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2005.07.31

洛中洛外図屏風

131いつも楽しく見ているBS2の迷宮美術館では、本日一時から日本美術を大特集していた。

取り上げてたのは雪舟、葛飾北斎、狩野永徳、円山応挙、横山大観、円空。この番組は普段でも日本絵画のブランド画家の名作をいろいろ紹介しているので、こういう特集ではありきたりの代表作を登場させるのでなく、面白い切り口で作品をみせている。そのため、これまで見たことなかった作品や新しい
話がいくつもでてくる。

例えば、円山応挙が描いた幽霊の絵を供養している東北のお寺がで
てきたりする。また、北斎の場合、版画を取り上げるのではなくて、信州
小布施にある肉筆画の傑作を生放送で紹介していた。円空仏を
何体も見せてくれたのは有難かった。5月、横浜そごうであった円空展
で目が慣れてたので、岐阜県のお寺に多くあった円空仏を夢中に
なってみた。一般の美術愛好家にはまだ、名が知れてない円空に
スポットを当てるとは番組のスタッフはかなり意欲的。お陰で、魅力的な
円空仏を知ることができた。

司会の段田安則が織田信長に扮して説明していた狩野永徳作の
“洛中洛外図屏風”(国宝)はまだ見ぬ日本絵画の傑作。だいぶ前から
この絵を追っかけているが、なかなか展覧会に出てこない。想定される
展覧会の名前は、“狩野永徳と狩野派展”とか、“風俗画展”とか、あるいは
そのものズバリ“洛中洛外図屏風展”。こうし企画を東京国立博物館と
か京博、民間では出光美術館あたりが考えてくれれば、これにお目にか
かれるのだが。今のところ、この手の情報は入ってきていない。で、
米沢市上杉博物館が所蔵のこの上杉本、洛中洛外図屏風を
10/19~11/8に公開してくれるので、期間中訪問することにしている。

室町末期から江戸の初期にかけて制作された洛中洛外図屏風は現在
100点くらいある。その代表作が狩野永徳が30代前半、織田信長の依頼
により描いたとされる洛中洛外図。織田信長はこの屏風を上杉謙信に
贈ったため、代々米沢藩が所有してきた。洛中洛外図は今で言えば
京都の名所スポット、年中行事、遊楽、ファッションなどを、コンパクトに
一枚の紙にまとめた観光ガイドパンフレットのようなもの。

右の屏風は3年くらい前、島根県立美術館でみた誓願寺本、洛中洛外図
(江戸初期の1620年ころの制作)。右下には華やかな祇園祭の山鉾
巡礼の場面が描かれている。この屏風には当時の武士や町人の衣装、
仕事ぶり、酒宴などの状況が実にリアルに表現されている。書物の知識
より何倍かの情報をこの絵から得ることができる。10月、永徳作の
洛中洛外図屏風に会えるのを楽しみにしている。

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2005.07.30

スイスアルプス

130本日のTV番組、“世界・不思議発見”に懐かしいスイスの山々が出てきた。

20年くらい前、1年間、スイスのジュネーブに住んだことがある。マンションが丁度、フランスの国境近くにあったので、家の窓から遠くにモンブランが見えた。

でも、くっきり見えたのはたったの5回。山の天候はデリケートで現地の
人に聞くとこの位がいいとこらしい。当時、日本で山登りの経験がなかったが、
せっかくスイスにいるのだからと、観光でアルプスの名峰を見に行った。

想い出深いのは右のマッターホルン(4478m)。家を車で出発するとき
は曇っていて、今日は無理かなと思っていた。が、ツェルマット(1620m)
の町につき、ケーブルカーで山頂近くまで登ったときは空は綺麗に晴れて、
雄大なマッターホルンを眼前に仰ぎ見ることができた。後日、このこと
を友人に話すとマッターホルンはスイスに居たって、なかなか見れ
ないと言っていた。大変ラッキーな日に出くわし、一生の想い出となった。

また、ユングフラウ鉄道にのってヨーロッパの最高標高地にあるユング
フラウヨッホ駅(3454m)まで行き、ユングフラウ(4158m)、アイガー
(3970m)、メンヒ(4099m)の雄姿を目にすることが出来た。特に断崖
絶壁のアイガーにはこれが多くの登山家が登頂にチャレンジした山か
と釘付けになった。

ふもとの町、グリンデルワルト(1034m)にはアルプスの名峰を登頂した
世界中の登山家の写真などが飾ってある郷土博物館がある。ここへ入った覚
えはあるのだが、山登りは素人だったので、肖像写真が飾られている
日本人登山家、槇有恒(まきゆうこう)に気がつかなかった。番組によ
ると1921年、魔の山と言われたアイガーの東山稜を世界ではじめて登頂し
たという。槇と二人の現地人が登山中、グリンデルワルトの人達が花火
を打ちあげたという美しい話が伝わっている。

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2005.07.29

ワーグナー

2,3日前の新聞に、ドイツのバイロイト音楽祭で日本人の指揮者、大植英次
さんがはじめて登場し、“トリスタンとイゾルデ”を指揮し、聴衆から盛んな
拍手を浴びたという記事がでていた。ワグネリアンの聖地、バイロイトでは
毎年7月末~8月末に上演されるワーグナーの楽劇を聴きに世界中から
ファンが集まってくるという。

ワグネリアンではないが、ワーグナーや同じロマン派のR.シュトラウスの
オペラはよく聴く。NHK,BS2で放送されたこの二人のオペラを長年
かけてビデオ収録した。

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2005.07.28

ベルナール・ビュフェ展

129ベルナール・ビュフェという画家の絵をはっきり記憶したのは今年1月、ニューオータニ美術館であった展覧会。ジャコメッティの彫刻を想わせる、やけに細くて縦に長い人物が登場する独特の絵だった。

ビュフェは日本に何回もやって来るうち、日本美術に影響を受けたのか、その中に上手に描かれた鶴の絵があった。キャプションには1999年、南仏の自宅で自殺したとある。自殺した画家の
話はあまり聞かないので、ビュフェにどんな悩みがあったのかと胸が騒いだ。

このビュフェの回顧展が新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で開かれるという
ので、早速足を運んだ。静岡県の長泉町に、ビュフェのコレクションでは
世界一というビュフェ美術館というのがあるらしく、そこから油彩画70点が出張
展示されている。17歳の時から60歳代までの人物画、風景画、静物画が
あるので、ビュフェの作品の特徴が大略つかめる。そして、若い時代と壮年
期で筆致や色使いが変わってくること、また大作の風景画が増えてくるなど
興味深い変化をみてとれる。

若い頃の作品には虚無感や孤独感が漂よっている。自画像や女性画は人物を
黒い線描でとらえ、まわりの色調が灰色や白で統一された平面的な絵。30歳の
ときの作、“ニューヨーク”では垂直線と横に交わる線で表現した摩天楼にひんや
りした空気が流れている。40歳の頃から、色彩が豊かになり、絵全体が
明るくなる。自分の娘を描いた“ダニエルとヴィルジニー”では赤や青があらわれ、
子供の顔はふっくらとして、さわやかな感じを与えている。

今回、目を楽しませてくれたのは、風景画の数々。これには参った。いままで
抱いてたビュフェのイメージとはかけ離れ、詩情あふれる名作が次々でてくる。
パリを描いた“サクレ・クーレとパリの屋根”、“コンコルド広場”。また、
フィレンツェのヴェッキオ橋もある。中でも気に入ったのは右の“風車のあるミコノ
スの風景”。ミコノスはギリシャのツアーガイドによく載ってる有名な観光地。
大きな絵で、真ん中にどんと描かれた風車とまわりの家の白と海の深い青、
空の薄青の配色が素晴らしい。

隣の方もご満悦で二人揃ってビュフェのファンになった。いつか、静岡にある
ビュフェ美術館を訪ねてみたい。

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2005.07.27

ジャン・コクトー展

128日本橋三越で開催中のジャン・コクトー展をみてきた。ここは図録を買うといつも次回展覧会の招待券をくれるので、最近はずっと得した気分。

チラシに載ってる“横顔”に似たような絵が1993年、名古屋の松坂屋であったコクトー展でも出ていた。コクトーの作品をみたのはこの展覧会しかないので、今回はどんなのが出てくるのかと期待度は高かった。

松坂屋のときは没後30年を記念し300点くらい出たが、この三越展は250点。
家に帰って、出品作をチェックすると、これはというのがいくつか重なっていた。
同じコレクターのものを持ってきたのかもしれない。

