9)を読んでいるので、ナレーションの解説や村上隆自身が語る“スーパーフラットは日本芸術の伝統を受け継いだもの”、“売れなければ芸術ではない”、“日本人は作品を説明するのが下手くそ!ピカソは表現力に長けていた”、“村上隆は株の銘柄みたいなもの”、“世界の最前線はフェイク(偽物)が通用するほどやわではない”などの意味はおおよそ理解できる。だが、これらは村上隆が嫌いな人には刺激的でイヤなフレーズかもしれない。

昨年10月、パリの画廊で開かれた個展にでていた大作が目を惹いた。96年に制作した右の“727”のリメーク版である。“ありゃー、信貴山縁起絵巻に登場する剣の護法童子(07/1/2)が口を大きく開けサメのギザギザ歯をみせるミッキーマウスみたいなキャラクターに変わってる!”と思わず叫んでしまった。10年前から日本美術を題材にした作品をつくっていたのである。これは知らなかった。馴染みのコレクターがこの絵を1億3千万円で買ったという。新作の村上ブランドをコレクターやセレブが高い値をつけ奪い合っており、画廊にきたルイヴィトンの総帥が購入できず不満を言い帰っていく様子をTVカメラは映していた。

村上隆は今や“世界で注目される100人の芸術家”のトップ10にはいるほどの人気アーティストだから、1億円以上の値がつくことはもう何も驚くことでもなく、当たり前のことかもしれない。もう1点、現在制作中の巨大な立体作品がでてきた。高さが7mもある河童の像。5年前から手がけ、制作費はすでに2億円かかっているとのこと。完成したら何億円で買われるのであろうか?5億円?是非観てみたい。

コレクターではないから、村上隆の作品を観る機会は普段はほとんどない。で、日本で開催される回顧展をひたすら待つしかない。そのとき、面白い作品が沢山でてくるのを願うばかりである。

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2007.02.05

茅ヶ崎市美術館の萬鉄五郎展

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葉山で思いもかけず萬鉄五郎の作品を沢山みたので、予定していた訪問日を早め翌日、茅ヶ崎市美術館で行われている“萬鉄五郎展”(1/20~2/25)をみてきた。

ある画家の絵が気になりだすと、不思議なもので作品が向こうからやってくることがよくある。萬鉄五郎については、上の代表作“裸婦美人”(重文)、“もたれて立つ人”を東近美の4階で頻繁に見ているので、日本人洋画家としては青木繁、岸田劉生とともに大きな画家だということはわかっている。が、解説文でその出身地や画歴をこれまで読んだことがない。それは“裸婦美人”が気を惹く絵ではあっても、好きな絵ではなく、“もたれて立つ人”にしてもキュビスムの絵ならピカソやブラックの絵を楽しむという気分が強かったからである。

こういう鑑賞態度が“揺らぐ近代展”(06年11月、東近美)に出品されていた萬の南画風の日本画をみて変わった。“あの日本で最初にフォービスムとキュビスムの絵を描いた萬鉄五郎がこれほど上手な日本画を描いていたのか!?”という感じである。このときも、いつ頃日本画を手がけたという情報は横においたままだったが、心の中で萬鉄五郎に対する好き度が確実にアップしたことは間違いない。で、茅ヶ崎市美術館が開館10周年を記念して開催する萬鉄五郎の回顧展へは是非出かけようと決めていた。

今回は東近美、岩手県美、萬鉄五郎記念美術館、神奈川県近美、平塚市美術館、茅ヶ崎市美術館などから出品された46点を展示している。“裸体美人”や“雲のある自画像”(岩手県美)など有名な絵が沢山集まっており、画業全体への理解が進む。美術館スタッフの意気込みが伝わってくる上質の展覧会と言っていい。それもそのはず、萬鉄五郎は41歳で亡くなるまで8年間を茅ヶ崎ですごしたのである。この時期、日本画を本格的に制作したようだ。だんだんわかってきた。

画家本は代表作を7割鑑賞しないと読まないことにしているが、この回顧展でこの基準がクリアされたので、図録に掲載されている論考をむさぼるように読んだ。それで萬鉄五郎という画家の人柄、画風の全貌が一通り頭の中に入った。これまで知らなかったことが恥ずかしくなるが、上の“裸体美人”は東京美術学校の卒業制作として描かれたものだった!いきなり頂上となる絵を描いちゃったのである。上半身裸の女性が腰から下につけている服の赤と横たわっている野原の緑の対比が目に焼きつく。草花の描き方は明らかにゴッホの影響である。

