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2006.11.30

歌川広重、国貞、国芳

568港区立港郷土資料館で開催中の“UKIYO-E展”(12/3まで、拙ブログ11/16)にとりつかれている。

全点観たくて3回も通った。Ⅲ期(11/21~12/3)に出た作品も目を楽しませてくれた。

まず、贔屓の広重の風景画から。グッとくる構図が目を惹くのは“名所江戸百景 芝愛宕山”。“毘沙門天の使い”に扮する男が右手に持っている大きなしゃもじをどんと画面中央に描くところが面白い。“江戸名所 赤羽根水天宮”で魅せられるのは、朱色の橋が幅広く左から右斜めに描かれる一方、これと交差するように雨を表す細い線が右から左斜めに何本も引かれていること。傘をさし橋を渡る人々の姿が実にいい。

風景画と美人画をミックスした“江戸名所四季の昹 高輪月の景”はよく画集に載っている作品。右半分に座敷の楼台から日が暮れる様子を眺める3人の女、そして遠景には月をバックにした鳥の群れが小さく描かれている。対比の妙を感じるのが手前の3人と下の道を行く男女や裸の駕籠かき。こうした大小の対比により広がりのある空間が生まれている。

今回、大名の奥方の行列を描いた“行烈高輪之図”でハットするような発見があった。それは奥方の駕籠の後ろを歩くお付の女たちが身に着けている衣装の柄。緑や青、黄色の取り合わせがいいのと三角や四角の幾何学的な模様がすごくモダン。広重の作品はかなり観てきたが、こんなデザイナー感覚が現れた絵に出会ったのははじめて。

国芳の絵はあまりないが、色で圧倒されたのは三枚続の“白縫姫為朝婚姻契約之図”。この画面に登場する人物の衣装の赤が輝いている。その赤と白い桜の見事なコントラストが晴れやかな婚約の場面にぴったり。

今回の一番の収穫は右の歌川国貞の“絵兄弟忠臣蔵”(全部で11枚の組物)。発色と女の衣装の精緻な描写が素晴らしい。手前は美人画で、後ろには“仮名手本忠臣蔵”の各段の名場面が描かれている。興味をひくのは女のしぐさやポーズと背景の場面との関連性。右は十一段目の“討入り”。義士は手にもつ提灯を、炭小屋から引きずり出された吉良のほうに向けている。手前は寝巻姿の女が行灯を持って移動するところ。両者に共通するのは何か重要なことを発見したという点。これは浮世絵鑑賞のなかでは忘れられない作品になるだろう。

無料で3回もいい浮世絵を見せてもらった。感謝々である。

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2006.11.29

東博平常展の名品

567東近美同様、東博の平常展を観るのが家のまわりの散歩のような感覚になっているが、今回みた作品のなかに他館の特別展でみた作品と共振するものがあり、いつもより倍楽しかった。

観る順番は決まっている。本館2Fの国宝室からスタートし、仏教、宮廷の美術、水墨画、屏風と襖絵、江戸絵画、浮世絵と見たあと、1Fに降り、近代美術のところへ行く。そして、最後に東洋館の2Fの中国絵画をみる。

今回観たのは展示替えのあった国宝室から水墨画コーナーにある作品と近代美術、中国絵画。はじめはさほど目に力の入る絵に出くわさなかったが、近代美術と中国絵画ではテンションが上がった。

まず、度肝を抜かれたのは近代美術のところに飾ってあったものすごく大きな孔雀の絵。描いたのは花鳥画を得意とした明治時代の画家、今尾景年(京都生まれ、竹内栖鳳より10歳年上)。奈良で応挙の孔雀図を見たばかりなので、羽根の描き方に目がすぐ反応する。首のまわりの緑に短いゴールド線を丁寧に引き紋様をつくっているところや青のグラデーションは応挙風である。この絵の場合、細部の描写より、大きな画面に描かれている二羽の孔雀の存在そのものに圧倒される。こういう規格外の大きさをもつ絵も刺激があっていい。

この絵以上に感激したのが隣にある吉川霊華の“離騒”。明治神宮の“小堀鞆音展”にでてた仏画の模写作品に見とれたばかりなのに、再度美しい描線に200%魅了された。“離騒”は中国戦国時代、楚の屈原のつくった長詩で、憂き目にあうという意味。楚の朝廷から逐われた失意の屈原が河神に会う場面が描かれている。水の流れやうずまきの動きのある表現、神々しいほどのオーラを放つ2匹の龍に息を呑んだ。はじめてみるこの絵は吉川の代表作と解説があったが、即納得である。仏画の模写がこの傑作に遭遇する前兆であったのか。ここの平常展ではときどき大収穫がある。

ほかは2年以内に見たことのある大観の“五柳先生”、古径の“出湯”、青邨の“燕山之巻”。この中では“出湯”がお気に入り。洋画では、前々から観たかった安井曽太郎の肖像画、“深井英五氏像”があった。また、鈴木長吉の“岩上双虎置物”(鋳造)も目を楽しませてくれる。これらの作品の展示は12/17まで。

東洋館で追っかけていた絵に2点出会った。右の清朝時代の画家が描いた“墨竹図屏風”と“離合山水図”(重文、明時代)。奈良県美に出ていた応挙の長谷川等伯作“松林図”を連想させる“雨竹風竹図屏風”(重文)と“墨竹図屏風”は画風がよく似ている。応挙の絵は林立する竹を墨の濃淡で描き分け、奥行きのある空間をつくっているのに対し、“墨竹図”のほうは竹に近づき、笹を濃い墨を使い勢いのある筆致で描き、竹のもっている強い力をしっかり表現している。尚、この“明清画展”(後期)は12/27まで。

パスポートの有効期限が切れる前に無料でいい絵をいくつもみた。上機嫌で館をあとした。

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2006.11.28

浦上玉堂の水墨山水画

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千葉市美術館で開催中の“浦上玉堂展”(12/3まで)は出品数が多いので、一ヶ月の会期中、作品がかなり入れ替わる。11/27~12/3にお目当ての作品が集まったので、また出かけた。

一回目のときは“山紅於染図”などをとりあげたが(拙ブログ11/13)、今回の目玉は上の国宝、“東雲篩雪図”(とううんしせつず)。小説家の川端康成が所蔵していたことで有名な絵である。02年、サントリー美術館ではじめてみたあと、同じ企画展が山口県の周南市に巡回したときも広島から2回でかけた。で、4度目の対面となった。

最初にみたとき苦い思い出がある。張り切って観たのはいいが、画面上の雪明りのような明るい部分とか朱の点々、細かい枝の描写ばかりに注意がいき、画面右下に描かれた小さな茅屋とその中にいる高士を見落としてしまった(真ん中の拡大図)。どんよりと曇った空の下、山々に雪が深々と降り注ぐすごく寒そうな情景を感じすぎて、人物まで気が回らなかったのである。

題名の“東雲”は凍てつく雲、“篩雪”は篩(ふるい)をかけたように雪が降るという意味。題名と絵のイメージがぴったりあってるのがこの絵のすごいところ。ほかの絵と違い、画面全体に雲、山、木々が丁寧にきっちり描き込まれている感じで、水墨画ではあるがとても密度の濃い絵という印象を受ける。目線を下から上にあげるにつれて絵のなかに吸い込まれていく。見事な描写だなと思うのは、上のほうの雪が積もった山々では墨で稜線をつくり量感を出しているところ。

“東雲篩雪図”が気持ちがぴりっと引き締まる絵だとすると、下の絵はよく観ると心がざわざわするくらいドキッとする絵。“山潤読易図”という題は、山と潤の間で“易経”を読むということ。易は陰陽二元で天地の万物が生成されると説く。陰と陽は互いに異なる特性を持っているが、お互いに循環、結合、変化し存在する。地が陰であり、天が陽、人間では女が陰で、男が陽。男女の陰陽を絵に持ち込むとこうした“男根山水画”になる。今回出品されている絵の8割方は男女のそれが描きこまれている。これは誰でも気がつく。とくに男性の山は。女性のはあまり目立たないが、山と山の間を流れる滝とか谷はそれである。

なぜ、玉堂がこういう山水画を描いたのか?勝手な解釈を色々考えてみた。玉堂は易の思想で自然を理解していたので、山水の風景になかに男女の凸凹を表現した。陰陽思想を表現するのにマイルドに描かずに、これほど即物的に見せたのは玉堂にはもう現代アーティストの感覚があったからではないか。石原慎太郎の小説“太陽の季節”の“障子破り”と同じ衝動が“男根山水図”を描かせた!?

これは表現者の側からの仮説だが、観る側、つまり玉堂の絵を買った人もこうした見て楽しい絵を求めたのだと思う。この頃、江戸では浮世絵の春画も普通に買われていたから、こういう絵の需要もあったはず。玉堂も生活の為に絵を制作する必要があっただろうから、金持ち商人や村の顔役といった支援者の要望に応えたのだろう。俗世にいる人間は玉堂のように自然に遊び、悟りをひらいたような心境にはなれず、性欲が強く、ガサガサしているのだから。

前衛的なアーティストだった玉堂の絵は歌麿同様、観る者には刺激があったような気がするのだが。。玉堂に本当のことを聞いてみたい。

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2006.11.27

東近美平常展の東山魁夷

563東近美で今年最後となる平常展(12/24まで)をみた。

2年前からここへ足しげく通っているので、前みた作品と遭遇することが多くなった。いつものよう日本画の一部は前期(11/19で終了)および後期(11/21~12/24)のみ展示される。

後期で注目の絵は小林古径の“加賀鳶”。昨年あった古径の大回顧展にも登場した。盟友の前田青邨が“竹取”、“御輿振”(ともに東博)のような歴史群像画をいくつも制作しているの対し、古径の描いた群像形式の絵はこれしかない。炎が激しく舞い上がる2階の最前線に陣取り、消化に励む加賀鳶(加賀藩の私設消防団)の奮闘ぶりがひしひしと伝わってくる。そして、燃える屋敷に急ぎ駆けつけてきた役人たち、家財道具を担ぎ逃げる男、赤ん坊を背におぶり子供の手をつかんで必死で走る女たちの動きなど、緊張と不安に包まれる火事場の喧騒が見事に表現されている。

