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2006.08.21

若冲のここが好き! その五 スーパー絵師Jakuchu

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三の丸尚蔵館にも“プライスコレクション展”を開催中の東博にも、かなりの外国人が押しかけている。とくに若年層の男仲間やカップルの鑑賞態度が熱い。目立つのはアメリカ人だが、中国語を喋っている人(中国人?台湾人?)も結構みかける。予想以上の速さでJakuchu絵画の衝撃が世界中に広まっているようだ。

昨年の“北斎展”でも外国語があちこちで飛び交う光景がみられたが、既に確立している北斎ブランドを若い世代を中心に支持されている若冲ブランドが急速に追い上げるかもしれない。イタリアでは今、ルネサンスの巨匠、ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロよりカラヴァッジョの人気が高いように、海外ではいつの日か若冲が日本人絵師のトップに立つ可能性は充分にある。

若冲の作品には稀代のコレクター、プライス氏ならずとも、海外の美術愛好家の目をかっと見開かせる衝撃の作品がいくつもある。まずは、海外の人には馴染み深いモザイク画のような桝目描き。拙ブログでも04/11/2905/3/7で取り上げた。今回、プライスコレクション展にも“鳥獣花木図屏風”が展示されている。

右は静岡県美が所蔵する“樹花鳥獣図屏風”(右隻の部分)。モザイク画といえば、イコン画というようにすぐ宗教画を連想する外国人にとって、日本人以上にこの桝目描きから強いインパクトを受けることだろう。若冲のモザイク画も綺麗な花が咲き、白象や鳳凰のまわりに黒豹や鶏など沢山の生き物が集う極楽浄土の世界を描いたものだから、宗教画という点では同じ。だが、黄金の輝きで人々にイエスの偉大さを植えつけたモザイク画より、観る者を生き物の楽園に誘い、α波をいっぱい放出させてくれる若冲の桝目描きのほうがずっと楽しい気分になる。

点描画ですぐイメージするのがシカゴ美術館にあるスーラの代表作、“グランド・ジャット島の日曜日の午後”。この絵は門外不出なので、現地に出向かなければ一生目にすることはない。いつか実現しようを思っている。若冲の絵の中にも、水墨の点描画がある(拙ブログ05/3/27)。この絵を観たときの衝撃はいまでも忘れならない。スーラの点描法では陽の光をあびた明るい自然の風景を保つために、小さな色の点を丹念に並べのに対し、若冲は石燈龍の質感や陰影を表現するため、墨の点々を用いた。あの超観察力がこの技法を生み出したのだろう。この点描は中国の山水画の米点描(べいてんびょう)を参考にしたようだが、中国画の技にも精通していたことが窺がえる。

今回、“動植綵絵”のなかで最も気に入っている真ん中の“菊花流水図”(拙ブログ6/17)でちょっとした発見があった。琳派狂いなので、左右に流れを変え、手前にほうにくるにつれて大きくなる流水のフォルムが琳派で馴染みの流水文と似ているだけでうっとりしてしまう。驚くのはふぐ刺しみたいな菊の花びらが根無し草のように宙に浮遊していること。このアール・ヌーヴォー風というかサイケ調の感覚は何なのか!?若冲の底知れぬ画技に完全にKOされた。

この絵を見た後、見えぬ糸で結ばれたようにある絵と遭遇した。それは損保ジャパン美で開催中の“ポップアート展”(9/3まで、拙ブログ7/13)にでていた下のリキテンスタイン作、“ふたつのかたち”。背景になっている部屋の角っこの前に描かれた連続した円や重なった三角が空間に浮かんでる感じが若冲の絵と似ている。“二つの絵は本質的には同じ画面構成だ!”と心に中で叫んだ。若冲の絵がポップアートの旗手、リキテンスタインの絵とコラボしているとは思いもよらなかった。若冲、恐るべし!!

拙文“若冲のここが好き!”にお付き合いいただきまして有難うございます。5回でひとまず終わりにいたします。若冲の絵とはこれからも長く向き合っていきますので、また先で思うことがあれば書き足すことにします。

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2006.08.20

若冲のここが好き! その四 デフォルメの達人

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“動植綵絵”やほかの彩色画を観ていると、若冲は西洋の画家と同じ心で絵を描いているのではないかと率直に思う。“芦雁図”のような数点を除いて、大半は画面いっぱいにモティーフが描き込まれている。鳥の羽根、花弁のミクロ模様を無限に繰り返す画風はまさにミニマルアートと変らないし、これはもう完全に日本の花鳥画の範疇を越えている。

画面を埋め尽くさないと気がすまないというのは、塗り残すことに意味を見出さない西洋人画家の心根と同じということである。並みの絵でこれだけびっちり、しかも濃彩で表現されると観る者はそのビジーさに辟易し、もうイイやと絵の前から離れたくなるのだが、若冲の絵はそういう気持ちにならない。それは裏彩色などの超技巧を駆使して細部にいたるまで手抜きをしないで、精緻に描写されているから。若冲の彩色画はミクロに美が宿っているのである。

“このあたりをすっきり描いたら、もっとぐっとくるのになあ!”と東洋美術のエッセンスである余白の効用を感じる作品がある一方で、この若冲ワールドに嵌り、“これほど綺麗な花弁なら、余白をとるなんてもったいない。もっと沢山描いてくれ!”という思いにも駆られる。若冲のオリジナリティ溢れる彩色画はこのようにこちらの心を微妙に揺さぶるのである。

では、若冲が描く水墨画におけるオリジナリティは何か?色は墨の濃淡ときまっているから、新機軸を出せるのは対象の形。若冲が描く鶏は一風変っている。大胆にデフォルメされた鶏の姿態とあまり見たことのないポーズに驚く。鶏は頻繁に観察していたから、体の動かした方、顔の表情の変化がよくわかったのだろう。そこで、まず、普通の鶏の姿から描きはじめ、だんだんデフォルメの度合いを強くしていく。

