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2005.10.31

シュヴァンクマイエル展

205山口蓬春記念館にクルマを走らせたので、目と鼻の先にある神奈川県立美術館葉山で開催中の“シュヴァンクマイエル展”の中にも、入ってみた。いつもと違って緊張する。

この展覧会のことは1月、ここであったハンス・アルプ展のとき知ったが、作家の名前を聞いたことなかったのと作品が無秩序で暴力的なイメージがしたため、ただ難しいだけではないかと腰が引けていた。

現代アートの展覧会というのは、感じるよりも考えたり、理解しなくてはいけない
作品が多いので、つい食わず嫌いになる。でも、今回は入館料金だけを払い、
面白くなければいつも購入する図録を買わない分、費用が少なくて済むと思って、
鑑賞した。ところが、作品を見ていくうちに面白さが増してきた。

プラハ生まれで現在、71歳のヤン・シュヴァンクマイエルは現代のアンチンボルドで
ありシュルレアリスト。最初のコーナーに、神聖ローマ帝国のルドルフ2世の時代、
皇帝好みのグロテスクで奇怪な絵を描いたアンチンボルド(拙ブログ2//20)への
オマージュの絵やオブジェがある。“食虫動物Ⅱ”という作り物では、真ん中にいる
ふぐのような魚の背中から腹部あたりにかけて、鳥の形をした人間の下半身がつき
ぬけている。その足はサンゴみたいで表面に貝殻がいくつもついている。アンチン
ボルドがみたら、“お前もなかなかやるな、ルドルフの旦那の耳に入れとくよ”と言い
そうな作品が8点ある。

さらに、ヤンの妻、エヴァの描いた面白い絵にびっくりした。秀逸なのがボッティチェリ
の“ヴィーナスの誕生”をパロった“ヴェノウシュの誕生”。エヴァは他にも巨匠たち
の例えば、マネの“草上の昼食”などを真似た絵を何点も制作しているらしい。そして、
真ん中の部屋にあった右のオブジェ、“生と死をめぐる対話”に釘付けになった。

毛の無い男性の頭が向き合っている。その目はバセドー氏病を患ってるのではな
いかと思わせるほどとび出ている。頬や額からは仏像の千手観音のように手がいくつ
も出ており、その手に持ったフォークで相手の白一色の顔、頭を突き刺している。
突いた痕ととして残る点々が実にリアル。かみ合わない対話の度にお互い、フォーク
で突いてるのであろう。この作品は凄く説得力がある。対話の成立しない悲劇を
言葉で訴えるより、これをみてる方が実感できる。普段は芸術品を難しく考えな
いで見ているが、こういう作品にお目にかかると芸術のもってる力の大きさを感じて
しまう。ここでは“不毛の対話”という良く出来た別ヴァージョンを短編フィルム
で見せている。

03年、プラハを訪れたが、人形劇を見せるところがいくつもあった。ここは昔から操り
人形が有名で、ヤンとエヴァが作った人形劇の作品が最後のコーナーに飾ってある。
これらは映画“ファウスト”や“アリス”で実際に使われたもの。予備知識が全くなか
ったヤンのつくるオブジェや映像、そしてエヴァのシュールな絵に大変感銘を受け
た。グロテスクで魔術的な作品だが、ユーモアにも溢れている。来年、新作の映画
が上映されるらしい。面白い作家に出会えて喜んでいる。なお、会期は11/6まで。

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2005.10.30

川端龍子の屏風絵

204今年開催される日本画の展覧会で、村上華岳、小林古径とともに注目していた“川端龍子展”が、29日から江戸東京博物館ではじまった。

1月、エミール・ガレ展を見にはじめてこの博物館へ足を運んだとき、建物の大きさに驚いたが、地下の展示場に飾ってある川端龍子の絵も他の画家のものとは比べものにならないほどデカイ。

大田区にある龍子記念館を訪ね、大きな絵に目が慣れてくると、龍子の作品
に限って言えば、普通サイズの絵ではなにか物足りず、大作でないと龍子の絵
を見た気がしなくなる。その点、この展覧会は申し分ない。龍子記念館や山種美など
から出品された大画面の絵が何点も所狭しと並べられている。絵を一部のパトロン
や美術愛好家が部屋で鑑賞するために制作するのでなく、一般の人が展示会場
で見て楽しめるようにしようという新しい考え(これを会場芸術主義という)から描かれ
た大きな絵が、このくらいあると圧倒される。また、出展作の質も1997年にあった
大回顧展と同じくらい高いので、次第に気分がハイになっていく。

中でも惹きつけられるのは“龍安泉石”、“鳴門”、“潮騒”、右の“草の実”、“新樹の
曲”、“南飛図”、“源義経(ジンギスカン)”、“霊泉由来”。前回の展覧会では展示
替えで見れなかった“鳴門”はお目当ての作品。所蔵する山種美でも大作なので、
なかなか展示の機会が無い。ようやく見れた。拙ブログ9/7に載せた“潮騒”と
よく似た作品で、海の深い青といくつも発生した渦のまわりにできる白い波頭が目に
とびこんでくる。躍動感あふれる渦潮の流れに合わせるように左端に一羽の海鳥が飛
んでいる。龍子は実際に鳴門の渦潮を見て、そのイメージをもとに描いたのではない
が、ダイナミックな渦潮の様子を見事に表現している。

“草の実”も是非見たかった絵。昨年の琳派展にでた東近美の“草炎”と構図は
ほとんど同じ。紺地に金泥で細部まで丹念に描かれた様々の秋草が浮かび上がって
いる。江戸琳派、酒井抱一の“夏秋草図屏風”にみる装飾美とはまた異なる、能の
幽艶な世界を感じさせる作品である。この画家の想像力の豊かさと筆力は尋常で
はない。

それをよく表しているのが“南飛図”。群雁の飛ぶ光景をその真上から見て、描いて
いる。この視点は普通の人にはなかなか思いつかない。最初、この絵を見たとき、意表
をつく構図に声がでなかった。龍子の頭の中で、視点と構図がぐるぐる回ってるの
だろう。この絵をチラシに使ったのは来場者を集めるのに効果的だと思う。川端龍子
を知らない人でも、これをみて興味を抱く人がきっといるはず。

なお、会期は12/11まで。このあと、二箇所を巡回する。06/1/2~2/19:茨城県
天心記念五浦美術館、4/11~5/21:滋賀県立近代美術館。東京に出品され
ない作品が五浦美にでてくるので、来年、また出かける予定にしている。

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2005.10.29

堂本印象の襖絵

203京都美術館巡り旅行の目的の一つは堂本印象の作品を見ることだった。今、立命館大学のすぐ前にある、堂本印象美術館で“新造形作品展”(11/27まで)が開かれている。サブタイトルに“前衛と伝統、竹林寺襖絵を中心に”とある。

だいぶ前、この美術館を訪問したとき、堂本印象の作域の広さに度肝を抜かれた。日本画家がこんな前衛的な抽象絵画を描くのか!しかも晩年になってから。
この画家は歳を重ねても枯れることなく、逆にみずみずしさを保ち、新進のアー
ティストのように、誰も思いつかない新しい造形と天性の色彩感覚で表現された作品
を次々と生み出していった。近代日本画家の中では稀有の才能をもった画家である。

前衛と伝統を一つの画面に表現したのが一連の寺の襖絵。西芳寺(苔寺)、法然
院の住職はよほど芸術への理解があるのか、印象が制作した前衛的な襖絵は
今、寺の一室におさまっている。これらの襖絵の金地には伝統的な山水、松や鶴
といった具象的な対象が描かれているのではなく、墨の太い線や赤や緑、青
などいろいろな原色で彩色された円や長方形で構成されている。金地を背景に描か
れた柔らく変容した抽象的なフォルムはリズミカルで装飾性に満ち、琳派風の
襖絵を連想させる。

こうした襖絵を一度直に見てみたいと前々から願っていたが、高知の竹林寺にある
同タイプの襖絵が今回、40余年ぶりにこの美術館で公開されることになった。
右は4つある襖絵のうちの一つで、“風神”。“雷神”とペアになっている。俵屋宗達
や尾形光琳が描いた“風神・雷神”のような具体的な形は見えない。横や縦にか
すれて、また太く流れる墨線が風神をかすかにイメージさせるだけである。三箇所にみ
える濃い赤のかたまり、右上と左端に描かれた青や黄色、紫などでつくる装飾的
な模様が心を打つ。風神は姿を見せないが、風が画面一杯に吹いている様子は感じ
取れる。

襖絵のほかに、代表作の“交響”やザオ・ウーキーを思わせる墨の線を重ね合わせた
作品など、現代感覚あふれる前衛的な絵画がいくつもでている。堂本印象の世界
にますます惹きこまれていく。作品の数は少ないが、すごく気持ちをリフレッシュし
てくれる企画展であった。

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2005.10.28

森田曠平の屏風絵

202日本橋三越は今年、日本美術院関連の展覧会をよく開催する。1月の“岡倉天心と日本美術院展”に引き続き、今度は“再興院展 90回の歩み展”である(10/18~30)。

日本美術院には横山大観、小林古径、前田青邨らの錚々たる画家が属し、創設者、岡倉天心の遺志を受け継ぎ、近代日本画の発展を主導してきた。同人たちの作品はそのまま日本画を代表するものが多く、現在も平山郁夫や女流
画家の片岡球子などは毎年、出品している。スター画家の集団である日本美術院
はプロ野球で言えば巨人のような存在である。

院展の開催を楽しみにしている日本画愛好家は多く、今回も大勢の人が駆けつけて
いた。3つある展示会場をみて、これは出展数と質とも期待できそうだなと昂ぶる気持
ちを抑えながら、作品を見て回った。全部で126点ある。多いだけでなく、ブランド
画家のいい絵がかなりある。一部、1月の展示とダブルのがあるが、赤丸の作品
だったのでほっとした。これなら納得がいくし、嬉しい気持ちになる。

その一つは岩崎英遠の“神々とファラオ”。砂漠を進む駱駝の上にガリバーのような
巨大なファラオが蜃気楼のように現れている。古代エジプトを象徴する印象深い作品で
ある。北澤映月の絵が1月にも出ていたが、今回も面白いのがあった。山種美で
最近、樋口一葉を描いたいい絵をみて、この画家が高い技量の持ち主であることが
わかってきた。とくに惹きつけられた“舞妓”では他の日本画家が決してやらない描き
方をしている。これに驚かされた。扇子を持ち座ってる舞妓の鼻の線がマティスのよう
に緑の線になっている。ありゃら。。日本画家は西洋画をよく研究しているので、北澤
はマティスの真似をしたくなったのだろうか。自由な絵心をもった画家である。