この絵の隣には菱田春草の“梅に雀”がある。これははじめてみた。たらし込みで描かれた白梅の幹の枝に雀が3羽とまっている。春草は雀が好きだったのか、“雀と鴉”という大きな屏風絵(東近美)も描いている。長澤芦雪の絵、例えば、“百鳥図”や“花鳥蟲獣図巻”にも雀がでてくるが、芦雪の描く丸っこくて可愛い雀と較べると、春草の雀は小さくて寂しげな感じ。

通期で展示されている作品のなかには、近代日本画を代表する名画がいくつかある。歴史画の傑作、安田靫彦の“黄瀬川陣”、秋の定番である川合玉堂作、“彩雨”、湯船の水面のゆらゆら感に目が点になる小倉遊亀の“浴女 その一”、そして臭いのする動物画を描くと言われる竹内栖鳳の大作屏風、“飼われたる猿と卯兎”。

東山魁夷の絵は右の“秋風行画巻”と“秋翳”。ともに大好きな絵である。“秋風行画巻”は東山には珍しい絵巻。2年前、神戸であった大回顧展でこの絵をはじめてみたとき、びっくりした。青の画家のイメージが体中にしみこんでいるので、黄色、赤、うす緑、うす青の明るい色調がとても新鮮だった。東山魁夷のすごいカラリストぶりを見せつけられたと言う感じ。木々の葉が赤や黄色に色ずく美しい秋の風景をこれほどしっとり感じられる絵を何度も鑑賞できる喜びを噛みしめている。

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2006.11.26

野間記念館の燃える秋展

562目白の椿山荘のすぐ近くにある講談社野間記念館へはあと1年くらいは定期的に訪問しようと考えている。

そうするとこの美術館が所蔵する近代日本画の名品が大体見終わるからである。

現在行われているのは“燃える秋展”(12/17まで)。展示作品があまり多くないため、入館料は500円しかとらない。いつも東博や東近美の平常展を見る感覚で入館する。

今回のお目当ては横山大観と川合玉堂の絵。右の大観作、“千与四郎”は2年前、はじめてここに来たとき飾ってあった。この絵は六曲一双の屏風で、右は屏風の真ん中の部分。左にいるのは幼少のころの千利休。名前は与四郎と名のっていた。明るい色調の緑で彩られた木の葉が画面を埋め尽くすなか、晩秋の風情を感じさせる燃えるような橙色が目に焼きつく。強く惹きつけられるのは樹木の幹にたらし込みと使ったり、白い花をアクセントとして配する琳派風の描き方。

50歳前後に制作された大観の絵には、この絵のほかにも“柿紅葉”(永青文庫)、“秋色”(個人)、“作右衛門の家”(山種美)など明快で装飾的な画風の作品がある。“秋色”は04年にあった“琳派展”(東近美)に出品された。4点の中で一番好きなのは“柿紅葉”。秋になると、柿の紅葉を美しく表現したこの絵が無性に観たくなる。“作右衛門の家”をみたのは13年前。来年4月、山種美術館は開館40周年を記念した名品展を行うから、また会えるのではないかと期待している。

川合玉堂は“渓村秋晴”と“秋湖帰漁”の2点。“渓村秋晴”は構図が秀逸。前景では画面中央に流れの速い川、そのまわりのごつごつした岩を大きく描き、中景には紅に染まる木々、そして遠くにかすむ山の前を点のように小さく描かれた鳥が群れをなして飛んでいく。日本の秋をしみじみ実感させてくれる絵である。玉堂の風景画はいつも心を打つ。

味わい深い“十二ヶ月図”の色紙が今回も沢山ある。なかでも山口蓬春、堂本印象、福田平八郎の季節の画題である“柿”、“紅葉に鹿”、“楓小鳥”、“紅葉”などに魅された。こんな花鳥画の色紙が1枚でも家にあったらどんなに気持ちがいいことか。叶わぬことを思いながら、次の美術館へ向かった。

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2006.11.25

応挙と芦雪展 その二 応挙

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後期にでている応挙の作品も見所いっぱい。中でも、上の“牡丹孔雀図”(重文)、真ん中の“雲龍図”(重文)、下の“大瀑布図”が一緒に見られるのだから、これほど幸せなことはない。すでに見ている絵であるが、応挙の代表作として画集に必ず収録されている傑作なので、観ててワクワクする。

今年は応挙の孔雀図に縁がある。ブリジストン美(拙ブログ4/10)、三の丸尚蔵館でもみた。今回出ている相国寺蔵の“牡丹孔雀図”は応挙の写生画を象徴する文化記号。3年前大阪で見たとき同様、大変感動した。応挙は“写形純熟ののち、気韻生ず”と言っている。つまり、形を正確に写し取る(写形)ことが出来れば、対象の本質(気韻)がおのずと出てくるという。

緑色の首に魚の鱗のような紋様が金泥の細い線で精緻に表現されているところや、ゴージャスな黄金の丸文様がいくつも連続する雄の尾羽を観ていると、確かに目の前にいる孔雀からはつよい生命力が伝わってくる。そして、絵として目を楽しませてくれるのは真ん中の羽にみられる美しい青のグラデーション。装飾的な色彩表現は本物の孔雀をこえている。

03年にあった大回顧展で龍の迫力に圧倒された“雲龍図”は今年1月、京博の平常展でもみた。そのとき時間をかけてじっくりみたので、今回も同じように目を動かした。真ん中は右隻(部分)で上空に昇る龍が、左隻には玉を持つ龍が描かれている。応挙は龍図をいくつも制作しているが、この龍の絵はとびぬけていい。他の絵師が描いた龍でこの絵に見劣りしないのは国内では海北友松の“雲龍図”(重文、建仁寺、ここで12/3まで開催している“大桃山展”に展示中)しかない。ちなみに、雲龍図屏風のビッグ4は国内にある応挙と友松の絵、そしてアメリカにある宗達作(ワシントンフリーア美)と曽我蕭白作(ボストン美、辻氏が“ギョッとする江戸絵画”で紹介していた)。

応挙の龍がほかの3点と違うのは墨に金泥で彩色されていること。頭の上や口のまわりの髭、胴体、足からはえる毛はキラキラと光り、そしてゴールドの鱗文。これほど見栄えのする龍は見たことがない。さらに驚くのは龍の体や渦巻く雲、波濤の量感表現。しなやかな筋肉を思わせる龍の胴、むくむくとした白い雲の塊、激しく飛び散る波頭や岩の立体感が観る者を圧倒する。この感じは絵の前に立たないとわからない。

下の“大瀑布図”は4m近くある大きな掛け軸。制作の由来が面白い。これは応挙の支援者、円満院の祐常門主の依頼で描かれた。円満院の庭には滝がなく、祐常門主が日頃からそれを残念がっていたので、応挙は絵に滝を描いて贈ったという。で、門主はそれを庭の木につるして大喜び。これは今で言うとインスタレーション。現代アーティストと同じ発想の作品を応挙は18世紀後半すでにつくっていた。あまりに大きな掛け軸なので滝つぼあたりで手前に折れている。じっとみていると下の岩にかかる水しぶきがこちらにもとんでくるのではと錯覚を覚える。水の落下するゴーという音を聞きながら、時間がたつのも忘れて眺めていた。

ほかの作品で魅了されたのはこれまで見たことない大きな布袋図。しかも体中毛だらけ。口、顎、鼻、胸の毛だけでなく腹、足の甲、腕まで毛がはえている。布袋さんはこんなに毛深かった!?“墨は五彩を兼ねる(墨だけで多彩な色を表現できる)”というのを実感するのが“破墨山水図”。濃い墨が輝いている。また、“朝顔図”の目の覚めるような青い花に感動した。

03年の回顧展で展示替えのため観れなかった作品はこの展覧会で相当数リカバリーできたから、応挙は済みマークがつけられる。奈良県美に感謝。

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2006.11.24

応挙と芦雪展 その二 芦雪

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展示品が入れ替わった応挙と芦雪の回顧展(奈良県美、後期:11/7~12/3)をみるため、また奈良を訪れた。前期同様(拙ブログ10/2410/25)、人物、花鳥、山水のくくりで43点でている(応挙20点、芦雪23点)。今回も鑑賞エネルギーの配分は応挙よりも芦雪のほうに厚い。で、期待の芦雪から。

人物で見ごたえがあるのはなんといっても上の“山姥図”(重文)。広島にいるとき、この絵を所蔵する厳島神社でみた。誰がみても山姥の強烈なイメージは長く体内に残るであろう。絵に力がある典型的な例である。またまた釘付けになったのが、画面いっぱいを占める山姥。鋭い目、大きな鼻、三本しかない歯はまさに妖怪の面相。そして、手に較べて足の大きいこと!衣装に隠れて一部しか見えないが、これから想像すると相当デカイ足である。喜多川歌麿が描く山姥は妖艶な姿をしているのに、芦雪の表現はかなり怪奇的。

これとは対照的に“唐子琴棋書画図”は子供の愛嬌のあるしぐさに口元が自然にゆるむ絵。金地に映える赤の衣装が印象深い。はじめてみた絵で惹きこまれたのがNHK教育で現在放映中の“ギョッとする江戸の絵画”で講師の辻氏が取り上げていた“絵変わり図屏風”。和尚のポーズや顔を見せない牛など普通でないフォルムや構図に面食らう。とくに左から2番目の絵は“何が描いてあるの?”。説明を聞いても、実際にみてもよくわからない。観てのお楽しみ。

真ん中はお目当ての屏風、“群猿図”(右隻)。親子プラス三匹の猿が描かれた左隻はよくみられる動物画なので、さらっと観てしまうが、右隻はユニークな構図にハットする。三角山のてっぺんに猿が腰をかけて、下のほうを眺めてるような画面構成は並みの絵師には思いつかない。芦雪は三角というか鋭角的なフォルムの上に対象を配置するのが好きだ。前期に出品された“百鳥図”では大鷲がとがった岩にとまっていたし、今回でている“薔薇図”でも雄鶏が三角岩の上にいる。観る者に大小の対比の面白さをみせるための工夫だったのかもしれない。