上の“捨得および鶏図”(部分、京都・禅居庵)の鶏にはハットする。生き物がこのように真正面をむいているのが珍しい。龍や虎は水墨画によくでてくるが、たいてい横とか斜めの動きで表現される。鶏をこちら向かせ、西洋画の短縮法のように縦に描く場合、普通に描くと長さを縮めている分、インパクトに欠ける。そこで、ユーモラスにみえる大きなまる顔にしたのだろうか。怒ってるからまる顔になっているのか、太った鶏だからそうなっているか判明しないが、この鶏のポーズは実に面白い。“動植綵絵・芙蓉双鶏図”でもアクロバット的な格好をした雄鶏がでてくるが、このまるまる顔の鶏に一番惹かれる。

若冲は鶏でデフォルメのやり方をマスターし、それを鶴や人物に応用していったのではないだろうか。左の“捨得”の河童頭も笑える。デフォルメの達人ぶりが窺がえるのが、プライスコレクション展に出品されている“鶴図屏風”(拙ブログ7/7)や真ん中の“松上白鶴図”(部分、東博)。卵のような体に頭がちょこっとのっかっている。岩の皴法のように激しいタッチで描かれた松の葉と太った鶴の対比に不思議な魅力を感じる。

若冲の人物画は少ないが、下の“六歌仙図”(部分)は戯画の類。この絵は今年、愛知県美であった“江戸絵画展”にでていた木村定三コレクションのひとつである。場面は六歌仙が田楽を焼き、酒の肴にしているところで、若冲の笑いのセンスはなかなかのもの。これが自分の部屋にあればどんなに楽しいことか。

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2006.08.19

若冲のここが好き! その三 進化するカラリスト

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絵の見方は人それぞれ。形を楽しみたい人。色を感じたい人。全体の構図の妙に関心がある人。絵画を観るときは、面白い形よりは色の輝きや素晴らしい色の組み合わせに大きな感動をおぼえるので、若冲の彩色画での関心はもっぱら花や鳥の色彩表現にある。

今回の“動植綵絵”では200%色を感じ、色に遊ぶことができた。一番びっくりするのが、高価な絵の具を使っているためか、色が濃密で鮮烈なこと。これまで書いたように、三の丸へ何度も通ったのは白の美しさを感じるため。いくつもの模様を使って表した鶏、鳳凰、孔雀、鶴、鸚鵡の白い羽根がなんといっても一番印象に残る。また、ふぐ刺しのような菊の花びらも忘れられない。そして、ミニマルアートを観ているような白の薔薇や牡丹、黄色や赤の小さな点々と白の線が綺麗な梅の花にも酔いしれる。白のほかには鶏のとさかや南天、紅葉、牡丹の赤が目に焼きつく。

“老松”の名がついた鶏や鸚鵡のような場合とか、背景に何も描かない“群鶏図”では、周りから浮き上がる白の美しさや濃彩で描写された羽根の競演を満喫できるのだが、作品のなかには、色と色が重なったりして、対象の形がはっきりしないのもある。上の“紫陽花双鶏図”(部分)はその一例。鶏の面白いポーズに目はいくが、雌鶏の茶色の羽根が岩の褐色とかぶり、尾っぽの先がどうなっているのかよくわからない。また、雄が跳ね上げたお尻の黒も青の紫陽花との関係で、印象はそれほど強くない。

日本画では対象は陰影をつけず平面的に描写されるので、地の色とか、まわりの色との組み合わせがよくないと、観る者は絵のイメージがつかみにくくなる。ほかにも、どうして余計な葉っぱで鶏を隠すのか?ごちゃごちゃするだけなのにと感じてしまう絵がある。こんな色彩を若冲はなんとも思わなかったのだろうか?察するに、一つ々の花びらのフォルムや鶏の羽根模様を細密に描写することに熱心なあまり、色と形を与えた細部に陶酔しきって、画面全体の色のバランス感覚がなくなったのでないか。若冲にはそのあたりを指摘してくれる師匠がいないのである。

真ん中の絵は若冲のカラリストとしての天分が見事に表れた“菜虫譜図巻”(部分)。この絵は1790年、若冲75歳のとき、制作された。円山応挙が大乗寺の障壁画を描いていたころ、若冲はカラフルな静物画を描いていたのである(拙ブログ4/7)。赤、橙、えんじ色、うす緑、うす青など柔らかい色調は互いにケンカすることなく、響きあっている。水墨画が主流の中、こんな色の組み合わせを考えつくなんて、若冲はまさに本物のカラリスト。

下の絵はずっと追っかけているが、まだお目にかかっていない多色摺りの“花鳥版画・雪竹に錦鶏図”(平木浮世絵財団)。版画にも手を染めた若冲は56歳のころ、蒔絵などの工芸品の模様に使われそうな花鳥画を描いている。構図も素晴らしいが、背景の黒、雪に華麗に映える錦鶏の色面が心を打つ。この絵に会えるのを心待ちにしている。

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2006.08.18

若冲のここが好き! その二 ミニマルアーティスト

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30幅ある“動植綵絵”の大半は花鳥画である。残りは図鑑をみてるような気になる虫や魚、貝などの絵。若冲は絵描きになろうと決心したあと、どの派にも属さず、狩野派の絵や中国画を相当な数、模写し、絵の基本要素である形の表現方法、色使い、画面構成をマスターしていく。

学問でも、芸術でも普通は師匠の指導をうけて知識を増やし、知力をつけたり、技をみがき、そこそこの作品をつくるレベルに到達するのであるが、規格外の感性があったり、天分の才能に恵まれている者はコーチングされなくても、独自の道を切り開いていける。革新的な画法を次々と考えつき、それにより全く新しい画風の絵が描けるのだから、若冲の絵師としての潜在的な能力はかなり高かったのであろう。

伝統的な絵を模写しても、所詮は狩野派、中国画のコピーにすぎない。自分の感性に自信のある若冲はこれまでとは違った絵を描かなければ面白くないと思ったにちがいない。芸術家にとって生命ともいえるオリジナリティがどういう風に若冲の絵に表れていったかは、動植綵絵の30幅を絵のタイプで分けて、比較してみると少し見えてくる。

