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2005.05.31

名大関貴ノ花死す

往年の名大関貴ノ花(二子山親方)が昨日、口腔底がんで亡くなった。
まだ55歳なのに、誠に残念である。新聞報道により危ないのでは
と思っていたが、それが現実のものとなった。

二人の兄弟横綱を育てた名師匠としての功績もさることながら、
大関まであがった力士、貴ノ花の相撲人生に心打たれる。

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2005.05.30

中国の猫図

82日曜夜11時から放映されるBS2の迷宮美術館を毎週見ている。この番組の売りはひとつのテーマにそって内外の画家が描いた絵を紹介すること。いままで気がつかなかった視点で日本画、浮世絵、洋画の共通項を見せてくれるのが面白い。

昨日のテーマは猫。マネやルノワールが描いた猫や浮世絵師歌川国芳の猫好きを取り上げていた。たしかに、国芳の浮世絵には猫がよく出てくる。

猫の絵には三つくらいタイプがある。一つは狂画。猫にいろいろな動作
をさせてふぐという文字を書かせたり、猫の姿態が影絵で別の形に
見えたりするものなど。二つ目が猫の擬人化。鳥獣戯画の江戸版。
猫のすゞみ、猫の踊り、おぼろ月猫の盛、五十三疋の猫を東海道五十
三次にひっかけて描いたもの。最後は動物画として登場する猫。

日本画に描かれる動物で猫はあまりみない。よく見るのは子犬。
俵屋宗達、尾形光琳の琳派絵師が可愛い犬を描いているし、円山応挙
や長沢芦雪の絵にも子犬がでてくる。江戸時代初期の風俗画のなか
の動物を仔細に追っかけたことがないので、断定的なことはいえないが、
猫がでてきた記憶がない。元来日本にいつごろから猫がいるのか?

中国に猫の絵でいいのがある。右の“蜀葵遊猫図”。描いたのは南宋の
画家、毛益(もうえき)。現在、奈良の大和文華館の所蔵で重要文化財
になっている。根津美術館の南宋絵画展でこの絵をはじめて見たとき
は感動した。右のほうに白い親猫と2匹の子猫、左側にはじゃれあってる
2匹の子猫がいる。親猫の白、上の蜀葵の緑の葉と白、赤の花が実に
鮮やか。

いままで見た猫の絵で印象深いのはこの“蜀葵遊猫図”と藤田嗣治の猫。
来年3月、東京国立近代美術館で藤田嗣治の大規模な回顧展があると
いうから、猫の傑作が沢山みられるかもしれない。

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2005.05.29

徽宗の桃鳩図

81北宋時代(960~1127年)最後の皇帝、徽宗は風流皇帝として名高く、自ら筆をとり絵を描いている。その名画が日本にある。

室町時代、3代将軍足利義満は1404年に日明貿易が始まると、禅宗画だけでなく、馬遠や徽宗などの絵も集めた。足利将軍家コレクションのおかげで日本で徽宗の名品に接することができるのである。

右の“桃鳩図”は国宝に指定されている。昨年4月、根津美術館で開催
された南宋絵画展に出品された。この展覧会には前期、後期に2回足を運
んだのだが、桃鳩図は展示期間が1週間くらいと短く、残念ながら見れな
かった。これから先いつ出てくるやら、気長に待つしかない。

この絵は図録でみてても心揺さぶられる。桃の木にとまっている鳩が実に
リアルにかかれている。頭の下の胸あたりがぷくっと膨れて、鳩の特徴が
よくでている。緑色をした鳩がいるのか?それとも装飾的に鳩を描いたのか
分からないが、この鳩には魅せられる。白い花を咲かせた桃の枝がまた
いい。

徽宗は花鳥画のほかに山水画も描いている。また、この風流皇帝は珍しい
もの好きで珍獣、面白い花、木などを全国から集め、写生したという。芸術
を奨励し、皇帝画院の画家を採用するときは画題をもうけて絵を描かせ、
その出来栄えで決めていた。

現在、徽宗の絵が何枚あるか知らないが、江戸時代の狩野派絵師が模写
した徽宗の猫、鳩、鷹の絵が残っている。鷹の絵には面白いはなしが伝
わっている。江戸の頃、大名は徽宗の鷹の絵を持ってないと幅がきかぬよう
に思い、どの大名も偽の鷹の絵を所蔵していたという。一度、東京国立
博物館で狩野常信が模写した徽宗の鷹図をみたことがある。これよりは桃鳩
図のほうが断然いい。ちなみに桃鳩図は個人の所蔵。東京となってるが、
どんな人が持ってるのだろうか?

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2005.05.28

中国の奇石と山水画

80今週のNHK番組、探検ロマン・世界遺産に蘇州がでてきた。中国の都市では北京、西安は訪問したが、蘇州はまだである。町の歴史や文化遺産がこの番組であらかた頭に入った。ここは町中に水路が張り巡らされ、東洋のヴェニスといわれている。

興味深く見たのがいくつもある古典庭園と太湖石の話。ここにある庭園は北京などにある皇帝庭園とは違い、富裕な商人たちが自分の屋敷の中に
作ったもの。家には丸窓をいくつも設け、庭園を含む外の風景画が様々に見れる
よう工夫している。小さな丸窓を通して広い宇宙をみようというのである。現在
でも、ある画家の家には立派な庭園があり、小さな舞台では京劇が演じられて
いた。昔の堺で町衆たちが茶を楽しむのと似ている。

太湖石のことは、中国画のことをレビューしてるとき出てきた。商人の庭園に置か
れている奇石は太湖石。太湖という湖には孔の空いた面白い形をした石があり、
唐時代から注目されたという。以来、奇石愛好の伝統が続いている。奇石愛好の
最たる者が北宋の徽宗皇帝。徽宗は自分でも絵を描く、パトロン気分の皇帝で、
多くの人民を使って太湖石を都開封に運ばせた。

奇石だけでなく、珍しい花や鳥も集め、艮嶽(こんがく)と呼ばれる徽宗用の庭園
を造営した。これが北宋衰弱の一因といわれている。小説“水滸伝”はこの人民
徴用に対する反乱を扱ったもの。このとき、あまり大きくて都へ運べなかった奇石
が今でも蘇州にある。

奇石趣味は山水画にもある。右の絵は明末の画家、呉彬(ごひん)が描いた
“懸崖飛瀑図”(台北、故宮博物館)。ごつごつした、自然界には無いような山が
奇石、怪石から想を得て表現されている。呉彬は変わった風景をさがして、中国
全土を歩きまわったという。蘇州では今も、奇石を愛する風が根強く残っている。
いつかここを訪れ、庭園内にある太湖石をみてみたい。

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2005.05.27

野茂日米通算199勝

大リーガー野茂がアスレチックス戦で好投し、今期3勝目をあげた。7回を
投げて7つの三振を奪い、失点は1だった。三振をとれる投球が戻って
きたのが嬉しい。ここ6試合先発し、勝ちがなかったので心配して
いたが、この勝利で少し光りが見えてきた。

