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2006.11.28

浦上玉堂の水墨山水画

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千葉市美術館で開催中の“浦上玉堂展”(12/3まで)は出品数が多いので、一ヶ月の会期中、作品がかなり入れ替わる。11/27~12/3にお目当ての作品が集まったので、また出かけた。

一回目のときは“山紅於染図”などをとりあげたが(拙ブログ11/13)、今回の目玉は上の国宝、“東雲篩雪図”(とううんしせつず)。小説家の川端康成が所蔵していたことで有名な絵である。02年、サントリー美術館ではじめてみたあと、同じ企画展が山口県の周南市に巡回したときも広島から2回でかけた。で、4度目の対面となった。

最初にみたとき苦い思い出がある。張り切って観たのはいいが、画面上の雪明りのような明るい部分とか朱の点々、細かい枝の描写ばかりに注意がいき、画面右下に描かれた小さな茅屋とその中にいる高士を見落としてしまった(真ん中の拡大図)。どんよりと曇った空の下、山々に雪が深々と降り注ぐすごく寒そうな情景を感じすぎて、人物まで気が回らなかったのである。

題名の“東雲”は凍てつく雲、“篩雪”は篩(ふるい)をかけたように雪が降るという意味。題名と絵のイメージがぴったりあってるのがこの絵のすごいところ。ほかの絵と違い、画面全体に雲、山、木々が丁寧にきっちり描き込まれている感じで、水墨画ではあるがとても密度の濃い絵という印象を受ける。目線を下から上にあげるにつれて絵のなかに吸い込まれていく。見事な描写だなと思うのは、上のほうの雪が積もった山々では墨で稜線をつくり量感を出しているところ。

“東雲篩雪図”が気持ちがぴりっと引き締まる絵だとすると、下の絵はよく観ると心がざわざわするくらいドキッとする絵。“山潤読易図”という題は、山と潤の間で“易経”を読むということ。易は陰陽二元で天地の万物が生成されると説く。陰と陽は互いに異なる特性を持っているが、お互いに循環、結合、変化し存在する。地が陰であり、天が陽、人間では女が陰で、男が陽。男女の陰陽を絵に持ち込むとこうした“男根山水画”になる。今回出品されている絵の8割方は男女のそれが描きこまれている。これは誰でも気がつく。とくに男性の山は。女性のはあまり目立たないが、山と山の間を流れる滝とか谷はそれである。

なぜ、玉堂がこういう山水画を描いたのか?勝手な解釈を色々考えてみた。玉堂は易の思想で自然を理解していたので、山水の風景になかに男女の凸凹を表現した。陰陽思想を表現するのにマイルドに描かずに、これほど即物的に見せたのは玉堂にはもう現代アーティストの感覚があったからではないか。石原慎太郎の小説“太陽の季節”の“障子破り”と同じ衝動が“男根山水図”を描かせた!?

これは表現者の側からの仮説だが、観る側、つまり玉堂の絵を買った人もこうした見て楽しい絵を求めたのだと思う。この頃、江戸では浮世絵の春画も普通に買われていたから、こういう絵の需要もあったはず。玉堂も生活の為に絵を制作する必要があっただろうから、金持ち商人や村の顔役といった支援者の要望に応えたのだろう。俗世にいる人間は玉堂のように自然に遊び、悟りをひらいたような心境にはなれず、性欲が強く、ガサガサしているのだから。

前衛的なアーティストだった玉堂の絵は歌麿同様、観る者には刺激があったような気がするのだが。。玉堂に本当のことを聞いてみたい。

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コメント

この記事でしっかり予習したために
おかげさまで、東雲篩雪図、しっかり観ることができました。
陰陽については、それを強く描けば描くほど、超俗の世界と
なるという解説が理解できませんでした。

投稿: 一村雨 | 2006.12.04 07:35

to 一村雨さん
東雲篩雪図が国宝となってるのは、実際に他の絵と
較べてみると納得しますね。丹精こめて描いたと
いう感じがします。

男女の陰陽についての解説、“超俗の世界になる”は
一村雨さん同様、ちょっと?ですね。玉堂を高みに
上げすぎてるような気がします。実は今回の大回顧展
は以前から気になっていた“男根山水画”の謎解き
のいいチャンスととらえてました。

多くの作品のなかに男女の陰陽がかなり即物的に表現
されているのにはきっと、誰にもわかる理由があるの
ではと思います。陰陽説は確かにそうなのでしょうが、
山水画のなかであたかもそれが主役のように描く感性は
一体何なのか?特に大作の掛軸にそれが目立ちますね。

今二つの仮説を立ててます。一つはアヴァンギャルド
絵師、玉堂の性表現。もう一つは道祖神石像を山水の
なかに描きたかったため。観る側の立場からは、浮世絵
の春画を観る感覚でこうした絵を楽しみたい、あるい
は守り神、子孫繁栄の神が描かれた有難い絵として部屋
に飾るため、このいずれかの理由で玉堂の絵を求めた。

勝手な解釈としては、玉堂は高邁な精神をもった自由人
のようにとらえられがちですが、実際は現代人と同じ
ような感覚をもったアヴァンギャルドな表現者、もっと
カッコよく言えば芸術家だったのではないかと思って
ます。そして、絵を買った支援者たちは山水画プラス
春画もどき、あるいは有難い道祖神絵としてこうした
男根山水画を愛好した。で、中国画にもなく、また過去
の日本の絵師たちも描いたことのない絵が増産された。

投稿: いづつや | 2006.12.04 17:18

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