奇妙なのが“ちょっと休んでいる感じでいいでしょうか?”とポーズをとっている健康的な田舎の女性の頭の上に描かれたピンクの雲。どういうわけか、“自画像”にもこの雲がある。“モダンパラダイス展”(06年8月、東近美)でみた着物姿の“自画像”では赤と緑(補色)の雲が頭の上を流れていた。子供のようなこの“自画像”の髪の紫や目や鼻のまわりの緑をみていると、マティスの女性画“緑のすじのある肖像”(コペンハーゲン国立美術館)がダブってくる。

神経衰弱で体調を崩した鉄五郎が転地療養のため東京から移り住んだのが茅ヶ崎。ここで南画風の水墨画を何点も制作している。下はその一つ、“帰り道”。手前の道を走る人力車は漫画的な表現で、斜めに傾く松の木や家々はいかにも田舎の風景。なにか切迫した気持ちが顔に現れた“自画像”とは対照的に、ここではのびのびとした自由な心でゆったりと時間がながれる田舎の光景をとらえている。日本画はほかにも吉祥絵の“蓬莱仙閣図”、余白をたっぷりとった構成が心を和ます“柳島風景”などに足がとまった。

日本画と並行して描かれた油彩画では、娘の肖像画“少女”、キュビスム的なイメージは残るものの色は強い対比の原色からはだいぶ薄くなり、より平面的に感じられる“裸婦(ほお杖の人)”に魅せられた。2回の展覧会で萬鉄五郎の作品がぐっと近くなった。これからは好きな画家に接するのと同じ心持で作品と対面するようになるだろう。

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2007.02.04

神奈川県立近代美術館葉山の洋画展

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現在、葉山にある神奈川県立近代美術館で質の高い展覧会が開催されている(3/25まで)。最初はお目当ての一枚の絵を観て、あとはさらっと流し、慣例の図録購入は無しで、引き上げようと考えていた。鎌倉の棟方板画美術館がメインでこちらはついでにという軽い気持ちである。ところが、館内に足を踏み入れ作品をみていると、これは立派な展覧会だということに気づいた。

“時代と美術の多面体ー近代の成立期に光をあててー”という小難しい名前に負けないいい作品が沢山ある。東近美やブリジストンに通い、日本人画家が描いた洋画の傑作に目が慣れたせいか、最近は洋画を観ていい気分になることが多い。章立(1~8章)はよくできている。知っている画家の作品では萬鉄五郎(スケッチを含めて15点)、里見勝蔵(10点)、松本竣介(4点)、関根正二(2点)、村山槐多(4点)、三岸好太郎(5点)、藤島武二(5点)、中村つね、安井曽太郎、梅原龍三郎、藤田嗣治、岸田劉生(各1点)、古賀春江(4点)。

このなかには過去開かれた大きな展覧会や画集でみた有名な絵がある。例えば、萬鉄五郎のキュビズム画、“裸婦”(神奈川県近美)、中村つねのレンブラント風の“帽子をかぶる自画像”(宮城県美)、里見勝蔵の裸婦の強烈な赤が眩しい“室内・女”、三岸好太郎のピエロ、“少年道化”(ともに東近美の図録に掲載されている)、古賀春江の代表作の一つ、“窓外の化粧”(神奈川県近美)。そして、松本竣介の大作、“街にて”(下関市立美)、“黒い花”(岩手県美)や“橋(東京駅裏)”(神奈川県近美)や村山槐多の“自画像”(三重県美)にもグッときた。また、チャールズ・ワーグマン、五姓田義松、黒田清輝、高橋由一らが描いた富士山の絵(17点)も見てて晴れ晴れとした気持ちになる。まさに“THE風景画”。絵をみる楽しみここにありといった感じである。

これらの名画に加えてお目当ての絵、上の安井曽太郎の“承徳の喇嘛廟”(永青文庫)や梅原龍三郎の“長安街”(東近美)があるのだからテンションはいやがおうにも上がる。“承徳の喇嘛廟”は02年東近美であった大展覧会の際、展示替えでみれなかった作品。図録で見て以来、対面を長く待っていたが、ようやく夢が叶った。左右の大きな木がうす黄色の地面とうすピンクの壁面をした建物をはさむ安定した画面構成に魅了される。これまで洋画の風景画では梅原の“紫禁城”、“雲中天壇”がベストワンだったが、この絵を加えなくてはいけない。すばらしい絵を見れて200%感動した。