花鳥画のコーナーでは、鶏冠の赤が美しい“雪中双子鶏図”、画面から体がはみ出すところが面白い“猛虎図”、たっぷりとった余白が絵の魅力をいっそう高めている“花鳥図”が目を楽しませてくれた。最後の山水のところに大倉集古館で感激した“方広寺大仏殿炎上図”(拙ブログ4/9)があった。これは嬉しい展示。上から落ちてくる火の粉の感じがよくでている。

下は芦雪という絵師のすごさを一番感じさせてくれる絵、“海浜奇勝図屏風”。日本にはなく、NYのメトロポリタン美術館が所蔵している。この奇岩の表現をいつか目の中に入れたいと思っている。現在、東京でみられる芦雪作品をひとつ。東博の平常展では“蝦蟇仙人図”というなかなか面白い絵を展示中(12/6まで)。

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2006.11.23

ディーヴァ、サラ・ブライトマン

555ここ2,3年は11月、12月に音楽を集中的に聴いている。

楽しむのはCDではなくて、専らクラシックの名曲やオペラのアリア、ミュージカル、歌謡曲、演歌、内外のポップスなどをオムニバス風に録画したビデオ。

このMy好きな音楽ビデオがかなりある。聴き慣れたメロディーに耳を傾けながら、これまで出かけた展覧会の図版を眺めていると、琴線にふれる名曲と名画がシンクロし、いい気分になってくる。α波がかなり出ている感じ。

ここ2、3日に聴いた曲を少々。9月、弘前でみた奈良美智の“A to Z展”の図録がやっと送られてきたので、これをぱらぱらめくりながら、高橋竹山の津軽三味線を聴いた。竹山が1998年に亡くなったとき、放映されたNHKの特集を今、しみじみ味わっている。“津軽音頭”、“津軽じょんがら節”、“即興 岩木”などを聴いていると、A to Z展が行われた酒造倉庫や美しい岩木山が鮮明に思い出された。

青森の棟方志功、弘前の奈良美智、高橋竹山。3人とも世界的に評価されたスケールの大きなアーティストである。美空ひばりも津軽を歌っている。“りんご追分”、“津軽のふるさと”などは日本歌謡史に残る不朽の名曲。今は、津軽を訪れたので歌のイメージがすこしは体で理解できる。ご当地ソングの良さを感じられるのはとても嬉しいこと。

チャゲ&飛鳥の“YAH,YAH,YAH,”や“SAY YES”のライブはすごい熱気。福岡からはミュージシャンや芸能人が次から次とでてくる。しかも、大物が多い。ビッグネームの井上陽水はもうおじいちゃん顔だが、相変わらず高い声がでる。“007シリーズ、ロシアより愛をこめて”を英語で歌っている。発音も様になっているし、憎いくらい上手い。そして、カッコよく歌う。陽水の奥さんは外人だって!?また、中国人胡弓奏者、楊興新(やんしんしん)の演奏を聴くといつも心をゆすぶられる。いつか会場で聴きたいが、この人は涙もろいからなあー。。

久しぶりにサラ・ブライトマンの歌を楽しんだ。最近発売された新アルバム、“輝けるディーヴァ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン~”が大変売れているようだ。手元にあるのは
99年の南アフリカにおけるライブコンサート。BS2で3、4年前に放映してくれた。いい曲が沢山入っている。お気に入りは、映画<ミッション>からの“ネッラ ファンタジア”、歌劇<トゥーランドット>の“だれも寝てはならぬ”、映画<タイタニック>の主題歌“イル・ミオ・クアーレ・ヴァ”、オペラ<オペラ座の怪人>の“ミュージック・オブ・ザ・ナイト”、そしてこれまで1500万枚以上も売れたという“タイム・トゥ・セイ・グッバイ”。

どうでもいいことだけど、サラがこれらを歌ったのは7年前だが、顔がタレントのベッキーにちょっと似ている。この歌姫の歌声を生できくと感激するだろうな。“アヴェマリア”とかオペラの定番のアリアなども歌ってくれるから最高のエンターテイメントかもしれない。コンサートは先の楽しみとして、目の前の新アルバムをどうするかだ。半分買う気になっている。

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2006.11.22

出光美名品展の小杉放菴

554出光美術館の所蔵名品展パートⅡが
11/11からはじまった。

春のパートⅠ同様、前期(11/11~12/3)、後期(12/8~12/24)2回に分けて自慢の名品が展示される。

この名品展のいいところは図録があること。これまで、ミニ図録に分散して掲載されていた作品がここにまとめられているので、ときたま引っ張りだして名品を味わいたいときは重宝する。

今回も2回足を運ばずにはいられないほど、絵画、陶磁器の名品がずらっと出ている。これだけ質の高い展覧会に出くわす機会はそうない。はじめての作品で目を惹くのは狩野光信の“西王母・東方朔図屏風”と狩野長信の“桜・桃・海棠図屏風”。コンディションのいい狩野派らしい作風の絵である。また、江戸琳派、鈴木其一の画面が緑でうめつくされた“蔬菜群虫図”もなかなかいい絵。茄子と胡瓜がリズミカルに真正面に垂れ下がり、雀、赤トンボ、蝶、蜂は葉や蔦にとまったり、羽を動かし、緑ワールドを満喫している。後期には其一の“四季花鳥図屏風”が登場する。これは国内にある屏風では根津美術館蔵の“夏秋山水図”とともに最高レベルの作品。12年ぶりの再会が今から楽しみ。

ここは浮世絵肉筆画のコレクションでは日本一を誇る。今回そのなかのベストのものがでている。ボストン美の肉筆画もすごいが、日本にもちゃんといいのがあるのでご安心を。前期は菱川師宣の“江戸風俗図巻”、懐月堂安度の“立姿美人図”、歌麿の“更衣美人図”(重文)、北斎の“月下歩行美人図”。後期の見所は勝川春章の“美人鑑賞図”と北斎の“鐘馗騎獅図”。浮世絵肉筆画にのめり込むきっかけとなったのが春章の“美人鑑賞図”。春章が肉筆では一番の名手ということがこの絵をみるとわかる。観てのお楽しみ。

陶磁器も名品揃い。お気に入りは形と図柄が実にいい“絵唐津柿文三耳壺”、色が鮮やかな古九谷の名品“色絵山水文大皿”と“色絵菊文大皿”、白の地に美しい色調で花鳥が描かれた柿右衛門様式“色絵花鳥文角瓶”。そして、京焼の定番が続く。京博の大京焼展から帰ったばかりの仁清の“色絵芥子文茶壺”(重文)、乾山の“色絵定家詠十二ヶ月歌絵角皿”、金色の鶴がまばゆい“色絵芦雁文透鉢”の前に立つとハレスロットルはもう全開。最後の締めが板谷波山の葆光彩磁の傑作。本当にすごいコレクションである。

展示室の入り口に今回の収穫である右の絵が飾ってあった。小杉放菴が描いた“天のうづめの命”。実はこの名品展で秘かに期待していたのが“昭和の日本画100選”(1989、朝日新聞社)に選ばれた“山中秋意”という小杉の描いた花鳥画。美術館の人に確かめると、この絵は展示されず、右の絵と後期に2点でるとのこと。

意中の絵は見れなかったが、この“天のうづめの命”があまりに魅力的なのでとてもいい気分になった。これはこの女神の踊りに誘われて、高千穂の天岩戸に隠れていた天照大御神が穴からでてきたという“古事記”の話しを絵画化したもの。女神のモデルは昭和の大スター、笠置シズ子。道理で明るく肉感的なはず。

東近美の“揺れる近代展”ですこし触れたが、小杉は最初は洋画で才能を発揮し期待されていたのに、途中から池大雅の南画に魅せられて日本画に転向した異色の画家。この絵は転向後の作品だが、油彩で描いている。出光佐三が新造された巨大タンカーの船室に飾るため、小杉に制作を依頼したらしい。この後、東近美の後期展(12/5~12/24)に出張するから、そのときまた楽しめる。

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2006.11.21

千葉市美コレクション展の鏑木清方

276現在、浦上玉堂の大回顧展を実施中の千葉市美術館では自慢のコレクションを目一杯展示している(12/3まで)。

鑑賞のエネルギーを浦上玉堂作品は6割くらいにし、こちらのコレクション展用に4割残しておいたほうがいいかもしれない。というのも玉堂ばかりにエネルギーを吸い取られると、折角の名品が充分に楽しめない恐れがあるので。

このコレクション展はチラシに使われていた右の鏑木清方作、“薫風”に非常に惹きつけられ見逃すまいと心に決めていたが、この絵以外にも素晴らしい名画がどっと展示してあった。千葉市美恐るべしという感じである。帰り際、購入した館の図録をみると、いい作品は大体でていたので、所蔵品に関しては当分パスしてもよくなった。

ここは現代絵画のコレクションにも熱心で、頻繁に通っている東近美にあるコーナーにいるのではないかと錯覚するような作品に多く出くわした。東近美で現代絵画に目を馴らしているので、作品への好みは横においても作家の名前と作品のイメージはだいたい頭に入っている。お気に入りの作家は堂本尚郎、中西夏之、李禹煥。はじめてみる作品では勅使河原蒼風の“萬木千草”に魅せられた。

今回の圧巻は江戸絵画、浮世絵、そして鏑木清方、川瀬巴水の作品。どの絵も輝いている感じで、大げさにいうと立っていられないくらい。美術館ボランティアがこれらを選定したというが、すごい眼力である。“この絵を是非観てください、素晴らしいでしょう!”と言われると、“ええ、全くその通りです。観ててワクワクします”と返したくなる。

2回目の応挙の“秋月雪峡図”は絶品。奈良県美の“応挙と芦雪展”(12/3まで)にはこの美術館蔵の“雪景山水図襖”が出ていたが、“秋月雪峡図”を手元におきたかった気持ちはよくわかる。関西の方には残念だが。抱一の“老子図”はほほえましい絵。老子が乗っている牛はなんだか笑っているみたい。こんな肩の力が抜ける牛はみたことがない。これはいい絵をみた。浮世絵では、一度みた歌麿や春章の肉筆美人画のほかに、初見の師宣の“天人採蓮図”と“隅田川・上野風俗図屏風”が目を楽しませてくれる。色でKOされたのがベロ藍を使った渓斎英泉の“仮宅の遊女”。これは大収穫。