はじめてみる作品で一番嬉しかったのは森田曠平(こうへい)が描いた右の“惜春
(盲目物語)”。常日頃、この画家の回顧展に出会うのを強く願っている。昔、山種美に
ある代表作、“出雲阿国”を見て以来、その作品に注目しているが、まだ、数点しか
お目にかかってない。“惜春”は京近美の所蔵で、谷崎潤一郎の“盲目物語”を
題材にした作品。森田は歴史人物画を得意としており、不幸な運命を辿る浅井長政と
妻お市の方が、桜の下でお茶々らの舞をみている場面を描いている。右下隅に
いるのは物語の語り部、盲目の弥一。金地に満々の桜を咲かせ、衣装も紋様まで
細かく、色鮮やかに描いた実に華麗な絵である。顔は男も女もふっくらとし、ちょっと
釣りあがった鋭い目に特徴がある。インパクトのある目と華やかな画風がこの画家
の最大の魅力。

今回、今村紫紅、前田青邨、小林古径、安田靫彦、奥村土牛、近藤浩一路、小茂田
青樹、小倉遊亀、片岡球子、中村岳陵らビッグネーム画家の名作が沢山でている。
これだけ質の高い日本画を見る機会はそう無い。三越には失礼な言い方になるかも
しれないが、ここで展示するのはもったいないような展覧会であった。

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2005.10.27

祝千葉ロッテマリーンズ 日本シリーズ優勝&祝ホワイトソックス ワールドシリーズ優勝

201昨日はロッテが日本チャンピオンに、今日は海の向こう米国ではホワイトソックスがワールドチャンピオンになった。ともに相手チームに対して4連勝、sweepで覇者となった。拍手、拍手。

勝ち方は4連勝と同じであるが、その試合内容は雲泥の差がある。日本シリーズでの4連勝というのはたまにある。近いところでは02年、原ジャイアンツが井原監督率いる西武をストレートで破った。

今回はタイガースを相手に、プレーオフを戦って勢いづくロッテが打線の爆発と戦前から評価の高かった投手力をそのまま発揮し、タイガースの反撃の芽がでかかる前にシリーズを終わらせてしまった。

最初の3試合ともロッテの得点は10点、タイガースは1点しかとれない。第4戦こそ
タイガースは投手陣がロッテの打線を3点に抑え、接戦にもちこんだが、チャンス
をことごとく潰し、1点差で敗退した。こんな一方的な戦いだと、日本シリーズの楽し
みなどどこにも無い。12球団のチャンピオンを決める試合として、これほど盛り
下がったのは過去にあまり例が無いのではないか。

評論家はタイガースの岡田監督が短期決戦をわきまえない戦い方をしたとか、采配
にいろいろ注文をつけている。勿論、JFKの早めの投入とか流れを変える投手起用が
あったかもしれないし、2年前も敵地で2敗したが、甲子園に戻って3連勝したのだ
から、打線の奮起を期待できたかもしれない。だが、如何せん打線がこれほど不振
では作戦も立てようがないのではないか。主砲の金本、今岡がソフトバンクの松中
現象になってしまった。タイガースの選手や岡田監督を責めるのは可哀想というもの。

タイガースは3週間前まではいい試合をする強いチームだったのだから。投手力が
よく、赤星が塁にでて金本や今岡が鋭い当たりで、ランナーを還していた。だが、
3週間も実戦から離れるとこんなに調子が狂ってしまうのである。勝負事は緊張感が
切れた方が負けなのである。優勝したロッテの選手は、ソフトバンクとの第3戦、勝っ
てた試合をまさかの逆転を食らって、流れがソフトバンクに行きかけた厳しい4、5
戦を戦い抜いてきた。精神的にぐっと強くなって、3日後、地元で日本シリーズに
入っていった。ロッテの選手とタイガースの選手たちの試合に入る前の状況にこれ
ほど差があったわけで、これが本番の戦況に影響が出ないわけがない。

タイガースの選手は言い訳をしないだろう。選手や監督の立場では、日程がこんな
に不利では勝てませんよなんて言えるわけが無い。日本で松中と一、二を争う凄い
バッターの金本に“力が足りなかったのですから”と言わせるのは酷ではないか。
選手の気持ちを察して、誰かが日本シリーズの日程について、プレーオフとの連動
を含めて、声を上げなくてはいけないと思うが、残念ながら、具体的な議論がな
されない。その理由は前回いろいろ書いたので繰り返さない。

昨年も中日が同じような状況で、西武に敗れた。隣の方がぼそっと、“今年はパリー
グのソフトバンクとロッテのプレーオフが一番面白かったはね。パリーグの2位狙
いがチャンピオンへの近道ね”と言った。その通り。多くの野球ファンが同じ感じを
持ったかもしれない。ということは、パリーグがフレーオフを続け、セリーグはプレー
オフをはじめないとすれば、来年の日本シリーズにはもう誰も期待しなくなる。

ロッテ、バレンタイン監督の登場で、今や野球の質はパリーグのほうがセリーグより
上になっている。パリーグがさらに盛り上がるためには、プレーオフの改善が
必要。一つのアイデアは、プレーオフは1位と2位の戦いだけにする。方式は現在
もままでやる。そうするとソフトバンクのように待たされることがない。3、4位の試合
をつくったのは消化試合を失くすのが目的だったが、1,2位だけのプレーオフでも、
2位に入ろうとレギュラーシーズンの最後まで3チームくらいが競うので戦いの
熱狂度は変らない。

こうすれば、パリーグの日程の問題は解決する。問題は日本シリーズの前をどう
するかだが、同じ事をセリーグも実施し、プレーオフの勝者が3日後くらいにすぐ、日本
シリーズを戦う。シンプルに考えるとこれがいいと思うのだが。。日本ではコミッショ
ナーは機能しないし、リーグ優勝が最大の目標という選手、監督の意識づけもすぐ
には変らないだろうから、実現の可能性は10%もないだろう。見る側は大リーグ
のポストシーズンを楽しむので、リーグ優勝の感激だけでいいと思ってる人が多い
のかもしれない。あの、熱狂的なタイガースファンだってやけにおとなしいではない
か。一言ありそうな、星野SDも当事者なので、負け惜しみに取られたくないから
沈黙を守ってるのだろう。タイガース関係者以外の誰かが言ってやればいいのに。

大リーグでは井口のいるホワイトソックスが88年ぶりのワールドチャンピオンに
輝いた。井口はこのシリーズ、第3戦で追い上げの一打を放って打点を挙げたし、守備
でも勝利に貢献した。幸運にも、1年目で、チャンピオンリングに一番近いと思われて
いたヤンキースの松井より先にリングを獲得してしまった。スモールボールの“つなぎ
の野球”でチーム力をあげたホワイトソックスに入団したのが、いいことのはじまり
だが、本人の高い能力と体調維持に努めたことが活躍を支えたのだろう。井口の野手
としての働きは現地でも高く評価されている。走攻守三拍子揃った井口が、ホワイト
ソックスの中心選手として活躍するので、応援にも力が入る。来年も今年以上の成績
が残せるようステップアップしてもらいたい。今年の井口の頑張りに拍手。

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2005.10.26

モネの睡蓮

813先週、京都にある美術館をいくつか回った。その一つがアサヒビール大山崎山荘美術館

開催中の陶芸展に関心があったのと有名なモネの睡蓮を是非とも見たかったので、阪急に乗り、美術館をめざした。大山崎駅の前で館が所有するバスが送迎サービスをしてくれるので助かる。

ここにある睡蓮に出会ったのは03年、森美術館の開館記念展覧会。それが右の絵。
大きなキャンバスに描かれた睡蓮の白とピンクと紫が美しく輝いていた。モネの
大ファンでこれまで内外の睡蓮の連作シリーズを鑑賞してきたが、感激度では五本
の指に入る素晴らしい作品だった。

地下の新館に展示してある右の睡蓮と再会して、左右を見回すと同じくらい魅力
的な睡蓮がほかに3点もある。あまりに豪華な揃い踏みに二度びっくり。図録をみる
ともう3点ある。全部で7点。よく集めたものだ。制作時期でいうと、1点が1907年、
5点が1914~1917年、1点が1918~1924年に描かれたものである。

モネが描いた睡蓮の連作は200点くらいあるが、描かれた時期によって作風、
キャンバスの大きさが異なる。第1期が1899~1900年、これらは日本の太鼓
橋と睡蓮を描いたもの、第2期が1903~1908年、この時期に制作されたも
のは画面全体が池の水面で占められている。第3期が1914~1926年、白内障
による目の衰えに悩まされて描くのを止めてたモネが、再び筆をとった1914年
からオランジュリー美術館にある大装飾画を完成させる1926年までの作品。

ここにある第3期の睡蓮では、キャンバスが大きくなり、横1.5m、2mがスタン
ダードになる。視力の衰えをカバーするため、モネは大きな画面に睡蓮を描い
ている。日本にある代表的な睡蓮を見てみると、この3期の1914~1917年
あたりに制作された大きな絵が多い。3期でも1918年以降は、内面を表出
する表現主義的になり、池の水面や睡蓮の花を濃い色で表現するようになって
くるが、1917年くらいまでの作品はそこまで色は濃くなく、花の白や赤、茎の
緑、水面の紫が鮮やかで、見ていてすごく豊かな気分にさせてくれる。
My睡蓮のベスト3(順位は無し)は、国立西洋美術館の睡蓮(1916)、MOAの
黄色い睡蓮(1917)、そして右の睡蓮(1914~1917)。

このほかにも日本には大原美(1906)、ブリジストン(1903)、ポーラ美
(1899、1907)などが所蔵する人気の睡蓮がある。これらは1期、2期に属し、
初期の印象派的なものやロココ風の繊細で優美な色彩と装飾性を表現した
軽快な作品である。因みに、プーシキン美術館展に出品されている白が印象
的な睡蓮は1899年に描かれたもの。

噂に聞いていた大山崎山荘美術館の睡蓮のコレクションをこの目で確かめ、
大きな満足が得られた。次回訪問するときは残りの3点を観てみたい。来年2月
にある10周年記念展がチャンスかもしれない。