上の絵は“雪中鴛鴦図”。この絵と拙ブログ3/28で取り上げた“芦雁図”にはほかの絵とは大きく異なるところがある。それは日本画の特徴である余白があること。雁の羽根の一部を画面の外にだしたり、鴛鴦が立っている岩の右をトリミングしたりして画面を広げるとともに、鳥と木々以外は描きこまず、余白を大きくとり、シンプルな画面にしている。雪は夏のかき氷にかかっている練乳のように粘っこく描かれているが、シンプルでゆったりした感じが日本人の琴線に触れる。

“雪中鴛鴦図”はシリーズのなかでは最初のころに描かれた絵。この絵との関連で思いあたる絵がある。昨年、根津美術館であった“明代絵画と雪舟展”に中国人画家、文正が描いた“鳴鶴図”(重文、相国寺)という鶴のポーズと全体の構図がとても印象的な絵がでていた。そのとき、直感的にこの絵を若冲は見たのかな?と思った。若冲が描く鶴の羽根の質感とこの絵にでてくる鶴の描き方が非常に似ていたからである。

今年になり、2月に出版された佐藤康宏著、“もっと知りたい伊藤若冲”(東京美術)をぱらぱらめくっていると、若冲が文正の絵を模写したのがあった。“雪中鴛鴦図”と“芦雁図”は手本にしていた日本画や中国の絵の作風がまだ色濃く残った絵をいえる。雪の描き方は若冲ならではのものだが、構図などは伝統にそっているから、半オリジナリティ作品である。“雪中鴛鴦図”にぞっこん惚れていて、“日本の花鳥画のなかでどれが一番好きか?”と聞かれると即座にこの絵と答える。

下の絵はオリジナリティ全開の作品で、20世紀にもとどくような新しさがある。右が“薔薇小禽図”で左が“牡丹小禽図”。30幅のなかで、色を最も気持ちよく感じられたのがこの2つ。細密に描かれた赤、ピンク、白の花が画面いっぱいにリズミカルに配されている。直近に観た“薔薇小禽図”の花弁の美しさといったらない。小さな鳥がいることはいるが存在感はあまりない。ここでの主役は花。だが、その花に生気は感じられない。

目に心地いいのは画面上下に繰り返されるデザイン化された3種類の花模様。透明感のある白面、黄色の点々でできる小円、中心から放射状に引かれた白の細い線模様などはとても優雅で洗練されている。対象の意味を超えて、色や形に美を求めたミニマルアートの作品をみているようだ。“梅花皓月図”や“梅花小禽図”(拙ブログ6/18)でも同じような感覚にとらわれる。若冲はミニマルアーティストの先駆けではないかと思う。

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2006.08.17

若冲のここが好き! その一 スーパーイメージ力

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三の丸尚蔵館で公開された伊藤若冲の“動植綵絵”を全部観終わり、また東博の“プライスコレクション展”に出品された若冲の絵も2回みたので、ここ半年くらいの間、若冲の絵について思い巡らしていたことをまとめてみた。題して、“若冲のここが好き!”。

若冲の絵が現代に生きる多くの人の心をとらえるのは、それが他の絵師がまねできない超観察力、超デッサン力、超イメージ力によって生み出されているからではなかろうか。拙ブログ04/11/30にそのことを少し書いた。

事をなしたり、何かを創造するためには時間が必要。その時間が普通以上に多くあると、かなりのことが出来るかもしれない。若冲の場合、青物問屋の主になるのをやめて、たっぷりある時間を絵を描くことに使った。誰しも好きなことに時間を割きたいが、諸般の事情がそれを許さない。こうしてみると、恵まれた境遇にあった若冲は絵描きとしては、高い初期値からスタートしたことになる。

絵を制作するのに必要な色彩感覚、デッサン力、構図のとり方のうち、デッサン力は努力によって上手くなるが、色使いと構図はもって生まれた才能だといわれる。デッサン力は時間の関数ということになると、時間をたっぷり使える者は腕が上がる。だが、その前に、対象をじっくり観察するという絵描きにとっては一番大事なことがある。目の前にあるものをただぼやっと観てるだけではダメ。若冲は全霊をこめて観察し、超観察力を身につけたのであろう。庭の鶏をじっと何日も観ていたというような逸話が伝わっている。

で、その高い観察力にもとづき、鶏や孔雀、鳳凰、虫や魚、草花、木々の形態を捉えていく。狩野派のお手本帖や中国画を何度となく模写するという地道な努力によって会得した描写力に、“神気”をつかんだといわれる超観察力が作用し、若冲のデッサン力はスーパーといえるレベルに達する。あとはどうやって時代を突き抜ける絵画空間を作り出すかである。イメージ力をフルに稼動させなければいけない。

上は“動植綵絵・池辺群虫図”(部分)。緑を基調色にし、トンボ、黄色の蝶、蜘蛛、蝉、蜂などを沢山描いている。参考にしたのは中国画の“虫図”であろうが、中国の画家は例えば呂敬甫の“瓜虫図”(根津美術館)などのように、もっと余白をとり、トンボやこおろぎなどは横にひろげて配置することが多い。

これに対して、若冲の“池辺群虫図”の画面はかなり複雑。生き物の向きがあっちを向いたり、こっちを向いたりして、ぱっと見ると混乱する。対象をひとつ々、また塊りごとにみると平明なのだが、視点が重なり合っているから、じっと見ていると空間が動き、奥行きがあるように見えてくる。観る者に錯覚が起こっているのである。

現代のような情報量の多いネット社会で生活していると、若冲がスーパーイメージ力を使って見せてくれる虫たちのファンタジックな世界は、われわれの目を戸惑わせるというよりは、心地よいカオス、ほどよい刺激を与えてくれる。

下の絵は今、東近美の平常展に出ている小茂田青樹の“虫魚画巻”(前期9/10までの展示)。若冲の絵と感じが似ている。この画巻は6図からなり、上のは“露の夜”で下は“灯による蟲”。この絵を知ったとき、瞬間的に若冲のDNAはこの日本画家、小茂田に受け継がれたのではないかと思った。

小茂田はもう一人のDNA継承者、速見御舟の盟友。“灯による蟲”は御舟の“昆虫二題、蛾”を連想させ、“露の夜”は若冲の“群虫図”が頭をよぎる。黒い空を背景に巣をはった黄色の蜘蛛と紫のあざみが幻想的で妖しい雰囲気を醸し出している。小茂田も相当なイメージ力の持ち主である。

