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2006.06.15

尾形光琳の躑躅図

407東京にある民間の美術館で琳派の作品を多く所蔵しているのは根津美術館、畠山記念館、静嘉堂文庫。琳派狂いとしては、この3つと東博、熱海のMOAの展示情報を定点チェックし、名品を見逃さないようにしている。

長期の休館に入った根津美、常時琳派を展示しているわけではない静嘉堂文庫、鑑賞済み作品が多くなったMOAは横に置き、現在は畠山と東博が鑑賞の柱になっている。

畠山記念館は茶陶の名品を年4回展示しているが、いつも琳派の掛け軸や陶器などが数点でる。4/1から5/28までの“蒔絵の美展”では右の光琳作、“躑躅図”(つつじず、重文)のほか、酒井抱一の掛け軸、尾形乾山の色絵透鉢、光琳の蒔絵などがあった。今回、狙いの作品は“躑躅図”。この絵は画集には必ず掲載されているのに、どういうわけか過去の大きな琳派展(94年、04年)に出品されなかった。だから、本物と対面するのに随分長い月日が流れた。

これは光琳が江戸にいた頃描いた絵。光琳は47歳から51歳の4年間(1704~1708)江戸に住んでいた(もっとも、まったく京都を離れ、江戸にいたというのではなく、京都にちょくちょく帰ってはいるが)。江戸で大名や豪商などの新しい顧客から絵の注文をもらうためである。いわゆる新規顧客開拓の出稼ぎ。それには理由がある。光琳は何に使ったのかわからないが(女遊び?)、京都で大金を借金しており、これを返済しなければならなかった。パトロンは大名では酒井家と津軽家。深川の材木商冬木家も小袖を注文している。

“躑躅図”は酒井家のために描いたものである。川のほうにむかって右からせりだす土坡(どは)の向こう側に大きな赤い躑躅、手前に白い躑躅を配する構図が秀逸。これは対象を意匠化し、面をきかせた“燕子花図”のような装飾的な絵とは異なり、武家好みの雪舟流や狩野派風の線をいかした水墨画。川をはさんで左にもたらし込みが使われた三角の土坡があり、二つの土坡がたがいに声をかけあってるような感じがする。簡潔な構図と抑え気味の色調で赤と白の躑躅を強く印象づける絵画構成が見事。やはり光琳の絵心と高い技は超Aクラス。

ここの展示スケジュールに嬉しいニュースがあった。秋季展に牧谿(もっけい)筆の“煙寺晩鐘図”(国宝)が十何年ぶりに公開される(10/31~11/12)というのである。牧谿が描いた“瀟湘八景図”は根津美の“南宋画展”(04年)で“漁村夕照図”(国宝、根津美)などがでて、観る者を楽しませてくれたが、この“煙寺晩鐘図”は出なかった。待ち焦がれたこの絵をやっと観れる。

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