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2005.10.25

マティスの金魚

199開催を待ち望んでいたプーシキン美術館展を見てきた。今年、日本で開催される西洋画の展覧会では、デュシャン展、ゴッホ展とならぶビッグイベントである。

初日の状況をみると、かなり混んでいたので、これは大変なことになりそうだと、週末は避けて、上野の東京都美術館に足を運んだ。10時に入館したのがやはり正解だった。見終わって出るころには、沢山の人がチケットを買い
求めていた。このシチューキン・モロゾフコレクションの質が高いことを皆、知って
おり、会期中、相当数の来場者があるのではなかろうか。

ロシア・モスクワにあるプーシキン美術館所蔵の作品を1990年、Bunkamuraで
あった展覧会で一度見た。実は今回の出品作中9点がこのときもでていた。チラシ
などに載ってるピカソの“アルルカンと女友達”やゴッホの“刑務所の中庭”はよく
覚えているので、本展の狙いは初めからルノワール、ゴーギャン、マティスに
決めていた。果たしてそれらがどのくらいのものか。この思いを胸に秘めながら、
開幕までの時を過ごしたといっても過言ではない。印象派、マティス、ピカソのコレ
クションではバーンズ、コートールドとならぶシチューキン・モロゾフが所蔵してたも
のだから、当然、観る側の期待値は高くなる。

入っていきなり、ルノワールの“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で”にご対面。オルセー
にある“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会”と比べると登場する人物は少ないが、
同じ調子の絵で、ルノワールの一級品に間違いない。チラシから受ける印象は
ちょっとタッチが粗いのかなと思っていたが、立姿の女性が着ている青い縦縞入りの
ピンクの衣装が輝いている。その隣にある“黒い服の娘たち”も素晴らしい作品。
娘の顔の輪郭はフィリップス・コレクションの傑作、“舟遊びの昼食”ほどすっき
りしてないが、印象派らしい“ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で”に比べると、白い顔や
手は綺麗に見える。この絵は初期の印象派の作風と“舟遊びの昼食”の丁度、中間
あたりの感じがする。

あまり期待してなかったモネの2点に驚いた。連作の中でも、最上位にランクされる
“ジヴェルニーの積みわら”、“白い睡蓮”である。久しぶりにモネの光の魔術を見た。
チラシを見て、これは是非見てみたいと思ったのがゴーギャンの“彼女の名はヴァイル
マティといった”。エルミタージュ美術館で“果実を持つ女”という惚れ惚れするゴー
ギャンの傑作に出会い、シチューキンの眼力に敬服していたので、今回でてくる作品
にも期待していた。この絵は期待値をはるかに上回る名画。タバコを左手にもって
るタヒチ女の肌の褐色と、髪と敷物の青、楽園を思わせる周辺のピンク、葉の黄色が
見事に配色され、平面的な絵画空間をつくっている。これほど色彩が輝いている
ゴーギャンの絵を見たことがない。

このゴーギャンの絵と右のマティス作、“金魚”に一番感動した。“金魚”は大作。
縦140cm、横98cmある。真ん中の鉢の中にいる4匹の金魚だけが濃い赤で彩色さ
れている。ここに焦点を集めようとしたのか、鉢の下のテーブルとかまわりの花の紫
や緑は薄塗りである。だから、余計に真ん中に描かれた、思い切って口をあけたり、
こちらをむいてる金魚の生命力を感じてしまう。忘れられない絵である。

他にはドニの“ポリュフェモス”やマルケの“オンフルール港”が目を楽しませてくれた。
そして、2度目のゴッホの“刑務所の中庭”、ピカソの“アルルカンと女友達”にも
また感動した。質の高いシチューキン・モロゾフコレクションを日本で鑑賞できる幸せを
噛み締めながら美術館を後にした。満足度200% なお、会期は12/18まで。

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2005.10.24

上村松園展

198日本画の専門館である山種美術館で今、“松園と美しき女性たち展”が開かれている(11/27まで)。ここで、代表的な美人画家、上村松園の作品をまとめてみるのははじめて。

過去、他の美術館であった回顧展に山種美所蔵の名品をちょくちょく見るので、代表作の大半はみてるはずだが、ここの美術館はこちらが想定する以上の数を所蔵しているため、新規の作品がでてこないかと年初から期待していた。

楽しみは松園の絵にとどまらない。他の画家が描いた女性画もあわせて展示する
というのだから、わくわくする。実際、鑑賞してみるとメインディッシュ以外の作品
も優品揃い。赤丸は小倉遊亀の大作、“舞う”(舞妓&芸者)。滋賀県立美であった
大回顧展で一度みたが、感動する名画。とくに、舞妓のほうに見蕩れる。ちょっと
えらのはった顔はタレントの安達祐実を彷彿させる。片岡球子の“むすめ”も目
がぱっちりしていて、愛嬌がある。白い顔と赤地に金で模様どりをした着物が印象的。

北沢映月の描いた“想(樋口一葉)”はユニークな日本画。降る雪を背景に正面を
向いて座ってる樋口一葉の周りには、小説の主人公、“たけくらべ”の美登利、“に
ごりえ”のお力、“十三夜”のお関が線だけで表現されている。また、奥村土牛が
バレリーナの谷桃子をモデルにして制作した名画、“踊り子”がでている。バレリーナ
の雰囲気をよくとらえた,端正で気品に満ちた立像である。今回、珍しいことに
浮世絵のいいのがでている。鈴木春信の“梅の枝折り”、“柿の実とり”。はじめて
お目にかかる絵で予想外のオマケがついていた。

上村松園の作品は全部で18点ある。よく貸し出されるのが大作、“砧”(きぬた)。
謡曲の“砧”を題材にした代表作のひとつ。はじめてみたとき、縦長の大きな絵にびっく
りした。淡水色(うすみずいろ)の衣装を着た妻女の凛とした姿をじっとみていると、
謡曲の世界にだんだん入っていくような気がする。お気に入りは右の“つれづれ”、
“牡丹雪”、“蛍”。とくに、松園の美人画の特徴である優艶なうちに気品の
漂う女性を表現した“つれづれ”に魅了された。

いくつもの作品をみて感じられるのは、日本画を描くのに一番重要と考える線へのこ
だわりである。髪一本々、着物の細かい柄にまでおよぶ緻密な表現には一寸の
隙もない。松園の画技の高さを再認識するとともに、相変わらずの一点の卑俗な
ところのない美人画を堪能させてもらった。

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2005.10.23

岸田劉生展

475_2笠間日動美術館には近代日本画のいい絵があると思って、入館したが、これは大きな間違いだった。どうやら頭のなかで情報が混線したようだ。

ここは西洋絵画、彫刻、日本人の描いた洋画を展示するところだった。アメリカの現代アートもある。美術館全体の管理、手入れがちょっと悪い感じがする。

こういう常設の美術館は作品を一度見たら、よほどの企画展でもない限り、何度も行かない。来館者が多くないので、管理の経費を削ってるのだろう。でも、展示されてる作品は質が高い。

例えば、カンディンスキーの“活気ある休息”という作品は、日本でみた中では一
番いい。色といい、構図といい、笠間の地にこれほど心を打つカンディンスキーがあっ
たのかとちょっと興奮した。レオナール・フジタが4点ある。ひろしま美術館並みの
フジタコレクションにもびっくりした。おなじみの“闘猫”にしばし足が止まる。

また、レジェ、ミロ、マックス・エルンスト、サム・フランシスも目を楽しませてくれる。
野外に飾られてる彫刻群も一通り揃ってる。ヘンリー・ムーア、オシップ・ザッ
キン、マリノ・マリーニ、カルダー、デュビュッフェ、ジャコモ・マンズー。日本人が
描いた洋画で嬉しかったのは絹谷幸二に出会えたこと。いつか、この画家の
絵をまとめて見たいと願ってるのだが、なかなか回顧展にお目にかかれない。
これはカンディンスキーと共に大収穫の作品。図録に載ってなく、絵葉書もなかっ
たので目に焼きつけてきた。

ここで、現在、“岸田劉生展”を開催している。チラシにのってる麗子像はまだ見た
ことなかったので、期待して会場をまわった。右の“麗子立像”は神奈川県立
近代美術館の所蔵だが、他はみんなここが持ってる作品。家に帰ってから分か
ったのだが、00年、山口県の徳山市(現周南市)であった回顧展の多くがこの
美術館から出品されていた。ここが東近美とともに岸田劉生のコレクション
で有名な美術館であったことを忘れていた。劉生のデス・マスクも飾ってある。

広島にいるとき、幸運にも岸田劉生との縁が深くなった。徳山の回顧展に続き、
03年にはふくやま美術館で大規模な“麗子展”があり、東博にある代表作、“麗子
微笑”や東近美の“麗子五歳之像”など日本中から集まった麗子像を鑑賞した。
“麗子微笑”は日本人が描いた洋画で一番好きな絵。心を浄化し、和ましてくれ
るこの絵を見る度に、こんな素晴らしい絵を残してくれた岸田劉生に感謝の気持
ちで一杯になる。

麗子展以来、麗子像に執着しており、残りの作品を追っかけている。今年はいい年
で、京近美の“麗子弾絃図”、泉屋博古館の“二人麗子図”に出会い、今回、ここ
で神奈川県近美の“麗子立像”をみることができた。そろそろ済みマークがつきそう。
なお、この展覧会は12/11まで開催されている。また、東近美・平常展の特集
コーナーに岸田劉生の作品が展示されている(12/18まで)。

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2005.10.22

佐伯祐三展

196練馬区立美術館で開催中の“佐伯祐三展”(10/23まで)を閉幕間際になってみてきた。

頻繁に通ってる東近美・平常展の常連である“ガス灯と広告”が前回は姿を消していた。いつもそこにあるものがないと、なにか寂しい気がする。30歳の若さで死んだ画家、佐伯祐三とのお付き合いはただ、この一枚を含めて数点なのに日本人洋画家の中で名前だけはすぐ出てくる。

が、この絵をすごく気に入ってるかというと、それほどでも無かった。そのため、
この展覧会のことは知っていたが、出かける計画はなかった。気が変って、
久しぶりに西武池袋線に乗るぞと思ったのは、Yukoさんのブログにゴッホの
“郵便配達夫ルーラン”とともに佐伯祐三の同名の絵が出てきたため。
このブログのお陰で、どこへいったか分からない画集に載ってるこの絵を昔、
見て、佐伯祐三という画家はこんなゴッホもびっくりするような絵を描いてたのか
と感心したことを瞬間的に思い出した。この傑作をみるだけでも価値がある
と感じ、入館した。料金は500円。