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2006.08.16

伊藤若冲の動植綵絵 その五

457三の丸尚蔵館で公開中の若冲作、“動植綵絵”も最後の6幅となった(5期:9/10まで)。

今回は展示スペースの関係で全30幅を五回にわけてみせたので、見終わるのに半年弱という長い時間を要したが、振り返ってみるとこの展示方法も悪くないなという気がした。

それはこの絵は1幅々の密度が濃いため、一度の鑑賞で目と体が受け入れられるキャパシティは6幅ぐらいが限度かなと感じられたから。画面に描きこまれている対象やその表現技法から発せられる色や形、絵肌の情報があまりに多く、これを楽しむのに時間を食うのである。こんな絵はほかにない。“ここに鳥が一羽いた!”、“葉っぱの上にカブト虫がいる“、”鶏の首のまわりの羽根の描き方は足のつけねのところとは違う”。。。単眼鏡の助けを借りると細部が拡大されるから、ファンタジックな若冲ワールドに迷い込んだのではないかと錯覚する。

だから、掛け軸から一歩下がって“若冲はこの絵で何を描こうとしたのか?”と腕を組んで見るようなことはとてもできない。それより、ガラスに顔をできるだけ近づけて、細密に表現された花弁や鳥の羽根の豊かな色彩や多様なフォルムを隅から隅まで体の中に吸収し、目に焼きつけたい。“動植綵絵”に限って言えば、四季を表す花や鳥、昆虫、魚を“若冲はどんな色の組み合わせで、どんな質感を出そうとして描いてるのか?”に鑑賞のエネルギーを注ぎ、装飾的で幻想的な絵画空間を目一杯感じたほうがずっと楽しい。こういう風に6幅をみていくと1時間くらいすぐ経ってしまう。

5期にでているのは右の“老松孔雀図”、“芙蓉双鶏図”、“薔薇小禽図”、“群魚図・蛸”、“群魚図・鯛”、“紅葉小禽図”。“老松孔雀図”ではほかのどの絵にも使われていない色がでてくる。それは孔雀の尾羽の先に円く彩色された金色。群青と緑を囲む金泥は孔雀の定番色。一本々綿密に描かれたレース地のような白い毛が金色をひきたて、華やかな雰囲気を醸し出している。金色は目のまわりにもみえる。

背景の松と岩は“老松白鶏図”や“老松鸚鵡図”でもそうだったように、孔雀の白がいっそう美しくみえるように暗い色調の茶、緑、青にしている。“白鶏”と“鸚鵡”の場合、色数が少なく、白と赤(鶏のとさかと太陽)、白と青(インコ)しかなかったが、この“孔雀”では画面の下と右中央に大きな赤、ピンク、白の牡丹を配し、画面をひきしめている。とくに鮮烈な赤が印象深い。孔雀と牡丹を一緒に描くのは中国画の定石。

若冲の白もこれが見納めかと羽根の描き方をしっかり見ると、尾羽のあたりから首にかけて、7タイプの羽根模様があった。どうやってこの模様をイメージしたのだろう?不思議でならない。現代絵画のミニマルアートを見るようだ。この“老松孔雀図”の隣りに、円山応挙の孔雀図では一番いいと言われる“牡丹孔雀図”がある。こちらの孔雀は若冲とは対照的に、今にも動き出しそう。羽根の表現は装飾的だが、孔雀の生気が感じられる写実の極みのような作品である。

ほかの“動植綵絵”では、巧みに構成された枝に紅葉が咲き乱れる“紅葉小禽図”と小さな3種類の薔薇が柔らかいタッチで美しく表現された“薔薇小禽図”に魅了された。白で花びらのふちをとったり、中心から放射状に細い白の線が実に丁寧に描かれている“薔薇”を単眼鏡で見ていると、時間のたつのを忘れてしまう。

若冲の最高傑作、“動植綵絵”を6ヶ月にわたり、たっぷり時間をかけてみてきた。気分が高揚し、絵画の楽しさを存分に味わった。これほど幸せなことはない。“若冲、有難う!”と大きな声でいいたい。なお、4期の拙ブログは7/87/28

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2006.08.15

酒井抱一の四季花鳥図屏風

456ホテルオークラが主催する恒例の“秘蔵の名品 アートコレクション展”(8/3~24)を開幕日に観た。

“秘蔵の名品”ですぐ連想するのは今年2月、東京美術倶楽部で開催されたビッグな展覧会。このときは“知られざる名作を集めて”というサブタイトルがついており、画家の代表作が集められた画集にも載っていない名品が沢山展示してあった。

作家が制作する名品は有名なブランド美術館だけに存在するのではなく、美術商や専門家、その道の通の人たちだけが知っている隠れた名品もあるのである。当たり前のことだが、美術品は市場で取引される商品でもあるので、目の肥えた画廊経営者、美術商、コレクターたちのあいだにでまわる名画のほうが多いかもしれない。

今年のテーマは“花鳥風月”。日本画が中心のようにみえるが、さにあらず。洋画のいい静物画や風景画が集まっている。惹きつけられたのはマネの“芍薬の花束”(村内美術館)、キスリングの大きな絵、“花”(鎌倉大谷記念美)、ブラマンクの“花”(個人蔵)。村内美は家具屋の2階にあるようなことをTakさんやtoshi館長に教えてもらったが、質の高い絵がありそうなので、一度訪問してみたくなった。

風景画はモネのいいのが2点ある。昨年、出かけた山形美で感動した吉野石膏コレクションの“テームズ河のチャリングクロス駅”とアサヒビール大山崎山荘美が所蔵する自慢の“睡蓮”(7点)の1点。モネ好きの多い日本には名品が沢山あるが、この2点はそのなかでも上位クラスの作品。大山崎山荘美所蔵では2位にランクづけしている“睡蓮”(1位は拙ブログ05/10/26)は今日からはじまった東近美の“モダン・パラダイス展”に出品されている大原美の“睡蓮”と響き合うだろう。

