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2005.06.19

与謝蕪村

98本日の新日曜美術館は与謝蕪村であった。どこかで蕪村展をやってるのかと最後のコメントに注目していたが、回顧展の情報はなかった。

蕪村の展覧会はこれまで一回しかみたことがない。02年に出光美術館の“大雅と蕪村展”で山水図屏風(重文)を鑑賞したのみ。いまではこの絵の印象も薄くなっている。

蕪村の絵で一番の思い出は“十便十宜帖”(国宝)。この絵は02年サントリー
美術館で開催された“川端康成が愛した美の世界展”に、浦上玉堂が
描いた水墨画の傑作“凍雲篩雪図”(とううんしせつず、国宝)とともに目玉の
作品として出品された。これは画帖なので、一点を数日間展示し、期間中に
10点全部みせる方法をとっていた。そのため、当日の展示は十便を一点、
十宜を一点のみ。十便の絵は一番見たかった“釣便”ではなかったので、消化
不良の感が強かった。が、ラッキーなことに翌年山口県の徳山市美術博物館
でこの展覧会が開かれたので、広島から2回かけつけ、念願の“釣便”や十宜
のいい絵をみた。

この十便十宜帖は池大雅が十便を、与謝蕪村が十宜を描いている。二人の
画家は面識はあったが、とくに親しかったというわけではないらしい。依頼者に
応じて別々に描き、一組の作品となっている。画題は中国の明から清にかけて
の文人、李笠翁(りりゅうおう)が作った“十便十二宜詩”。別荘での暮らしは
都会より便利だとうたう“十便”と、四季折々、刻々と変わる自然の素晴らし
さ=宜しきことをうたう“十二宜”の詩の意味を理解し、それぞれの持ち味を生かし、
絵にしている。昭和25年、川端康成がこの絵を手に入れ、現在は鎌倉の
川端康成記念会の所蔵。

右の絵は蕪村の十宜のなかの“宜暁”(あかつきがよろし)ー水辺にある家は
夜があけたことがすぐわかる。朝日が池に反射し、白壁に美しい波紋を映し出す
から。白壁の波紋が陽炎のようにゆらゆら揺れているように見えたのが強く印象
に残っている。蕪村の光の表現は鋭い。

これから蕪村の絵で見てみたいのは番組でも紹介されていた“鳶鴉図”(京都、
北村美術館、重文)と最高傑作と言われる“夜色楼台図”(個人蔵、重文)。
とくに、雪につつまれた京都の町並みを描いた夜色楼台図(やしょくろうだいず)
と対面できる日を首を長くして待っている。

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