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2005.11.30

伊東深水の美人画

229熱海にあるMOA美術館で開催中の館所蔵の“近代日本美術展”(12/24まで)をみてきた。今年、5度目の訪問。

図録をみると、ここは琳派だけでなく、浮世絵、近代日本画の名品が揃っているので、2年くらいかけて集中的にこれらを鑑賞しようという目論見である。

いまのところ、成果は上々で、訪問するたびに期待値以上の作品に出会い、大きな満足が得られている。入場料が1600
円と少々高め(実際はいつも割引券を使うので200円引きの1400円)だが、充分
元はとれてるという意識のほうが強く、全然気にならない。

今回は近代日本画、漆工芸、板谷波山の陶器などが飾られている。絵画は25点
あまりだが、どれも上質。横山大観、前田青邨らのビッグネームの作品がずらっと
並んでいる。いくら画技の高い画家とはいえ、なかには平均値の作品もあるの
だから、そういうのが交じっていてもおかしく無いが、ここのコレクションには中という
のがない。上ばかりといっても過言ではない。美術館の創設者、岡田茂吉の目
に適う絵しか購入しなかったらしい。

コレクター、岡田茂吉のいいものを観る眼で選ばれた一点々にため息をつきながら
観た。中でも感動したのが美人画の作品。上村松園、鏑木清方、伊東深水の美人
画家ビッグスリーが競演している。松園は2点、“虫の音”と“深秋”。清方は“名月”。
深水は3点あり、“長夜”、“三千歳”、“深雪”。これだけ粒の揃った美人画を一度
に観た経験は過去に無い。8月、ホテルオークラであった“きらめく女性たち展”では
松園らの美人画の傑作があったので満足度は高かったが、なかにはグッとこない
作品も含まれていた。

これと較べるとここに出ている6点はみんな惹きつけられる。お気に入りの一番が
右の伊東深水作、“深雪”。これまで、深水の絵をだいぶ観てきたがやっとMy伊東
深水ができた。松園や清方と較べると、惹きつけるものがひとつ足りないという
のがこれまで観た伊東深水の作品の印象だった。だが、今回は違った。唇や袖口
の赤は好みではないが、上がカットされた傘をもつ少し豊満な体形の女性を描いた
この美人画の素晴らしさに思わず後ずさりしてしまった。

色の使い方がすごくいい。薄紫をした着物に描かれた華麗な模様に目が奪われる
と同時に、青い線が入ったモダンな帯にはっとさせられる。そして、表から透けて
見える傘の裏にぬられた黒い淵が画面を引き締めている。この作品がトータルの
満足度をさらにあげてくれた。またしてもMOAは二重丸。

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2005.11.29

山本丘人展

228先の佐伯祐三展で大ヒットを飛ばした練馬区立美術館が絶好調。現在開催中の“山本丘人展”(11/1~12/11)も充実している。

22日、数点の展示替えがあったので、また出かけた。今回は箱根にある成川美術館の山本丘人コレクション50点と丘人の影響を受けた画家の作品50点が展示されている。山本丘人の絵は東近美や山種美でちょくちょく見ていたが、画業全体を見る機会がなかったので、期待していた。

丘人の絵ですぐイメージするのは、大作“雲のある山河”(169cm×372cm)にみ
られるような、山の姿を太い輪郭線でとり、細部にとらわれず、画面を山や川で
バンバンと構成してゆく健剛で男性的な画風。海や山を金泥や銀泥で彩色してい
るが、琳派の絵のように装飾的には映らない。深みを出すために金や銀を焼いて使っ
ているらしい。骨太な風景画であるが、人間の寂しさや孤独感を感じさせる絵が
この画家の特徴と思っていたら、最後の部屋にびっくりするほど優雅な絵があった。

それは右の“地上風韻”。成川美術館、自慢の一品。館のパンフレットにも使われ
てるが、その気持ちはよくわかる。藤棚一杯に薄紫の藤の花が垂れ下がり、その下
で背中をこちらに向け、髪の長い女性が椅子に座っている。そして、彼女のまわりを
コスモスなど春の花が取り囲む。藤の薄紫、女性の着ている衣服の白、コスモスの
黄色がこれ以上無い優雅な雰囲気を醸し出している。源氏物語絵巻で味わった雅で、
静かで、品のある世界がここにもあった。

このコーナーに飾られてる近藤弘明の大作“春夜寂桜”も素晴らしい作品。春の頃、
この絵をみると心がとろけそう。山本丘人から教えをうけた画家の絵にもいいのが
ある。その筆頭が稗田一穂。“月光”や“幻象飛瀧飛龍”は近代日本画のなかの代表
作に加えていいほどの名画。また、堀越保二が描いた“少年の遠景”に魅せられた。

香月泰男の絵の感じとシュールな感覚が交じり合う不思議な美しさをもった絵で
ある。海を眺める少年の後にある海水のたまりに舟の影が映っている。だが、実際
の舟はどこにも描かれていない。空にはいろんな種類の巨大な貝が標本のように並
べられ、手前の岩には普通サイズの貝やヒトデ、ウニが置かれている。この画家が
描いた他の作品を見てみたくなった。現在、東京芸大の教授らしいが、充分納得
がいく。

山本丘人の名画を沢山見れたし、堀越保二という才能豊かな画家にも出会った。
満足度150%の展覧会であった。

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2005.11.27

王子江水墨画展

2271月10日の拙ブログで取り上げた中国人画家、王子江(おうすこう)が日本で最初に描いた水墨画の大作、“雄原大地”が今、茂原市立美術館で公開されている(11/23~12/18)。入場は無料。

NHKの番組で王子江の高い画技に200%仰天したので、その後、美術館の所在地を確認したり、この大作の展示時期を美術館に問い合わせたりし、公開のときを今か々と待っていた。

初日に出かけ、その願いが叶えられた。100mもある障壁画に体が熱くなるくら
い感動した。横山大観の“生々流転”を長さでも幅でも大きく上回っている。幅は
2mある。長方形の展示室に入って左から“雄原大地”ははじまる。最初は岩が
切り立つ山の高い峰々を白い雲が風に吹かれて漂う場面が続く。垂直に伸びる岩
の先端には松が力強く根を張っている。黄山の松もこんな感じ。松の葉っぱは
長谷川等伯の“松林図”のように荒々しく針のように尖っている。等伯も王子江も
筆さばきが速かったのであろう。

山を下るにつれ、河が現れ、所々に滝が見える。左右何段かをへて水が河に流れ
落ちる音が聞こえてくるようである。河に白い帆舟が浮かび、水面はわずかに
波打ち、細長い水流が幾重にもできている。この水墨画に人は出てこないが、
川辺や周りを岩や松の木に囲まれた高台には家々が見える。右は全体のなかで
一番気に行った場面。構図が素晴らしい。手前の山と対峙している山には滝があり、
白雲は龍が動くように帆舟が停泊している河のほうへ降りてきている。また、松の
配置が巧み。これほど上手に山水を表現した水墨画は日本画でもそうお目にか
かれない。

“雄原大地”の最後の場面は、壮大で運気ただよう世界になってくる。滝もはじめ
出てきた滝とはスケールが違い、幅が広く、三段になり水が激しく落下している。
そして、山は白い雲がびっちり重なりあってできた雲海に覆われ、見えなくなる。
まさに黄山の大雲海。

王子江はこの障壁画で自分の進むべき道は大作であることがわかったという。
99年には第2作目の奈良薬師寺の“聖煌”(しょうこう)を完成させている。他にも
秋田県の千畑町や姫路市中央保険センターなどのために障壁画を制作している。
これらの作品も追っかけてみたくなった。王子江にぞっこん惚れ込んでしまった。
この人はいずれ世界中から注目される画家になるのではないだろうか。

そんな凄い才能を持った画家の出発点が千葉の茂原市だった。絵の腕だけでなく
人間性も素晴らしい中国人画家を心優しい茂原の人たちが支えたのだろう。いい話
である。なお、茂原市立美術館は茂原公園の中にある。TEL:0475.26.2131

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2005.11.26

横山大観の生々流転

226東京国立近代美術館の平常展に現在、横山大観作の“生々流転”(後半)が展示してある(12/18まで)。

大観の代表作である“生々流転”(重文)はこの時期の恒例行事として公開されるが、昨年は確か前半、後半全部一度にでてたように記憶している。

今年は、2回に分けて展示し、前期(10/8~11/13)に入場したひとは、そのチケット(420円)で後半も見れるようになっ
ている。勿論、他の作品も鑑賞できるので、平常展全部が普段より安く見れること
になる。東近美も観客サービスに気が回るようになってきた。いいことである。

