« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006.02.28

MOAの紅白梅図&名品展

316熱海のMOAでは毎年2月に国宝紅白梅図屏風(尾形光琳作)を展示している。あわせてほかの名品も沢山でてくる(3/8まで)。

昨年、念願の紅白梅図を見たので、今年はいいかなと思っていたが、HPで展示品をみると、館の図録に掲載されてる中国絵画や陶磁器で昨年でなかったものがいくつか並んでいた。紅白梅図以外の美術品は2年をワンサイクルにしており、今年見逃すと次は2年後になる。
昨年とのダブりはあるものの、これらを見るとおおよそMOAの美術品も一段落つく
ので、先月に引き続き、出かけた。

ここには南宋から元にかけて活躍した画家の優品がある。馬遠の“山水図”と
馬麟の“寒江独釣図”(共に重文)。縦長の山水画では、霞のなかに高くそびえる
山々を大きく表現し、右端にいる人物は大自然に溶け込むかのように小さく描
かれている。また、梁楷が2羽の鷺を簡略にささっと描いた“鷺図”にも魅了され
る。清時代の大きな花鳥画(孫億作)に驚いた。南宋のころには見られない青い
鳥が木の枝にとまっている。

尾形光琳の代表作、紅白梅図に再会した。昨年も感じたことだが、屏風の折れ曲
がってるあたりの痛みが激しい。右の紅梅は男が足をひろげて、体を後ろに反り
返らしてるようにみえる。ふと、フィギュアで金メダルを獲得した荒川選手の
得意技、イナバウアーを連想した。小枝がまっすぐ上に伸びてるのに対して、左
の白梅は幹が上から斜め下に下がり、小枝は横や下、上へと伸びている。白梅の
ほうが造形的には面白い。真ん中の水紋も左のほうがずっと複雑。右半分では
水流の曲がり方が整然としているが、左はリズミカルな動きではなく、水は生き
物のようにダイナミックに流れる方向を変えてる感じがする。次回はまた違って見
えるかもしれない。

右はMOAが誇る鍋島の優品、“色絵桃花文大皿”。鍋島の代名詞のような作品で
ある。鍋島の重文は3点あり、これはそのひとつ。大変気に入っている。典型的な
吉祥文で、葉をあしらった3個の桃果がなんともいえず美しい。ひたすら美しい。
左右の2個には赤で細かい点描を無数に打ち、桃の質感をだしている。鍋島の
魅力は高度な技術に裏打ちされた斬新な意匠と色使い。鍋島をずっと愛し続けよう
と思う。以前、拙ブログ05/7/3に戸栗美術館であった鍋島展をとりあげた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.27

ダリの聖アントニウスの誘惑

315先週末はTVでいい美術番組が続いた。新日曜美術館で取り上げられたのがダリ。この時期なぜ、ダリなのかわからないが、冒頭、司会者がダリの生誕100年を記念した展覧会が東京、西日本で開催されることを案内していた。

上野の森美術館である回顧展(9/23~07/1/4)は知っているが、このほかは全く情報がない。ダリの絵が好きなので、9月のダリ展は今年開かれる洋画展では、フンデルトヴァッサー(4月、
京近美)とともに一番楽しみにしている展覧会である。

ダリは1904年生まれなので、スペインでは04年に生誕100年の記念展がフィ
ゲラス、バルセロナ、マドリッドで開催され、スペイン以外ではフィラデルフィア、
ヴェネツィア、ロッテルダムにも巡回した。だぶん、この展覧会のためと思うが、
昨年4月、ベルギーを旅行したとき、王立美術館の一番の目玉だった右の“聖アン
トニウスの誘惑”がフィラデルフィア美術館に貸し出し中で見れなかった。全身の
力が抜けてしまった。残念でならない。

ダリの絵は代表作の“記憶の固執”(MoMA)や“ナルシスの変貌”(テートブリテン)
などはみているが、まだ沢山残っている。画集に載ってる作品はピカソやミロと
いったビッグネームの画家と較べて、個人蔵が多いので、これらを鑑賞する機会
は限られてると思わざるを得ない。で、美術館に展示してある名画はなんとか
目の中に入れたいのだが。今、ターゲットにしているのは次の3点。
・“茹でたインゲン豆のある柔らかい構造”(フィラデルフィア美術館)
・“聖アントニウスの誘惑”(ベルギー王立美術館)
・“目覚めの直前、柘榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢”(スイス・ルガノ、
 テイッセン=ボルネミッサ財団)。

“聖アントニウスの誘惑”の密度が濃くて光沢のある画面に魅せられる。伝統的
な宗教画と違い、聖アントニウスを誘惑する悪魔が細長いクモの足を持つ馬や象と
なっているのが面白い。先頭の馬はたけり狂い、一番前の象の背中には肉欲を象徴
する美女が姿を現し、十字架を高く掲げる聖アントニウスを挑発する。この画題は
痩せこけた聖アントニウスが様々な幻覚に耐える場面を描くのが定番だが、シュル
レアリスト、ダリにかかると苦行のイメージが消え、不思議な清新さと幻想的な雰囲
気が伝わってくる。いつか、ベルギー王立美術館を再訪したい。

過去拙ブログでダリを記事にしたのは04/11/2804/12/1705/6/26

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.26

ティツィアーノのヴィーナスとオルガン奏者

314来月の25日から東京都美術館ではじまる“プラド美術館展”の前宣伝のためなのか、昨日のTV番組“美の巨人たち”でティツィアーノの“ヴィーナスとオルガン奏者”がとりあげられた。

プラドはブランド美術館なので、ここの絵を展示すると多くの人が足を運ぶ。02年のプラド展には52万人が来場したという。たしかに、結構混んでいた。今回の目玉は右のティツィアーノ作、“ヴィーナスとオルガン奏者”。本場で鑑賞
したのはもう15年くらい前のこと。記憶がかなり薄れているので、日本でこの
名画を見れるのは大変有難い。ほかにグレコらのプラスαがあるだろうが、開幕
前のワクワク度はかなり高い。

美の巨人たちではこの名画の読み解き方を物語仕立てで解説していた。いつもな
がらの名ナレーション。10歳年上のジョルジョーネやティツィアーノの描く絵には
色々な寓意が込められているので、美術史家の力を借りないと画家が伝えようと
しているメッセージはつかめない。ティツィアーノ(1485~1576)が生きたころ、
知識人の間では新プラトン主義一色で、愛と美をまじめに考えていた。当然、ティ
ツイアーノの絵にもこのテーマが入ってくる。

右のヴィーナスは演奏されるオルガンから“音の美”を耳で感じる。左のヴィーナス
を見ているオルガン奏者は“肉体の美”を目で感じる。ティツィアーノは愛と美の
形を“音の美”と“肉体の美”のハーモニーとして表現したというのである。“音の美”
とか“肉体の美”とは何?これは新プラトン主義を唱えたフィチーノの書いた“プラ
トンの饗宴の註解”(1544)にでてくる。“美には三種類ある。魂の美、肉体の美、
音の美である。魂の美は心が感知し、肉体の美は視覚が享受し、音の美は聴覚
を通して感じられる。愛は常に、心、目、耳に満足する”。

昨年8月に出版された“ティツイアーノの諸問題”(著者エルヴィン・パノフスキー、
言叢社)に、この絵に関する興味深いことが書かれている。ここでは人間のもってる
諸感覚の関係から絵を読み解いていく。“ヴィーナスとオルガン奏者”を含めて似
たような構図の絵が6点ある。最初に描かれたのが“ヴィーナス”(ウフィツィ美術
館)、次が“ヴィーナスとオルガン奏者”。これは3点あり、ベルリン国立美術館にあ
るのは、オルガン奏者はオルガンに触れてなく、両手とも鍵盤から離れ、横たわった
ヴィーナスのほうに全身をむけ、うっとり見つめている。

プラド美術館にはもう1点同じ題名の絵がある。ほとんど同じ絵だが、この絵では
枕がクピドに代わっている。最後の2点は“ヴィーナスとリュート奏者”(ケンブリッジ、
フィッツウィリアム美術館とメトロポリタン美術館)。この絵ではオルガン奏者がリュ
ート奏者に変っている。そして、ヴィーナスは左手にリコーダーを持つ。

パノフスキーはオルガン奏者の絵で鍵盤から手を離してるのは“聴覚による美”より
“視覚による美”のほうが勝るとし、右の絵ではオルガン奏者の手は楽器から離れて
はいないので、音楽を聴くこと(聴覚の美)に対する視覚的な美(裸体に具現される)
の優位は完全ではなく、いくらか勝るという関係に変ってくる。そして、ヴィーナス
とリュート奏者の絵になると“視覚の美”と“聴覚の美”はほぼ均衡する。つまり、
ティツイアーノは視覚と聴覚による美の認識に同等の尊厳を与えたというのである。
パノフスキーは図像解釈学(イコノロジー)の大家だけあって、画家の思考過程
を鋭く分析している。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.02.25