コクトーはマルチアーチストである。本業は詩人や小説家なんだろうが、バレエ
や演劇の演出家であり、画家でもある。もっぱら画家としてのコクトーしか縁が
なく、ピカソを思わせる作風をすぐイメージする。今回も“キュビズム風の顔”
、“メルクリウス”、“恋人たち”、“9人の沈黙の婦人”などに惹きつけられた。
パステル画が大半を占めるが、油彩にも輝いている絵があった。前にも見た
“ファヴィーニ夫人とその娘”、“眠る女”。とくに黒を背景に使い、顔も黒くして
いる“眠る女”はハットさせる作品。

会場にはコクトーと親交のあったサティの曲が流れ、映画で用いられたオブジェ
の複製が展示してある。コクトーの展覧会に相応しい展示空間をつくろうという
主催者の意欲が感じられ、好感がもてる。コクトーはピカソと同じく、陶器を制作
している。陶器の形とマッチした“中世の女”、“三つの目”が面白い。また、
ブロンズやブローチなどもある。

一番気に入ったのがタペストリー。中でも、大作の“ユディトとホロフェルネス”と
細長い色面で顔を構成した“二つの顔”に感動した。二度目の右の“ユディトと
ホロフェルネス”は見ごたえ充分。眠りこけてる兵士はデフォルメしてるが、写実
的に描かれてるのに対し、真ん中のユディトの形とユディトに首をとられたホロ
フェルネスはかなり戯画的。リアルで凄みさえ感じるカラヴァッジョの同名の絵
とはカテゴリーの違う絵であるが、不思議な魅力がある。

コクトーの天才ぶりを窺うことの出来る貴重な展覧会であった。なお、この展覧
会は7/31までやっている。

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2005.07.26

岡山の白桃

127桃を作ってる県ですぐ思いつくのは岡山、福島、山形、山梨。産出量でどこが一番多いのだろうか?ちょっと見当がつかないが、福島県?

岡山の美味しい白桃は今が旬。白桃は一玉、1000円以上する高級果物。これを食べると、普通の甘い桃を食べても物足りない感じになる。それほど岡山の白桃は美味しい。とろけるほどやわらかい果肉で甘さは抜群。はじめて白桃を食べたときは世の中にこんな美味
しい果物があったのかと仰天した。岡山に住んでる人がつくづく羨ましいと思った。

桃に限らず、日本の果樹園農家は品種改良に鋭意工夫し、高品質の果物を
市場に送り出してきた。岡山の白桃なども代々受け継がれてきた技術と
細心の生産管理により育てられたものだ。優秀なモノづくりは産業界だけでなく、
果物づくりでも発揮されている。こうしたきめ細かい管理でつくられた
果物は海外の人にも好評のようだ。例えば、日本で働く台湾の人がお国に
帰るとき、林檎をどっさり買っていくという話を聞いたことがある。

桃の季節になると、昔大学の恩師から聞いた“韓非子”の一説を想い出す。
それは“説難扁”にでてくる話。あるとき、皇帝に大変気に入られた男が
山で桃を見つけた。のどが渇いてた折、一かじりかじったら、水がしたたる
ほど美味しかったので皇帝のところに馳せ参じ、これを献上した。すると皇帝は
“その男ものどが渇いて全部食べたいと思ったところを、私のところへ持って
よこした、実に君思いの立派な男だ”と褒めた。ところが、いったん皇帝の寵愛
を失った男はある日斬罪に処せられる。罪名には、“こともあろうに食いかけの
桃をわしに食わせた、無礼きわまる男”とある。

この話の教訓とは、“自分の意見を上に持っていくときはとても難しい。あるとき
は非常に褒められるが、あるときは同じことによって罰せられるということがある。
このことはよく気をつけておくように”。

桃を題材にした絵を日本画家の作品で探してみたが、右の上村松篁(うえむら
しょうこう)作、“樹下幽禽”があった。1966年、日本芸術院賞を受けた
名作である。枝からこぼれ落ちるほどに実をつけた桃と色鮮やかな熱帯の
鳥が描かれている。

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2005.07.25

西瓜

126夏になると西瓜を毎日のように食べている。で、スーパーや果物屋で購入した西瓜の銘柄を食べた後、おいしさ度で厳しくチェックしている。産地としては千葉産が比較的よく並ぶ。また、秋田産とか新潟産のもある。

西瓜の魅力は甘さとみずみずしい食感だが、千葉産で甘いのに出会ったことがない。おいしい西瓜を食べたいという一心で、前回は熊本産に替えてみた。これは皮の底まで甘かった。関東で
美味しい西瓜といったらどこの産なのだろうか?

広島に住んでいたときは美味しい西瓜に恵まれていた。西瓜だけでなく、
中国地域には美味しい果物が一杯ある。鳥取の二十世紀梨と西瓜、メロン。
岡山の葡萄と桃。広島の蜜柑。。鳥取県の大栄町で採れる西瓜は甘く
て美味しいので有名。出張で鳥取を訪れたときは必ず購入していた。
また、直送してもらったこともある。値段は一玉2300円くらい。とにかく
よく育った甘い西瓜である。

西瓜は小さい頃は塩をつけて食べていたが、今はそんな食べ方をしなく
なった。塩をつけると甘くなると言われた覚えがある。西瓜は林檎や蜜柑を
食べるのと違い、水っぽい分、食べるときどうしても音が出る。だから、食に
活気がでてくる。三角に切った西瓜をとんがった先から食べていくときの夢中
さは他では見られない。

西瓜を描いたいい絵がある。葛飾北斎が80歳の時に描いた右の“西瓜図”
(部分)。これは版画ではなくて、肉筆画。現在、宮内庁三の丸尚蔵館
が所有している。1999年、東京国立博物館で開催された“皇室の名宝展”
にこの絵が出品された。半分に割られた西瓜の切り口に薄紙が貼られ、その
上に包丁がおかれている。果汁を吸い込んだ紙の皴(しわ)や包丁の刃
の質感が見事。この美味しそうな西瓜はこれから三角形に切って食べる
のだろうか。

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2005.07.24

朝青龍5連覇

大相撲名古屋場所は結びの一番で栃東を破った朝青龍の5場所連続
優勝で幕を閉じた。14日の時点で、朝青龍と小結の琴欧州が2敗で並び、
千秋楽は優勝決定戦があるのではとTVの前で熱が入った。大相撲で
こんなに興奮するのは久しぶり。

期待されたブルガリア出身の琴欧州の対戦相手は若の里。昨日は何
やってんのと言いたくなる不甲斐ない負け方をした若の里ではあるが、
今場所は調子に乗ってる実力者。勝負はあっけなく琴欧州が敗れた。
解説者の元横綱、北の富士が琴欧州の体がいつもと違い、ガチガチに
硬くなっていたと敗因を分析していた。やはり、はじめての優勝争いで
プレッシャーがあったのか、若の里の圧力に不自然な体勢になり、
手をついてしまった。

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2005.07.23

川端龍子記念館

125大田区立龍子記念館という日本画家、川端龍子の作品を展示する美術館がある。今回は都営地下鉄浅草線の終点、西馬込で下車して行ったのだが、歩いて15分かかった。いつもの大森駅からバスに乗るほうがアクセスはいい。

この美術館は龍子の作品を年4回くらい展示してくれる。今回の展示は夏にちなんだ名作16点。川端龍子の大画面絵画に魅せられて定期的に足を運んでいるが、所蔵品のようやく半分
にたどり着いた。

お目当ての大作は2点あった。ひとつは温泉好きの画家が女性が何人
も入ってる温泉郷を幻想的に描いた絵。のんびりした温泉の雰囲気が漂っ
ており、心が安まった。夏にちなんだ作品ということで、河童を描いた
絵が多くでていた。龍子は河童を自分の分身にして、人間界の現実を
河童のユーモラスな形を借りて、表現している。

絵のタイトルが面白い。“オリンピック”、“遠足”、“酒房キウリ”、“ツイスト”、
“似てる”など。酒房キウリは小さなバーのカウンターで一人の常連客がウイス
キーを飲みながら、ママとしゃべってる場面が描かれている。“似てる”は自然と
笑みがこぼれる絵。河童が大きなパイナップルをみて、自分の頭と生の葉つき
パイナップルがよく似てると感心している。日本画家の作品でこんな滑稽
な絵をみたことがない。

もう1点、目を楽しませてくれたのが右の“獺祭”(だっさい)。真ん中に僧侶
の衣装を纏って座っているのは獺(かわうそ)。獺は水中で捕らえた鯉
や鯰をすぐには食べずひとまず、岸に並べておくという習性があり、これを
獺魚を祭るという。それで魚が獺の前に並べられている。獺を僧に仕立て
ているのが面白い。

