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2006.10.01

ダリ回顧展 その二 ダブル・イメージ

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ダリお得意のダブル・イメージはわかると面白いが、その仕掛けが解けないとイライラし、自分の頭が硬いのかなとちょっと落ち込む。

会社の研修などで、アナモルフォーズ(歪んだ画像)の絵をみせられ、頭が混乱したとき、講師が“これは白の部分を中心に見るとワイングラスの形に見え、黒のところに注目すると人が向き合っているように見えます”と説明してくれると、“あーそうか!わかった、わかった”と納得した人は多いはず。

ダリが作品のなかで使うダブル・イメージはこうしたアナモルフォーズを造形的に複雑にし、イメージを多様に読み解かせようとする仕掛け。ダリは精神の異常をきたした“偏執狂(パラノイア)”を装っているが、実際は夢や無意識の世界から心に浮かぶ幻覚的で奇怪なイメージをこうした手法できわめて意識的に表現しているのである。今回、ダブル・イメージが使われてる作品はいくつかあるが、気に入ったのを3点ピックアップした。

上から気がつくのが楽な順に並んでいる。上が“柔らかな三美神のいる神秘的な砂浜”(1838)、真ん中が“三世代 老年、青年、幼年”(1940)、下が“ヴォルテールの見えない胸像”(1941)。

“柔らかな三美神”は見てすぐわかる。左の女は顔の輪郭がなく、地面におかれた黒や茶色の岩の塊で目や鼻をイメージさせている。真ん中はあまり画面に近づくと、顔のまつげや鼻、口をつくっている馬に乗った人や寝そべっている人、そして髪の毛のあらわす草木が目に焼きつき、女性の胸から上が消えてしまう。だから、この絵は画面に接近して細部に何が描きこまれていることがわかったらすぐ、ちょっと離れて見たほうがいい。そうすると、美しい女神がくっきりとイメージ出来る。右の女性は顔以外に何を読ませようとしてるのか逆にわからない。

この絵のダブル・イメージのつくり方は横浜美術館にある“幻想的風景”と同じで、形の輪郭を別の小さい塊や線形でつくっていくタイプ。“幻想的風景”では、空を飛ぶ鳥の羽根がまつげや目を表し、白い雲が腕や胸を造形している。これに対して、“老年、青年、幼年”と“ヴォルテールの見えない胸像”は諸橋美術館にある“ビキニの3つのスフィンクス”と同じようなイメージの読ませ方。アナモルフォーズを読み解くのと同じ要領で見ればいい。でも、これが慣れないとなかなか難しい。パッとみてわからないといつまでたってもわからない。

“三世代”では、右の“幼年”は一回目は残念ながら、わからなかった。2回目に謎がとけたとき、なぜ、すんなり見えなかったのかが理解できた。この子供の頭の上が切れているのと魚網を繕う2人の女を見すぎたためである。で、どうしても子供の顔が輪郭できなかった。中央の青年と左の老人は壁にできた穴や風景、人物が目の邪魔をすることはなく、すぐわかる。

下の“ヴォルテール”も苦労した。結局、図録にある部分図版をみて、やっとヴォルテールをつかまえた。白いターバン?をまいた向こうむきの2人の男に注目し、隣にいる黒の衣服をまとった女たちにそのまま目を移動させたのがいけなかった。最後まで、どこにヴォルテールがいるの?とすっきりしなかった。

ダリが仕組んだ視覚のトリックは結構楽しんだが、ダリが絵の中で表現した内なる精神への理解は深まらない。今のところ、心の病みはそれほど進んでなく、不思議な夢をみる経験もあまり無いので、ダリとの付き合いはこのくらいがちょうどいいかもしれない。

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