山口蓬春の緞帳画

313定期的に葉山へでかけ、山口蓬春の絵を楽しんでいる。山口蓬春記念館では年5回、所蔵する日本画家、山口蓬春の作品をテーマに合わせて展示する。

今の新春特別展(3/36まで)は昭和美術のアートディレクター、蓬春にちなんだ絵を展示している。蓬春は六世中村歌右衛門と交流があり、歌右衛門が着る揚巻の衣装の下絵を描くなど、歌舞伎の舞台の衣装デザインを手がけている。
舞台関連で文楽興行“鏡獅子”(昭和33年三越劇場)で使われた人形、“獅子の精”と“弥生”を蓬春がスケッチしたものが飾ってあった。

劇場に行き、歌舞伎や芝居をみる経験がないので、舞台の緞帳というものの実感
が薄れているが、蓬春はこの緞帳の下絵を多く描いている。今回、その原画や10分
の1下絵などが出ている。実際の緞帳は原画をもとに豪華な刺繍や手の込んだ
装飾が施されて出来上がる。右は新橋演舞場の緞帳に描かれた“白木蓮”の原画
(部分)。ほかに、大阪新歌舞伎座“住ノ江”、東京歌舞伎座“武蔵野”、明治座、
国立教育会館“杜”などがある。

新橋演舞場の“白木蓮”は緞帳によくあった図柄である。中央から左にかけて大きな
白い木蓮をどんとおき、右に白の半分くらいの赤い木蓮を描いている。赤い木蓮の
上を様式化された青い鳥が飛ぶ。銀地に描かれた白と赤の木蓮には量感があり、
明快な彩色が目を惹く。蓬春のモダンな感覚が発揮された新しい日本画である。木蓮
の後ろの地面を緑青で表現してるのは、芝居に疲れた目を、こころよい緑青の色で
休めようという配慮から。

山口蓬春は最初洋画を学んでいたので、ホドラー、マティス、ブラックの造形から刺激
を受け、新鮮な印象を与える風景画や静物画で日本画の新境地を切り開いた。蓬春
記念館に通うと画風の特徴が大方つかめるが、山種美や東近美にも代表作が何点か
ある。なかでも山種の“卓上”、“梅雨晴”、“楓”(皇居新宮殿杉戸絵の4分の1下絵)、
東近美の“榻上の花”が有名。拙ブログの蓬春記事は05/1/2605/3/1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.24

祝 トリノオリンピックフィギュア 荒川静香金メダル!

312女子フィギュアの荒川静香選手が皆が待ち望んだメダルを獲得した。しかも、金メダル。オリンピックのフィギュアスケートで日本人が金メダルを獲るなんて凄い快挙である。拍手々。

5時から起きて、日本の3選手を応援したが、荒川選手の金メダル獲得でこれまでのもやもやが一気に晴れた。SPで荒川選手が3位、村主選手が4位につけたので、どちらかがメダルを獲るのではと思ったものの、金メダルは無理かなと予想してただけに、荒川選手の逆転優勝に大変感動した。

オリンピックチャンピオンになると、表彰のとき国旗が一番高く上がるし、国歌が
流れる。2年前のアテネ大会では何度も聞いた君が代が冬季オリンピックで
は98年の長野以来8年ぶりに会場に流れた。やはり金メダルを獲ると盛り上がる。

荒川選手はインタヴューで“優勝したことが信じられない!”を連発していた。
さらに、“SPの後、メダルが少し頭のなかにちらついたが、欲をださず、いい演技を
しようと思った”とも語っている。アメリカのコーエン選手、ロシアのスルツカヤ選手
の動きが硬く、予想以上のミスがでたのに対し、荒川選手の滑りは伸びやかで、
エレガントな演技が最後まで続いた。演技に使った曲がいい。プッチーニのオペラ
“トゥーランドット”で歌われる“誰も寝てはならない”はテノール歌手、パヴァロッ
ティの18番。

大好きなこの曲を聴きながら、荒川選手のため息がでるくらいすばらしい演技をみ
てると、メダル争いのことを忘れて、豪華なアイススケートのショーを楽しんでる気分
になる。ジャンプの種類など専門的なことは知らないが、上体を後ろに反らして滑る
“イナバウアー”というのをはじめてみた。他の選手はやらないの?それにしても
体が柔らかいのか、すごく反り返る。

8年ぶりに出場したオリンピックで、荒川選手は見事金メダルを手にした。大きな
大会になればなるほど、プレッシャーをはねのけていかに平常心で戦えるかが勝利
の鍵を握っている。いい演技をしようと自分の力を信じ、無心に滑ったのがよかった。
まさに無欲の勝利かもしれない。

海外で、荒川選手の演技は“クール・ビューティ”ともいわれてるらしい。そして、
チャン・ツィーがつくった“アジアン・ビューティ”に荒川静香がとってかわってもおかし
くない。顔が拙ブログ05/11/4で紹介した“シャヤヴァルマン7世”を彷彿させる。
“ジャパニーズ・ビューティ”よりも“アジアン・ビューティ”がぴったりだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.02.23

富本憲吉の色絵金銀彩飾壷

311陶芸家、富本憲吉の色絵磁器がどうしても観たくて、茨城県の笠間にある茨城県陶芸美術館へクルマを走らせた。

ここで今、“日本陶芸 100年の精華展”が開かれている(3/21まで)。明治から現代にいたる近現代陶器の代表作約160点が所狭しと飾られており、やきもの好きには相当ぐぐっとくる展覧会である。

03年10月、東芸大美術館で“工芸の世紀”という大きな展覧会があったが、この
ときの陶芸部門を拡大した感じ。陶芸界を代表するビックネームの優品を堪能
すると共に、まだ目が慣れてない現代陶芸家の陶芸オブジェを楽しんだ。現代アート
で関心があるのは絵画と陶芸。今回、面白い陶芸作品が数多くあった。大半は
はじめてみる作品で、陶芸家の名前は全く知らない。それらをいくつかあげると。

女性陶芸家のパイオニアという、坪井明日香の“歓楽の木の実”。1個の林檎と
重なり合う金彩の乳房にはエロスの香りが漂っている。これと似たタイプのオブジェ、
柳原睦夫作、“紺釉金銀彩花瓶”も刺激的。イサム・ノグチの作品を連想させる
のが栗木達介の“這行する輪態”。深見陶治が制作した青白磁の細長い板をシャ
ープに曲げた“瞬Ⅱ”からはステルス戦闘機の翼をイメージした。田嶋悦子の陶と
ガラスが組み合わされた作品からは、百合の花を思い浮かべると同時にお菓子の
ゼリーのようにもみえた。高い造形センスをもってる作家がインプットされたので、これ
からはその作品を意識して追っかけようと思う。

この展覧会のチラシを見てから、頭の中をぐるぐる回ってたのが右の富本憲吉作、
“色絵金銀彩四弁花模様飾壷”。色絵金銀彩の代表作中の代表作。あまりのすば
らしさに言葉がでない。銀地の菱形の枠に金彩で輪郭された赤の四弁花模様が
リズミカルに連続している。ぷっと膨らんだ壷の球体と四弁花の模様が一体化した
見事な作品。富本憲吉は“模様より模様を造らず”を信条とし、先人のどんなすばらし
い模様や造形も一切捨てて、自分が創作した“四弁花模様”や“羊歯模様”を使い、
品格ある作品を沢山つくった。頭抜けたデザイン感覚にただただ感服するばかり。

富本憲吉を取り上げた拙ブログは04/12/1906/2/9

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.22

鼠志野鶺鴒文鉢

310日本の陶磁器では、桃山時代にやかれた志野や織部の人気が高い。オブジェとしてみてもおかしくない個性的な形が愛好家の心をとらえて離さない。

これらとは長い付き合いになるので、はじめのころのように観ての感激度がいつもプラトー状態ということはないが、ときおりハットするフォルムに出会い、このやきものの魅力を再認識することがある。

今、東博の平常展に志野の優品が2点でている(6/4まで)。“志野茶碗 銘振袖”
と右の“鼠志野鶺鴒文鉢”(ねずみしのせきれいもんはち)。ここにはもう一点、
“志野橋文茶碗 銘橋姫”というのがある。“振袖”は形、色合い、景色とも三拍子
揃った名碗。胴はゆるやかな楕円形で、風にそそぐ薄、亀甲文、橋が描かれている。

