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2005.12.31

洛中洛外図屏風(舟木本)の踊り

260今年最後のブログは大変気に入っている踊りの絵で締めくくりたい。12/6から東博平常展に展示してある“洛中洛外図屏風”(拙ブログ12/9,来年1/15まで)を4回も見た。

それは一つは購入したパスポート券(3000円)、もう一つは奥平俊六著の解説本“洛中洛外図舟木本”(小学館、01年4月)のせい。

パスポート券だと平常展は無料なので、つい上野に足が向かう。Takさんやおけ
はざまさんから聞いてたのだから、もっと早く購入しておけばよかったと今頃悔やん
でいる。刊行された年に手に入れた解説本が今、フル回転で役立っている。
この本は、六曲一双の屏風に出てくる人々の姿を色々ピックアップし、吹き出しの
せりふまでつけ面白人物図鑑のように編集してくれてるので、読んでて楽しい。
とくに艶っぽい情景をみるとついニヤニヤしてしまう。

で、折角本物と向き合ってるのだから、この本に出てくる場面と人物を全部確認し
ようと単眼鏡でつぶしているうち2回、3回。。と回を重ねてしまった。大半は“右隻
6扇下”とかが書いてあるのですぐ見つけられたが、吹き出しがついてる人物にはこ
の注がついてないので手間取った。実際これを実行された人なら(あまりいない
だろうが)、多くの場面の中からピンポイントで該当する人物を見つけるのは大変だと
いうことがわかるはず。2回目のとき、ボランティアの方が“熱心ですね、何かお聞きに
なりたいことがあればお答えしますよ”と親切にも声をかけてくださったので、渡りに
舟とばかりにどうしても見つからない座頭を一緒に探してもらったが、この方もわか
らず、次回へ持ち越すことになった。

家に帰り、このことを隣の方に話すと“最初にあれだけ見たんだから、ポイントの場面
だけでいいではないですか。どうでもいいことにこだわってるのですね”と呆れられた。
確かに傍からみると、そうかもしれない。でも、次回の展示は3,4年先だろうから、
なんとしても見ておきたい。結局、単眼鏡を頼りに4回通って、全部クリアした。お陰で
この洛中洛外図は細かい描写を含めて相当詳しくなった。

中でも行く度にしっかり楽しんだのが右隻に見られる踊りや歌舞伎舞台の場面。とく
にダイナミックな体の動きや顔の表情から踊りを心底楽しんでいる様子が伝わっ
てくるのが、“五条大橋”の上で桜花を手に、老若男女が入り乱れて踊り渡る場面と、
右の“六条三筋町遊里”の一角で笹や菖蒲、牡丹をもち体を左右に傾けながら踊っ
ている女たち。また、着ている衣装の繊細な文様や鮮やかな色の組み合わせは、
装飾性豊かな日本の工芸美を受け継いでおり、都市文化における意匠感覚や美
意識の高さを窺がわせる。

今年は風俗画の名作をみる機会に恵まれた。年初の山口蓬春記念館でみた“十二ヶ
月風俗図”、MOAの岩佐又兵衛作、“浄瑠璃物語絵巻”、念願の“上杉本の洛中洛外
図”、そしてそれこそ隅から隅までみた“舟木本”。日本画の中では水墨画、絵巻、
仏画などと較べて風俗画の代表作をまだ沢山見残しているので、来年はピッチを上げ
ようと思っている。風俗画の原点である洛中洛外図屏風の代表作を時間をかけてみた
ので、これからは今年以上に風俗画が楽しめるような気がする。

今年一年、拙ブログにお付き合い頂きまして誠に有難うございます。皆様、よいお年
をお迎え下さい。

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2005.12.30

華麗なる吉田屋展

259今年最後となる展覧会を見に、銀座松屋に出かけた。開催を半年くらい前、新聞紙上で知り、心待ちにしていたのが今日からはじまった“古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展”(来年1/16まで)。

緑、黄、紫、紺青が鮮やかな古九谷様式の色絵磁器に深く傾倒し、今では陶磁器鑑賞の楽しみの一つになっている。最近では昨年9月、出光美術館の“古九谷展”に出てた大皿が目に焼きついている。

その古九谷を再興したものが“吉田屋”といわれる色絵磁器で、現在でも古九谷同様、
愛好者は多い。石川県の加賀市にある石川県九谷焼美術館を開館(02年)直後に訪
ねたので、吉田屋の作風はすこしは頭に入ってる。でも、そのときは古九谷様式の方を
一生懸命に観たので、吉田屋に対する感激度はそれほど高くはなかった。だが、今回
は吉田屋に焦点を当てたはじめての展覧会であり、しかも200点近くも観れるという
ので、朝からソワソワし、落ち着きが無かった。

17世紀中ごろの古九谷の場合、大皿が中心であるが、120年後の1824年に
再興された吉田屋は大皿だけでなく、生活を彩る器として平鉢や花鉢、さらに
茶碗、水指などの茶道具、香合など作品は多岐にわたっている。その多くは古九谷
の豊かな色彩を再現し、なかには古九谷をも上回る色彩や大胆なデザインで観る
者をハットさせるものもある。

右は一番魅せられた“鷺に柳図平鉢”。地の黄色、柳の幹の紫、鷺の緑がよく
出ているのと、余白をとり、鷺と柳を巧みに配置した構図に感心させられた。柳の細
い枝が右上から左にまわり、一部器から消えたあとまた、左上から垂れている。
このあたりのデザイン感覚は琳派の絵を見るようで味わい深い。他では、紫色をし
た伊勢海老の姿に惹きつけられる平鉢が2点でている。1点は出光美の所蔵で、
昨年の展覧会でお目にかかった。また、石川県立九谷焼美でもみた“百合図平鉢”
は館自慢の優品。百合の花の紫と紺青、葉の緑が鮮やかなので今でもよく覚え
ている。

大聖寺城下(現在の加賀市)の豪商、四代豊田伝右衛門が72歳のとき、陶工を
集めて、古九谷を再興した色鮮やかな吉田屋(伝右衛門の屋号が吉田屋だったの
でそう呼ばれる)は7年間窯で焼かれたが、伝右衛門の死とともに消える。が、その
技は加賀の地で受け継がれ、会場に展示されてる明治以降の初代徳田八十吉、
北大路魯山人、富本憲吉らの作品にも古九谷風の色彩や意匠がみられる。

期待値以上の優品揃いに圧倒された。忘れられない展覧会になりそう。なお、この
展覧会はこのあと次の所に巡回する。
・石川県立九谷焼美術館:06/1/28~3/26
・京都高島屋:4/5~4/17
・茨城県陶芸美術館:4/22~6/25
・名古屋松坂屋美術館:7/1~7/17

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2005.12.29

北大路魯山人と岡本家の人びと展

258川崎市岡本太郎美術館で“北大路魯山人と岡本家の人びと展”(06/1/9まで)が開催されてることは、“堂本尚郎展”をみるため訪問した世田谷美術館で偶然知った。

2階の平常展に稗田一穂らの日本画とともに北大路魯山人の陶器が沢山出ていた。贔屓にしている魯山人の作品がここにあるなんて予想だにしなかったので、胸はバクバク状態。

緑が目にしみる織部扇面体、赤の椿文が魅力的な鉢など30点ほどの優品に
大変満足して、帰ろうとしたとき、岡本太郎美術館の企画展のチラシが目に入り、
これが後日の生田緑地ドライブを後押しした。そして、ここで5月、横浜そごう美術
館でみた魯山人のコレクションを上回る素晴らしい陶器が待ってくれていた。美術
鑑賞には時々、こうした幸運の連鎖ある。

興奮気味に作品を見ているうち、なぜ世田谷美術館にチラシがあったのかがわ
かった。出品されてる107点のうち、51点が世田谷美の所蔵であった。調べてみ
ると、この陶磁器、書画、漆器はもとは世田谷在住で魯山人と交流のあった故
塩田岩治氏のコレクションで、夫人から寄贈されたものだった。全部で160点あま
りあるという。年に2回展示しており、それが12/24まであった平常展だった。

今年は5月(拙ブログ5/2)と6月(6/13)の2回、魯山人の作品に縁があった。
今回はそこでは観れなかったものすごく大きな鉢に出会った。右の“色絵雲錦文
大鉢”(世田谷美蔵)。桜と楓を意匠化した雲錦鉢は京焼の陶工仁阿弥道八が考案
したものだが、魯山人は同じ作風の尾形乾山の鉢に触発されて制作したらしい。
陶芸の目標である自然美を理想とした“雅美”を見事に表現している。京近美からも
魯山人本に載ってる“赤絵筋文皿”、“備前大鉢”などの代表作がでており、魯山人
の陶磁器としては予想以上の優品が集まっている。これほど質の高い陶磁器展
はなかなお目にかかれない。

北大路魯山人(1883~1959)は22歳から24歳まで、岡本太郎(1911~1996)
の祖父、書家の岡本可亭(1857~1919)の内弟子となり、岡本家に住み込み、
太郎の父、漫画家の一平(1886~1939)と一緒に過ごしている。岡本家とは一平、
妻で小説家のかの子(1889~1939)、太郎と三代にわたり交流を続けた魯山人は、
岡本太郎を自分の子供のように可愛がったという。

図録を読むとおもしろい話がいくつもでてくる。毒舌家で口の悪い魯山人と岡本太郎は
会うと最初はすぐ大喧嘩し、そのあとケロッとして酒を酌み交わしていたとか。身内の口
喧嘩はこんな感じ。また、岡本太郎が44歳のとき自宅で開いた実験茶会の際、送られ
てきた案内状の書をみて72歳の魯山人が絶賛したとか。。。

ビッグな二人の総合芸術家の作品を前にすると、気分は否が応でも昂揚する。大満足
の企画展であった。

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2005.12.28

ルーシー・リーの花生

25711月初旬、ホテルニューオータニ美術館で開催されていた“ルーシー・リー展”(9/10~11/20)を鑑賞したが、この女流陶芸家の作品に東近美・工芸館の人間国宝コーナーでまた出会った。

オーストリア生まれのルーシー・リー(1902~1995)が制作した陶磁器をみたのはニューオータニ美がはじめてで、東近美にルーシーがあったのは全く想定外。

海外の陶芸家はバーナード・リーチしか頭に入ってなく、ルーシー・リーという名前
も作品もこれまで縁がなかったのだが、10月に放映された新日曜美術館のアート
シーンで紹介されたのがトリガーになり、ルーシーの作品に巡り会った。人間国宝
のコーナーには花瓶、鉢、コーヒーセットなど8点あり、ニューオータニ美では花生、
鉢、テーブルウェア60点が出品されていた。

