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2006.08.06

カミーユ・クローデル展

4493ヶ月前に取り替えたばかりのS社のモデムが機能しなくなるという不信感のつのるパソコントラブルのため、1週間ばかり更新がストップしました。

本日ネットへの接続が回復しましたので、拙ブログを再開します。よろしかったら、またお付き合い下さい。

女流彫刻家、カミーユ・クローデルの回顧展を府中市美術館でみてきた(8/20まで)。

日本では3度目、10年ぶりの展覧会だそうだが、過去あったものには縁がない。クローデルの作品はパリのロダン美術館でみたことがある。でも、これは15年くらい前のことだから、記憶はかなり薄れている。で、今回出品されてる50点でこの彫刻家が制作した作品のイメージやフォルムの特徴が頭の中に入った。

カミーユ・クローデル(1864~1943)の作品をしっかり思い抱けないのに、大変な美貌の持ち主であるカミーユが師匠のロダンの愛人であったとか、30年以上にわたって無残にも精神病院で過ごさざるを得なかったことなど苦難に満ちた“カミーユ・クローデル物語”は先行して大略インプットされている。

芸術活動により世に知られた女性でその作品だけでなく、悲しい愛憎関係を思い出す作家が二人いる。カミーユとカラヴァッジェスキのアルテミジア・ジェンティレスキ。カラヴァッジョの作風を一番受け継いだアルテミジア(1593~1652)がカラヴァッジョ同様、ユーディットがホロフェルネスの首を切り落とす絵を何点も制作したのは、彼女が19歳のとき画家のタッシに暴行され、裁判でも辱めを受けたためといわれている。

ロダンとの愛が破綻した後、徐々に精神に異常をきたし、狂気じみた行動をとるようになったカミーユは44歳以降、作品を制作していない。このため、作品は60数点しかない。右はロダンとの愛が終局を向かえていたころにつくられた“分別盛り(第2ヴァージョン)”。これはロダン美術館でみた記憶がかすかに残っている。

中央の老人がロダンで老婆は内縁の妻ローズ、そして老人の後ろにのびた左手をつかもうとして膝をつき両手を前に出している若い女がカミーユ。年は離れていても男女の愛は激しく、せつない。が、ロダンのほうがひいてしまう。老人の顔はなにか申し訳なさそうだし、“私を捨てないで”と言いたげな若い女の哀れさが胸をうつ。

情景彫刻というのが新鮮だった。こういうタイプの彫刻ははじめてみた。“おしゃべりな女たち”ではベンチに座った4人の裸婦が顔を寄せ合いおしゃべりの真っ最中。“もの思い”や“炉端の夢”は思わず見入ってしまう作品。暖炉の縁に両手をかけ、うなだれたり、椅子に座ったまま、暖炉に頭を押し当てている女性の姿には孤独感や寂しさが漂っている。

もっと作品があると思っていたので、消化不良の感じが無きにしもあらずだが、総作品数が60数点しかないのだから、この数で納得。79歳で亡くなるまでずっとアヴィニョンの精神病院に収容されていたカミーユの姿を“もの思い”、“炉端の夢”とダブらせながら館をあとにした。

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コメント

カミーユ・クローデルの心のありよう、その軌跡は、他人から計り知れないもの、と作品を見終わったあとに感じました。表現しづらいのですが、女性ながら彫刻という表現形式を選択したことで、彼女の生き方は、決まってしまったのかもしれません。たとえば、抽象絵画を表現形式に選んでいれば、死ぬまで精神療養所にいることがなかったかな、(暴論ですが)と思いました。TBさせていただきます。

投稿: 自由なランナー | 2006.08.06 21:12

いづつやさん心配していましたよ、僕はノートパソコンでまったく不調なし。
さてカミーユの展覧会が三度目とのこと、首都圏ではBunkamuraとそごうでそれぞれ開かれましたね。
でいまそごうで過去の展覧会カタログの割引セールがあり、五百円でカミーユの展覧会カタログ入手。
この女性彫刻家が今に伝わるのはロダンもさることながら、弟のポールというエリートの影響が大きいのではと。

投稿: oki | 2006.08.06 22:04

こんばんは
PC直ってよかったですね。夏は割りと多いみたいです。

子どもの頃、澁澤クローデル賞を「澁澤龍彦とカミーユ・クローデル」に由来する、と長いこと信じておりました。
澁澤栄一もポール・クローデルも随分後に知ったのです。

イザベル・アジャーニがカミーユを演じた映画などでその作品を見てました。彼女はヴィクトル・ユゴーの娘の生涯を描いた『アデルの恋の物語』でも、愛のために狂気に陥るヒロインを演じてまして、ファンの私は多分にそこからカミーユに関心を持つようになりました。

今回行きたいけれど諦めてチラシ眺めて、ブログで内容を把握しようとしております。

投稿: 遊行七恵 | 2006.08.06 22:28

to 自由なランナーさん
TB有難うございます。カミーユは繊細すぎる心の持ち主だっ
たのでしょうか。ロダンとの愛が終わりをつげたとき、彫刻が
心を癒してくれるどころか、作品を制作すればするほどロダン
との愛の亀裂が重荷になったような気がします。

自由なランナーさんがおっしゃるように彫刻以外の表現方法
のほうがよかったかもしれませんね。

投稿: いづつや | 2006.08.07 11:44

to okiさん
まさか、3ヶ月前に変えたモデムに原因があるとは思いませんでしたので、
回復にえらく時間がかかりました。

今回はカミーユ・クローデルの作品をまとめてみられるいい機会でした。
彫刻というのは胸像でも全身像でも大きなものというイメージがあるので
すが、“もの思う”、“おしゃべりな女たち”といった情景彫刻は比較的
小さな作品でしたね。こういう人物+場面の彫刻を観れたのは大きな収穫
でした。

投稿: いづつや | 2006.08.07 11:54

to 遊行七恵さん
PCがトラブルと自力ですぐ修復できないのが悩みの種です。イザベル・
アジャーニの美貌にぞっこん惚れております。カミーユを演じた映画は
上映されてた頃、関心を持っていて、ビデオになったら観るぞと思って
いたのですが、いまだに観ておりません。カミーユにはぴったりの女優では
ないかなとも思ったりしてます。

弟のポールは日本で駐在大使だったんですね。今回は“もの思う”に一番
惹かれました。小さな作品ですが、孤独な状況を感じさせる女性のポーズ
にズキンときました。

投稿: いづつや | 2006.08.07 12:10

初めまして。
わたくし最近「きょうのあらかると」というブログサイトを立ち上げたKOZOUともうします。

実はわたくしも最近カミーユについて書きましたもので興味深く読ませていただきました。
美貌と才能、天が二物を与えたばかりに本当に哀切な生涯ですね。「分別盛り」実物をロダン美術館で見られたのですね。取りすがるカミーユが哀れです。

時々おじゃまさせていただきたいと存じます。よろしかったらサイトをのぞいていただけましたら幸いです。

投稿: KOZOU | 2009.03.25 15:45

to KOZOUさん
はじめまして。書き込み有難うございます。
カミーユの作品をみますと、ロダンとの愛の
物語が頭をかすめますから、ちょっと気が重く
なりますね。これからもよろしくお願いし
ます。

投稿: いづつや | 2009.03.25 23:56

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受信: 2006.08.10 01:21

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