今回、テンションが上がったのが久しぶりにみた“鼠志野鶺鴒文鉢”。そのダイナミ
ックに歪んだ形と絵付に釘付けになった。鼠志野というのは素地の上に鼠色に発色
する酸化鉄の釉をかけ、一部を掻き落としてそこに白い釉をかける技法。ここでは、
たまたまかけ残したところを岩に見立て、そこに鶺鴒をとまらせている。そして、線
彫りで河の流れを表す。見事な絵付と口縁の思い切り不均等な四方の形に強く惹き
込まれた。

桃山時代の頃に、こうした大胆なフォルムや織部のモダンなデザインがあったという
ことに驚く。茶人たちの好みに応えるため、美濃の地で陶工たちはせっせと陶器の枠
を超えるオブジェを創作していた。陶工にとっては個性を最大限主張できるいい作陶
環境だったに違いない。

“茶の美術“の反対側にある“暮らしの調度”コーナーにも魅力一杯の陶磁器が並ん
でいる。色絵磁器の優品、“色絵椿図大鉢”(伊万里、古九谷様式、3/26まで)。
白地に鮮やかに映える青と黄色の太湖石、紫、緑で描かれた椿に魅了される。
そして、鍋島焼には珍しい雪景色が絵付された“染付雪景山水図皿”もある。これ
は昨年、ここであった“華麗なる伊万里展”ではじめてみた。絵画とはちがった山水
の美しさを感じる作品である。偶然の組み合わせかもしれないが、今回出品された
陶磁器は優品揃いで、大きな満足が得られた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.21

東博地獄劇場 二幕

309東博で現在、かなり怖い仏画が飾られている。狩野一信(1815~1863)という幕末の絵師が描いた“五百羅漢図”。

拙ブログ05/12/12で勝手に名づけた東博地獄劇場の二幕が開幕した(3/26まで)。“十六羅漢像”(国宝)はここでよく展示されるので、目が慣れてるが、羅漢図の最大ヴァージョン、“五百羅漢図”は過去、みたことがない。

全国にいくつかある石像の五百羅漢は写真で知ってるが、仏画は一体何点ある
のだろうか?別冊太陽の“狩野派決定版”(平凡社)で狩野一信が描いた“五百羅
漢図”に強い衝撃を受け、昨年ここで展示があると聞いたとき、てっきり増上寺
所蔵の“五百羅漢図”をみせてくれるのかと跳びあがるほど喜んだ。が、これは
早とちりだった。今回展示されてるのは東博にある小型版の“五百羅漢図”。

狩野一信は2つ制作したようだ。どちらが先に描かれたかは確定してないが、増上
寺版の前の試作画という説もある。全部で50幅。一幅に2つの絵が描かれ、羅漢が
5人ずついる。もちろん地獄の絵で埋め尽くされているわけではない。竜宮城の
ような世界もあるのでご安心を。仏教の究極の悟りを得た在家の聖者である羅漢の
修行の様子や自慢の神通力を披露する場面が沢山でてくる。宗教話には悪鬼を
やっつけたり、人を助けたりするスーパーパワーの場面が必ずでてくる。やはり奇跡
が起こらないと、人々は目覚めない。

狩野一信は伝承された五百羅漢図や物語を下敷きにして、絵画化したのだろうが、
この表現力は尋常ではない。人物や動物の精緻な描写とオンリーワンの超想像力
で、観る者を惹き付けてやまない一信ワールドをつくった。このあたりまでは、“わー
おもしろい、大蛇の口の中で羅漢が座っている!”と体は自然に画面へ近づいていく。

が、“六道”あたりになると、体はちょっとずつ硬くなってくる。右はその“地獄”。左下
にいる火を吐く大蛇と獅子は迫力満点。浮世絵師、歌川国芳が得意とした武者絵の
世界にちょっと似ている。右のほうでは楽しそうに大釜を煮ている獄卒の鬼とは
対照的に、痩せこけて頭髪もバサバサの罪人が苦しみ、泣き叫んで救いを求めて
いる。“地獄二”、“鬼趣”の場面はもっと怖い。気の弱い人は見ないほうがいいかもし
れない。“六道”のほかでは、陰影法で表現した奇怪な暗さと羅漢の不気味な面貌に
ドキッとする“十二頭陀”もあまり長くはみれない。

狩野一信の“五百羅漢図”は伊藤若冲や曽我蕭白の画風の匂いもする怪しい仏画
である。一回の鑑賞ではとても済みそうにない。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2006.02.20

国宝 平治物語絵巻

308東博のパスポート券をフルに活用し、平常展(無料)を頻繁に見ている。

ここは日本美術の殿堂なので、平常展でも仏像、絵巻、陶磁器、浮世絵などのセクションをぐるっとまわると作品からでる強い磁力に刺激されて、結構疲れる。

書画コーナーに円山応挙のいい絵が2点あった。波頭を荒々しく表現した“波濤屏風図”と龍の頭から出ている白い
閃光と鋭い目に圧倒される“龍きん起雲図”。バークコレクション展に庶民の風俗を
生き生きと描いた英一蝶の“雨宿り風俗図屏風”がでていたが、これよりもっとく
だけたパロディ画がある。“見立業平涅槃図”で、釈迦入滅の場面を表した涅槃図
をパロッて、美男の在原業平が死んだのを多くの女性が嘆き悲しむ様子を描いている。

浮世絵で感激するのは歌川広重の梅にちなんだ名作。“江戸近郊八景之内・小金井橋
夕照”、“名所江戸百景・亀戸梅屋敷”、“同・蒲田の梅園”、“亀戸小室井梅園”。三枚
続きの鳥居清長作、“歓々楼遊興”、“見立浄瑠璃牛若丸”は“こんな遊び毎日でもした
いね”とにやけた旗本に言われそうな絵。

今回のお目当ては右の“平治物語絵巻”(六波羅行幸巻)。04年9月、日本ギャラリー
がリニューアルされたとき何年ぶりかで観た。あまり時間がたってないので、絵巻
全体を良く覚えている。四つの場面からなり、右は第一段の後半部分。内裏に幽閉
されてた二条天皇が女装し、敵からうまく逃れ、平清盛陣営に警護されて六波羅邸
に到着したところ。天皇の乗った牛車を迎える武士がまとってる黒や紺の鎧や衣装の
繊細な描写が見事。武士の甲冑姿以上に目にとまったのが馬のダイナミックな動き。
手綱をぐっとひかれて頭を下げる様子や鼻息あらく体を左右にひねる馬に釘付けに
なった。

現存する“平治物語絵巻”は3つある。残りの2つはまだお目にかかってない。5,6年
前ボストン美術館から里帰りした“三条殿夜討巻”と“信西巻”(重文、静嘉堂文庫)。
とくに平安京の放火事件を描いた“伴大納言絵巻”の炎上シーンと同じくらい迫真性の
ある炎がみられる“三条殿夜討巻”をいつかこの目でみたいと願っている。
なお、“六波羅行幸巻”の展示は3/19まで。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.19

よみがえる源氏物語絵巻展

307昨年11月、名古屋の徳川美術館で大変感動した“源氏物語絵巻復元模写”を全点みせてくれる展覧会が五島美術館ではじまった。

徳川美では展示替えで19点の模写のうち半分しかみれなかったので、この“よみがえる源氏物語絵巻展”(2/18~3/26)の開幕を心待ちにしていた。初日の10時ちょっとすぎに着いたのに、すでに大勢の人が来場し、鑑賞は牛歩スタイルになっていた。

名古屋で原画と模写をじっくりみて(拙ブログ05/11/14)、復元模写の素晴らし
さがわかってるので、今回は現在の絵師たちが再現した鮮やかな色彩、衣装の細か
い文様、そして登場人物の微妙な恋愛感情を表現した顔の表情や全体の構図を
前回よりも深く摑みとろうと目に力を入れて見た。五島美が所蔵する4点の原画が
併せて展示されるものと期待していたが、残念ながら復元模写だけだった。現在、
“美の伝統展”(東京美術倶楽部、2/26まで)に“夕霧”がでている。原画は“春の
優品展”(4/29~5/7)にでてくるようだ。

絵巻の展示が徳川美と異なっており、まず、詞書を省いた原画のデジタル画像が
あり、その横に1958~63年にかけて描かれた最初の復元模写、最後に出来る限
り原画と同じ素材、同じ技法で制作された平成の復元模写がある。剥落、褪色が
かなりある原画をこの絵巻が描かれた12世紀前半の状態に復元するというのはと
てつもなく難しく、シンドイ作業だと思うが、6年がかりで復元チームは完成させた。

45年くらい前に描かれた模写と較べると、今回の模写がいかに優れているかがわか
る。色の違いもあるが、衣装の文様などを精緻に描いてるところが大きな進歩。これに
は肉眼では無地にみえる衣装に、特定の波長の光をあて蛍光の形で鮮やかな文様
を浮かびあがらせる最新のデジタル画像が威力を発揮した。こうした最新の科学
技術を使って得られた色や形の情報を充分に消化し、なおかつ実際に絵巻を描いた
平安時代の絵師の想像力や表現力を汲み取るかたちで日本画の修復家は絵を再現
していった。