右はニューオータニにあった花生で、東近美にも似たような色をした小鉢がでている。
期待値がそれほどなく入場したのに、この“ピンクのスパイラル文花生”に大変魅了
された。長く陶磁器をみているが、形はともかく、こんなピンク色をした陶器はみた
ことがない。薄いピンク、茶のスパイラル文が実に美しい。この装飾性を抑えたシンプル
なフォルムと柔らかい色で表現されたモダンな作風がルーシー・リーの一番の魅力
ではなかろうか。

ウィーン分離派、ウィーン工房の影響を受け、シンプルな器を作っていたルーシー・リー
は1939年、イギリスに亡命し、バーナード・リーチに出会う。リーチは簡素で薄い
ルーシーの器はあまり気に入らなかったようであるが、自分の陶芸の知識や経験など
で彼女を最大限支援している。ルーシーはその頃、リーチ風のどっしりした分厚い
作品をつくっていたが、どうもしっくりいかなかったので、ドイツから亡命してきたハンス・
コパーの助言もあり、また薄く、高い高台の作品に戻っていく。

以後、ハンス・コパーと共同制作し、リーチの次の世代、モダニストを代表する作家と
して数々の作品を創作した。ハンス・コパーの面白い形をした作品が東近美に2点展示
してある。“キクラデス/スペード・フォーム”。03年と今年と2回、ルーシー・リー展を
開催したニュー・オータニは、次回、要望の多いハンス・コパーの展示を検討していると
のこと。“キクラデス・フォーム”だけでもこの陶芸家の大きさが窺がわれる。企画展を
期待して待ちたい。

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2005.12.27

バーナード・リーチの蛸図大皿

256東京国立近代美術館・工芸館で開かれている“近代工芸の百年展”(12/10~06/3/5)には名の通った陶芸家の名品が出品されてるが、常設の人間国宝のコーナーにバーナード・リーチのいい作品があった。

右の“蛸図大皿”。大皿の底面に存在感のある蛸の模様が力強く描かれている。これまでみたリーチの作品のなかでは、印象に残る一品である。

イギリス人陶芸家バーナード・リーチ(1887~1979)の陶器を多く所蔵して
るのは、民間では倉敷の大原美術館、渋谷の日本民藝館、京都の大山崎
山荘美術館、そして東近美・工芸館と京近美。ここ1年でみると、昨年10月に
日本民藝館で“バーナード・リーチとデイヴィッド・リーチ展”というのがあった。
デイヴィッドはバーナード・リーチの孫。

アサヒビールの初代社長山本為三郎のコレクションを公開している大山崎山荘
美にも河井寛次郎や濱田庄司とともにバーナード・リーチの作品が多くある。
濱田窯三代展のとき、その一部が展示してあった。館の図録に右の“蛸図大皿”
と同じガレナ釉でペリカンやグリフィンを描いた見事な大皿が掲載されている。
これらは来年2/15~5/14に開かれる“開館10周年記念展”に出品される
ので、また駆けつけようと思っている。民藝運動を支援した、大原孫三郎のリーチ
コレクションを観終わったので、ここの作品を鑑賞すればリーチは一段落する。

昔、ビデオ収録した日曜美術館のバーナード・リーチ特集でみると、この陶芸家は
ものすごく背が高い。長い足をまげて窮屈そうに轆轤を回していた。92歳まで生き、
日本語はぺらぺら。生まれたのは香港(1887)だが、出生直後に母を失い、日本
在住の祖父に引き取られ、京都や彦根で祖母に養育された。以来、死ぬまで
日本には13回来ている。

リーチの大きな業績は1920年、濱田庄司とともに祖国イギリスに赴き、イギリス
の伝統的な陶器スリップウェアを復興させたこと。“蛸図大皿”(1925)もその頃の
作品で、動物、植物、幾何学文などを生き生きと描いた魅力的な皿、鉢を数多く
制作している。

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2005.12.26

岡本太郎記念館

255昨日に続き、再度岡本太郎。生田緑地でみた岡本太郎の絵画や彫刻のインパクトが強すぎたのか、この際一気に太郎芸術に急接近しようと思い、南青山の岡本太郎記念館に足を運んだ。

よく訪問する根津美術館のすぐ近くにあるのに、迷宮美術館で紹介された8月まで知らなかった。それから間をおかず、根津美の企画展を見たついでに、ここへ寄ったのだが、生憎休館日で中に入れなく、庭に設置してあるオブジェを
チラッと見ただけだった。ここは多くの美術館と違い、なぜか火曜日が休みなので
注意が必要!

岡本太郎のアトリエがあった家が、1998年、岡本太郎記念館になり、絵画や
オブジェが一般に公開されている(3ヶ月ごとに展示替え)。展示の部屋は広くない
ので作品は多くないが、あのインパクトのある具象抽象画に会える。今回出てい
たのは館のパンフレットに使われてる右の“雷人”。なかなかいい絵。典型的な
具象抽象画かもしれない。

左の上にある大きな指をした手が印象的。もう一つの手は右のほうにある巨大な指
でイメージさせようとしているのであろう。手と較べて2本の足はちゃんと描いてある。
得意の太陽の姿をした白い顔の雷人が天に向かって“俺は雷人だぁー”と叫んで
るようにみえる。岡本の絵をみるならこの絵のようにパワーがあり、音や声が聞こえ
てくるようなのがいい。見る方もしゃきっとする。

この絵の前に、“午後の日”という名前の子供が頬づえをついたような黒いオブジェ
がある。アニメのキャラクターになれそうな可愛い顔をしており、心が和む。岡本太郎
の墓碑に使われてるらしいが、子供のような無垢な心を持ち、自由に物をみていた
アーティストなので、このオブジェはうってつけのように思われる。

庭には生田にあった“樹人”や大きな耳のような羽を広げる“鳥”などのオブジェが
互いに個性を主張していた。魂が宿り、この庭に集まり会話をしているようだ。これら
のオブジェや彫刻を見てると、時間が経つのも忘れてしまう。岡本芸術が人の心を
打つのは、自然のやさしさ、おおらかさ、神秘性や生き物の力強い生命力が作品に
表れてるからであろう。岡本太郎の作品にとりつかれてしまった。

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2005.12.25

川崎市岡本太郎美術館

254衛星放送BS2で岡本太郎の特集を見て以来、いつか川崎市岡本太郎美術館を訪ねようと思っていたが、最近行った美術館で同館が企画する“北大路魯山人と岡本家の人びと展”のチラシが偶然目に入った。

魯山人の陶器には常日頃興味を抱いており、一石二鳥のいい機会なので、出かけてみた。1999年に開館したこの美術館は川崎市生田緑地のなかにある。東名高速を利用すると(川崎ICから
約10分)、家からは40分くらいで着いた。ここへ電車やバスを乗り継いでくるのは
ちょっと辛いかもしれない。

駐車場から美術館までは1kmほど歩くが、あまり見たことの無い背の高い木々を
ぬけていくので、気分がいい。ここへ四季折々来るのも悪くないなと、まず周りの
自然環境に魅せられた。館の中は岡本太郎の作品を鑑賞するのに相応しい展示
空間になっている。はじめてなのでどこをどう通ったのかよく分からないが、普通
の美術館の見せ方とは明らかに違う。現代アートの革新者、岡本太郎が制作した
観る者をあっと驚かす絵画や彫刻を博覧会のテーマ館で見てるような感じである。

こういう遊び心の一杯つまった空間に身を置くと緊張感がとれ、岡本太郎が具象
抽象画で表現しようとしているイメージに少し近づけたような気になる。拙ブログ8/3
でとりあげた“森の掟”や今、修復中の大壁画“明日の神話”の原画をじっくり見た。
赤、黒、黄色などを使い、形がなんとなく残ってる対象物と太い線や円や三角の
幾何学的な模様で画面を構成したこれらの絵を見ていると、自然のもつ生命力や
これを脅かそうとする工業の暴力性、権力の非情さ、人間の運命を切り開く強さが
伝わってくる。

岡本太郎の真骨頂である伝統や既成の様式にとらわれない自由な表現が楽しめる
のが彫刻やオブジェ。デザインの面白い“座ることを拒否する椅子”、“ひもの椅子”、
奇妙な形をした“マスク”、右の樹と人が融合したイメージをもつ“樹人”など色々ある。
また、子供が作ったのかと錯覚する陶磁やレリーフなどの小品が楽しい。これらを
見ると岡本太郎は絵画という一つの枠には収まりきらない総合芸術家ということがよく
分かる。近代日本が生んだ超一級のアーティストである。

いい美術館が見つかった。幸い、家から時間もかからないので定期的に訪問しよう
と思う。

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2005.12.24

庄司紗矢香のブラームスバイオリン協奏曲

253本日未明、BS2で庄司紗矢香の演奏を聴いた。先週からNHK音楽祭を放送中で、最初が五嶋みどりで今週が庄司紗矢香。

16歳の史上最年少でパガニーニ国際バイオリンコンクールで優勝し、世界の注目をあびてからはや6年がたち、はにかみやの天才少女もいまや光輝く大人の演奏家へと成長。

これまで彼女の演奏で聴いたのはチャイコフスキー、ショスタコービッチ、シベリ
ウスのコンチェルト(拙ブログ04/12/15)。今回演じるのはブラームスで、東洋人の
血をひいてるのかと思わせるギルバート率いる北ドイツ放送響との共演。パガニー
ニコンクールで評価されたということはテクニックは超一流であることは誰もが認め
るところ。歴史に名を残すバイオリンの名手になれるかどうかは作曲家の曲想をよく
心に刻み、聴く人に強く訴えられる演奏を行うことが出来るかで決まる。

ブラームスが45歳のとき作曲したこのバイオリン協奏曲は交響曲のようなコンチェルト
で、ほかの曲と較べ、演奏がはじまってからソリストが弾きだすまでかなり間隔があく。
1楽章での聴かせどころである透明な美しい旋律を庄司はめりはりよく弾いている。
のびのびとした手の動きは演奏するのが楽しくてしょうがないという感じ。管弦楽の髭を
はやしたオーボエ奏者はかなりの名手。

歌のような旋律が心に響く2楽章はソリストの腕の見せどころ。ちょっと気になったの
はティンパニの音が大きいこと。しかも、どろん々している。よく聴くパールマンの演奏
ではオーケストラの音量は押さえ気味で、目をつむるとパールマンのバイオリンの
音色がまるで歌ってるように心地よく伝わってくる。庄司紗矢香の腕は確かでも管弦楽
との関係で演奏全体の印象が随分変る。最後に盛り上がる3楽章に入ると、ブラーム
スの魅力が全開。バックと庄司のバイオリン演奏が小気味よく掛け合い、こちらの
テンションも上がっていく。