日本の洋画家の作品にもぐっとくるのがいくつかある。梅原龍三郎の“ばら”2点と“百合”。山梨県美蔵の“ばら”は大きな絵。青い花瓶に挿された赤や黄色のばらがのびのびとしたタッチで描かれている。背景が赤なのにばらの赤が沈んでない。この赤に感動した。日本橋三越ではじめて梅原の薔薇の絵をみたが、またまた縁があった。岡鹿之助の“花と廃墟”(群馬県美)、“燈台”(ポーラ美)にも魅せられる。

日本画で花鳥風月の絵を展示するとなると、主催者は気が抜けない。下手な作品をもってくると12回もやっている展覧会の価値が下がる。流石、ここのキュレーターの企画力は高く、名品が揃っている。プライスコレクション展を多少意識したのか、江戸絵画のオールスターを集めた。応挙、若冲、芦雪、抱一、そして渡辺崋山、北斎もある。

お気に入りは右の抱一作、“四季花鳥図屏風”と若冲の“乗興舟”。“乗興舟”は大倉集古館でちょっと前まででていた。再度の登場。これは京博、大倉集古館、千葉市美が所蔵している。味わい深いこの拓版画を大変気に入っており、京博がつくった小冊子(乗興舟、ベストオブアートNo2)をときおり観て楽しんでいる。

抱一の“四季花鳥図屏風”(左隻、京都、陽明文庫)は花鳥画の傑作。2年前の日本橋三越の琳派展にも出品された。今年は抱一の名画を見る機会が多い。三の丸尚蔵館で“花鳥十二ヶ月図”の12幅に痺れまくったばかりだが、時をおかず今度は“四季花鳥図屏風”である。これは屏風絵なので、やはり見ごたえがある。

金地に鮮やかな色で描かれた花や鳥は観てて心地がいい。余白をたっぷりとり、見る者の目が自然と画面中央の正面を向いている雉子と折れ曲がった群青の水流に集まるようにした画面構成が秀逸である。まわりをおみなえしに囲まれ、こちらを見ている雉子の装飾的で美しい羽根にも目を奪われる。

この展覧会は後期にとても見たい絵がでてくるのでもう一回行くことにしている。

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2006.08.14

瑞巌寺の金碧障壁画

455風光明媚な松島に感動したあと、必ず寄るのが瑞巌寺。

五大堂から5分も歩くと総門につく。この寺はそこから本堂まで続く参道を進むときの気分が格別にいい。

両側の鬱蒼たる杉木立は見上げるように高く、時間が止まったような静謐な雰囲気が漂うこの空間は松島湾の遊覧船観光で一気に盛り上がったテンションをクールダウンさせてくれる。

伊達政宗が1609年に建てた瑞巌寺のなかで、国宝に指定されているのは本堂と隣の庫裏(くり)。久しぶりにみる本堂のお目当ては97年に終了した金碧障壁画の復元模写。前回訪れたとき観たのは劣化した障壁画。何年か前にやっていたNHk番組、“国宝探訪”で10年にわたる修復事業により創建当初の姿を取り戻した絢爛豪華な絵を紹介していた。金地の輝きがあまりに鮮烈だったので、いつかこの目で見てみたいと思い続けてきた。

洋画でも日本画でも色を感じたい絵がある。マチスの赤とか、ゴッホの黄色とか、東山魁夷の青とか。。黄金を感じたい日本画となると狩野永徳がはじめた金碧障壁画。この寺の復元模写を担当したのは日本画家ではなく美術工房。実際に障壁画を描いた狩野派の絵師が使った色を忠実に再現してくれた。復元模写だから価値が低いなんてことはない。もちろん永徳の絵と較べると質は落ちるかもしれないが、狩野派特有の華麗さや力強さが感じられればいいのである。

右は本堂の中心、法要が営まれる“孔雀の間”の正面。襖絵は“松に孔雀図”。金地の輝きと鮮やかな群青に思わず息を飲み込んだ。青の上に描かれているのは松と梅。その下に尾っぽを上げ、体をすこし後ろにひねった孔雀がいる。首から胸あたりの強い赤が目に焼きつく。また、紀州根来からやってきた名工が彫ったいかにも桃山様式の欄間彫刻に目を奪われる。この極彩色の“雲に天人”はこの部屋が目に見える此世の浄土であることを示している。

孔雀の間のほかに、“松桜に諸鳥図”、“柏に鷹図”、“周文王狩猟図”、“菊図”などが同じく濃彩で描かれた部屋がある。絵だけでなく、部屋の長押の上に嵌め込まれた“鳳凰、鶴の巣籠り”などの両面透し・片面透し彫りの彫刻も見事。

政宗は仙台の地を京都に劣らぬ文化都市にしようと、その中核となる瑞巌寺の造営に心血を注いだ。木材は熊野から切り出した良材を使い、一流の腕を持つ名工を和歌山などから150人スカウトしたという。この寺は政宗の願いがひしひしと伝わってくる名刹である。

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2006.08.13

中尊寺・金色堂

454まばゆいばかりに光り輝く中尊寺・金色堂(国宝)の余韻に浸っている。

19年前、ここを訪れたときは、普通の観光客が抱く程度の好奇心しか持ち合わせていなかった。

が、今はどのくらいの鑑識眼があるかは横においても、美術品を一生懸命見ようという気持ちは昔よりは格段に強くなっているから、鑑賞したあとの充足感はかなりある。

金色堂は堂の内外に金箔が押してある“皆金色”の阿弥陀堂。木材に黒漆を塗り、その上に3万枚の金箔が使われているという。なぜ金ピカにしたのか?黄金に輝く極楽浄土を現世に再現するためである。藤原清衡の願いは戦乱に明け暮れた奥州に平和をもたらし、仏国土を建設することだったから、豊富に産出する金を惜しげもなく使い、
1124年、金色堂を建てた。清衡が73歳で亡くなる4年前である。

3度目の訪問となると、見るポイントがすこし変ってくる。絵画や仏像をみることが多くなったので、黄金の輝きには目が慣れ、これだけでは感情はハイにならない。今回、以前にも増して惹きつけられたのが螺鈿の美しさ。螺鈿は金細工とともに装飾のハイライト。圧巻なのが右の内陣の4隅にある巻柱(まきばしら)の螺鈿。巻柱は8枚の杉の板をくるんだ円柱に麻布をまき、漆をぬった上に七宝荘厳が施されている。七宝とは極楽浄土を彩る金など7種類の宝玉をいう。螺鈿は南洋の海でとれる夜光貝などを漆にうめこんで削りだす装飾で、7色の輝きは浄土の光を連想させる。