大リーガー野茂をドジャーズのころから応援している。大リーグの扉を
開いたパイオニアとして、野茂の実績には輝かしいものがある。ノーヒット
ノーランを2回も達成した。奪三振でリーグ一位になったこともある。
いろんな球団を渡り歩いたが、今年は元マリナーズの監督だったピネラ
の率いるデビルレイズで開幕をむかえた。キャンプの調整がうまくいき
先発投手の一員に入った。

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2005.05.26

レンブラントのダナエ

79ギリシャ神話にでてくるダナエの話は面白い。ゼウスは得意の変身術をつかって美貌の女性にアプローチするのだが、ダナエに対して使った変身が変わってる。

牡牛や白鳥、雲とは違って雨になるのである。しかも黄金の雨となってダナエに進入する。ギリシャ神話を夢中になって読んでたとき、このゼウスの雨には驚いた。動物だと愛の情事も自然にイメージできるが、雲が手をだす
ようになると普通の頭ではついていけなくなる。さらに、雨となると、雲と同じ
自然現象とはいえ、美女とどのようにして思いを遂げたのか?これを想像するの
は骨が折れる。

アルゴス王のアクリシオスはある時、自分の娘の子によって殺されるという
神託をうける。心乱れた王は娘のダナエに悪い虫がつかないようにと青銅の
部屋を作って、そこにダナエを閉じ込め、老婆に見張らせた。しかし、こんな妨害
なんか物ともしないゼウスは美しいダナエに近づかんと黄金の雨に身を変え、
彼女の上に降り注いで合体する。こうして生まれたのが英雄ペルセウス。

この話は芸術家の想像力を刺激するのか、古来、陶器や絵画の好材料となっ
てきた。右の絵はレンブラントが30歳ころ描いた“ダナエ”。エルミタージュ美術
館でこの絵をみたとき、その大きさ(185cm×203cm)と白い肌のダナエに
感動した。当時のオランダにいた女性をそのままダナエに仕立てているのが、
他の画家たちが手がけたダナエとの大きなちがい。

そして、ティツィアーノなどの絵には黄金の雨が上から降り注いでいるのに、
レンブラントはこれを描いてない。ダナエの左手を前に出させ、今、雨になった
ゼウスが現れた瞬間を表現しているのだろうか。後ろには老婆がこれをみつ
めている。光のあたったダナエは生命感があふれ、存在感がある。エルミター
ジュ美術館にはレンブラントの名画が沢山あるが、このダナエが一番印象深
かった。

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2005.05.25

ティツィアーノのエウロペの略奪

78何年か前に訪れたボストンのガードナー美術館が所蔵する絵のなかで、一番価値の高いのがティツィアーノの“エウロペの略奪”である。この絵もギリシャ神話をモティーフにしている。

米国人コレクターのイザベラ・ガードナーはボストンにヨーロッパにある名画をもってこようと、美術指南役であるバーナード・ベレンソンに絵画の収集を依頼する。ルネサンス美術の目利きであるベレンソンが彼女のために探したの
がこの“エウロペの略奪”。

この絵はティツイアーノの最高傑作ともいわれており、1560年ころ制作され
ている。コレッジョの“ユピテルとイオ”より30年くらい後、ティツィアーノも
ユピテルの変身話をとりあげた。エウロペはヨーロッパの語源。

フェニキア王の娘にエウロペという美女がいた。美女となるとユピテルはどこ
からでもやってくる。でも、素では現れない。変身したのは白く優雅な牡牛
ちゃん。これを見たエウロペは安心して、牡牛の角に花を飾ったりして戯れ、
そのうち背中に乗ってみる。さあ、大変、ユピテルはこの機を逃すわけがなく、
牡牛は彼女を乗せたまま、どんどん海を進んで行き、クレタ島に上陸し、思
いを遂げる。

ティツィアーノの絵はエウロペが連れ去られる場面をよく描写している。画面
の左下には翼をつけた子供(プット)がイルカの背にのって、エウロペを乗せた
牡牛を追っかけている。また、対岸ではエウロペの仲間がじっとこれを見つ
めている。この絵の魅力はヴェネティア派の真骨頂である鮮やかな色彩と大
胆な構図。牡牛が急いで逃げ去ろうとする様子がよくでている。

02年、国立西洋美術館でプラド美術展が開かれたとき、ルーベンスの模写
が出品されていたが、この模写に大変感動した。ルーベンスはミケランジェロ
やティツィアーノの絵を熱心に研究したというから、この“エウロペの略奪”が
特に気に入ったのだろう。

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2005.05.24

コレッジョとギリシャ神話

466_22年前、ウイーン美術史美術館でコレッジョが描いた右の“ユピテルとイオ”という絵を見たときは唖然とした。

白い肌の官能的なイオを抱擁しているのは雲のお化け。右手をイオの背中に回している。この雲は実はユピテル(ゼウス)。女性に近づくときに必ず使う変身術で雲になりすましてイオに言い寄っているところである。ユピテルの顔はイオの口元近くに微かに浮かび出ている。

ユピテルとイオの話はギリシャ神話の一コマ。アルゴス王の娘イオの美貌に
参ったユピテルは雲に姿を変え誘惑する。この現場を妻ユノに見破られそうに
なり、ユピテルはとっさにイオを牝牛に変える。もともとユピテルの言動を
信用してないユノはその牝牛を自分にくれという。そして、百の眼を持つ巨人
に牝牛を見張らせた。で、ユピテルは男の面子にかけてメルクリウスをつか
ってイオをなんとか解放さす。これがまたユノの怒りを買い、イオはアブに追い
まわされることになる。最後は、ユピテルがユノに詫びを入れ、イオはやっと
人の姿に戻る。

ギリシャ神話にでてくるユピテルとユノの夫婦喧嘩はわれわれの身のまわりに
ある話と変わらない。オリンポスの神々は人間くさい神なのである。コレッジョ
は古代ローマの詩人オウィディウスが書いた“変身物語”に感銘をうけ、1530
年ころ、この絵を制作している。

絵にまつわる面白い話がケネス・クラーク著“ザ・ヌード”(ちくま学芸文庫、04
年6月)にでてくる。18世紀ころ、この“ユピテルとイオ”はフランスの摂政オル
レアン公の息子のルイ・ドレルアンが所蔵することとなった。ドレルアンは有
名な放蕩者で、ただちにこの絵を破棄することを命じ、自らナイフを手にし最初
の一撃を加えたという。この事態に際し、コワペルという美術館長がひそかに
切り裂かれたカンヴァスの断片を集めて、もとの姿に復元させる。ただ、頭が
完全に壊されて手の施しようがなかったのだが、幸運にもコレッジョの再来とも
いうべきプリュードンという画家が登場し、現在の頭部を描いたらしい。

