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2006.10.02

ダリ回顧展 その三 スーパー・リアリズム

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シュルレアリスト、ダリというと、すぐ常人にはとても思いつかない幻覚的なイメージの不思議な絵を想い浮かべるが、それと同時に、映像化された人目を惹く奇抜な服を着て行う狂気じみた奇行や刺激的な発言が頭をよぎる。

自己顕示欲が強く、ナルシストで拝金主義者などとレッテルを貼られたこの大芸術家の実像はどうだったのか?狂気度は実際どのくらいあったのか?興味は尽きない。父親や異性へのコンプレックス、少年のころのヒステリー発作や死んだこうもりにはりついた蟻をみて、死の恐怖を感じたことなどは事実であり、ダリの精神が小さいころから歪んでいたことは確かなようだ。

だが一方で、そうしたステレオ的なイメージはダリが意図的に演技してつくったもので、妻のガラや親しい人と一緒に居るときに見せる素顔のダリは超テクニックと豊かな想像力をもった普通の画家だったとも言われている。フロイトやラカンの著作を読んだり、戦後の原子物理学やサイバネティクスといった最新科学理論、数学者ルネ・トムのカタストロフィー理論などに関心を示すほどの知力をもっていたのだから、実際のダリは相当頭がよかったのではなかろうか。

今回の展覧会にはダリのそんな一面が窺がえる作品がでている。それは驚くべきテクニックを使って対象を緻密に描いたスーパー・リアリズムの3点。見慣れた記号的なダリの絵とは異なるが、その完成度の高さに心を揺さぶられた。上が“パン籠”(1926)、真ん中が“愛情を表す2切れのパン”(1940)、下が“リチャード3世の扮装をしたローレンス・オリビエ”(1955)。

“パン籠”はプラド美展(3月、東京都美)にあったスルバラン、メレンデスらが描いたスペイン絵画の静物画・ボデゴンの流れをくむ作品。メレンゲスの水差しや果物のリアルな質感に驚いたが、ダリのパンも見事。硬い皮の部分や中のやわらかいところにある小さな穴などまさにパンそのもの。そして、パンを入れる籠の網目も超写実的。パリにいたダリはルーブル美術館やベルギー王立美術館に通い、フェルメールやブリューゲルら北方画家の作品への好みを深め、これに影響されて自分流の精緻な描法でこの絵を制作したらしい。

蟻、ロブスター、卵などとともにダリの作品に繰り返し現れるパンはキリストの象徴でもある。“愛情を表す2切れのパン”では、広々とした砂漠の真ん中にまわりがすこし欠けた2切れの大きなパンがおかれている。パンのすぐ上にはチェスの駒があり、その先をみると、人物が二人、線描きされている。

“リチャード3世”に大変魅せられた。NYのフリック・コレクションとかロンドンナショナルギャラリーにあるホルバインの肖像画のような堂々たる人物表現と衣装生地の精緻な描写に観入ってしまう。この絵は二つの顔の唇を地平線に重ね合わせるといったダリ独特の手法を使ったり、画面下に剣をぶら下げたりして、幻想的な風景と写実的な人物像を組み合わせたシュールな肖像画なのに、不思議な魅力がある。やはり、ローレンス・オリビエが超一流の腕でリアルに仕上げられているからだろう。

今回のダリ回顧展には200%満足した。会期はまだたっぷり残っているので、また出かけようと思う。

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コメント

今日行ってきました、雨の月曜日を狙ってー予想的中人が少ない!
ほんとに興味深かったです、奥さんのことを本当に愛していたこと、早くに死んだ母親への思いがあふれていること、ベラスケスなどの古典主義になじんでいたことなどなど。
この美術館は元旦もやるんですかね、面白い。
カタログもいいですね、ダリの愛したカタルーニャ風景写真も豊富に入っていてーもう一度行きたいですね、さていつ行くかそれが問題/笑。

投稿: oki | 2006.10.02 22:00

to okiさん
ダリの心は病んでたかもしれませんが、知識力が凄いですね。壮年になって
から宗教画、神話画などの古典的伝統に回帰しますが、最後のコーナーに
あった作品は言葉は悪いですが、筆致が荒っぽくなりますね。

年をとると、緻密な描写はやはりシンドクなってくるのでしょう。それに、ダリ
らしくない直方体など幾何学的なフォルムが多くなり、対称的で角々した画面
構成になりますね。好みの作風ではありません。

晩年のダリはガラと別れて暮らしてましたから、寂しい日々だったでしょ
うね。10歳年上のガラはロシア系ユダヤ人です。若いつばめを沢山つく
って楽しむのですから、魔性的な性格は年をとっても変らなかったのでしょ
う。なんだか、ダリが可愛そうになります。

投稿: いづつや | 2006.10.03 00:04

こんばんは。
「パン籠」を丁寧な記事にして下さって、感謝です。
本当に画力、技量、観察力が途方もなく天才だったことがわかります。キュービニズムもちゃんと通り抜けてきたことなども発見でした。
常人には理解できないくらい、デリケートで、繊細で、ガラスのようだったのかもしれません。その反面、ものすごいパワーも溢れかえっていたのでしょう。100年たってもまるで、さっき描いてきたかのようです。しびれます。
図録を手に入れていないので、買いにまた行くつもりです。

投稿: あべまつ | 2006.10.06 21:56

to あべまつさん
金沢旅行のため、返事が遅れて申し訳ありません。
ダリの超デッサン力がこの“パン籠”で見事に証明されてます。硬い皮の質感が
よくでてますね。目の前にあるものを忠実に写すというのはギリシャ彫刻からの西洋
の伝統ですから、そう驚くことでもありませんが、シャルダンとかオランダの静物画
とはまた違った透明感のあるリアリティに吸い込まれます。

また、“リチャード3世”はフリックコレクションのひとつであるホルバインの肖像
画“トマス・モア”の作風とよく似てます。オーソドックスな肖像画をシュールに味付
けして見せるのですから、並みの才能ではありません。

投稿: いづつや | 2006.10.08 16:38

アートレポートをしゅくだいでやっていて
とても役立ちました!
ありがとうございました

投稿: りんか | 2010.08.07 18:24

写実主義の画家いいですよね

投稿: りん | 2010.08.07 18:25

to りんかさん
宿題のお役に立てたことをとても喜んでます。
シュルレアリスム仲間としてこれからもよろ
しくお願いします。

投稿: いづつや | 2010.08.08 00:28

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