横山大観の“生々流転”は数ある作品の中で、最高傑作のひとつにあげられている。
90歳まで生きた大観の55歳のときの作品。因みに、絢爛豪華な“夜桜”(大倉
集古館)は61歳、“紅葉”(足立美術館)は63歳、そして、“海山十題”は72歳の
ときに描かれている。この“生々流転”は横に広げると40mにもなる大作。天地55
cmの画面に、一滴の水が渓流となり、滝となり、やがて大河になって海にそそぎ
込まれ、最後は龍となって天に昇るという水の壮大な変遷が墨の濃淡で描かれ
ている。

現在、出ている後半は最後のクライマックスの場面が圧巻。そこへ至るまでにも味わい
深い場面が続く。特に目を惹くのが漁村の風景。浜辺では焚き火から白い煙が高くあ
がり、大勢の漁師が舟を引いている。打ち寄せる波頭の白が鮮やか。さらに進むと、
沖に浮かぶ島が現れ、真ん中に朱色の鳥居がある。隣の岩礁には2羽の海鳥が
とまっている。

そこから先は、クライマックスにむかって画面は徐々に深遠で壮大になってゆく。
右の左下がその場面。波の動きが段々激しくなり、北斎の“神奈川沖波裏”のような
波頭が生き物のように左右に荒れ狂い、空には暗雲がたれ込め、雲が風で渦を巻いて
いる。そして、海上の嵐のなかから飛龍が天に昇ってゆく。右の画像からは残念な
がら、龍の姿はよく見えない。実際、ガラス越しでも龍を捉えるのは難しい。じっ
と目をこらしていると、龍がこちらに背をむけて頭を真上にして昇天してるのがわ
かってくる。

画面はここで終わるが、絵のテーマはまた前半の深山の木々の葉に溜まった露
が流れ落ち。。。。と延々と続く。輪廻転生を水の転生に譬えたこの“生々流転は”ス
ケールの大きい、大観、渾身の作品。近代日本画における最高の水墨画と言っ
ていい。

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2005.11.25

エトルリアの世界展

543新装オープンした九段下のイタリア文化会館に“エトルリアの世界展”(10/30~12/11)を観るため、今月の初めに行ったのだが、その運営はいかにもイタリア人らしくアバウト。

どこかの派遣会社からきたと思われるスタッフは展示の内容がしっかり頭に入ってなく、チラシの目玉に使われてる金の装飾品がどこにあるのかと尋ねても解答に右往左往し、10分くらいたってやっと責任者らしき女性が出てきて、“この作品は実は出展が中止になりました”と答える始末。これ、お金をとって見せてる展覧会なの?と苦笑いしてしまった。

もっと可笑しかったのは、“隣でイタリア現代美術展もやっておりますのでどうぞ”と
いうので進んでみると展示コーナーのサインが無く、また戻って聞くと“黒いカーテンの
向こうです”。手書きでも何でもいいから“○○はこちら“くらいの案内してくれたら
いいのに。。ここにはスタッフは誰もおらず、作品の飾ってある場所がにわかには掴
めない。もらったパンフレットでどうにか絵画と彫刻作品、仮面を確認できた。

運営はハチャメチャだが、飾ってある現代絵画はすごくいい。これだからイタリア人は
憎めない。はじめて知る画家であるが、カタラーニの“トウガラシの凱旋”、デ・ルイージ
の“魚たちの夢”に魅せられた。また、意表をつくのがピストレットが制作した“エト
ルリア人”という金ぴかのブロンズ像。この肖像彫刻はガラス板の前に置かれてい
るので、観る者はこの像の正面は見えない。ガラスに映る姿でそれを観ることになる。
こんな彫刻ははじめてみた。面白い発想である。最近行かれたはろるどさんによると、
ここは現在、警備上の都合でクローズになってるらしい。ガードマンや人件費に金
をかけたくないのだろう。新イタリア文化会館はなぜか混乱している。

メインディッシュの“エトルリアの世界展”で期待してたのは、エトルリア美術を代表
するテラコッタ造形芸術の最高傑作、“夫婦横臥像の棺”と似たような作品だったが、
これは無謀な願いだった。確かに男性や女性が横たわる棺はあることはあるが、彫り
の滑らかさや柔らかさは“夫婦横臥像”には及ぶべくもない。一番楽しかったのは
右の“王座に載るカノーポ型骨壷”(部分)。壷のふたは人間の頭をかたどっている。
そして、容器の上のところに4体の女性立像がくっついている。こんな奇妙な壷は見
たことない。もう一点、面白い形をした“女性のカノーボ型骨壷”がある。いずれも一度
みたら忘れられない作品。

収穫は現代絵画の秀作と“エトルリア人”、骨壷。エトルリアの細長いブロンズ像が
彫刻家ジャコメッティに霊感を与えたと言われるが、ここにも細身の戦士像が4体並ん
でいる。これを見れたのも貴重な機会であった。

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2005.11.24

ブランクーシ

224川村記念美術館の常設コーナーに展示してある作品の質の高さに驚いた。噂通り、名品が沢山ある。

歴代社長の眼力によるのか、センスのいい学芸員を揃えているためかわからないが、このコレクションは凄い。

レンブラント作の“広つば帽を被った男”はMOAにある“自画像”とともに日本にあるレンブラントではトップではなかろうか。モネの“睡蓮”は過去、他の美術館で開催された展覧会でよくみた。モネ展の常連になっている名品である。ルノワールで
は“水浴する女”がいい。シャガールは2点あった。“赤い太陽”と“ダビデ王の夢”。
目のパッチリした二人の女性が印象的な“赤い太陽”に魅了された。

現代絵画では、明るい色彩を使った幾何学的な模様が特徴のステラの絵画と
コラージュを是非みたかったのだが、今回は一点も無かった。残念。楽しみは次回に
とっておくことにした。でも、二つの作品が見事なリカバリーショットを放ってくれた。
その一つがモホリ・ナギ作、“スペース・モジュレーターCH1”。面白い構図をした
抽象絵画で、赤、緑、青の組み合わせが非常に綺麗。楕円形のなかに正方形が安
定よく収まり、画面の多くを占める赤の色面はクサマを連想させるような青や緑の
連続した点と美しく融和している。

もう一点は右のブランクーシが制作した抽象彫刻、“眠れるミューズⅡ”。ブランクーシ
は好きな作家。特にこの丁寧に磨かれたブロンズの作品に魅せられている。鳥を
イメージさせる“空間の鳥”シリーズと卵形の頭の作品はブランクーシの代名詞にな
っている。これらはNYのMoMA、グッゲンハイム、パリのポンピドーを訪問するとき
の楽しみの一つであるが、日本の美術館ではあまりお目にかかったことがない。
記憶してるのは福岡市美術館だけ。ブリジストン美にはブロンズではないが石膏の
傑作、プリミティブな“接吻”がある。

川村美でこんな素晴らしい“眠れるミューズ”に会えるとは全然期待してなかった。
極端に単純化されたミューズの卵形の頭がごろっと支持体も無しに置かれている。
鼻筋とわずかにへこんだ口だけでミューズの顔を表現しているが、眠ってる感じは充分
に伝わってくる。そして、磨きあげられた表面からでる光沢が魅惑的。ブランクーシ
の代表作の一つを見せてもらった。川村記念美術館に感謝。

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2005.11.23

ゲルハルト・リヒター展

223佐倉にある川村記念美術館で行われている“ゲルハルト・リヒター展”をみてきた。

昔、日曜美術館でこの美術館が紹介された時、ステラやロスコーなど現代アートのいい作品が出てきたので、いつか訪れてみたいと思っていた。ちょうどタイミングよく、興味のあったリヒターの回顧展がここで開かれたのを機に、横浜からクルマを走らせた。

リヒターの本格的な展覧会が日本で開かれるのはじめてらしい。これは意外だった。
現在73歳のリヒターの最新作を含め50点が出ている。この作家の作品をちゃん
と記憶しているのは過去2回しかない。最初の出会いは1997年、東現美で
あったポンピドーコレクション展にあった作品。色彩が鮮やかな抽象絵画だった。
2度目は昨年のMoMA展(森美術館)。ここにあったのは毛沢東とイギリスの
エリザベス女王のフォト・ペインティング。ピントの暈けた写真のような絵であった。

