« 小林古径展 | トップページ | 北斎と広重展 »

2005.06.10

歌川広重の名所江戸百景

272_2歌川広重の名所江戸百景を太田美術館の特別展のおかげで、全点みることができた。6月26日まで作品の入れ替えなしで展示している。

この名所百景は二代目広重の1点を含めて119点ある。広重は百景を超えても描き続けたようだ。江戸ではこの名所絵が描かれる前年に安政の大地震 (1855)があり、かなりの部分が崩壊している。江戸の名所を作品にして残したいという思いが広重にあったのだろうか。

出世作の東海道五十三次よりも倍ちかい数の版画が目の前に並ぶと、
どの絵も見逃すまいと目に力が入る。絵の形は縦絵。広重の構図のとりかた
は自在。大きく見せる俯瞰の構図、画面の端に描く対象はトリミングし
てちょこっとしかみせないもの、手前を思い切り大きく描き、遠景との対比
をねらったものなど。どれもうまいなーと感心する。江戸の各地の名所を
人物と一緒に鮮やかな色彩、ぼかしなど高い技量を使い、情緒たっぷりに
描いている。

印象派の画家たちに強い影響を与えたのは大きく描かれた前景、全体を
大胆にカットし、少ししかみせないトリミング法、そして色使いである。
ゴッホが亀戸梅屋敷や大はしあたけの夕立を油絵で模写している。マネ
の“海上の船”(オルセー)は百景の渡し守の手と足だけを手前に
大きく描いた“はねだの渡し”にヒントを得たのではと言われている。
モネの太鼓橋のある睡蓮の絵は誰がみても亀戸天神境内の影響。
また、ロンドンのテイト・ブリテンにあるホイッスラーの“青と金のノク
ターン”は百景の京橋竹がしの構図を参考にしたという。

右の絵は亀戸梅屋敷における梅の描き方と似ている“上野山内月のまつ”。
本当にこんな奇怪な形をした松があったのかと疑いたくなるが、上野の
山には実際にこんな枝ぶりの松があり、“月の松”と呼ばれて名物になって
たようだ。枝がつくる円形に不忍池の対岸風景を映している。印象派
をはじめヨーロッパの絵かきたちはこんな絵に度肝をぬかれたのではない
だろうか。

もう一点、びっくりしたのは色。初摺りの版画では色が本当によくでている。
特に青の深さがなんとも言えず美しい。広重の江戸名所百景を堪能
させてもらった。

|

« 小林古径展 | トップページ | 北斎と広重展 »

コメント

TBさせていただきました。安政江戸大地震後、江戸の町が復興していく様子を表すのに、近景で名所のシンボルを表し、遠景に美しい名所を描いた、という説はとても説得力があります。広重の『江戸百景』は、今で言ったら「ガンバレ! 神戸」のポスターだったのかもしれません。

投稿: | 2005.06.11 22:23

to 郁さん
はじめまして。TB,書き込み有難うございます。今回、名所江戸百景
をまとめてみれて喜んでいます。どの絵も構図、色使いが素晴らしく、
満足度200%の展覧会でした。

大火の間違いを指摘していただきまして有難うございます。安政の
大地震で江戸の人たちの心はすさんでいたでしょうね。確かに、頑張れ、
神戸のような復興ポスターの役割を果たしたかもしれません。

日本美術の充実したブログにびっくりしてます。これから見させて
いただきます。よろしくお願いします。

投稿: いづつや | 2005.06.12 13:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65878/4499707

この記事へのトラックバック一覧です: 歌川広重の名所江戸百景:

» 広重というドキュメンタリー作家 [日本の美術・アジアの美術]
 ゴッホ展を見る時「やはり、浮世絵を見なくては」と思ったので、原宿の大田美術館 [続きを読む]

受信: 2005.06.11 22:11

« 小林古径展 | トップページ | 北斎と広重展 »