最近、川端龍子に関するビックなニュースを得た。江戸東京博物館で龍子
の生誕120年を記念した回顧展が10/29~12/11まで開かれる。
この美術館からも沢山出品されるとのこと。これは期待できそう。

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2005.07.22

プロ野球前半戦

プロ野球オールスター戦がはじまった。今年のペナントレースは初めての
セパ交流戦を実施したので、プロ野球の歴史からするとエポックイヤー
となった。交流戦が組み込まれた前半戦を振る返ってみた。

セリーグ首位の阪神は2位の中日に5ゲームの差をつけた。中日は7連勝
したので、8ゲームあった差があっという間に5差になった。阪神の好調の
要因としては、投手スタッフが予想以上の働きをしていることと、金本、今岡
の中心選手がチームを引っ張ってることが挙げられる。また、赤星のスピ
ーデイな動き、藤本、2年目鳥谷の二遊間コンビも当たっている。投手陣で
は井川が例年のピッチングでなく期待はずれだが、中継ぎの藤川、ウイリア
ムス、抑え久保田が素晴らしい活躍をしている。投手力に大崩れがなければ
2年ぶりの優勝が叶えられるかも? でも、後半は中日が追い上げ
るような気がする。

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2005.07.21

明代絵画と雪舟展その2

387南青山にある根津美術館をかなり頻繁に訪れている。“明代絵画と雪舟展”の二期(7/18~31)に出る作品をみるため、また足を運んだ。

明代の絵の特徴は前回の鑑賞で少しつかめたので、今回は落ち着いてみられた。目玉である雪舟の絵は3点でている。明代の絵では巻物の風景画にいいのが2点あった。汪肇(おうちょく)作、“竹林山水図巻”と文徴明(ぶんちょうめい)が描いた“山水図巻”。

二期には花鳥画が沢山でている。目を惹くのは色鮮やかに四季の鳥と花を
描いた呂紀(りょき)の“四季花鳥図”(根津美術館蔵)。地が茶色の縦長の軸
に描かれたちょっと変わったポーズをした雉や白鷺に目がいく。このタイプ
の花鳥画をみて連想するのは、もっとリアルに超色彩的に描いた伊藤若冲の
作品。一枚の絵のなかに鳥が一杯でてくる“夏景聚禽図”、“花鳥図”にも
魅了される。この“花鳥図”は雪舟が影響をうけた明代の絵画のひとつ
かもしれない。やっとこの展覧会のテーマに近づけた。

明代の絵との関係を窺がわせる雪舟の絵は右の“四季花鳥図屏風”(重文)。
この絵は雪舟の作品の中では“天橋立図”(国宝)とともにコンディションが
よく、色が綺麗に残っている。雪舟の花鳥画で代表的な3点のなかで
一番見ごたえのあるのがこの花鳥画(京博博蔵)。右の絵(右隻)で岩、松、
鶴、岩陰に流れる水を奥へ奥へと重ねていく構成が今回出品された明代
の花鳥画と似ている。右端にいる鶴の周辺は明代風で重々しい感じがす
るが、岩肌や松の幹は雪舟独自の力強い筆致で表現されている。

背景の色が土色でなく、白を基調にしていることと横長の屏風に描かれてい
るというのが中国の絵との違いであり、この花鳥画の魅力となっている。
この絵をみるのは今回で4度目。いつみても惚れ惚れする名画である。

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2005.07.20

イタリア・ピエンツァ

12318日からNHKの“世界遺産・イタリア縦断1200キロ”という番組をみている。世のイタリア好きと同様、ルネサンス美術となるとそわそわする。

1200キロの行程はアマルフィ、ローマ、ピエンツァ、シエナ、サン・ジミニャーノ、、、トリノ、、。これまで訪問したことのある都市はローマとトリノしかないので、はじめて目にふれる町が新鮮に映る。

昨日はトスカーナ地方の丘の上にあるピエンツァという町がでてきた。人口は
3千人と小さな町であるが、ルネサンス時代、最初につくられた理想都市で
ある。ルネサンスの理想都市が右の絵に描かれている。番組でも使われて
いた“理想都市の景観”と名づけられたこの絵は01年、国立西洋美術館で開
催された“イタリア・ルネサンス展”でお目にかかった。

絵にでてくる都市はウルビーノであるが、個性と全体の調和という理念にもと
づいてピエンツァの都市建設がなされた。これを指示したのがシエナ出身の
教皇ピオ2世。絵のように、真正面の奥に教会があり、両側には当時、最先
端の美しいデザインの建築がならんでいる。遠近感を感じる空間である。建物
に囲まれたピオ2世広場では、ドーナツを大きくしたようなチーズを転がす遊
びを町の人がデモンストレーションしていた。解説者の先生はトライしたが2回
失敗して、3度目にやっと目標地点まで転がった。清潔性の人は嫌だろうが、
この競技に使われたチーズは後で皆で食べるそうだ。

ピオ2世は1456年、53歳で教皇になっている。この教皇は暇があれば、ヒュ
ーマニストたちを伴って田舎に行き、牧歌的な楽しみに浸ったという。27歳
ころ宗教界に入り、徐々に頭角を現したのだが、睡眠時間以外の時間を図書
館と料亭と遊郭に平等に配分したと言われている。また、ボッカチオ風の小説
を書き、終生敵の攻撃材料になったらしい。オスマントルコ軍のバルカン進攻
を食い止めようとして、ピオ2世は反イスラム十字軍を布告したが、どの国も
軍勢を送らず、ベネチア共和国が小艦隊を派遣しただけだったので、教皇はこ
れを見たとたん、興奮のあまり死んでしまった。

今日は是非行きたいと思っているシエナが登場する。番組は夜11:15から。

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2005.07.19

青木繁

470先週の迷宮美術館に青木繁が登場し、名作“海の幸”(重文)など代表作の成り立ちを解説していた。

この海の幸は03年、東京国立近代美術館で開催された回顧展ではじめてみた。モリを手に持ち、獲った大きな魚を担ぎ行進する裸の漁師たちの姿は古代日本の原風景を想わせる。真ん中の男は後に恋人、福田たねの綺麗な白い顔に変えられている。

生活に貧窮していた青木に国木田独歩がこの絵に高い値段をつけ、買い
取ろうとしたが、青木はそんな金額では売れないと断ったそうだ。
絵描きとしての才能に絶対の自信をもっていた青木繁らしい行動である。

美術の教科書にでている有名な“海の幸”以外の作品を03年の回顧展で
みて、青木繁の画業の全貌がつかめた。一番びっくりしたのは何点も
あった海の絵。印象派のモネが海を描いた作品が目の前をよぎった。
美術学校の教授、黒田清輝とは違う画風をめざした青木であるが、この絵
は黒田の影響を受けている。

興味深かったのは古事記を画題にした絵。西洋画ではギリシャ神話や
聖書物語をモティーフにした絵が昔から描き継がれている。これと同じ発想
で青木繁は古事記や日本書紀に主題を得た神話画を手がけた。
それらは“日本武尊”(やまとたけるのみこと、東博)、“大穴牟知命”(おお
なむちのみこと、石橋美術館)、“黄泉比良坂”(よもつひらさか、東京芸大美)、
“わだつみのいろこの宮”(石橋美術館)。

右の“わだつみのいろこの宮”(部分)は縦長の絵で、古事記の上巻にある
海幸彦・山幸彦物語の一場面を描いている。中央上部の木の上にいるの
は女にみえるかもしれないが、山幸彦。下で顔を向こうにむけ白い衣装をま
とったのが待女。左にいるのが山幸彦と一瞬のうちに恋におちる豊玉毘売
(とよたまびめ)。豊玉毘売は目鼻立ちの整った外人のように描かれている。

この場面の前後の話しは。。山幸彦は兄、海幸彦と職業を交換し、借りた釣鉤
(つりばり)をもって海に出たが、魚に鉤をとられてしまう。兄の怒りを買って、
途方にくれてたところ、海水をつかさどる神が現れ、海神の宮殿のなか
に井戸があり、その脇に桂の木があるので、そこにのぼって待てと言われる。
すると、豊玉毘売の待女が水を汲みにやってきて、山幸彦を見つける。。
山幸彦は豊玉毘売と結婚し、3年間、宮殿ですごし、懸案だった鉤(はり)も
鯛の喉からとり戻すことができた。また、海神からは地上にあがったとき
、海幸彦との関係がうまくいくようにいろいろ知恵をつけてもらい、最後は兄を
自分の配下にしてしまう。