この絵は見れば見るほど不思議な感じがする。ベルギーの象徴派の画風を
先取りしてるのが凄い。

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2005.05.23

大相撲夏場所

大相撲夏場所は朝青龍の4場所連続優勝で幕を閉じた。今年に入ってから
3場所で朝青龍が負けたのはたったの1回だけ。朝青龍の強さだけが
目立つ大相撲である。

相撲は小さい頃から好きで、いまでも後半戦になると各力士の勝ち負けが
気になる。贔屓の力士は昔ほどはいないが、強いて挙げれば
今場所怪我で休場した魁皇。優勝すると次は綱だと、応援にも力が入るが
、いつものパターンで期待を裏切る。精神力が朝青龍みたいに強くないのが
致命的。少ないチャンスを何回も逃すのをみてると、もうこの力士は終わった
なと思ってしまう。もちろん、横綱にチャレンジできる力士という意味で。
大関なら申し分ない実力者であることに間違いない。

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2005.05.22

ベルニーニ

297昨夜の美の巨人たちはベルニーニを取り上げていた。ローマに行ったことはあるが、まだ、バロックの天才彫刻家、ベルニーニの美術館や教会にある作品にお目にかかってない。

ナヴォーナ広場の“四大河の噴水”やバルベリーニ広場の“トリトーネの噴水”でベルニーニの天才ぶりが十分にうかがえるが、これらよりももっと凄そうなのがボルゲーゼ美術館にある大理石彫刻の傑作、“プロセルピナの略奪”、
“アポロンとダフネ”、“ダヴィデ”や今回美の巨人で紹介された“聖女テレジア
の法悦”、“福者ルドヴイーカ・アルベルトーニ”。

サンタ・マリア・ディラ・ヴィットリア教会にある聖女テレジアの法悦は信者が
お祈りをするところから3メートルの高さに置いてあるので、右の目と口を半開き
にしたテレジアの顔を見ることはできない。テレジアの左にいる天使は
やさしく聖女の衣をつかみ、再び黄金の矢を突き刺そうとしている。

テレジアが着ている衣服の柔らかい質感にびっくりする。材質は硬い大理石
なのにどうしてこんな曲面を自在につくれるのだろう。昔、BS2でイタリア在住
の彫刻家安田氏がローマの美術品を案内する番組があり、“アポロンとダフネ”
の製作にはものすごい高い技術が必要で、ベルニーニは天才だと語って
いたのを思い出した。聖女テレジアの法悦をあらわした表情にも興味はあるが、
神業ともいえるこの衣を是非みてみたい。

また、番組にもでてきた“プロセルピナの略奪”にも衝撃をうけた。ハデスの
片方の指がプロセルピナの太腿に食い込んでいる!!これ本当に
大理石なの?どんな技量がゴムのような柔らかさを生み出したのか。

ベルニーニを知らなければローマを知ったことにはならないという。
そうかもしれない。次回ローマを訪問するときはボルゲーゼ美術館などの
ベルニーニめぐりを実現したい。

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2005.05.21

歌川広重展

75浮世絵の太田記念美術館で開催中の歌川広重展に再度足を運んだ。4月の肉筆画に続き、5月は版画の名品を展示している。この広重展は6/26まであり、6月は名所江戸百景を全点みせることになっている。

開館25周年としての記念展はやはり充実しており、出品される作品は浮世絵としては一級のものばかり。さすが浮世絵の老舗美術館だけのことはある。今回は広重が若いころから制作した
版画から最晩年のものまで150点くらいでている。

風景絵師としての名を確立した東海道五十三次シリーズをはじめ、諸国の
名所風景画がもれなく揃っている。広重は1500点にのぼる名所絵を
のこしている。ここに出ている作品をみると全国色々なところを沢山描いた
んだなと感心する。しかも、この絵はつまんないなというのが無いの
が広重の凄いところ。

北斎の富嶽三十六景を意識したような大胆な構図をとった絵がある一方、
雨や霧にかかった山など日本の原風景を広重独自の美意識で表現した
傑作がいくつもある。なかでも感動したのが右の“阿波鳴門之風景”。
3枚続きの大画面にあの有名な渦潮を壮大なスケールで描いている。
実景はこんな風ではないと思うが、ミニ滝をつくり、低いほうに渦をいくつも
描いている。じっとみてると海が生き物のように見えてくる。
2年前にも別の浮世絵展でみたが、今回も釘付けになった。

この絵は広重が亡くなる1年前にかかれている。最晩年、61歳の作。
同じ3枚続きの絵をほかに2枚仕上げている。“木曽路野山川”と“
武陽金沢八勝夜景”。木曽路は何回も見たが、金沢八勝ははじめて。
人物を描かず風景に専念したこの3作が一緒に飾られている。
広重が晩年に到達した自然観をみるようで浮き浮きする。こんな機会は
2度とないかもしれない。本当に有難い企画である。

浮世絵展の情報をひとつ。日本橋三越で6/7~19まで“北斎と広重展”
が開催されるようだ。どんな新しい浮世絵に会えるか今から楽しみ。

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2005.05.20

シカゴ交響楽団の展覧会の絵

ロシアの作曲家、ムソルグスキーの作品に展覧会の絵というのがある。
この組曲のなかで最も迫力のある“キエフ市の大門”のさびのところを
使ったTV、CMを最近よく聴く。で、久しぶりにこの好きな組曲を
Myクラシックビデオで楽しんだ。

手元にあるベストの演奏は90年、シカゴ交響楽団が来日し、ショルティ
の指揮で演奏したときのもの。当時、この楽団はトランペットとホルン
の世界的名手をかかえていた。特に何回も出てくる有名なプロムナードを
演奏するトランペットの音色は天下一品。トランペット奏者の名前は
知らないが、顔を真っ赤にして吹く様は赤鬼のようであった。

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2005.05.19

土田麦僊の大原女

322村上華岳展を開催している京都国立近代美術館では日本画の平常展コーナーに華岳と行動を共にした画家の作品を飾っている(会期は5/15まで)。

この中に、土田麦僊の“大原女”を見つけた。この絵に接するのは久しぶり。97年、東近美であった土田麦僊展以来である。土田麦僊のほかには小野竹喬の大作“郷土風景”がでている。

この美術館は日本画だけでなく、日本人洋画家の名作も沢山所蔵している。
今回、魅力的な絵が2、3枚あった。そのひとつが香月泰男の“奇術”。
こんなところにシベリアシリーズの一枚があった。また、岸田劉生が描いた
“麗子弾絃図”、“窓外風景”にも魅せられる。

陶芸コーナーには河井寛次郎、浜田庄司、リーチら民芸派陶芸家の名作が
展示されている。3月の河井寛次郎展をみたときも、ここに寄ったが、
いつもながら名品をならべてる。

