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2005.09.14

俵屋宗達の関屋澪標図屏風

169東京の静嘉堂文庫に俵屋宗達が描いた源氏物語絵、“関屋澪標図屏風”(国宝)がある。2年前、長年の思いがやっと叶えられ、お目にかかることが出来た。見てて心地がよくなる期待通りの傑作であった。

9/12付の朝日新聞に、この屏風の制作年代が特定されたという記事が載っていた。醍醐寺の僧が記録した日記の寛永8年(1631年)9月13日の記述に、“源氏物語を題材にして描かれた屏風
一双が納品され、判金1枚が渡された。その出来栄えに満足した”とあったという。
この資料を兵庫県立歴史博物館の学芸員が見つけたらしい。数ある宗達の作品で
描かれた年代がわかっているのは少ないため、この発見は画期的なことと研究者は
語っている。

俵屋宗達は出自も生没年もわかってない。平安王朝のルネサンスを唱えた書家で
陶芸家の本阿弥光悦については、生まれた年も死んだ年もわかってるのに、
宗達の情報は皆無。正統派の絵師ではなく、町衆の立場で自由に創作したので記録
が無いのだろうか。年代が特定できることをあげると。

   1602年ー“平家納経・願文見返し、鹿図”を制作
   1621年ー養源院の杉戸絵、“唐獅子図”、“白象図”および襖絵を制作
   1622年頃ー俵屋の扇が京都で人気を博す
   1630年ーこのときすでに法橋の位に
   1631年ー“関屋澪標図屏風”を制作
   1642年ー後継者宗雪、すでに法橋、このころまでに宗達死去

“関屋澪標図屏風”は六曲一双の屏風で、左隻が右の“澪標(みおつくし)”、右隻が
“関屋”となっている。修復がなされたのか、保存状態は非常にいい。“澪標”では、
金地の背景に松の緑が映え、両端に意匠化された太鼓橋と舟を配し、銀泥?(黒)の
水流と金泥と墨で引かれた波の線で動きをつくっている。陸地の牛車には源氏が、
海上の舟には明石の上がいるはずだが、ふたりとも姿を見せず、存在を示すのみ。

牛車の周りにいる待者の顔立ちや衣装などは、過去の物語絵に出てくる人物の
形態をすこしアレンジして使っている。宗達の工房には男女の姿や牛などの形が型に
してストックされていたようだ。雅で装飾性豊かな“関屋澪標図屏風”は“風神雷神図
屏風”とともに宗達の最高傑作である。静嘉堂文庫での展示はこの先いつごろに
なるのだろうか。また、会えるのを楽しみにしている。

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