もう一点、痺れた絵がある。それは下の関根正二の“少年”(神奈川県近美)。これを見るのは二度目。少年のほっぺの赤が目にしみる。ブリジストン美にある“子供”が着ている洋服の赤と同じ輝きである。関根正二という天才画家が20歳の若さで亡くなったことが残念でならない。もっと生きていたら、多くの人を惹きつけるすばらしい絵を沢山描いたことだろう。

あまり期待していなかった展覧会だったが、実際は一級の作品揃いだった。神奈川県近美に感謝。

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2007.02.03

丹波古陶展

682日本民藝館で渋いやきものを楽しんだ。現在、ここで“丹波古陶展”(3/25まで)が開かれている。

柳宗悦は兵庫県篠山市を中心に焼かれた丹波焼の渋い美に魅せられ、壷、甕、すり鉢などの日用雑器を300点くらい蒐集したという。今回はそのなかから200点がでている。

何度も訪問しているのでコレクションの一部を鑑賞する機会はあったが、丹波焼をまとまったかたちで観るのははじめて。鎌倉時代、穴窯で焼かれ、自然釉が目を惹く甕や大壷をはじめ、灰被、流し釉などの技法を用いた江戸期の丹波古陶が所狭しと飾ってある。

初期のころの大壷は堂々とした重量感があり、赤褐色の焦げ肌と緑の自然釉に吸い込まれそうになる。形は外ぞりの口で肩は張り、底は比較的狭いのが特徴。古いものは縄文土器のように底が尖っている。江戸時代の雑器のなかに形のいい船徳利がいくつもあった。底が平らで下部の広がっているのが船徳利で、漁師が漁に出かけるとき、酒を入れて持っていった。船が揺れても倒れないように安定した形になっている。中でも“赤土部釉灰被船徳利”に魅せられた。赤地の黒の流しが見えないくらいにできる灰被が見事なだけでなく、両側の赤茶色というか栗の皮色が冴えきって非常に鮮やか。右の壺も同じ赤土部釉灰被。形のよさと自然にできた灰被の景色がなんとも心地いい。

人工的につくった文様では、回転するロクロに釉薬を流した雨のような縦線が多い。このタイプで印象深いのは魚の目やひれ、鱗、尾が彫られた“黒釉流彫絵魚文甕”。これまでみた丹波焼きは古いものが大半で、いかにも古陶というイメージが強かったが、江戸期の徳利や壺の赤褐色がこれほど美しく輝いているとは思ってもみなかった。大発見である。

さらに丹波焼のほかにビックなおまけがあった。まだ観てなかった木喰像、“薬師如来像”、“不動明王像”、“自彫像”や大津絵21点。大津絵は色がよく残っている“鬼の三味線”、“鬼の行水”、“鷹”など館自慢の絵がずらっとある。観てのお楽しみ。

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2007.02.02

日本美術が笑う展

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森美術館で開催中の“日本美術が笑う展”(5/6まで)に予想を上回るいい絵が出ていた。笑いの表情が大昔の土偶や埴輪にみられることに驚かされる。でも、争いごともそう熾烈でなく、木の実や魚を食べたり、歌をうたい踊りを楽しんだりして生きていたのだから、笑顔の人間を造形するのはごく自然な創作行為だったかもしれない。

中国画によく描かれた“寒山拾得図”は会期中に6点でることになっているが、お目当ての狩野山雪のものが初日には出てなかった。係員に聞くと3/21から登場するらしい。ふにゃっとなった気持ちをすぐ立ち直らせてくれたのが長澤芦雪と伊藤j若冲の“寒山捨得図”。芦雪の絵からは二人の仲の良さが伝わってくるのに対し、上の若冲のは子供顔の捨得がうずくまっているのは可愛いにしても、寒山の姿は一見人間だろうかと戸惑うくらいデフォルメされている。

江戸の絵画のなかに思わず笑ってしまう絵がいくつかある。まず、英一蝶の“一休和尚酔臥図”。手桶をもっている男に較べて眠りこけている一休和尚のデカイこと。一蝶の頭のなかには大江山の酒呑童子があったにちがいない。この絵を所蔵する板橋区立美術館からはもう一点“酔李白図”が出品される(3/21~5/6)。これは昨年みたが、まさに“THE笑う日本画”。同じ笑いでもちょっと不気味なのが曽我蕭白の“仙人図”。手に亀をもち舌を出して笑う仙人。無頼派、蕭白の手にかかると仙人はまさに真正の妖術使いに変身する。

