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2006.05.15

ポンペイの秘儀荘

2532度目のポンペイは前回とは違う見学コースだった。だが、最初にでてくるアポロのブロンズ像がある神殿やヴェスビオ火山が背景に見える中央広場、フォロのところに立つと、昔ここで写真をとったことを思い出した。

かすかな記憶がたどれるのはこのあたりまで。現地ガイドさんの説明に耳を傾けながら遺跡を進むと、別のルートを歩いている気がしてきた。紀元79年、ヴェスビオ火山の噴火により、町全体が火山灰に埋まったポンペイが再びその姿を現したのは18世紀以降で、今も発掘が続いている。

ここの遺跡で一番ショッキングなのはこの大噴火で命を奪われた人の石膏像。食料市場には奴隷のものがある。その頭蓋骨と歯の部分は本物だという。火山灰に埋もれた人の体の分泌物が周囲の土砂の表面を固め、体そのものは分解して縮み空洞ができる。そこに石膏を流し、これが固まったあと、土を取り除くと正確に人の形をした石膏像が現れる。前回は公衆浴場のところで2体みた。うつぶせや仰向けになっている姿は災害の悲惨さをリアルに伝え、言葉を失う。

ここを歩くと古代ローマ時代のころ、人々がどんな日常生活をしていたかがいろいろわかる。石が敷き詰められた通りには、ワインなどを運んだ馬車が走っていたことを窺がわせるわだちの跡があり、貴族や高官の屋敷跡には庭や美しい壁画がある。店の一部に掲示されているマークが仕事内容を表しているのも興味深い。奴隷が壷を運んでいるマークはここが宅配便の待機場所であることを示している。売春宿を示すマークはすぐにわかる。

ポンペイにはパン屋が30軒くらいあったそうで、小麦を挽く溶岩石でできた円錐形のうすやピザを焼くのと同じかまどが残っている。悲劇詩人の家では面白いものがあった。入り口の床には力強い形をした犬のモザイクがあり、ラテン語で“猛犬注意”と書かれている。モザイクは今の玄関マットやじゅうたんの感覚である。

ポンペイ観光のお目当ては“秘儀荘の壁画”。いつごろからこれを観るコースができたのか知らないが、美術の本に載っている名所が観れるのは大変嬉しい。ここは遺跡の地図でみると一番左端にあり、他の建物からポツンと離れているのでコースの時間効率はあまりよくない。が、ポンペイの壁画のなかでは最も保存状態がいいので、多くの観光客が足を運ぶ。

食堂の正面、左右の壁にある縦3m、横17mの壁画は紀元前一世紀半ばの作で、当時このあたりに流行し、後にイタリア全土に広まったディオニュソス信仰にかかわる秘密の儀式の様子が描かれている。ディオニュソスはバッカスと呼ばれ、酒の神。“ディオニュソスの秘儀”は女性の信者を中心とした集団陶酔。日ごろのストレスやもやもやを解消するため、ディオニュソスの神を讃え、酒を飲み、過激に踊り狂い、獣を八つ裂きにしたりする。憑きから覚めるとまた、何もなかったかのように普通の女にもどる。ローマ政府はディオニュソス崇拝は宗教上の秩序を乱すものとして、禁止していたが、ローマの目がとどきにくい南イタリアを中心にディオニュソス信仰は定着していた。

“ディオニュソスの秘儀”の壁画は向かって左側の入信希望者の登場からはじまり、入信までの過程を結婚になぞらえて10の場面で表現している。右は黒い羽根をもつ神(左)が案内役の女性のひざに体を半分出してうつぶせている入信者(真ん中)をむちでたたいてるところ。美術本にでているのがこのサディスティックな場面。背景は“ポンペイの赤”。人間の血が流れているような鮮やかな赤である。ルネサンスよりはるか以前なのに、人物が彫刻のように立体的に描かれているのにびっくりした。

この場面の左のほうには、アリアドネと結婚したディオニュソスやリラを奏でる従者のシレノスなどが描かれている。この壁画でみた“ポンペイの赤”は長く記憶に残りそうな強烈な色であった。

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コメント

いづつやさん、こんばんは。

イタリアのお話、深いですね。
国や人種、宗教、生活の違いがまざまざと感じられてきます。

来週、Bunkamuraのポンペイ展に行く予定です。
こちらで、イタリアの風に吹かれて、
対面してきます。
火山の力に埋もれていた、人間の英知に遭遇してきます!

投稿: あべまつ | 2006.05.16 22:06

オッ、先週文化村の展覧会に行ってきたところです。
建物ごとの遺跡物の展示で秘儀荘もありました。
ポンペイは噴火の前に大地震があったんですよね、それで破壊された建物に噴火というー。
しかし人間の貴金属への関心はものすごいものだと感じました。
いづつやさんも良かったら行かれて見てください。

投稿: oki | 2006.05.16 22:27

to あべ松さん
拙文のイタリア旅行記を読んでいただき、有難うございます。古代ローマ、
ルネサンスとイタリアはヨーロッパ文明の中心でしたから、美術、歴史へ
の興味は尽きません。観光地の今と美術館情報をお伝えできればと思って
ます。これからローマの美術館、教会めぐりをいくつか書きます。もうしばら
くお付き合い下さい。

Bunkamuraのポンペイ展は19日にいく予定にしてます。ポンペイをみて
きたばっかりですから、すごく楽しみにしてます。

投稿: いづつや | 2006.05.17 17:16

to okiさん
Bunkamuraのポンペイ展では、どんな発掘品がでてくるのか興味深々です。
19日に行ってきます。昔は秘儀荘の見学なんかなかったのですが、今は
ちゃんとコースに入ってます。“ポンペイの赤”が素晴らしいです。顔料が
何層にも塗り重ねられてるそうです。

投稿: いづつや | 2006.05.17 17:24

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