お目当ての鏑木清方の“薫風”は大作だった。清方のこんないい絵がここにあるとは夢にも思わなかった。卵型の白い顔はフィギュアスケートのアイドル、浅田真央ちゃんを思い出す。初夏の風を受ける瑞々しい姿にメロメロ。即、My好きな女性画に登録した。今月はもう一回、“小堀鞆音展”で清方の美人画を見る機会がある。こちらも楽しみ。

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2006.11.20

向源寺の十一面観音菩薩立像

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東博の“仏像展”(12/3まで)に目玉のひとつである上の国宝“十一面観音菩薩立像”(向源寺)が登場したので、また出かけた。前回(拙ブログ10/11)、半券を見せれば2回目は半額になると書いたが、これは間違いだった。どこで混線したのかわからないが。。半額ではなく、1400円(ぐるパス券で100円引き)を払って入館した。

今回はわき目も振らず、“十一面観音”のところへ直行した。この一体を観るために1400円を払ったようなものだが、滋賀県へ行かずにこんな傑作を観られるのだから安いもの。座像と較べると、立像は周りをぐるぐるまわり、いろんな角度から見られるから、こうした素晴らしい仏像だと感動が増幅する。多くの作家や美術史家が絶賛しているのが本物をみてよくわかった。これまでブロンズ、木彫の立像をいくつも見てきたが、感激度ではこれが一番。

自分の目で確かめたかったのが、両腕から台座のところまで垂れ下がる天衣と足の間の空間。一本の木を細長くくり貫くのだからすごい技である。しかも、天衣が蓮肉につながる部分を横からみると、コブラの頭のように緩く曲がっている。天衣の彫りでは薬師寺の東院堂にある“観音菩薩立像”(国宝、鋳造)や兵庫、鶴林寺の“観音菩薩”(重文、鋳造)も見事だが、こちらは手彫りだからもっと感激する。

仏像全体を眺めてうっとりするのがくびれた腰のひねり。薬師寺にある下の“月光菩薩像”(国宝、鋳造)と“十一面観音”は胸や腹の肉付きはよく似ているが、“十一面観音”のほうが腿が太くそこにかかる天衣が下のほうにあるので、よりはっきり腰のひねりが印象づけられる。この仏像は観音様のふっくらした顔および化仏が彫られた大振りな頭上面の部分と顔から下のバランスが非常によく、全体の造形は大変美しい。

また、後ろ姿もなかなかいい。背面の彫りのしっかりした衣文表現にしばし見入ったあと、目線を上のほうにやると、口を大きくあけて笑っている後頭部の化仏にちょっとドキッとする。この笑い顔はインドやクメールの仏像のイメージである。目をつむった観音様とこの大笑面の残像がいつまでも体の中に残っている。

この展覧会でみた“菩薩半跏像”と“十一面観音菩薩立像”は一生の思い出になるだろう。残るは密教彫刻の傑作、大阪、観心寺にある“如意輪観音座像”(国宝)と京都、神護寺の“五大虚空蔵菩薩座像”(国宝)。1,2年の間になんとか目におさめたいと思っている。

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2006.11.19

狩野芳崖の仁王捉鬼図

243東近美で15年も待ち続けた絵に出会った。それは現在行われている“揺らぐ近代展~日本画と洋画のはざまに~”(12/24まで)にでている狩野芳崖作、右の“仁王捉鬼図”(におうそっきず)。

91年に放映されたNHKの番組“フェノロサコレクション”でこの絵を知り、いつか本物に会いたいと願ってきたが、やっと夢がかなった。嬉しくてたまらない。

秋田市金足の大地主、奈良家が所蔵するこの絵はたしか00年ごろ?開館した東芸大美の記念展に出品されたが、当時は広島にいて展覧会情報のチェックを今ほどしてなかったので、貴重な機会を見逃してしまった。それから、5,6年たち漸くこの絵の前に立つことができた。まず、展覧会自体について紹介し、それからこの絵のことにふれたい。

洋画家や日本画家のなかには、自分の求めるイメージの絵を描くため、ふたつのフィールドにまたをかけて制作した画家がいる。こういうチャレンジをした作家は新しい試みだけに創作の過程で心は揺れ動き、近代洋画プラスα、あるいは日本画プラスβの作風が傑作として高く評価されるケースもあれば、それほどの効果は感じられず、中途半端に終わることもある。で、“揺れる近代”となる。

画家は“絵”を描いているという意識が強いから、それが洋画風に見られようが、日本画風に見られようが、たいして気にしないが、見る側は平面的な画面が特徴の日本画と陰影や遠近法を使い立体的な空間を表現する洋画が同じ画面の中に一緒にでてくると、不思議な感覚にとらわれる。が、はざまにある絵を味わうにはあまり難しく考えず、ぱっとみたときその絵がいいな感じられるかどうかで向き合ったほうがいいかもしれない。

日本画家から出発して、洋画の描き方や色をとり入れて作品を制作したのは、フェノロサの指導を受けた橋本雅邦・狩野芳崖、横山大観、菱田春草、速水御舟、土田麦僊たち。洋画を最初にやり途中から日本画に転じたのは小杉放菴、近藤浩一路、川端龍子。初見の絵で惹きつけられたのは御舟の緑の輝きが印象的な“デッドシティー”と池の水面のキラキラが眩しい近藤の“碧潭”。

洋画家の絵で楽しませてくれるのは浅井忠の“鬼ヶ島”。こんなユーモラスな日本画を描いていたとは知らなかった。大好きな岸田劉生はお馴染みの“道路と土手と堀”など9点でている。そのなかの首をちょっと横に傾け、笑っている“野童女”は前から見たかった作品。赤の着物の質感表現に麗子像と同様、引き込まれる。また、明るい色調で描かれた日本画“四季の花果実図”に心がやすまる。

今回の一番の収穫は狩野芳崖と橋本雅邦の名画に会えたこと。ボストン美術館からは雅邦の代表作のひとつ“弁天”(ビゲローコレクション)が里帰りした。遠近法と波文を幾重にもかさねてつくられた立体的な空間のなかを、弁天が毛と鱗が上品に描かれた龍の背中に乗り、こちらに向かってくる。狩野芳崖は“悲母観音”(重文、展示は12/3まで)と“仁王捉鬼図”の最高傑作2点が一緒に出ているのだから、いつになく興奮する。“悲母観音”はこれまで幾度とみたので、待望の“仁王捉鬼図”に全神経を注ぎ込んだ。

これはフェノロサが最後まで手放さなかった作品で、フェノロサは芳崖につきっきりで構図や色に注文を出して描かせたという。仁王の衣装の青や背後の緑の煙がドハデなのはフランスから取り寄せた絵具を使っているから。緑の煙のむこうにはうす黄色やピンクが見え、上からはシャンデリアのような照明具が垂れ下がり、床の菱形模様は西洋の邸宅のものをそっくり持ってきている。

まばゆい色彩表現と共に、目が点になるのが首がやけに太くて筋肉隆々の仁王が左手に捕まえている鬼の姿。これほど戯画的に描かれた鬼は見たことがない。苦しそうに手足をバタバタさせ、眼球は飛び出しそう。また、可笑しいのはピンクと青のパンツ。鬼はほかにもいて、後ろで柱の影に隠れたり、逃げ出そうとしている。色鮮やかで迫力のある仁王と滑稽な鬼の取り合わせに心底魅了された。

最初は狩野派の絵師として腕を磨いた芳崖が西洋絵具を使ってこんな面白い絵を描くのである。日本画家の体にはやはり鳥獣戯画や地獄草子を描いた絵師のDNAが受け継がれているようだ。これだから日本画はやめられない。後期(12/5~12/24)に展示される芳崖の“暁霧山水”や“不動明王”(重文)が待ち遠しい。

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2006.11.18

小堀鞆音の武者絵

244明治神宮文化館で開催中の“小堀鞆音と近代日本画の系譜展”(12/3まで)をみた。

小堀鞆音(こぼりともと)は近代日本画の巨匠、安田靫彦(やすだゆきひこ)の師匠で、歴史画を得意とした画家である。

同世代の画家では横山大観がいる(大観より4歳年上)。作品は山種美術館や東近美でたまに展示されることはあるが、こうした特別展でもない限り、ほとんど縁がない画家といっていい。

出かける気になったのは、小堀の作品への興味というよりは、安田や小林古径、前田青邨、鏑木清方といった好きな画家の未見の絵がでてくるのではという期待があったから。ところが、安田らの絵より、まさに主役の作品に200%魅了されてしまった。そして、つい先だって東近美の平常展でみた安田の“黄瀬川陣”や前田青邨の代表作、“洞窟の頼朝”などは小堀鞆音の影響を強く受けて制作されたものだということを発見した。

小堀の歴史画は3つの期間に分けられ、全部で49点展示される。今回みたのは、そのうちの半分。以前見た山種美所蔵の“那須宗隆射扇図”は、構図が面白い絵というくらいの記憶しかなかったのに、右の“武士”(部分、東芸大美)の前では大変感動した。これは縦224cm、横113cmの大作。こんなすごい武者絵があったのか!という感じである。

この武将は“保元物語”に登場する弓術に優れた悲劇の英雄、鎮西八郎源為朝(1139~77)。鎧や兜の精緻な描写や青の地にくっきりと目立つ大柄な紋様に目を奪われる。そして、足を大きく広げ、左前方を見つめる迫真の姿が胸を打つ。これまで、前田青邨の歴史画に出てくる武将たちは皆鼻がでかいのはどうしてかなと不思議に思っていたが、その謎が解けた。この“武士”が参照画だった!