2点だけではこの作家の画業をとらえるのは難しく、毛沢東のイメージが
強く残ってるため、もとは写真家だったのかと考えてみたりした。だが、今回の
作品を観て、リヒターが現在、世界最高峰のアーティストと評されてることがよく
わかった。ドイツ人作家の作品のイメージは、思想的で退廃的な絵が多い(例え
ばグロス)、原色で直球勝負してくる(キルヒナー)、剃刀のような鋭利さがある
(キーファー)。リヒターはこれらとはちょっと違う。

かなり柔らかい頭をしている。色彩感覚の素晴らしい、右の“森”(1990)や色見
本を沢山並べたような“カラーチャート”(1974)を観ると、この作家は天性のカラリ
ストではないかと思ってしまう。形態より色彩のほうが好きなため、色彩感覚に
才のある画家の作品を見ると嬉しくなる。大作の“森”は、横方向に引掻くような青
や黄色、ピンク、緑の線が伸び、同じ調子のタッチが上まで描かれている。これ
によってつくられる縦に並ぶ同じ色は森に林立する木々をイメージさせる。この絵は
抽象画であるが、美しい森をみるようで感動した。“カラーチャート”はモンドリアン
の代表作“ブロードウエイ・ブギウギ”やステラの作品の色使いを連想させる。

ガラスの作品が4点ある。02~03年の作で、そのひとつは大きなガラス板を11枚、
木の台に立てているだけ。これを観て、デュシャンの問題作、“大ガラス”を思い出
した。ゲルハルト・リヒターの作品は多面的で、抽象と具象との間を行ったり来たりし
ている感じである。最近では、ガラスにも映像を映している。色彩的にも、写真の
ような白黒、グレイの世界から、ザオ・ウーキーに似た深い青や緑、ピンクを見せた
かと思うと、ステラのような明るい色彩を使うなど多彩を極めている。

凄い才能を持った作家に出会った。長い付き合いになりそう。なお、会期は来年
の1/22まで。

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2005.11.22

ミラノ展のセガンティーニ

22212/4まで千葉市美術館で行われてる“ミラノ展”は一つの都市に焦点を当てた珍しい展覧会である。

昨年のフィレンツェに続き、今年はプラート(9月、損保ジャパン美)とミラノが取り上げられた。都市に関わるものなら、美術品、文献など何でも展示できるので、作品のバラエティと博物館スタイルの展示が見る側にとっては魅力かもしれない。

ただ、都市の変遷のどの時期にスポットを当てるかは都市間で違いがある。パス
したフィレンツェ展は、確かルネサンスが中心だったように記憶しているが、
プラート展でも作品はルネサンス、バロックの絵画だけであった。これと較べるとミラ
ノ展は、都市の歴史をかなり長いスパンでとらえ、出品作はローマ時代のブロンズ
胸像からダヴィンチのデッサン、現代絵画のフォンタナまでカバーしている。作品は
68点ある。

目玉はチラシに使われてるダヴィンチの素描、“レダの頭部”。作品数の少ない
ダヴィンチの絵なので、貴重な機会だが、思った以上に小さい。チラシでは髪の毛一
本々が緻密に描写されているが、顔をぐっと近づけないとこのようには見えない。
紙の表面に塗られた赤色がかなり落ちているが、ダヴィンチならでは目元や
唇の表現にうっとりする。

この展覧会で期待してたのはこの素描とセガンティーニの絵。若い頃、ミラノの夜間
美術学校で絵を学んだセガンティーニ(1858~1899)の作品を所蔵するミラノ市立
美術館から2点出ている。スイスアルプスの牧草地の牛を描いたのと右の“ギャロ
ップで走る馬”。とくに馬の絵には衝撃を受けた。過去、動きのある馬の作品で魅せ
られたのはロートレックの版画、“騎手”(プーシキン美展にも出品されている)だっ
たが、セガンティーニのこの馬にも心揺さぶられる。宙を飛んでるように見える馬の体
は陰になってる前足の一部と頭部を除いて、アルプスの光を受けて輝いている。

この信じられないような輝きはセガンティーニ独自の技法、色を混ぜないで細長いタッ
チで描写する“分割法”により生み出されている。これは色彩を最大限に明るく見せ
る描き方。28歳からスイスに移り住んだセガンティーニはこの技法でアルプスの澄ん
だ空気と光に照らされた風景を描き、名画を沢山残している。今回の出品作2点は
スイスにおける最初の地、サヴォニンで描かれたものである。

セガンティーニの作品をみる機会は少ないが、光輝く画風にはモネの絵と同様、魅了さ
れている。昔、スイスのジュネーブに住んだことがあるのに、サンモリッツにあるセガン
ティーニ美術館を知らず折角の機会を逃してしまった。悔やまれてならない。2年前、
ウイーンでこの画家の絵を見て、ますます興味が涌いてきた(拙ブログ1/23)。

BunkamuraのHPによると、来年、開催される“スイススピリッツ展”(3/4~4/9)に
セガンティーニ美の名画、“アルプスの真昼”(1891)が展示されるようだ。これは
有難い。ほかにも何点かでてくることを期待して開幕を待ちたい。

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2005.11.21

モネの積み藁

221現在、渋谷のBunkamuraで開催中の“スコットランド国立美術館展”にモネが描いた積み藁の傑作が展示されている。

右がその“積み藁、雪の効果”。周りに飾ってある、シスレーやブータンの名作がかすむくらいこの“積み藁”は光輝いている。

至近距離から描かれた二つの積みとその陰が強い印象を与えてるのに対し、
中景の木立や家並みは一部が見えるだけで、ほとんどフォルムをなしてない。
場面は冬の農村であるが、モネは見たままの積み藁を描いてなく、想像力を膨
らませて自分の心象風景を象徴的に表現している。一編の詩を聴くようである。

この絵を見るのは二度目。最初に見たのは15年前。仕事でロンドンに出張し
てた時、幸運にもロイヤル・アカデミーで開かれていた“モネの連作展”に出くわ
し、2時間並んで見た。モネの人気は絶大で3ヶ月の会期に50万人が入場し
たという。1890年代に描いた15からなるモティーフの連作のうち、積み藁、
ひなげし、ポプラ並木、ルーアン大聖堂、睡蓮などから選ばれた80点がオルセー、
ボストン、シカゴ、メトロポリタンなど印象派コレクションで有名な美術館から
集められていた。日本からも国立西洋美のポプラ並木など5点がでていた。

モネが連作を最初に手がけた“積み藁”は14点あり、そこにスコットランド国立美の
絵があった。いずれも、朝日、夕陽、霧の中など違った光によって色彩が色々
変る様子を描いている。光の魔術師、モネの誕生である。1890~1891年に
描かれた積み藁は25点あるが、構図で分けると積み藁が二つあるのと一つしか
ないのがある。右の“積み藁、雪の効果”と同じタイプの絵はメトロポリタン、シカゴ
、シェルバーンからもやってきていた。どれも心を打つ名画。

スコットランド美展の情報を入手したとき、この積み藁が含まれことがわかり、開幕
を心待ちにしていた。モネ好きにとってはたまらない輝きと強さを持った絵である。
この絵の前でテンションが一気に上がった。他にも名画がいくつもある。足が止まっ
たのはコローの4点、ドービニーの“花咲く果樹園”、クールベの“峡谷の川”、ブー
タンの4点、ドガの“開演前”、マネのリトグラフ、“内戦”、シスレーの“モールジーの
ダム、ハンプトンコート”、モリゾの“庭にいる女と子供”、ミレイの“優しき目は常に
変らず”、マクタガートの“魚を釣る子供たち”、ハッチソンの“苺とクリーム”、マクジョ
ージの“ギャロウェイ地方の泥炭地”。

全体的にみると、モネの“積み藁”、シスレーの“ダム”、ドービニーの“花咲く果樹
園”、ミレイの“優しき目は常に変らず”の4点が目に焼きついている。
なお、会期は12/25まで。

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2005.11.20

益子濱田窯三代展

220京都、大山崎山荘美術館には、アサヒビール初代社長山本氏(1893~1966)が収集した河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチら民芸派作家の陶器が多く所蔵されている。

そのうち、山本氏の濱田庄司コレクションは300点以上あるという。この美術館を訪れたのは有名なモネの絵と現在、ここで開かれている濱田庄司、晋作、友緒三代展(12/11まで)を観るためだった。

