« デ・キリコのイタリア広場 | トップページ | クールベ »

2005.07.12

クリムトの黄金絵画

229クリムトの絵はこれまでウイーンの美術館や日本での展覧会で見たり、TV美術番組のクリムト特集をビデオ収録してきたので、この画家のことはある程度知ってるつもりであったが、迷宮美術館で新しい話がでてきた。

それはクリムトと愛人、エミーリエの関係がプラトニックなものだということ。二人は決して触れることがなかったらしい。トリビアの泉ではないが、へえー、それ本当なのという感じである。

1ヶ月くらい前、友人の知り合いの画家が銀座の画廊で開いた個展を二人で見に
行ったとき、美術史家の千足伸行さんがちょうど来られて、少しお話をした。
この千足先生が番組に登場し、二人の意外な関係のことを語っておられた。
西洋美術では高階氏と並ぶ、高名な千足さんの話なので本当だろうと思うが、
クリムトという画家の心情がちょっとわからなくなった。

クリムトが愛したアルマ・シントラーをイメージして描いた官能的な絵では
黄金が光輝いているのに対し、代表作の“接吻”では信頼できるパートナー、
エミーリエ・フレーゲとの愛の関係を反映し、黄金の使い方が控えめになる
一方で、装飾性がより繊細になり、色彩豊かな明るい色調に変わっている。

黄金が全面にでた絵でまだお目にかかってなく、是非見てみたいのは
“金魚”、“ダナエ”、“水蛇Ⅰ”。水蛇は03年に訪問したベルヴェデーレ美術館で
期待したのだが、貸し出し中でみれなかった。これぞ官能絵画の代表みたい
な金魚、ダナエに会えるのを秘かに願っている。

日本であったクリムトの回顧展では1989年、池袋のセゾン美術館で開催さ
れた“ウィーン世紀末展”が凄かった。クリムト、シーレの代表作がかなりでてた。
余談になるが、当時のセゾン美術館はいい企画展を実施する美術館として
人気があった。クリムトの作品では代表作の“接吻”をはじめ、“エミーリエ・
フレーゲの肖像”、“ユーディトⅠ”、“パラス・アテナ”、“アダムとイヴ”があった。
また、複製ではあったが、“ベートーベン・フリーズ”にも会った。

右の“パラス・アテナ”はなかでも印象深い絵。黄金の胸甲アイギスを着けた
女神アテナが真正面向きにじっとこちらを凝視している。アテナは闇の戦士のようで、
暗く、不気味な気配を感じさせる絵である。アイギスのまんなかには英雄ペル
セウスが退治したメジューサの首が魔よけとして嵌め込まれ、その周りには蛇の
鱗が飾られている。左手の腕の上からこちらをみている二つの目は知恵の象徴、
フクロウ。そして、右手にいるのは勝利の女神ニケ。

多くの画家が女神アテナを描いているが、クリムトの“パラス・アテナ”はかなり
異色。このアテナの目にいつも射すくめられる。

|

« デ・キリコのイタリア広場 | トップページ | クールベ »

コメント

現在パリのグラン・パレで開催されている「ウィーン1900年 クリムト、シーレ、モザー、ココシュカ展」の事を自分のブログで書くにあたっていづつやさんの「ウィーン世紀末」を参考にさせていただきました。

他の記事も興味深く読ませていただきました。次の更新、楽しみにしております。

投稿: あかね | 2006.01.18 01:13

to あかねさん
はじめまして。書き込み有難うございます。クリムト、シーレらウィーン
世紀末の画家が描く絵を愛好してます。まだみてないクリムトの代表作、
“金魚”、“ダナエ”とか“ストクレ邸モザイク”に会える日がくることを
心のなかで願っているのですが、果たして実現するかどうか。

グラン・パレの展覧会に今からでも駆けつけたい気持ちです。羨ましいで
すね。これからもよろしくお願いします。

投稿: いづつや | 2006.01.18 14:13

いづつやさん、

「金魚」はスイスにあるんですよね。私もまだ見たことはありません。素敵ですよね。

ストクレ邸のステンドグラスのデザインはシーレに依頼された、とあるサイトで読みました。結局シーレが提出したものは採用されなかったと書いてありましたが本当ですか?