演奏を終えた庄司紗矢香の顔はさわやかで、その表情からは自信のようなものが
窺がえる。まだ、二十代の前半なのにこれだけの演奏をし、観衆を魅了するのだから
すごい。また、あの笑顔に吸い込まれそうになり、拍手をしてしまった。五嶋みどりと
このバイオリニストの演奏だけは早く生で聴きたいと願っている。

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2005.12.23

小田和正のクリスマスの約束

252昨日、23:50からあったTBS番組“小田和正 クリスマスの約束・大好きな君に”を見た。

昨年も楽しんだが(拙ブログ12/28)、TBSは小田和正ともう4年もこの番組を制作しているという。今年はさいたま市の大きなコンサートホールでのライブだった。

昨年のようなTBSのスタジオでも小田和正の歌をじっくり聴けていいが、ホール
の端から端まで走って歌う小田和正と観客が一体になって盛り上がるのをみるの
もすごく気持ちがいい。コンサートがはじまってすぐ、思わぬハプニングが起こった。
小田和正はリハーサルでエネルギーを温存してなかったのか、2曲目の“ラブス
トーリーは突然に”で“皆さん、お待たせしました”と元気よく走り出したのはいいが、
途中で酸欠状態になり、歌のほうはメロメロ。

皆が一番聴きたがっているテンポのいい名曲だから手抜きするわけにもいかず、
相当きつかったと思われるが、観客にマイクを頻繁にさしむけて、息を整えていた。
“さよなら”になり、やっと本来の高音の響きが素晴らしい小田和正の歌声に戻っ
た。歌い終わったあと、“やっと普通の心拍数になりました”と苦笑い。

ビートルズの“LET IT BE”と短いクリスマスソングを聴いて、その英語の発音
の良さに驚いた。外国人を相手にコンサートをやると大うけするのではなかろうか。
小田和正は日本のクリストファー・クロス。素晴らしい高音の張りと甘い歌声で
80年代に一世を風靡したクリストファー・クロスは好きなシンガーの一人。なかで
も爽やかで美しいメロディーの“ニューヨーク・シティ・セレナーデ”を夢中になって
聴いた。小田和正が好きなのはなんといってクリストファー・クロスのように高音
の伸びが飛びぬけているから。

このコンサートで微笑ましかったのは子供たちと共演した“生まれ来る子供たち
のために”と“明日”。子供たちと一緒に歌うシーンはNHKのおはこと思っていたが、
流石TBS。純真そうな男の子や女の子を舞台に上げてくれた。オリンピックの
開幕・閉幕ショーを思わせる心温かい演出。また、この場面をみて、世界的なテノ
ール歌手、パヴァロッティが故郷、イタリアのモデナで99年開催した“パヴァロッティ
&フレンドコンサート”で、大勢の子供たちがリッキー・マーチンやマライヤ・キャリー
などと一緒に“ウイアーザワールド”を歌ってたのを思い出した。

スパイク・リーが監督をしたこのコンサートビデオはカメラワークが秀逸で、いろん
な角度から歌い手や観衆の表情や動きを美しく映像化していたが、小田和正の
コンサートでも沢山のカメラを使い、会場の熱気と観客の感動ぶりを捉えていた。
特に詩が素晴らしい“たしかなこと”になると、あちこちで涙を流す女性が映し出さ
れる。昨年、生命保険会社のCMに使われているこの曲をはじめて聴いたときは
いい歌だなと思ったが、今年はそれ以上に多くの人の心を揺すぶる名曲に感じられ
たのはこの映像のせいかもしれない。一緒に歌いたくなった。
       
      ♪雨上がりの空を見ていた 通り過ぎていく人の中で
       哀しみは絶えないから 小さな幸せに気づかないんだろ
       時を越えて君を愛せるか ほんとうに君を守れるか
       
       空を見て考えてた 君のために 今何ができるか
       忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
       そのために僕らは この場所で
       同じ風に吹かれて 同じ時を生きているんだ
       
       自分のことを大切にして
       誰かのこと そっと想うみたいに
       切ないとき ひとりでいないで
       遠く 遠く離れていかないで
       疑うより信じていたい たとえ心の傷は消えなくても

       なくしたものを探しにいこう
       いつか いつの日か見つかるはず
       いちばん大切なことは 特別なことではなく
       ありふれた日々の中で 君を
       今の気持ちのままで 見つめていること

       君にまだ言葉にして 伝えてないことがあるんだ
       それはずっと出会った日から
       君を愛しているということ
       
       君は空を見てるか 風の音を聞いてるか
       もう二度とこゝへは戻れない
       でもそれを哀しいと 決して思わないで
       いちばん大切なことは 特別なことではなく
       ありふれた日々の中で 君を
       今の気持ちのまゝで 見つめていること
       
       忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
       そのために僕らは この場所で
       同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ
       どんな時も きっとそばにいるから

今回のコンサートの録画で小田和正の保存版ビデオが出来た。年末までは
これを聴きながら、今年の出来事をあれこれと振り返ろう。

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2005.12.22

稗田一穂の豹のいる風景

251先頃あった山本丘人展で感銘を受けた日本画家、稗田一穂(ひえだかずほ)の非常に変わった絵を世田谷美術館でみた。

世田谷には多くの画家、文人が住んでおり、稗田一穂のアトリエも成城にある。それでこの美術館に稗田一穂の作品があるのだろう。

企画展をみるためここに来ることは何回かあったが、所蔵品には縁がなかった。
“堂本尚郎展”を鑑賞したあと時間があったので、2階に上がって平常展(12/24
まで)をみた。ここの所蔵品はてっきり洋画ばかりと思ってたのに、淡い色調が特徴
の吉田善彦とか日本美術院の同人、郷倉和子、稗田一穂、加倉井和夫、今年亡
くなった上野泰郎の日本画があった。山本丘人を師と仰いだ稗田一穂と上田泰郎の
作品は練馬区立美術館に2度も足を運んだので、画風が頭によく残っている。が、
稗田一穂(1920~)の若い頃の絵に驚いた。

右の“豹のいる風景”は稗田、32歳のときの作品。近代西洋画が好きな人なら、
これが誰の絵に似ているかはすぐわかる。そう、アンリ・ルソー。ありゃりゃ。。
日本画家の描く絵がなんでルソーなの?という感じである。96年、ここであった回顧
展の図録の表紙にこの絵が使われている。練馬区立美でみた画風とあまりにも
違いすぎてるので頭がくらくらした。

図録をみると、稗田は40歳くらいまで、熱心に鷹、カラス、鶴など鳥の絵を描いて
いる。加山又造の初期の作品にでてくるカラスや狼の表現方法とどことなく似ている。
そのなかで異彩を放っているのが、鳥を脇役にして手前に黄色い豹を横から大きく描
いたこの絵。ルソーのように豹がいるのは熱帯のジャングルでは無いが、豹のまわり
で木にとまったり、飛んでいるのは色が鮮やかな南方系の鳥。油絵のように写実的に
表現するのは日本画の材料、岩絵具では限界があるのに、明るい色調でルソー風
の雰囲気をよく出している。

後に水墨画の傑作、龍の出てくる那智の滝を描いた画家にこんな豹の絵があった。
画風をぱっぱと変えていくのが画才のある人の歩む道。思わぬところで忘れられそうに
無い面白い絵を見た。

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2005.12.21

コレクター芝川照吉と岸田劉生

250現在、渋谷区立松涛美術館で行われている展覧会から近代日本における美術品コレクター、パトロンに関する興味深い情報を得た。

“幻の芝川照吉コレクション展”(06/1/29まで)の図録にここの美術館の学芸員がコンパクトにまとめた芝川照吉を含むコレクター、パトロン物語が掲載されている。

この論考をざっと読むと日本の才能ある洋画家、日本画家、陶芸家をどの企業家、
資産家が支援し、その作品をコレクションしてきたかがわかる。財閥系の鈍翁
益田孝(三井)、住友吉左衛門(住友)、岩崎弥之助(三菱)、原三渓、細川護立、
松方幸次郎、大原孫三郎、石橋正二郎、薩摩治郎八、井上房一郎、芝川照吉らコレ
クター、あるいはパトロンとして名の通った人はおおよそカバーしている。

コレクターのなかにはただ財力があるだけで陰の美術指南役のアドバイスのまま作品
を購入した人もいようが、美術品を愛し、高い審美眼で才能豊かな画家や陶芸家
を見つけ、支援してきた企業家、資産家は数知れない。明治から大正にかけて毛織
物貿易で財をなした芝川照吉(1871~1923)は事業への情熱よりは芸能、芸術へ
の関心が高かったらしく、芸術家や文人、文化人との交流を深め、絵画、陶器などを
約千点コレクションしてたという。が、芝川の死後、そのコレクションは関東大震災
にあうなどしてほとんどが散逸してしまったようだ。

今回、この美術館は現在、そのコレクションの一部を所蔵する各地の美術館や個人
から集め、往時の姿を再現している。HPでみた青木繁と岸田劉生の作品に期待を
寄せて入館したが、いい絵がいくつもあるのでびっくりした。東近美やブリジストン美で
よくみる青木繁の“運命”、“光明皇后”はもとは芝川コレクションだった。好きな絵、
“女の顔”(個人蔵)にまた会えた。浅井忠の代表作、“縫物”(ブリジストン蔵)もある。

圧巻は岸田劉生のコレクション。芝川は岸田劉生を支援し、40数点持っていたという。
東近美にある有名な“壷の上に林檎が載って在る”や水彩の名作、“麗子座像”(メナ
ード美)に魅せられる。一番心を揺すぶられたのが右の“静物”。前々から劉生が描く
静物画は対象物に実在感あり、上手いなと思っていたが、この絵の素晴らしさはセザン
ヌ級。テーブルクロスの青が光輝いている。出品作の事前情報が無く、普通の心拍数
で訪問したが、この“静物”に大きな衝撃を受けた。