これまで、濱田庄司の陶器は大原美術館や日本民芸館(拙ブログ04/12/3)、
5月に訪れた益子の参考館(5/1)で観る機会があった。河井寛次郎の個展と比べ、
見る回数が少なかったが、益子行きで一挙にその差が縮まった。そのため、
今回、ここに出ている作品には多少余裕をもって接することが出来た。館所蔵に
加え、益子参考館のも一緒に展示してある。そのいくつかは覚えている。
濱田の一番の魅力である大鉢、“青釉流描大鉢”があった。柄杓に入れた釉薬を
一気に流し掛ける“流掛”を濱田は得意とし、緑の地に勢いよく黒と白のばね文様を
描いている。日本民芸館にあるのと同じタイプの大鉢である。

今回、はじめてお目にかかったのが庄司の息子、晋作と孫の友緒(ともお)の作品。二人の存在すら知らなかった。83歳で濱田庄司が亡くなった後、父の仕事は息子、晋作(現在76歳)に受け継がれ、益子の濱田窯で作陶がなされている。晋作の作品を見ると、つくづく職人芸だなと思う。父の残した技法をしっかり学び、実に堅実な陶器をつくっている。渋い作品が多い。文様は丹精すぎて、庄司のような力強さ、伸び伸びしたものが感じられない。だから、文様の無い藍一色の“塩釉藍面取花瓶”の方に魅せられる。

庄司のDNAを受け継いでるのは孫の友緒のほう。まさに隔世遺伝。現在、
37歳。逸材である。はじめて、この作家の陶器を見たが、将来の大物を予感させる。
右は非凡な色使いと造形感覚を窺がわせる“青柿掛分凹面取赤絵角皿”。角皿を
丁寧に凹面に面取りし、九谷を連想させるような色付けをしている。現代感覚溢れる
作品である。友緒の作品でびっくりさせられたのは大胆に中央をくり貫いた“柿釉
鎬赤絵琵琶形扁壷”(かきぐすりしのぎあかえびわがたへんこ)。若い感性と自由な
発想で創作されたこの壷をみると、次はどんな造形表現を見せてくれるのかと
期待が膨らむ。才能豊かな陶芸家をみつけた。今後、濱田友緒の作品から目が離せない。

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2005.11.19

尾形乾山の色絵龍田川図向付

432名古屋の徳川美術館に入る前、大阪まで足を伸ばし、池田市にある逸翁美術館で開催中の“雅美と超俗展”をのぞいてきた。

ここははじめて訪れる美術館。阪急グループを創設した企業家、小林一三氏(1873~1957)が集めた陶磁器、書画、絵画などの美術工芸品を一般に公開している。逸翁は小林翁の雅号。

こじんまりした展示室に、今回は所蔵品の中では質の高いことで有名な琳派の
絵画、陶磁器と与謝蕪村や文人画派の作品を41点を飾っている。お目当て
は琳派の作品と、初公開するという蕪村の幻の名画。期待をもって館内を回った。
入っていきなり、俵屋宗達の“飛鴨図”に出会った。墨の濃淡で左上から右下
に向かって飛ぶ一羽の鴨を描いている。顔はかなり濃い墨であるが、首や羽に
は得意のたらし込みが使われている。躍動感のある鴨の姿が印象深い。
この画題は尾形光琳、小林古径、山口蓬春(拙ブロブ3/1)らにも受け継がれて、
名品が生み出されている。小林古径の作品は先般、東近美であった大回顧展に
出品された。

本阿弥光悦の黒楽茶碗も気に入ったが、もっと興味深かったのが尾形光琳が
作陶した白楽茶碗。光琳は弟の乾山が横で陶器をつくってるのを見て、遊び
でこの茶碗をつくったのかもしれない。色はグレーで形もなかなかいい。光琳に
陶器の作品があるなんて夢にも思わなかった。尾形乾山の名品が一点でている。
それは右の“色絵龍田川図向付”。過去、この組み物を数点見たが、この向付
が一番いい。現在、東博で開かれてる“伊万里と京焼展”にMIHOMUSEUM所蔵
の同名の作品が出ているが、これより魅力的。

色が明るい。紅葉の赤、緑、黄色、波濤の白がよく発色している。そして、これぞ
琳派と思わせる斬新な意匠が心を打つ。皿の形を意匠に合わせてつくる手法は17
世紀中期の肥前の初期色絵にあったが、乾山はそれを進化させ、装飾的でモダンな
皿に仕上げている。葉の輪郭に引かれた金箔が輝いている。紅葉の文様は桃山時代
以降、染物、蒔絵、陶磁器などに好んで描かれた。その定番が流水に紅葉を散らし
た“龍田川”。奈良県北西部、生駒山地の東部を流れる龍田川は昔から紅葉の
名所だった。

この美術館は与謝蕪村の絵画を多く持っており、今回は5点でている。はじめて
公開するという“五老酔帰図”が面白い。大きな掛け軸の真ん中に、酒に酔った五人
の老人文士が二人の子供に腕を抱えられたり、体を支えられながら山道を進ん
でいる場面が描かれている。人物の顔や足は薄い肌色で着色されてるが、ほか
は墨一色。東博の平常展で昨年、“山野行楽図屏風”(重文)というのを見たが、
この絵とよく似ている。老人がここでは酔っ払ってではなく、疲れて子供に背中を押
してもらっている。どちらもユーモラスで親しみを感じる日常風景である。

横浜からだいぶ遠いところまで出向いたが、いい作品にめぐり会えて大変気持ちが
良かった。なお、会期は12/4まで。

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2005.11.18

円山応挙の雲龍図

218三井記念館の名宝展では展示替えがあったので早速出かけた。後期の展示は11/17~12/25。

陶磁器類は後期も同じ作品がでているが、絵画は別の作品を並べている。そして、前期、漆工芸品があったところには中国の碑文などが飾られ、最後のコーナーは能面から刀剣類に変っている。絵画のお目当ては“日月松鶴図屏風”(重文)、円山応挙の“雲龍図”、中国の絵師、梁楷(りょうかい)が描いた
“六祖破経図”。

“日月(じつげつ)松鶴図屏風”は室町時代に制作された屏風であるが、この頃、
吉祥的な鶴と松の背景に太陽と月を描くのが流行った。面白いのは太陽と月に
金属板を使っていること。このため、横から見ると屏風の表面がぽこっと膨らんで
いる。図録からは金箔の地に松や岩の緑青と河の水の群青がもっと鮮やかに
でているのをイメージしてたが、それほど深い色ではなかった。鶴の配置が凝って
いて、左隻ではわざわざ松の太い幹の後ろにいて体の大半が見えない鶴もいる。
鶴の首周りや羽の白が薄くなっているが、制作されたときは美しい姿だったの
ではなかろうか。

円山応挙作、右の“雲龍図”はよく観る龍とは一味も二味も違っている。この龍は
ぱっと見てすぐ龍の形が頭に入らない。顔はまあ分かるが、胴体、あの手や足の長
い爪はどこへ消えたのという感じである。これまで龍の絵はいくつも見たが、これ
ほど分かりにくい龍は見たことない。また、技法も革新的で、右にある雲は墨の
滲みで表し、波濤の白は塗り残しによるもの。応挙は伝統的な雲龍図から離れ、
技巧を凝らし、現代感覚でいえばシュールなタッチで海中から雲間を抜けて天へ
と昇る龍を描いている。2年前、大阪であった円山応挙の大回顧展ではこの雲龍図
が展示替えで観れなかったので、ここでリカバリーできたのは嬉しい限り。

これで、代表的な雲龍図でまだ観てないのはワシントン、フリーアギャラリーにある
俵屋宗達の“雲龍図屏風”くらいになった。ボストン美術館にある日本画は日本に
やってきたが、まだここの名品は見る機会がない。東博あたりが、なんとか働きかけ
て展覧会を開いてくれないかといつも思っているのだが。因みに、本日の世界美術
館紀行でこの美術館の日本画コレクションが紹介される。

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2005.11.17

北斎展 HOKUSAI

217東博で開催中の北斎展のチラシを観ると横文字、HOKUSAIがアイキャッチとして使われている。

昨年、東近美であった琳派展でもRIMPAを前面に出していた。日本に居る外国人にも来てもらおうという狙いからであろうが、この二つには人気の点で大きな差がある。

混雑する展覧会には慣れているが、外人がこんなに大勢いる展覧会ははじめ
の経験。後ろではフランス語をしゃべる若い女性がいると思えば、隣ではドイツ語
が飛び交っている。さらには、日本人通訳が英語で作品を説明している光景を
何箇所でもみる。1999年、米国の雑誌“ライフ”が行った“この1000年間
で、もっとも重要な業績を残した世界の人物はだれか?”というアンケートに、
日本人では葛飾北斎がただ一人ランクインしたというので当時、話題になった。