神話を豊かな想像力と高い画技で描いた青木繁。西洋に古事記の絵をもって
いったら、向こうの人は驚くのではないだろうか。

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2005.07.18

ドレスデン国立美術館展

121Takさんのオフ会に集まった人たちと一緒に、上野の国立西洋美術館で開かれている“ドレスデン国立美術館展”を鑑賞した。

03年、ツヴィンガー宮殿内にある古典絵画館を訪れた。時間の関係で近代絵画館や陶磁器収集館は見れなかったが、ラファエロの“サン・シストの聖母”、ジョルジョーネの“眠れるヴィーナス”、フェルメールの“窓辺で手紙を読む若い女”などの傑作を楽しんだ。

ここにはレンブラントの作品が代表作の“レンブラントとサスキア”をはじめ
いくつもあった。だが、購入した図録に載っていた“ガニュメデスの誘拐”がなく、
残念な思いをした。で、この絵が今回の展覧会に出品されることになった
ので、会場では展示されてた地球儀、デューラーの版画、宝石類、マイセン
の陶磁器などを興味深く、熱心に見たが、心は2度目の対面となるフェルメー
ルの“窓辺で手紙を読む若い女”とレンブラントの“ガニュメデスの誘拐”に
とんでいた。

手紙を読む女は現地ではゆっくり見れなかったが、今回はガラス窓に映った
女の顔やテーブルの敷物やカーテンの質感に感心しながらみた。横からみた
手紙の先がきらきら光ってるのをみると、アムステルダム国立美術館に
ある“牛乳を注ぐ女”を見たときの感動が蘇った。フェルメールの絵に接する
たびにこの画家の画業の高さに驚かされる。

お目当ての右のガニュメデスの誘拐は手紙を読む女の隣の部屋に飾ってある。
このギリシャ神話に題材をとった絵はこれまでいろんな画家が制作している。
鷹に変身したゼウスに誘拐されるガニュメデスは大体美少年。これがレンブラント
の絵では赤ん坊になっている。しかも、この赤ちゃんはお漏らししながら大泣に
泣いている。病院の診察室で泣いてる赤ちゃんのよう。1635年の頃、ガニュメ
デスをオランダの町のどこにでも見られる泣きじゃくる赤ん坊にして描いたという
のが凄い。レンブラントという画家の頭の中は随分近代的である。

念願のフェルメールの傑作とガニュメデスを見れたのでこの展覧会は二重丸。

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2005.07.17

大谷コレクション肉筆浮世絵展

120ホテルニューオータニの6階にある美術館で昨日からはじまった“大谷コレクション肉筆浮世絵展”をみてきた。

ここに来るのは3回目。正月の新春展では浮世絵、マリーローランサンなど魅力的な作品がいくつもあった。このとき手にした年間展示スケジュールで今回の展覧会を知り、鑑賞を楽しみにしていた。

ホテルの開館40周年を記念するこの展覧会では、ホテルの創業者大谷米太郎
が集めた肉筆浮世絵が前期、後期に分けて100点近く出品される。
展示室は広くないので、展示が前期(7/16~8/7)、後期(8/9~9/4)の2回
になるのは仕方がない。期待の絵は江戸初期に描かれた風俗画の傑作、
“舞踊図”だったが、これは残念ながら後期にでてくる。

肉筆浮世絵でお気に入りは菱川師宣および菱川派と葛飾北斎の師匠であった
勝川春章の作品。初期の浮世絵は墨一色の線描だけの絵で華やかさに
欠けていた。で、町人たちが求めた色のある絵に答えたのが肉筆浮世絵。
これの名手が菱川師宣と懐月堂安度(かいげつどうあんど)。浮世絵の元祖と
言われる絵師である。

鈴木春信がはじめた多色刷りの錦絵の登場で版画が浮世絵の主流になるが、
勝川春章は肉筆で美人画の名作を何枚も描いている。大谷コレクションと同様、
肉筆の浮世絵を沢山所蔵する出光美術館でみた勝川春章の美人画にびっくりし
たことがある。女性の着ている着物の細かな紋様、鮮やかな色彩に目を奪われた。
春章の色使いは飛びぬけて上手い。岩佐又兵衛の絵にでてくる武者の鮮やか
な色をした鎧、衣装をみるよう。前期の勝川の作品は猫と遊ぶ女を描いた
“立姿美人図”。いつみても着物の柄にうっとり。

今回、一番目を楽しませてくれたのは右の伝菱川師宣作、“元禄風俗図”。
これは遊郭の座敷でいろんな遊楽に興じる男女を描いた群像図。これまで観た
師宣の“歌舞伎図屏風”、“北楼及び演劇図巻”(東博)と比べるとぐっと砕けた
絵である。ここには書をしたためる者、三味線を弾く者、仲良く羽織を着せ替える
女などがいる。みんな女性のように見えるが、帯刀し、前髪を残してるのは若衆
と呼ばれた少年。秋草と日輪が描かれた衝立と布袋図の屏風を対角線に配し、
奥行き感を出している。

風俗画のほかに歌川広重のいい風景画がある。構図が素晴らしい“本牧風景図”、
“玉川の富士・利根川筑波図”。最後のコーナーに飾ってある歌川国芳の版画
がまたいい。後期の舞踊図、宮川長春の名画は見逃せない。また足を運びこと
にしよう。なお、ホテルニューオータニは地下鉄銀座線の赤坂見附で下車し、
Dの出口から歩いて一分のところにある。

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2005.07.15

英一蝶

119今、開かれている東博の平常展で一番に見たかったのは“孔雀明王像”と“南蛮人渡来図屏風”(重文)であったが、これと同じくらい感動した絵に出会った。

それは南蛮人渡来図屏風がある部屋に展示されていた英一蝶(はなぶさいっちょう)が描いた右の“雨宿り図屏風”。画集に載っていたこの面白い風俗画をいつか見てみたいと思っていたが、全くノー情報の平常展で願いが叶えられた。
ここの平常展はよくこうした嬉しい展示がある。

“雨宿り図屏風”は名前どうりの絵。武家屋敷の門前で夏のにわか雨を避ける
ため、さまざまな職種や階層の人々が肩を寄せ合っている。行商人、武士、獅子舞
などが見える。右のほうでは子供が柱にぶらさがって遊んでいる。こうした
ユーモラスな群像表現は狩野派の絵師は描かない。京都に生まれた英一蝶は
やがて江戸にのぼり、狩野安信の弟子になるが、後年狩野派から破門されて
いる。題材はともかく狩野派に学んだ英一蝶の筆力はたしか。木の幹は狩野派
流の筆を寝かせた荒い筆致で表現している。そして、屏風には人々が集っ
ている屋敷の門、雨が降り注ぐ二本の木を細かく描き、そのまわりは何も描かず、
一瞬の激しいにわか雨で周りがぼやけている雰囲気をうまく出している。

これまで英一蝶の作品にお目にかかったのは数点しかない。旗本の太鼓持ち
だった一蝶がスキャンダルに巻き込まれ、三宅島に島流しにされたときに描いた
絵が現在、代表作として残ってる。そのひとつ、“四季日待図巻”(出光美術館)を
サントリー美術館が03年に開催した“日本画にみる女性の躍動美展”でみた。この
とき、“吉原風俗図巻”(サントリー美術館)、“布晒舞図”(遠山記念館)も出品
されたのだが、展示替えがあり、残念ながら見逃してしまった。

特に、新体操の選手がリボンを操っているような布晒舞図のことが忘れられず、
遠山記念館で見られる機会をうかがっている。また、静嘉堂文庫で童が牛
を引くのどかな田園風景を描いた初期の頃の作品をみた覚えがある。英一蝶の
画風の一端を今回展示の“雨宿り図屏風”にみた。また、この画家の作品
にめぐり会えればと思う。

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2005.07.14

国宝 孔雀明王像

Scan10050東京国立博物館の国宝室に今、仏画の“孔雀明王像”が展示してある(7/31まで)。この前はここに白い象の上に乗った“普賢菩薩像”がでていた。これらの仏画の傑作を見たのは10年ぶり。

仏画に惹かれるようになったのは1995年、奈良国立博物館で開館100年を記念して開催された“日本仏教美術名宝展”に出会ったため。この時、全国の寺院、博物館から代表的な仏画が沢山出品され、その多くが国宝であった。