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2005.12.20

東郷青児と広告デザイン展

249日本人が描く洋画にはあまり関心がないので、これまで洋画家の展覧会に足を運んだのは限られている。

東近美の平常展に展示されてる作品はだいたい観ているので、明治以降の画家の代表作は知っているが、一人々の画業には詳しくない。

そのなかで、東郷青児という画家だけはなぜか、青木、岸田、梅原、安井、須田、香月と同じくらい親近感がある。それは、
あのマネキンの質感をもった少女マンガの原点みたいな画風が右脳に強く刷り
込まれているからかもしれない。だが、東郷青児の絵をまとまった形でみたのは今、
損保ジャパン美術館で開催中の“東郷青児と広告デザイン展”(12/17~06/
1/14)がはじめて。

画家のモノグラフは代表作を7割鑑賞しないと、読まないことにしているので、会場
に入るまで東郷青児の画歴についての情報は皆無。イタリアの未来派に刺激されて
描いた“コントラバスを弾く”という作品を昨年4月、東京芸大美であった“再考 
近代日本の絵画展”でみたが、これは東郷青児、18歳のときの作品。20歳を前
にして、誰よりも早くヨーロッパにおける新しい絵画の潮流に反応するのだから、
並みの才能ではない。会場にはキュビズム的な絵が2,3点あった。

洋画家の場合、画家として世間に認めてもらうのは大変。何をやってもピカソの真似
とか、ダリのシュルレアリスムのコピーとか言われる。東郷はこの○○風の路線
から離れて、画家としてはちょっと軽く見られそうな独自のマネキン風女性画を描い
たのが大当たり。こういうデザイン的な画風の絵はポスターやカレンダー、店の包装
紙など注文は沢山ある。もともと色彩感覚やデザインセンスは飛びぬけているので、
一気に東郷青児のアイデンティティーが確立された。

こうなると、作品に勢いがつき、おびただしいほどの女性画が生まれてくる。モダン
で気高い女性であったり、少女マンガの主人公のようであったり、静かで近づき難い
ほど清楚であったり。。。右の“四重奏”は特に魅せられた絵。女性の体の線はマニ
エリスムのS字状を連想させる。東郷は女性の足の指を描かないことが多いが、
ここでは指があり、ほかの絵に較べると少しだけ写実的。My女性画に入れたいもう
1点は頭にスカーフをつけた女性の横顔が魅力的な“望郷”。心をふわふわさせて
くれる展覧会であった。

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2005.12.19

近代工芸の百年展

138工芸の名がつく展覧会に出向くようになったのは、03年山口県立美術館で開催された“日本伝統工芸展50年記念展”から。

日本や中国の陶磁器は古いものから現代作家のものまで、だいぶ前から鑑賞しているが、ほかの金工や染織などの分野には疎かった。それが日本伝統工芸展で名品の数々をみて、工芸品全般に興味が広がってきた。

東近美工芸館ではじまった所蔵品による“近代工芸の百年展”(12/10~
06/3/5)も昨年に引き続き2回目の鑑賞。地下鉄竹橋駅からちょっと歩く
工芸館へは昨年から頻繁に通ってるので、陶磁器以外の作品に目が馴染ん
できた。美術鑑賞というのは英語のヒアリング力と同じで、鑑賞する時間や
回数があるところに達すると、作品への理解度がステップ関数的に増加する。
決してリニアな進展ではない。そうすると、今まで見えなかった細かいとこ
ろまで注意が回るようになり、作家の技や表現しようとしているイメージが
よく見えてくる。

今、その地点にたどりつけるようにと熱心に見ているのが着物の衣装や染織。
青海波や帆立舟の伝統的な文様が華やかに映える喜多川平朗作、“能衣
装唐織黒絵段”や細い光る金糸を使った現代感覚あふれる模様が目を惹く
中村勝馬の“友禅訪問着”に釘付けになった。

陶芸のコーナーには定番の名品が並んでいる。浜田庄司、河井寛次郎、
富本憲吉、板谷波山。そのなかに交じって、ルネ・ラリックのガラス作品、“馬の
頭のカーマスコット”があった。河井世代以降の陶芸家では、三代徳田八十吉が
制作した、幾何学的抽象のような正円の鉢と加守田章二の独特な波文の壷が
強く印象に残る。

オブジェで気に入ったのが八木一夫の“黒陶 環”と右の中島晴美作、“苦闘
する形態Ⅴー1”。どちらも存在感のある作品で、はじめて観た。八木の光沢の
ある黒いドーナツを思わせる輪は一部表面が剥げ、中のくにゃくにゃ曲がった太い
電線のようなものが見える。じっとみているとイサム・ノグチの作品が頭に浮か
んできた。

中島晴美という作家は全く知らない。つるつるに磨いたさんご礁のような陶器に
描かれた水玉模様をみて、最初、草間彌生の作品ではないかと思った。クサマに
最近、惹きこまれているので、こういう水玉模様の作品をみるとテンションが上
がる。ユニークなフォルムを思いついた中島晴美という作家は、ほかにどんな作品
を創作しているのだろうか。俄然興味が涌いてきた。

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2005.12.18

堂本尚郎展

247昨日から世田谷美術館ではじまった“堂本尚郎展”(06/2/12まで)をみてきた。

用賀駅から美術館行きのバスに乗るのが楽だが、このバスは途中、寄り道が多く、結構時間がかかる。降りるころになって、前回も同じことを感じたのを思い出した。

初日のせいかも知れないが、館内にあまり人はいない。アクセスの悪さを
割り引いても、抽象絵画の展覧会ではこのくらいが普通だろう。堂本尚郎の作品
はほとんど見たことがないので、期待半分、不安半分であった。が、観終わった
後は満足感で一杯。自分好みの抽象絵画だった。

現代絵画も含まれた過去の展覧会や東近美の図録をひっぱりだしてみたが、
堂本尚郎の絵はそれほど載ってない。日本ではあまり評価されてないのかなと
思ったりした。そんなことはないはず。こんな素晴らしい作品がこれほどあるのだか
ら。この展覧会の図録で堂本尚郎のこれまで開催された個展や回顧展の経緯を
レビューしてわかったのだが、京都国立近代美術館のような大きな美術館で回顧展
が開かれた(9/13~10/23)のははじめて。これは意外だった。フランスから文化
関連の勲章をもらってる画家でも、抽象絵画だと日本ではこれが現実なのだろうか。

同じく京近美で開催された須田国太郎展は東近美でも来年あるが、アトリエが世田谷
にある堂本尚郎の作品は縁の深い世田谷美術館での展示となった。日本画から洋画
に転向してからの堂本の出発点は厚塗りのマチエールを使ったアンフォルメル(不定
形抽象)の作品。画家の内面の感情を熱くカンヴァスにぶっつけたように、星雲や波を
イメージする形態が激しいタッチと強烈な色彩で描かれている。どのくらい絵具が盛り
上がってるのかと横から眺めていたら、注意されてしまった。今年はじめ、ブリジス
トン美でみたザオ・ウーキーの絵がこんなスタイルだった。

最も惹きつけられたのが右の“宇宙Ⅰ”(部分、1978)。堂本がNYに居たときの作品。
フォルムの細かさもさることながら、色彩感覚が素晴らしい。叔父の堂本印象同様、
尚郎も天性のカラリスト。パリからNYに移って、不定形のイメージから一転して、鮮や
かな色彩でシンプルなフォルムを丹念に斜めに連続させるすっきりとした画風に変る。
この絵では画面を正方形、円、三角形で3つに分割し、この枠のなかでは、背景で使っ
た胃袋のような形態の流れとは逆方向に色を黄色、赤に変えて連続させている。

以後の作品でも胃袋のような、あるいはひょうたんのような形が繰り返される構成に
変りはないが、リジッドさを緩くしたり、奥行き感をだすためフォルムの交差を複雑
にするなど色々なヴァリエーションを生み出している。03年に制作された“連鎖反応
ークロード・モネに捧げる”という最新ヴァージョンになると、基調の白とピンクの形を
連続して構成された秩序を意図的に乱すように緑の絵具を撥ねらせ、滴り落とし、
強いアクセントをつくっている。この不安定な感情表現は見る者には心地よい刺激。

夕方からはじまるレセプションのため会場に来られていた今年、77歳になる堂本尚郎
画伯と少しだけお話しをした。“京都の堂本印象館にある印象の作品にはザオ・ウー
キーの画風と似たのがありますね”と言うと、“最近のザオ・ウーキーはダメ、彼はよく
知っていて、僕より5歳くらい上ですが。。。画家もあんまり長く生きてるのはよくな
いね。”とおっしゃっていた。笑顔の素晴らしい気さくな画家であった。堂本一族には
縁がある。My好きな画家に即、登録した。

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2005.12.17

西安 デジタルシルクロードの都

246NHK番組、“新シルクロード”のテーマになっていた西安が12年前と大きく変ってるのに驚いた。

中国が現在、すごいスピードで変貌を遂げてることはTVのニュース報道で理解はしているが、実際訪れた都市の変貌ぶりを目の当たりにすると、頭でイメージしている以上の大改造が中国全土で進行しているのを実感する。

番組の冒頭で、三蔵法師がインドから持ち帰った経典を蔵する右の大雁塔の前
に今年誕生したという世界最大級の噴水を映していた。ライトアップされ高く吹き上
がる水で子供たちが楽しそうに遊んでいる。このあたりは昔とは随分違う。93年
の頃、街はこんなに綺麗でなく、高いビルは全く無かった。それが今は、至るところ
に現代的な高層ビルが林立している。

シルクロードの時代、西安はアフリカ、西域、インド、日本などから多くの人がやって
来て、情報、物の交流が盛んに行われた国際都市であった。西安市ではデジ
タル技術を駆使し、この街を再び世界の中心都市にしようとするデジタルシルクロード
プロジェクトが動き出している。いかにも中国らしい壮大な計画である。

盛時、国際都市の象徴であった市場があった場所が2年後には大規模なショッピング
ゾーンに生まれ変わるという。場所の確保は社会主義流で、設計・建設は先進国
と同じ自由主義経済の手法。この国では営業保障なんて要求する商売人はいない。
市の広報車が出て、スピーカーの音量を上げて“すぐに立ち退いて下さい!”とアナ
ウンスしている。これなら出来上がるのは速い。ラスヴェガスなど最先端のファッション
ストリートを参考にして、有名ブランドを沢山出店させ、08年の北京オリンピック
を見るため世界中からやってくる観光客や国内の高所得層の購買意欲を掻きたて
ようというのが基本的なコンセプト。

番組で知ったことだが、西安には多くの大学があり、大学城と言われている。この
ため、日本やアメリカのIT企業が北京や上海と較べて賃金の安い技術者と若い優秀
な頭脳を求めてぞくぞく西安に進出中。西安は内陸にあるため、発展が遅れてきた
が、永遠の都を取り戻そうと今、大きく動き出した。NEW西安を見てみたい。

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2005.12.16

世界遺産 ギリシャ・メテオラ

245昨日のNHKの番組、“探検ロマン、世界遺産”にギリシャにあるメテオラが紹介された。

ここは昨年10月に訪れ、まだ充分覚えているので、熱心に見た。奇岩で有名な観光地といえば、トルコのカッパドキアをすぐ思い浮かべるが、メテオラの人気も上昇中らしい。

こうした影響力の大きい番組で取り上げられると、天空にそそりたつ岩山の上に
建てられた修道院を一度この目で見てみたいと思う人がさらに増えるような気が
する。余談だが、2、3ヶ月前特集していた“世界遺産、ここに行きたいベスト30”
にメテオラは入ってなかった。因みに、一番行きたいところはペルーのマチュ
ピチュ。ここは探検ロマンで紹介されたのが効いて、一気にブレイクしたようだ。

観光慣れし、もう2ラウンド、3ラウンド目の世界旅行を楽しんでいる人は、TV等の
メディアで未開拓で素晴らしい感動の得られる場所を知ると、南米でも中国の奥地
でもどんどんでかけていく。ベスト10の中にはあまり知らない中国の地名やペト
ラ遺跡、ギアナ高地がランクインしていた。メテオラにも探検ロマン効果がでてくる
だろうか?