右は“竹河(二)”。女房や男性貴族が真ん中に咲き誇る桜をとりかこむ構図が秀逸。
右の御簾の前にいるのは左端で妹の中君と碁の勝負に興じてる大君に恋する蔵人少
将。原画では、正面右にいる女房の着ている装束の柑子色(こうじいろ、黄みオレンジ
色)がよく残っている。また、裳にみえる糸巻き文様の青線と手前にいる女房のうす
ねずみ色の地に流れる青が印象的。

19枚の絵には平安の洗練されたファッションセンスが表れた衣装の文様だけでなく
興味深い描写がいくつもある。季節によって変る道端、庭や垣根に咲く草花もそのひ
とつ。草花は画面を構成する大事な要素だけでなく、描かれている人物の恋に悩む心
情を代弁したり、運命を暗示する役目も担っている。“蓬生”の藤の花、“御法”の風
に揺れる萩、“竹河(一)”の凛として垂直にのびる紅梅、“宿木(三)”の秋を感じさせ
る薄など。

物語のことをイメージしながらこの絵をみてると何時間たってもこの場を離れられなくな
るので、ほどほどで引き上げた。王朝の美意識がつまった華麗な源氏物語絵巻の復
元模写に再度拍手々。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2006.02.18

美の伝統展の玳玻天目茶碗

306“美の伝統展”(東京美術倶楽部)の後期(2/26まで)にでかけた。

近代日本画、洋画、屏風、中国陶磁器は通期で出品されてるが、近代陶芸家の作品と国宝室の展示に一部入れ替えがあった。NHKが新日曜美術館でとりあげたためか、会場はかなり混んでいる。

近代の陶芸家では荒川豊蔵、楠部彌弌と民芸派の河井寛次郎、濱田庄司の
優品が後期にでている。なかでも白地に黒の釉薬で太い縦線をさっさと流し掛け
た濱田庄司の大鉢が目を惹く。国宝室には東博の特別展ではないかと錯覚す
るほどの贅沢な美術品がずらっと飾られている。前期の雪舟の代表作、“秋冬山
水図”(東博)に替わり、今でているのは中国南宋時代の花卉図、“林檎花図”
(畠山美術館)。これは待望の絵。左斜め上にのびる枝に咲く白の花がとて
も美しい。

根津美術館所蔵の名品、“鶉図”と“布袋図”もある。今にも動き出すのではないか
と思わせるほどこの鶉はリアルに表現されている。“布袋図”ははじめてみた。
口を大きく開けて笑う様は見てて気持ちがいい。こういう絵なら何時間でもつきあい
たい。が、混んでるので、係員の“間隔をあけずに前へお進みください”という案内
を聞き流すわけにはいかない。

で、お目当ての右の“玳玻天目茶碗”(たいひてんもく、南宋、吉州窯)をじっくり
見たいがために狭い部屋を3回まわった。長らくこの天目茶碗に会えるのを待った。
図録でみるより本物は意外に小ぶり。玳玻とは鼈甲(べっこう)のこと。外側が
黒地にかける釉が黄斑に発色し、あたかも鼈甲に似てることからこの名がうまれ
た。見込みには綺麗に散花紋様が描かれている。多くの人がこれを賞賛する
のがわかる。200%堪能した。この先、相国寺承天閣美術館で定期的に展示さ
れるようなので、また見る機会があるかもしれない。こんな名碗には何度でもお目
にかかりたい。

コメントをいただいたあかねさんの疑問、鏑木清方の“いでゆの春雨”に描かれた
女性が頭に白い紐をまいてる理由がわかった。倶楽部の人の話だと、この絵は
温泉からでてきた女性が橋の上でちょっと休んでいるところを描いたもので、白い
紐をまいてるのは髪につけた鬢が流れないようにするため。この絵は展覧会にでる
のははじめてらしい。代表作、“築地明石町”に負けず劣らずの名品と高く評価
されてた。そんな感じがする。

ついでに“築地明石町”の所在を尋ねてみると、過去、横浜美術館であった鏑木
清方展に出品されたのこと。行方知れずということではないようだ。いつ会え
るかわからないが、希望がもててきた。concernして、気長に待つことにしよう。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.02.17

トリノ冬季オリンピック

305トリノ冬季オリンピックで日本選手はなかなかメダルに届かない。

2,3日前に行われたスピードスケート男女500メートルは世界記録を持ってる加藤選手や岡崎選手がメダルをとるのではと期待も大きかったので、普段は寝る時間なのに目をしっかりあけて最後まで応援した。

が、二日連続で4位(及川選手、岡崎選手)に終わり、疲れがドッとでた。3位と
4位はほんの少しの差なので選手は悔しい思いで一杯だろう。オリンピックの
勝負というのは特別で、1位になり金メダルをとった選手はもちろん最大級、賞賛
されるが、2位、3位にはいった選手もオリンピックメダリストとして長く人々の
記憶に残る。アスリートとしてこれほど名誉なことはないだろう。だから、可能性の
ある選手には是非メダルを手中にして欲しかったが、今のところメダルゼロが続
いている。

今日は、朝起きてすぐTVとPCでスピードスケート女子団体追い抜きの結果を確認
したが、またもや4位だった。前の日は先行してたノルウェーの選手が転倒し、運も
味方してくれて準決勝に進出したが、3位決定戦で今度は日本選手が転倒して
しまった。ロシアをリードし残り2周というところでの転倒だった。この競技ははじめ
てみる種目で、風を一番うける先頭が消耗しないように3人の選手はめまぐるしく、
走る順番を変えていく。6周の最後のころになると疲れもあるし、ちょっとしたこと
で転倒したのだろう。素人からみれば、何度もリンクを周り、オリンピックに選ばれる
ような選手が転げることなんてあるのかと思ってしまうが、まさかのことが起きて
しまった。

チーム戦の場合、こういうことが起こるとすぐ、失敗した選手が負けの責任を一人で
背負ってしまう。観てる方も勝手にあの選手のミスでメダルを獲り逃がしたと口走る。
ジャンプの原田選手の苦しみをまたこの女子選手が味わってしまうのではないか
と心配だ。周りの雑音を気にすることはない。バルセロナオリンピックのマラソンに
出場した谷口選手のように“転んじゃいました!”と笑って言って欲しい。新種目だし、
普通の人はよく分からないのだから、そのうち忘れてしまう。

後半の競技でメダルが期待できるのは荒川、村主、安藤選手が出場する女子フィ
ギュアスケートフリーか。頑張れ、日本。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.16

鏑木清方の美人画

304いつものことだが東近美の平常展(後期3/5まで)に出品されてる日本画は見ごたえがある。

東京ではここと東博、山種美に出かければ、近代日本画が楽しめること請け合いだ。東近美は展示のスペースが広いので、作品をゆったりした気分で鑑賞できるのがいい。

沢山ある名画のなかからどの作品を展示するかについては、学芸員も頭を悩ま
すところだろうが、ここは人気のある絵を頻繁に飾ってる感じがする。昨年もこれ
見たよ、というのが安田靫彦が晩年の豊臣秀吉を描いた“伏見の茶亭”。安田は
若い頃から秀吉に興味を持っていたようで、現在、山種美で開催中の歴史画展
にも“豊太閤”がでている。もう一点、昨年、永青文庫で“聚楽茶亭”をみた。
3点のなかではこの“伏見の茶亭”が一番いい。白の羽織につつまれた薄茶の
衣装の文様がとても華やか。左手に紅梅をもつ秀吉の顔は穏やかで、わび、さび
の精神を会得した茶人の姿になっている。

はじめてみる絵ですごいのがあった。東京美術倶楽部で伊東深水作の惚れ惚
れするような美人画を観たが、今回でている大作、“雪の宵”に200%ノックアウト
された。伊東深水の絵でこれほど感動したことはない。積もった雪の質感、傘を
さした二人の女性の美しい姿、灯籠の薄明かり、もう言葉がでないくらい素晴ら
しい美人画である。こんないい絵があるのなら、もっと早く見せて欲しかった。

鏑木清方の“明治風俗十二ヶ月”は季節にあわせて展示される。この時期は1~
4月の4点。縦長の絵のなかでは4月の“花見”が目を惹く。花見を楽しむ女は目
の覚めるような赤の着物を着ている。鏑木清方の美人画によせる気持ちが美の
女神に通じたのか最近、たて続けにいい絵に出会った。鏑木清方の画集を買った
一週間後に、これに載ってた“春雪”を鎌倉の鏑木清方記念館でみた(展示は
2/5で終了)。

