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2006.07.23

アンリ・ルソーの私自身、肖像=風景

296昨日の人気TV番組、“美の巨人たち”は面白かった。

登場した画家は素朴派のアンリ・ルソー。そして、画家が描いた絵のなかで焦点の当たった一枚の絵は右の“私自身、肖像=風景”。

この絵は03年、中欧を旅行した際、訪問したプラハ国立現代美術館でみたことがあるので、どんなアートエンターテイメントになるのか興味深々であった。

街の中心からちょっと離れたところにあるプラハ国立現代美術館の自慢はルソーのこの絵とチェコ出身の巨匠、ミュシャ(拙ブログ04/12/5)と抽象画家、クプカ(04/12/6)の作品。とくにルソーの“私自身、肖像=風景”は代表作としてつとに有名なので、この絵の前に立ったときは感激した。

とにかく不思議な絵である。真ん中に頭の帽子から服、靴まで黒ずくめの画家(=ルソー)がすっくと立っている。この髭づらの男、誰かに似ている。すぐ、映画“道”や“その男 ゾルバ”にでていた名優、アンソニー・クイーンを思い出した。背景の風景で目がいくのが橋の手前の万国旗が飾られた帆船。その旗のなかにどういうわけか日の丸やそのヴァージョンらしきものが4つみえる。

橋のむこうに描かれたエッフェル塔は旗と一部がかぶってることもあり、それほど目立たない。それより船の前、セーヌ岸を散歩している二人の姿に目がとまった瞬間、心臓がフリーズする。“ナニー、この小さい人物は!”画家と2人の大きさはまるで“ガリバーと小人”。両者の間の距離をおもわず目測していると、この絵が目の前の風景を描いているようで実はファンタジックで不思議な世界を表現した絵であることがじわじわとわかってくる。この絵にみる人間の大小の不思議さは現在、プライスコレクション展に出品されている“白象黒牛図”(長澤芦雪)における牛と子犬、象と鳥で味わうびっくり度より数倍のインパクトがある。

このへんてこな感じが体を支配するようになると、右に描かれている気球や白い雲への関心は薄くなる。気球ははっきりと覚えているが、雲のイメージは残ってない。番組のなかで雲について面白い話しがでてきた。美術評論家の海上氏によると、ここに描かれた雲は当時あった日本地図の本州を模写したものであり、その中にある太陽は歌川広重が“本郷”という風景画(1840年頃)のなかに描いた太陽を真似たものであるという。この説明は100%納得できる。これで、帆船の旗のなかに日の丸などが目立つ理由がわかった。

ルソーは浮世絵の平面的な表現方法が気に入ったのだろう。無邪気に、もっと自由に絵を描きたいルソーにとって、遠近法をきっちりいう伝統的な西洋画より日本の浮世絵のような描き方のほうが合ってたのかもしれない。村上隆がいうスーパーフラット(超二次元的)はもうこの頃からはじまっていたともいえる。アンリ・ルソーと風景画の歌川広重がこんな風につながっていたとは。いい番組を見た。

なお、06年後半展覧会情報にも載せたが、世田谷美術館で“アンリ・ルソー展”
(10/7~12/10)が開催される。

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