期間毎に展示替えがあったので、その全部を見ることはできなかったが、観音像、菩薩像、不動明王、阿弥陀図、涅槃図、十六羅漢像の名作を釘付けになって見た。以来、国宝の仏画を美術鑑賞のリストに加えている。

ここで見逃した作品も一部はその後開かれた展覧会、例えば、03年にあった
“空海と高野山展”などでリカバリーの機会があり、済みマークがついている。
でもまだ、“山越阿弥陀図”(京都、禅林寺)、“阿弥陀二十五菩薩来迎図”
(京都、知恩院)、“釈迦金棺出現図”(京博)、“阿弥陀聖衆来迎図”(有志八幡
講十八箇院)などの傑作(いずれも国宝)が残っている。見終わるには何年
もかかりそう。

東博にでている右の“孔雀明王像”は平安時代、12世紀の作。通常、明王像は
怒りの姿をとるが、この孔雀明王は柔和な姿の菩薩相をしている。これは、
優雅な姿をしながら毒蛇を食べる孔雀の力を神格化したからだと言われている。
最近、截金師(きりかね)、江里佐代子(えりさよこ)の展覧会をみたので、孔雀
の羽一本一本まで表す精緻な截金文様に注目してみた。孔雀だけでなく、明王
の衣装やアクセサリーにも極細の金箔が丁寧に貼られている。画面一杯に真
正面向きの明王と孔雀を描く曼荼羅的な構成が見事。

東博にはまだ国宝“虚空蔵菩薩像”、“千手観音像”がある。これらも早めに見
たいものである。

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2005.07.13

クールベ

118損保ジャパン東郷青児美術館で7/15まで開催中の17~19世紀フランス絵画展を見てきた。

この展覧会の存在は知っていたが、これまで足が新宿のほうに向かず、80%くらいはパスの気分であった。が、やはりクールベの代表作“出会い、こんにちはクールベさん”を見逃すのはもったいないという思いが強くなり、すべりこみセーフの入場となった。

今回は南フランスの町、モンペリエにあるファーブル美術館の所蔵作品を
90点展示している。クールベの絵を購入した資産家ブリュイアスが、コレクション
をファーブル美術館に寄贈したので、ここにクールベの名画が何点もある。
その内6点がでている。クールベの絵に神経を集中していたので、他の作品
はさらっと見たが、ドラクロアの“室内のアルジェの女性たち”に足がとまった。

クールベの絵に夢中ということはない。この画家の絵ではオルセーにある
大作、“オルナンの埋葬”、“画家のアトリエ”よりも、風景画や自画像のほうに
魅力を感じる。後年に描いた“嵐の後のエトルタの断崖”(オルセー)は一番
好きな絵。モネはこの絵に感銘を受けた後、“クールベのエトルタとは違う
エトルタを描く”と言ったという。国立西洋美術館と大原美術館に波を描いたいい
絵がある。水とか海を描くのは難しいと思うが、クールベは白い波頭をみせ、
岸に押し寄せる波を見事に表現している。生きた現実の姿を写し出すことを
追求したクールベのレアリスム絵画の傑作である。また、ブリジストンやひろし
ま美術館にある雪の中を駆ける鹿の絵にも心打たれる。

ファーブル美術館自慢の“出会い”は大きな絵。絵の具箱を背負ってモンペリエ
の町を訪れたクールベがパトロン、ブリュイアスの出迎えを受けるところを
スナップ写真のように描いている。背景の半分を占める空の青が明るく、
印象派の絵を見るよう。土色の道には3人と犬の影がくっきりとついている。
この絵をみていて、モネが若い頃に描いた“庭園の女たち”(オルセー)を思い出した。

クールベは多弁で自信家。自分の絵を買ってくれる大事なパトロンにたいして頭を
のけぞらすようにして、挨拶を受けている。絵がクールベの性格を如実にあらわして
いる。画家の心根まで出た絵をみるのははじめて。絵のタイトルは“こんにちはクール
ベさん”であって、“こんにちはブリュイアスさん”とはなってない。絵を見るときは絵
の出来ばえに関心があり、画家の人間性まで考えてない。この絵の素晴らしさをそ
のまま受け入れたい。

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2005.07.12

クリムトの黄金絵画

229クリムトの絵はこれまでウイーンの美術館や日本での展覧会で見たり、TV美術番組のクリムト特集をビデオ収録してきたので、この画家のことはある程度知ってるつもりであったが、迷宮美術館で新しい話がでてきた。

それはクリムトと愛人、エミーリエの関係がプラトニックなものだということ。二人は決して触れることがなかったらしい。トリビアの泉ではないが、へえー、それ本当なのという感じである。

1ヶ月くらい前、友人の知り合いの画家が銀座の画廊で開いた個展を二人で見に
行ったとき、美術史家の千足伸行さんがちょうど来られて、少しお話をした。
この千足先生が番組に登場し、二人の意外な関係のことを語っておられた。
西洋美術では高階氏と並ぶ、高名な千足さんの話なので本当だろうと思うが、
クリムトという画家の心情がちょっとわからなくなった。

クリムトが愛したアルマ・シントラーをイメージして描いた官能的な絵では
黄金が光輝いているのに対し、代表作の“接吻”では信頼できるパートナー、
エミーリエ・フレーゲとの愛の関係を反映し、黄金の使い方が控えめになる
一方で、装飾性がより繊細になり、色彩豊かな明るい色調に変わっている。

黄金が全面にでた絵でまだお目にかかってなく、是非見てみたいのは
“金魚”、“ダナエ”、“水蛇Ⅰ”。水蛇は03年に訪問したベルヴェデーレ美術館で
期待したのだが、貸し出し中でみれなかった。これぞ官能絵画の代表みたい
な金魚、ダナエに会えるのを秘かに願っている。

日本であったクリムトの回顧展では1989年、池袋のセゾン美術館で開催さ
れた“ウィーン世紀末展”が凄かった。クリムト、シーレの代表作がかなりでてた。
余談になるが、当時のセゾン美術館はいい企画展を実施する美術館として
人気があった。クリムトの作品では代表作の“接吻”をはじめ、“エミーリエ・
フレーゲの肖像”、“ユーディトⅠ”、“パラス・アテナ”、“アダムとイヴ”があった。
また、複製ではあったが、“ベートーベン・フリーズ”にも会った。

右の“パラス・アテナ”はなかでも印象深い絵。黄金の胸甲アイギスを着けた
女神アテナが真正面向きにじっとこちらを凝視している。アテナは闇の戦士のようで、
暗く、不気味な気配を感じさせる絵である。アイギスのまんなかには英雄ペル
セウスが退治したメジューサの首が魔よけとして嵌め込まれ、その周りには蛇の
鱗が飾られている。左手の腕の上からこちらをみている二つの目は知恵の象徴、
フクロウ。そして、右手にいるのは勝利の女神ニケ。

多くの画家が女神アテナを描いているが、クリムトの“パラス・アテナ”はかなり
異色。このアテナの目にいつも射すくめられる。

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2005.07.11

デ・キリコのイタリア広場

116昨日あったBS2の迷宮美術館は面白かった。幻想的な絵画を描いたデ・キリコとウイーン世紀末の人気画家、クリムトが登場した。

クリムトの場合、ウィーンに行けば“接吻”をはじめ“ベートーベン・フリーズ”などの代表作をみることができるし、日本でもクリムト、シーレの展覧会がよく開かれる。

これに対し、デ・キリコとなると、日本でこの画家の回顧展が開催されたという
記憶がない。一般の美術愛好家はせいぜい、NYのMoMA、グッゲンハイム、
パリのポンピドーを訪ねるくらいが関の山。この3つの美術館にデ・キリコの
代表作がいくつかある。4月、アムステルダムにある市美術館でデ・キリコの
マネキン絵画をみた(拙4/15ブログ)。久しぶりに見たデ・キリコの絵はシュル
レアリスト、マグリットに似ていたので、頭が混がらがったが、日本に帰って
マグリットのほうがデ・キリコの絵から霊感を得たとこを知った。デ・キリコの作品
は画集をみると個人蔵となってるのが多く、見てない絵がまだいっぱいある。

番組ではデ・キリコの代表的な形而上絵画、“イタリア広場”と言われる作品に焦
点をあてて、デ・キリコ芸術の謎に迫っていた。形而上絵画というのはちょっと難し
い言葉だが、人間が五感でとらえられる現実を超えたものを描いた絵のこと。デ・
キリコの絵をみてると、どこかで見たことのある風景だという印象をもつ。よく、
今見ている光景が、そっくりそのまま以前に経験したことがあるような気になると
きがある。でも、それがいつだったか、本当かどうかもわからない。精神分析では
これを“既視感”と呼んでいる。デ・キリコの絵をみたときはこの既視感と似た
感情が生まれる。