土田麦僊の女性画をみるといつも清清しい気持ちになる。特に舞妓や大原女
を描かせたらもうこの画家の独壇場。独自の画風をもっている画家は特別
な存在。その絵はみる人の心に一生残る。“大原女”もそんな絵。
この絵は麦僊が1年半のヨーロッパ滞在から帰った後に描かれた作品。
完成に4年費やしたという。今回、あらためてこの名画をじっくり鑑賞し、
いくつかの発見があった。

3人の大原女のまわりにタンポポが咲いている。縦にのびる3本の木が
ちょっと幻想的な感じ。画面の大半を占める緑をみていると、密林の虎と人間を
描いたルソーの絵を思い出す。その一方で、大原女の背景にある家や
遠景の山、そして雲には日本的な情緒が漂っている。日本的な絵であり、
西洋画の匂いもする。縦、横2.1mの大きな絵なので見ごたえがある。

麦僊は大原女という題名の絵を12年前にもう一枚描いている(山種美術館所蔵)。
4曲一双のこの絵には西洋画の画法は見られない。2枚の絵を見比べて
みると、欧州から帰って西洋の美術を日本画に吸収しようとあれこれ
模索し、仕上げるのに長い時間がかかった今回展示の作品のほうが完成度は
高いように思われる。この絵にお目にかかれるとは予想もしていなかっ
たので、嬉しさもひとしおであった。

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2005.05.18

村上華岳展

321村上華岳の代表作はほとんど見ているのだが、これまで回顧展にはお目にかかったことがない。京都国立近代美術館で大規模な回顧展が開かれることを知って以来、これを心待ちにしていた。

今回出品された作品は267点。華岳の作品を全部もってきたのではないかと思うくらいの数である。初期のころから晩年までの絵がずらっと展示してある。

出品作の中で一番有名な絵は山種美術館が所蔵する“裸婦図”。
この絵は近代日本画の傑作と評価が高く、美術の教科書にのっている。
そして、“日高河清姫図”(東近美、重文)。風景画の名作、“二月乃頃”
(京都市芸大)。仏画の傑作、“太子樹下禅那之図”(何必館・京都現代
美術館)。

いままで見た名画のほかに期待してたのは初期の頃の作品。これが
今回刺激的だった。華岳は浮世絵のような風俗画を描いている。
江戸の町人や芸者たちが夜桜を楽しんでいる“夜桜之図”。また、
画風が似ている女性を描いた作品がなかなかいい。

右の作品は“二人舞妓”(部分)。舞妓の顔の輪郭線や目、睫、鼻を赤で
描いている。頬や口が赤なのは当たりまえだが、顔の輪郭を赤でとるのには
驚いた。日本画を沢山みてきたが、こんな色使いの絵ははじめて
みた。華岳もマティスのように自分が感じた色をそもまま使いた
かったのかもしれない。舞妓をモティーフにした絵、4点はどれも印象深かった。
同じ頃制作された牡丹の赤い花びらも輝いていた。舞妓は赤の着物を
着ており、華岳はこの頃赤が好きだったのだろう。

村上華岳は長いこと喘息に悩まされ、51歳で亡くなっている。喘息のため、
40歳のころ神戸花隈に隠棲する。以後、観音像などの仏画や六甲の
山々、牡丹花を描き続ける。“製作は密室の祈り”という言葉を残している。
会場には華岳がひたすら描いた仏画の名作が一杯でており、心が洗われる。
また、墨で描いた風景画や牡丹花には荘厳な雰囲気があり、画家が
追い求めた精神世界を垣間見ることができる。

村上華岳の画業の高さを再認識させられる展覧会であった。
会期は5/22まで。

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2005.05.17

鳥獣人物戯画

72ヘビーな曽我蕭白展にちょっと疲れたので、平常展はパスするつもりだったが、隣の方がせっかくここまで来たのだからと強く誘うので、いつもの2階の絵画コーナーを回ってみた。

流石、京博の平常展は東博と同様、出品作の質が高い。これらを危うく見逃すところだった。中世絵画、近世絵画、絵巻、中国絵画にビッグネーム絵師の名画が沢山出ていた。

中世絵画では伝狩野正信の“竹石白鶴図屏風”、伝狩野元信の
“楼閣山水図”などに心うたれた。元信の作とも言われる竹石白鶴図は、
13世紀の中国人画家、牧谿(もっけい)の様式を参考にし、画題の
鶴と竹を自己流に構成した水墨画の傑作である。この絵をみるのは
2回目だが、今回も感動した。

近世絵画の部屋には狩野永徳の作品が3点でている。永徳の絵に
会えるのはラッキーとしかいいようがない。若いときに描いた
“花鳥図押絵貼屏風”が味わい深い。また、桃山時代における水墨画
の代表作のひとつ“仙人高士図屏風”(重文)もでている。

水墨画の名品と共に絵巻に凄いのがあった。国宝が3点。粉河寺縁起
(粉河寺所蔵)、鳥獣人物戯画乙巻(高山寺)、一遍聖絵(清浄光寺)。
このほか、長谷川等伯筆の山水図座屏(妙心寺)、狩野山雪の唐人物図
座屏(建仁寺)。粉河寺と一遍聖絵は一度見たが、鳥獣人物戯画の乙巻
をみるのははじめて。

平安時代、12世紀ころに描かれた鳥獣人物戯画は全部で4巻ある。
甲、乙巻に鳥獣が、丙、丁巻に人物が描かれている。教科書にでてくる
鳥獣戯画は甲巻。兎や蛙、猿を擬人化してユーモラスに描いた巻である。
この甲巻に対し、右の乙巻には色々な動物がでてくる。期間中に
巻き変えがあるので全部を図鑑的に眺めることはできないが、この日でて
たのは麒麟。空想上の動物である麒麟が疾走する姿は躍動感にあふれている。
チラシには馬、牛、象?獏?虎、犬、鶏、鷹などがでてくる。

12世紀、日本ではこんな戯画が制作されてたのだから、現在、世界の
アニメ界を日本がリードしているは当然といえば当然かもしれない。
尚、この平常展は5/29まで。

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2005.05.16

曽我蕭白展

394昨日は京都に行き、最終日となった“曽我蕭白展”を見てきた。会場は京都国立博物館。

ここには狩野博幸という大物学芸員がいる。この方が伊藤若冲の回顧展を企画し、今回これに続く期待の曽我蕭白展を仕掛けてくれた。

長いこと蕭白展を待ち望んでいた。過去にはたしか2回しかなかったと思う。最初が三重県立美術館、2回目が千葉市立美術館。三重県美は蕭白に目覚めるまえ。千葉のときは広島にいて縁がなかった。曽我蕭白の絵をみたのはこれまで3回しかない。

