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2007.01.09

新春の寿き展の東福門院入内図屏風

622国立新美術館(1/29)とサントリー美術館(3/30)がまもなくオープンするが、両美術館は既にある森美術館と連合で“六本木アートトライアングル”と称し、六本木をアートの中核地にしようと意気込んでいる。

いいネーミングを考えたものだ。“ポンピドーセンターの名品展”や“モネ展”など期待の開館記念展が続くので、ここへは頻繁に通うことになりそう。

そして、日本橋も六本木新名所のような名前は誰もつけないが、今や熱いアートスポット。現在、三井記念美術館、日本橋三越、日本橋高島屋で開催中の展覧会はどれもいい。“新春の寿き展”(三井、1/31まで)、“川崎小虎と東山魁夷展”(三越、1/14まで)、“ミュシャ展”(高島屋、1/23まで)。

三井記念美の新春展には05年10月の開館記念展と変わらないほどの名品がでている。東博の平常展で“松林図”や“楼閣山水図屏風”をみたあと、ここへ来たら、満ち足りた気分になることは請け合いである。

陶磁器では人気の名品がずらっとある。志野茶碗、“銘卯花墻”(うのはながき、国宝)、天目茶碗、“中興名物 玳皮盞”(重文)、黒楽茶碗、“銘雨雲”(重文)、赤楽亀絵茶碗、野々村仁清作、“色絵鱗文茶碗”、“青磁浮牡丹文不遊環耳付花入”。工芸のコーナーにもいいのがあった。薩摩の沈壽官作、“色絵鶴形向付”と仁阿弥道八の“寿老人置物”。“寿老人”は福をもたらしてくれそうないい顔と大きな頭をしていた。この置物に遭遇したのは大収穫。観てのお楽しみ。

絵画では“銘卯花墻”とともに館自慢の“雪松図”(円山応挙、国宝、拙ブログ05/10/14)が中央に飾られ、両サイドには狩野常信の“寿老人・松竹図”や応挙の“山水図屏風”、“郭子儀祝賀図”などがある。流石、応挙のパトロンだった三井家。まだみてない“福禄寿図”や“大黒図”がさらっと展示してある。応挙の絵はこれまで図録に載っているのは全部みていたから新規の作品は期待していなかったのに、この調子だとまだまだでてくるかもしれない。

今回のお目当ては昨年重文に指定された右の“東福門院入内図屏風”(左隻の部分)。画面、真ん中の行列の牛車に入内する和子(秀忠の五女)が乗っており、画像ではよく見えないが、牛車の周りにいる女たちは手を合わせている。上の列の左端にいるのは雅楽の楽人たち。徳川家の娘が天皇家に嫁ぐ場面なので、牛車の前後を行進する武士や従者たちの行列は整然としており、一部の走ってる馬以外は動感はない。また、これを見物する民衆もお行儀よく座っている。強く印象づけられるのは画面いっぱいの金地、横に流れる金雲とこれと鮮やかな対比をみせる大きな日よけ傘や衣装の赤。

1620年、14歳で後水尾天皇(25歳)のもとに入内した和子(まさこ)は後水尾天皇の退位に伴い、23歳で東福門院になる。亡くなったのは72歳(1678年)だから、50年間くらいを東福門院として過ごした。入内のとき、輿入れの呉服を調達したのが尾形光琳が生まれた京都の呉服屋、“雁金屋”。このときは光琳の祖父、宗柏が店を経営していた。宗柏の後、本家の雁金屋は先妻の子が継ぎ、光琳の父、宗謙(後妻の子)は分家で商いをするが、やがて本家の跡取りが死んだため、東福門院の御用達になり、店は繁盛する。

徳川幕府は京都を政治から引きはなし、もっぱら文化の都とするために、東福門院に巨大な資金を注ぎ込んだ。で、東福門院を中心に王朝ルネサンスともいうべき広範な芸術運動が生まれる。このなかに金森宗和の優雅な茶道、仁清の華麗な色絵陶器、雁金屋の染織がある。東福門院は72歳で亡くなる前のわずか半年の間に着物代に現在のお金にして2億円も使ったといわれている。その注文を一手に引き受けたのが雁金屋。宗謙は東福門院が死んだ年に家業を光琳ら息子に譲る。が、東福門院が亡くなったので店の売り上げはガタ落ち。当然ながら商売もだんだん苦しくなっていった。

こんなことに思いをはせながら、“東福門院入内図”を眺めていた。

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コメント

こんばんは。
東福門院の入内屏風図、去年東博で重文になった時に見てきました。
いづつやさんがおっしゃるように、この時代の絢爛の前兆を見るようで、本当に波乱な人生を送られた、一人の女性の人生を感じました。
そんな感想を持てるようになって、少しは美術史を学んだかなぁとも思うのでした。

色々スケジュール調整つかず、板橋には間に合わず、今回は断念しますが、次回、またチャンスを狙います。
三井はやはり持っているものの格が違いますよね。

投稿: あべまつ | 2007.01.09 23:04

こんにちは。
本当にいづつやさんのおっしゃられるとおり、満ち足りた
気分になりました。
開館記念の展覧会に行かなかったので、今回はじめて、
雪松図を見て、感激しました。
茶碗の名品にもうっとりでした。
最後は大いに笑って、笑う門には福が来ると
本当にお正月にふさわしい展覧会でした。

投稿: 一村雨 | 2007.01.10 05:35

to あべまつさん
東福門院の名前は光琳が生まれた雁金屋の大得意
先だったことや王朝ルネサンスを支援したサロンの
主ということで、インプットされてたのですが、三井記念
館の図録で入内の屏風があるのを知り、公開を待っ
てました。金と赤の対比が印象的でした。

三井記念館には流石、いい美術品が沢山ありますね。
板橋区立美はまたいい展覧会をするのではないで
しょうか。

投稿: いづつや | 2007.01.10 17:16

to 一村雨さん
三井記念館へは東博の平常展をみる感覚で行って
ます。国宝の志野茶碗や応挙の絵はこれまで何回と
見ていますが、長谷川等伯の“松林図”と一緒
で毎回感動します。名品の証ですね。

今回、道八の“寿老人置物”をうっとりして眺めて
ました。ほんとうにいい置物をみました。こうい
うのが家にあると毎日が楽しいでしょうね。

投稿: いづつや | 2007.01.10 17:34

いづつやさん、初めてトラックバックをさせて頂きました。もしご迷惑なようでしたらはずして下さい。東福門院が72歳の延宝6年に注文した呉服が半年間で340着という記録が残っているという話を読むにつけても驚きますね。

投稿: とーる | 2007.01.31 20:43

to とーるさん
こんばんは。TB有難うございます。迷惑どころか大歓迎
です。東福門院が着物ブームを支えていたことは間違いあり
ませんね。幕府の資金提供も半端ではないです。

投稿: いづつや | 2007.01.31 22:17

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