宝相華唐草文は普通、絵画に描かれるが、ここでは螺鈿が用いられている。螺鈿の数は柱1本につき2040個あるという。巻柱だけでなく、天井、須弥壇などいたるところ螺鈿、螺鈿。。。今年は螺鈿に縁があり、畠山記念館でみた“蝶螺鈿蒔絵手箱”(国宝)のピンクやうす緑の輝きにもKOされたが、金色堂の螺鈿装飾は輝きの総量が桁違いに大きく、まさに極楽浄土の香りがする。

00年に新築された“讃衡蔵”で国宝の数々を見た。金色堂内陣に飾られていた“金銅華鬘”(こんどうけまん)や“螺鈿八角須弥壇”など。また、昨年10月、東博平常展でみた経文を多宝塔の形に書き写した“金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図”のレプリカがあった。

ここでの収穫はその隣に展示してあった“紺紙金銀字交書一切経”(同じく国宝のレプリカ)について、理解が深まったこと。清衡発願の“一切経”(すべての経典)を金字と銀字で交互に書写した経巻は本来は5300巻以上あったが、中尊寺に伝わるのは15巻のみで、高野山金剛峯寺に4296巻、観心寺に166巻ある。これは豊臣秀吉の命で京都に運ばれ、中尊寺には戻されなかったためである。03年の“空海と高野山展”にこれが出たとき、なぜ金剛峯寺の所蔵になっているのか合点がいかなかったが、これで腹に落ちた。

中尊寺がつくっているガイドブックの冒頭に、ある新聞社が実施した“訪ねたい古寺ベスト10”のアンケートで中尊寺が清水寺とともに2位に入った(1位は金閣寺)ことが紹介されている。“黄金の国、ジパング”をヨーロッパに広めた発信源が金色堂であったことを思うと、この順位は当然といえば当然である。

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2006.08.12

奥入瀬渓流

453東北を旅行し、念願の奥入瀬渓流をみてきた。

余暇の過し方では、美術品鑑賞と旅行が大きな楽しみとなっているので、粗々だが中期的な東北旅行計画をつくっている。

2年前からそれを実現し、今年の訪問先は奥入瀬と決めていた。クルマで行くか、旅行会社の宿泊パックツアーを利用するかは距離の長さなどを考慮して決めているが、奥入瀬は遠いのでパックツアーにした。

福島駅までは新幹線で、そこから先はバスで移動。行程は平泉・中尊寺→八幡平アスピーテライン・山頂→十和田湖、2日目が十和田湖畔→奥入瀬渓流散策→松島。観光地のうち、中尊寺、松島は3度目だが、八幡平、十和田湖、奥入瀬渓流ははじめていくところ。中尊寺と松島は前回の感動を思い出すというよりは、記憶力が衰える速さに不安を覚えるといったほうがいいくらいである。自分の記憶力とは関係なく、この二つは訪れる度に大きな感動を与えてくれるのだから、東北、いや日本を代表する観光地の一つと言っていい。

では、お目当ての奥入瀬渓流はどうだったかというとこれがまた素晴らしかった。いい所だろうなと想像していたが、これをはるかに上回っていた。十和田湖の子の口(ねのくち)からはじまる奥入瀬渓流は焼山まで距離でいうと約14.2km。この間を歩くとだいたい4時間くらい要するという。このツアーでは全部を歩くほどの時間はとってないので、参加者は石ヶ戸(いしげど)の手前のところでバスから降り、そこからお土産屋やWCのある石ヶ戸まで散策することになる。いわゆる感動二段重ね。

まずはバスの中で名調子のガイドさんがチラシを使って、右左に流れを変える渓流の名所スポットを説明してくれる。“もうすぐ、一番の見所、銚子大滝が見えますよ!”、“ここの景観をまとめて一万一千百五両の眺めと呼んでます”、“この滝、白い布のように見えるでしょう、白布の滝です”、“右が奥入瀬の代名詞ともいうべき絶景スポット、阿修羅の流れですよ、凄いみずしぶきでしょう!”

渓流の壮観な流れ、上からおちる色々なタイプの滝、複雑に交錯する樹木の重なり、これまで九州の耶馬溪とか、岐阜のほうの渓流とかをいくつか見たが、これほど感激する渓流ははじめて。素晴らしい自然の美にテンション上昇度は200%だった。さらに、バスを降りて30分くらいの散策がまたいい気持ちにさせてくれる。この渓流ではマイナスイオンが沢山でているにちがいない。

途中、びっくりする光景に出くわした。黒の揚羽蝶がいたのである。川端龍子作、“阿修羅の流れ”(拙ブログ04/11/26)の揚羽蝶は龍子の心象風景として描いたのかなと思っていたが、実際、蝶が飛んでいた!右は奥入瀬に是非行ってみたいと思うきっかけとなった絵(東京都現代美術館蔵)。描いたのはカラリスト、小野竹喬。竹喬の作品では一番惚れている絵である。言葉は無用。絵のイメージと実際の奥入瀬がぴったり一致した。心が癒される奥入瀬の渓流を肌で感じ、画家の高い画技にただただ感服するばかり。

ガイドさんによると、ここで絵を描いている人が結構いるとのこと。龍子、竹喬のほかにも安井曽太郎や奥田元宋、平山郁夫など著名な画家も奥入瀬を描いているのだから、この景色はプロ、アマチュア画家の絵心を刺激するのであろう。