歴史画というのは制作するのに時間がかかる。小堀の時代考証は徹底していたそうだ。描こうとする人物が身につける衣装の色や紋様、兜、鎧、刀、弓などの形や意匠、屋敷の場面に必要な調度品、そして合戦の舞台となる建物や背景にある海や山の風景など知っておかなければいけないことが沢山ある。だが、有職故実に忠実すぎると、絵としての魅力がなくなる。合戦の真っ最中の武者を描く場合、絵に勢いがないと見る者を感動させない。だから、画家は視線の集まるところでは対象の形や色を誇張したりデフォルメして描く。これにより力強さや迫真性がグッとでてくる。

小堀の“武士”も豊国や写楽が描く役者絵と同様、強いインパクトをもっている。武者絵の傑作ではなかろうか。ほかでは、大きな屏風絵“忠孝之図”、“田村将軍並菅公図”に魅了された。画家に対する評価はやはり作品をある程度こなさなければ定まらない。小堀鞆音をMy好きな画家に早速登録した。

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2006.11.17

東博のミニ写楽展

548世の中、段々寒くなってきているが、東博の浮世絵コーナーだけは今、とても熱い。

写楽の大首役者絵が20点(全部重文)一挙に公開されているのである
(12/6まで)。写楽の大首絵をこれだけ沢山まとめて見たのは95年、東武美術館で行われた大写楽展以来。

昨年あった太田記念美術館の名品展やMOAや千葉市美の所蔵品展にも写楽の絵は何点か出品されたので、写楽が縁遠ということはないが、なにせ作品の数が少ないため、写楽作品の残像が体の中に長い期間とどまってくれない。でも、江戸庶民を驚かした新しい役者絵28枚のうちの20点が一堂に展示されるとなると、テンションは一気にプラトー状態になる。こういう機会はめったにないので、じっくり鑑賞した。

昨日の歌川豊国でも少しふれたように、東洲斎写楽は寛政6年5月(1794)、江戸三座夏狂言に取材した28枚の大首役者絵で鮮烈にデビューした。それまでの役者絵は複数の人物も描かれたり、豊国の役者舞台之姿絵シリーズのような“一人立ち役者”であったが、写楽はこうした描き方は用いず、一人の役者だけを、しかも上半身アップで描いた。

そして、役者の顔の描き方まで大胆に変えた。役者を美化して描くのではなく、鼻が大きいとか、目が小さいとか、素のままのキャラを茶化すように誇張して描いた。それが真に迫り、役者の心の内面までもつかみとるようだったので一時的には大いにもてはやされた。浮世絵の役者絵はスターのブロマイドだったから、描かれる役者は少しでもいい男、いい女に描いてもらいたいと願う。それなのに、写楽はそんなことはお構いなしに、役者自身が気にしているところを逆に強調し、デフォルメして描くのだから、役者にとっては煙たい絵師だったにちがいない。

ドアップの大首絵にはアクの強い役柄がぴったりはまる。だから、悪役を描いたのが一番グッとくる。お気に入りは“嵐龍蔵の金貸石部金吉”、“三代目坂田半五郎の藤川水右衛門”、右の“三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛”。大首絵の魅力はなんといっても目と手の表現である。奴江戸兵衛の“やるか”といわんばかりに、眉をつりあげ、口を真一文字にむすんで相手をにらみつける形相はすさまじい。

そして、ヤモリの足を思い出させる指を広げた両手は体はいつでも前に行くぞという気概を表している。市川男女蔵の演じる奴一平は刀に手をかけているが、江戸兵衛の迫力に負けて、内心ドキドキという様子がありありとみえる。こんな怖い顔をしてこられたら誰だって引いてしまう。緊張の瞬間をこれほど鋭く表現した絵師は写楽のほかにはいない。

こうした役者を躍動的に描いた絵とは対照的に、写楽の代表作として有名な“市川鰕蔵の竹村定之進”は名優、鰕蔵の静的でどっしりした風格のある演技を見事に表現している。安定感のある構図、大きな鷲鼻、そして鮮やかなうす茶色の衣装にいつも釘付けになる。20枚の役者絵に酔いしれた。今、写楽の役者大首絵の魅力が体全体に染みわたっている。

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2006.11.16

UKIYO-E 展の歌川豊国

547関西の方なのに東京にある美術館のことをよくご存知の遊行七恵さんから貴重な浮世絵展の情報をいただいた。

今、港区立港郷土資料館が区政60周年の記念事業として開催している“UKIYO-E展 名所と版元”(12/3まで)には、太田記念館もびっくりしそうな質のいい浮世絵が沢山展示されている。しかも、これらが無料でみられるというのだから、嬉しさ2段重ね。NO情報の展覧会だっただけに、七恵さんに感謝々である。

展示室が狭いので250点の作品は前期(11/15で終了)、後期(11/17~12/3)に分けて展示される。サブタイトルの“名所と版元”は作品の展示方法を示しており、作品の大半は港区の名所、風景を多くの浮世絵師たちがどんな風に描いたのかという視点でくくられているが、もうひとつ港区にあった版元やここに住んでいた絵師たちによって生み出された作品という軸でもまとめられている。

名所絵では広重(初代)の風景画がこれまで見たことのないものを含め沢山あるので、大変気分がいい。広重が描いた“名所江戸百景”、“江戸名所”、“東都名所”の中から港区にある名所を集めただけでも結構な数になる。一番多いのが“高輪”。広重以外の絵師のもあわせると50点近くある。広重作の高輪で魅了されるのは、“江戸名所 高輪の月”、“東都名所年中行事 高輪廿六夜”、“東都名所 高輪全図”、“江戸名所百景 高輪うしまち”。

はじめてみたのは3枚続きの“高輪全図”。帆船が何隻も浮かぶ海と左下から右の方へ斜めに延び、海岸線沿いを緩やかに左に曲がる道を俯瞰の視点でとらえる画面構成が実にいい。美人画と風景画がミックスした歌川国芳の“江戸名所見立十二ヶ月の内 五月高輪 おふね”は女の顔が強く印象に残る。ほかの名所でも広重のいい絵がある。“名所江百景 芝うら乃風景”、“江戸名所虎御門外 金比羅社 葵坂”など。

芝神明地区(現在の浜松町・芝大門界隈)は、日本橋に次いで多くの版元があり、神社の周辺には劇場や寄席、飲食店などが立ち並ぶ賑やかなところだった。大手の版元が和泉屋市兵衛で、地元生まれの歌川豊国が挿絵を描いた黄表紙や錦絵を出版した。役者絵をはじめた勝川春章のあと、注目を集めたのが新進気鋭の絵師、歌川豊国。売れっ子の豊国は地縁つながりで和泉屋とタッグを組み、写楽・蔦屋重三郎コンビがつくりだす役者絵と熾烈な競争を繰り広げる。

右は豊国の出世作となった“役者舞台之姿絵”シリーズの一枚、“かうらいや”で、寛政6年11月(1794)、豊国26歳のときの作品。この年5月、写楽が大判雲母摺の大首絵という新機軸の役者絵でデビューしたのに対し、豊国は観客のイメージする理想美を表現した役者絵を描いた。場面は市川高麗蔵が演じる悪役が見得を切るところ。流麗な線と明るい色調が目つきがいかにもワルの演技を一層迫力あるものにしている。

歌川一門では、豊国の一番弟子である国貞の“女子教訓狂哥合”など魅力一杯の美人画が数点ある。これも大きな収穫。人気浮世絵師の名品を沢山みれて上機嫌になる展覧会であった。

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2006.11.15

松坂 大リーグ・レッドソックスへ移籍

546西武ライオンズの松坂がポスティングシステムで大リーグ、ボストン・レッドソックスへ移籍することが正式に決まった。

交渉権を得たレッドソックスの入札額は日本円でなんと60億円!イチローのときの14億円を大きく上回る、びっくりするような金額である。

西武球団は毎年20億の赤字を出してるというから、3年分の損を穴埋めできるくらいの資金を得ることになる。孝行息子、松坂様々であろう。

豊富な資金を有するヤンキースがどうせ獲得するのではと誰もが予想していたのに、結果はまったくNOマークのレッドソックスだった。舞台裏はわからないが、レッドソックスは思い切った投資をしたものだ。GMのエプスタインは今年32歳。エール大学卒で4年前、28歳の若さでGMになった切れ者である。投資の収支計算はしっかりやっているだろう。

三方一両得という言葉がある。松阪の大リーグ移籍にもこれが当てはまる。まず、松坂本人。10歳のときからの夢であったという、大リーグのマウンドに立てる。また、いきなり年俸10億円くらいの契約も勝ち取れるだろう。あのやり手のボラス氏が代理人でついている。次に日米の両球団、西武は天から降ってきたような大金を手にし、球団経営はずっと楽になる。レッドソックスの場合、短期的には資金の流失だが、すぐに元はとれて、目標ROI(投資収益率)を達成するだろう。そして、ベースボールエンターテイメントを享受する側のファンは豪腕松坂の勇姿をみることができる。

地元ボストンのファンのみならず、NYに住む日本人だってフェンウェイパークにつめかけるのではなかろうか。また、日本からも大勢の松坂ファンが観戦ツアーで出かけるだろう。地元ボストンでは、日本からやってくる観光客がもたらす経済効果に目を輝かしているビジネスマンは多くいるはず。ボストンには有名な美術館があり、ヨーロッパ的な雰囲気のある街だから観光をかねたこのツアーは人気を呼ぶにちがいない。

日本でTV観戦する野球ファンにとって、来年は楽しい日が続きそう。BS2が昔の野茂のように松坂の登板する試合を毎回中継してくれるだろうから、松坂とイチロー、松井、井口、城島との対戦がみられる。日本人バッターとの対戦以上にワクワクするのがライバルヤンキースのAロッド、ジーターらと勝負。彼らに対してどんなピッチング見せてくれるだろうか。

松坂とレッドソックスとの入団交渉はこれからなのに、大リーガー松坂のイメージがどんどんふくらんでいく。トルネード投法の野茂英雄を超える可能性を秘めた松坂大輔というピッチャーはそれだけ見る者に夢を与えてくれる選手なのである。来年の大リーグはすごいことになりそう。今から開幕が楽しみ。

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2006.11.14

平塚市美術館の山本丘人展

245昨年11月、練馬区立美術館で日本画家、山本丘人の絵を50点ちかく観てからまだ1年しかたってないのに、今度は平塚市美術館が大回顧展を開催してくれた(11/26まで)。

練馬区立美に登場した成川コレクションで山本丘人(1900~1986)の画業の変遷、画風の特徴が一応頭の中に入っているので、目は割り方据わっていたが、それでもはじめてみる名品には熱く反応した。

作品は成川氏所蔵のほか、東近美、山種美などから92点ある。この中には60何年ぶりに展示される作品も含まれるなど、初期から壮年期、そして晩年に制作された代表作のほとんどがでているといっても過言でない。若い頃の女性画“娘之座像”から絶筆作品までがこうして一堂に並ぶと、丘人の画風が大胆に変っていく様子がよくわかる。

