« ダヴィッドのナポレオン騎馬像 | トップページ | 山口蓬春の紫陽花 »

2006.06.21

谷文晁の公余探勝図巻

413皇居の三の丸尚蔵館にて公開中の伊藤若冲作、“動植綵絵”の精緻な描写ばかりに目を奪われがちだが、現在、東博平常展(7/2まで)にでている絵にもその細かい技と鮮やかな色使いにグッとくるのがある。

その絵は右の風景画、“公余探勝図巻”(こうよたんしょうずかん、重文)。絵師は谷文晁(1763~1840)。上巻、下巻、二つあり、今回でているのは上巻(04年11月にも上巻が展示された)。“公余探勝図巻”は老中、松平定信の三浦半島、伊豆半島視察に同行した谷文晁が旅の途中の風景を帳面に描きとどめたもので、全部で80図ある。

04年のときと同様、息を殺して、三浦半島の見覚えのある海岸線や田畑の様子、大名行列や地元の人たちが描かれた場面を見た。下田港、手石、石廊崎、妻浦、など。右は下田港とともに見所の図、“石廊崎”(部分)。ほかは見開き2頁に1図が描かれているのに、これだけは4頁を使っている。茶色のごつごつした切り立った岩の描写に驚かされると同時に、岩にうちよせる波をあらわした細かな白い点々にも惹きつけられた。谷文晁は漢画、やまと絵の技術だけでなく、西洋画の描き方も修得しており、ここでは透視遠近法的な空間や陰影による量感表現がみられる。青い海に囲まれ、天にそびえるように屹立する大きな岩の塊の存在感に圧倒され、しばし茫然として見ていた。日本画でこれほどインパクトのある風景画はめったにお目にかかれない。

ほかの町の情景で吸い込まれそうになるのが、田畑の鮮やかな緑や遠くの船や通行人までもきっちり描きこんだ画面構成。いずれの絵も精密に描写している。実はこれが視察の目的だった。定信が三浦・伊豆半島に出かけたの1793年。前年、ロシアの使節が根室に来航し、通商を幕府に要求していた。鎖国以来、こうした事態ははじめてのこと(ペリー来航はこれから60年後)。そのため、外国船の江戸湾侵入を想定し、三浦半島や伊豆半島の地形図を早急につくる必要があったのである。定信の選んだ絵師が家臣でお気に入りだった谷文晁。

ところが、有能すぎるリーダーの悲劇で、定信は三浦・伊豆旅行の直後、老中を解任される。絵が描かれた背景を知ると、下巻を是非みたくなる。どうして出てこないのかわからないが、いつかその理由を聞いてみようと思う。

なお、“公余探勝図巻”以外の作品で感激したのは酒井抱一の“宇治蛍狩図”。東博にこんな大きないい絵があったとは!見てのお楽しみ。隣には曽我蕭白の“山水図”がある。このあたりはたまらない気分。また、1階の“近代美術”のコーナーに名品が並んでいた。初代宮川香山の大瓶(重文)が絶品。安田靫彦の“夢殿”、今村紫紅の“熱国之巻”(重文)、横山大観の“柳蔭”は何度見ても感激する。これらの展示は7/17まで。

|

« ダヴィッドのナポレオン騎馬像 | トップページ | 山口蓬春の紫陽花 »

コメント

いづつやさん、こんにちは。
私も常設展で見て、ちょっとびっくりしました。
谷文晁はこのようにも描ける人だったんですね。
ある意味、写真より情報が盛り込める絵かもしれない、
と思いながら観ました。

投稿: | 2006.06.22 11:18

to 郁さん
2年前、やっとこの絵に出会い、夢中になってみました。この絵には田畑
の緑、遠くまでひとつの画面におさめた空間表現、切り立った岩、岩に砕け
散る白い波など見所がいっぱいありますね。今回は下巻がでるものと思っ
てたのですが、また上巻でした。上巻の方が見栄えのする場面が多いの
でしょうか?

文晁は山登りも好きだったようですね。3月の“亜欧堂田善展”(府中
市美術館)に“名山図譜”が展示してありました。

投稿: いづつや | 2006.06.22 16:37

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 谷文晁の公余探勝図巻:

« ダヴィッドのナポレオン騎馬像 | トップページ | 山口蓬春の紫陽花 »