これまで心を揺すぶられた景勝地はいくつもあるが、奥入瀬渓流はエポック的な出会いの上位にあげられる。次回はもっと時間をかけて、じっくり歩いてみたい。

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2006.08.09

彩色兵馬俑展

452最近は古代中国の文物が頻繁に日本にやってくるから、兵馬俑といってもそれほど驚かないが、今回は彩色のものが展示されるというので江戸東博に出かけてみた。

この兵馬俑展は司馬遷の“史記”と関連づけて、春秋・戦国時代から前漢の武帝時代につくられた傭、装飾品、武具などを120点あまり展示している。会期は10/9まで。

秦の始皇帝陵の近くで発見された兵馬俑は昨年みた2回をふくめて過去5回くらいみた。はじめのころは将軍や兵士の傭だったが、発掘作業が進むにつれて兵士以外の文官傭も登場してくる。今回はあらたに雑技(サーカス)の芸人、太った力士の傭(百戯傭)が加わり、はじめてみる青銅製の白鳥や鶴、雁もあった。

1974年に発見された兵馬俑もその後にでてきた傭、副葬品もみんな一度訪れたことのある“兵馬傭抗”から出土したものと思っていたが、この知識がアバウトで正確さを欠くものであることがわかった。会場にあったパネルで見つかった場所を確認すると、文官傭とか百戯傭、銅車馬は始皇帝陵墓の周りからでている。そして、青銅の鶴や楽士傭は00年、陵墓の北北東2kmの水禽抗で発見された。

展覧会の目玉である右の彩色の兵馬俑が出てきたのは陵墓から東1.5kmにある兵馬傭抗の2号抗。片ひざをついて弩をかまえる兵士の傭は前、見たことがあるので何が目新しいのかピントこなかったが、彩色がよく残った兵士のものは99年にはじめて見つかったという。家に帰って過去あった展覧会の図録をチェックすると、たしかにこれらはいつもの土色の傭だった。

現在、8体の彩色の跪射傭が保存され、目の前にあるのは今回日本とドイツで世界初公開されたものである。赤は鎧の首まわり、肩、下の部分と頭の毛を束ねたところにつけた飾りにしっかりと残っている。出口近くで当初の彩色具合をVR映像で再現していた。これをみると、鎧は黒をベースに赤、鎧の下の長衣は鮮やかな緑とカラフルな色彩である。この兵馬傭でもうひとつびっくりするのが髪の毛の表現。巻き方、網目、前髪を左右に分けたところが実にリアル。

前漢(BC2世紀)の景帝の陽陵から出土した傭にも興味をそそられる。衣装の赤や青の線が目を楽しませてくれる“彩色女官傭”、額に赤い絹の鉢巻のあとが残る“彩色頭傭”、鶏、犬、豚などの“家畜傭”に目が釘付けになった。

西安では現在、新しい博物館の建設、遺跡の整備がどんどん進んでいるようだ。06年4月には陽陵の外蔵抗を見せる地下展覧館がオープンしたという。西安はデジタルシルクロードプロジェクト(拙ブログ05/12/17)だけでなく、文化施設の建造にも積極的に取り組んでいる。この地下展覧館を見たくなったので、NEW西安旅行計画が早まるかもしれない。

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2006.08.08

ペルシャ文明展

451期待の“ペルシャ文明展”(東京都美術館、10/1まで)を観た。

展覧会のサブタイトルは“煌く7000年の至宝”。アイキャッチに“至宝”という言葉は展示品の中に、豪華な宝飾品、歴史的に価値のある彫刻、誰もが認める超一級の名画とかがないとつけられない。

今回はイラン国立博物館などが所蔵する古代ペルシャを代表する美術品が200点あまりやってきた。その中に至宝と呼ぶにふさわしい金製品が数点含まれている。展覧会の目玉としてチラシに使われているアケメネス朝ペルシャ時代(BC550~BC330)に作られた“有翼ライオンの黄金のリュトン”は一級の工芸品。

ワインなどを入れる先がラッパ状に開いた角形の酒器本体に翼のあるライオンがくっついている。金に細工された装飾性豊かな翼や体の毛の紋様が一際目をひく。金製品は古代ペルシャにかぎらず、エジプト、ギリシャでも材質が朽ちることなく、永遠の輝きを保っている。細工のレベル、造形的な美しさではBC1000年頃の“黄金のライオン装飾杯”にも目を奪われる。

古代ペルシャの遺跡で最も興味があるのがペルセポリスの宮殿。いつになるかはわからないが、ここを訪問したいと思っている。今回、ペルセポリスから出土した遺品の一部がみれたのは大きな喜びである。その一つが右の“朝貢者の浮彫”(アケメネス朝、石灰岩)。壺を捧げ持つ朝貢者の前にいる案内の官吏の頭の毛や顎鬚が丁寧に彫られている。このレリーフのほか、エチオピア人、メディア人、ソグド人のものがある。

大きさで圧倒されるのがアパダーナ(謁見の間)で発見された柱頭装飾の一部とみられる“ライオン像の足”。一部でもこれほどの存在感があるのだから、その全体の姿は相当な大きさだったはず。でも、柱の高さは20mあったというから、装飾の細部は下からは見えなかったかもしれない。

古い土器で形に惹きつけられたのがあった。BC1500~800年の“こぶ牛形土器”。大きなこぶにインパクトがあり、表面がつるつるしたシンプルで原始的なフォルムに魅せられ、一点々夢中になってみた。これと同様にじっくりみたのがササン朝ペルシャ時代(226~651)の切子ガラス碗。東大寺正倉院宝物にもあるガラス製品である。シルクロードを経て東方に伝わったものが目の前にあるかと思うと感激する。

この先、ペルシャ美術をこれほどまとまった形でみる機会はそうないであろう。見所の多い、貴重な体験であった。

■■■■■06年後半展覧会情報(拙ブログ7/1)の更新■■■■■
・下記の展覧会を追加
★西洋美術
7/13~9/24   シャガール展     青森県立美術館
9/7~9/26    ラウル・デュフィ展   大丸東京店
★日本美術
8/22~28     濱田&河井展    日本橋三越
9/5~10/9    前田青邨展      岐阜県立美術館
10/5~17     棟方志功展      大丸東京店

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2006.08.07

束芋のヨロヨロン展

4507/23、NHK教育で放映された“トップランナー”に出演した束芋(たばいも)の個展が開かれている原美術館にでかけた。

ここで女性現代アーティスト、束芋の“ヨロヨロン展”(8/27まで)をやっていることは知っていたが、普段なじみのない現代アートなので訪問する可能性は低かった。

が、23日の番組がとても面白く、俄然、束芋のアニメをこの目で見てみようという気になった。作家は兵庫県生まれで現在30歳。人あたりがよく、芯が強そうな小柄な女性である。京都造形芸術大学へ補欠で入学したのに、卒業制作では一番になったという。