初期の作品でおやっと思ったのはアンリ・ルソーの絵に触発されたのではないかと想像してしまう“公園の初夏”。公園の周りの道路の描き方や人物表現は世田谷のルソー展にでていた堂本印象の“坂(京都)”の構成とよく似ている。日本画らしい“春庭”や“村道”は女性的な叙情が漂うやさしい絵。戦後の画風は男性的な表現が前面にでてきて、骨太の筆致で描かれた三角々した山が画題の中心となる。色数は少なく、金泥や銀泥の山、雪の積もった白い山が多い。ときには海までゴールドになる。

記念碑的な代表作“北濤”(ほくとう、東近美)は佐渡の荒れ狂う海を描いたものだが、これをはじめてみたとき、波しぶきの白があまりにゴツゴツ輝いているので、日本アルプスに積もった雪のようにみえてしょうがなかった。心を打つのは右の“夕焼け山水”(平木浮世絵財団)と大作“雲のある山河”(成川美)。“夕焼け山水”は実景をかいたのではなく、丘人が心象風景としてみた冬山の夕焼けである。真ん中の左右に折れ曲がる川には銀泥、川中や川べりの岩には金泥が使われている。画面の上にバランスよく配された山々が夕陽に赤く染まる情景と川の光輝く水面におもわず“うわー”となった。

丘人の画風がまた、女性的で優雅な感じになっていくのは70歳前後から。色はそれまでのゴールド基調から白の占める割合が増え、これに紫や黄色、朱色が加わり少しシュールで幻想的な画面にかわる。そして、女性や花鳥をモティーフにした絵が多くなる。女性画の傑作が“地上風韻”(拙ブログ05/11/29)と“壁夢”(山種美)。花や鳥を描いたものでは“狭霧野”(東近美)と“鳥と風月”(成川美)が素晴らしい。この4点はいずれも大作なのでみてて気分が高揚する。

才能のある画家は一つの画風に定着せず、描き方をどんどん変えていく。山本丘人も大きな画家の一人であることはまちがいない。

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2006.11.13

浦上玉堂展

544玉という字のついた日本画家が3人いる。古い順から浦上玉堂、川端玉章、川合玉堂。川合が浦上を慕って玉堂と名乗ったのかどうかは知らない。

最初の玉堂、浦上玉堂の回顧展(千葉市美術館、12/3まで)を見た。出展数230点の大回顧展である。

相当数の作品が会期中、展示替えになる。4期に区分されているが、11/3~19と11/21~12/3の2回足を運べば、ほぼ全点鑑賞できるようになっている。11/21からは代表作中の代表作、国宝“東雲篩雪図”(とううんしせつず)がでてくる。

浦上玉堂(1745~1820)の絵を見る機会はあまりないが、今年は愛知県美で開かれた“江戸絵画展ー木村定三コレクション”(3月)で右の“山紅於染図”(さんこうおせんず、重文)ほか9点にお目にかかった。この回顧展にも同じ8点が出品されている。木村定三というコレクターは重文クラスの玉堂作品を所蔵しているのだから相当の目利き。玉堂の絵をもっているのは木村氏のように個人の趣味人が圧倒的に多い。

玉堂は絵を描いたり、詩を作ったり、琴を自分で製作して弾くなど多芸に秀でた文人だが、50歳までは備前池田家の鴨方支藩に仕える武士だったというから驚き。陰湿ないじめにあって、つい脱藩したくなったのだろうか?備前を出てからは風流人として会津から長崎まで各地を遊歴したという。独学で学んだ絵を買ってくれるパトロンがその土地にいたようだ。

玉堂が描いたのは水墨山水画のみ。いろんなタイプの絵がある。掛軸、小品の画帖、一幅の画面のなかに円形や矩形の独立した山水画を組み合わせたもの、書と扇面画を貼り付けた屏風など。また、書もある。水墨画を描いた気分になるにはこの玉堂の絵を模写するのが一番いいかもしれない。中くらいの太さの黒いサインペンと細い竹ペンを使うと、あまり時間をかけずに木々や山が描けそうである。

池大雅や与謝蕪村の流れをくむ文人画だが、玉堂の絵はかなり前衛的。目の前にある自然をみて心で感じとった風景をのびのびと墨の濃淡・強弱だけで描いており、実景の山河を描いた絵ではない。自分の描きたいような形で描くのだから、西洋の表現主義と同じ絵画表現である。

右の“山紅於染図”はお気に入りの絵。題名の“紅色で染めるよりも山の紅葉はなお赤い”をつい4日前、函館の香雪園にあった紅葉で実感した。目の前の赤に感動しっぱなしだった。応挙や芦雪の山水画には朱色はでてこない。地の白に山肌と木の枝のうすい墨と紅葉の朱と黄色の点々が見事に溶け合い、静寂な美しさを醸し出している。ほかでは構図がいい“山雨染衣図”、“山中結廬図”、彩色画の“山水図”などに魅了された。

この展覧会は“東雲篩雪図”を観るため、もう一回出かけることにしている。そのとき、またとらさんと会うかもしれない。

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2006.11.12

神奈川県近美葉山館の山口蓬春展

543現在、葉山にある神奈川県立近代美術館で“山口蓬春展ー 伝統とモダンの融合ー”(12/24まで)が開かれている。

待ちに待った回顧展で、初期の頃から晩年までの代表作80点を存分に楽しんだ。

山口蓬春(1893~1971)の描く日本画が魅力的なのは従来の日本画とは違い、西洋画のようなモダンな香りがするから。だが、最初からそういう画風の絵を描いていたのではなく、代表作、“山湖”(拙ブログ05/1/26)のような傑作が生まれるのは第二次大戦後のこと。

若い頃の作品は日本画の伝統的な画題である歴史的な人物画、山水画、花鳥画などが多い。この画家の高い画才がみてとれるのは大和絵の伝統をきっちり継承している“春秋遊宴”や江戸琳派の酒井抱一が現代に蘇ったのではないかと思わせる見事な屏風“扇面流し”。“扇面流し”を04年の琳派展(東近美)ではじめてみたときは、その装飾性豊かで華やかな画面に目を奪われた。また、墨の濃淡とたらしこみで描かれた大作、“竹林の図”が心を打つ。左右の隻の下位部分に川があり、竹林と竹林の間は大きく空間をとり、そして濃い竹とうすい竹を重ね奥行きをつくる画面構成からは静謐な自然の情趣が深々と伝わってくる。

これが戦後になると作風はがらっと変る。ホドラーやフランス近代絵画の旗手、マティス,ブラックらの影響をうけて明るくて強い色調になり、造形も単純化されてくる。蓬春がめざしたモダニズムから生まれたのが“山湖”であり“紫陽花”(拙ブログ06/6/22)。また、見所のひとつである静物画はいずれも対象の色が澄んでいて、そのリアルな質感表現に驚かされる。

お気に入りは代表作のひとつとされる“榻上の花“(東近美)、“枇杷”、西瓜とレモンが描かれた“オランダ皿の静物”、青花のお皿に入った緑と赤の林檎の“静物”。今回、色彩で最も惹きつけられたのが“花菖蒲”の深い青の花びらと右の“楓”(山種美)。“花菖蒲”の青の輝きや楓の赤、黄色の葉をみていると、蓬春が日本画の顔料本来の発色のよさを高いレベルで引き出すことに腐心していたことがよくわかる。色の濁りが全くない。“楓”は皇居新宮殿の杉戸絵の4分の1下図で、蓬春74歳のときの作品。本画は翌年完成した。画面一杯に咲き誇る楓の赤と黄色の葉に金砂子が散らされた画面は絢爛豪華。蓬春のもっている天性の色感とモダン感覚の造形にしばし酔いしれた。

これだけの作品を見たので山口蓬春の追っかけは今回で終了。満ち足りた気分で会場をあとにした。

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2006.11.07

ビゲローコレクションの北斎肉筆画

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ボストン美術館の所蔵する肉筆画が日本に里帰りするということを朝日新聞の記事で知ったとき、いくつか紹介された作品の中で一番興奮したのが上の葛飾北斎作、“鳳凰図屏風”(部分)。この絵が長野県小布施にある岩松院の天井画、“八方睨みの鳳凰図”(拙ブログ05/1/18)とあまりに似ているので、いままで感じたことのないような鑑賞欲が生じた。

だから、会場では早くこの絵のところへ行こうと目の前の作品を楽しみながらも、顔は先へ々と進んでいる。第二章“浮世の華”のコーナーにあった。岩松院のような正方形の画面に描かれた大きな鳳凰を想像していたが、この鳳凰は意外にも小ぶりで、羽根を横に広げる形で高さ36センチほどの八曲屏風におさまっていた。鋭い目つきや胴体や翼を鮮やかな朱、緑、青で彩られた装飾的な文様で描くところは“八方睨みの鳳凰”と全く一緒。華麗な鳳凰に相応しく、地は金泥にし、さらに四角に細かく切った金箔を画面いっぱいに散らしている。

この屏風を毎日見ていた注文者はさぞかし楽しいひと時を過ごしたことだろう。これは北斎がふたたび肉筆画を描きはじめた75歳のころの作品で、13年後これをもとにスケールアップして描いたのが岩松院の天井画。ゴージャスで生き生きとした鳳凰の絵を2点も見られたのは一生の思い出である。

会場最後のところに話題の絵が飾ってある。それは真ん中の提灯絵、“龍虎”と“龍蛇”。文化年間(1804~18)に制作された提灯絵が保存のためはがされ、平らに延ばされていたのをボストン美術館のスタッフが苦労を重ね、提灯として復元したのだという。力強い描線で表現された猛々しい龍と虎が互いに怯まず向かい合っている。龍の足の上には雷が赤く光り、龍と虎の大スペクタクルバトルをみるようだ。展覧会のために復元されたのだから、ボストン美に感謝しなければならない。

