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2005.08.03

岡本太郎

1347/31の迷宮美術館は昼は日本美術の特集をやり、夜は岡本太郎を取り上げていた。東京国立近代美術館の平常展で岡本太郎の作品を見ることがあるが、それ以外はこの画家に縁がない。

現代絵画に詳しくないので、日本人画家、とりわけ岡本太郎の世界レベルでの評価がどうなってるのかわからない。最近、NYで1億2千万円の値がついた草間弥生の絵のようにもてはやされてるのだろうか?

長く見ている日曜美術館で取り上げられたこともないし、東近美で回顧展が開か
れたこともない。日本人なら誰もが大阪万博の太陽の塔を制作した岡本太郎
の名前は知ってるのに、絵画作品の代表作は何かと問われると返事に困る。
東近美にある“燃える人”なのだろうか。これまで、岡本太郎の作品は数点
しかみたことがないが、幸いにも迷宮美術館で岡本太郎の画業を、若い頃から
晩年の作品を通して解説してくれたので、岡本太郎の作風、モティーフが少し
わかった。

岡本太郎の絵は具象抽象画である。ピカソが描いた“水差しと果物鉢”(1931年、
グッゲンハイム美術館)をみて、純粋抽象画に進まず、抽象画ではあるが具体
的な形も取り込んだ具象抽象画を描こうと決心したそうだ。岡本はピカソの印象
について、ピカソの手が大きかった、そして自分の手も大きいと言う。観てる者が
ハット驚くような絵でないとダメ、というのが岡本の口癖。革新者はいつも古い
ものと戦っている。革新的で、エネルギーあふれる絵がこの画家の持ち味。
色彩感覚も抜群で、形と色がうまく融合している。

右の絵は04年、東京芸大美と東現美で開催された“再考 近代日本の絵画展
”でみた“森の掟”(1950)。真ん中の赤いサメのような生き物をよくみると、なんと
チャットがついている。抽象画というより、劇画のような絵である。太陽の塔は
子供の顔であり、岡本太郎は小さいものや可愛いものが好きなのかもしれない。

03年9月、太陽の塔の対をなす作品としてメキシコで制作された壁画が35年
ぶりに発見されたという。現在、原爆をモティーフにし、“明日の神話”という名がつ
いたこの壁画の修復が行われている。これはピカソの“ゲルニカ”に匹敵
する作品のような気がする。修復の完成が待ち望まれる。

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