91年、日本橋高島屋で開かれた“ボストン美術館の屏風絵名品展”に蕭白の
傑作が3点でた。明治時代、日本にやってきたフェノロサはアメリカ人が
好きそうなちょっと毒のある蕭白の絵を買い込み、持ち帰った。伊藤若冲の
作品も眼力のあるアメリカ人コレクター、プライスが第二次大戦後、日本の愛好家
が知らないうちに買い集め、大コレクションを築きあげている。

ボストンの絵ほど立派ではないが、意外なところで蕭白の作品を見た。
山口県の萩にある熊谷美術館に1点ある。美術館では三重県美が沢山もっている。
その一部を昨年、横浜そごうで開催された三重県美名品展でみた。

京博の蕭白展はどうか。これは凄い。凄すぎる。さすが、奇想の画家を世に売り
出すことに長けてる京博だけのことはある。日本中、いや世界中から蕭白の絵
を集めている。あまり多いので、途中で疲れてしまった。これで終わりかと思うとまた、
いい絵がでてくるという感じ。

奇怪な、荒々しい絵を描くというのが曽我蕭白の一般的なイメージ。今回の展示は
この毒毒しい作品をずらっと揃える一方、水墨画の達人が描く洒落た絵が
いくつもある。要するに、狂の絵も蕪村のようなユーモラスな絵も構図が見事な
山水画も、蕭白はなんでも描けるのである。こんなに幅のある絵師とは
思わなかった。

右の絵は蕭白が35歳ころ描いた“群仙図屏風”。ちなみに蕭白は51歳で
亡くなっている(1781年)。六曲一双の大きな屏風でこれは右隻のほう。
龍に乗った仙人の髪がびゅうびゅうと吹く風でまえに流されている。仙人の後ろに
描かれた台風の目のようなものと龍のまわりの波しぶきが緊張感あふれる画面を
作っている。

この絵を制作するにあたって、蕭白は上質の絵具を使ったらしく、仙人の衣服の青
がいまでも鮮やかに残っている。屏風全体を見てみると、色では赤、白、黄色が
印象深い。驚いたのは2羽の鶴を1羽は白で描き、もう1羽は黄色にしている。
普通の日本画に黄色の羽をした鶴はでてこない。蕭白は色彩で遊びたかったのだ
ろう。左にいる古代中国の女性の着物を黄色で描いたあと、この絵具をもっと使い
たいと思い、黄色の鶴にしたのではないか。

追っかけていた“群仙図屏風”を見れて大満足。大二重丸の博覧会であった。
京博に感謝。

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2005.05.14

円山応挙とマグリッド

70太田美術館でみた歌川広重のちょっとシュールな“日光山裏見ノ滝”に刺激されて、日本画で他にもないかと画集や図録をぱらぱらめくっていると、なんと円山応挙の作品にはっとするのがあった。

その絵の前に、応挙の研究者に関することを少々。今度、京都国立博物館の館長に佐々木丞平京都大学教授が就任することが新聞に載っていた。

佐々木氏は日本画の奥さんと共に応挙研究の第一人者。03年9月から04年
3月まで大阪、福島、東京で開かれた大規模な円山応挙展を監修したのがこのお
二方。レベルの高い応挙研究が今、美術関係者の注目をあびている。

そこで、佐々木夫妻が執筆している芸術新潮2月号の円山応挙特集をなんとなく
見ていると、右の作品にであった。この絵を大阪の展覧会で見て、シュールな絵
だなと感心したのをすっかり忘れ、広重の絵からは北斎の鯉の滝登りしか想い浮
かばなかった。画題は北斎と同じで“龍門鯉魚図”という名前がついている。兵庫
の大乗寺の所蔵。応挙は鯉の絵を何枚も描いたようで、福岡市美術館でも同じ
ような作風の絵をみた。

マグリッドの絵を連想させるこの絵の不思議な感覚は、応挙の優れた技巧から生
み出されている。鯉に描かない部分をつくり、そこを塗り残すことで水の流れを表現
している。垂直に落ちる滝のむこうに鯉が全力で上昇しようとする様がよく描かれ
ている。02年、Bunkamuraでみたマグリッドの作品にこの絵と同じ描き方のものが
あった。森のなかを走っている女性の乗った馬の一部が垂直にカットされ、その
部分がまわりの木の葉っぱで埋められる。また、ほかの箇所では緑の木が馬の
胴体に描かれている。

マグリッドによれば、森を馬にのって通りぬける人は幹の谷間に見え隠れし、こんな
絵のような錯覚が起きるという。シュルレアリスト、マグリッドの感じた錯覚を応挙
は鯉の滝登りに見たのかもしれない。マグリッドの絵を先取りするような作品を
1789年ごろ描いたというのが凄い。応挙の頭はちょんまげだが、美的感覚は現代
人と変わらないかもしれない。

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2005.05.13

中島潔展

69日本橋三越で開催中の“中島潔展”をすべり込みで見てきた。15日までやっている。

この画家の絵を観るのは2度目。前回見たのは03年3月、神戸の大丸で開かれた中島潔が描く金子みすず展。みすずの詩を題材に可愛くてどこか寂しそうな童たちを描いた作品が強く心に残っている。

以来、折を見て図録を引っ張り出し、中島潔の鋭い感性がとらえた日本の
美しい風景、無邪気な子供たちの表情をみつめている。童画のほかにもちょっと
大人の女性を描いた絵にも心惹かれる。髪一本々まで細密に描かれてるの
をみていると、ふと近代日本画の巨匠、上村松園が描く美人画を思い出す。

今回の展示は還暦を迎えた画家がパリに1年滞在して制作したパリの風景と
これまでに描かれた童画で構成されている。日本の絵では02年から05年の作品
が多く出品されている。今年描かれた“童の四季は”屏風仕立ての大きな絵。
この画家が極めた画技をみせつけるかのような渾身の作品。赤、黄色、紫、青が
メルヘンチックに融合し、見る者の心を和ませてくれる。中島潔は天性の
カラリストではないだろうか。色彩感覚というのは努力して得られるものでは
ないらしい。持って生まれた才能。

その突き抜けた色の組み合わせに魅了されるのが右の“花かずら”(03年)。
子供が5人川沿いに歩いている。最後尾にいる女の子の後ろには水車が見える。
一番前にいる男の子はつんのめりになっている。いつもでてくる愛嬌のある
子犬がいないのが残念。まわり一面は花畑。画面の大半を占める黄色と赤の
色面に目を奪われる。どこかでみた光景。そう、4月にオランダのキューケンホフ
公園でみたチューリップ、水仙畑(拙ブログ4/16)。

中島潔の絵にたいする評価が近年高まっている。もっともっと見たくなる画家だ。
尚、三越のあとは各地を巡回する。
名古屋展:6/14~6/20、名古屋三越栄本店 
横浜展:6/24~7/18、横浜そごう美術館、
札幌展:7/26~8/1、三越札幌店
大阪展:9/1~9/7、阪神百貨店