アテネからメテオラまではバスでおよそ5時間半くらいかかる。途中トイレ休憩が
2回あった。奇岩のふもとにあるカラバンカの町に夜着き、ここで一泊し、翌日が
メテオラ観光という日程。当日は雨が降り、霧が出てたので、残念ながら天空に突き
でた巨岩群の全貌をみることが出来なかったが、霧の合間に現れる奇妙な形を
した岩をしっかり目に焼き付けた。カッパドキアにあるキノコのような岩とは違い、ここ
のは高さもある峻険な岩々。そのそそりたつ岩山の頂上にギリシャ正教の修道院
がある。これが奇跡!!

6つある修道院のうち、観光客がバスで途中まで行け、そのあと階段を登ってたどり
つけるのは標高616mに建てられた右のメガロ・メテオロン修道院のみ。修道院の
建設にどれだけの月日がかかったのか、何人くらいの修道士が命を落としたのか等
を思い巡らしながら115段の階段を踏みしめていた。くたびれ果てるほどのことは
無い。あまり広くない教会内部にあるフレスコ画は一部が剥がれており、時の流れを
感じさせる。食事をする部屋に14世紀当時使われてたというテーブルが残っている。
ここで厳しい修行に明け暮れる修道士が質素な食事をとってたのだろう。

想像を絶する岩山に建てられたあの小さなギリシャ正教の教会を見たことは一生の
思い出となった。

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2005.12.15

若き速水御舟と今村紫紅

244ここ一ヶ月くらいの間で、速水御舟のいい絵2点にめぐり会った。MOAにあった“渓流”(12/24まで)と最近まで東博の1階に展示してあった“紙すき場”。

ともに画集に入ってる御舟の代表作であるが、Myカラーの緑と黄色が多く使われてることもあり、感激もひとしおであった。右の“紙すき場”(部分)は縦長の掛け軸(233cm×55cm)で、御舟、20歳のときの作品。新南画と呼ばれている。

畑に生えてる草花の緑や土の黄色と作業場の外に立てかけられた紙の白が
見事に溶け合い、見たままの田舎の風景をいかにも南画風らしく、新鮮な感性で
のびやかに描いている。31歳のころ、魂の入った細密な描写力で炎のなかを
飛び交う蛾を幻想的に描いた“炎舞”とは違い、画壇にデビューしたときの御舟は目
の前の自然を柔らかい線と細かい点を重ねて描く色彩画家であった。

このころ御舟の絵に大きな影響を与えたのが13歳年上の今村紫紅。東博には
紫紅の代表作中の代表作がある。“近江八景”と“熱国之巻”(ともに重文)。過去、
ここで2,3回みたことがあるが、見るたびに感動する。今年は2点ともでてきた。近代
日本画を代表する名画なので、これを鑑賞して同じような思いをした人がいるはず。

制作された時期は“近江八景”が1912年、“熱国之巻”が1914年。御舟の
“紙すき場”は“熱国之巻”と同じ年に描かれた。今村紫紅がインド旅行の成果
を絵巻にして描いた“熱国之巻”に見られる緑や黄色の温かい感じや点描風のリズ
ミカルな形の構成が“紙すき場”とよく似ている。

紫紅と御舟は他の仲間と共に新しい日本画をめざす絵画グループを結成し、2年間、
一緒に制作活動をするが、紫紅が35歳の若さで急死したため、御舟は独自の道
を進むことになる。12年ぶりにみた“紙すき場”で御舟の豊かな色彩感覚に感服する
と同時に、今村紫紅の画業の高さを再認識した。

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2005.12.14

損保ジャパン美術館のグランマ・モーゼス

243池口史子展を行ってた損保ジャパン東郷青児美術館ではいつもふたつの楽しみがある。

お目当ての企画展と常時飾られてるゴッホの名画、“ひまわり”、モーゼスおばあさんの絵。“ひまわり”は言わずと知れたゴッホの代表作。企画展で昂揚したテンションはこの絵の前でまた上昇するが、その隣にあるモーゼスおばあさんの素朴な絵を2,3点みてるうちに肩の力がぬけ、気持ちも静まってくる。

子供が描いたような絵であるが、なぜか心が和む。季節に合わせて作品を飾って
いるが、所蔵数はたしか20数点くらいだった思う。足を運ぶたびに購入する絵葉書
がかなり増えてきた。もう少しで済みマークになる。だいぶ前、ここではじめてモー
ゼスおばあさんの絵に接し、その画歴に驚いた。80歳のとき、絵がアメリカ中
に知れ渡り、国民的な関心を集めたという。今から65年前、1940年の頃である。
それから101歳で亡くなるまで描き続ける。そのパワーは驚異的。今年1月、Bunka
muraで開催された初の回顧展を鑑賞した人の多くはグランマ・モーゼスから勇気
と元気をもらったのではなかろうか。

右の絵は先日訪れたときに展示したあった“ワゥ!(止まれ!)”。98歳のときの
作品。あたり一面に積もった雪のなか、雪が降り止むのを待ってたように子供たちは
赤いそりで遊び、家の前では馬が勢いよく駆け回る。画面の上のほうには家が
あり、そこへ続く坂道を荷物を載せた2頭立ての馬車が登っていく。遠近法ではなく
手前の高台から見下ろすように描かれたアメリカの田舎の冬景色にしばし足が止
まる。アメリカの地方都市には縁が無いが、いちど見たケンタッキー州の牧場が
こんな感じだった。

アメリカではクリスマスシーズンになると、ブランマ・モーゼスの雪の絵が入ったカードが
良く売れるという。一般庶民にとって、カードに綴る愛情、思いやり、いたわりの心を
託すのに、モーゼスおばあさんの絵が一番ふさわしいのかもしれない。

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2005.12.13

横浜トリエンナーレの奈良美智

242横浜トリエンナーレ(12/18まで)はチラシに出ている紅白ストライプの三角旗が上手いインスタレーションだなと感心はするものの、作品を出品しているアーティストを全然知らないので、なかなか山下埠頭へ足が向かわなかった。

が、唯一作品をイメージできる奈良美智の絵が見れればと期待して入場した。3号上屋に入ってすぐ、面白い作品に出会った。粉ミルクの缶でつくられた一頭の牛がいる。その後ろにおかれている
5,6体の赤ちゃん人形は首しかない。ふつうなら、首だけの人形にギョッとするのだが、不思議なことに不気味な感じがしない。

真ん中あたりに展示してあった中国人アーティストの作品、つくりものの獅子の
毛は黄色ではなく、軍人が着る迷彩服の色。そして、獅子の背景に設置してある
板の壁一面は黒、濃い緑で描かれた模様でびっちり埋まっている。現代絵画の
場合、一つの色鮮やかな文様とかフォルムを作り、それを縦とか横に直線的あるい
は曲線的に繰り返し、画面を構成し、作家の思い描くテーマを表現することが
多い。具象作品ではなく、抽象絵画なので、フォルムの繰り返しがリズミカルで
あるとか、その数に圧倒されるとか、色彩のバランスがいいとかでないと美しさは
感じない。その点、この迷彩色を使った作品は何か心に響くものがあった。

お目当ての奈良美智のコーナーは3号上屋の一番先にあった。奈良美智のミニ
アトリエが再現されている。ここであの目の釣りあがった頭の大きな女の子が生ま
れた。可愛いが大人並みのふてぶてしさを持った女の子をはじめてみたとき、
すごく惹くつけられ、すぐさま奈良美智のファンになった。でも、作品をみた経験は
TVの番組と横浜美術館の平常展しかない。森美術館の開館記念展でも奈良の
作品はでていたが、アフガンの子供を撮った写真だった。

今回は油彩3点と使用済みの封筒やノートに描かれたドローイング20点あまりが
展示してある。その中で、はっとしたのが右の絵。小高い山の斜面が女の子の顔
になっている。いつもの釣りあがった目でなく、丸く可愛い目で前に浮かぶ白い雲を
眺めている。頭のてっぺんには小さな山小屋がみえる。奈良美智の描く女の子
はみんな目を釣り上げ、怒っているかと思っていたが、こんなあどけない顔をした子が
いた。もうひとつ驚いたのは、この絵がダリやマグリッドらシュルレアリストがよく使う
ダブルイメージになっていること。山と女の子の顔が重なっている。

ここで予想だにしなかったシュールな絵に会えたのは大収穫。奈良美智の作品を
もっと観たくなった。

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2005.12.12

東博地獄劇場

241東京国立博物館における来年5月くらいまでの展示スケジュールを眺めていて、ふと今日のタイトルを思いついた。

すでにこの地獄劇場の幕は現在の平常展から上がっており、一部の展示コーナーでは半年くらい大変怖い、おどろおどろしい場面が続く。別に劇場の支配人でも宣伝部長でもないが、一応ご案内しておきたい。

一幕:餓鬼草紙、十王像(12/25まで)
二幕:狩野一信作、五百羅漢図(06/2/14~3/26)
三幕:地獄草紙(3/14~4/9)
四幕:六道絵(3/28~5/7)

一幕は以下で少々詳しく。狩野一信の“五百羅漢図”は昨年10月に出版された
“別冊太陽 狩野派決定版”(平凡社)に載っている。かなり怖い仏画なので、
夜、暗くなって見ないほうがいいかもしれない。公開されることがほとんどなく、
寺の住職や専門家だけが見てた絵を天下の東博で展示するというのだから、
またとない機会である。