右の絵は1991年、日本であったグッゲンハイム美術館展でみた“赤い塔”(19
13年)。1911年から17年にかけて描かれたイタリア広場シリーズのひとつ。
両側のアーケードにはさまれ通りは影で暗くなっており、その先の光が当って
る広場の向こうには円形の赤い塔がでんと建っている。そして、広場には一部し
か見えないがローマの騎士像がある。人が誰のいない広場に騎士像の影が長く
伸びてる。冷ややかで不思議な絵である。イタリアの広場には大勢の人が集まり、
騒々しいはずだが、まったく人を消して、建物、銅像のモノだけの世界にしたら、
こんな雰囲気になるのかもしれない。

デ・キリコの絵にはわからないところが多いが、それでも何か不思議な魅力が
ある。それは既視感のような気がする。

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2005.07.10

エゴン・シーレの家族

115今日の新日曜美術館では画家が描いた家族を取り上げていた。美術史家の栗津則雄さんは過去にも別の切り口で内外の画家の作品をいろいろ見せてくれた。

番組の編集の仕方が変わってきて、一人の画家の作品を掘り下げることとは別に、BS2の迷宮美術館でやってるようにひとつのテーマで作品をグループ化してみていこうとしている。海外の巨匠たちの絵と日本画や日本人が
描いた西洋画を同じ土俵で鑑賞してるのが面白い。

今回は家族を描いた絵が時空を超えていろいろ集まった。久隅守景(くすみ
もりかげ)作の“納涼図屏風”(国宝、東博蔵)がでてきたのには驚いた。
なんとものどかな家族団らんの光景だが、この時代、夫婦と子供が一緒に
夕顔棚の下でくつろぐのは例外的なことかもしれない。

小倉遊亀が描いた“径”は02年、滋賀県立美術館であった小倉遊亀展で
一番感動した作品。お母さんの後を女の子と犬が歩調をあわせて進む姿が
ほほえましい。ルネッサンスの巨匠、ミケランジェロの“聖家族・ドーニ家の
トンド”(ウフィツィ美術館)やラファエロの“小椅子の聖母”(ピッティ美術館)
は宗教画の範疇であるが、宗教臭くなく見ててほっとする幸せな家族の
絵である。

栗津氏の分析力は広く、鋭い。ウイーン世紀末の画家、エゴン・シーレが死ぬ
年に描いた右の“家族”がでてきた。ウイーンのベルヴェデーレ美術館でこの
絵をみたとき、他の絵の画風とちょっと違うなと感じた。シーレの絵の中では珍
しくまともな絵。清楚で美しい妻エディットを後ろから抱いているシーレの顔は
すっきりと綺麗に描かれている。まもなく実現する3人家族を待ちきれないのか、
シーレはまん丸な赤ちゃんを描き込んでいる。背景の暗い色調はシーレの
不安な気持ちを表しているのだろうか。

スペイン風邪によりエディットが死んだ3日後に、シーレも同じ病気で息をひき
とった。まだ、28歳の若さである。孤独感と不安な感情を抱いたまま、短い一
生をとじたシーレが最後に描いた絵が“家族”。シーレの端正な顔が今も心に
強く残っている。

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2005.07.09

カタルーニャのミロ

114昨日の世界美術館紀行ではカタルーニャで活躍した巨匠、ミロ、ダリ、ピカソを特集していた。

ミロのユーモラスな絵が好きで、日本で開催された回顧展には必ず出かけてきた。回数は少なく、まだ3回しかお目にかかっていない。最初は1989年、日本橋三越での展覧会。2回目は1992年の横浜美術館。

最近では、02年、世田谷美術館であったミロ展。ここには“ロバのいる野菜畑”
などの代表作が海外の美術館から出品された。そして、日本にある作品では
一番見ごたえのある大きな絵(福岡市美術館蔵)もあった。残念ながら、愛知県
美のみの出品だった有名な“アルルカンのカーニヴァル”が見られなかった。

ミロ展ではないが、1991年セゾン美術館であったグッゲンハイム美術館展には
“耕地”などがでた。また、01年のMoMA展(上野の森美術館)に代表作“オラ
ンダの室内”、“狩人”がやってきた。“オランダの室内”はNYの現地で見れなか
ったので喜びもひとしおであった。

バルセロナを訪れる機会はこれまで2回あった。2度目のときは、グエル公園で
ガウディのモザイク作品を見た後、坂をのぼり、モンジュイックの丘にあるミロ美
術館をめざした。白一色のモダンな建物。中には、絵画、彫刻、版画、素描などが
沢山あり、ユーモラスで自由闊達なミロの芸術を満喫できる。ここの絵をみて、
過去この美術館から日本に出品されたのは二線級だということに気づいた。

シュールながら子供のような純真さが伝わってくる絵が多い中で、よく覚えている
のが右の“太陽の前の人物”。ミロ、75歳の作品。晩年、形はより明快になり、
色彩は一層鮮やかになっていく。太陽を表す強烈な赤の原色のフォルムと力強
い黒い線に釘付けになった。1966年に来日したミロは日本の美術に感銘を受け
たようで、黒い線は書や水墨画の影響と言われている。

バルセロナ空港の壁画や市内のミロ公園にある25mのオブジェ“女と鳥”はまだ
みてない。これらとミロが47歳のとき、戦禍を逃れて描いた“星座シリーズ”を見
るのが次のターゲットと決めている。

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2005.07.08

オールスターゲーム前の大リーグ

ヤンキース、松井の3年連続オールスターゲームへの出場がならなかった。
昨年同様、インターネット投票での選出に期待したが、今回はダメだった。
原因はホームランが少なかったためではないかと思う。やはり、アメリカ人は
豪快なホームランが好きだから、ホームラン13本の松井はアピールに欠けた
かもしれない。

足の怪我で心配されたが、松井のバットは最近、よく振れている。打率が
0.317まで上がっている。イチローの0.307を上回る成績。ヤンキースも
連勝で首位のレッドソックスに3.5ゲームに迫ってきた。レッドソックスは
打つ方では長髪のデーモン、主砲のラミネス、オルティーズが昨年並みに
活躍してるので、ヤンキースにとって手強い相手に違いないが、ゲーム差
がここまで縮まってくると、後半戦、逆転の可能性もでてきた。

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2005.07.07

福田平八郎の雨

113美術館に行けば必ず望みの名画を見れる西洋画と違って、近代日本画の鑑賞には時間がかかる。例えば、小林古径の代表作がどこの美術館にあるかはわかっていても、そこにいつも展示されてる訳ではない。何年に一回の展示が普通である。

こんな訳で日本画を楽しむには辛抱強い精神が必要。で、定期的に館の展示スケジュールをチェックし、好きな画家の代表作を見逃さないようにしている。
どこの美術館を見てるかというと、東京国立近代美術館と博物館と山種美術館。
そしてちょっと遠いが京都国立近代美術館。東博には図録がないので、
近代日本画がどのくらいあるのか見当がつかないが、ここの平常展にはびっくり
するような絵が出てくる。横山大観、小林古径、安田靫彦、前田青邨などの名
画がいくつもあるので、毎回行くのが楽しみ。

明治以降の日本画の殿堂である東近美は展示スペースが広く、大観から加山又造
まで日本画の名手の作品を鑑賞することができる。ここは同じ絵がわりと頻繁に
でてくる。人気のある名画は出し惜しみしないで、見せてる感じがする。
いいことである。

6/7~7/18の展示にはいつものことだが、名画が揃っている。最近よくでる
下村観山作“大原御幸”、速水御舟の“茶碗と果実”、徳岡神泉の“蓮”、
上村松篁“星五位”、小倉遊亀“O夫人座像”、加山又造“月と犀”、福田平八郎“雨”、
森田曠平“鐘巻”など。このうち、星五位、O夫人坐像、雨は、日本画をみるとき
の参考にしている“昭和の日本画100選”(朝日新聞社、1989年)に選ばれている。

