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2005.08.30

小林太市郎の光琳論

154尾形光琳と乾山の非常に面白い評伝を読んだ。美術史家の小林太市郎(1901~63年、元神戸大学教授)が書いた“光琳と乾山”(淡交社、1974年)。

この本のことを朝日新聞社刊の“名画日本史”(00年)で知り、神田の古本屋などを探し回ったが、どこにも無く諦めていたが、03年、岡山市の古本屋で偶然見つけた。需要の多い中央の本屋より地方に名著が眠っていたという訳である。値段は5000円。

手に入れてずっと寝かせていたのは、MOAにある光琳の“紅白梅図屏風”を直に
みてなかったから。今年、やっと長年の夢が叶い、紅白梅図屏風を鑑賞すること
ができた。で、500頁のこの本に向き会った。小林太市郎は天才学者。妄想で
はないかと思われるくらいの想像力で光琳の作品を読み解く。200%感嘆した。

光琳に関する資料と作品をみて、普通の人では考え付かないことを思いつく。
傑作、紅白梅図屏風に対して凄いことを考える。右の紅梅は光琳のパトロ
ンとみられている中村内蔵助。白梅は光琳。そして、二本の梅の木の間をゆく水流
は光琳の愛妾さんの豊満な肉体。いままで、この絵が何を描いたのかという色々
な説を聞き及んできたが、この説明には唖然とする。が、この学者が展開している
全体のストーリーが実に説得的なので、これもありかなと同調してしまう。

この本に出てくる光琳は女好きで金儲けの欲望が強い芸術家となっている。
また、恐妻家でもある。右の“竹に虎図”にでてくる虎は、嫉妬深く、家の中でぎゃー
ぎゃー言ってる本妻の多代をあらわしているらしい。本妻にかまわず、光琳は愛妾を
何人もつくるが、一番愛したのがさん。このさんは同時に中村内蔵助の愛人でも
あったという。だから紅白梅図の真ん中の水流がさんの体になっている。さらにやや
こしいのは11歳年上の光琳は中村内蔵助を愛していた。つまり、同性愛の関係に
あったという。ありゃりゃ、、、というくらいこの学者の想像力は膨らんでいく。

光琳は夢でみたことを絵にしたという。いくつもある代表作を夢に関連づけて読み
解いていく。そして、光琳の絵はシュルレアリスムの作品と言い切る。装飾的では
あるが、内容に乏しいと考えられているが、そうではなくて人間深層の欲望を綺麗に
描いた作品というのである。こんな型破りな光琳論があったとは。凄い本だ。

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コメント

こんばんは.

”光琳と乾山”おもしろそうですね!

著者の小林太市郎にも興味が沸きます.

虎が本妻っていうのは,なんかわかるなあ.

投稿: おけはざま | 2005.08.30 23:55

とても面白そうな本ですね。
私も読んでみたくなりました。
光琳は夢も描いていたのですかね、なんとなくうなずける。
でもこの虎が本妻と聞くとなんだか可笑しい。

投稿: seedsbook | 2005.08.31 00:53

to おけはざまさん
小林太市郎は京都西陣の呉服商にうまれたぼんぼんで、京大の
哲学科を卒業した後、フランスに渡り、ソルボンヌ大学で学んで
います。お金に困ることはなく高い本を買っていたようです。

淡交社から小林太市郎著作集(全8巻)が出され、“光琳と乾山”はそ
の6巻です。昭和23年とか昭和37年に書かれた論考が1974年、
一冊の本にまとめられています。古本屋にあるかもしれません。
大変刺激的な本です。

投稿: いづつや | 2005.08.31 13:25

to seedsbookさん
琳派が好きで、光悦、宗達、光琳、乾山、抱一、其一の作品を追っ
かけています。小林太市郎の“光琳と乾山”を見つけたときは天にも
の昇る気持ちでした。今、この名著を読みまして、光琳、乾山のこと
がだいぶ分かりました。光琳の人間像に近づけたような気がします。

光琳が派手好みで女に目が無いとしても、作品に対する評価
が変るわけではありません。光琳は夢で見た富士山を描いてます。
小林太市郎は光琳の代表作を一つ々、光琳が夢に見たことと
して読み解いています。それがとても説得力があるんです。中には、
光琳、中村内蔵助、さんの複雑な関係などドキッとする話しが出てきます。
日本画の知識が増え、なおかつ小説を読むような楽しさがある本なん
てそうそうありません。恐るべし、小林太市郎です。

投稿: いづつや | 2005.08.31 13:52

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