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2005.05.12

プロ野球交流戦

プロ野球交流戦を楽しんでいる。セパのチームが大リーグのように
シーズン中に戦えば面白いのにと思っていたが、対戦が実現して
みると多くの野球ファンが毎日熱い声援を送っている。このイベントを
遅らせていた日本のプロ野球機構の商売下手と改革に着手できない
体質の古さに愛想をつかせていた。が、遅まきながらファンの要望に
こたえてくれたので、今後の進展に期待したい。

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2005.05.11

国宝 辟邪絵

68横浜市にある県立金沢文庫は今年、開館75周年になるという。これを記念して4/21から奈良国立博物館の名宝展を開催している。会期は6/5まで。

美術館の隣には池に朱塗りの太鼓橋がかかる称名寺がある。美術品と寺を一緒に楽しめる。横浜にも鎌倉の気分を味わえる所があった。周りが住宅地のため、美術館まで車は一方通行で入れない。グルグル廻って、800mくらい下の駐車場に車を入れ、
そこから10分歩いた。

この展覧会のお目当ては鎌倉時代(12世紀)に描かれた国宝辟邪絵
(へきじゃえ)。たまたま見た新聞の文化欄に展覧会が紹介され、この
絵が解説されていた。奈良国立博物館は作風が同じでちょっと怖い
絵、地獄草子も所蔵している。

95年、この博物館の開館百年を記念して日本仏教美術名宝展が開か
れた。彫刻、仏画、工芸品の名品がこれでもかというくらい出品され
ていた。しかし、会期中に展示換えがあり、当日は地獄草子、辟邪絵は
なかった。以来、この2点を追っかけている。その1点が金沢文庫という
思わぬ美術館で観れるのだからたまらない。

辟邪絵は当時は絵巻であったが、現在は断簡として掛幅装にになって
いる。辟邪絵は人間に危害を加える邪悪な鬼などの類を辟(さ)け除
いてくれる色々の善神を描いた絵のこと。善神は例えば天刑星、神虫、
鐘馗、毘沙門天であったりする。今回でてるのは天刑星と神虫。

中国の古い話を解説文で理解しながら目の前のグロテスクな絵にじっと
見入る。右の絵は名宝展から待ち望んでいた作品。8本の足をもった
昆虫の化け物みたいなのが神虫(しんちゅう)。典拠ははっきりしないが
諸々の鬼を大量に食うらしい。蚕を神虫と呼び、霊異のある虫とする
観念が奈良時代には中国から伝わってることから、蚕と結びつける説も
あるという。

8本の足は鬼を捕まえ、鋭い歯をした口のなかに入れようとしている。
鬼を退治してくれる有難い神様なんだけど、姿があまりに異形でオドロ
オドロシイため、鬼よりもっと怖い悪魔をイメージしてしまう。口の周りや
地面に飛び散る血の赤が鮮明なのに驚く。

浮世絵師歌川国芳の版画に大きな蜘蛛をやっつけるのがあるが、この
神虫の比ではない。ボスが快楽の園を描いたのは16世紀のはじめ。
これよりもっと前の12世紀、日本には地獄草子、餓鬼草子、辟邪絵が
あった。

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2005.05.10

箱根のラリック

426先週のNHK日曜美術館ではラリックを取り上げていた。見る前は今、東京都美術館で開催中のアール・デコ展を紹介するのかなと思ったが、女性司会者の二人と人気の華道家が箱根ラリック美術館を訪れるという趣向だった。

昨年、北澤美術館のガレにスポットライトをあて、今回はラリック。NHKのスタッフはアール・ヌーボーがよほど好きとみえる。

3月、開館直後の箱根ラリック美術館を訪れたときは、ラリックの制作した宝飾
品に魅せられた。ブローチ、ペンダント、ネックレス、ブレスレッドなどの形、色
合いにラリックの繊細な美意識、センスの良さを感じる。女性と蝶を合体させた
ブローチや黄金の蛇をあしらったバックルなどはっとする造形がいくつもあった。
女性と蝶のブローチはあまりの小ささにスタッフもがっかりしたのか、スタートの
タイトルのバックに使っていたが、本編のなかではカットされていた。

右の作品は1900年万国博覧会に出品した“ショーウインドウの装飾棚・蝶の
女”。ショーウインドウを囲んだブロンズ製のオブジェ。2階に展示してある。形は
ブローチと同じタイプで女性が蝶の羽のマントを羽織ってる感じ。

これをじっとみていた時、昔見た映画の一シーンを思い出した。それは羊たちの
沈黙。鉄の檻から脱出した噛み切り男、レクターが警察官を殺害し、このオブジ
ェのような形で天井に吊り上げてた場面。

この番組をみて後悔したことがある。美術館へ入る途中にクラシックカーが展示
してあり、そのカーマスコットはしっかり見たのだが、豪華列車「コート・ダジュー
ル」号のために造られた装飾パネルを見逃してしまった。入って左側のレストラ
ンは覚えてるが、その向こうにわざわざフランスから運んできた列車があった
とは。うかつだった。パンフレットをみるとちゃんと載っている。

でも、注意が必要。この中でコーヒーが飲めるのだが、完全予約制(専用予約
カウンターで予約)。料金は一人2100円(デザート付き)。次回、箱根に行く時
は是非、ラリックの美しいパネルに囲まれてコーヒーを飲んでみたい。

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2005.05.09

展覧会情報

最近は洋画、日本画とも質の高い展覧会が多い。期待の作品
を見逃すまいと日程調整に一苦労。で、現在進行中、及びこれから
はじまる展覧会のなかから面白そうなのをピックアップしてみた。

☆西洋画  4/9~7/18   ルーブル美術館展   横浜美術館
       6/11~9/4   ゲント美術館名品展  世田谷美術館
       6/28~9/19  ドレスデン美術館展  国立西洋美
       8/9~10/23  モロー展         Bunkamura
      10/22~12/18 プーシキン美術館展  東京都美
      11/5~12/25  スコットランド国立美展 Bunkamura

☆日本画  4/9~6/28  片岡球子展     神奈川県近美
       4/1~6/26  歌川広重展      太田記念美術館
       4/22~6/26 茶陶の源流展    出光美術館
       5/14~6/19 茶の湯名碗展    五島美術館
       5/27~6/19 円空展        横浜そごう美
      6/7~7/18   小林古径展      東近美
      7/2~9/4    江里佐代子展    泉屋博古館分館
      7/2~8/14   明代絵画と雪舟展  根津美術館
      7/16~9/4   肉筆浮世絵展    ニューオータニ美術館
      9/27~11/13 近代の日本画展   永青文庫
      10/8~11/6  燕子花図展      根津美術館
      10/8~11/27 上村松園展      山種美術館

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2005.05.08

歌川広重の肉筆画

270浮世絵専門の太田美術館では今、開館25周年を記念し、歌川広重展を開催中。4月から6月26日までの会期中、3回の展示換えを行い、広重の優品360点が展示される。4月は肉筆画、5月が版画、6月は“名所江戸百景”シリーズ全点。