北斎が90歳で亡くなる年(1849)に描かれた下の“李白観瀑図”(部分)の前では思わず立ち止まった。後ろ向きの李白が眺める滝は画面のてっぺんから垂直にまっすぐ落ちている。滝の壮大な景観を表すため、滝を異常とも思えるほど長く描き、子供を背中におぶった李白は小さくする。この対比表現は普通の絵師はなかなか思いつかない。視覚の魔術師、北斎ならでは画面構成である。そして、後ろ向きの人物表現は北斎の得意とするところ。米国フリーア美術館が所蔵する“富士と笛吹童子”(拙ブログ06/3/22)は北斎の絵では今、最も観たい絵。国内では北斎の肉筆画専門館、北斎館(小布施)へ行けば“雪中筍狩”、“富嶽と徐福”といった名品が観られる。

今回この3点のほかに、朱が印象深い“朱鐘馗図幟”や85歳のときに描いた“唐獅子図”がある。北斎の肉筆画の傑作を美人画を含め7点も見れたのは大きな幸せ。ボストン美術館に感謝々である。

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2006.11.06

ボストン美蔵 肉筆浮世絵展

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期待のボストン美術館所蔵の肉筆浮世絵展(12/10まで、江戸東博)がようやく東京にやってきた。80点の肉筆画は予想以上にコンデションがよく、細やかな描写とあでやかな彩色で描かれた美人像に200%感動した。

ボストン美術館の所蔵する日本美術品はもう完璧に超一級。仏画、雪舟、狩野派、尾形光琳、曽我蕭白、伊藤若冲、浮世絵版画、そして今回日本初公開のビゲローの肉筆浮世絵コレクション。これまで国内では評価の高い出光美術館やMOAの所蔵品や大谷コレクションで肉筆画へ目を慣らしてきて、それなりの参照図ができたので、これらと較べながら輝く名品と向き合った。

肉筆の風俗画や美人画で、一番先に目が行くのはやはり菱川師宣と勝川春章の作品。師宣は2点あり、上の“芝居町・遊里図屏風”(右隻部分)にびっくりした。これほど質のいい風俗画は国内でもなかなか見れない。現在、東博の平常展に飾られている“歌舞伎図屏風”(重文、10/31~12/6)と較べても遜色ないのではなかろうか。華やかな空気を演出する金地と金雲、座敷や松の緑、そして暖簾や屋根の上に貯められた火消し用の水のうす青に目を奪われ、右隻の遠くからでもよくみえる大きな柄の衣装を着て楽しげに踊る女たちに釘付けになる。

今年は千葉県の鋸南町の菱川師宣記念館(拙ブログ7/5)を訪ねたからかもしれないが、師宣のいい絵に縁がある。“浦上玉堂展”を開催中の千葉市美術館でも、“隅田川・上野風俗図屏風”(12/3まで)を観た。

美人画のお気に入りは勝川春章。肉筆美人画では一番の名手といわれる春章の名品は出光、MOA(拙ブログ06/1/20)に通い、ひとつ々つぶしてきた。9月には念願の“婦女風俗十二ヶ月図”(重文、MOA)と対面した。そして、ボストン美にある真ん中の“春遊柳蔭図屏風”(左隻部分)である。これは出光、MOAでみた最上級の美人像を全部集めてきたような見事な絵。艶やかな女の顔はあくまでも白く、色鮮やかで繊細な模様の着物が目を惹く。こんな名品が海の向こうに渡っていたとは。。唖然としてみていた。

葛飾北斎の“鏡面美人図”はそのS字曲線のような後ろ立ち姿が色っぽい。北斎が描く美人像はMOAの“二美人図”(重文)のように面長が多いが、鏡に映ってるのはぽっちゃり顔。好みとしてはこちらの方がいい。北斎の女と喜多川歌麿が描いた下の“遊女と禿図”にでてくる遊女の顔がちょっと似ている。着物の柄に波の文様を使っているためだろうか、首から胸にかけてや足元のまわりは柔らかい曲線を幾重にも引いている。美人画家の最高峰、歌麿が描いた版画のなかでは、“婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘”(東博)がこのふっくらした顔の遊女と似たようなイメージ。

ほかにも鈴木春信の“隅田河畔春遊図”、西川祐信の“四季風俗図巻”、歌川豊春の“向島行楽図”、宮川長春の“吉原風俗図屏風”など心をゆすぶる絵が何点もある。本当にいい美人画をみせてもらった。昨年の北斎展同様、大きな満足が得られる驚愕の浮世絵展だった。

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2006.11.05

映画「クリムト」

536大勢いる西洋画家のなかで、ウィーン世紀末芸術の中心人物として活躍したグスタフ・クリムトは特別な存在。

国内で行われたクリムトの展覧会はだいたい見逃さず観てきたし、ウィーンでも代表作が展示してある主要な美術館を訪問した。このように常日頃、アンテナをはっているクリムト狂いにとって、10/28から全国ロードショーの映画「クリムト」はクリムトのことを知る絶好のチャンス。で、前売り券を買っていたシネスイッチ銀座へ早めにとびこんだ。

クリムトを演じるジョン・マルコヴィッチ、愛人エミーリエ役のヴェロニカ・フェレ、そしてチリ人監督、ラウル・ルイスのことは全く知らないから、映画を見慣れている人とはちょっと見方が異なる。ネタばらしは禁じ手なのでストーリーについて詳しくは触れない。この映画で確認したかったのは、絵を描くときの想像力の源はどこにあるのか?クリムトは実際どんな人間だったのか?という点。これまで作品を観たり、画家のモノグラフを読んだりして興味をいだいていたこと、疑問に思っていたことがこの映画でいくつか解消されたので、そのことを書きたい。

この映画は昨年のはじめ、鎌倉の古本屋で偶然見つけたネーベハイ著のクリムト本(拙ブログ05/1/22)を所々で下敷きとして使っている。アトリエには裸のモデルが何人もいる。その中にクリムトの子供を生んだ女がいた。クリムトが女の赤ちゃんが出来たことを告げられて喜ぶ場面が面白い。貧しいモデルたちにクリムトはモデル料をきっちり払い、なにかと資金的な援助をしてやったという。父親が亡くなって埋葬する金がないと泣きついたり、家賃の未払いで立ち退きを迫られるモデルにはその金を払ってやっている。しかし、よく嘘をつかれ、騙されることもあった。誰かがそれを注意すると、クリムトは“ねえ、君、それが世の常さ。本当に貧しい人に生涯なんの施しもしないで終わるよりは、ろくでなしにだって何かくれてやる方がましじゃないか”と笑って言ったという。なんとも太っ腹。

アトリエのなかに掲げられている絵に右の“ダナエ”(個人蔵)がでてくる。チラシにも使われており、何点かある同じ画題の絵のなかでは一番官能的な“ダナエ”である。黄金の雨を光に変え象徴的に描いたレンブラントの絵(拙ブログ05/5/26)と較べると、クリムトの絵はエロテイックな香りがし、黄金の雨の描写は即物的。いつかこの絵にお目にかかりたい。

この映画にはクリムトが肖像画を描いた女性が2人登場する。結婚はしなかったが、生涯の恋人だったエミーリエ・フレーゲ(映画のなかではミディと呼ばれている)とクリムトの大のパトロンでユダヤ人実業家、アウグスト・レデラーの妻セレナ。クリムトとエミーリエの関係はプラトニックなものだったといわれているが(拙ブログ05/7/12)、映画でもそういう風になっている。はたして、本当にそうだったのか?幾何学的な装飾文様が入った青のドレスを着たエミーリエの肖像画は見たことあるが、セレナ夫人のはまだみていない。

レデラーは代表作のひとつ“ベートーベン・フリーズ”をはじめ18点の作品を所蔵していたが、13点は第二次大戦で焼失したらしい。大きな損失である。残念なことにこれらの作品は写真に撮ってなかったので、どんな絵だったか知る由もない。

最後にクリムトの肉体のことについて少々。クリムトは梅毒に罹り、定期的に病院を訪ね、医者に症状を聞いている。また、レスラーやボクサー並みの力を持ち、体臭がすごかったという。映画のなかにそのことがわかるシーンがでてくる。観てのお楽しみ。

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2006.11.04

世田谷美術館のアンリ・ルソー展

535_1現在、世田谷美術館で行われている“アンリ・ルソー展”(12/10まで)は10/7に開幕してからしばらくの間、行くかパスするかで迷った。

展覧会の情報を入手したときから、展示内容の詳細が判明するまでは海外の美術館から例えば、オルセーとかMoMAなどから代表作を何点かもってくるのだろうと期待をふくらましていた。が、途中から出品作は国内にあるルソーの絵だけということがわかったので、急速に関心度が小さくなった。

国内にある作品なら、これを主催する世田谷美術館の“サン=ニコラ河岸から見たサン=ルイ島”、“フリュマンス・ビッシュの肖像”などは既にみているし、東近美の“自由の女神”、ブリジストンの“牧場”、大原美の“牛のいる風景”、ひろしま美やポーラ美にある作品もお目にかかっている。で、アクセスの悪い世田谷美へ駆り立てるものが体の中になかなか涌いてこなかった。

それが出かけることになったのはチラシに使われている右の“熱帯風景、オレンジの森の猿たち”が気になったからである。このルソーの絵を象徴的に表す文化記号はひょっとするとすごくいい作品ではないかと予感した。果たして、イメージしていた以上にグッとくる絵だった。個人が所有しているものらしい。今回出品された17点のなかではベストではなかろうか。制作された1910年はルソーが亡くなった年だから、NY・MoMAが所蔵する代表作のひとつ、“夢”などと同様、亡くなる直前の作品ということになる。

国内でこういうルソーらしい名品に会えるなんて夢にも思わなかった。足を運んで本当によかった。森の草花や葉を表現した緑のグラデーションと沢山あるオレンジの色が鮮やかに溶け合い、そして茶色の毛をした猿と茶褐色の幹を観る者にくっきり印象づけている。緑の葉や花は実際より大きく、様式化されて描かれているので、装飾的で生い茂った感じがよく伝わってくる。

世田谷美蔵の“サン=ルイ島”に“フリュマンス・ビッシュの肖像”を重ねると代表作、“私自身、肖像=風景”(1890、拙ブログ7/23)と似た絵になる。前々からこの2点は日本にあるルソーの絵では一番いいかなと思っていたが、こうやって他の作品と一緒にみるとその感を強くする。