作品はデッサンを除いて123点ある。画家に対する本当の好みというのは、ある
程度の数を見てから固まってくるが、佐伯祐三の場合、2,3点くらいしかみて
ないのだから、今までの評価はあくまでも仮のもの。今回、初期から亡くなる直前
に描かれた絵の数々を見て、佐伯祐三の天才ぶりに大きな衝撃を受けた。こん
なに画才の高い画家なら、もっとconcernしていたのに。これまで作品を見る機会
がなさすぎた。残念!でも、ここに代表作のほとんどがでているのだから、感じる
深さは別にして、にわか佐伯祐三通になったことは間違いない。

第2回目のパリ滞在のときに描かれたものにいい絵が揃っている。中でも気に
入ったのが、石壁に張られた広告を描いたシリーズ、カフェレストラン、人物画の
“郵便配達夫”、“ロシアの少女”。右の“ラ・クロッシュ”(静岡県美蔵)は東近美
の“ガス灯と広告”とともに感激の一枚。“ガス灯と広告”は他の広告シリーズと
一緒に見ると、逆にパリの雰囲気を感じさせる名画にみえてきた。これが回顧
展のいいところ。

最初、パリにいた時、店のファサードや広告の門などを真正面から描いた作品では、
佐伯はまだお客さんで、パリに馴染んでないなという印象を受けたが、この絵では、
一部が剥げ落ちてる壁に、文字や行の線が乱雑にびっちり書かれた広告チラシ
が隙間をあけず描き込まれている。息づいてる街の一角を見るようである。そんな
汚いチラシに何ら関心が無いように、前の歩道を女性が通り過ぎる光景が目に
浮かぶ。色んな情報が盛り込まれた広告の絵を描いたということは、佐伯祐三
は好奇心が人一倍旺盛だったのかもしれない。

お目当ての“郵便配達夫”や“ロシアの少女”は、世界のユーゾウ・サエキがフランス
人を唸らせたのではと想像させる、予想以上の名画。こんないい絵を死ぬ直前に
仕上げたというのが凄い。佐伯に影響を与えたブラマンクやゴッホがこの絵をみた
ら絶賛するのではなかろうか。この展覧会を滑り込みセーフで見ることができて
本当に良かった。

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2005.10.21

板谷波山のアールヌーボー

195茨城県陶芸美術館で松井康成展を鑑賞したあと、平常展にも回ってみた。すると、驚いたことに板谷波山の作品がなんと16点も飾ってあった。

一箇所でこんなに多くの板谷波山の陶芸を見たのは、01年、出光美術館・門司館であった“板谷波山展”以来。

大正から昭和にかけて活躍した陶芸家、板谷波山の生まれたところが、茨城の下館なので、県が誇る偉大な芸術家の
名品を、笠間焼の土地にある陶芸専門館が沢山所蔵していても不思議ではない。
笠間にある寺の住職を30歳の頃からつとめ、境内に窯をもっていた松井康成と
ともに、板谷波山の作品には広いスペースが割かれている。

板谷独特の、あのもやのような淡い光沢をした葆光彩磁(ほこうさいじ)の作品
も3点ある。これらをみてるうちに門司で、パステルカラー調の色彩の柔らかい
作品に接したとき味わった感動がリフレインされた。16点のうち、ハッとする意匠の
ものがあった。それは、はじめてみる草花のデザインを特徴とするアールヌーボー
に想を得て作陶した花瓶。板谷波山は若い頃、こんな斬新なデザインの作品を手
がけていたとは知らなかった。

ひとつの関心がいろいろ飛び跳ね、また別の情報とつながることがある。この板谷
とアールヌーボーとの関連を知ったことが、現在、東近美・工芸館で開催中の“日本
のアール・ヌーボー展”(11/27まで)を見る動機付けになった。この展覧会のこ
とは知っていたが、出かけようという気がまったくなかったのに、笠間にあった板谷
波山のアールヌーボー風の作品が思わぬ連鎖を生み、別のヴァリエーションに引き
会わせてくれた。笠間稲荷に参拝したのがよかったのかもしれない。

花瓶が6点でている。どれも斬新な意匠で、吸い込まれるような魅力がある。たまね
ぎの形をしたもの、コバルトブルーが鮮やかな地に尾っぽのやけに長い金魚や
笹が描かれたもの、右の葆光彩磁のチューリップ文が特に目を惹く。波山は大正
初期、いろいろ試行錯誤を重ねた結果、もやがかかったような半透明の光沢と淡く
高雅な色彩を生み出す釉薬をつくりだすことに成功する。この釉薬は葆光釉と
名づけられた。葆光とは光を包み隠すという意味。

釉下彩の葆光彩磁が世にでて、板谷の評価は一気に高まった。そして、これまで
職人技とみられていた陶芸が板谷波山により芸術品にまで高められた。その
葆光彩磁の最高傑作と言われる作品、“葆光彩磁珍花文花瓶”(重文)が今、所有
する泉屋博古館・分館で開かれている“近代日本画展”(拙ブログ10/1)にでて
いる(11/6まで)。松井康成の作品を見ることができ、、板谷波山についても
理解が深まった。得るものの多かった笠間美術巡りドライブであった。

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2005.10.20

松井康成展

194今年は大物陶芸家との相性がいい。いつか、その作品をまとめてみたいと思っていた加守田章二の回顧展が東京ステーションギャラリーであったし、青磁の中島宏展にもつい最近、偶然出会った。

そして、2年前、突然亡くなって多くの愛好家を悲しませた松井康成の大回顧展を鑑賞することができた。笠間市にある茨城県陶芸美術館で現在、開館5周年記念として松井康成の作品を200点
あまり展示している。車で2時間あまりかかったが、出品作は遠くまで来た甲斐が
あったと心から喜ばずにはいられない素晴らしいものばかりであった。

これまで、この天才陶芸家の壷はわずかしか見てないのだが、講談社が03年
に刊行した“人間国宝の陶芸名品集”を頻繁に取り出して、松井康成の作品
にため息をつく日がよくあった。何が惹きつけるかというと、まず、まるいかたちが
美しい。その表面にはどういう細工をしてできるのか、亀裂があり、ひびが入っ
ている。小さい頃、粘土遊びをしたとき、乾燥するとつくった物にひびが入り、
何かの拍子で崩れてしまうことがあった。普通、亀裂やひびは粗悪で脆いという
イメージがあるが、この陶芸家は土にできるひびを逆に、観る者が心地よく感じる
文様に変えてしまった。

中国の唐や宋の時代からある練上(ねりあげ)という技法を洗練させ、松井流練上
を完成させた。この技で、昭和生まれで最初の人間国宝に66歳のとき、認定
されている。練上というのは複数の土を練り合わせ、意識的に縞模様をつくりだす
技法。右の“練上嘯裂文大壷・風船”は一番魅せられた壷。ピンクと白、薄い青の
粘土板を交互に積み上げて縞模様をつくっている。じっとみてるとまるい風船にみえ
てくる。

この作品は空にふわふわ飛んでる風船をイメージさせるが、ほかの大壷は太陽系
を周る惑星を連想させるものが多い。よく天体図鑑に載ってる土星を取り囲む
リングの色や天王星や海王星などをすぐ思いつく感じである。松井もこの宇宙がめざ
してるまるい形をつくりたかったと語っている。また、最近、被害が続出している
ススメバチの大きな巣に似た表面がごつごつした壷もある。

会場では、初期から晩年までつくり続けた練上のいくつものバリエーションが見られる。
壮年のころの模様は、先が縦に細かく割れて短冊のようにゆらゆら揺れる海草の
ような文様が器体一面に表現されていたが、晩年の玻璃光壷では、雪の結晶、
梅の花といった見慣れた文様になってくる。このあたりにくると、気品のある上質の
陶芸品をみるようで気持ちが晴れやかになる。

念願だった松井康成の名品を見ることができ、帰路のクルマのなかではいつに無く
ハイになっていた。会期は11/6まで。この展覧会は、笠間の後、次の美術館を
巡回する。11/12~12/18:長野県信濃美術館、06/9/9~10/22:兵庫陶芸
美術館、07/2/6~2/12:日本橋三越。

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2005.10.19

日米プレーオフの違い

1932年続けてレギュラーシーズンで首位となり、圧倒的な強さをみせていたソフトバンクがまたもプレーオフで敗れた。

5試合全部福岡ドームでやるという大きなアドバンテージをもらいながら、あの強いソフトバンクがなぜ負けたのか。原因は主砲の松中をはじめとした打撃陣の不振である。城島が想定外の怪我で出れなかったのも痛かった。

実戦から間隔があいた影響は投手より、バッターのほうにでやすい。バッティング
の感覚というものは傍で観るより、ずっとデリケートなものらしい。オープン戦の
最初の頃、バッターはまだ仕上がってない投手の球でもきりきりまいする。だから、
首位で待ってたチームの本来の打撃を狂わせたプレーオフの日程について、真剣
に議論したほうがいい。日本シリーズでも、3週間も実戦を離れているタイガース
の打撃陣の調子が微妙に狂わされて、同じ現象が起きるかもしれない。勿論、
杞憂に終わればいいが。

この間延びした日程はチームのコンディションだけの問題でなく、観てるファンの楽し
みも奪っている。盛り下がることこの上ない。野茂、佐々木、イチロー、吉井、新庄、
松井、田口、大塚、井口らの日本人大リーガーがメジャーリーグのプレーオフ、最後
のワールドシリーズにでて、活躍するのをTVで応援してきた人は、質の高いプレー
が随所に見られる試合そのものにアメリカの野球は面白いなと感じると同時に、
すぐ次のステージに進む試合日程が選手、監督の緊張感を持続させてることに気づく
のではないか。

日本とは違い、レギュラーシーズンが終わると、1日くらいおいてすぐポストシーズン
がスタートする。そして、リーグチャンピオンを決め、すぐワールドシリーズに突入
する。プレーしている選手や采配を振る監督もキツイかもしれないが、タイトな日程
に文句をいう人なんか誰もいない。タフな試合が続くのは皆承知で、それをやりとげ
てこそ、栄光のチャンピオンリングを手にすることが出来る。