広重の肉筆画はこれまでちょこちょこ見たことがあるが、まとまってみるのははじめて。美人画もあるが、魅力的な作品はやはり風景画。また、写実的に描かれた鯛、海老、鰹も面白い。

一番の収穫は天童広重と呼ばれる肉筆画。広重が出世作“東海道五十三次”を刊行したのは37歳のとき。天童広重の肉筆画を制作するのが55歳。そして、大胆な構図で印象派の画家を唸らせた名所江戸百景は亡くなる2年前の60歳の作品。

天童広重というのは広重が山形の天童藩の依頼で制作したのでこう呼ばれる。
天童藩は2万石の小藩で財政難にくるしみ、富農や豪商から借りた御用金
が返せないので、広重の肉筆画が返済金の代わりに下賜(かし)された。
軸物で約100組、200幅くらいあったという。太田美術館はこの肉筆画を多く
所蔵している。

気に入ったのは“日光三滝”と“近江八景”。右は日光三滝の一つ、
日光山裏見ノ滝(部分)。もう二つは霧降ノ滝と華厳ノ滝。華厳ノ滝は見たこと
あるが他の滝は知らない。裏見ノ滝と霧降ノ滝は実景ではないのかも
しれない、それとも当時は存在してた?

裏見ノ滝で釘付けになったのは滝が落下しているちょうど真ん中あたりに
描かれた細い道。こんな道が滝の裏側につくれるのか。意表をつく構図
である。滝と道を交差させるところはマグリッドの画風を連想させる。
北斎の肉筆画にも鯉が滝を登るシュールな絵があった。掛け軸には滝の絵が
ぴたっとはまる。これまで見たことのない広重の風景画がいつまで
も心に残っている。

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2005.05.07

円山応挙の藤花図

65青山にある根津美術館では明日まで“唐絵の屏風展”をやっている。根津美術館は東京国立博物館、五島、出光美術館などと共に日本画の名品を所蔵している。

昨年は南宋絵画展を開催し、多くの愛好家が押し寄せた。出展数はスペースの関係で沢山はないが、作品の質が高いので、どうしても定期的に訪問したくなる。

今回は日本の絵師たちが中国の画題で描いた屏風絵を中心に展示している。
六曲一双の屏風が10点ある。ビッグネームとしては、雪村が2点、伝狩野元
信が2点、狩野探幽が1点。ひとつ〃がどこの展覧会にだしても目玉になる
一品である。雪村の“龍虎図”は迫力一杯。粗い墨法で雲をよぶ龍の躍動感
とじっと身構える虎を左右の屏風に描いている。

伝狩野元信の“養蚕機織図”は四季山水図として構成され、春と冬に行なわ
れる養蚕、機織の作業が細密に表現されている。元信は構図のとり方がうま
い。細部をキッチリ描き込みながら、遠景の雄大な山々、岩は余白を充分に
とり、さらっと仕上げている。東博の平常展で元信の作品をみることが最近多
いので、この絵師の画風が分るようになった。探幽の“両帝図”も見ごたえが
ある。

唐絵の屏風の他に見逃せない絵が2点でている。常設コーナーにある円山
応挙の“藤花図”と長澤芦雪の“赤壁図”。赤壁図ははじめてだが、藤花図は
ここで一度観た。師匠と弟子の作品が一緒に並んでいる。

右の藤花図は応挙44歳のときの作品。金地の背景に描かれた藤の紫が鮮や
か。写生を徹底してやった応挙だが、この藤花図では見たままをかいてはい
ない。面白いのは幹や蔦の描き方。鮮やかな藤の花に対して、幹はたらしこみ
技法で墨を薄く滲ませている。そして、この幹や蔦は生き物のように縦、横に
大きく折れ曲がり、蔦同士が絡みあう。藤の花を沢山描かず、余白をとってるの
も魅力のひとつ。

GWのニュースに春日部にある藤の名所が出てきた。いつか、訪ねてみたい。

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2005.05.06

大リーグ開幕1ヶ月

注目の大リーグがはじまって1ヶ月がたった。今シーズンは日本人選手が
増えたこともあり、所属チームの勝敗と日本人大リーガーの活躍が
とても気になる。NHKをはじめ、マスコミ各社も大リーグの結果を
ニュース番組でとりあげている。

期待の日本人選手の活躍ぶりはどうだろうか。ホワイトソックスに入団した
井口が予想以上にがんばっている。もともと2塁手としての守備力は高い
レベルにあるので、打つほうでどの位結果を残せるかだった。今のところ
日本で開眼したバッテイング力を大リーグの投手にたいしても、発揮して
いる。

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2005.05.05

アール・デコ展のルネ・ラリック

225現在、東京都美術館で開催中の“アール・デコ展”(6/26まで)は2ヶ月前京都でルネ・ラリックを鑑賞したときからチェックしていた。料金は1400円。ちょっととりすぎのような気がする。

アール・ヌーボーについては、自然をモティーフにした曲線の装飾美をガレやミュシャ、ラリックの作品に見た。今回のアール・デコは西も東のわからないので、ルネ・ラリックの作品がみれれば儲けものと思い入場した。

ファッション関係の人、デザイナー、アートディレクターなどにとってはたまらない
展覧会かもしれない。作家の名前は知らないほうが多い。チラシにのってる
“電話Ⅱ”を描いたレンピッカ。はじめて観る絵。パリの匂いがぷんぷんする。
こういうときは馴染みの名前をみつけるとほっとする。マッキントッシュの煙草用
キャビネット、フランク・ロイド・ライトが制作したステンド・グラス、絵ではマリー・
ローランサン、ソニア・ドローネー、レジェ、デュフィ。

アール・デコは世界中の美術品から霊感をうけており、それを多面的にみせて
くれる。古代エジプト、アフリカのプリミティブ美術、中国、日本、中米にヒントを
えて作った装飾品や置物などはみててあきない。時間があるとじっくりみたいの
だが、この美術館は階段をいくつも登らされるので本当に疲れる。これがなけ
ればどんなに楽か。

お目当てのルネ・ラリックの作品は3点あった。いずれもロンドン、ヴィクトリア&
アルバート美術館からの出品。“バッカントの花瓶”、右の“ランプ・二羽の孔雀”、
“オレンジの花瓶”。さすがヴィクトリア&アルバートの所蔵だけあって名品。京都
でみた作品よりランクがひとつ上の感じ。孔雀のランプも見事な出来栄え。孔雀
はラリックの日本趣味の表れ。こんなランプを部屋においてみたい。