下の白隠が描いた“布袋すたすた坊主図”は長らく追っかけていた絵。やっと会えた。上手い絵ではない。墨の線はたどたどしく二重になったりしてるところもある。でも、超二頭身のはだか坊主の姿がユーモラス。これは手に笹と手桶をもってすたすたと走り、物乞いをしているところ。今回、駿河自慢に“富士の御山と白隠さん”と謡われた白隠の禅画が7点あった(期間中にあと5点でてくる)。はだか坊主のほかで観入ったのは“蛤蜊観音図”と大作“七福神と鼠の正月図”。鼻が大きく馬面の蛤蜊観音の下で拝んでいる人たちの頭にたこ、えび、タツノオトシゴなどが乗っかっているのが面白い。

最後のコーナーに愉快な“三福神吉原通い図巻”が展示してある。これを描いた浮世絵絵師は鳥文斎栄之。最初の柳橋で恵比寿、大黒、福禄寿が舟に乗り込む場面と俯瞰の構図で描かれた隅田川の一部しか見れないが、ビデオに全場面が流れるので、吉原で自分も三福神と一緒に遊女と宴を楽しんでいるような気分になる。三福神がいつもふくよかな笑みをたたえていたのは吉原へ毎晩通ってたからだったのか!納得した。

展示替えのリストをもらったので、もう一回出かけるつもり。ワクワク度の一番は4/18から展示される芦雪の“岩上猿・唐子遊図屏風”と狩野典信の“大黒図”(これは3/21から)。

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2007.02.01

棟方志功と文学

679鎌倉にある棟方板画美術館の展示は年2回のみ。

開館25周年を迎える今年前半(1/10~6/24)は文学と関わりのある作品を展示している。

墨一色の絵はアジア大陸の雄大さをテーマにした蔵原伸二郎の詩“崑崙”、中央公論に連載された谷崎潤一郎の小説“鍵”、ギリシャ神話の“パリスの審判”。そして、保田與重郎の短歌や後援者であった大原総一郎の母で歌人でもあった大原寿恵子の歌集、ホイットマン詩集は色つきで絵画化している。

このほか、女体や草木模様のなかに“般若心経”の経文262文字を配した“追開心経頌”やインドの寺院に彫られていた愛の姿態に想を得た“厖濃の柵”(ぼうのうのさく)、“捨身飼虎の柵”といった宗教関連の作品もある。これらは皆黒白。

はじめての作品で熱心に見たのが“鍵板画柵”。全部で59点ある。棟方の絵というとすぐ、“弁財天妃”のような大首絵の女人の顔を連想するが、この大首絵は“鍵”のヒロイン郁子の肖像画からはじまった。棟方が描く土俗的でおおらかなエロスの世界は心をザワザワさせる。地下の展示室に飾ってある“厖濃の柵”はいつものことだが人物が横を向いたり逆さになっているから、形と形のつながりがすぐにはわからない。が、目が慣れてくると、絵のテーマに納得するとともに昔インドを旅行したとき神々の愛の形にドキッとした記憶がかすかに蘇ってきた。

彩色画で惹かれたのは親交のあった保田の短歌を絵にした“炫火頌”(かぎろいしょう)。50柵を目指したが、最終的には33柵が完成した。これはその中の12点を選び六曲一双の屏風に仕立てたもので、女体の色々なヴァージョンがでてくる。黒で彩色された二人の一人が普通に座り、相手の方は逆さになってたりとか、頭の位置を逆にし上と下で平行になってたりする。女が白で描かれるとき、背景は鮮やかな黄色や赤、緑で花模様などを装飾的に彩色している。

右は千手観音のような白い女人が心を揺さぶる“神火の柵”。“炫火”は光輝くという意味なので、これはタイトルにピッタリの絵。“大原頌”は何度みても心が和む。最初の鳥かごの絵や太い黒の輪郭線で描かれたお寺、広重の絵みたいに中央にどんと立つ大きな木などに惹きつけられる。この美術館が所蔵する作品は今回の展示で8割くらいみた。ゴールまであと少しである。

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