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2006.11.05

映画「クリムト」

536大勢いる西洋画家のなかで、ウィーン世紀末芸術の中心人物として活躍したグスタフ・クリムトは特別な存在。

国内で行われたクリムトの展覧会はだいたい見逃さず観てきたし、ウィーンでも代表作が展示してある主要な美術館を訪問した。このように常日頃、アンテナをはっているクリムト狂いにとって、10/28から全国ロードショーの映画「クリムト」はクリムトのことを知る絶好のチャンス。で、前売り券を買っていたシネスイッチ銀座へ早めにとびこんだ。

クリムトを演じるジョン・マルコヴィッチ、愛人エミーリエ役のヴェロニカ・フェレ、そしてチリ人監督、ラウル・ルイスのことは全く知らないから、映画を見慣れている人とはちょっと見方が異なる。ネタばらしは禁じ手なのでストーリーについて詳しくは触れない。この映画で確認したかったのは、絵を描くときの想像力の源はどこにあるのか?クリムトは実際どんな人間だったのか?という点。これまで作品を観たり、画家のモノグラフを読んだりして興味をいだいていたこと、疑問に思っていたことがこの映画でいくつか解消されたので、そのことを書きたい。

この映画は昨年のはじめ、鎌倉の古本屋で偶然見つけたネーベハイ著のクリムト本(拙ブログ05/1/22)を所々で下敷きとして使っている。アトリエには裸のモデルが何人もいる。その中にクリムトの子供を生んだ女がいた。クリムトが女の赤ちゃんが出来たことを告げられて喜ぶ場面が面白い。貧しいモデルたちにクリムトはモデル料をきっちり払い、なにかと資金的な援助をしてやったという。父親が亡くなって埋葬する金がないと泣きついたり、家賃の未払いで立ち退きを迫られるモデルにはその金を払ってやっている。しかし、よく嘘をつかれ、騙されることもあった。誰かがそれを注意すると、クリムトは“ねえ、君、それが世の常さ。本当に貧しい人に生涯なんの施しもしないで終わるよりは、ろくでなしにだって何かくれてやる方がましじゃないか”と笑って言ったという。なんとも太っ腹。

アトリエのなかに掲げられている絵に右の“ダナエ”(個人蔵)がでてくる。チラシにも使われており、何点かある同じ画題の絵のなかでは一番官能的な“ダナエ”である。黄金の雨を光に変え象徴的に描いたレンブラントの絵(拙ブログ05/5/26)と較べると、クリムトの絵はエロテイックな香りがし、黄金の雨の描写は即物的。いつかこの絵にお目にかかりたい。

この映画にはクリムトが肖像画を描いた女性が2人登場する。結婚はしなかったが、生涯の恋人だったエミーリエ・フレーゲ(映画のなかではミディと呼ばれている)とクリムトの大のパトロンでユダヤ人実業家、アウグスト・レデラーの妻セレナ。クリムトとエミーリエの関係はプラトニックなものだったといわれているが(拙ブログ05/7/12)、映画でもそういう風になっている。はたして、本当にそうだったのか?幾何学的な装飾文様が入った青のドレスを着たエミーリエの肖像画は見たことあるが、セレナ夫人のはまだみていない。

レデラーは代表作のひとつ“ベートーベン・フリーズ”をはじめ18点の作品を所蔵していたが、13点は第二次大戦で焼失したらしい。大きな損失である。残念なことにこれらの作品は写真に撮ってなかったので、どんな絵だったか知る由もない。

最後にクリムトの肉体のことについて少々。クリムトは梅毒に罹り、定期的に病院を訪ね、医者に症状を聞いている。また、レスラーやボクサー並みの力を持ち、体臭がすごかったという。映画のなかにそのことがわかるシーンがでてくる。観てのお楽しみ。

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コメント

クリムト。。。いかがでしたか?私は行くかなと思っているときに気をそがれて、行きませんでした。
クリムトは大好きなので、映画の出来はともかく見ようとは思っていましたけれど。。。。

投稿: seedsbook | 2006.11.06 16:22

to seedsbookさん
生来、女性画が好きなのですが、とりわけ夢中なのが
ルノワールが若い頃描いた肖像画とクリムトの官能的な
女性像です。最近はエルミタージュ美展でルノワールの
“扇子を持つ女”に再会したので機嫌がいいです。

昨年のはじめ、ネーベハイのクリムト本を読んで、人間
クリムトが近くなりましたので、この映画は大変興味
がありました。クリムトには“トルコ人”というあだ名
がついていたそうですね。それをイメージするように
アトリエには裸のモデルが何人もいます。官能的なファ
ム・ファタル(宿命の女)をみると、クリムトはたしか
に“モデルに触れないと描けない”画家だったのでし
ょうね。

観るものを酔わせる官能美を画面一杯に表現するのです
から、女性との関係が自由気ままなのは当然かもしれま
せん。監督は実在しない女を登場させて、クリムトの
女性に対する心情を巧みにえがいてます。

世紀末のウィーンはパリと較べて保守的で、クリムトの
描くエロティックで装飾的な黄金の絵画はレデラーの
ような新興実業家からは支持されますが、一方で美術評
論家からは辛らつな批評をされます。食事の席やパトロ
ンの邸宅での会話のなかに美術史上の論争が挿入された
りしてますので、当時の美術界の雰囲気がよく伝わっ
てきます。

また、劇場内で販売しているパンフレットは、はじめ
てみる作品、例えば“踊り子”(1916~18)が載
ってたり、全シーンのせりふが全部採録されるなど大変
インフォーマティブですから、これを入手できたのも収穫
でした。この映画を観たことで、クリムトにまた一歩近
づけた感じです。これからはミューズが“ダナエ”と
“金魚”に会わせてくれることを祈るばかりです。

投稿: いづつや | 2006.11.06 17:51

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