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2006.08.17

若冲のここが好き! その一 スーパーイメージ力

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三の丸尚蔵館で公開された伊藤若冲の“動植綵絵”を全部観終わり、また東博の“プライスコレクション展”に出品された若冲の絵も2回みたので、ここ半年くらいの間、若冲の絵について思い巡らしていたことをまとめてみた。題して、“若冲のここが好き!”。

若冲の絵が現代に生きる多くの人の心をとらえるのは、それが他の絵師がまねできない超観察力、超デッサン力、超イメージ力によって生み出されているからではなかろうか。拙ブログ04/11/30にそのことを少し書いた。

事をなしたり、何かを創造するためには時間が必要。その時間が普通以上に多くあると、かなりのことが出来るかもしれない。若冲の場合、青物問屋の主になるのをやめて、たっぷりある時間を絵を描くことに使った。誰しも好きなことに時間を割きたいが、諸般の事情がそれを許さない。こうしてみると、恵まれた境遇にあった若冲は絵描きとしては、高い初期値からスタートしたことになる。

絵を制作するのに必要な色彩感覚、デッサン力、構図のとり方のうち、デッサン力は努力によって上手くなるが、色使いと構図はもって生まれた才能だといわれる。デッサン力は時間の関数ということになると、時間をたっぷり使える者は腕が上がる。だが、その前に、対象をじっくり観察するという絵描きにとっては一番大事なことがある。目の前にあるものをただぼやっと観てるだけではダメ。若冲は全霊をこめて観察し、超観察力を身につけたのであろう。庭の鶏をじっと何日も観ていたというような逸話が伝わっている。

で、その高い観察力にもとづき、鶏や孔雀、鳳凰、虫や魚、草花、木々の形態を捉えていく。狩野派のお手本帖や中国画を何度となく模写するという地道な努力によって会得した描写力に、“神気”をつかんだといわれる超観察力が作用し、若冲のデッサン力はスーパーといえるレベルに達する。あとはどうやって時代を突き抜ける絵画空間を作り出すかである。イメージ力をフルに稼動させなければいけない。

上は“動植綵絵・池辺群虫図”(部分)。緑を基調色にし、トンボ、黄色の蝶、蜘蛛、蝉、蜂などを沢山描いている。参考にしたのは中国画の“虫図”であろうが、中国の画家は例えば呂敬甫の“瓜虫図”(根津美術館)などのように、もっと余白をとり、トンボやこおろぎなどは横にひろげて配置することが多い。

これに対して、若冲の“池辺群虫図”の画面はかなり複雑。生き物の向きがあっちを向いたり、こっちを向いたりして、ぱっと見ると混乱する。対象をひとつ々、また塊りごとにみると平明なのだが、視点が重なり合っているから、じっと見ていると空間が動き、奥行きがあるように見えてくる。観る者に錯覚が起こっているのである。

現代のような情報量の多いネット社会で生活していると、若冲がスーパーイメージ力を使って見せてくれる虫たちのファンタジックな世界は、われわれの目を戸惑わせるというよりは、心地よいカオス、ほどよい刺激を与えてくれる。

下の絵は今、東近美の平常展に出ている小茂田青樹の“虫魚画巻”(前期9/10までの展示)。若冲の絵と感じが似ている。この画巻は6図からなり、上のは“露の夜”で下は“灯による蟲”。この絵を知ったとき、瞬間的に若冲のDNAはこの日本画家、小茂田に受け継がれたのではないかと思った。

小茂田はもう一人のDNA継承者、速見御舟の盟友。“灯による蟲”は御舟の“昆虫二題、蛾”を連想させ、“露の夜”は若冲の“群虫図”が頭をよぎる。黒い空を背景に巣をはった黄色の蜘蛛と紫のあざみが幻想的で妖しい雰囲気を醸し出している。小茂田も相当なイメージ力の持ち主である。

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