大リーガーの目標は、野球人生において一度はワールドシリーズにでること、そして
チャンピオンになること。レギュラーシーズン、ポストシーズンの日程は最後のワール
ドシリーズから逆算して組まれる。感心するのはレギュラーシーズンはアリーグ、
ナリーグの各地区とも一斉に終了するように調整されてるところ。地区ごとに日程を
管理しているスタッフがいて、雨で流れたりするとすぐダブルヘッターを組んでゲーム
の消化数を並べる。それもこれも、すべてワールドシリーズを最大限に盛り上げるた
めである。

日本で日程の問題が真剣に議論されないのは、大リーグの選手とはちょっと違う考
えが、ずばっと言うと、選手、監督の最大の目標がリーグで優勝することで、日本シリー
ズはオマケみたいな感覚が根っこにあるからだ。選手は日本シリーズで負けても
あまり悔しそうな顔をしない。ヤンキースとジョンソン、シリングの2枚看板がいたダイ
ヤモンドバックスが戦った01年のワールドシリーズ、第7戦でダイヤモンドバックス
が勝ち、選手、監督、コーチが歓喜の雄たけびをあげてるのを、ヤンキースの選手
がこの世の終わりのような表情をして見つめていたのを思い出す。日本一が決定した
とき、負けたチームの光景とは対照的である。

もうひとつ、日本とアメリカで選手個人の成績に対する姿勢の違いが日程とも絡んで
いる。日本では個人タイトルは選手の勲章という意識が強く、消化試合でも四球を
なげてタイトルを阻止したりするのはもう常識。首位打者のタイトルなどは、選手
が最後のほうは打率が下がるので試合に出場しなくてもファンもそうとがめない。
タイトルをとるのも選手にとって大きな目標の一つである。それ自体は別に悪いこと
ではない。だが、この風潮が強いため、消化試合をダブルヘッターで一気に減らそう、
そして日本シリーズとの間隔をあけまいという考えを誰ももたない。タイトルを争っ
ている選手間で不公平が生じるというのである。

それほど日本の野球界では、ホームラン王に誰がなったとか、今年は誰が名球会
入りを果たしたとかに関心がいく。選手にとって、日本シリーズより価値がある
ことかもしれない。なぜ、こうなってるかというと、日本では選手の年金などが充実し
てないため、現役を引退してからの稼ぎが大事で、解説者、コーチ、監督になる
とき、このタイトルが物を言うのである。監督、コーチもそのことが分かってるので、
選手にタイトルを取らせようと配慮する。

大リーガーにとって、個人タイトルはたいした勲章ではない。10年大リーグに在籍す
るとかなりの年金がもらえるようになってるのと、彼らの最大の夢がワールドチャン
ピオンになることだからである。タイトル獲得のために目の色を変えることはない。
米国で長い伝統をもつベースボールは地域社会の文化であり、大衆娯楽として人々
に愛されている。たとえワールドシリーズに縁がなくても、選手は試合を楽しみ、
ファンのために全力でプレーする。

ソフトバンクには日本で今一番凄いバッター、松中や大リーグでも通用する城島が
いる。投手も斉藤、若手のイケメン和田、最多勝の杉内、切れのいいスライダーを投げ
る新垣とそろい、野手では人気の川崎もいる。球団の営業は九州をまわり観客を
集め、いつも福岡ドームは満員である。ソフトバンクは選手への投資、観客対策など
で他の球団を上回る経営をし、地元福岡、九州に密着したいい球団運営をしてきた。
そんなチームを応援するファンを2年もがっかりさせてはいけない。チームが弱くて
ロッテに負けたのではなく、日程という野球以外の要因に翻弄されたのである。

ソフトバンクの負けには、時の運というような安直な言葉では片ずけられない大きな
問題が根底に絡んでいる。来年度から、日程の問題をなんとか改善してもらいたい。

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2005.10.18

祝千葉ロッテマリーンズ パリーグ優勝

192ロッテがプレーオフ第5戦でソフトバンクを3対2で破り、31年ぶりにパリーグのチャンピオンに輝いた。拍手拍手。

プレーオフの1回戦を戦ったロッテと、レギュラーシーズンの終了から13日も間隔があいたソフトバンクでは勢いの差がでたのは確かだが、ロッテにしてみれば全部敵地で戦うディスアドバンテージを撥ね返しての勝利だから、堂々たるパリーグ制覇である。

9分9厘勝ってた第3戦でまさかの逆転負けを食らって、流れはソフトバンクに
行ったかなと誰しも思ったこの試合、8回に当たり屋、里崎が見事2点タイムリー
を放って逆転し、勝利の女神をぐっとひきよせた。リリーフエースの小林雅が2度
も屈辱にまみれることはない。

シーズンを振り返ってみると、2年目のバレンタイン監督がチーム力を引き上げた
ロッテが、春先から旋風を巻き起こし、首位を走るソフトバンクと最後まで優勝を
争った。3位の西武を20ゲームも離したのだから、プレーオフの1回戦を行う事自体
、意味が無い。いきなり、ソフトバンクとロッテの5試合で決着をつけていれば、ソフ
トバンクも実戦感覚が鈍ることなく、いいゲームになったはず。

ロッテの勝因は投手力が抜群だったことがまずあげられる。俳優になれるほどの
イケメンの小林宏、セラフィニ、エースの清水、復活の小野、サブマリンの渡辺、セット
アッパーの薮田、そして守護神、小林雅。ベテランの元大リーガー、小宮山、根性で
復活したジョニー黒木。

これだけいいピッチャーがいれば打つ方も心強いだろう。シーズンのはじめはベニー、
フランコ、李の外国勢がいいところで打ち、不動の3番、福浦、パンチ力のある里崎、
理論派サブロー、リードオフマンの西岡、守備の要、小坂らも持ち味を発揮して勝利
に貢献した。選手の能力をきっちり把握し、積極的なプレーを求め続けたバレンタイン
の監督術も高く評価される。さらに26番目の選手といわれる観客がまた素晴らしい。
拍手と声だけで選手を応援し、元気づける姿勢も優勝を後押しした。

選手、監督、ファンの気持ちが一つになって強いチームに生まれ変わった。セリーグ
よりもパリーグのロッテ、ソフトバンクのほうが、今は野球の質が上かもしれない。さて、
22日から日本シリーズがはじまるが、タイガース、ロッテどっちが勝つかまったく
予想がつかない。優勝が決まって、3週間たつ阪神タイガースもロッテの勢いを警戒
して今頃、テンションを急ピッチであげてるだろう。いい試合を期待したい。

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2005.10.17

中島宏展

191戸栗美術館から、徒歩10分くらいのところに松濤美術館がある。よくブログでここの展覧会が紹介されるので、いつか訪ねてみたいと思っていた。

で、戸栗美に行くついでに回ろうとHPをチェックしてみたら、陶芸家、中島宏の回顧展をやっていた。以前から注目していた人なので、これはラッキーとばかりに、入場した。料金はたったの300円。

中島宏は中国の陶磁器でも一番難しいと言われる青磁一筋に作品を作って
きた陶芸家で、伝統をそのままコピーするのでなく、現代(いま)に生きる青磁を
創造したことが高く評価されている。現在、64歳。窯は佐賀県武雄市にある。
まだ、人間国宝ではないが、もうすこし経つとそうなるのではと思われる。

これまでみた作品では、1977年に作られた“青白磁壷”(東近美蔵)が強く印象
に残っている。空を思わせる青、なめらかな丸いフォルムに青磁特有のなんと
も言えぬ美しさが漂っていた。この展覧会のことは全然知らなかったので、今回
見せてもらった初期から最近までに制作された壷や大鉢は突然、目の前に現
れたお宝のように思えた。緻密な感じのする青やのびやかな青、そして綺麗な
緑に魅せられる。

中島によると、青や緑の色がまずありきで、形は色に合わせてでてくるという。壷や
大鉢、大皿の表面に刻み込まれた幾何学文様は段々、洗練され複雑になっていく。
青磁というと、中国、龍泉窯でつくられた“青磁下無花生”(国宝、アルカンシェール
美術財団蔵)のような器体の表面がなめらかで、シンプルなかたちのものをイメ
ージしていたが、この陶芸家は個性的で独特の幾何学文様の青磁を生み出して
いる。

右の“青磁彫文掻落壷”(1997年)のように、表面を金属の箆(へら)で削って凸凹を
つくるのは、中国でみた青銅器の形に触発されたためらしい。この幾何学文様は
よくみると、一つの形を左右、上下にそのまま繰り返すのでなく、形は微妙に変化して
いる。決して人工的に見せてないのである。これはこの陶芸家がいつも青磁の原点
である、大自然の美しさをやきものの膚に封じ込めるということを忘れないからである。
文様が複雑になるのは、空や山河など自然が一時として同じ色が無く、いろんな
表情をみせるためで、自然に対して作者が追い求める夢やロマンの現れといえる。

出品作の大半に青磁の特徴である細かいひび割れ、貫入があり、青を引き締めて
いる。陶芸品でこれほど多くの貫入を見たことはいままで無い。これも貴重な経験。
中島宏の創作する“現代(いま)に生きる青磁”を十二分に堪能した。これらを
300円で見せてもらえるなんて、嬉しいやら有難いやら。松濤美術館に感謝。
なお、展示は11/20まで。

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2005.10.16

戸栗美術館の初期伊万里展

190東博の“伊万里、京焼展”で見た素晴らしい伊万里の余韻が残ってるのだろうか、“初期伊万里展”を開催中(12/25まで)の戸栗美術館に足が独りでに向かう。

ここは陶磁器の専門館で渋谷のBunkamuraから歩いて10分くらいのところにある。新春、はじめて訪れ、古伊万里の色絵や色鍋島などの質の高いコレクションに魅了され続けている。鑑賞する人の期待にいつも応えてくれるところ
はブランド美術館の名に相応しいが、ここもそのひとつと言えよう。

伊万里、京焼展に出ていた染付の大鉢と同類の作品があることを望んでいたが、
本当に並んでいた。11点ある。これだけの数の大鉢を一度に見たのは過去に
経験が無い。最大級の口径47cmが2点ある。絵柄は中国磁器の図案である
山水をコピーしたものが多いが、扇面文、竹蝶文のものもある。素朴な感じだが、
自由で奔放な筆致が味わい深い。

