スーパーエッシャー展
渋谷のBunkamuraで開催中の“スーパーエッシャー展”(07/1/13まで)は事前にえがいていたイメージと全然異なった。展覧会に関する情報は美術館へ入るまではチラシくらいしか読まないことにしているので、“だまし絵”のエッシャーというイメージがこびりつき、作品はマンテーニャが短縮画法で描いた宮殿の天井画のような絵を想像していた。頭上の空間にプットー(童子)が浮かんでいるように錯覚する絵をさらに複雑に進化させたようなイメージである。だが、こういうタイプのだまし絵ではなかった。
実際はアナモルフォーズ(歪んだ画像)、一つの図像が別の見方をすると違ったものに見えるという、おなじみのあれである。平面の正則分割の絵はそれほど複雑なデザインではない。遠近法と組み合わせた立体的にみえる作品は対象をいくつもの視点からとらえて画面を構成しているので、かなり重層的で入り組んでくる。だが、最新の技術を駆使したサイケ調の滑らかな曲面が連続するCG作品ほどは進んでない。
一番魅せられたのは上の“昼と夜”。じっくりみると面白い要素がいくつもある。それは“ダブルイメージ”への時間軸の導入である。空を飛ぶ左右対称の白い鳥と黒い鳥は下の畑から生まれる。四角に区分けされた畑は魔法の絨毯のように宙を舞い、その形を変容させながら徐々に羽根が生え一羽の鳥になる。右に進む白い鳥は夜の、左へ向かう黒い鳥は昼間の光景として描かれている。白と黒の対比は一日の時間にもちゃんと合っているのである。単なる俯瞰の構図ではなく、畑が浮揚し鳥へと変わるので、鳥がいる高さが地面からイメージできるところが面白い。ダリやマグリッドが得意とするダブルイメージの作品にはこういう時間の推移はでてこない。これは大きな発見。
下の絵“滝”も不思議な絵。これは注意して観ないとどこが変なのかわからない。画面下で石の壁によっかかっている男のように、上から落ちてくる水をただ眺めているだけではダメ。滝のように流れ落ちた水は下からどういうわけか上へ上へと流れていき、いつのまにか元のところへ戻っている。絵本作家,安野光雅の展覧会(10月、日本橋高島屋)でピエロがへんてこな形をした陸橋を渡っている不思議な絵をみたとき、この画家の頭の柔らかさにびっくりした。絵の感じがエッシャーとあまりに似ているので、家に帰り、安野の図録をひっくり返してみたら、エッシャーにヒントを得たと書いてあった。アイデアの元はエッシャーだった!美術評論家たちがエッシャーを高く評価する意味合いがだんだんわかってきた。
もう一点、“相対性”という名前のついた作品にも唸った。人が階段を登り降りする様子を、階段を横から斜めに組み込んだり、あるいは逆さ状態にして人を登らせたり降らせたりしている。階段がこういうふうに色々な角度から描かれていこと自体、不思議なのだが、ほかの階段との接合部分がスムーズで絵としては違和感がそれほど無い。ピカソは多視点から平面的に“アヴィニョンの娘”を描いたが、エッシャーはいくつかの階段を同じく複数の視点で立体的に表現し、観る者をあっと驚かせる。“版画の画廊”もこの絵と似たような感じ。
会場はかなりの混雑で、全作品(153点)を観終わるのに2時間近くかかったが、作品が予想以上に刺激的だったので、疲れより満足感のほうが大きかった。最後に小さな発見をひとつ。1章のコーナーにあった版画、“24の寓意画・14 カエル”と伊藤若冲の“動植綵絵・池辺群虫図”に登場するカエルはポーズがそっくり。
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コメント
私も「昼と夜」がいちばんでした。
黒い鳥と白い鳥が入れ替わるのは、知っていたのですが、
畑が鳥に変わっていくというのは、この展覧会ではじめて気づきました。シンメトリーにしか気づいていませんでした。
やはり、なんでも実物を確認しなくてはダメなんだなぁとあらためて
感じた次第です。
投稿: 一村雨 | 2006.12.31 10:46
to 一村雨さん
“昼と夜”は映画のワンシーンのような絵ですね。
ひとつの形態が別の形態にメタモルフォーズしてい
くのがとてもリズミカルで軽やかな感じがします。
絵を楽しむならこのくらいの複雑さが丁度いい
ですね。
来年も心を揺すぶる現代アートに会えればいいの
ですが。よいお年をお迎えください。
投稿: いづつや | 2006.12.31 15:31
こんにちは。
初期の版画に惹かれました。
またイタリア風景にも。
オランダ人がイタリアへ行くと
あのように感化されるものかと。
投稿: Tak | 2006.12.31 16:27
to Takさん
イタリアの風景版画になかなかいいのがありましたね。
俯瞰の構図と近景に大きな木をもってくる画面構成
などは広重の風景画みたいです。
細密な描写をベースにして、柔らかいトポロジーとか
平面の正則分割をきっちりやるのですからスーパー
版画家ですね。
投稿: いづつや | 2006.12.31 19:28
こんばんは。
今日ギリギリようやく行ってきました。
混雑が怖かったのですが、思うほどではなく、ホッとしました。
私は、版画絵師仲間として、北斎にエッシャーのことを教えてあげたくなりました。
モノクロの24の寓話を見て、とても温かなものを感じました。
男性好みの作家さんかと思っていましたが、
とてもお茶目なデザインもあるし、充分楽しむことが出来ました。
投稿: あべまつ | 2007.01.12 23:01
to あべまつさん
正則分割の作品は目が慣れてくると、リズミカルな
模様に吸い込まれますね。視点が頭の中で自在に
動いている感じです。
対象を裏側から斜めから自由に眺められれがいいの
ですが、目に惰性がありますから、そううまくは
いかないですね。意外に感じることのできる展覧会
でした。
投稿: いづつや | 2007.01.13 17:56
いづつやさん
こんばんは
この展覧会も童心に帰れるようで、なかなか良かったですね。
この冬休みに実家へ帰ったときに『遊びの博物誌』を発掘しました...
投稿: lysander | 2007.01.15 00:23
to lysandaerさん
本屋に行くとエッシャーの本が沢山おいてあり
ますね。アナモルフォーズがわかるとデザインは
不思議さを通り越して楽しく、美しく感じられ
るようになります。
そして、適度の複雑さが知的興味を刺激します。
エッシャーの才能は尋常ではないですね。
投稿: いづつや | 2007.01.15 08:29