なかでも福田平八郎が描いた右の“雨”が気に入っている。この絵は4回くらい
見ている。最初にみたのは04年の2月、広島県の下蒲苅町にある蘭島閣美術館
で開催された福田平八郎展。画集をみていたときは、なぜこれが近代日本画の
白眉と呼ばれるのかピンとこなかった。が、この絵の前に立ってじっとみているうち
に絵に力があることに気がついた。雨滴がぽつぽつと瓦の上におちる感じをよく
写している。同じ形の瓦に落ちる雨滴の染みの模様は不規則でばらばら。
単色で単純化された瓦のフォルムで構成されてるが、瓦の表面や起伏の質感
が実に写実的に捉えられている。福田はこの頃、日本画にまつわる精神主義
を排して、自分の感性で自然の実相に迫りたかったようである。

この画家には似たような“漣”(さざなみ)という傑作があるが、なかなか会えない。
辛抱強く待つしかない。

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2005.07.06

山種美術館の日本画展

347久しぶりに山種美術館を訪れた。昨年10月にあった速水御舟展で最後に残っていた“名樹散椿”を見たので、この美術館の名画鑑賞は終了したという気分になり、ちょっと足が遠のいていた。

7/2からはじまった“日本画で歌を詠む展”に出かけてみようと思ったのは、宗達、光悦の“新古今集鹿下絵和歌巻断簡”を見たかったから。サンリツ服部美術館の展覧会に出品されてたのと似たタイプ。宗達は鹿をさらさらと描いた感じだが、首を少し曲げた姿には動きがある。鹿が描かれた料紙に光悦が和歌を散らし書きしている。ここにはもう一つ、“四季草花下絵和歌短冊画帖”という名品がある。いつか見てみたい。

近代日本画では奥村土牛、小倉遊亀、速水御舟など錚錚たる画家の作品が
でている。細密画をみるような御舟の“昆虫二題のうち葉陰魔手”にまた会った。
真ん中の蜘蛛がいまにも動き出しそう。また、上村松篁(うえむらしょうこう)の
“千鳥”はとてもすがすがしい絵。岩崎英遠がグランドキャニオンを描いた
“雲のある渓谷”にも魅せられる。この画家の回顧展を待っているが、なかなか
企画してくれない。

山種美術館の所蔵品のなかでは奥村土牛と速水御舟の絵が一番多い。
土牛の絵は40点位もっているのではなかろうか。今回、6点が展示されていた。
そのうち5点ははじめて見る絵。どれも良かった。なかでも心打たれたのが
右の“蓮”。120cm×180cmの大きな絵。奈良・法隆寺近くの蓮田の美しさ
にうたれて写生したという。蓮の葉の中で、ぽっと咲いたような白い花が印象的。
写実から離れ、画家の心象風景を象徴的に描いている。

奥村土牛の作品では“鳴門”と“醍醐”(共に当館蔵)がベスト。渦潮を描いた
“鳴門”には神秘的で厳かな雰囲気があふれている。京都、三宝院前のしだれ
桜をモチーフにした“醍醐”は明るい優雅さに充ちている。日本の春の美しさを
味わせてくれる絵である。ここにある土牛の作品で見てないのがまだまだ
残っている。2ラウンド目の追っかけをまた始めよう。尚、この展覧会は8/21
まで開かれている。

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2005.07.05

明代絵画と雪舟展

111日本において中国の絵画を鑑賞する機会はあまりない。いつも見れるのは東京国立博物館の中国館くらいなもの。

で、ここの平常展を定期的にのぞき、宋元、明、清時代に描かれた絵に目を馴らしてきた。いまでは、画家の名前と画風が少しわかってきた。とくに南宋の画家、馬遠(ばえん)、夏珪(かけい)、梁楷(りょうかい)などの山水画には愛着を覚えるようになった。

南宋絵画については、昨年、根津美術館で開かれた大規模な展覧会で
牧谿(もっけい)や玉澗(ぎょっかん)が描いた水墨画の傑作を多数みた。この南宋展
は評判がよく、会期中大勢の美術愛好家が訪れた。ここで今、中国絵画の
第二弾、“明代絵画と雪舟展”が開催されている(8/14まで)。展示スペースが
広くないため、会期を3期に分けて明代画家と雪舟の絵、60点が出品される。
会期を分けるのは、作品の質を保つため展示期間を短くしたいという所有者の意向を
踏まえたものだと思う。とくに個人蔵の場合、展示が短いことが多い。
今回もここには3回くることになりそう。

今回でていた明代の画家で名前を知っているのは、李在(りざい)、呂敬甫
(りょけいほ)だけ。全体をみての興奮度は南宋絵画ほどではないが、構図や色合い
の点で心うたれる作品がいくつかあった。例えば、文正(ぶんせい)作の
“鳴鶴図”(重文)では、空を飛ぶ鶴の異様なかたちと下に描かれた波濤を組み
合わせる構図が素晴らしく、動きのある絵になっている。また、呂敬甫が
描いた草虫画の“瓜虫図”(かちゅうず)がいい。緑の瓜(うり)のまわりには
赤いトンボ、白の蝶々、こおろぎ、蜂がいる。日本画ではこうした草虫画をみた
記憶がない。

1467年、応仁の乱のとき、雪舟は遺明使に随行して中国に渡り、3年間
ここで絵の修行をしている。今回雪舟の絵は10点でている。02年に京都国立
博物館であった雪舟の凄い展覧会を見たので、出品作は既に鑑賞済み。
この展覧会を企画した人は、明代の絵画が雪舟の絵にどういう影響を与えて
いたかを見てもらいたいのだろうが、はっきり言って素人にはわからない。
目の前にある雪舟の水墨画を楽しむので精一杯。

右は気に入ってる“四季山水図巻”(重文、京博蔵)。この絵は毛利家伝来
の“山水長巻”と同じ主題の絵であるが、サイズが小さく、小巻と呼ばれている。
春のころ、白梅の下で語り合う二人の人物が描かれている。岩を皴法
(しゅんぽう)で描き、立体感をつくる一方で、遠山をぼんやりと描き、やわらかさ
を出している。小巻の一部しか見れなかったが、力強い筆致と雪舟独自の
構図に魅了された。

なお1期は7/2~17、2期は7/18~31、3期は8/2~14となっている。
2期、3期にも雪舟の傑作がでてくる。いまから楽しみ。

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2005.07.04

江里佐代子展

110截金(きりかね)師、江里佐代子(えりさよこ)を知ったのは02年12月、BSで放映された“国宝100選”という番組。

東博にある仏画の“普賢菩薩像”や大倉集古館の彫刻“普賢菩薩騎象像”に截金技法で描かれた繊細な文様が紹介されたとき、江里佐代子がゲスト出演し、スタジオ内で金箔を仏像彫刻の表面に貼る作業を実演していた。

6枚重ねた極薄金箔を竹刀で切った糸のような箔を、二つの筆をつかって巧み
に直線、曲線に貼り付け、文様を描いていた。集中力の要るシンドイ作業である。
この技が認められ02年、人間国宝になっている。

今、六本木の泉屋博古館分館で江里佐代子のはじめての回顧展が開かれている。
もともと仏画や彫刻に文様を描く技法であった截金を江里は工芸品にまで広げて、
作品を制作している。工芸展ではいくつも賞をとり、この世界では国内だけで
なく、海外でも高く評価されてるようだ。工芸品の展覧会に縁がなく、BSでの実演
だけが頭にあったので、仏像の文様以外の作品をイメージできなかった。

今回は仏像の他、箱、盆、香合などの器物、立体的な屏風、衝立、額などが125点
出品されている。どれもはじめて見る作品なので息をこらして、截金の高い
技術と豊かな感性で表現された文様の数々をみた。特に彩色された地と貼り付け
られた金箔が見事に融和した衝立や屏風に魅了された。作品のいくつかが
ホテルの所蔵となっていたが、憩いと安らぎの空間にこんな屏風が置いてあったら、
いい気分になるだろう。この截金師の感性は緻密で現代的。衝立のタイトル
には“月光の奏で”とか“コスミックウェーブ”、“ファンタジア”、“夢は大空の彼方に”
などが付けられている。様式化されたデザインの繰り返しをみていると雄大な
宇宙空間にいるような感じになる。

作品の中で一番綺麗な造形を見せてくれるのは手毬を思わせる右の“まり香合”。
香合は茶道具のひとつで、香を入れる容器。球面を綺麗な色彩で分割し、
截金の線がその上に流線型、三角形、草花などの文様を描き出している。この
まり香合が50個くらいあった。鮮やかな色合いと繊細に細工された文様が見事。

