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2006.03.12

小野竹喬展

328神戸のJR元町駅から4番目くらいの住吉駅で降り、近くにある香雪美術館をめざした。ここで今、“小野竹喬展”を開催している(4/23まで)。

この美術館は5,6年前一度訪れたことがある。が、道順はよく覚えてない。館の中に入って、少し思い出した。

風景画家、小野竹喬の絵とは広島にいたころ、岡山県笠岡市にある竹喬美術館で出会い、その鮮やかな色彩に魅せられ、
以後この画家の大ファンになった。笠岡は小野竹喬が生まれたところ。

1999年、ここであった回顧展の感激が大きく、日本画鑑賞ではエポック的な展覧
会として強く記憶に残っているが、そのときでた作品と香雪美術館で再度対面
することになった。本画13点、習作・スケッチ9点のなかにははじめてみる絵が出
てきたような気がするので、記憶が曖昧だが、当時は展示替えで一部の作品は
笠岡にこなかったのかもしれない。

1点々みていくうちに、竹喬のあの心地よい、穏やかな画風に胸が昂まってきた。
セザンヌやゴーギャンらの影響をうけて、その画面構成を自分の絵の中にとりこんだ
初期の作品“春耕”(竹喬美)や“村道”(京近美)に魅せられる。“春耕”が縦165
cm×横160cmの大きな絵であることをすっかり忘れていた。“村道”にはよく会う。
昨年はMOAにもやってきた。空や家の朱色と緑の草花が印象深い。真ん中の石
ころが沢山転がってる道を若い娘がこちらにむかって歩き、その後ろには背中に赤ん
坊を背負った母親が反対の方向へ足を進めている。静かな村の光景がそのまま
伝わってくる。

同じ風景画でも小野竹喬と東山魁夷や奥田元宋の絵では受ける印象がまるっきり
ちがう。東山や奥田の場合、色数は青や赤など数色なのにたいし、小野竹喬は沢山
の色を使う。が、その色は対象物の持ってる色をそのまま写してるわけではない。
自然を見て竹喬が心に感じる色を装飾的に彩色している。カラリスト、小野竹喬の
色使いにはいつも参る。とにかくすっきり、美しい。

今回出ているのでは秋の夕暮れを描いた“夕雲”と右の“一本の木”の色彩感覚に
見蕩れてしまう。“一本の木”では、薄青の空を背景に四方に枝を張りながら、しなや
かに、まっすぐ天に伸びる木を画面いっぱいに描いている。余計なものがなく、簡潔
明瞭な造形表現はとても新鮮。そして、木の鮮やかな黄色と空の青、そして、ピンクが
かった白い雲の組み合わせがなんとも心地よい。小野竹喬の作品はいつ観ても大き
な満足が得られる。

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コメント

「“一本の木”の色彩感覚に見蕩れてしまう」というご感想には、「さもありなん」と共感を覚えました。
 小野竹喬の色彩は、確かに、鑑賞する者の目と心を「蕩尽」させるような趣があります。
 「見蕩れてしまう」という破格の表現は、言い得て妙なる評言と思われます。

投稿: daigofox | 2006.03.13 08:51

to daigofoxさん
絵画をみるとき、形より色に関心がありますので、小野竹喬のようなカラリスト
の作品に出会うと気持ちが昂ぶります。竹喬は晩年になるにつれ、色が
鮮やかになってきますね。84歳のときの“日本の四季”、86歳の“奥の細道句
抄絵”の色使いにはただただ感服するばかりです。

投稿: いづつや | 2006.03.13 15:35

こんにちは。

遅ればせながら楽しんできました。
とても良い内容でしたね。

わたしは竹喬の青色がジョットのブルーから教わったものだというのを実感しましたが、竹喬はそこから更に深い境地へ到ったのだなぁとしみじみ味わいました。

投稿: 遊行七恵 | 2006.04.20 12:26

to 遊行七恵さん
イタリア旅行してて返事が遅くなりました。すいません。小野竹喬の色使い
に惚れてます。こういうカラリストの絵を見ると楽しくなりますね。
奥田元宋や東山魁夷の風景画とは違った趣があります。

投稿: いづつや | 2006.05.01 16:46

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