ティツィアーノのヴィーナスとオルガン奏者
来月の25日から東京都美術館ではじまる“プラド美術館展”の前宣伝のためなのか、昨日のTV番組“美の巨人たち”でティツィアーノの“ヴィーナスとオルガン奏者”がとりあげられた。
プラドはブランド美術館なので、ここの絵を展示すると多くの人が足を運ぶ。02年のプラド展には52万人が来場したという。たしかに、結構混んでいた。今回の目玉は右のティツィアーノ作、“ヴィーナスとオルガン奏者”。本場で鑑賞
したのはもう15年くらい前のこと。記憶がかなり薄れているので、日本でこの
名画を見れるのは大変有難い。ほかにグレコらのプラスαがあるだろうが、開幕
前のワクワク度はかなり高い。
美の巨人たちではこの名画の読み解き方を物語仕立てで解説していた。いつもな
がらの名ナレーション。10歳年上のジョルジョーネやティツィアーノの描く絵には
色々な寓意が込められているので、美術史家の力を借りないと画家が伝えようと
しているメッセージはつかめない。ティツィアーノ(1485~1576)が生きたころ、
知識人の間では新プラトン主義一色で、愛と美をまじめに考えていた。当然、ティ
ツイアーノの絵にもこのテーマが入ってくる。
右のヴィーナスは演奏されるオルガンから“音の美”を耳で感じる。左のヴィーナス
を見ているオルガン奏者は“肉体の美”を目で感じる。ティツィアーノは愛と美の
形を“音の美”と“肉体の美”のハーモニーとして表現したというのである。“音の美”
とか“肉体の美”とは何?これは新プラトン主義を唱えたフィチーノの書いた“プラ
トンの饗宴の註解”(1544)にでてくる。“美には三種類ある。魂の美、肉体の美、
音の美である。魂の美は心が感知し、肉体の美は視覚が享受し、音の美は聴覚
を通して感じられる。愛は常に、心、目、耳に満足する”。
昨年8月に出版された“ティツイアーノの諸問題”(著者エルヴィン・パノフスキー、
言叢社)に、この絵に関する興味深いことが書かれている。ここでは人間のもってる
諸感覚の関係から絵を読み解いていく。“ヴィーナスとオルガン奏者”を含めて似
たような構図の絵が6点ある。最初に描かれたのが“ヴィーナス”(ウフィツィ美術
館)、次が“ヴィーナスとオルガン奏者”。これは3点あり、ベルリン国立美術館にあ
るのは、オルガン奏者はオルガンに触れてなく、両手とも鍵盤から離れ、横たわった
ヴィーナスのほうに全身をむけ、うっとり見つめている。
プラド美術館にはもう1点同じ題名の絵がある。ほとんど同じ絵だが、この絵では
枕がクピドに代わっている。最後の2点は“ヴィーナスとリュート奏者”(ケンブリッジ、
フィッツウィリアム美術館とメトロポリタン美術館)。この絵ではオルガン奏者がリュ
ート奏者に変っている。そして、ヴィーナスは左手にリコーダーを持つ。
パノフスキーはオルガン奏者の絵で鍵盤から手を離してるのは“聴覚による美”より
“視覚による美”のほうが勝るとし、右の絵ではオルガン奏者の手は楽器から離れて
はいないので、音楽を聴くこと(聴覚の美)に対する視覚的な美(裸体に具現される)
の優位は完全ではなく、いくらか勝るという関係に変ってくる。そして、ヴィーナス
とリュート奏者の絵になると“視覚の美”と“聴覚の美”はほぼ均衡する。つまり、
ティツイアーノは視覚と聴覚による美の認識に同等の尊厳を与えたというのである。
パノフスキーは図像解釈学(イコノロジー)の大家だけあって、画家の思考過程
を鋭く分析している。
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コメント
いづつやさん、ありがとうございました!おかげで、パノフスキーの「ティツィアーノの諸問題」を再読し、プラドに別ヴァージョンがあるのを失念していたことに気がつきました。須田国太郎はクビドの居ないヴァージョン("La llave del PRADO"の420)を模写したのですねぇ(^^;;
投稿: June | 2006.02.27 03:00
to Juneさん
ティツィアーノは“ヴィーナスとオルガン奏者”タイプの絵を6枚も描い
てたんですね。ベルリンにあるのをいつか観てみたいです。
Juneさんはサルヴァトーレ・セッティス著、“絵画の発明、ジョルジョーネ・
嵐の解説”(晶文社)をご存知ですか?謎の絵、“嵐”のメッセージを綿密に
読み解いてます。この本を読むとジョルジョーネの絵の特徴とパトロンたち
が絵にもとめたものがよくわかります。この本にパノフスキーの“ティツィアーノ
の諸問題”が加わりましたから、ヴェネツィア派絵画についての理解がだい
ぶ進みました。
投稿: いづつや | 2006.02.27 13:43
いづつやさん、こんにちは。
私が最後にプラドに行ったのはおととしの夏に父と旅行をした時になります。
「ゲルニカ」を見せたかったのでソフィア王妃芸術センターにも訪ねたのですが、その時はあまり反応がなくって。(笑)でもプラドに行ったら「やっぱり古典的な名画を観ているとホットする」と言って楽しんでいたようでした。やっぱり見ごたえのある美術館ですよね。何点ぐらい日本に行っているのでしょうか。関西の方にも回るようですので両親に行くよう勧めてみます。もしちょうど私が帰国しているようでしたらマドリッドで見た絵画を父ともう一度日本で見れるかもしれません。
投稿: あかね | 2006.03.03 00:01
to あかねさん
プラド美術館は2度訪問しました。ティツィアーノ、ベラスケス、グレコ、ゴヤ、
ムリーリョ、ルーベンスらが描いた傑作の数々、それにボスの“快楽の園”
に感動しっぱなしでした。来年再訪しようと計画してます。
東京都美術館で3/25からはじまるプラド美展には目玉のティツィアーノの
絵をはじめ81点出品されるようです。この展覧会は大阪市美術館にも
同じ内容で巡回します。開館70周年記念の企画展として7/15~10/15
まで開催されます。開幕を楽しみにしておられる方も多いのではないでしょうか。
投稿: いづつや | 2006.03.03 11:34