東博で“プライスコレクションー若冲と江戸絵画展”(7/4~8/27)がはじまった。初日だったので、まだ混んでなかったが、週末は大勢の人が押し寄せるのではなかろうか。
今、東京には伊藤若冲の最高傑作“動植綵絵”(三の丸尚蔵館)と有名なプライス氏の若冲コレクションが響きあうという願ってもない美術鑑賞空間が出現した。上野と皇居の2箇所を移動するだけで、若冲絵画の真髄にふれられるのだから、これほど楽しいことはない。
プライスコレクションのお目当てはもちろん若冲が中心だが、ほかにも追っかけていた作品がある。600点にものぼるといわれる江戸絵画コレクションから厳選された101点のなかで、どの絵が凄いか、魅力があるかをピックアップしてみた。
Ⅰ伊藤若冲
画集によく載っている作品は今回の18点のなかに全部含まれている。一部はみたことあるが、プライス氏が24歳ころから蒐集した自慢の若冲ワールドが目の前にある。気持ちがぐーんとハイになるが、国内にある若冲作品と較べて、どの絵が凄いか、冷静にみてみよう。誰もが羨むのが“鳥獣花木図屏風”(拙ブログ04/11/29)。これは海外に流失した日本の名画の一つにあげられる絵である。
モザイク画のような描き方に仰天するが、これに目が慣れてくると、白象、豹、鹿や鳳凰、鶏、鶴などを沢山スーパーフラット(超二次元)に描いた楽園世界からしばらく離れられなくなる。静岡県美にある同タイプの“樹花鳥獣図屏風”(拙ブログ05/3/7)に較べると、こちらの方が色が鮮やか。とくに目にしみるのは木々や野原に使われている緑やうす緑。そして、画面中央にドンといる大きな象や横にのびる細長い線に見える白。
2度目の対面で、ちょっとした発見があった。色に組み合わせで、はっきり捉えられない対象がある。とくに左隻にそれを感じる。例えば、鶏のまえにいる黒い羽の鳥(ほろほろ鳥?)の顔はどこにあるの?また、静岡県美の作品では、茶色の尾っぽを勢よく上に跳ね上げた鳳凰の姿に釘付けになったのに対し、ここにいる鳳凰はどうなっているの?という感じ。首や腹、前の羽根、尾っぽの配色がイマイチでぱっとみて、形態がわかりにくいのである。“動植綵絵”でも色がかぶるところがある。稲穂の茶色と雀の羽の茶色が重なるとか。カラリストという点では若冲より酒井抱一や神坂雪佳のほうが上のような気がする。
今回一番魅了されたのが水墨画の屏風“花鳥人物図屏風”と右の“鶴図屏風”。墨の濃淡がこれほど美しく感じられる絵はそうない。鶏や鶴の羽の濃い墨が輝いている。と同時に、横向きあるいは背中をこちらにみせる卵形の僧侶、なすびやハート形の鶴、円々に太った鶏など意表をつくフォルムに目が点になる。こういうユーモラスな形の鶴や鶏の絵をみる機会は過去あったが、これほどどっと出てくると完璧にKOされる。絶品である。自分の家で毎日眺められたらどんなに心が洗われることだろう。
彩色画の“紫陽花双鶏図”、“旭日雄鶏図”、“雪中鴛鴦図”、“群鶴図”、“竹梅双鶴図”も高い画技で映しとった写実と超想像力から生まれる幻想の入り混じった上質の花鳥画である。だが、最高傑作の“動植綵絵”を観ているからか、色の輝き、細かい描写に物足りなさを感じてしまう。三の丸尚蔵館でこの絵を楽しんでいる人の多くは同じ感想をいだくはず。
Ⅱ江戸絵画
まず、円山応挙。最後のコーナーに飾ってある“懸崖飛泉図屏風”。余白をたっぷりとり、画面の上のほうに滝を描く作品は何点か観たことがあるが、これほど澄みきった山水画ははじめてみた。川の流れのうす青は代表作、“保津川図”(重文)を連想させる。また、“赤壁図”の水流の描き方は大英博物館が所蔵する“氷図”と似ている。
長澤芦雪の“象と牛図屏風”は若冲の作品とともにプライスコレクションの価値を高めている作品。これは長年追っかけていた絵で、やっとお目にかかれた。大きな黒い牛とその後ろ足のところにちょこっと座っている白い子犬のコントラストが実にいい。右の画面からはみだした白象の背中には黒い鳥がいる。白黒、そして大小の対比を強調する芦雪の豊かな発想にただただ感服するばかり。“牡丹孔雀図屏風”は4つくらいある応挙の名品と較べると負けるが、師匠譲りの首や胴あたりの羽根一枚々の繊細な描写は見事。Aクラスの絵であることはまちがいない。
Ⅲ江戸琳派
酒井抱一の“花鳥十二ヶ月図”は優品。この画題は人気があり、抱一は何点か制作した。三の丸尚蔵館のもの(花鳥展4期に出品される)がベストだが、出光所蔵よりはこちらの方が色が鮮やか。紫陽花の青(6月)、2羽の白鷺の構図のとりかた(11月)などに足がとまった。“三十六歌仙図屏風”も代表作のひとつ。ワシントンのフリーア美術館に色使いがちがうだけでこれと全く同じ人物配置の絵があり、流石、プライス氏も同じものを手に入れていた。名古屋であった琳派展(94年)に、抱一らしい装飾的で品のある作品“四季草花図・三十六歌仙図色紙貼交屏風”とともにでていたので、2回目の鑑賞である。
プライス氏が若冲とともに愛したのが鈴木其一の絵。9点あるが、これだけ其一の高い画才があますことなく発揮されたコレクションは日本には無い。素晴らしいの一言。“漁樵図屏風”と“柳に白鷺図屏風”は94年の琳派展にでていた。04年の琳派展(東近美)でみて感動した風俗画の逸品、“群舞図”にまた会った。もう、嬉しくてたまらない。今回はじめてみた“群鶴図屏風”にも感激した。この“群鶴図屏風”、“柳に白鷺図屏風”は最後のガラスケースがとっ払われ、ライティングが工夫された展示室に飾られている。光の変化に画面の色が微妙にかわっていき、これが気分を最高潮に高めてくれる。観てのお楽しみ。
Ⅳ浮世絵
浮世絵のなかにびっくりするいい絵があった。勝川春章の“二美人図”。肉筆美人画では一番の名手といわれる勝川春章の傑作はMOA、出光美術館、東博にあるが、かりにMOAの“婦女風俗十二ヶ月図”(重文)を10点とすると、これは8点くらいの絵。また、河鍋暁斎の“妓楼酒宴図”という面白い絵があった。客や花魁、幇間らがどんちゃん騒ぎをしている座敷の衝立には眉間に皴をよせた達磨が描かれている。このとりあわせがユーモアたっぷり。
ここで紹介した絵のほかにも見所はいっぱいある。満足度200%の展覧会であった。
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