地獄草紙(国宝)は12年前、ここで見て以来。今でもよく記憶している罪人が燃え
上がる火に焼かれる場面をまた、じっくり見てみたい。拙ブログ11/2で取り上
げた六道絵は“最澄と天台の国宝展”のなかで展示される。そのときは、おけは
ざまさんに習って単眼鏡で細かい描写までとらえるつもり。

一幕に出ている“十王像”の初江王と宋帝王は大倉集古館にでてた狩野探幽の
絵(狩野派展、12/18まで)ほど痛々しくない。十王像はいろんなヴァージョンがある
ようで、これから迫力あるものに出くわすことを期待しよう。初江王で鬼がふりかざ
す剣は北斎展にあった“鐘馗図”とよく似ている。

右の“餓鬼草紙”(国宝)は昔、“地獄草紙”と一緒にみた。ガリガリに痩せているのに、
腹だけはぷっくり出ている餓鬼がうごめく薄気味悪い場面が目に焼きついている。
餓鬼草紙は生前、貪欲で物欲の激しかった者が堕ちる餓鬼道の世界を描いた絵巻。
餓鬼は飢えた死者のことで、人の目には見えない。ここにはいろいろな餓鬼がいる。
宴席の貴族たちに取り付く欲色餓鬼。肩に小さな餓鬼がいることも知らず、福々し
い顔をした貴族が琵琶を弾いている。常に人の排泄物をうかがう伺便餓鬼。

そして、死者が出るとすばやくやって来て、その死骸を喰う右の疾行餓鬼。生前、
病人に食物を施さず、みずから食した僧がこの餓鬼道に堕ちるとされる。左端では
棺桶の遺骸をブチの犬が食らいついており、その横で餓鬼が笑いながら骸骨を拾っ
ている。一番怖いのが白骨の傍に死んで横たわる女の赤くなった片目。目を会わ
せられないほど不気味。石を積み上げた塚があり、人骨が散らばっている。12世紀
後半の京都近郊の墓場はこんなだったのだろうか。

別の場面があと2,3出てくる。餓鬼道に堕ちないよう、物欲はほどほどにしたい。

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2005.12.11

山種美術館の日本の四季展

240今年の日本画の見納めとして、“日本の四季・雪月花展”を開催中の山種美術館を訪れた。

年末、25日までが前期で、年が明けて1/5~22が後期となっている。作品数は通期の展示が19点、前期だけが20点(プラス歌川広重の浮世絵11点)、後期24点(浮世絵3点)。

日本画では馴染みの画題である“雪月花”にちなんだ名作が所狭しと飾られて
いる。中でも心を打たれるのがこれから本格的になる雪の景色を描いた作品。
名作が揃っている。江戸琳派の酒井抱一作、“飛雪白鷺図”は飛翔する一羽と、
水になかにいる白鷺を対比させ、その間に草と降り注ぐ白い雪を描く構図が秀逸。
白がこれほど綺麗にでるのは最上質の胡粉を用いているからであろう。

雪がたっぷり積もった竹の笹とその後ろに隠れるようにいる鳩を描いた上村松篁の
“竹雪”も美しい雪景色を表現した傑作。川合玉堂にもいい雪の絵がある。“湖畔
暮雪”と“雪志末久湖畔”。特に“湖畔暮雪”がいい。川合玉堂の絵をみると、いつ
も日本の雪はこんな風だなあーと心が和む。歌川広重と川合玉堂の絵ほど冬の
情景を感じさせてくれるものはない。小野竹喬の“冬樹”にみられる鮮やかな色彩
に心が揺すぶられる。赤と黄色で表された枯れ木が白い雲が浮かぶ青い空を背景
に凛として立っている。この絵はカラリスト、小野竹喬の代表作になっている。

今年もまた東山魁夷作、右の“年暮る”に出会った。何度観ても深い感動を覚える
名画である。近代日本画のなかで、冬の風景画としては最高の絵ではなかろうか。
年暮れる京都の街にしんしんと雪が降っている。画面一杯に描かれた雪の表現は
映画の一シーンをみてるよう。家の外はとても寒そうで、人一人いない。

魁夷の絵の多くは日本ではあまり対象にされなかった高原や北欧の風景を持ち色の
青で描いた作品であって、こうした街並みを俯瞰の構図で描いた風景画は珍しい。その
数少ない絵の一枚がこの絵。冬になると思い出され、感情移入できるこの“年暮る”
をみるたびに絵画のもってる大きな力を感じざるを得ない。

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2005.12.10

キアロスクーロ展

239美術作品はなるべく幅広く鑑賞しようと考えているが、初物というのはどうしても優先順位が低くなる。

北斎展をやっていた東博に行く度、途中、前を通る国立西洋美術館の“キアロスクーロ展”(12/11まで)の看板が目に入り、観ようかパスしようか迷っていた。

そんなとき、朝日新聞の文化欄に右の“ディオゲネス”の鑑賞記が載り、この
多色刷り木版画の原画はマニエリスト、パルミジャニーノによって描かれたことを
知った。パルミジャニーノの絵には魅せられているので、急に興味が涌き、
入館してみた。

西洋の白黒版画で好きなのは、ショーンガウアー、デューラー、レンブラント、
ゴーギャン、ムンクの作品。ゴッホやピカソにもいくつかいいのがある。色つきの
特○はロートレックとミュシャ。白黒で一番衝撃を受けたのが04年にあった
大英博物館展でみたデューラー作、“騎士と死と悪魔”および“メランコリア”。
画集に必ず掲載されてるこのデューラー版画の傑作を唖然として観たのを今で
も鮮明に覚えている。美術鑑賞歴のなかではエポック的な体験だった。

今回出品されてる多色木版画(キアロスクーロ)はこれまで観たことが無い。
浮世絵の多色刷りは日本人なら誰もが親しんでいるが、ルネサンスやバロック
時代の色つき版画については全くNO情報。多色木版画では輪郭線を出す版と
彩色する版をいくつか使い、あるいは色を出す版を重ねて作品を仕上げる。
右の“ディオゲネス”の場合、緑系統の4つの版を使い、色味の違いで立体感を
出し、ミケランジェロ風の彫刻的な人物を描いている。カルビが制作したこの
キアロスクーロが全体の中ではとびぬけていい。

こんな木版画がルネサンス、バロック期にドイツやイタリア、フランドル、オランダ、
フランスでつくられてたのを知ったのが収穫である。そして、ギリシャ神話好き
としては、おなじみのヘラクレス、ウェヌス、クピトなど神話の主人公を登場さ
せてくれたのも有難かった。版画は書物に記述された話を視覚化してくれる貴
重な媒体で、描かれた人物の線や構成は粗くても、取り上げられた題材はい
ただきである。また、図録の隣にあった“西洋版画の見かた”(国立西洋美)と
いうコンパクトなハウツー冊子が手に入ったのも良かった。

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2005.12.09

洛中洛外図屏風(舟木本)

238東博の平常展に12/6から“洛中洛外図・舟木本”(重文)が登場した。展示は来年の1/15まで。

洛中洛外図の舟木本に関するいい本が出ている。奥平俊六著“洛中洛外図・舟木本”(アートセレクション、小学館、01年4月)。この本を既に手に入れ、京の名所や人々の日常の仕事や遊興ぶりが描かれた場面の拡大写真と解説文を楽しんでいたが、本物の屏風を見る機会が無く、公開の時を待っていた。

11月初旬に見た狩野永徳作の国宝上杉本(拙ブログ11/9)の記憶がまだ残って
るうちに、続けて舟木本(重文)を観れたのは大変ラッキー。上杉本同様、隅から隅ま
で徹底的に鑑賞しようと、単眼鏡と解説本を携えて出かけた。

上杉本が制作されたのが1560年代のはじめ。この舟木本はその50年くらい後の
1610年代の半ばに描かれたと言われている。六曲一双で、大きさは上杉本とほぼ
同じくらい。画質は上杉本と較べるとだいぶ暗い。上杉本が超良すぎるのかもしれ
ないが、予想と違い勝手が狂った。解説本にある写真はかなりライトアップして撮影
したものであろう。こんなにはっきりは見えない。早速、単眼鏡が役に立った。

舟木本の見所は生き生きとした人物表現。それもそのはず、この屏風は岩佐又兵衛
工房の制作。千葉市美術館やMOAであった岩佐又兵衛展(拙ブログ3/20)でみたようなリアルな顔の表現やでダイナミックな体の動きが随所に出てくる。そしてド派手な
装束や演出を描かせたらもう奇想の絵師、岩佐又兵衛の独壇場。

その極め付けが右の“寺町通 祇園祭礼”。群集であふれるなか、巨大な母衣(ほろ)
の飾りをつけた武者が3人行進している。母衣は本来は戦場で流れ矢を防ぐための
ものだが、祭りでは人々があっと驚くほど大きて派手。単眼鏡でみると、縦にいくつも
縫い合わされた赤や緑、橙色の地が鮮やかで、綺麗な文様が緻密に描かれている。
これは凄い。昨年、岩佐又兵衛が描く絵巻で一番感動した武者や女官の装束も
こんな感じだった。

この洛中洛外図では店先や遊里の一角など至るところで男が女に抱きついたり、
恋を仕掛けようとする場面がでてくる。風俗画はこうでなくっちゃあと思わず口元がほ
ころぶ。昔から生臭坊主はいる。東寺の境内で僧侶が熱心に読経しているが、その
傍らで坊主が女を後ろから抱きすくめる。扇屋には美人が多かったらしく、両替屋
の店先から男が女に声をかけている。参詣人で賑わう大仏門前はナンパのメッカで、
女を誘おうとして男二人がひそひそ話中。。。

エネルギッシュな祭り、僧と武士の喧嘩など騒がしい場面があり、通りの真ん中で
いい女をみつけようと躍起になっている若い男がでてきたり、農民が田畑で働くところ
や職人の技を描いたのもある。舟木本が観る物を惹きつけるのはリアルで人間臭
い描写がふんだんにでてくるからだろう。十二分に堪能した。

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2005.12.08

池口史子展

237時々、展覧会が自分を呼んでいるような気がするときがある。そういう時はいい作品が出てることが多い。

すべり込みセーフで鑑賞してきた池口史子(いけぐちちかこ)の回顧展(損保ジャパン東郷青児美術館、12/11まで)で大きな感動を味わった。

展覧会に導いてくれたのがチラシに載ってる右の“ワイン色のセーター”に描かれてる女性。この美術館の大賞を受賞した
作品らしい。画家は全く知らない。チラシを最初に見たとき、日本人画家が描いた
とは思えなかった。まず、頭に浮かんだのがホッパーの絵。ホッパーの作品を
観た経験は少ないが、手元の画集にある女性を描いた室内画と雰囲気が似ている。

それにしてもこの絵はなかなか魅力的。半開きにした窓辺に立ちこちらを向いてる
金髪の女性は、物静かな女性のように見えるが、何か訴えてるようでもある。
顔の右側から光が射し込み、顔半分とワインカラーのセーターの前の部分が明るく
輝いている。画面では黄色が多く使われ、淡い色調なので、セーターのワインカラー
が目に焼きつく。My女性画の一枚に加えたい名画である。

池口史子は1943年の生まれで、今年62歳。初期の頃の作品から飾られているが、
00年以降に制作された作品がリファインされ、絵としての完成度が増してる。それ
以前に描かれたアメリカの町の風景画では、建物や貨物列車などの対象物は大抵、
右か左に少し曲がっている。不安定感のある対象物で都市のもつ孤独感や冷ややか
さを画家は表現したかったのかもしれないが、最近描かれた絵では建物はちゃんと
立ち、色彩もカラフルで明るい。寂寥感の漂う現代都市やどこか寂しそうな気分を感じ
させる女性をしっかり捉えた絵は、ホッパー風だが、明るさ、暖かさの分量が多くなっ
てきた感じがする。

“ワイン色のセーター”のほかにも女性を描いたいい室内画がいくつもあり、大きな満足
が得られた。これからこの画家の作品に注目していきたい。後で知ったのだが、池口
史子は作家堺屋太一の奥さん。これはトリビアの泉だった。

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2005.12.07

王子江個展

23611/27の拙ブログ“王子江水墨画展”にコメントをして頂いたじゅんさんから王子江(おうすこう)さんの個展に関する有難い情報を教えてもらったので、12/2と本日、2回会場に足を運んだ。

個展が行われているのは銀座3丁目美術会館1F、ギャラリー青羅(Tel:03-3542-3473)。王子江さんは毎日、ずっとおられて来場者と応対されている(会期は10日まで)。

NHKの番組でも感じたが、実際にお会いし、話をしてみても、この中国人画家
は人間として本当に素晴らしい人だった。初対面なのに、いろいろ絵のことをし
ゃべって頂いた。その言葉の端々に豊かな人間性がでている。なぜ、2度も
でかけたかというと、先頃丸善で買った王さんの画集2冊にサインをしてもらうた
めと、隣の方にも新作を見せたかったから。

千客万来なので、王さんからそんなに長くはお話しを聞けなかったが、いく
つか貴重な情報を入手した。その一つは水墨画の大作、“雄原大地”(2m×
100m)が公開されてる茂原市立美術館(12/18まで)に王さんは16日
行くことになっているらしい。なんでも“雄原大地”をみるツアーが組まれており、
大勢の人が参加するようで、その関係で茂原を訪れるとのこと。時間は分から
ないが、会場で王さんが絵の説明をするのかもしれない。→詳しいことは美術
館で(Tel:0475-26-2131)

もう一つは、08年は王さんが日本に来て20年の節目の年なので、上野の
森美術館で回顧展をやることが決まっているとのこと。これは一番望んでいた
ことで、今から開幕が待ち遠しい。

この個展では20点くらいの絵が値段つきで飾られている。ギャラリー青羅でこ
の時期、もう10年開催してるそうだ。墨絵のものと墨彩絵がある。風景画が多い
が、日本の祭り、中国の屋外食堂の様子、トルコの繁華街など人物を描いた
ものもある。右はお気に入りの一つ、“水郷印象”。既に買い手がついている。
江南地方の水郷地帯だろうが、巧みな構図と印象派の絵を思わせる光の表現が
素晴らしい。ロマンティックな趣のする水郷風景である。まだこの地方を訪問
したことがないが、きっとこの絵の通り、深い情趣を味わえるところなのだろう。

来年から、桂林や蘇州など水墨画の世界を楽しもうと計画しているが、王さんの
風景画の傑作に接してますますその気になってきた。

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2005.12.06

華麗なるマイセン磁器展

235東京都庭園美術館では現在、“華麗なるマイセン磁器展”(06/1/22まで)が開催されている。

この美術館は過去、アンソール展のとき訪れただけであまり馴染みが無い。今回はJR目黒駅から行ってみたが、10分くらいで着いた。

マイセン磁器をみる機会が普段あまりないので、200点近くが出品されるこの展覧会への興味は高かった。売り物と
してのマイセン展は日本橋三越などでみたことがあるが、まとまったコレクション
を鑑賞したのは広島県にあるウッドワン美術館しかない。

2年前の中欧ツアーでマイセンの町を訪れ、マイセン磁器の製作所で作品が出来
る工程や彫像や食器類をみて、目が少し慣れていたので、ウッドワンにある色鮮や
かな壷の前では、推定購入価格を想定したりした。この大瓶はおよそ3000万円
くらいかな。。ここのは全部合計すると○○億円は下らない。。勝手に俄か鑑定人に
なっていた。余談だが、ここはアールヌーボー作家、ガレの素晴らしいガラス作品
を何点も所蔵している。

“華麗なるマイセン磁器展”では、ベットガーによって欧州ではじめて白い磁器がつく
られた1709年以降の作品から20世紀はじめまでのマイセン磁器の名品が飾ら
れている。日本にあるマイセン磁器コレクションでは数、質ともにトップクラスという。
“柿右衛門の写し”、“猿の人形”、“彫像”、“カップ&ソーサー”、“装飾鏡”、“シャン
デリア”など小さな置物から豪華で見栄えのする作品まで色々ある。これらが展示
されてる部屋がまた洒落ているので、王侯貴族の館で鑑賞している気分になる。

右は1735~45年頃つくられた柿右衛門様式をアレンジした“色絵獅子昆虫花鳥
図”。東洋の鳥や動物の文様にまだ慣れてないためか、見込みに描かれた獅子や
鶴はわれわれが知る姿態とはかなり違う。獅子には翼がある。ドイツでは“朝鮮
の有翼の獅子”とか“緑の獅子”というらしい。意匠的には、縁のレリーフが欧州独
自のフォルムで東洋とヨーロッパのデザインが組み合わさった皿になっているが、
見込みの昆虫・花鳥、鶴、獅子、縁の蝶や花はともに三角形のように配置さ
れており、やはりあちら風。

柿右衛門の写し以降はバロック、ロココ、新古典主義の作風を取り込み、マイセン磁器
は黄金時代を迎える。磁器の人形やギリシャ神話を題材にした壷や瓶の優品が
所狭しと並んでいる。人物像の白の磁肌に描かれた美しい紫、黄色、薄ピンク、緑
の衣装にしばしうっとり。タイトル通り、華麗なるマイセン磁器の数々であった。


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2005.12.05

俵屋宗達の鹿図

234MOA美術館の現在の展示は豪華3点セット。近代日本画と歌川広重の東海道五十三次と琳派作品(すべて所蔵品で,会期は12/24まで)。

11/27に出かけたときは近代日本美術展だけが頭にあり、前日チェックしたHPに琳派作品と東海道五十三次のことが掲載されてなかったので、館に入って、いきなり、尾形光琳や俵屋宗達の絵画、尾形乾山の陶器に会い、びっくりした。前菜が主食になった感じで、夢中に
なって観た。

宗達の立派な掛け軸が6点ある。大きな琳派展でもないかぎり、宗達の作品
をまとめてみる機会はそうないのに、ここでは“どうぞ観て下さい。今回はこんな
作品です”とばかりに飾ってある。描かれてるのは兎、烏、鷺、鴨、軍鶏、そし
て古代中国の武将。墨の濃淡とたらし込みで鳥を生き生きと描いている。鴨図は
逸翁美術館でみたのと同様、頭の部分は黒い。

本阿弥光悦との合作、右の“鹿下絵新古今集和歌巻断簡”も心に残る名作。
これは本阿弥光悦が書を、宗達が絵を描いた作品では人気の高いもの。鹿ば
かり金銀泥で描かれた下絵の上に、“新古今和歌集”から選ばれた秋の歌28
首が散らし書きされている。余白をたっぷりとり、3匹の鹿が宗達画の特徴で
ある円弧をつかって描れている。拙ブログ3/30で取り上げた平家納経・見返し
の鹿と較べると、こちらは輪郭線だけで表現されてるが、その姿態や動作は
似ている。そして、下絵と見事に調和した光悦の装飾的な書が美しい。

この作品はもとは全長22メートルの巻物だったが、第二次大戦後に分断され、
後半部分をシアトル美術館が所蔵し、前半をMOAや五島美などが分蔵している。
シアトル美所蔵品は1994年、名古屋であった琳派展で鑑賞し、大変感動した
覚えがある。宗達の絵と光悦の書が美しく響きあった巻物で一番魅力的なのが、
昨年の琳派展(東近美)にも出品された京博所蔵の“鶴下絵三十六歌仙和
歌巻”(重文)。鶴の群れが海上を飛翔する場面が心を打つ。

会場には尾形光琳の名品、“佐野渡図”、“三布袋図”、“富士流水図”や乾山の
陶器の代表作、“色絵若松椿図枡鉢”、“銹絵染付梅花散文蓋物”もある。ここ
の琳派コレクションは一体どのくらいあるのだろう?毎回、違った作品が飾られ
ており、底知れない。ますますここへ通いたくなった。

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2005.12.04

川村記念美術館の尾形光琳

233先頃、“ゲルハルト・リヒター展”を鑑賞するため訪れた川村記念美術館で嬉しい展示があった。平常展に尾形光琳の屏風絵が飾ってあったのである。

ここには光琳の絵と長谷川等伯の代表作の一つ“烏鷺(うろ)図)”(重文)があることは前々から知っていたが、いつもは展示してないだろうと期待してなかった。が、その一つを幸運にも見ることができた。

ミュージアムショップで買った館の図録をみると、加山又造作の“円舞”という鶴
を描いたすごく魅力的な屏風絵も載っていた。どのくらいの数の日本画を所蔵して
るのかわからないが、平常展でひとつの部屋をこれらの展示にあてているの
だから、質のいい日本画がいくつもあるような気がする。図録にはなかったが、
鏑木清方のグッとくる美人画が光琳や橋本関雪の絵とともに並んでいた。ステラ
などの現代絵画だけでなく、日本画も求めて、平常展のためだけでもこの美術館
を訪問する価値があると思えてきた。

光琳の右の“柳に水鳥”は二曲一双の右隻部分。こじんまりとした屏風絵で、
右隻に春の頃の柳と鴛鴦、左隻に雪が枝に積もった柳と数羽の鴨が描かれている。
右と左で季節と水鳥の種類は違っているが、真ん中を横に流れる濃い群青色の
水流は連続している。たらし込みの技法が使われてる柳については、葉が落ち、
幹の表面や枝のところに雪が積もってる左隻と右隻の造形はあまり変らない。

だから、ぱっとみると、時間の推移が頭から消え、河には鴛鴦と鴨が一緒に泳い
でおり、2本の柳が適度な間隔で配置されてる絵と、早合点してしまう。そうでは
なくて、屏風のなかに春と冬の時間軸を入れているのである。“伴大納言絵巻”の
子供の喧嘩の場面に見られる“異時同図”の手法を使い、屏風を絵巻のように
見せている。酒井抱一が描いた、“四季花鳥図屏風”に似たような四季の表現が
でてくるが、季節ごとの場面は異なる。

この絵の水流は“紅白梅図”に描かれてるような文様化された光琳波ではない。
河の波を金泥で表し、丁寧に描かれた鴛鴦を遊ばせ、大和絵調の雅な雰囲気を醸
し出している。光琳ならではの装飾的な花鳥画である。“燕子花図”の単純明快
で意匠的な美しさとは別種の装飾美を楽しめる貴重な絵に巡り会え、大変
満足した。

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2005.12.03

久隅守景の賀茂競馬

232狩野派展の後期に展示される作品をみるため、また大倉集古館にでかけた。後期は12/18まで。

ホテルオークラの隣にある大倉集古館へは地下鉄虎ノ門駅で下車し、虎ノ門病院の前を通って行くのと、南北線の六本木一丁目駅で降り、泉屋博古館を横に見ながら行く方法があるが、どちらも坂を登っていく。

もっとも、六本木一丁目の場合、坂といってもエスカレーターが上まで動いている
ので、疲れることはない。所要時間は虎ノ門からが13分、一丁目からは10分
くらい。この美術館のコレクションは日本美術では質が高いので、見終わるまで
暫く定期的に訪問しようと思っている。8割くらい見たので、もうちょっとで済み
マークがつく。

後期の“狩野派展”のお目当ては、03年、島根県立美術館で一度見た、右の
久隅守景作、“賀茂競馬・宇治茶摘図”(重文)。六曲一双の大きな屏風絵に描かれ
た風俗画の傑作である。洛中洛外図には、京の名所や町衆や武家の日常生活
の営み、華やかな祭り、農村の仕事などがでてくるが、この屏風では初夏を彩る
京の風物詩として、右隻に宇治の茶摘の様子を、左隻に賀茂神社の競馬を描い
ている。

登場人物はそれほど多くない。女たちは茶摘に精を出したり、家の前にむしろを
敷き、何かを干したりしている。ふざけあっている子供たちもみえる。画面上下にあ
る山や家々は金雲(源氏雲)で所々覆われ、家や道、人物は柔らかい土色で表
現されている。実に落ち着いた風俗画である。賀茂神社で開かれる競馬を取り
上げた風俗画は他にみたことがない。

レース場手前の仕切り柵のところに観客が多くいる。この画面には出てこないが、
右のほうでは子供が柵の上にあがって馬の競争を見ている。速さを競ってる2頭の
馬の描き方は極めてシンプルだが、躍動感がある。画家は大きな画面に人物や
木々をあまり描きこまず、疾走する2頭の馬に観る者の目が集まるように構成を考え
ている。静かな感動があり、印象深い絵である。久隅守景のたしかな腕に感服した。

他の作品では、前期に興味深くみた狩野探幽作、“地蔵十王図巻”(展示替え)に
また、足がとまった。首と手首を責め板で固定され、怖い鬼に痛めつけられている
母親とその母親の腰紐をつかんで泣いている裸の嬰児が痛々しい。この“地獄十王
図巻”に出会ったのはこの展覧会での大きな収穫。英一蝶作の眠る猫などがで
てくる“雑画帖”や狩野常信のユーモラスな“猿猴捉月図”にも魅せられた。数は少な
いが、狩野派の画風を楽しめる充実した展覧会である。

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2005.12.02

歌川広重の東海道五十三次

231MOA美術館の平常展に、現在、歌川広重の“東海道五十三次”が展示されている。今は前期(12/10まで)の26点で11日から展示替えし、残りの26点がでてくる(24日まで)。

浮世絵の鑑賞を始めた頃、まず揃えたのがMOAから出版された葛飾北斎の“富嶽三十六景”と歌川広重の“東海道五十三次”の図録。今でも、東博のミュージアムショップで売っている。折に触れ、本棚から引っ張り出し、眺めている。

だが、本物をはじめて見たのは他の展覧会で、MOA所蔵には縁がなかった。
今回、やっとここの“東海道五十三次”と対面した。図録ではでてこない微妙な色合
いや細かい筆線を一点々目をかっと開いてみた。MOA自慢の浮世絵版画だけ
あって、いままで観た“東海道五十三次”とは違い、画面状態は極上。海や川、
空の青や山、松の緑、家々の屋根に使われた朱などが鮮やかにでている。

特に色で魅了されたのが“鞠子”の宿の早春の風景。旅人がこれから越えていく
峠の空が薄いピンクで染まっている。しみじみとした情趣が感じられ、肩の力が自然
とぬけてくる。広重の描く山河は日本人の生理感覚にあっている。当時、この東海
道シリーズの人気が沸騰したのは、旅人がすっと絵のなかに入っていけたからで
あろう。広重がすべての宿駅の様子を時間の推移まで入れて、知っていたわけで
はない。描かれた風景画は、朝廷へ駿馬を献上する幕府の行列に加わり、東海道
を京都へと旅したとき、心にやきついた心象風景も加味して構成したものであろう。

だから、ハットする大胆な構図がでてくるのもある。例えば、右の“箱根”。実際の
箱根の山よりはるかに峻険。山越えは東海道の難所のひとつと言われ、旅人にとっ
て辛い厳しい行程だった。この現実感がふくらみ、傾斜のきつい山になったのであろ
うか。この絵には構図の面白さがあるが、それと同じくらいびっくりするのが色使い。
真ん中にある大きな山の海側の絶壁は鮮やかな緑を中心に茶色、青、黄色がモザ
イクのように彩色されており、抽象絵画で味わうような色彩の美しさがある。

北斎の“富嶽三十六景・金谷ノ不二”で様式化された装飾的な波を楽しんだが、
広重の“東海道五十三次・箱根”ではモダンな色彩表現をみた。こういう絵をみると、
二人はやはり凄い浮世絵師だなと思う。

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2005.12.01

北斎展 その二

230北斎展の盛況ぶりは止まるところを知らない。⑥期(11/29~12/4)がはじまった29日、朝10時に入館したのに、見終えたのは午後の1時半。

これでも、まだ楽なほうで、館の前には沢山の人が入場制限で待たされていた。帰るとき話した年配の人は長野市から来たそうだ。かなり広い範囲にまで北斎展の強い磁力が届いている。混むはずである。

3回目の入場なので、色々作戦を立てて、フットワークよく展示替えの作品を見た
つもりだが、予想以上の人で事前にチェックしていた絵の前にたどりつくのに時間が
かかった。洋画や日本画の鑑賞と違って、小さな浮世絵は最前列で見ないと、
細かい描写や微妙な色が味わえない。効率的なのは丸印だけをとばしとばし見る
方法だが、一度列を離れると、前に入り込むのは難しいので、この見方は捨て、
前見た作品をもう一度楽しむつもりで一点々じっくり見た。

ただ、2回目同様、第五期(為一)、第六期(最晩年)をみて、そのあと四、三、二、一
と戻っていった。この北斎展の良いところはシリーズものが期間を通して全作品観
れること。“富嶽三十六景”は数が多いので無理だが、“諸国瀧廻り”、“千絵の海”、
“琉球八景”、“百物語”、“元禄歌仙貝合”、“馬尽”は全点揃った。過去、部分的
には見たことがあるが、全部を観るのははじめて。大回顧展ならではの快挙である。

“貝合”や“馬尽”は工芸品を見るような楽しさがある。“百物語”はマンガをみる
感覚でみていたが、“さらやしき”や“笑うはんにゃ”に描かれたうす青の顔は結構
怖い。版画ではギメやメトロポリタンから出品された“富嶽三十六景”が関心の的で
あったが、世界中の美術館から集められた“花鳥画”を観れたのも忘れられない経験。
花の描写、枝に止まってたり、花のまわりを飛んでいる鳥のポーズが見事で、みて
て飽きない。

ハイライトの“富嶽三十六景”はどれも心打たれる。96年、名古屋でメトロポリタン
美が所蔵している浮世絵作品の質の高さを見せつけられたので、今回は画面の隅か
ら隅まで、色の調子、細部の描写を丹念に見た。中でも右の“東海道金谷ノ不二”に
夢中になった。まず、肩車されてる人が被ってる白い笠と着物の赤が目にとびこん
でくる。北斎が得意とする波は“神奈川沖波裏”のような生命感あふれるダイナミックな
波とは違い、デザイン化され、リズミカルに表現されている。河なので波はこれほど
上下にウエーブしてないはずだが、北斎の卓越した想像力にかかると、観る者を楽し
くさせる風景画に仕上がる。肩車渡しの向こうでは大勢の川越人足が担ぐ荷物や人
の乗った籠が往き交う。人足たちの掛け声や激しい息使いが聞こえてくるようだ。

この展覧会で注目してた肉筆画は名品が多数でていた。⑥期の狙いはMOA所蔵の
“二美人図”(重文)。全作品中、展示期間が最も短い。これを観るのは2度目。顔の
表情に関心があるのではなく、着物の柄、色彩に魅せられている。肉筆でこんなに色
が鮮やかに出ているのは他には北斎の師匠、勝川春章と喜多川歌麿の作品しか
ない。北斎は師匠と肩を並べる肉筆画を描いた。多才である。最晩年の“肉筆画帖”
も凄い。後期に出てたのでは、右後ろ足を上ヘあげる姿が可愛い蛙、小鳥を獲ろうと
狙ってる蛇のはらわたの白、包みの白の質感にびっくりさせられる。

質の高い版画、肉筆画をこれほど多く集めた北斎展は今後当分見れないであろう。
トータル10時間、200%堪能した。東博に感謝々。

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