大和文華館所蔵の大鉢(重文)のように、全部が素晴らしい発色の青というわけ
にはいかないが、2つでていた瓶の青の色はMOAの“染付 草花文瓶”(重文)に
負けていなかった。絵付けも素晴らしく、梅樹、山水、唐草文が余白をはさんで
縦にスッキリ描かれている。思わず手にとってみたくなる瓶である。

染付の魅力は何といっても真っ白な磁膚に鮮やかに発色した青であるが、その点
で一番目を楽しませてくれたのが、右の“染付 楼閣山水蘆雁文 水指”。染付
の発色具合も理想的で、太い輪郭線で山水、楼閣が力強く表現されている。
展示は100点ほどあり、見ごたえのある初期伊万里の数々であった。

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2005.10.15

狩野探幽の鵜飼図

189大倉集古館では今、所蔵品の“狩野派展”が開催されている。12年前、横山大観が描いた近代日本画の傑作、“夜桜”をみるため、はじめてホテルオークラの隣にあるこの美術館を訪れた。

この美術館に対する好感度は、このときに受けた厚意で他よりことのほか高い。閉館30分前に到着したわれわれを、館の人が気前よく、料金をとらず入れてくれたのである。こういう扱いを受けたのは後にも先にもこの美術館しか
ない。以来、ここを贔屓にし、収蔵品を定期的に鑑賞している。

大倉喜八郎が集めた美術品の質は一級。一度に全部は出てこないが、国宝の
“普賢菩薩騎象図”、“随身庭騎図”、“古今和歌集序”をはじめ、日本画、浮世絵、
近代日本画、陶磁器、工芸品の名品が揃っている。根津美術館の“光琳展”
にも、現在、ここの乾山作、“銹絵寿老六角皿”(重文)がでている。この六角皿は
根津美の後、東博の“伊万里、京焼展”にもはしごする。また、近代日本画の
コレクションも有名で、大観の“夜桜”や前田青邨の“洞窟の頼朝”などの傑作
を所蔵している。

10/7からはじまった“狩野派展”も優品がでている。前期(10/7~11/13)の目玉
が右の狩野探幽作、“鵜飼図”(重文)。後期(11/15~12/18)の楽しみは
久隅守景の“賀茂競馬・宇治茶摘図”(重文)。若くして江戸狩野派の総帥になった
狩野探幽は“鵜飼図”(部分)のような風俗画も描いている。探幽の絵というと二
条城に描いたや鷹や南禅寺の虎をすぐイメージするので、最初、この絵をみたとき
は意外な落差にとまどった。

これは有名な長良川の鵜飼を題材にしている。鵜を自在に操る鵜匠の機敏な動き
と必死に魚をとる鵜たちの様子が臨場感一杯に表現されている。上のほうではこの
光景を貴人が舟上から眺めている。川のまわりにたちこめる金雲、松、山々の緑、
そして川の薄い青の取り合わせが絶妙で、見てて楽しくなる絵である。このほかにも
探幽に続く、狩野派の名手たちの作品がいくつもある。後期の展示も見逃せない。

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2005.10.14

円山応挙の雪松図

188この秋、日本画が好きな人にはご機嫌な日が続く。根津美術館で“燕子花図”を鑑賞したあとは、日本橋に新たにオープンした三井記念館の“三井家名宝展”に出品されてる円山応挙作、右の“雪松図”(国宝)が待ってくれている。

どっちを先に見るかは好み次第だが、近世日本絵画を代表する2点に会えるのだから、こんな贅沢なことはない。二つの展覧会は同じ日、10/8にはじまった。
“三井家名宝展”の会期は前期が10/8~11/13、後期が11/17~12/25.

見所はいろいろあるが、茶道具類も楽しみのひとつ。通期を通して、陶磁器の
お宝が出ずっぱり。和様茶碗で国宝は2点しかないが、その1点を三井家が所蔵
している。それは志野茶碗の名品、“銘卯花墻”(うのはながき)。志野茶碗を
愛する陶芸ファンの誰もが絶賛する茶碗である。仁清の色絵茶壷もいいが、淡い
ピンクと白、口縁の赤い焦げが深い味わいをみせるこの志野茶碗にも感動する。
まだ3回しかみてないが、こんな名器を毎年、見せてくれたらなといつも思う。
ほかにも光悦の“黒楽茶碗 銘雨雲”、長次郎の“黒楽茶碗 銘俊寛”、仁清の
香合や乾山の銹絵の蓋物などが目を楽しませてくれる。

前期における絵画の目玉は応挙の“雪松図”。後期にはまだ見てない“日月松鶴
図屏風”(重文)が展示される。“雪松図”に会うのは今回で3度目。右は雄松
を描いた右隻。左隻は雌松。松の描き方は狩野派とは明らかに違う。権力の象徴
として松を表現したのとは異なり、応挙の松は綿密な写生をもとに品高く描かれ
ている。中央に、力強い太い幹を右上に傾斜させ、そこからリアリティーのある枝を
伸ばし、葉にこんもりと雪をのせている。背景の薄い金地はけばけばしく無く、
光を反射して雪が輝く様が美しい。

技法的には、いろいろ工夫がある。ひとつは輪郭線を用いず、墨面で幹や枝の形を
出してること。もう一つの注目点は紙面の塗り残しで表された雪。雪を白色で描い
てないのである。おおよそ頭のなかで、雪のつもり具合をイメージし、葉の線を描き
ながら紙面を残していく。これは高い力量をもつ画家でしかなしえない描き方。
この“雪松図”はパトロンであった三井家の依頼で制作されたもの。同じく注文に
より描かれた“郭子儀祝賀図”という優品が隣にある。これも見逃せない。

高い満足度の得られる名宝展であった。後期にでる“日月松鶴図屏風”に期待し、
また日本橋に出かけようと思う。

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2005.10.13

尾形光琳の燕子花図

251久しぶりに尾形光琳の“燕子花図屏風”(国宝)を見た。4年半の修復が終わり、所蔵する根津美術館で今月8日から公開されている。

前回見たのが8年前なので、随分間隔があいた。はじめてご対面したあと、毎年、展示されるので、そのうち、また行こうと思ってたら、予想だにしなかった修復のため、5年近くも淋しい時が流れた。

修復というのは手間隙がかかるらしく、奈良の大和文華館にある風俗画の最高傑作“松浦屏風”の修復にも5年を要した。これからは、この装飾性豊かな名画を短い
間隔で鑑賞できると思うと嬉しくてたまらない。

主役の燕子花図とともに、ここが所蔵してる光琳の作品や東博、京博、MOA、
大和文華館、五島美術館、そして個人などから集まった優品が前期(10/8~
10/23)と後期(10/25~11/6)に分けて、展示される。作品は光琳と乾山だけ
であるが、質的には昨年の琳派展の再現と言ってもよく、よくぞこれだけのものが集
まったなという感じ。流石、光琳作で名高い老舗の根津美術館だけのことはある。
後期には東博から“八橋蒔絵螺鈿硯箱”(国宝)が出品される。

この展覧会の注目度は高く、雑誌“芸術新潮”が10月号で、光琳を特集に組んだ
りしているので、会期中、多くの人がここを訪れるものと予想される。初日の11時に
入館したが、もうかなりの人がいた。女性が多く、若い方も結構いる。

修復された“燕子花図屏風”はどう蘇ったか。金地、燕子花の花の青、そして葉、茎
の緑は鮮やかでよくでている。花弁にみえる濃い青と明るい青のコントラストが
鮮明なのに驚かされる。前見たときの記憶が薄れているが、修復前はこんなに対比
が印象深くなかった。燕子花は六曲一双の屏風の上下2段に、リズミカルに何本
も並べられている。右の右隻のほうが上にあり、光が当たってる様子を出そうとした
のか、明るい青の花弁が多く、濃い青も左隻の右斜めに下がってるように配置さ
れてる燕子花に比べると濃さが深くない。

さっとみると、様式化された燕子花が沢山おかれた平板な絵画空間に見えるが、
上と下の花の並べ方をよくみると、右隻と左隻の交わるあたりに小道があるように
みえ、奥行き感をだしている。よく言われるように、右隻の右から数えた1.5曲に描
かれた燕子花と、同じく右から4.5曲にある花は全く同じ形をしている。左隻の場合、
花の丈が違うので分かりにくいが、右から2曲目にある花の部分が3曲目でも繰り
返されてる。

紅白梅図とともに光琳が描いた最高傑作と評される燕子花図にまた会えた喜びを
かみしめている。後期も追っかけていた“孔雀立葵図”(重文)を見に、足を運ぶので、
再度燕子花図をじっくりみれる。

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2005.10.12

東博の中国絵画名品展

18610、11月は中国絵画を鑑賞する絶好の場所がある。それは東博・東洋館で、毎年この時期、所蔵品、寄託品のなかから優品を展示してくれる。

日本の水墨画、やまと絵に影響を与えた中国絵画に接することの出来るいい機会なので、見逃さないようにしている。一回にでてくるのは20点あまりと少ないが、作品の質が高いので、いつも大きな満足が得られる。

今年は前期(宋時代)、後期(元・明・清時代)に分けられ、前期では国宝が5点
でている。昨年、根津美術館で開催された大規模な南宋絵画展のエキスをぎゅっと
集めたような感じである。中国絵画では宋時代に傑作が多い。その中心は水墨
風景画であるが、右の“紅白芙蓉図”(国宝)のような花鳥画や猿や昆虫を描いた
もの、人物画といろいろある。感動した作品は“紅白芙蓉図”、“夏景山水図”(国宝)、
“瀟湘臥遊図巻”(しょうしょうがゆうずかん、国宝)、“寒江独釣図”(重文)、“五龍
図巻”(重文)。

“紅白芙蓉図”はこれで3度目の対面だが、毎回いい気持ちになる。白の芙蓉より、
こちらの赤のほうに魅せられる。一番驚くのが花の色がよくでていて、生き生き
してるのと、無背景なのに、手前にある満開の花と奥の開きかけで赤が多い花が
立体的にみえるところ。“夏景山水図”の見所は左側から吹く強風で横に流される
文人高士の衣服や髪。はじめてこの絵をみたとき、画面全体に表現された山や
川に吹き荒れる風で、こちらまで吹き飛ばされるような錯覚を覚えた。日本の風景画
でこんなに自然の気を感ずる絵は無い。これはMy中国画に入れてるお気に入り
の一品。

