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2006.07.27

横山大観の黄色の絵

446東博の平常展にMy追っかけ日本画のリストに入っている待望の絵が登場した。

横山大観が描いた右の“游刃有余地”(ゆうじんよちあり)で、本館1階の近代美術のコーナーに展示してある(7/19~8/27)。

この絵を画集で知り、いつかお目にかかりたいと思っていたのに、04年京近美であった大回顧展でも展示替えのため見逃していた。ようやく観ることができた。

大きな2幅の絵である。左にいる老人は料理の名人。右手に包丁をもっている。右の黄色の服を着ているのが中国の皇帝で、後ろに女性が付き添う。この場面は“荘子”養生篇のなかにでてくる話しを絵画化したもの。皇帝がこの料理人が上手に牛を捌くのを見て、その腕を褒めた。すると、老人は“何度も牛を捌いているうちに、骨と骨の隙間が見えるようになりました。この隙間を薄い刀の刃で切るのだから、まだ余裕があり、うまく牛を捌くことができます”と答えた。それで、游刃有余地の題名がついている。

この話しに特別興味を覚えたのではなく、とても惹きつけられ一度本物を見てみたいと思ったのは皇帝の服の黄色。日本画では黄金、青、緑、白、赤はよくでてくるが、黄色を使った絵を描く画家は限られている。すぐ思いつくのは前田青邨、速水御舟、カラリストの小野竹喬くらい。青邨の“観画”では一人の女性が黄色のチャイナドレスを着ている。美しいのが御舟の“昆虫二題”にでてくる黄色の蛾。御舟はひまわりを描いたりしているので、黄色の絵が多い画家かも知れない。晩年の小野竹喬は黄色使いの名手。その風景画にはうっとりする。

青邨や御舟の黄色に較べると、大観の黄色は画面全体のなかで大きな割合を占めている。そして、素晴らしいのがこの黄色と女性の上着のピンク、老人が着ている服の深い群青の鮮やかなコントラスト。昔、台湾の故宮博物館にあった乾隆窯で焼かれた黄色の花瓶に大感激したことがあるが、黄色で興奮するのは久しぶり。Myカラーが黄色・緑になったのは中国の陶磁器とゴッホのイエローパワーに魅せられたため。で、洋画ではゴッホの作品などで黄色を楽しむ機会が多いのだが、日本画ではこうした体験は数えるほどしかない。

大観はこの絵のほかにもいくつか黄色を使った作品を制作している。“竹林七賢”、“瀟湘八景・漁村返照”(重文、東博)、“老子”。大観作品の魅力は“生々流転”などの水墨画だけではない。それと同じくらい惹きつけられるのが黄色の絵や琳派風の装飾美を表現した“夜桜”など天性の色彩感覚が発揮された作品。

長らく待った“游刃有余地”を観れていい気分になっていたら、その隣に鏑木清方の“黒髪”、前田青邨の“維盛高野の巻”、安田靫彦の“二少女”というくらくらする位いい絵があった。ここの日本画はいつも期待を裏切らない。しかも静かに楽しめる。理想的な鑑賞空間である。

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