原美術館ははじめてなので、展示会場の勝手がわからないが、2階で06年に制作された3つの作品をみることができた。1階ではデビュー作のアニメ“にっぽんの台所”
(99年)などこれまでにつくられた作品が実際よりは縮小したセットや小さなモニターで上映されていた。これらの作品はアニメによる映像インスタレーションとして公開されたので、映像だけでは束芋の表現の一部しか味わうことができないが、4分~10分のアニメ(音楽入りもある)でも十分楽しめる。

束芋が日常生活そのものをモチーフとしているので、作品のなかにすっと入っていける。でも、映像はかなり刺激的で強い毒性を含む。現代日本の見慣れたまた懐かしさを覚える日常の光景をみてほわっとしていると、コミュニケーションの無い冷え冷えとした公衆のあり様や閉塞感、またぞっとする怖さみたいなものをじわじわ見せつけられるといった感じである。

面白いのが“にっぽんの台所”、“にっぽんの湯屋(男湯)”(00年)、“にっぽんの通勤快速”(01年)。“にっぽんの台所”ではっとしたのが毒入りナレーション。ラジオ?TV?から流れる天気予報、“今日は中学生、高校生が降ってくるでしょう?!”。これは自殺を表現している。このアニメにもでてくるが束芋の作品には切断される場面が多いのでドキッとする。指をはさみで切ったり、妻が台所でたまねぎと一緒に亭主の首を包丁で切ってしまう場面とか。

女性の強さ、図太さを巧みに表現したのが、“にっぽんの湯屋”。途中から“男湯解禁”となり、隣の女湯から女性が壁をのりこえてきたり、入り口からも女性連れがどんどん入ってくる。観光地のトイレが混んでるとき、やむにやまれず女性が男性トイレを利用する場面をここでは男湯に転換して描いている。これは笑える。束芋は只者ではない。

2階の最新作、右の“真夜中の海”と“公衆便女”は秀作。映像として何時間でも見ていたいのが“真夜中の海”。波の音入りで、生き物のような波が次第に大きく荒々しくなっていく。北斎の“富嶽三十六景 神奈川沖波裏”におけるダイナミックな波の動きを連想させるような光景である。その立体的な波のてっぺんから海底に生息する髪の不気味な物体が下に滑り落ち、消えていく。真夜中の海を見たことが無いから実感できないが、暗闇になかで海をみているとここで体験するような不安と怖さが入り混じった気持ちになるのではないだろうか。

“公衆便女”でびっくりするのは便器の中に女性がプールの踏み台から飛び込むようにザブンとつっこむ場面。よくこんなことを考えついたなと唖然として眺めていた。

束芋は世界的にも注目されているアーティストらしい。発想の斬新さはグローバルレベルのような気がする。海外の作家たちとコラボした映像が流れていた。いい作家に遭遇した。これからその作品を追っかけていこうと思う。

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2006.08.06

カミーユ・クローデル展

4493ヶ月前に取り替えたばかりのS社のモデムが機能しなくなるという不信感のつのるパソコントラブルのため、1週間ばかり更新がストップしました。

本日ネットへの接続が回復しましたので、拙ブログを再開します。よろしかったら、またお付き合い下さい。

女流彫刻家、カミーユ・クローデルの回顧展を府中市美術館でみてきた(8/20まで)。

日本では3度目、10年ぶりの展覧会だそうだが、過去あったものには縁がない。クローデルの作品はパリのロダン美術館でみたことがある。でも、これは15年くらい前のことだから、記憶はかなり薄れている。で、今回出品されてる50点でこの彫刻家が制作した作品のイメージやフォルムの特徴が頭の中に入った。

カミーユ・クローデル(1864~1943)の作品をしっかり思い抱けないのに、大変な美貌の持ち主であるカミーユが師匠のロダンの愛人であったとか、30年以上にわたって無残にも精神病院で過ごさざるを得なかったことなど苦難に満ちた“カミーユ・クローデル物語”は先行して大略インプットされている。

芸術活動により世に知られた女性でその作品だけでなく、悲しい愛憎関係を思い出す作家が二人いる。カミーユとカラヴァッジェスキのアルテミジア・ジェンティレスキ。カラヴァッジョの作風を一番受け継いだアルテミジア(1593~1652)がカラヴァッジョ同様、ユーディットがホロフェルネスの首を切り落とす絵を何点も制作したのは、彼女が19歳のとき画家のタッシに暴行され、裁判でも辱めを受けたためといわれている。

ロダンとの愛が破綻した後、徐々に精神に異常をきたし、狂気じみた行動をとるようになったカミーユは44歳以降、作品を制作していない。このため、作品は60数点しかない。右はロダンとの愛が終局を向かえていたころにつくられた“分別盛り(第2ヴァージョン)”。これはロダン美術館でみた記憶がかすかに残っている。

中央の老人がロダンで老婆は内縁の妻ローズ、そして老人の後ろにのびた左手をつかもうとして膝をつき両手を前に出している若い女がカミーユ。年は離れていても男女の愛は激しく、せつない。が、ロダンのほうがひいてしまう。老人の顔はなにか申し訳なさそうだし、“私を捨てないで”と言いたげな若い女の哀れさが胸をうつ。

情景彫刻というのが新鮮だった。こういうタイプの彫刻ははじめてみた。“おしゃべりな女たち”ではベンチに座った4人の裸婦が顔を寄せ合いおしゃべりの真っ最中。“もの思い”や“炉端の夢”は思わず見入ってしまう作品。暖炉の縁に両手をかけ、うなだれたり、椅子に座ったまま、暖炉に頭を押し当てている女性の姿には孤独感や寂しさが漂っている。

もっと作品があると思っていたので、消化不良の感じが無きにしもあらずだが、総作品数が60数点しかないのだから、この数で納得。79歳で亡くなるまでずっとアヴィニョンの精神病院に収容されていたカミーユの姿を“もの思い”、“炉端の夢”とダブらせながら館をあとにした。

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