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2006.08.13

中尊寺・金色堂

454まばゆいばかりに光り輝く中尊寺・金色堂(国宝)の余韻に浸っている。

19年前、ここを訪れたときは、普通の観光客が抱く程度の好奇心しか持ち合わせていなかった。

が、今はどのくらいの鑑識眼があるかは横においても、美術品を一生懸命見ようという気持ちは昔よりは格段に強くなっているから、鑑賞したあとの充足感はかなりある。

金色堂は堂の内外に金箔が押してある“皆金色”の阿弥陀堂。木材に黒漆を塗り、その上に3万枚の金箔が使われているという。なぜ金ピカにしたのか?黄金に輝く極楽浄土を現世に再現するためである。藤原清衡の願いは戦乱に明け暮れた奥州に平和をもたらし、仏国土を建設することだったから、豊富に産出する金を惜しげもなく使い、
1124年、金色堂を建てた。清衡が73歳で亡くなる4年前である。

3度目の訪問となると、見るポイントがすこし変ってくる。絵画や仏像をみることが多くなったので、黄金の輝きには目が慣れ、これだけでは感情はハイにならない。今回、以前にも増して惹きつけられたのが螺鈿の美しさ。螺鈿は金細工とともに装飾のハイライト。圧巻なのが右の内陣の4隅にある巻柱(まきばしら)の螺鈿。巻柱は8枚の杉の板をくるんだ円柱に麻布をまき、漆をぬった上に七宝荘厳が施されている。七宝とは極楽浄土を彩る金など7種類の宝玉をいう。螺鈿は南洋の海でとれる夜光貝などを漆にうめこんで削りだす装飾で、7色の輝きは浄土の光を連想させる。

宝相華唐草文は普通、絵画に描かれるが、ここでは螺鈿が用いられている。螺鈿の数は柱1本につき2040個あるという。巻柱だけでなく、天井、須弥壇などいたるところ螺鈿、螺鈿。。。今年は螺鈿に縁があり、畠山記念館でみた“蝶螺鈿蒔絵手箱”(国宝)のピンクやうす緑の輝きにもKOされたが、金色堂の螺鈿装飾は輝きの総量が桁違いに大きく、まさに極楽浄土の香りがする。

00年に新築された“讃衡蔵”で国宝の数々を見た。金色堂内陣に飾られていた“金銅華鬘”(こんどうけまん)や“螺鈿八角須弥壇”など。また、昨年10月、東博平常展でみた経文を多宝塔の形に書き写した“金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図”のレプリカがあった。

ここでの収穫はその隣に展示してあった“紺紙金銀字交書一切経”(同じく国宝のレプリカ)について、理解が深まったこと。清衡発願の“一切経”(すべての経典)を金字と銀字で交互に書写した経巻は本来は5300巻以上あったが、中尊寺に伝わるのは15巻のみで、高野山金剛峯寺に4296巻、観心寺に166巻ある。これは豊臣秀吉の命で京都に運ばれ、中尊寺には戻されなかったためである。03年の“空海と高野山展”にこれが出たとき、なぜ金剛峯寺の所蔵になっているのか合点がいかなかったが、これで腹に落ちた。

中尊寺がつくっているガイドブックの冒頭に、ある新聞社が実施した“訪ねたい古寺ベスト10”のアンケートで中尊寺が清水寺とともに2位に入った(1位は金閣寺)ことが紹介されている。“黄金の国、ジパング”をヨーロッパに広めた発信源が金色堂であったことを思うと、この順位は当然といえば当然である。

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コメント

そうなんですよね、僕も大学時代日本あちこち行きましたが特に美術に関心なく「普通の観光客」だったのでした。
今考えると惜しいことをしたなと。
仏像絵画なんかを観るときは今は裁金ーきりかね、漢字変換できません/涙、にめがいっています。
大倉集古のゴールド展でもきり金コーナーありましたよ。

投稿: oki | 2006.08.16 07:28

to okiさん
美術品を実際に見るタイミングとそれに興味をもったり、のめりこんんだ
りする時期がいつもシンクロしてませんから、どうしてもあの時見ておけ
ばよかったなと後悔するようなことがありますね。

今回は螺鈿の輝きにたまらなくいい気持ちになりました。okiさんは今、
截金にはまっているのですか。昔の仏画、“孔雀明王図”(国宝、東博)
などはこのきりかねをみるのが一番の楽しみですね。

大倉集古館のゴールド展は昔みたからパスしようと思ってたのですが、
截金がみられるのなら、丁度ホテルオークラの展覧会をまた見ますので、
寄ってみます。

投稿: いづつや | 2006.08.16 11:19

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