次が“美の伝統展”(東京美術倶楽部、2/26まで)に展示してあった右の“いでゆの
春雨”。この絵は昭和18年の作で、“春雪”が描かれたのはその3年後。女性の
顔は良く似ている。大正期に描かれた女性の顔は少しぽっちゃりしているのに対し、
昭和に入ると面長の美人になってくる。描きたい女性の好みが時代の移り変わり
とともに変ってくるのだろう。それにしてもこの“いでゆの春雨”は名作。感激度はか
なり高い。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.02.15

歌川広重の高輪之明月

303太田記念美術館の開館25周年を記念して昨年1月からはじまった企画展は今回の名品展後期(2/1~26)で終了。

浮世絵の専門館だけあって作品のレベルは高く、画集に載ってる北斎、広重、歌麿などの風景画や美人画をたっぷりみせてもらった。

巧みな構図や細かな人物表現など絵自体が素晴らしいだけでなく、初摺りの版画
が多いので、色が鮮やか。よくでた青や朱に感激する。浮世絵というのは面白い
もので、北斎展に出品されたギメ、メトロポリタン蔵や東博、太田記念館、MOAに
ある摺りの状態のいい版画を一度観てしまうと、色の少し落ちたものでは満足でき
なくなる。たとえ広重の名画でもそういう気分になる。

後期に展示されてるのは71点。前期になかった広重のいい風景画が3点ある。
東都名所から右の“高輪之明月”と“日本橋雪中”。そして、名所江戸百景の“深川
州崎十万坪”。“東都名所”は広重が風景画に目覚めるきっかけとなったシリーズ
で、広重35歳のときの作。2年後に出世作“東海道五十三次”を刊行する。“東都
名所”と同じ年に北斎の“富岳三十六景”がでており、その奇抜な構図や鮮やか
な色彩に広重は刺激を受けたと思われる。

“高輪之明月”は広重の風景画のなかではお気に入りの一枚。前面に飛翔する9羽
の雁と左へ大きく湾曲する海岸線を対比させ、奥行きのある画面をつくっている。
この大胆な構図にしびれる。雁が一羽、大きな月にかかるところも憎いほど上手い。
こういう前景の対象をクローズアップして、遠景の広がりを強調する広重独自の
画風がその斬新さを一段とますのが最晩年に制作された“名所江戸百景”。ハット
する絵が何枚もあるなかで、意表をつく構図で目を惹くのが“深川州崎十万坪”。
縦絵の上のほうで巨大な鷲(わし)が羽を広げて下の海面を見ている。絵に近づいて
観てると、自分が鷲になって空を飛んでるのではないかと錯覚する。

広重の名作だけでなく、歌川国芳の銅版画を思わせる風景画にも魅せられる。とく
に荒れくるう馬の端綱(はづな)を足で踏みとどめて鎮めたという怪力の遊女お金を描
いた“近江の国の勇婦お兼”が面白い。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006.02.14

谷内六郎展

302今、横浜そごうで開かれている“谷内六郎展”(2/26迄)で懐かしい週刊新潮の表紙絵を沢山みた。

表紙絵には愛着を覚えるのに、これを描いた画家はこの展覧会の情報を入手するまで知らなかった。日本の画家のことは恥ずかしいくらい弱い。

谷内六郎がこれを手がけていたのは1981年までだから、電車の中吊りからこの絵が消えてもう25年になる。記憶に
残ってる表紙絵のイメージは最近みた原田泰治が描いたような日本の原風景。で、
可愛い子供が出てくるノスタルジックな風景画に再度浸ろうと1点々ふだんより
時間をかけてみた。

そのうち、この画家はシャガールのような幻想画家で、ダリやマグリッドのような
シュルレアリストではないかと思えてきた。目の前に面白い絵が何点も現れる。
子供の頃、同じようなことを感じたなと共感する場面では思わず笑ってしまう。
幼いころ持っていた豊かなイマジネーション力を大人になっても発揮できるのは特
別な才能ではなかろうか。谷内六郎は子供が夢にみることや想像することをドキリ
とするような画面構成でみせてくれる。

登場する子供の表情はあくまで純真で、場面設定はサザエさんにでてくるような
普通の家庭の光景であったり、メルヘンティックな夢の世界であったりするので、
さらっと見てしまいそうだが、ダリやマグリッドが真っ青になりそうな絵もある。感心
したのは、まず“人買いの話”。画面の上にある長い影がでた一本の黒い木で
恐ろしい人買いを象徴し、木の隣に子供が履いていた赤いサンダルだけがある。
のっけから谷内六郎はこんなシュールな絵を描いてたの?とあっけにとられた。

ほかに面白かったのは“髪の毛のスキーヤー”。床屋で散髪中の女の子がかけて
る白い布の上を大勢のスキーヤーが滑っている。画家は髪の毛が落ちるのを見
てゲレンデを想像した。“湯気に音”では火鉢にのっかってるやかんの注ぎ口の先に
煙をだして走る蒸気機関車が描かれている。シャガールの絵のよう。

右の絵の題名は“ラッシュアワー”。ダリの“記憶の固執”にでてくるアリをすぐ連想
した。混雑している情景が一目でわかる。ユーモアあふれる絵やああーこんな光景が
昔あったなと思い起こさせてくれる絵のなかにまじって、びっくりするようなシュール
な絵が出てくると嬉しくなる。子供のような想像力から生み出された谷内六郎の
心温まる作品を十二分に堪能した。

なお、横浜展が終了すると次の会場を巡回する。
・北海道立旭川美術館:4/8~5/14
・名古屋松坂屋:07/1/2~1/23

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.02.13

森田曠平の出雲阿国

301山種美術館で行われている“歴史画展”(3/5まで)は作品数は少ないものの、品格のある絵が揃っている。

過去にみた絵が何点かあったので、今回はパスの気分が半分くらいあったが、東近美・平常展からの流れで自然に足が山種美に向かった。これが大正解。人気の画家の名作に出会え、大きな満足が得られた。

歴史画の巨匠、前田青邨(6点)、安田靫彦(6点)の作品が圧巻。館自慢の名品
をずらっと展示している。なかでも前田青邨の“大物浦”、“異装行列の信長”、
“腑分”、安田靫彦の“出陣の舞”、“平泉の義経”は歴史画といえば必ず思い浮か
べる作品。青邨が描いた信長はまわりに小姓や従者を大勢従えた群像表現に
なってるのに対し、靫彦は出陣の前、信長が厳しい顔つきで舞う場面を描いている。
信長が着ている衣装がとても綺麗で、白と黄色の地に描かれた飛翔する鳥の
シルエット的な文様はぴりっとはりつめた空気を和らげている。

今回の展示でびっくりしたのが、好きな女流画家、片岡球子の面構シリーズ4点。
昨年あった大回顧展(神奈川県立近美・葉山館)に北斎などを描いた面構作品が多
く出品されてたが、山種美所蔵のものは1点もなかった。でも、ここはちゃんとい
い面構をもっている。とくに“北斎と馬琴がゆく”と“天龍寺開山夢窓国師”に足が
止まる。隅から隅まで眺めていたら面白いことに気づいた。北斎や馬琴の眉毛の
描き方が左右でちがっている。右はシダの葉のようで、左は格子のよう。ええっと
いう感じ。また、馬琴がまとっている着物の襟元の文様も左右で形が異なる。
片岡球子は同じ文様を丁寧に描くのがしんどかったのかもしれない?このアバウト
で自由奔放な表現のほうがかえって片岡らしくていい。

この歴史画展に足を向かわせたのは実は右の森田曠平作、“出雲阿国”。6年ぶり
に会った。江戸時代の初期に描かれた風俗画と較べても見劣りしない、傑作である。
本物を見て以来、この絵にメロメロ。二曲一双の屏風で男装の阿国(右)と一座
4人(左)の舞姿が描かれている。阿国の服装は有職故実の確かな知識に基づ
いているので、江戸のはじめごろ一世を風靡した出雲阿国の“かぶき踊り”はこの
絵のようなものだったのだろう。

金地に映える濃い紫の袖なし胴服とその下の豪奢な衣装に釘付けになる。とにかく
尋常でない異様な格好をするのが“かぶき者”の心意気だから、男装した阿国は思い
っきりファッショナブルにきめている。首から下げてるロザリオは信仰とは関係なく、
かぶき者が身につける定番のアクセサリー。帯にはひょうたんや南蛮人蒔絵が施さ
れた印籠をさげる。“さあ、阿国さんやりましょうか”と一座の者が紅白の蛭巻の大小
(刀)を渡せば、かぶき踊りがはじまる。じっとみていると、1603年の頃にタイムスリッ
プし、阿国一座が踊りを披露している北野天満宮境内に駆けつけたくなった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006.02.12