だが、美術を少しかじってる外国人なら、浮世絵が印象派に大きな影響を与えた
ということは知ってるだろうが、普通の人にHOKUSAIがそれほどポピュラーと
いうのは正直言ってピントこなかった。今回、この会場にいる一般の外国人の多
さを見て、納得した。われわれ日本人がピカソやルノワール、ゴッホ、モネに
親しんでいるように、アメリカ人、フランス人もHOKUSAIが好きなのである。

日本人も外人もしっかり作品を見ているので、列がなかなか前に進まない。
初日の10/25に行ったときは、一時間もあればざっと見れるだろうと気楽な気持ち
で入場したら、もうびっちり混んでいた。そして、3期がはじまった11/8に再度、
足を運んだ時は、混雑度は更に増し、初回、充分観れなかったので丁寧にみた
こともあるが、全点観終わるのに3時間かかった。

北斎の大回顧展は2度目。1993年、東武美術館が主催した北斎展でも若い頃
から90歳の晩年までの作品が沢山出品された。所蔵する美術館は異なるケース
はあるが、作品は今回と80%くらい同じものが出ていた。この時の関心は富嶽
三十六景などの代表的な版画にあり、肉筆画のほうはさらっと観た感じだったので、
今回はだんだん良さがわかってきた肉筆画の名品に狙いを定めてじっくりみた。

一番みたかったのは1、2期にでた“潮干狩図”(重文)。近景、中景に潮干狩りを
する子供、髪に白い手ぬぐいを巻いて忙しく働く女たちを描いている。遠くにいる人物
をかなり小さく描き、遠近感のある広い空間をつくっている。海に浮かぶ舟の先に
は白い富士が見える。期待通りの傑作。歌麿の風景画プラス美人画と同じ感動を
味わった。肉筆画で非常に驚いた作品が右の“鯉図”(展示は12/4まで)。

河の水の流れがかなりシュールに表現されている。マグリッドや円山応挙の“鯉の滝
のぼり”(拙ブログ5/14)と感じが似ている。よくみると、左の鯉は水草の間を泳いでいるが、右の鯉では向こう側に水草がある。使われてる色は水草の緑、鯉の目の藍以外は墨の濃淡だけ。河をデフォルメし、水面に頭を出したり、またもぐったりする鯉と亀の動きを見事に描いている。隣にいた若い女性が“すごいねー”と興奮していたが、心の中で200%同調していた。

版画の見所はやはり富嶽三十六景。1995年、名古屋であったメトロポリタン美
浮世絵名品展にでてた“神奈川沖浪裏”(展示は3期まで、11/13で終了)にまた会
えた。これは図録の表紙にも使われており、画面状態の点で、世界で一二を争う
名品と言われている。北斎の画業を世界中から集めた質の高い作品でレビューでき
るまたとない機会。会期が終わるまで北斎に集中したい。最後の6期(11/29~
12/4)だけに出品されるMOA所蔵の“二美人図”(重文)をみたいので、もう一回
上野に出かけるつもり。

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2005.11.16

伊藤若冲の鸚鵡図

970現在、東博で開かれている北斎展には、海外からはメトロポリタン、ボストン、ギメ、ホノルル美など浮世絵コレクションで有名な美術館から自慢の北斎が出品されている。

国内でも浮世絵に馴染んだ人ならよく知ってる美術館の所蔵が沢山あり、その中に千葉市美術館も入っている。ここの“千絵の海、総州利根川”、“総州銚子”はダイナミックな構図が目を惹く名品で、こうした大回顧展には必ず出てくる。
前回、千葉美を訪問したとき、歌麿のいい絵に接し、ここの浮世絵の質の高さを
この目で確かめたが、北斎展でそれを再認識した。

最近、この美術館は浮世絵だけでなく、近世日本画の名作も沢山持っている
ことを発見した。大ミラノ展と同時開催の“江戸絵画のたのしみ展”(10/25~
12/4)に足を踏み込んでみると、そのことがよくわかる。ミラノ展が目的だ
ったので、この館所蔵展はNO情報。こちらの会場を出たときの満足度はミラノ展
より上だった。別にダヴィンチの素描が目玉のミラノ展が面白く無かったという
のではない。一粒で二度美味しい有難い展覧会だったが、脇役が主役を食っ
ちゃった感じなのである。

今回は開館10周年を記念しての企画展とはいえ、よく通う、東博の平常展を上
回る内容に驚かされた。展示の仕方がユニークで、53点を六つの切り口でくくって
いる。掛け軸など日本画の形、水墨画の技、寄託された絵、小さな情景をモテ
ィーフにした作品、月がでてくる絵、動物画。これらの絵は並みの絵師によって描
かれたのではなく、ビッグネームが揃っている。俵屋宗達、狩野山雪、狩野常信、
円山応挙、長澤芦雪、伊藤若冲、谷文晁、池大雅、岩佐又兵衛、浦上玉堂、田能
村竹田、英一蝶、渡辺崋山、葛飾北斎。。大作あり、小品ありで見ごたえがある。

中でも一番嬉しかったのが伊藤若冲の絵を3点も観れたこと。ここに若冲があるの
を全然知らなかった。墨の滲みを活かした筋目描という若冲独自の手法がみられる
“寿老人・孔雀・菊図”、大作“月夜白梅図”、綺麗な色彩の右の“鸚鵡図”。若冲
の絵の魅力、緻密な描写と色彩の輝きを楽しめるのが“鸚鵡図”。鸚鵡の白い羽は
レースのように美しく、鸚鵡の止まっているTの字の台は赤、緑、群青で装飾的
に彩色されている。徽宗が描いた品のいい“五色鸚鵡図”に対し、伊藤若冲の“鸚鵡
図”は現代的で、サイケ調。拙ブログの若冲(04/11/29)、(3/7

大きな絵の“月夜白梅図”は来年1月、東京都美術館で開催予定の“バークコレク
ション展”のチラシにでていた作品と似ている。この絵に会えるのを楽しみにして
いたのだが、なんだかここで先取りして見てしまった感じである。嬉しい誤算。これ
だけの作品を見せつけられると、ますます千葉美のファンになってしまう。

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2005.11.15

名古屋ボストン美術館の花鳥画展

215名古屋ボストン美術館をはじめて訪問した。昔、仕事で3年弱、名古屋に住んでいたので、土地勘はあり、金山駅のすぐ前にある美術館へは楽にたどりつけた。

今年はここにルノワールの名品が出てたので、もっと前に来るつもりだったが、日程があわず、徳川美術館の源氏物語絵巻展とのはしごになった。今、“花鳥画の煌き展”が開催されている(10/22~06/5/21)。

HPをみて、是非見たいと思った目玉の作品は右の徽宗作、“五色鸚鵡図”。これ
は東洋美術では世界一級のコレクションと評価の高いボストン美術館が誇る国宝級
の一品と紹介されている。過去、日本であったボストン美術館の日本画展には
光琳、雪舟など質の高い名画が展示されたのをよく覚えているので、中国画もレベ
ルが高そうとふんでいた。以前拙ブログ(5/29)で書いた徽宗の“桃鳩図”(国宝)
をまだ、見れずにいるので、この絵は見逃すわけにはいかない。

期待通りの名画であった。宮殿内の庭園にある満開の杏の枝に鸚鵡が止まった
瞬間を描いている。杏の枝ぶりが美しく、右斜めに伸びた長い枝に鸚鵡が横向きで
止まる構図が秀逸。羽の色は落ちているが、頭から胸にかけての赤と花の白が
鮮やかで、うまく溶け合っている。叙情的な自然の風景をこれほど気品のある花鳥
画に変えてしまうのだから徽宗の技量は一級。この一点でもここへ足を運んだ
価値があった。

全く予想もしなかったのに喜ばしてくれる作品があった。それは保存状態のいい
浮世絵、広重の“水葵に鴛鴦”、“四切花鳥図”、北斎の“芍薬カナリア”、“鵤白粉
花”(いかるおしろいばな)、歌麿の“百千鳥狂歌合”。ここにある北斎の花鳥画
は現在、東博の北斎展にでている同名の作品(東博所蔵)より色が良く出ている。
びっくりすると同時にすごく得をした気分になった。日本画展でみた記憶のある
鈴木其一作、“菊図屏風”や狩野雅楽之助の“花鳥図屏風”も優品。絵画に比べ、
陶磁器は数が少なく物足りないが、質は高いのが出ている。

