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2005.06.03

野々村仁清の色絵茶壷

Scan10049野々村仁清の色絵茶壷に魅せられ、代表作を追っかけてきた。きっかけは随分前、熱海のMOA美術館で見た国宝“色絵藤花文茶壷”。

この茶壷には今年久しぶりにお目にかかった。茶壷の表面をつかって描かれた絵画をみるようで、気持ちがよい。藤の花が咲き誇る様をきれいに描きあげている。

出光美術館の“茶陶の源流展”に当館自慢の右の“色絵芥子文茶壷”(重文)が出品されている。これまでみた仁清の色絵茶壷でお気に入りのベスト4は、MOAの“藤花文”、出光の“芥子文”と東京国立博物館が所蔵している“色絵月梅図茶壷”(重文)、そして福岡市美術館の“色絵吉野山図茶壷”(重文)。

どれも名品だが、感激度の大きいのは出光の芥子文茶壷と福岡市美の
吉野山図茶壷。MOAと東博の茶壷は品があり、優美なのに対し、芥子文
と吉野山図は少し荒々しい仕上げだが、スケールの大きさ、生気を感じる。

出光美術館の色絵芥子文茶壷は茶壷の中では一番大きい。
高さが42cmある。仁清の茶壷の色絵装飾は狩野派の装飾意匠に影響を
うけており、狩野派の絵師に絵付けをさせたか、絵師の下絵をつかった
と言われている。茶壷の隣に狩野派が制作した六曲一双の麦芥子図屏風
があり、屏風に描かれた芥子と茶壷の芥子が似ている。

仁清は轆轤の名人といわれ、轆轤ひきで見事な丸く張った球体に仕上げ
ている。大振りな外見だが、薄く成形されて軽いそうだ。一度でいいから
さわってみたい。かなわぬ夢だが。。赤い花と葉の緑に惹きつけられて、
この茶壺を長く見ていると、花鳥画を見ているような気持ちになる。
これが仁清の色絵茶壷の魅力かもしれない。

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コメント

いづつやさん、こんばんは。
私も仁清の「色絵芥子文茶壷」と狩野宗眼重信「麦・芥子図屏風」に参りました。おっしゃる通り、仁清の魅力は本当に絵付けのみごとさにありますね。芥子の花を豪華に彩る金や銀の使い方も実に効果的でした。金沢の雌雉の銀使いの面白さを想起してしまいました。

ところで、トラックバックさせていただきました。初めてのトラックバックで、上手くいくか、ちょっとドキドキでした(^^;;

投稿: June | 2005.06.06 01:40

to Juneさん
出光の陶磁器展はいつも質が高いですね。仁清の芥子文茶壷は
みる度にいい気分になります。茶壷の丸い形がいいのと、表面に描かれ
た絵に魅せられるのが他の茶碗などとちがうところです。

福岡市美にある吉野山も絶品です。過去2度みたのですが、吉野の
桜をきれいな色使いで見事に表現してます。金沢の雌雉もいい作品ですね。

投稿: いづつや | 2005.06.06 16:45

私も仁清の色絵茶壷のファンです。「色絵芥子文茶壷」と狩野宗眼「麦・芥子図屏風」の対比は、大変興味深く感じました。(残念ながら、屏風のほうには私はまだお目にかかっていないのですが。)
 MOA美術館で国宝「紅白梅図屏風」を観たとき、(図柄は全然違うのですが)私はすぐに仁清の「月梅図茶壷」を思い浮かべました。東京国立博物館の茶壷は紅梅ですが、私の所蔵する“月梅図茶壷”には、紅白の梅が描かれています。ペアの壷として作られたものかもしれません。重要文化財の「紅梅」はもちろんすばらしいのですが、私の「紅白梅」だってそれなりに美しいとひそかに思い、自分では「満月紅白梅図茶壷」と命名しています。

投稿: koukikuyo | 2006.02.26 22:19

to koukikuyoさん
はじめまして。書き込み有難うございます。仁清の色絵茶壷をみてるとき
はなんともいえないいい気分になりますね。なかでも一番大きな“芥子文”は
いつも感動します。仁清の茶壷を所有されてるのですか!“満月紅白梅図
茶壷”は美しい茶壷でしょうね。羨ましいです。これからもよろしくお願いします。

投稿: いづつや | 2006.02.27 13:10

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出光美術館で「茶陶の源流―和のうつわ誕生」展を観た。久しぶりに面白い企画展に巡り会えたような気がする。 茶陶を今までの中国からの唐物を源流とする視点とは違い、中世京都で作られていた土器(かわらけ)の系譜に連なるものとする。中世王朝の宮廷儀式や饗宴などで使われた飲食用の土器は、ロクロを使わない手づくねであり、桃山時代の楽家代々や江戸初期本阿弥光悦から尾形乾山に至る京都の名工による手づくねの茶陶に引き継がれて行ったのではないかと言う。中世土器や名工... [続きを読む]

受信: 2005.06.06 08:53

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