この展覧会にはルソーの作品のほかにルソーに影響された日本人画家の作品が沢山でている。これほど多くの作家がルソーから霊感を得ていたとは知らなかった。稗田一穂が描いた“豹のいる風景”(拙ブログ05/12/22)に驚いたが、今回みた“そよ風”も目を楽しませてくれた。松本竣介の大作、“立てる像”はこれまでルソーの絵との関連でみたことはなかったが、たしかによく観ると異常なまでに大きい若い男の後ろには小さな犬や帽子をかぶった向こうむきの男がいる。

岡鹿之助や有元利夫の絵がルソーに霊感を得て制作されたことは明らかなのだが、日本のシュルレアリストと違って、コピー画という印象がそれほどなく、作品に作家独自の個性が充分感じられるのは、われわれが日本画の平面的な構図に目が慣れているからかもしれない。はじめは行くのに躊躇したが、出かけてみると結構収穫の多い展覧会だった。

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2006.11.03

大エルミタージュ美術館展のゴーギャン

534東京都美術館が今回の“大エルミタージュ美術館展”(12/24まで)でつくったチラシのフレーズ、“日本では初公開の至宝の数々によって。。。”などに踊らされないほうがいい。

エルミタージュ美にある絵画の質がルーヴル美術館に次ぐ世界トップ水準であることはまちがいないが、いくらお金を積まれても“至宝の数々”を一度に貸し出したりはしない。

絵画の制作された時期、例えば、ルネサンス、バロック、オランダ絵画あるいは印象派から近代絵画などに絞りこまず、今回のように“人間と自然の調和のとれた統一”というひとつのテーマを横串として作品を集める場合、本当にエルミタージュ美術館の凄さ(拙ブログ05/9/6)を伝えられるのか、観た人がこれを感じ満足するかというのははなはだ疑問。

ご存知の方も多いかと思われるが、エルミタージュのコレクションで評価が高いのはダヴィンチ2点を含むルネサンス絵画、ジョルジョーネ、ティツィアーノらヴェネチア派、ドイツルネサンスのクラナハ、バロックのカラヴァッジョ、ルーベンス、レンブラント、フラゴナールらフランスロココ絵画、そして印象派、マチィス、ピカソなどの近代絵画。

そのなかでも特に有名なのがレンブラントとマチィスのコレクション。そのつぎに粒が揃っているのがゴーギャンとルノワール。今回の展覧会で期待していたのが右のゴーギャンの“果実を持つ女”とルノワールの“扇子を持つ女”。正直に言って、テーマとか他の画家の作品への関心は薄い。8年前、ここを訪れて大感激したこの2枚に再会できたので、満足度は高い。

ビジネスの世界では、顧客の満足度評価をどうやってあげるかが業種を問わず大きな課題である。顧客は商品やサービスに対する期待値と実際を較べて“満足”、“不満足”を感じる。期待値を上回れば満足度が増し、逆に下回れば“不満足”、“不快”になる。美術鑑賞でも期待値をどこにおくかは人それぞれだから、満足度にも幅がある。

これからこの展覧会を見に行こうと計画されている方にひとつの情報を提供したい。現地の美術館に行くといくら旅行トランクが重たくなろうと、図録を沢山買い込む。エルミタージュでは、館全体のガイドブックとして販売している厚い英語版、別編集の日本語版ガイドブック、フランス絵画の印象派や近代絵画だけを掲載した日本語版冊子の3冊を買った。

英語版には今回出品されているエリンハの“オランダの室内”が載っている。大変いい絵で、光の表現が印象的。もうひとつゴーギャンの右の絵もある。英語版にのっているのはこの2点だけ。この本にない作品は質が低いといっているのではない。誤解のないように。ここにあるアンリ・ルソーは今回でている“リュクサンブール公園、ショパン記念館”ではなくて森の中で虎が水牛を襲っている絵。日本版にあるのはゴーギャンとルソーの“リュクサンブール公園”。フランス絵画には表紙の見返しにルノワールの“扇子を持つ女”、そしてゴーギャンの“果物を持つ女”、マティスの“ルクセンブルグの公園”がのっている。

この展覧会、どこが至宝の数々なの?といいたくなるのだが、エルミタージュに傷がつくというわけではない。ご参考に図録を紹介したように、エリンハの名作が入っているし、ベロットの超リアルな大作風景画があり、ドレの“山の谷間”、ライスダールの“森の中の小川”もある。そして、“かぐわしき大地”(拙ブログ9/16)とともにゴーギャンの代表作のひとつとされている“果実を持つ女”、ルノワールの“扇子を持つ女”といった館自慢の名画が展示されている。

いつも言っているように大きな美術館の場合、目玉の作品が2,3点あれば立派な展覧会である。チラシや宣伝の文句をもっと控えめに“ゴーギャンやルノワールの名画がやってくる。。”とかにしとけば期待値と実際のギャップがなく、好感度が増したのに。人様の感じ方は横に置き、ゴーギャン、ルノワール好きにとっては体があつくなる展覧会であった。

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2006.11.02

夏珪・牧谿の山水画

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定期的に通っている畠山記念館に待望の中国山水画が登場した。10/3からはじまった“中国宋元画の精華展”(12/10まで)は展示期間が作品によって異なるので、観たい絵の展示がうまく重なる日をみつけて日程を調整しなくてはいけない。一番都合のいい10/31、満を持して出かけた。

首を長くして待っていた牧谿(もっけい)が描いた瀟湘八景(しょうしょう)のひとつ、下の国宝“煙寺晩鐘図”が展示されるのは10/31~11/12。わずか2週間しか飾られないのはこの絵の描かれたのが700年くらい前なので、コンデションの維持に神経をつかっているから。この絵と同様、鑑賞を待ち望んでいた夏珪(かけい)作、上の“山水図”(重文)の展示期間は開幕日から11/5まで。

04年、根津美術館で開かれた“南宋絵画展”には国内にある代表的な南宋画がほとんど集結したのに、この美術館が所蔵する“煙寺晩鐘図”はでてこなかった。これまで縁にめぐまれなかったがやっとお目にかかれた。ここで煙はけむりではなく、霧や霞のこと。掛軸に描かれているのは二つの横にのびる光の帯の間に浮かび上がる寺の屋根と木々、そして霞だけ。画面のほとんどはうすい墨が塗られているだけなので、ガラスケースからすこし離れると何が描いてあるかわからなくなる。

根津美が所蔵する“漁村夕照図”(国宝)も自然界の大気や光の変化を表現している点では同じだが、山々を背にした漁村の夕暮れのひとときがもうすこしはっきりと描かれていた。これと較べると、この“煙寺晩鐘”は対象を少なく描いて大気の微妙な変化を感じさせ、鐘の音まで聴き取らせようとするのだから、観る者は心を鎮め、感性を真空状態にしてないと絵の真髄には迫れない。この絵をもっと感じるため、洞庭湖の南にあるという瀟湘か、あるいは似たような景勝地を訪ねてみたくなった。

上の夏珪の“山水図”は雪舟が“山水長巻”(国宝)を描くとき、手本にした絵。また、狩野探幽もこの絵を模写している(大倉集古館蔵の“探幽縮図”)。夏珪は南宋末から元時代初期に絵を描いた牧谿よりはすこし前の南宋の中頃(1194~1224)、活躍した宮廷画家。長らく追っかけていた“山水図”は予想以上の名品だった。真ん中に屋根のある橋を描き、左右に木々と切り立った岩を配する安定感のある構図がしみじみいい。そして、家屋の屋根から掲げられた酒旗が風になびく様、松や柳の枝の細かい描写に魅了される。

念願だった中国山水画の名品に会えて、天にも昇る気持ち。出展数は少ないが大きな満足が得られた中国絵画展だった。

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2006.11.01

静嘉堂文庫の清朝磁器展

531静嘉堂文庫では今、日本で一番のコレクションといわれる清朝磁器を公開中。題して、“インペリアル・ポースレン・オブ・清朝ー華麗なる宮廷磁器”(11/
26まで)。これも見逃せない。

中国のやきもので、華麗な色彩装飾を楽しめるのが清王朝時代(1644~1911)、景徳鎮窯で焼かれた色絵磁器。

15年くらい前、台北の故宮博物院で黄色、淡いうす緑、紫、ピンクに彩られた豆彩、粉彩の名品を観たときは体がふるえるくらい感動した。以来、中国磁器といえば、青磁と清朝磁器への思い入れが強いのだが、国内ではなかなか名品に会う機会がない。一度だけ、98年の南京博物院所蔵展で故宮と同じくらい質の高い作品に酔いしれたことがある。

東博の中国館や松岡美術館(拙ブログ06/1/9)へ行くと、そこそこの清朝時代の大皿や壺に会えるので、楽しめることは楽しめるが、形や大きさは申し分ないものの意匠や発色がいまいちだったりで、故宮のような大きな感動は得られない。が、今回期待して出かけた静嘉堂文庫のコレクションは今までとは違っていた。流石、岩崎家の眼力はすごい。素晴らしい清朝磁器にびっくりした。あるところにはあるものである。900点くらい所蔵しているらしく、そのなかの優品90点がでている。

清朝のなかでも、高水準の磁器が焼かれたのは景徳鎮官窯で新しい技法、釉薬が開発され、生産体制が確立された康煕(1162~1722)、雍正(1723~35)、乾隆(1736~95)の3人の皇帝のとき。この時期の青花、釉裏紅、五彩、豆彩、粉彩に魅了されるのがいくつもある。お気に入りをあげると。

赤地に可愛い子供が何人も遊ぶ“五彩百子図鉢”、白磁の画面に描かれた菊の花と蝶が目に心地よい“粉彩菊蝶図盤”、吉祥文が見込みいっぱいに埋まった豆彩の大盤、右の青と黄の色彩対比に目を奪われる“青花黄彩雲龍文盤”。この雲龍文の大盤は南京博物院が所蔵する双耳面取瓶と色使い、龍文はまったく同じ。濃厚な青の発色に感動した。そして、単色釉薬で200%KOされたのが紅釉の瓶、盤。これほど洗練された深い紅色はみたことがない。

柔らかい色合いと絵画を思わせる細密な描写が魅力の粉彩が沢山観れたし、素晴らしい雲龍文の大盤、紅釉、藍釉にも出会うなど収穫の多いやきもの展だった。また、有難いことに図録があった。ここはあまり図録をつくらないのに、今回は特別なのであろう。今、これを頻繁にながめている。

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