出品数はもっと多いと想定していたのに、65点しかなかった。ボストン美術館本家
から沢山はもってこれないのだろう。料金は1200円だが、1000円がいいところと
思うのだが。トータルの評価としては、徽宗の“五色鸚鵡図”と北斎、広重の絶品
に会えたので○

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2005.11.14

国宝 源氏物語絵巻

214土曜日、名古屋の徳川美術館にでかけ、源氏物語絵巻(国宝)を見てきた。その興奮がまだ冷めやらない。

徳川美では、開館70周年を記念し、10年ぶりに現存する絵巻全点を一堂に公開している(11/12~12/4)。今回は、6年前からスタートした絵巻の科学調査にもとづいて制作された手描きによる復元模写もあわせて展示している。この模写が素晴らしく、言葉にならないくらい感動する。

現在、絵巻は小説、“源氏物語”、54帖のうち19帖しか残ってない。もとは巻物
だったが、絵と詞書に分けられ、額に入れられて保存されている。主に徳川美
術館と東京の五島美術館が所蔵。過去、徳川美の3点、五島美の4点の7点し
かお目にかかってない。五島美は毎年一回、4点全部公開しているが、徳川美の
場合、節目の年でない限り、3点くらいしかでてこない。だから、全点観られるの
を首を長くして待っていたが、やっとその願いが叶えられた。

絵巻物は平安貴族文化の華であるが、源氏物語絵巻はその王朝絵巻の最高傑作。
12世紀前半に描かれたと言われ、よく知られるように、顔は引目鉤鼻(ひきめかぎ
はな)で、屋敷は屋根や壁の一部を取り払った、吹き抜け屋台で表現されている。
現存する絵巻は、物語が光から闇へと大きく転調する第二部(若菜~幻)、第三部
(匂宮~夢浮橋)に集中している。

登場する姫君や女房、男性貴族の面貌は、一線のように引かれた目、くの字状の鼻、
小さな口を特徴とする引目鉤鼻で表現されてるので、みな同じに見えるが、専門家に
よると、光源氏や女房の複雑な心情を表すため、目の線、髪の描き方に変化を
加えているという。だが、素人が褪色により元の色が無くなったり、顔の輪郭線が
薄れている原画からそれを読み取るのは難しい。顔や手の白がよく残ってるのは
3点しかない。また、一部残ってる装束の紋様、几帳の意匠、庭に咲いてる草花から
想像力を働かせて王朝世界をイメージするのはかなりシンドイ。色で興味深かった
のは、女房の装束に使われた柑子色(こうじいろ、やや黄みのオレンジ色)が割合
多く見られたこと。

絵巻を一通りみて、それが物語のどの箇所にあたり、どんな構図、色彩で描かれて
いたかを記憶にとどめ、次の展示コーナーに進むと、日本画の修復を手がけてる
画家が仕上げた復元模写が待っている。どれも素晴らしい出来栄えで、直前にみた
原画が900年の歳月を経て、当時の色彩を取り戻した華麗な彩色絵巻は変っている。
右は復元された“柏木三”。光源氏が心中の苦悩を隠して、実の子でない薫を胸に
抱き、薫の将来を思って歌を詠むところ。原画では源氏の着衣は褪色してくす
んだ紫色のように見えるが、X線写真を分析した結果、白地に銀の紋様をあしらった
直衣だった。女房の黒髪、装束の赤、深い群青も鮮やか。衣装や几帳の華麗な
紋様、御簾のつくりが平安王朝の世界にいざなってくれる。

展示替えで9点しか見れなかったが、蛍光X線、赤外線写真などの最新のデジタル
技術を駆使して、肉眼では分からなかった元の紋様、色を再現した作品をみれるなん
て、これほど幸せなことはない。源氏物語の復元模写プロジェクトに関わられた多
くの方々のご努力に対し、感謝するとともに、高い分析技術とその情報を絵巻に
結実させた画家の卓越した腕に拍手々。なお、この復元模写は、五島美術館でも
来年、2/18~3/26に公開される。

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2005.11.11

吉野石膏コレクションのルノワール

213山形駅の近くにある山形美術館を訪れたのは、日本画家、小松均の代表作“最上川源流”が展示してあるのを期待してのこと。

この絵は“昭和の日本画100選”に入ってるので、是非とも観たかったのだが、残念ながら平常展示にでてなかった。日本画にはよくあることで、気落ちすることでもない。

で、セカンドベストであった吉野石膏コレクションの鑑賞に頭を切り替えた。半年
くらい前、仙台出身のJuneさんにこのコレクションのことを教えてもらい、旅行ガイ
ドブックで事前にチェックしていた。これらの作品は、1991年から山形美術館に
寄託され、2階に常設展示コーナーが設けられている。本には、近代フランス
絵画を代表する画家の作品が充実していると記されているが、期待値はニュート
ラルだった。が、飾られてる絵を一つ々鑑賞していくうちに、これは質の高い作品
群だということが分かってきた。

コロー、ミレーからはじまり、マネ、クールベ、モネ、シスレー、ピサロ、ルノワール、
セザンヌ、ゴッホ、ユトリロ、ブラマンク、ルオー、ピカソ、シャガール、ローランサン、
ミロ、カンディンスキーまである。粒が揃っているのにちょっと興奮気味。オランダ時代の
ゴッホ作、“雪原で薪を集める人びと”にまず、驚かされる。構図がいい。真っ白な雪
の野原を4人の家族が薪を背中に担いだり、脇に持ち、家路を急ぐ姿からは、冬の生
活の厳しさがひしひしと伝わってくる。左斜め後ろの雪原に沈む赤い太陽が、苦し
い生活が続いても心に持ち続ける希望を象徴してるのかもしれない。

作品の数が多いのがルノアール(10点)とシャガール(13点)。ルノアールに素晴ら
しいのがあった。右の“幼年期”。1891年の作だから、プーシキン美展に出品され
てた“黒い服の娘たち”(1880~1882年)の10年あとに描かれたものである。
10人いると10人ともこの絵は女の子を描いたと思うだろうが、実は男の子。この頃、
フランスの良家では男の子に女の子の格好をさせる習慣があったという。この絵の
モデルは絵画コレクターでルノワールの友人だった人の子供。白と薄茶色の穏やかな
色彩で幼児の柔らかい肌とふっくらとした顔を表現している。心が和む名作である。

これで日本にあるMyルノアールが3点になった。他の2点はブリジストン美の“すわる
ジョルジェット・シャルパンティエ嬢”とポーラ美の“レースの帽子の少女”。この地
でルノワールの名作に会えるとは予想だにしなかった。山形美術館、恐るべし。

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2005.11.10

羽黒山五重塔

212洛中洛外図とともに今回の山形旅行の目玉、“羽黒山五重塔”は山形自動車道の庄内あさひICで降りて、30分くらい走ったところにある。

雪道を運転する経験が無いので、11月上旬がここを訪れる最後のチャンスと心得、計画を練っていた。出羽、羽黒山の五重塔(国宝)をこの目で見てみたいと思った直接のきっかけは、2年前、BS2であった“国宝100選”に冬の五重塔が登場し、その古くて凛々しい姿
に魅せられたため。ちょうど右の写真のような感じだった。

海抜436メートルの羽黒山の麓から出羽神社の表参道ははじまっており、歩い
て間もなく、樹齢2、3百年を超える鬱蒼とした杉並木に囲まれる。中でも千年を
超えるという巨杉、“爺杉”にびっくりし、ため息をついたあと、顔を右に向けると、
杉木立の間から五重塔が姿をあらわす。小さな石が敷き詰められた道の両側にそ
びえる、垂直線から少し内側に傾いた老杉が奥に立つ五重塔を引き立てている。
ううーん、これは立派な五重塔。。とつい唸ってしまう。誰もがここで写真を撮りたく
なるのではないだろうか。

この塔は、承平(じょうへい)年間、(931~938)平将門(たいらのまさかど)の
創建と伝えられるが、現在の塔はその後の再建によるものであることが分かっている。
おおよその時期は応安年間(1368~75)。世は鎌倉のあと、南北朝時代のころ
である。五重塔は三間五層の木造で、高さは30m。屋根は柿葺(こけらぶき)。
長年の風雪により、木肌が風食し、白くなっている。白さが時の流れを教えてく
れると同時に、その古さが極上の美をつくりだしている。

