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2006.01.25

金城次郎の海老文大皿

283日本民藝館で現在、“民藝が生んだ人間国宝展”(3/26まで)が開かれている。

HPにでてた展覧会案内に、日頃から関心の高い陶工、金城次郎(きんじょうじろう)と島岡達三が名を連ねていたので、必ず見に行こうと決めていた。

入館するまでは、この二人が中心の特別展と思っていたが、展示されていた作品の数は河井寛次郎や濱田庄司と同じくら
いで、陶芸のほかにも染色の芹沢銈介、木工・漆芸の黒田辰秋、芭蕉布の平良
敏子、織物の宮平初子らの作品が全部で160点あった。所蔵品を目一杯展示して
いるという感じである。はじめてみる作品もあり、満足度はかなり高かった。

ここを定期的に訪問してみたくなるのは河井、濱田、富本憲吉、バーナード・リーチの
名品に会えるから。リーチはなかったが、民藝派ビッグスリーの馴染みの作品を
鑑賞でき、いい気持ちになった。嬉しいオマケは河井の陶磁器コーナーに棟方志功
の版画、“余韻十二ヶ月・跳鯉、倭桜”などがあったこと。赤や黄色が鮮やかな鯉の
絵に惹きつけられた。

今回のお目当ては、沖縄の陶工、金城次郎の魚文や海老文の陶器。3年前、刊行さ
れた“人間国宝の技と美 陶芸名品集”(講談社)に載っていた金城次郎(1911~20
04)の海老や魚の紋様の大皿に非常に魅せられ、いつかこの陶工の作品をまと
まった形でみたいと願っていた。目の前に味わい深い大皿や土瓶、湯呑などが20点
くらいある。

右は琉球陶器のトレードマークのようになった線彫り海老文の大皿。一緒にでている
魚と海老文大皿と共に金城次郎の代表作。二匹の海老は生き生きとしており、線に
勢いがある。海老の目をみると笑っているように見える。金城次郎を指導した濱田
庄司は“日本に陶芸家多しといえども、次郎以外に魚やエビを笑わすことができる名人
はほかにいない”と褒めたそうである。金城は沖縄は島国で周囲が海だから、魚や
海老を描いて個性をだそうとしたようだ。

昨年末にみた吉田屋の平鉢でも、鮮やかな紫色をした海老が飛び跳ねていたが、
沖縄の名人が描いた海老もそれに劣らず目を楽しませてくれる。沖縄で最初の人間
国宝となった金城次郎の陶器に150%感動した。

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コメント

私も昨年11月に初めて日本民芸館を訪ねました。もう一度行きたいと思っています。
 各地の文芸、工芸、美術作品を訪ねています。陶芸にも興味関心があり、自作のぐい飲み、お手塩皿で、郷土料理を楽しんでいます。
何時か、寛治郎記念館等を訪ねたつたない感想を、3通添付させてください。


『河井寛次郎の豊かな作品』
益子を訪れた折りに、浜田庄司やバーナードリーチ、柳宗悦、河井寛次郎等の名を知った。
 数年前から陶芸に興味を持ち、いつか京都東山五条の河井寛次郎記念館を訪ねたいと思っていたが、今回県立美術館で彼の作品を見る機会に恵まれた。河井は、無名の職人たちが作ってきた雑器の持つ質実で素朴な美に大きく目を開かれた民芸運動の実践者であった。
 よく焼き物の価値は、形が美しいこと、釉薬が美しいことそして使いやすいことと言われる。柳宗悦は「美は用の現れ。用と美と結ばれるものが工芸」と述べ、雑器に虚心が生み出す美しさを見いだした。日用雑器は、今ほとんどが機械製だが、本来は手仕事で作られ伝えられた良さなのだと思う。彼の作品を見ながら、展覧会の副題「祈りと悦びの仕事」の意味や彼の心豊かな生活をかみしめた。そして、自分の趣味で自作した食器を使い、祖先が営々と作った地方の料理を食べることの贅沢さをあらためて考えた。 (1994.7) 
『河合寛次郎記念館を訪ねる』
 先日、念願が叶って京都五条に河合寛次郎記念館を訪ねることができた。民芸運動の指導者で生活の中の美を追求した寛次郎の全てを知りたいと思った。
 記念館は彼が実際に生活した住宅であり、彼の陶芸や木彫、建築や書にも通ずる独特な芸術家の温もりが伝わる一種独特な空間であった。彼の作品に直に手を触れ、彼も上った階段を素足で上った。その軋みが静かな空間に響き妙にこころが落ち着いた。 
 生涯のモチーフであった美、仕事、暮らしの三極構造に周囲の作品を位置づけてみた。小さな中庭には、彼が自由に動かしたと言う丸い石が秋の雨に趣き深く置かれていた。そして住宅の一番奥のかつてにぎわったであろう静寂の登り窯で、しばらく思いを巡らした。
 彼のことば「此世は自分を探しに来たところ、此世は自分を見に来たところ」に納得し、何か目の前がはっきり見えたように感じ、しっかり自分を見つる生涯をと肝に銘じた。
                   (2000.11)

『風格を感じた魯山人の陶芸』
 郡山市美術館で「桃山陶器と魯山人展」を観た。陶磁器に興味があり、京都の河井寛次郎記念館や益子の浜田庄司参考館を訪ねたりしていたが、魯山人についてはほとんど知らなかった。
 焼きものを茶の湯や、料理の道具として取り上げて、芸術的観点は付帯的な今回の企画に賛意を覚えた。それは、ガラス越しの陳列棚でない食卓をあしらった魯山人の器の展示にも表れていた。料理を盛り付ける実用の生活の中で初めて豊かな焼きものとなるのだ。
 魯山人の作品の多くが自由奔放な、独特な感性の作品そのものであった。全国各地の窯で焼いた独創的な作品から、彼が新しい陶芸の世界を造った総合的芸術家であることを知った。展示されていた筒型の深い向付や書の技法を生かした器が、特に興味深かった。
隣の部屋では魯山人陶芸の源でもある織部を久しぶりに鑑賞できた。あらためて古さの中に重厚な伝統・風格を感じさせられた。
                  (2002.11)

投稿: 会津マッチャン | 2006.01.26 22:22

to 会津マッチャンさん
やきものを随分前からいろいろ観られ、ご自身でもつくられてるのですね。
いいご趣味ですね。益子、京都の河井寛次郎記念館の鑑賞記を現地
を訪問したときのことを思い出しながら、楽しく読まさせていただきました。
いろいろ教えて頂き有難うございます。

広島に9年くらい住んでましたので、島根県安来市にある足立美術館
によくでかけ、河井寛次郎や北大路魯山人の名品を鑑賞しました。なかでも
河井の“三色打薬壷”や魯山人の九谷焼風の作品がお気に入りです。

昨年は、京都国立近代美術館で河井寛次郎の回顧展をみてきました。
また、濱田庄司と2回(益子、京都の大山崎山荘美術館)縁がありま
したし、岡本太郎記念展でも、魯山人のびっくりするくらい大きな鉢に
出会いました。今年は富本憲吉の回顧展(9/23~12/3、茨城県陶
芸美術館)がありますので、またクルマを走らせようと思ってます。

投稿: いづつや | 2006.01.27 11:55

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