江里佐代子の作品がこんなに素晴らしいとは思わなかった。いっぺんにファンに
なった。なお、この展覧会の会期は9/4まで。

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2005.07.03

戸栗美術館の鍋島焼展

259渋谷区松涛にある戸栗美術館を訪問するのは2回目。ここで今、鍋島焼名品展を開催している。会期は9/25まで。

ここは年4回所蔵品の企画展を行い、前回は古伊万里の名品を展示していた。過去、鑑賞した陶磁器展でよく戸栗美術館所蔵の作品をみた。なかには重文クラスもあった。

横浜に戻ってきたので、期待をこめて古伊万里展を見たが、展示の磁器は
優品ぞろい。浮世絵の太田記念館のように陶磁器のいい専門美術館が見つか
ったと内心喜んで館を後にした。今回は斬新な意匠が魅力の鍋島焼を見せ
てくれるというので、開催を心待ちにしていた。

2階の展示室には鍋島藩窯で元禄年間頃(1688~1704)に製作された
盛期鍋島の名品が沢山でていた。これまでは岡山市の林原美術館で見た
鍋島焼が一番数が多かったが、ここのコレクションは林原の数倍ある感じ。
鍋島焼の大半は皿。大きさは三寸(9cm)、五寸(15cm)、七寸(20cm)、
尺(30cm)にきっちり区分けし、焼成している。

鍋島の魅力である文様は独創的でモダン。その題材は更紗などの染織品や
小袖の雛形本、絵手本帖などから想を得、身近な草花、野菜や吉祥文などを
皿の上に描いている。これらの高級食器は徳川将軍や幕府の要職への献上、
贈答品として、また鍋島藩の自家用品として使われた。藩は生産全体を
管理し、様式を厳格に適用し、品質の維持につとめた。失敗作はすべて破棄され
たという。磁器の作り方は秘法とされ、まだまだ解明されてない部分も多い。

鍋島が現在でも人気があるのは意匠が斬新な上、色使いが綺麗で、そして完成
された様式美があるからである。目を楽しませてくれた作品の一番は右の
“色絵壽字宝尽文八角皿”。最盛期の作品のなかで屈指の名品とされている。
見込みに壽字、そのまわりを8つの宝珠で囲み、周辺に宝尽くしの文様を散らし
ている。文様はすべて吉祥文であり、献上用の慶祝調度品として特別デザイン
が施されている。宝尽くしには打出の小槌、巾着(きんちゃく)、駒などがみえる。

鍋島焼のデザインをみてるとモダンアートではと錯覚する。どうしてこんなはっと
する意匠が生まれたのか不思議でならない。今回の展覧会で鍋島に一歩近づいた。

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2005.07.02

光琳デザイン展

108琳派がらみの展覧会が現在、熱海のMOA美術館で開かれている。“光琳デザイン展Ⅱ”(6/25~7/24)は昨年企画され、今回は2回目。

初回は見逃したが、淡交社からでた“光琳デザイン”(05年2月)にその展示作品が掲載され、光琳の絵画様式や意匠図案が絵画、陶器、蒔絵など工芸品、染織の分野に展開していったことが詳しく記述されている。

会場にはこの本にでている作品があった。どうやら本を図録がわりに先行して
つくり、当館の所蔵品だけでなく、東博や根津美術館、出光美術館など
から名品を集めてきたようだ。江戸時代後期、酒井抱一が尾形光琳の画風を
受け継ぎ、江戸琳派を作った。今回は抱一以降の作家の絵画、工芸品が中心に
なっている。

光琳の装飾豊かなデザインは抱一が光琳百回忌のとき身の回りにあった光琳の
絵を描き写した“光琳百図”をはじめ、光琳模様の衣装図案帖などにより絵、
蒔絵、衣装のなかに受け継がれていった。このころ町人や武家の趣味人に
光琳模様は人気があり、職人たちはせっせと光琳デザインの再生産につとめた。

光琳がよく描いた鹿、波、松を絵柄にした蒔絵の印籠が10点くらいあった。
パトロン趣味が小さな印籠に贅沢な細工を施させたのだろうが、普段見れない逸品。
また、紅葉、蔦をあしらった豪華な蒔絵螺鈿硯箱、蒔絵師、原羊遊斎(はらよう
ゆうさい)が制作した見事な“蔓梅擬目白蒔絵軸盆”や“四季草花蒔絵茶箱”にも
目を奪われる。陶器で気に入ったのは、尾形乾山の鉢を写した仁阿弥道八
(にんなみどうはち)の“色絵桜樹図透鉢”、“色絵桜楓図鉢”、“銹絵雪笹文手鉢”。
光琳デザインをさらに発展させ、装飾的な模様を色鮮やかに表現している。

期待の絵画には酒井抱一の名品が3点並んでいた。“紅白梅図屏風”(出光
美所蔵)、右の“雪月花図”、“藤蓮楓図”。図録で惹かれた作品である。紅白梅図は
サンリツ美術館でみた同名の絵より、豪華。銀地に幹が大きく屈曲した紅白の
梅が描かれている。たらし込みや細かい描き方はサンリツと同様だが、銀地の背景
に白梅がとくに映えて見える。雪月花図もいい絵。一番左の緑青の松と積もった
雪の白にまず目がいく。松は写実100%ではなく、松につもった雪が下に落ちる
瞬間を装飾的に描いている。三幅を並べたときの画面構成を考えて、雪松は
画面の上、雲居の月は中央、桜花は下部に配している。このあたり、抱一はよく
考えている。

MOAを訪ねるのは3回目。横浜からは遠いが、光琳の紅白梅図屏風など琳派の
名品を沢山所蔵しているので何度も行きたくなる。今回も二重丸。

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2005.07.01

光悦と琳派展

107日本美術のなかでは琳派の作品を鑑賞するのが大きな楽しみになっている。で、琳派に関する展覧会が開催中と聞くとすぐ動きたくなる。

2週間くらい前の日曜美術館でサンリツ服部美術館琳派展が紹介された。この美術館の開館10年を記念し、光悦、宗達、光琳、抱一の作品を展示するという。
ここは昨年、9月に訪れているので展示スペースはわかっている。あまり広く
ない。だから作品の数は期待できない。質はよさそう。奈良の大和文華館から4点
出品されて、HPにその中のひとつ、宗達の描いた“伊勢物語図色紙・六段茶川”
がのっている。また、50年ぶりに展示される光琳の絵もあるという。
それに光悦の“白楽茶碗 銘不二山”(国宝)がまた見れる。

ここまでビッグネームが揃えば、もう出かけるしかない。ちょっと遠いが、
雨の中、クルマを諏訪湖まで走らせた。会場に入ると予想どうり作品は22点と
少ない。最初に光悦が書を、宗達が下絵を描いた“四季草花下絵新古今集
和歌色紙帖”、“鹿下絵新古今集和歌巻断簡”がある。書の達人、光悦の筆と
装飾的な宗達の絵がコラボレーションし、王朝文化の復興をもたらした。

光悦の作った“白楽茶碗 銘不二山”にまた会えた。和物茶碗で国宝は2点しか
ない。不二山はその一つ。白釉がつくる景色が天に聳える富士の姿に
例えられている。すこしずつこの茶碗の見事さがわかってきた。光悦の茶碗は
どれも魅力がある。大和文華館からは光悦がデザインし、蒔絵師につくらせた
“郡鹿蒔絵笛筒”(重文)がでている。螺鈿と鉛、金の装飾が素晴らしい。

目玉の一つである光琳作の“牡丹図”は50年ぶりの展示だという。こういう作品
は勿論個人蔵。この絵は酒井抱一が光琳百回忌に出版した光琳百図のなか
に描き写されており、大きな白の牡丹がしっかりと描かれている。

光琳デザインを継承し、発展させた抱一の右の“紅白梅図屏風”も久し振りの
お目見えらしい。所蔵は当美術館。抱一の紅白梅図ははじめてみた。屏風の材質
がちょっと違う。通常の絵絹と異なる、横糸の太い絹が用いられている。
六曲一双の右隻に白梅、左隻の紅梅を配している。幹や枝は勢いよく一気に
描かれた感じ。幹のこけは緑青のたらし込みで表現している。装飾的で幹の太
い光琳の紅白梅図に比べるとやや線が細いが、繊細で気品のある梅の絵である。

もうひとつ目を楽しませてくれたのは尾形乾山の“色絵夕顔文茶碗”。
一度みてみたいと思っていたが大和文華館の展示ではいつもすれ違い。こんなと
ころでご対面となった。黒楽の素地に白絵の具で夕闇に咲く白い夕顔がどんと
描かれている。葉の緑、夕顔の白、地の黒のとり合わせが絶妙。

作品数は少なかったが、一点一点見ごたえのある展覧会であった。
満足度150%。尚、会期は7/10まで。

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