歴史的にみると、五重塔はその存在が危うい時期があった。明治の廃仏毀釈で、
まわりの石地蔵が谷底に捨てられたり、仏像が売り払われる中、五重塔も百日以内
に破壊せよと命じられたが、幸い、豪雪の時期に入ったため、破壊を辛うじて免れ
たという。五重塔を見た後、クルマで山頂まで行き、月山、羽黒山、湯殿山の三神
を祀っている“三神合祭殿”(重文)を参拝した。急な石段を慎重に登りながら、
上を見上げると、白が鮮やかな龍の彫り物がこちらを睨んでいた。日光東照宮の
豪華な彫刻の小型版である。現在、修復中で残念ながら、祭殿全体の姿をみること
ができなかった。

案内の人に月山までクルマで行けるか訪ねると、もう冬期なので無理とのこと。
次回の月山登りに思いを馳せながら、羽黒山を後にした。

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2005.11.09

洛中洛外図屏風(上杉本)

211米沢に旅行し、念願の“洛中洛外図屏風”(上杉本、国宝)をみてきた。米沢市上杉博物館は年2回、春と秋(11/8終了)、狩野永徳作、“洛中洛外図屏風”を公開している。

この屏風はこのあと、10月に開館した九州国立博物館の記念展(11/27まで)に出品される。多分、“唐獅子図”との入れ替えになるのだと思う。

上杉博物館はもっと古風な展示空間を想像していたが、大きくてモダンな博物
館だった。“洛中洛外図”だけの観覧料は200円。これを見るために横浜
からクルマを約3時間走らせた思い入れの強い作品だけに、館内に1時間くらい
いた。一つの絵にこれほど時間をかけたのははじめて。金雲たなびく華麗な画
面を隅から隅まで、夢中でみてると時間が経つのも忘れてしまう。隣の方が
“まだ観るの?”とチェックしてくれないと次の行程に影響するところだった。

過去、洛中洛外図屏風をいくつか見たが、上杉本の素晴らしさは群を抜い
ている。六曲一双の右隻には、祇園会の山鉾を出す商業地区である下京が、
左隻には武家や公家の邸、寺社がある上京が描かれている。二つのことを考え
てこの屏風を鑑賞した。まず、狩野永徳の絵師としての腕は如何程なのか、
色彩、構図、筆致は冴えてるか、もう一つはこれが一番の楽しみであるが、
京の都における四季の風物、行事、人々の仕事ぶりや娯楽などがどう描き込
まれているか、

洛中洛外図は他と同様、金箔の雲、街路が画面全体にあふれる装飾画
である。装飾の目的は観てる人の目を楽しませることだが、永徳はこれを見事
に成し遂げている。眩い金が画面一杯にあふれるなか、鴨川の水を表す深い
群青、鳥居の赤、御所の庭の白にも目を奪われる。京の全貌を金箔でパノラマ
的に描くこの屏風はガラスケースから少し離れてみると、装飾品そのもので、
豪華な着物の文様のようにもみえてくる。

狩野永徳の画技の高さはこれだけではない。金雲の間に出てくる人々の日常の
営み、エネルギッシュな祭りなどの場面や町屋、邸宅、寺社、農村の風景が
細かくリアルに描かれている。この屏風の最大の魅力は描写の細かさ、情報量の
多さかもしれない。右は右隻に描かれている祇園会のクライマックス、山鉾巡行
の場面。派手に飾り立てた山鉾がアドレナリン全開の町衆たちに引かれてい
る。祭りの熱気が伝わってくるようである。京に住む人たちばかりでなく、周辺か
らも花の都のイベントを見るため、多くのひとが集まったのであろう。

祭りのほかに、赤いちゃんちゃんこを着た猿が芸をするところとか、師走、琵琶
法師が犬に追っかけられる場面、相撲をとったり、弁慶石を持ち上げて力比べをす
る男たち、公衆浴場で湯女が入浴の世話をしているところなど興味深い場面が
沢山でてくる。時間が許せば2時間でも、3時間でも見ていたい気分だった。
満足度200% 

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2005.11.05

棟方志功の弁財天妃

282鎌倉・葉山は家から近いので、ここにある美術館へは平常展を観るため、頻繁に通っている。

出かけるときは、鏑木清方記念美術館、山口蓬春記念館、棟方志功板画美術館をはしごすることが多い。棟方板画美術館の秋期展示、“大世界・小宇宙”(10/1~12/18)は充実している。

03年11月、Bunkamurであった“棟方志功、生誕百年記念展”にここが所蔵
する作品が沢山出品されたが、展示替えのため見逃したのもかなりある。
そのときの図録を眺めながら、見てない絵がでてくるのを楽しみにクルマを走らせている。

館長の話によると、3年通うとだいたい見終わるという。それくらい、ここの棟方作品は多い。館の図録は分厚くなく、全部載ってないのが残念だが、記念展ので展示作品をチェックしている。

右の“弁財天妃の柵”は過去、数回観たことがある。棟方の女性像というとすぐ
思い浮かべるのがこの大首絵美人画。丸顔で大きな瞳、小さな口、色白の
顔の頬と耳たぶにつけられた丸い紅といった特徴を持っており、このふくよかな
美しさにいつも見とれてしまう。棟方の色彩感覚は特別で、赤の使い方が上手い。
背景の赤が弁財天の体の白さをより引き立てている。

小品の名画がこの“弁財天妃の柵”なら、大作の傑作が“大世界の柵”(坤ー
人類より神々へ)。棟方作品の中で最大の板画。13mある。これは倉敷国際ホ
テルの依頼により制作されたもので、生命の賛歌がテーマになっている。
裸婦や嬰児、子供が描かれいるのだが、白黒板画であることと人物の描き方が
大胆でデフォルメされてるため、最初は一体々どうなってるのかよく分からない。
10分くらい目をこらしてると、段々輪郭がみえてくる。

裸婦はちゃんと立ってるのが少なく、頭を下にし、足が上向きになってたり、
体が横向きになっている。そして、これも分かりにくくしている原因だが、手や足
が異常に大きく、あちこちに伸びたり、曲がっている。で、全体の人物の配置
が頭に入り、左端の赤ちゃんの誕生が祝福され、子供たちをやさしくいたわる
母親の場面に目が移ると、じわじわと心が揺さぶられてくる。こういう作品を絵に
力があるというのだろう。2年ぶりに観たが、前よりずっと感動した。

11/6~8の拙ブログはお休みします。

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2005.11.04

大アンコールワット展

209横浜そごうで開催されてる“大アンコールワット展”は大きな感動が得られる展覧会である。開館記念とかの名がつく企画展は過去の経験から言えば、二重丸のことが多い。

今回はそごう美術館の開館20周年を記念して、カンボジアのプノンペン国立博物館が所蔵するアンコール時代(6世紀から15世紀)につくられた砂岩、青銅の彫像を82点展示している。

小さい頃から、神秘のアンコールワットはいつか見てみたいなと思わせる世界的
な遺跡であった。1992年、世界遺産に指定されている。だが、この遺跡は政治的
混乱により、長く世界の人々の目から消えていた。現在は日本をはじめ各国の
協力を得て、修復が進み、保存、維持のための人的、資金的な環境が整備され
てきた。日本では上智大学の学術調査チームが新たな発見、現地スタッフの人材
育成などで大きな貢献をしている。

展示されてる彫像は砂岩のものが大多数を占める。深く感動する作品は12世紀末
~13世紀初頭につくられたバイヨン様式のもの。拙ブログ8/15にとりあげたのと
同じくらい美しい彫像が2点でている。ひとつは右の“ジャヤヴァルマン7世の
頭部”。威厳を秘めて瞑想する男性の姿は力強く、迫真性に満ちている。と同時
に、口元は微笑んでる(アンコールの微笑みと呼ばれている)ようにも見え、その美
しさは比類がない。頭の形は異なるが、もう一つの傑作、“ひざまずくプラジュー
ナーパーラミタ”にもバイヨン様式の面貌表現の特徴である太い眉、大きな鼻、
厚い唇、静かに結ばれた口元がみられる。そして、この女性もかすかな微笑みを
たたえている。

この2点より100年くらい前、同じ砂岩から制作された仏像、“ナーガの上に座る
ブッダ像”も心が癒される素晴らしい作品。これは、悟りをひらいたブッダがその直後
に悟りの内容を思い起こしながら瞑想していた時、蛇王ムチリンダというナーガ(蛇)
が地中から現れ、ブッダを風雨から護ったという説話をもとにしている。三重の
とぐろを巻く蛇身を台座にして瞑想するブッダの顔はふくよかで本当に綺麗。じっとみ
ているとトロッとしてくる。昔、ギメ美術館展にでてたクメール彫刻を鑑賞したときに
味わった感動が蘇った。そごう美術館に感謝。なお、展示は12/18まで。

