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2006.07.21

書の国宝 墨蹟展

440五島美術館で行われている“書の国宝 墨蹟展”(7/23まで)へ前期、後期2回足を運んだ。

書については、空海の書や装飾料紙の最高傑作“本願寺本三十六人家集”、また俵屋宗達の下絵に本阿弥光悦が散らし書きした和歌などは昔から興味をもって鑑賞していたが、今回のような墨蹟をじっくり観るという経験はあまりない。過去あった“鎌倉禅の源流展”、“建仁寺展”など一連の大仏教展でも、書はさらっと流し、絵画や彫刻のほうに鑑賞のエネルギーを注いできた。

だが、今年は東博の“書の至宝展”やアラビア書道との遭遇と書に縁があるので、この流れを大事にしようと思い、展示替えもなんのそのと五島美に通った。通期、90点のなかで、国宝が12点、重文が56点あるのだから、日本にある墨蹟の名品はほとんど揃ったといっても過言ではない。でも、MOA、東博、五島美が所蔵するものは多少馴染みがあるが、大半は知らないものばかり。

禅宗の高僧の書である墨蹟は茶室の床に掛けられる“茶掛”として、大名や茶人たちに愛蔵されてきた。中国人僧の墨蹟がどういう風に日本にやってきて、その後誰の手に入ったかという経緯をみていると、床に掛けられた高僧の偈(げ)、法語などに茶をたてる主人の感性や精神性が表れているようで、とても興味深い。

大名のなかでは松江の松平不昧(ふまい)公はかなりの名品を愛玩している。東博から出品されている国宝4点のうち3点は雲州松平家に伝来したもの。その一つ右の“虚堂智愚墨蹟 与照禅者偈頌”の書体に魅せられた。虚堂智愚(きどうちぐ)は13世紀南宋時代の臨済宗松源派の巨匠で、これは日本からやって来た鎌倉の浄智寺の僧、無象静照に書き与えた法語(仏の教え)である。

虚堂は大徳寺・妙心寺派の直系の祖にあたり、大徳寺派の禅と密接な関係があった茶道では、虚堂の墨蹟はとりわけ重んじられ、右の書は茶会で一番多く使われたという。今回、虚堂の書に7点お目にかかったが、その装飾的な字の形に釘付けになった。華やかな感じがするのが“今”、“天”、“夲”などにみられる左払い。これまでみた墨蹟では一番美しい書である。

日本人僧が書いたものでは宗峰妙超(1282~1337)の力強い墨蹟が印象深い。なかでも“徹翁字号”の大字が忘れられない。また、一休宗純の“尊林号偈”や“七仏通偈”にも思わず立ち止まってしまう。書はまだ入り口をすこし入ったところ。これから機会をとらえて目を慣らしていけばいい。

いずれ書をやろうと考えているので、重くて大きな図録も買っておいた。これだけ大きいと本物の墨蹟が目の前にあるようで、会場での体験が蘇ってくる。

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