トプカプ宮殿博物館

3002日前の世界美術館紀行でトプカプ宮殿博物館が紹介されていた。

大きなエメラルドが3つ柄にはめられた豪華な“トプカプ短剣”がアップで映しだされると、01年ここを訪れたときの感動が蘇ってきた。

イスタンブールやカッパドキアなどをまわるトルコ周遊ツアーを200%楽しんだので、旅行から帰るとまわりの友人たちにトルコ旅行を勧めてきた。今でも、海外
旅行の話で盛り上がる際、つい口から出るのは“トルコは楽しいよ。イスタンブール
のトプカプ宮殿にある宝石をふんだんに散りばめた宝飾品が凄いし、トロイの遺跡、
カッパドキアの奇岩が観られるよ”という台詞。旅行会社のキャッチコピーそのもの
だが、それほどトルコの名所観光は良かった。

なかでもトプカプ宮殿に飾られているキラキラ輝く宝飾品の数々は女性の心をとりこに
するのではなかろうか。われわれが出かける少し前、BS2がトルコを特集し、この宮
殿をかなり詳しく映していたので、実際、足を踏み入れたときは、ビデオテープを再生
しているような感じになり、宝物の前でテンションはすぐトップモードになった。

最初に向かった厨房のところにお目当ての中国の陶磁器があった。元時代、景徳鎮
で焼かれた青花の名品、“麒麟文青花大盤”。コバルトによる藍色の発色が素晴ら
しく、体が熱くなるくらい興奮した。“青花”の美しさに魅了されたオスマン帝国
のスルタンが青花磁器の収集に熱を入れたので、東西交易の拠点であったイスタン
ブールに中国から名品が沢山入ってきた。現在、ここの青花は中国以外では超一級
のコレクションとなっている。

青で感動するのがもうひとつある。それは右のイズニック産のタイル。吸い込まれそう
になるほど神秘的な青である。中央部は深い青の地にイスラム特有の植物の文様
がシンメトリックにびっちり描かれている。壁面に精緻な文様が施された青のタイルを
使った装飾的な空間にいると、感激のあまり言葉を失う。一般客の入れないハーレ
ムの部屋などは青の壁面で埋め尽くされてるのだろう。いつかまた、この魅惑的な青
に出会えればいいのだが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.11

パウル・クレー展

299開幕を待ち望んでいた“パウル・クレー展”(大丸東京駅店、2/28まで)を観た。

国内でクレーの展覧会を見るのは93年以来。その間、上野の森美術館などであったNYのMoMA展やパリのポンピドー・コレクション展にクレーの作品が必ず含まれてたので、クレーの絵はとびとびながらも楽しんできた。

クレーの絵にはまるきっかけをつくってくれたのが93年、愛知県美術館であった
大回顧展。この展覧会は名古屋、山口、東京で開かれた。このころ仕事の関係で
名古屋に住んでいたので、幸運にもクレーの代表作の大半を見ることができた。
クレーの遺作を所蔵しているクレー財団とクレー家から、代表作中の代表作、“パル
ナッソスへ”やクレーが亡くなった年に描かれた名作、“無題(静物)”などをごそっ
と持ってきたという感じだった。感激の連続で観終わった後、すごく疲れたのを
よく覚えている。

今回のクレー展にでている絵は昨年6月、クレーの生まれたスイス・ベルンにオープ
ンした“パウル・クレーセンター”から貸し出されたもの。そのため、93年に出品さ
れたものが多くある。ダブりはある程度予想していたが、はじめての作品もあるの
で満足度が落ちるということはない。クレーの若い頃から晩年までの画業が頭に
はいる展示構成になっており、そのバラエティーに富む作風をあれこれ味わうことが
出来る。

期待してたのは“パルナッソスへ”のような1930年頃からはじまった点描主義の
シリーズだったが、今回でてたのは右の“喪に服して”1点のみ。93年のときもこの絵
はあった。これは点描シリーズのなかではハットさせられる絵。モザイクのような色使
いで色面を構成し、その上にうつむき加減で喪に服する女性を一筆描きのように表し
ている。深い悲しみが伝わってくる。この絵はクレーが皮膚硬化症という難病にか
かった1935年の前年の作。

1935年から亡くなる1940年まで、難病のためクレーには死を見つめる日々が続く。
作風は一変し、繊細な線は消え、一見ミロの絵を彷彿させるような荒々しいものに
なる。その一方で、シンプルな線で描いた絵もある。1938,39年の作、“ボール乗
りに興じる子”、“聖歌隊の女性歌手”、“おませな天使”、“旧約聖書の天使”。自由
な描線が胸を打つ。久しぶりのクレー展を心地よく楽しんだ。

| | コメント (12) | トラックバック (11)

2006.02.10

棟方志功の華狩頌

298現在、東博で開かれている“書の至宝展”が棟方志功への熱い気持ちにまた火をつけたように思えてならない。

鎌倉にある棟方板画美術館の新春展示(3/19まで)のテーマは“華厳の世界ー神々より人類へー”。棟方の書が13点でている。棟方は文字の造形性や意味に美を感じたのか、書の作品が多い。棟方の書を一度にこれほど沢山みたのははじめて。一文字々が太く、野性的で、力強い書体で書かれた“南無華厳”や“華厳”などからは強さだけでなく、静寂も伝わってくる。まさしく“華やかで、
厳かな”書である。

板画の目玉は“華厳譜”。宗教的な主題をとりあげた最初の作品で、華厳経に
即し、毘盧遮那仏を中心にして、左右に薬師如来や釈迦如来などを描いている。
全部で24体ある。お経に出てくる仏だけでなく、不動、風神、雷神など密教的
な仏や神も入れて華厳の世界をつくるところが棟方流。一体々独立してみても
楽しく、風を感じさせるポーズの風神や天をつく髪をした愛染明王は心に強く
残る。

心を揺さぶる棟方の書や板画に出会い、気持ちがしゃんとしたなと思っていたら、
東京美術倶楽部の“美の伝統展”でまた、棟方志功の代表作に会った。右の
“華狩頌”(はなかりしょう)。ここで棟方板画の傑作にお目にかかれるとは夢に
も思わなかった。この絵を観るのは5回目くらいだが、いつみても感動する。大き
な絵なので見ごたえがある。NYのMoMAなど世界の美術館で収蔵されてる棟方
作品の中で、この作品が一番多いらしい。

3人の馬上の人物は狩のポーズ。でも、弓矢や鉄砲はもってない。それは獣を
狩るのではなく、花を狩るから。心で花を狩り、美を射止める。弓矢をもつ手つきだ
けをし、空を狩るもの、地を狩るもの、地下を狩るものを表している。画面の上に
空をとぶ鳥、真ん中に地上を駆けるもの、下には地下にもぐる花や貝を配する。
白黒版画だが、模様で埋め尽くす画面は装飾性もたっぷりあり、華やか。疾走
する馬は躍動感にあふれ、鳥獣のポーズも面白い。この絵を愛する人が世界
中に大勢いるのも頷ける。世界の名画ではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.09

美の伝統展の富本憲吉

297“美の伝統展”(東京美術倶楽部、2/26まで)の余韻に浸っている。会期が22日と少ないが、古美術や近代絵画、洋画の名品を所有している個人コレクターや美術館は長い期間、手元を離れるのを嫌がるから、展示期間が短くなるのは仕方がない。

日本の美術品の場合、名品が出てきたらその機会を逃さず、万難を排して見に出かけるくらいでないと、なかなかいいものには会えない。今回のような倶楽部
の創立100年周年とか開館○○周年記念とか、美術館のオープニング記念展は
多くの名品を一度に観れる絶好のチャンスである。

今回の展示では、普段、数人の画家を除いて、あまり関心のない洋画にすばら
しい作品がいくつもあった。まず、お気に入りの梅原龍三郎の“富士山図”、安井
曾太郎の“霞沢岳”に惹きつけられた。“富士山図”は赤が、“霞沢岳”は緑が画面
いっぱいに輝いている。色彩が一番強烈なのが林武が描いた“富士”。林武の絵
をみるといつもその鮮やかな色にびっくりさせられるが、この赤富士はすごい。

赤が目にしみる作品が続くが、岸田劉生の“二人麗子図”もいい。この絵は昨年、
ホテルオークラで開催された展覧会ではじめてみた。光があたった麗子の顔やくっ
きりとでた衣装の文様に見蕩れてしまう。また、最近頭のなかを占領するようにな
った須田国太郎・“樹上の鷹”や佐伯裕三・“リュクサンブール公園”、そして、彫塑
的な顔を黒と土色で描いた香月泰男の“人と梟”もある。藤田嗣治のちょっとコミ
カルな絵、“私の夢”も面白い。ベッドに眠る裸体の女のまわりに衣服をまとった犬、
猫、猿、狐、兎、梟、リスがいる。藤田が好きなのは猫だけかと思っていたが、ほか
の動物も可愛がっていた。