投稿: あかね | 2006.01.18 21:01

to あかねさん
“金魚”はスイスにあるのですか。いつか見れるといいのですが。
クリムトがブラッセルにあるストクレ邸食堂のモザイク装飾を担当した
のは1905~09年です(邸は1911年に完成)。そのころシーレは
15歳です。なにかの間違いだと思います。

昨年、ブラッセルを訪問し、ここも見たかったのですが、一般の人は
入れないという情報があったので、寄りませんでした。でも、外観だけ
でも見ておくべきでした。敷地の外から眺められるかどうか分かり
ませんが(要確認)。次回はこのあたりを事前によく調べるつもりです。

投稿: いづつや | 2006.01.19 10:37

15歳、、なるほど。それもそうですよね。建築された年代のことは考えませんでした。。もう一度ネット検索してみたのですがストクレ邸とシーレの事は見つかりませんでした。どこで、読んだのか、私の勘違いだったのかも、、すみません。

クリムトのストクレ邸のモザイク図案をそのまま取り入れた袋帯を見たことがあります。図案が優れているのでしょう、素敵な帯でした。

投稿: あかね | 2006.01.20 18:08

to あかねさん
こんばんは。クリムトが制作したストレク邸のフリーズ(壁画)下絵が
ウィーンの応用美術博物館にあるらしいですね。03年にウィーンに
行ったときは時間がなくて、ここまで回れませんでした。

次回はこことクリムト、シーレの絵が沢山あるレオポルト美術館を訪問
することを今から決めてます。この二人の作品はできるだけ多く鑑賞した
いですから。あかねさんのパリ展覧会情報で、クリムトをまた観に行く
ぞという気持ちになりました。

投稿: いづつや | 2006.01.20 20:36

突然恐縮ですが、あかねさんの質問への返答が気にかかりまして・・・。

シーレは17歳のときからウィーン工房の絵葉書などのデザインをしておりました。1910年(シーレは20歳です)、スットクレ邸のモザイクではなくして、ガラス絵を担当することになっり、その下絵を残しています。《ポルディー・ロディンスキー》がその作品です。

結局採用はされませんでしたので、あかねさんはその件をどこかの文献でお読みになったのではないでしょうか。

いづづやさんは色々の美術館を回っていらしてすごいですね。ゴッホ美術館にもおいでになったんですね。如何でしたか?

投稿: sumire | 2006.04.29 12:40

to sumireさん
はじめまして。書き込み有難うございます。イタリア旅行で返事が遅れまして、
すいません。
シーレは20歳のころ、ストレク邸のガラス絵を担当し、下絵を描いたのですか!
知りませんでした。面白い話を聞かせていただき有難うございます。ウイーン世紀
末にお詳しいようなのでこれからもよろしくお願いします。ローマでクリムトの
いい絵を見ましたので、いずれUPいたします。しばしお待ちください。

ゴッホ美術館はこれまで3回訪れました。ゴッホは大好きな画家です。もう、
美術館のなかは教科書に出てくる代表作のオンパレードで興奮状態でした。次回の
オランダ旅行ではクレラーミューラー美術館に行き、“跳ね橋”に対面しよう
と思ってます。

投稿: いづつや | 2006.05.01 17:44

はじめまして。ウイーン世紀末展で検索したのですが、これ以外でも何度かアクセスさせていただいていたと思います。

> 日本であったクリムトの回顧展では1989年、池袋のセゾン美術館

私のうつろな記憶では新宿の伊勢丹あたりだったかと思っていました。この時「接吻」がきていたのですね...

この時、ポスターを買って何年も部屋に貼ってあったためか、数年前ウィーンでみたとき、実物はこれがはじめてだ、と思ったのですが、一度みていたとは。

「ダナエ」の実物をみてみたいです。

投稿: kwin786 | 2006.12.23 23:23

to kwin786さん
はじめまして。書き込み有難うございます。89年
のクリムト展では“接吻”をはじめ代表作がいくつも
あり、エポック的な展覧会でした。

私も“ダナエ”と“金魚”がいつか観られるよう、
ミューズに祈ってます。これほど官能美を感じる絵画
はほかにありませんね。

投稿: いづつや | 2006.12.23 23:37

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: クリムトの黄金絵画:

» 多感な若い才女を娶ると [Wein, Weib und Gesang]
「亡き子を偲ぶ歌」交響曲集作曲の数年前に作曲家は、二十一歳年下の画家の娘アルマと結婚した。そのアルマ・ヴェルヘル・マーラーの著書「グスタフ・マーラーの想い出」の中で、第六交響曲の創作時期に不吉なリュッケルト詩による歌曲集「亡き子を偲ぶ歌」の三曲を新たに作曲した夫に言葉が投げかけられている。その言葉は、作曲家が好んだ「SPLENDID ISOLATION」と云う英語から名付けられた章に記されている。 「めっそうもない!... [続きを読む]

受信: 2005.08.23 16:02

« デ・キリコのイタリア広場 | トップページ | クールベ »