東博自慢の“瀟湘臥遊図巻”も水墨風景画の傑作。山が海に接するところをじっくり
見ると、海上に漁師と舟がすごく小さく描き込まれている。ぼやっとみていると見
落とすくらい小さい。このような点景を味わうのも中国絵画の楽しみ方のひとつ。
日本画にも龍を描いた絵は沢山あるが、“五龍図巻”にでてくる龍のポーズはちょ
っとユニーク。普通、龍は横の動きで描かれることが多いが、ここの龍は画面の
中央に集められ、真正面を向いてる。見る側に向かってくる感じなので、射すくめ
られる。

ここの中国絵画にもはだいぶ目が慣れてきた。あと一回くらいで、済みになりそう。
展示は11/27まで。

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2005.10.11

歌麿の娘日時計・巳ノ刻

269今月の25日から、東博で期待の“北斎展”がはじまるが、浮世絵師のビッグネーム、北斎、写楽、広重、春信、国芳の回顧展はこれまで見逃さず、観てきた。

だが、歌麿だけは大きな展覧会に出くわさなかった。その理由が先頃訪問した千葉市美術館でわかった。ここが10年前、開館記念で大規模な歌麿展を開催していたのである。

そのときの図録をぱらぱらめくると、大英博物館などから画集に必ず掲載されてる代表作などがずらっとでていた。これくらいのものをやると、歌麿展は当分、間隔があくのが普通だろう。この頃、東京を仕事で離れていたので、時の巡り合わせが悪かったと自分を慰めるほかない。

で、今はせっせと東博の浮世絵コーナーに通い、出品される歌麿の美人画を楽し
んでいる。ここが歌麿の浮世絵をどの位所蔵しているのかわからないが、毎回、
3、4点、質のいい絵が出てくる。昨年、4月には代表作の一つ、“婦人相学十躰 
浮気之相”(重文)を見たし、つい最近は、3枚続きの素晴らしい美人画プラス風景画
にも出会った。

今は、長年追い求めていた右の“娘日時計 巳の刻”(重文)が展示されている。
表慶館の“伊万里、京焼展”を観た後、はやる気持ちを抑えて、浮世絵コーナーに急い
だ。“娘日時計”シリーズは、江戸の女の日常生活を二時間(一刻)毎に描いたもの。
現在、辰ノ刻(午前8時)、巳ノ刻(10時)、午ノ刻、未ノ刻、申ノ刻(午後4時)の5点の
存在が確認されている。今年はこのシリーズに縁があり、新春、太田記念館で
“辰ノ刻”と“午ノ刻”を見た。

娘日時計の見所は輪郭線が無い女の顔。もともと、浮世絵版画は線を主体と
した絵画表現であるが、歌麿は女の柔らかい肉感を出そうと、こんな実験をしている。
この“巳ノ刻”では顔、唇の墨線だけでなく、鼻の線まで消している。他の美人画
には見られないこの描き方がみたくて、この絵に執着してきた。消えた墨の線は、
空摺りにして、白い紙の地を浮かび上がらせている。

浮世絵に親しむようになって間もない頃は、歌麿の美人画はいつもお同じ顔だなあと
思っていた。その後、いろんなタイプの美人画をじっくり見てみると、歌麿が女性の感情
や肉体的な特徴を表現しようといろいろ工夫しているのが分かってきた。歌麿のその
表現力の高さを見せつけられたのが、昨年訪れた松江のティファニー庭園美術館に
飾ってあった“歌撰恋之部・物思恋”。眉をそった既婚女性が昔の恋を思う、もの憂い
心理状態を見事に表現していた。この凄さは図録ではわからない。

喜多川歌麿とのつきあいはまだまだ終わらない。そのうちどこかの美術館がまた大
回顧展を企画してくれるだろうから、楽しみに待っていよう。なお、この絵の展示は
10/30まで。

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2005.10.10

東博の伊万里、京焼展

184東博の表慶館では今、“伊万里、京焼展”を開催中。平常展で所蔵の陶磁器に慣れ親しんでいるが、これまで、陶磁器の展覧会があるというのでここにやって来たことはない。

陶磁器の名品展というと大体、出光、五島、根津、静嘉堂文庫と決まっている。だから、日本美術の殿堂、東博が今回、どんな名器を集めてくるのだろうと、興味深々であった。展示するのが人気の伊万里と京焼なので、否が応でも
テンションが上がる。

チラシをみたときから、これはいけるぞと思っていたが、表慶館の1、2階には
期待にたがわぬ優品がずらっと並べられている(一部は11月に入ってからの展示)。
代表作を各地の美術館や個人から借りてくるのだから、東博の企画力、運営力
は流石である。そして、図録の編集が秀逸。情報が一杯詰まってるだけでなく、
コンパクトで見易い。かなりの量の図録を持っているが、これはベストカタログのひと
つ。これくらいセンスのいいのを作ってくれると、隅から隅まで読むぞという気になる。

その図録で何度もみたくなるほど素晴らしい陶磁器の数々は。。初期伊万里では、
代表作の“染付山水図大鉢”(重文、大和文華館)、“染付花卉文徳利”(重文、MOA)
が揃っている。定番だが、同時に見れるのはめったに無い。久しぶりに山水図大鉢
を見た。3度目だが、見込に描かれた山水の構図と発色のいい青に惚れ惚れする。

古九谷様式にも参る。はじめてみる“色絵茄子文大皿”と“色絵葡萄文大皿”
(根津美)、そして定番の“色絵蝶牡丹図大鉢”(重文)、“色絵鳳凰図大皿”に心打た
れた。茄子文の青、黄色と地の緑の対比が鮮やかなこと。古九谷色絵の代表作
である鳳凰図は同じ図柄のを石川県立美でみたが、他にもあったとは。作品として
はこの個人蔵のほうがいい。

柿右衛門では、輸出用の大きな“色絵傘人物図有蓋壷”(松岡美)、“色絵花卉文
有蓋八角壷”(重文、出光美)が圧巻。そして、乳白色の素地に赤、緑、青の花模様
が映える瀟洒な壷や徳利にもうっとりする。高い人気を誇る色鍋島の意匠をみると、
陶工たちが現代にワープしたのではないかと思ってしまう。特にはっとさせられたの
が、“色絵三壷文皿”(東博)と“色絵輪繁文三足大皿”。

お目当ての仁清、乾山の京焼のコーナーにくると、もう顔がほてっている。絢爛
豪華な仁清の色絵茶壷が2点ある。見慣れた東博蔵の“月梅図”と静嘉堂の
“吉野山図”。至福の組み合わせ。吉野山図は少し前、静嘉堂で拝見したが、月梅
図と一緒に並ぶとコラボレーションしあって、一層魅力的に見える。10年ぶり
の対面となったのが、右の“色絵鱗波文茶碗”。小さな三角形がつくる幾何学的な
鱗文の上に、口縁から緑釉が意図的に流し掛けられている。この歪んだ意匠に
度肝を抜かれる。仁清はこの茶碗で桃山気風である“傾いた”時代精神を表現した。
織部につながる作風である。

仁清に陶器つくりを学び、乾山焼をつくった尾形乾山の陶器も名品のオンパレード。
兄、光琳が絵を描いた角皿、六角皿が7点(内2点は11月からの展示)。透彫反鉢で
一番の傑作といわれる“色絵紅葉図”、これも秋に因んだ優品“色絵龍田川図向付”も
ある。また、モダンアートのデザインではないかと錯覚する“色絵石垣文皿”(京博)
も驚愕の一品。

陶磁器好きにとっては、ハイな気分が館を出るまで続く、たまらない展覧会。
200%満足した。会期は12/4まで。

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2005.10.09

プラート美術の至宝展

183先週、損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の“プラート美術の至宝展”を見てきた。

9/10からはじまったのは知っていたが、行くかどうかは半々だった。が、2週間前の新日曜美術館で紹介され、聖帯伝説が絵になってるというので、俄然興味が涌き、訪問する気になった。

西洋画と長く付き合うようになって、キリスト教徒ではないが、キリストの話や
聖書についての知識を増やそうと、キリスト関連の本を折にふれ読んできた。
で、プラートの町のシンボルになってる聖帯がわが身を引っ張ってる感じがした。
また、大好きなボッティチェリの師匠であるフィリッポ・リッピの絵は見逃せ
ないなーという思いがどうしても消えなかったことも確か。

地図でプラートを探すと、フィレンツェの北西15kmのところにある。ルネサンス
のころはフィレンツェの一地区になっている。聖帯伝説とは。。。死んで天に召さ
れる聖母マリアが使徒トマスに被昇天のしるしとして、身につけた帯を授ける。
この聖帯がその後、いろいろな人に渡り、最後に保管してたプラート人の
ミケーレが死を目前にして、これを大聖堂に遺贈するところで話は終わる。

聖母や聖人の聖遺物は信じるかどうかは横に置いて、いろいろあるが、マリア
の帯の話ははじめて知った。聖帯伝説を描いたプレデッラ(裾絵)が最初に
展示してある。プレデッラというのは、教会にある祭壇画の主パネルの下に嵌め
込まれてる小型画面のこと。金箔で装飾し、板の上に聖帯伝説の各場面が
鮮やかな赤、緑、青で描かれている。

もうひとつのお目当て、フィリッポ・リッピの右の絵は期待値以上の名画。大きい
こともあり、感動した。場面は聖母マリアがトマスに聖帯を授けるところ。トマスの
周りでは、聖女アルゲリータ(左端)や聖グレゴリウスらがこれを見守っている。
聖女アルゲリータは、フィリッポ・リッピがプラート滞在中に誘惑した修道女
ルクレツィアに似せて描いたらしい。リッピが描く女性の特徴である反った美し
い鼻、細くとがった顎、うすい唇がみてとれ、ボッティチェリの繊細でみずみずしい
感じのする女性とよく似ている。リッピは1452~1466年の長きにわたってプラ
ートにいたが、ボッティチェリはここで15歳のとき弟子入りしている。

この絵で一番驚かされるのは、マリアや聖女、聖人の衣装、そして冠につけら
れてる宝石の質感の高さ。このテンペラ画の威力を見ただけでも、ここへ足を運
んだ甲斐があった。会期は10/23まで。

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2005.10.08

デ・キリコ展

182ブログやHPがあるお陰で、現在、またこれから、どこの美術館でどんな展覧会が開かれるのかという情報が容易かつスピーディに得られる。

10/6から東京駅の前にある大丸ではじまった“デ・キリコ展”ははろるどさんが毎月まとめられてる展覧会情報で知った。うかつにもこの企画展はNO情報だったので大変有難かった。