中国の名品と近代陶芸家の作品が揃った陶磁器も見ごたえがある。目新しさでい
うと右の富本憲吉作、“色絵飾箱”がぴか一。富本が石川県九谷で九谷焼の色合い
などを研究してたとき焼かれたもので、最近発見されたらしい。日本で焼かれたも
のでこれほど黄色がよくでた作品にお目にかかったことがない。緑のひょうたん
型の瓶に左右バランスよくさされた紫の花と側面の幾何学模様の対比が実に美
しい。こんなすばらしい色絵に会えて嬉しくてたまらない。

国宝室にある美術品のなかで、陶磁器は超一級品が揃った。野々村仁清・“色絵
藤花文茶壷”(MOA、2/11まで)、日本にある青磁花生の名品として名高い、“青磁
下蕪瓶”(龍泉窯、アルカンシュール美)、そして三井記念館自慢の“志野茶碗 
銘卯花墻”(2/15まで)。追っかけている“玳玻天目茶碗”(吉州窯、相国寺)は
2/16~26の展示だった。肩透かしを食った感じだが、気を取り直して再度出かけ
ようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.08

大いなる遺産 美の伝統展

296PCのインターネットへの接続が時間帯によって不調になる頻度が多くなり、更新がとぎれがちです。現在、対応中ですが、そのため拙ブログは短期間休みになることがあるかもしれません。

東京美術倶楽部の創立百年を記念した“大いなる遺産 美の伝統展”(2/26まで)を見てきた。最近開かれた日本美術の展覧会としては一番凄いのではなかろうか。

とにかく絵画、陶磁器、工芸、書の名品の数々に圧倒される。とくに近代日本画と
洋画にびっくりした。日本画については、手元に画集や過去の展覧会の図録が
かなりあるが、これらに載ってない名画がいくつもある。これらの多くが個人の所有。
コレクター心理として、あまり知られたくないという気分が強く、画集への掲載は断
ってきたのだろう。教科書や画集で知っている巨匠たちが描いた代表作のほかに
まだ、こんな名画が個人コレクターのもとに秘蔵されていたのかという感じである。

これは間違いなく画家の代表作のひとつと思われる作品は。。。
橋本雅邦・“龍虎図”、横山大観・“或る日の太平洋”、菱田春草・“柿に猫”、川合
玉堂・“鵜飼”、小林古径・“山鳥”、右の前田青邨・“洞窟の頼朝”、東山魁夷・“青い
谷”、横山操・“清雪富士”。また、美人画が好きな人には心がとろけそうな絵がある。
上村松園・“櫛”、鏑木清方・“いでゆの春雨”、伊東深水・“通り雨”。みんな大き
な絵。三者三様だが、細かい描写、構図、色彩感覚どれをとっても非のうちどころの
ない傑作。部屋で一人でみていると、さぞかしいい気分になるだろう。毎日でもなが
められる個人コレクターが羨ましい。

竹久夢二・“平戸懐古”と安田靫彦・“木花之佐久夜毘売”も嬉しい絵。広島にある
ウッドワン美術館が所蔵する“平戸懐古”ははじめてみた。ここ3年くらいの間によく
見た夢二の回顧展でお目にかからなかった作品。青い海を背に鮮やかな赤い着物を
まとった夢二式美人が左手で傘を杖がわりにして立っている。こんないい絵があっ
たとは。

前田青邨には右の“洞窟の頼朝”のほかにもう一枚同名の絵がある。われわれが
よく知っているのはこの絵では無く、昭和3年に描かれたほう。画集に必ず載って
いる青邨の代表的な歴史画である。右の“洞窟の頼朝”はこれから30年たった昭和
32年の作で、前作よりは小ぶり。頼朝やまわりの武者の顔で鼻と目を大きく描く
ところや、前方を眺めるポーズは同じだが、こちらの方が甲冑や衣装の細かい文様
がよくでた色と相俟って際立っている。これまで前田青邨の名画をいくつも見、その
つど高い画技に言葉が出なかったが、今回も大変感動した。

| | コメント (12) | トラックバック (3)

2006.02.06

デルフィ考古学博物館

532先週放映された世界美術館紀行にデルフィ考古学博物館が登場した。ここは2年前、訪問したので、まだ記憶に新しい。

自分が購入した製品のCMはよく見るのと同じで、TVに映し出されるアポロン神殿、野外劇場、競技場や博物館に展示された彫刻を食い入るように見た。

ギリシャ神話に関する新しい本がでる度に、購入するというくらい、この神話にいれ込んでいるので、2度目のギリシャでは、アポロン神のお告げを聞くため多くの人が参拝したというデルフィの聖域に是非足を踏み入れてみたかった。

19世紀、フランスの考古学チームによって発掘された遺跡からでてきたものが、デルフィ博物館に収められている。これらはギリシャの都市国家やエジプト、ペルシャの王から奉納された品々。いいお告げを得ようと贅とつくした彫刻品などを各国は競って奉納した。参拝道の真ん中あたりに、奉納品をストックしてた“アテネ人の庫”や“シフノス人の宝庫”がある。

アポロン神殿の南側に紀元前6世紀中頃、12mの“ナクソスの柱”が建てられて
いた。現在は台座しか残ってないが、その柱に乗っかっていたのが博物館に飾って
ある右の巨大な“ナクソスのスフィンクス”。ナクソス産の大きな大理石のかたまり
から切り出してつくられた。背中から上にピント立った鳥の羽に目がいく。体の顔
の部分は女性で目をつぶっており、肩から胸あたりは鳥で下半身と足はライオン。
間近でみると、それほど恐ろしくもないが高いところにあると、参拝者には怪物のよ
うに見えたに違いない。

ギリシャ神話によると、スフィンクスはテーベ近くの小高い丘の上に住み着き、そこ
を通りかかる旅人に“朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の物は誰か?”と
いう謎をかけては、答えられない者を食べていたという。その謎をとき、スフィンクス
を自殺に追いやったのが英雄オイディプス。“そんなの簡単さ。人間だよ。人間は
人生の朝、つまり赤ん坊の頃は四つんばいで這い回り、昼、若い頃には二本足で
元気に歩き回る。が、夜、歳をとってくると杖をついて歩くようになるから三本足にな
る”。スフィンクスを見事退治したオイディプスはテーベの王になるが、生みの母親
と結婚するという悲劇が待っている。

スフィンクスを題材にした絵で忘れられないのが、昨年、ルーブル美術館展に出品
されたアングル作、“オイディプスとスフィンクス”(1808)と、これを先行例にして
1864年にモローが描いた同名の絵(メトロポリタン美術館蔵)。どちらも神話をとり
あげた絵としては出色のできばえ。

デルフィ博物館の至宝といわれる“御者の像”(拙ブログ05/1/7)に映像で再会した。
解説を聞いてると、これを目の当たりにしたときの感動が蘇ってきた。現地で驚か
された御者の目のまつげは銅でできている。ギリシャ青銅彫刻の傑作、“御者の像”
を見れたのは一生の思い出である。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.02.04

ハインリヒ・フォーゲラー

227神奈川県近美・葉山館で行われている“パウラ・モーダーゾーン=ベッカー展”でパウラの自画像に感動したが、もう一点非常に魅せられた絵がある。

ハインリヒ・フォーゲラーが描いた右の“マルタ・フォン・ヘンバルク”。ドイツにおけるユーゲントシュティール(アール・ヌーボー)絵画を代表する一人であるフォーゲラーの絵が出品されてたとはまったく想定外。

00年末、新日曜美術館で取り上げられたフォーゲラーの優美な曲線で描かれたロマ
ンティックな絵をいつか見てみたいと思っていたが、意外な形で実現した。今回の
作品はTVにでてきたような花が咲き、鳥がでてくる中世の伝説や聖書の話を題材に
した作品とは違うが、この横向きの女性肖像画からも生きる喜びや甘美な夢の世界
が伝わってくる。

この絵のモデルは後にフォーゲラーの妻となるマルタ。制作時期は22歳のフォーゲラー
がブレーメンの北東25kmのところにあるヴォルプスヴェーデに移り住んだ1894年。
背景の緑と若々しい顔の肌つや、頭につけた紫の花飾りが絶妙に溶け合い、画面
一杯に広がる緑がマルタをより一層美しくみせている。しばらくぽかんとしてこの絵を
眺めていた。マルタの絵をもう一枚、フォーゲラーは3年後、制作する。“春”と名づけら
れた傑作。白樺の木の中にマルタが立っており、足元にアネモネの花が咲く、柔らか
い色調と流れるような曲線で表現されたアール・ヌーボーらしい絵である。