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2005.11.03

知恩院の早来迎

2082ヶ月くらい前、京博のHPで知恩院が所蔵する“阿弥陀二十五菩薩来迎図”(早来迎、国宝)が平常展にでてくることを知り、すぐ京都行きを計画した。

仏画の国宝をひとつ々つぶしているが、この早来迎は待ちに待った作品。仏画のコーナーは、ほかにも“山越阿弥陀図”(京博蔵、国宝)が出品されるなど来迎図のてんこ盛り。来迎図の名品、2点を前にして、心臓がばくばくしてくる。

来迎図は仏の世界と現世との交信を劇的に表した絵で、阿弥陀如来が死者を
お迎えに来る場面が描かれている。平安時代に描かれた来迎図と較べると、
浄土宗や浄土真宗の新仏教が誕生し、浄土思想の広がった鎌倉時代の来迎図は、
お迎えに動きが加わり、横向きの阿弥陀如来に変ってくる。右の“阿弥陀如来
二十五菩薩来迎図”では、阿弥陀如来は笙、琴、琵琶などを奏でる25の音声菩薩
たちを従え、雲に乗って往生者(右下)のもとへ西方極楽浄土から一気にすべり
降りてくる。

体をくの字にした菩薩の姿や白が印象的な雲のウエーブの様子がそのスピード
感をよくあらわしている。図録でみて動きのある来迎図だなと感心していたが、本物
でそれを実感した。眼下の景色は満開の桜。桜を添えるというのは、桜が無常感
の象徴として使われてたためであろう。すぐに西行の歌、“願わくは花の下にて春
死なむ”を連想する。

京博蔵の“山越阿弥陀図”には往生者はでてこない。阿弥陀如来は、二つの山の
裾野が交わるあたりの向こう側から6人の菩薩を従えて、上半身を現すのみで、
それより手前に来る気配がない。静的な来迎図である。同じ山越阿弥陀図で次の
ターゲットとしているのが京都、禅林寺にあるもの。当時、死にゆく者を北枕にし、
西方に置かれた山越阿弥陀図の阿弥陀如来の手からは実際に、青、赤、黄、白、
黒の五色の糸がたらされていた。その時の二つの穴が残っている。死が近づいてい
る人間は必死にその糸を握り、ただただ極楽浄土に連れていってもらうことを
祈ったのである。

来迎図を見るのは、いつか、現世から離れていくときのリハーサルのためではなく、
美術品としての仏画に魅せられてるだけなのだが、家に帰ると、隣の方から“お
迎えが来たときの心の準備が出来たでしょう”と言われた。なお、この平常展
は11/13まで。

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2005.11.02

六道絵

207先週の新日曜美術館で現在、京都国立博物館で開催されている“最澄と天台の国宝展”(10/8~11/20)を紹介していた。

京都行きはここの平常展に展示される知恩院所蔵の“阿弥陀二十五菩薩来迎図”(国宝)を観ることが主目的で、企画展の方はお目当ての美術品、2,3点だけをしっかり見ようという腹づもりだった。この展覧会は来年、3/28~5/7、東博でも見られるので、今回は軽く目を
慣らす程度で済まし、沢山でている作品の数々はそのときじっくり鑑賞しようという
のが2ヶ月前考えたトータルプランだった。

ただ、一点気になることがあって、10月中に訪問しておきたかった。理由は右の
“六道絵”(ろくどうえ)の展示が10月で終了するため。六道絵(国宝)は全部で
15幅あり、一堂に展示するのは32年ぶりのことらしい。過去、一部の地獄絵を
見たことはあるが、全部を見る機会はこれを逃すともうずっと先になる。日本美術
の展覧会では別の会場に巡回する際、展示内容が変ることがよくある。確認し
てないが、東博で六道絵が同じ期間そして全部展示されるかどうかわからない。
期間は短くても構わないが、全点でないときは悔いが残る。これを所蔵しているの
は滋賀の聖衆来迎寺なので、京博だけの特別出品ということも充分考えられる。
で、2週間前に出かけ、保険をかけておいた。

六道絵は六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)を輪廻転生し、苦悩や悲惨、
恐怖を存分に味わってる人間たちの姿を描いた絵。源信(げんしん)が著した“往生
要集”(985年)の中で描写されてる六道の情景を人々がイメージし易いように
ビジュアル化したものである。源信の唱えた分かりやすいキャッチフレーズ、“厭離
穢土、欣求浄土(おんりえど、ごんぐじょうど)。地獄を避け、浄土へ行こう”を実現
するため、極楽との対極にある地獄の実相を見せることで救済をはかろうとした。

浄土を渇望させるには地獄は怖ければ怖いほうがいい。地獄の番人、鬼にのこぎ
りで体を真っ二つに切られたり(黒縄地獄)、口を無理やり開けさせられて、火で
焼かれた丸い鉄の玉を入れられたり(阿鼻地獄)、する残酷なシーンが緻密に描か
れている。絵とはいえあまり長くはみていられないのが右の“人道不浄相”(部分)。
野辺に捨てられた美しい女性の腐乱した死体がカラスや犬、狼らに食いちぎられ、
その下には骨がある。凄惨な光景である。上のほうにも死体が転がっている。
現世のはかなさをあらわすのにこれ以上の絵はない。

赤い炎が何箇所にも描かれ、罪人が鬼から様々な拷問を受けているお馴染みの
地獄絵が一番のお目当てなので、細かいところまで見ようとするのだが、暗い色調
とガラスケースの向こうにあるため、なかなか輪郭がつかめない。東博では単眼鏡
を買って見る事に決めた。この絵はもう一回じっくりみようと思う。

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2005.11.01

中国歴代王朝展

206京都駅にある伊勢丹デパートの7階に、美術館「えき」KYOTOというのがある。そこで、11/6まで“中国歴代王朝展”が開催されている。

他の美術館でやってるお目当ての企画展へ心がはやるまま、タクシー乗り場に向かっていたら、途中でこの展覧会を告知するチラシが目に入った。すぐ、これは8月頃、森美術館でやってた“中国・美の。。。展”だなと早合点し、東京では見逃した展覧会を是非ともリカバリー
しようと、美術館を回る段取りを修正した。

ここは新幹線に乗って帰る前に入館した。見終わるまでは森美術館と同じ展示内容
と思っていたが、案内の方から別の企画展だということを教えられた。3月、熊本県立
美でスタートし、これまで大分、鹿児島、新潟を巡回し、京都で10/6から公開され
ていた。このあとは、福岡アジア美術館にいくことになっている(来年1/2~2/19)。

出品作は中国の殷、、漢、、唐、宋に造られた青銅器、玉器、陶器、石彫、木彫
など100点あまり。森美術館のときも盛んに宣伝していた日本の国宝に相当する
“一級文物”が25点あるというから、なかなかの名品が揃っている。中国の美術品で
興味があるのは玉の作品と陶磁器。以前にも見た、玉衣が2点でていた。玉衣は皇帝
や貴族が亡くなったときにつくる葬式の用具であるが、玉片を繋ぎ合わせる金属
の糸は身分により、金縷、銀縷にわかれる。金縷、銀縷の玉衣を仔細にみると、
金縷のほうが使われてる玉の質が断然いい。細工も違い、金縷玉衣の目には真っ
白の玉が埋め込まれているのに対し、銀縷の目は他の茶色の玉片と変らない。

はじめてみる文物で感動したのが、右の“青銅製金銀象嵌紋屏風台座・鹿をくわえ
る虎”。戦国時代(BC4世紀~3世紀)につくられた工芸品としては最高傑作の
一つに数えられるという。ほかに犀(さい)と神獣のものがある。この3点が丸いターン
テーブルに載せられぐるぐる回っている。見事な作り物をこんな風にみせてくれるの
で、動物の体全体を細部までみることができる。

なかでもこの“鹿をくわえる虎”に惹かれた。金銀の象嵌で表された斑紋をもつ虎は
口で鹿の腰に噛みつき、右前爪で鹿の脚をつかんでいる。日本画でよく虎図を
みるが、他の生き物を捉えた虎にお目にかかったことがない。向こう側から
みると、鹿は虎の口から逃れようと、必死にもがいてる。弱肉強食の生々しい光景
をモテイーフにしたというのも驚くが、金銀象嵌の高い技でつくれた装飾的な紋様
や虎のリアルな造形に心が揺さぶられる。京都でこんな素晴らしい作品に出会うと
は夢にも思わなかった。My中国美術品のなかでは忘れられない一品になった。

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