拙ブログでもデ・キリコは今年、2回書いたので(4/11と7/11)、この画家の
絵に対するテンションが上昇している。ましてや、今まで日本での回顧展に全く縁
が無かっただけに期待度はかなり高く、早速、初日に出かけた。

デ・キリコは長寿の画家で、90歳まで生きている。自画像をみるとイスラエルの
シャロン首相にちょっと似ている。今回出展されてるのは、1960年代以降、80歳
近くになってまた描いた新形而上絵画の作品が中心。デ・キリコの絵をあまりみて
なく、手元にある画集に載ってる代表作は1963年までなので、こんな作品を見
れるのは貴重な機会である。メインの油彩のほか素描、彫刻を合わせて110点が
展示されている。

絵を見ると、初期の頃の特徴、例のイタリア広場や、顔が卵形の無機質なマネキン
が出てくるので絵のなかにはすっと入っていける。だが、どうしてこんなことを思い
つくのかと感心してしまうシュールな組み合わせも出てくる。じっくり見ているといろ
いろ想像力を掻き立てられ、結構楽しい。でも、100%理解できる絵では無いとこ
ろが形而上絵画たる所以。

得意の遠近法で奥行きをつくった部屋の中に、太陽が入り込んできたり“暖炉の
太陽”、海が登場したり“ユリシーズの帰還”する。また、室内でも広場でも、現実と
非現実が交差する何かひんやりとした不思議な空間をつくっていた初期の画風と
比べると、人物や建物などが画面に沢山でてくるようになり、伝えようとしている
メッセージが複雑になっている。

もうひとつ、若い頃はこんな描き方はしなかったなと、おやっと思ったのが右の“愛
と涙/ヘクトルとアンドロマケの抱擁”(1974年)。仮面を被ってるのがトロイ戦争
でギリシャ軍のアキレスと戦ったトロイの勇将ヘクトル。背中をこちらに向けヘクトル
の胸のなかに顔をうずめているのはヘクトルの妻、アンドロマケ。アンドロマケは顔
こそ見えないが、その後姿はマネキン風のヘクトルとは違い、普通の女性にみえる。
後年のダリが妻のガラを写真のように描いたのと同じ心境に、年老いたデ・キリコ
もなったのであろうか。

ダリもブロンズの彫刻を制作しているが、デ・キリコがつくったマネキンタイプの彫刻
(ブロンズに金・銀鍍金)もなかなか魅力的で、所有欲をそそられる。本日、見てきた
隣の方も満足げな顔をしていた。はじめてのデ・キリコ展に大満足。なお、展示は
10/25まで。

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2005.10.07

リキテンスタインの笑う少女

181絵画の鑑賞記を書くときは先入先出を原則にしているので、閉幕した展覧会ではあるが、府中市美術館であった“ホイットニー美術館コレクション展”(8/27~10/2)を取り上げたい。

この展覧会のことを知ったのは“芸術新潮10月号、光琳特集”を購入した9/25.この雑誌の美術館情報コーナーに、ジョージア・オキーフの白い絵をピックアップして紹介されていた。昔からこの女流画家の作品が好きで、見逃しては
ならじとばかりに、9/30、府中市まで出かけた。

市立美術館を訪れるのははじめて。案内の通り、最初はバスに乗るつもりだったが、
出発したばかりで次は30分後だったので、さっさと歩くことにした。が、okiさんが
アクセスしずらい美術館にここを上げられてたように、美術館までは15分くらいかかる。
途中緑の多い公園をぬけていくため、少しは気は紛れるが、歩くのはしんどい。

NYにあるホイットニー美術館はアメリカ現代絵画の殿堂ともいうべきところ。12年
くらい前、一度行ったのだが、企画展かなにかをやっていたためか、回り方が間
違ったのか、なぜかジャスパー・ジョーンズの“3つの旗”などの目玉の作品に会
えなかった。残念な思いが今も残っている。今回やってきた作品が本場にある必見作
をどのくらいカバーしてるのかわからないが、グッとくる絵がかなりあった。

現代絵画を沢山見てるわけではないので、はじめて知る画家もいる。一応目が慣れ
てる画家で○がついたのは、ロスコ、アルバース、ポッパー、ジョーンズ、ステラ、
リキテンスタイン、オキーフ。一番関心の高かったのがオキーフの“白いキャラコの花”
だったが、直にお目にかかってみると、それほど感動しなかった。理由はもっと大きな
絵と勝手に想像してたのと、カンバス一杯に塗られた白があまり鮮やかでなかった
ため。でも、オキーフへの興味がそがれたというほどではない。たまたま、こちらの
期待値と合わなかっただけ。

最も気に入ったのがリキテンスタインの描いた右の“窓辺の少女”。漫画のひと
コマを拡大しアートにしたリキテンスタインの絵はこれまでいくつか見たが、この少女
のこぼれる笑いに魅せられた。昔、MoMAでみたのはこれとは対照的に、目から大きな
涙がこぼれてる女性だった。窓辺で両肘をつき、手を胸の前で交差させ、口元をほ
ころばせてる少女(?)の姿が実にいい。色は髪が赤で衣装は黄色。ポップアート
の真骨頂である原色の対比がいっそう目を惹く。黒の輪郭線で囲み、平面的に彩色
されたグラフィカルな表現で大衆消費社会に生きる女性のイメージを実体化している。

はじめてみる作品で目を楽しませてくれたのはダイン、カッツ、ハリー、ホフマン。
また、バスキアの面白いのが2点あった。満足度150% この展覧会は今後、次の
美術館を巡回する。10/8~11/6:金沢21世紀美術館、11/20~06/1/9:北九
州市立美術館、1/28~3/12:郡山市立美術館


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2005.10.02

樂吉左衛門展

180先般、東博の東洋館で中国絵画の平常展を見終わって、さあ帰ろうと出口に向かったところ、手前の柱に貼られている一枚の展覧会ポスターに釘付けになった。

“樂吉左衛門展”。主催は菊池寛美記念 智美術館。はじめて見る美術館。すぐ、所在地をメモした。家に帰り、HPで調べるとでてきた。ホテルオークラの隣にある。よく行く大倉集古館や泉屋博古分館とは目と鼻の先。

現代陶器のコレクター、菊池智のコレクションを公開するため、03年4月に開館
している。ここで15代樂吉左衛門の2回目の個展が開かれているというので
早速でかけた。03年、ふくやま美術館であった“樂茶碗の世界展”で15代の陶器
を見て以来、この陶芸家の作品の虜になった。前衛的な絵画をみるような絵付け
と、手捏ね(てづくね、手び練り)による彫刻的な造形をした茶碗に大変感動したの
を昨日のことのように覚えている。

個展は15年前に一回やっただけらしい。今回は1999年から05年春までに
作陶された36点が出品されている。みんな未発表作品。地下の展示室では一
部ショーケースに入れられているが、大半はすぐ目の前でみられる。照明を少し
落した部屋に上手にレイアウトされた茶碗ひとつ々に存在感があり、強い磁力を
発している。

造形的には、3つの茶碗がある。丸い茶碗、03年秋からの丸い舟形の茶碗、04年
秋以降の半筒形の茶碗。丸い舟形ははじめてみる茶碗。手捏ねという成形方法は
自然の感じがでると同時に、箆(へら)で削り上げる工程もあるので作意が入る。
丸い舟形の茶碗からはモダンなデザインの織部が重なってみえる。このあたりの
造形感覚は作者の精神性にもとずくもので、やりすぎると形が崩れてしまうかもしれ
ない。15代のバランス感覚は流石で、現代的で洒落た茶碗に仕上がっている。

装飾的な色使いでは04年秋の作品6点が際立っている。鋭い箆さばきによる粗い
地肌に施された多彩な釉薬が炎の中で発色のいい赤、緑、青、黒を生み出し、装飾的
な景色をつくっている。特に気に入った右の“焼貫黒樂茶碗”を見てると、河井寛次郎
が制作した“三色打薬扁壷”(拙ブログ04/12/2)の赤や緑を思い出す。

作品から離れがたく、4回もまわってじっくり見た。当代樂吉左衛門が新たな作風に
到達した珠玉の茶碗に満足度200% なお、展示は来年の1/31まで。
拙ブログは10/3~6までお休みします。

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2005.10.01

狩野芳崖

179住友コレクションを収蔵する泉屋博古館分館に行くことが多くなった。9/23から11/6までの“近代日本画展”のお目当ては東山魁夷と狩野芳崖の絵。

この展覧会の存在を知ったのはつい最近のこと。名前を知らない関西系の日本画家の作品が多いのでトータルの期待値はそれほどでもなかったが、チラシに載ってる東山魁夷の“スオミ”と狩野芳崖の“寿老人”が気になってしょうがなかったので、この近辺にある美術館を
まわったついでに館の中に足を踏み入れた。

“スオミ”は期待通りの名画。フィンランドに点在するスオミがはるか遠くまでみえる
大自然を、東山魁夷の持ち色青で詩情豊かに表現している。洋画はもう一枚
ある魁夷の絵だけで他は皆、日本画。

狩野芳崖が描いた右の“寿老人”は大きな絵。コンデイションがとてもいい。この絵
は美術館のパンフレットに載ってるくらいなので館自慢の作品である。タイトルに寿
がついてるのは吉祥尽の伝統的な画題を描いてるため。梅樹の根元に腰掛ける
寿老人、その後ろに鹿、老人が持ってる杖の先には頭を地上近くに下げた鶴、
そして、鶴のすぐ上に蝙蝠(こうもり)がいる。老人の顔とか指の爪の描き方をみると、
奇想の画家、曽我蕭白の画風に似てなくもない。

狩野芳崖はこの最大級の絵で雪舟風の力強い筆致で老人や岩肌を描いている。
大きな絵ということと意外にも曽我蕭白を連想させるところに驚かされた。近代
日本画の父と呼ばれる狩野芳崖の絵を見る機会が少ないが、思わぬところに
インパクトの強い絵があった。

このほか、橋本雅邦の“春秋山水”も見ごたえ充分。雅邦の絵は5点でている。
また、平福百穂(ひらふくひゃくすい)のいい絵がある。東近美にもある“堅田の一休”
は味わい深い作品。その横にある“夏景山水”にも足がとまる。予想以上に満足度
の高い作品の数々であった。財閥系コレクションはやはりレベルが高い。

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