アール・ヌーボーの作家は多芸。フォーゲラーは絵画だけでなく、生活空間全体に装飾
芸術を繰り広げ、ヴォルプスヴェーデ駅舎の設計、陶器、家具、ナイフ、フォークなど
銀製品のデザインに新しいアール・ヌーボーの図案を使っていく。創作活動の拠点と
なったアトリエ、“バルケンホーフ”(白樺館と呼ばれた)は同じ志をもって芸術村にやっ
てきた画家、詩人リルケたちの溜まり場でもあった。この村に自分のアトリエがあった
パウラもフォーゲラーの新しい装飾的な作風に刺激をうけており、銅版画のプレス機
をかりて版画を制作している。

パウラ展にはフォーゲラーの版画集“春に寄せる”があり、白樺の木やコウノトリ、ツグミ
の精緻な描写に魅了される。前々から観たかったフォーゲラーの作品に接することが
できたのは望外の喜び。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.03

パウラ・モーダーゾーン=ベッカー展

293美術館が作成する展覧会のチラシというのは時々、大きな宣伝効果をもつことがある。

神奈川県立近代美術館・葉山館で1/7から行われている“パウラ・モーダーゾーン=ベッカー展”(3/26まで)のチラシを見たときから、これに載ってるこの女性画家の自画像が気になってしょうがなかった。

昨年、損保ジャパンに展示してあった池口史子が描いた女性肖像画と同じくらい
の磁力がある。で、葉山までクルマを走らせた。これまで画家の名前は聞いたこと
ないし、作品には全く縁がない。パウラ・モーダーゾーン=ベッカー(1876~190
7)は表現主義の先駆けとなる絵を描いた画家である。才能が豊かな作家が突如
として死に見舞われることはよくあるが、パウラも最初の子供を生んだあとまも
なく、31歳の若さで亡くなっている。画業が短いとどうしても作品数が少なく、世間
での知名度はあまり上がらない。

今回は絵画、素描、版画120点位を展示している。作品の多くは人物画や
自画像であるが、静物画、風景画も描いている。自画像は9点あり、魅力的なの
が3,4点ある。そのなかで特に気に入ったのが右の“琥珀の首飾りの自画像”。
堅牢な量感表現と明るい色彩が強い存在感を与えている。彫塑的な表現はピカソ
の“ガートルード・スタインの肖像”(拙ブログ05/2/11)を彷彿させる。もう一つ
の傑作、“やや左向きの自画像”のほうがより表現主義的で、顔の赤、目の青、
背景の緑が目に焼きつく。

パウラは、古代エジプト芸術、デューラー、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、日本の
浮世絵などの影響をうけている。惹きつけられた静物画、“観葉植物と卵立て”、
“青い小箱”、“把手付壷とダリアの花束”の色彩はゴーギャンから、画面構成は
セザンヌから学んだという感じ。パウラの個性が強くでた自画像、静物画に大変
感動した。My好きな女性画家に登録しようと思う。

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2006.02.02

東京ーベルリン展のグロス

2911/28から森美術館ではじまった“東京ーベルリン展”(5/7まで)をみた。

美術館のHPにでている出品リストには、ドイツと日本の作家が沢山出ている。が、名前ですぐわかるのは少ない。東京、ベルリンという二つの都市で花開いた美術、文化を振り返る企画展なので展示品は絵画、写真、建築、版画、ポップアート、オブジェと幅広く集めている。

日本の浮世絵などがドイツの画家に与えた影響やドイツで試みられた実験的な
運動を日本の作家がどのように吸収したかという視点も展示のコンセプトになって
いる。でも、知らない画家が多いので、狙いをあらかじめ決めておかないと足が向
かない。今回の期待はキルヒナーとグロスの2点買い。これにあと2,3点、いい絵
がみれれば申し分ないという気持ちで入館した。

入ってすぐのところにキルヒナーの大作、“ポツダム広場”が飾ってあった。地面
の薄緑と男性とひとりの女性が着る服装の黒が印象的。キルヒナーは濃密な色
と鋭角的な線が特徴の表現主義を代表する画家。顔の表情が描かれてない後ろの
男たちからは都会であじわう孤独感のようなものが伝わってくるが、真ん中の背
の高い細身の女性は顔だちも整い、強い緊張感は感じられない。過去みた濃い
原色で激しいタッチの作品と較べると少し柔らかさのみえる絵である。

これに対し、期待通りなのがリアリズム一杯でドキッとするグロスの風刺画。右の
題名は“社会の柱石”。非常に刺激的でインパクトがあり、一度見たら忘れようにも
忘れられない絵。手前にいる男たちの鼻のまわりには細かい血管が見え、顔はとて
も醜い。ビールを持ってるナチス派と後ろにいる男の頭半分はカットされ、そこに馬に
乗った男や火を噴く山が描かれている。このシュールなロボットのような人間はデ・キリ
コのマネキンの影響。真ん中で両手を前にだしてる神父は戦争の悲劇を嘆いている
のだろうか。一番奥には軍人が4,5人いる。グロスはこの絵に社会の柱となる実業
家、ジャーナリスト、宗教家、軍人を登場させ、悲惨な現状を痛烈に批判している。日
頃縁のないグロスのこんないい絵を見れたのは大きな収穫。

また、プラスαのいい現代絵画が最後のコーナーにあった。一つはフランツ・アッカー
マンの都市を描いた大きな絵。これらは日本人コレクターの所有。天性の色彩感覚と
ユニークな造形に目をつけ、買い入れたのであろう。また、ダニエル・リヒターの2つの
作品にも惹きつけられる。もう一点、リヒターの隣にある作品にびっくりした。どうやっ
てこれを制作したのか?そのことが頭から離れない。見てのお楽しみ。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.02.01

日本橋絵巻展 その2

290先週、小学館から出版されたアートセレクションシリーズ、“熈代勝覧の日本橋”(06年2月)は“日本橋絵巻展”(三井記念美術館)の鑑賞に格好の手引本だ。

早速、購入し、これを携えてまた入館した。もちろん、展示替えで後期(1/31~2/12)に出品される極上の浮世絵をみるためでもある。

拙ブログ1/7に前期のことを書いたが、“熈代勝覧”(きだいしょうらん)と“江戸名所
図屏風”(出光美)は通期の展示となっている。今回は洛中洛外図屏風(舟木本)
をみたときのように、本にピックアップされた場面を確認しながら12メートルの
絵巻を楽しんだ。洛中洛外図と較べると、この風俗画は画面の状態がとてもいい
ので目疲れがまったくない。目線を一定にして大勢の人が往来する通りを横に
移動するだけでいいので、見るのが楽。

前回もじっくり見たので、どんな人が歩いているか、通りに並ぶ店の商売は何か、
往来する人々の混雑度などはわかっているが、情報満載の解説本がある分、
今回は理解度が格段にいい。まさに“へえー、へえー”の連発。小沢弘、小林忠
両氏によるこの江戸の町アラカルト本はいろんなことを教えてくれる。

例えば、右は春の風物詩、十軒店の雛市の場面。ここは日本橋付近についで
人が大勢集まっている。本石町の両側に十軒ほどの外売りの仮店が並んだのが
“十軒店”のいわれらしい。毎年三月の雛祭りの十日くらい前から雛人形を売る市が
たつ。大変な賑わい。ここには興味深い解説が2,3ある。右中央の車椅子に乗っ
てるのは、江戸患いといわれた脚気に悩む人。白米を食べるのが江戸っ子の
自慢だが、そのためビタミンB1が不足して脚気になる者が多くなった。

雛人形を飾り付けてる左の店の後ろに、二八蕎麦屋“三河屋”がみえる。問屋街
に買い物客やおのぼりさんが来るのを見込んだ食べ物屋。もとは屋台。名前の
由来は“二八、十六文”から。蕎麦の値段は一文を30円として、480円くらい。
これはリーズナブル。

この本のお陰で商売のこと、店舗の特徴、往来する人の服装、女性の髪の形など
がよく分かった。古い時代のことを頭に入れる場合、書籍のような文字情報よりこう
した絵の方が役に立つ。次回江戸物小説を読むときは状況設定をイメージしやすく
なるのでは思う。収穫の多い展覧会であった。

なお、以前出たアートセレクションをみたら、出光美術館所蔵の“江戸名所図屏風”
にも同じように編集された本があった。内藤正人著“大江戸劇場の幕が開く 江戸
名所図屏風”(03年9月)。本が出版されるということはそれだけ風俗画のなかに
情報が詰まってる証。前期、“江戸名所図”もかなり時間をかけて、描かれてる
場面を目に焼き付けてたので、この本で理解がさらに深まった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »