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2005.09.07

西洋、東洋における風景の見方

162一週間くらい前のYAHOO NEWSに興味深い記事が載っていた。米国ミシガン大学が、風景の見方で欧米人と日本人、中国人とで何か違いがあるかと調査をしたところ、欧米人は対象物を疑視するが、東洋人は背景を含めて全体を見渡しているということがわかった。

この大学の研究チームは同大の欧州系米国人と中国人留学生の大学院生計50人に対し、動物や飛行機など一個の対象物がある画像を約3秒ずつ見せ、目の動きや画像から得た情報量を分析した。

その結果が面白い。中国人留学生は背景に目を止めた回数が多く、ゆっくりと全体
を見渡す目の動きをしていたという。これに対し、米国人学生は対象を疑視する
傾向があり、対象物を見つめていた平均時間が中国人留学生よりも約0.1秒長
かった。米国人と日本人を比べてみても、日本人の方が背景情報を約60%も多く
認知していたということが明らかになった。

研究チームはこの違いを生活習慣や文化に根ざした認知行動の違いと説明しており、
“アジア人の方が複雑にものを見ていることになる”とコメントしている。さらに、こうした
違いは、周囲のことをあまり気にしない欧米人と、調和を重んじるアジア人の行動
傾向とも一致することから、“灌漑や農作業を組織的に行う稲作など、歴史と文化と
深い関係があり、両者の違いの始まりは2000年以上前にまで遡るはず”と推定
している。

この記事と、西洋画で風景画がだいぶ遅れて描かれるようになったのと関係がある
かもしれない。欧米人の眼細胞はイエスや人間や目の前を動く動物を見ることに使わ
れ、背景や遠い風景のことは眼中になかったのだろう。絵画という創作活動でも神
と神が創造した人間、生き物があくまで中心であった。

一方、中国の水墨画はその対極の考えで描かれている。大自然の気をとらえようと、
霞がかった空、峻厳な岩山などの雄大な景観を画面一杯に表現し、文士はど
こにいるのかわからないくらいに小さく描かれている。雪舟がはじめた日本風の水墨
風景画には中国ほど運気は漂ってないが、自然の中に人間を包み込むように描く
点では変わりない。

ミシガン大学の調査に使われた絵がどんなものだったか、全く情報がないので、右の
ような風景画を考えてみた。近代日本画の巨匠、川端龍子が描いた“潮騒”という名画
である。欧米人は白いカモメばかりに目がいくのだろうか?我々なら岩に砕ける
波しぶきにも目が止まり、海の深い青、白いカモメというふうに全体をみていくのだが。
この話はとても刺激的。

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コメント

この話は面白いですね。私も日頃、見方の違いは良く感じます。例えばドイツ人は何かの問題を語る時に水平に考えながら壁をとりはらうので問題点の方向がずれて来たりもしますし時間もかかります。その代わり色々派生している事柄も把握できるかも(!)しれません。同じ事をしていて、日本人は鳥瞰図で把握しようとして、最短距離を映像的に掴んで取りあえず処理してしまう。早いです。でもそれだけで終わってしまうときもあるわけですね。もちろん色々なんですけれど、時々私が感ずる事なんです。

投稿: seedsbook | 2005.09.08 01:45

to seedsbookさん
昨年9月、ギリシャに行ったとき、岩が多く、あまり緑のない大地を
みまして、彫りの深い人間の理想美を追求したギリシャ彫刻が発達し
たのがよく分かりました。風景を見ても情趣が涌くわけでなく、創作の
エネルギーが人間中心の美術になったのではないかとみてます。

seedsbookさんがご指摘のように日本人は周囲の状況を見渡して、
物事を決めてるかもしれませんね。ドイツ人の考え方、水平に考
えながら壁をとりはらうというのは、大変為になりました。

投稿: いづつや | 2005.09.08 16:22

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