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2005.11.03

知恩院の早来迎

2082ヶ月くらい前、京博のHPで知恩院が所蔵する“阿弥陀二十五菩薩来迎図”(早来迎、国宝)が平常展にでてくることを知り、すぐ京都行きを計画した。

仏画の国宝をひとつ々つぶしているが、この早来迎は待ちに待った作品。仏画のコーナーは、ほかにも“山越阿弥陀図”(京博蔵、国宝)が出品されるなど来迎図のてんこ盛り。来迎図の名品、2点を前にして、心臓がばくばくしてくる。

来迎図は仏の世界と現世との交信を劇的に表した絵で、阿弥陀如来が死者を
お迎えに来る場面が描かれている。平安時代に描かれた来迎図と較べると、
浄土宗や浄土真宗の新仏教が誕生し、浄土思想の広がった鎌倉時代の来迎図は、
お迎えに動きが加わり、横向きの阿弥陀如来に変ってくる。右の“阿弥陀如来
二十五菩薩来迎図”では、阿弥陀如来は笙、琴、琵琶などを奏でる25の音声菩薩
たちを従え、雲に乗って往生者(右下)のもとへ西方極楽浄土から一気にすべり
降りてくる。

体をくの字にした菩薩の姿や白が印象的な雲のウエーブの様子がそのスピード
感をよくあらわしている。図録でみて動きのある来迎図だなと感心していたが、本物
でそれを実感した。眼下の景色は満開の桜。桜を添えるというのは、桜が無常感
の象徴として使われてたためであろう。すぐに西行の歌、“願わくは花の下にて春
死なむ”を連想する。

京博蔵の“山越阿弥陀図”には往生者はでてこない。阿弥陀如来は、二つの山の
裾野が交わるあたりの向こう側から6人の菩薩を従えて、上半身を現すのみで、
それより手前に来る気配がない。静的な来迎図である。同じ山越阿弥陀図で次の
ターゲットとしているのが京都、禅林寺にあるもの。当時、死にゆく者を北枕にし、
西方に置かれた山越阿弥陀図の阿弥陀如来の手からは実際に、青、赤、黄、白、
黒の五色の糸がたらされていた。その時の二つの穴が残っている。死が近づいてい
る人間は必死にその糸を握り、ただただ極楽浄土に連れていってもらうことを
祈ったのである。

来迎図を見るのは、いつか、現世から離れていくときのリハーサルのためではなく、
美術品としての仏画に魅せられてるだけなのだが、家に帰ると、隣の方から“お
迎えが来たときの心の準備が出来たでしょう”と言われた。なお、この平常展
は11/13まで。

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コメント

いづつやさんの文章の巧みによるのですが、私も見たくてたまらなくなって来ました(笑)

投稿: seedsbook | 2005.11.06 23:07

to seedsbookさん
これは大きな掛け軸です。縦145cm、横154cmあります。阿弥
陀如来とお供の菩薩が乗った白い雲の描き方が見事です。往生者
のところへ超特急でやってきた感じがよくでてます。胡粉の白と
仏たちの金箔が鮮やかで、光に満ち溢れる極楽浄土をイメージさせます。
想定以上の傑作で、お目にかかれたことを大変喜んでいます。

投稿: いづつや | 2005.11.09 10:51

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