料金が高いのと疲れる展示レイアウトにうんざりだったが、ルネ・ラリックの作品
と蓼科から出品されたマリー・ローランサンのいい絵に救われた。

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2005.05.04

ボッティチェリのヴィーナス

317_2ベルリン至宝展のヨーロッパ古典絵画にルネサンスの巨匠、ラファエロとボッティチェリの絵が出ている。

チラシをみて期待が高かったのはラファエロであったが、この聖母子はあまりグッとこなかった。保存状態がよくないのか、色の輝きがなく、ぼやっとしている。ピティ宮にある“小椅子の聖母”などと比べると魅力度はかなり下がる。

逆に別のイメージを抱いていたボッティチェリの“ヴィーナス”に感動した。実は
このヴィーナスは、ボッティチェリが修道僧サヴォナローラの神秘主義の影響
を受けたあと描いた“アペレスの誹謗”にでてくるヴィーナスをイメージしていた。
まさか、ウフィツィ美術館にある“ヴィーナスの誕生”と同じようなヴィーナスの
絵があるとは知らなかった。描かれた時期も1485年ころとなっている。

16世紀の著述家によると、フィレンツェの名家の邸宅にはボッティチェリが描
いた裸体画がかなりあったらしい。今回展示してある“ヴィーナス”は縦長の絵。
158cm×68cm。西洋画でこういう縦長の絵はあまり見ない。ルネサンス
期の作品ではみたことない。黒地の背景に青白いヴィーナスがポーズをとって
いる。“ヴィーナスの誕生”のヴィーナスと描き方はほとんど一緒。手のポーズ
は古代彫刻にみられる“ウェヌス・プディカ”(恥らうヴィーナス)を借用している。
違いは髪の左右への流れ方のみ。

“ヴィーナスの誕生”の場合、帆立貝にのってるヴィーナスの回りには西風ゼフ
ュロスやマントをひろげるホーラがおり、華麗で幻想的な画面となってる。縦長
の“ヴィーナス”は顔、姿態が同じに描かれてるのに背景が黒一色なので、
絵の雰囲気としては“アペレスの誹謗”のような情緒が不安定で生気がうす
い感じがする。背景を黒にした狙いがよくわからない。

My女性画の1位にあげてるヴィーナスなので、“ヴィーナスの誕生”の背景を
想いながら、黒を気にせず、じっくりこの絵をみた。

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2005.05.03

ベルリン至宝展のマネ

62現在、上野の東京国立博物館で開催されている“ベルリンの至宝展”は見所一杯。会期は6/12まで

03年、ペルガモン博物館を訪れたとき、ベルリンには一級の美術品を収蔵する博物館がいくつもあることを知った。世界遺産となってる博物館島にはペルガモンの他、ボーデ博物館、絵画館、エジプト館、ギリシャ・ローマ館があり、2015年までにはこれらの博物館は全部つながるらしい。

この復興計画が完成すると、ルーブル、大英博物館に匹敵する大博物館が
ベルリンに誕生することになる。今回はこれらの博物館からきた美術品がエジプト、
ギリシャ・ローマ美術、中世ヨーロッパ彫刻、ヨーロッパ古典絵画、近代美術
などに分けられて展示してある。

各部門共、目が離せない作品が多くあり、熱心にみるとかなりの時間を要する。
エジプト美術では、TVで紹介されたレリーフ“太陽神アテンとアクエンアテン王
の家族”、チラシに載ってる“ティイ王妃の頭部”に足がとまる。王妃の頭部は
エーこんなに小さいのという感じ。

古代西アジア美術の圧巻はバビロンから出土した“ライオンの装飾煉瓦壁”とニル
ムドにあった宮殿のレリーフ“アッシュール・ナシルパル2世と精霊”。これをペル
ガモン博物館で見たときは感激した。日本でこれを見られる幸せをかみしめてい
る。中世ヨーロッパの彫刻はこれまでみる機会が無かったので、木彫の作品をじ
っくり観た。ポプラ材、クルミ材、樫材、リンデン材などが使われている。

この展覧会で一番みたかったのが絵画。なかでも感動の一品は右のマネの絵。
題名は“温室にて”。縦115cm、横150cmの大きな絵。ベンチに座ってる帽子
を被った女性に存在感がある。マネはいい女性画を描く。ルノワールが描く愛らし
い笑顔の女性にも魅了されるが、マネの静かにじっと見つめる女性にも心を揺
さぶられる。

これまでみたMyマネ女性画はロンドン・コートールド・ギャラリーの“フォリー・ベル
ジェールの酒場”、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの“サン・ラザール駅”、シカ
ゴ美術館の“新聞を読む女性”であったが、この“温室にて”を即時登録した。

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2005.05.02

北大路魯山人展

61横浜そごう美術館では今、魯山人展をやっている(5/15まで)。北大路魯山人の企画展をみるのははじめて。

料理家で陶芸家の魯山人は他の陶芸家とはちょっと違う世界にいる。美食家の趣味人が余技で陶芸をやってる感じ。余技だろうが、出来上がった作品は超一級。世の中には魯山人愛好家が沢山おり、市場では高い値段がつく。

なんでも鑑定団によく魯山人の陶器がでてきて、その評価額にびっくりする
ことがある。佳き食べ物は佳き食器に盛るのが本当の食事であるとの
考えを終生持ち、名品を作ってお客をもてなした。

魯山人の作品と最初に出会ったのは島根県安来市にある足立美術館。
横山大観などの日本画の展示室とは別に、安来出身の河井寛次郎と魯山人の
作品を陳列する陶芸館がある。魯山人は古陶磁を陶芸の理想とし、金襴手壷
や織部の向付などを制作している。単なるコピーではなく、魯山人の美意識と
造形感覚があらわれており、手にもってみたくなる作品。

島根県にはもう一箇所魯山人の陶器を見れるところがある。松江市に
ある田部美術館。松江城の近く。山陰では誰もが知ってる財界人、田部氏の
コレクションのなかに魯山人の志野茶碗、色絵雲錦鉢などの優品がある。

そごうの魯山人展はアメリカから里帰りしたカワシマ・コレクションを中心に
陶磁器、漆芸など110点が展示してある。織部、志野、瀬戸、備前など古陶磁
がいくつもあり、ひとつの窯や様式にとらわれることなく、自由にかつ
優雅に作陶している。図録に魯山人のいい言葉が載っていた。“やきものを作る
んだって、みなコピーさ。何かしらコピーでないものはないのだ。但し、
そのどこを狙うかという狙い所、真似所が肝要なのだ”。

とくに気に入ったのが右の“九谷風鉢”。青海波の文様を黄色、青、緑、紫で
描き分けている。魯山人は40歳のとき、山代温泉の九谷焼窯元で作陶を経験し、
陶芸をはじめている。この展覧会のキャッチコピーは“魯山人の宇宙”。
シンプルな美しさ、うっとりする色使い、華麗な装飾美、いろいろ感じることの
出来る魯山人ワールドは魅力一杯である。

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2005.05.01

益子焼

60昨日は益子陶器市に行った。この陶器市はよくTVで紹介される。春のGWと、11月に開かれるそうだ。広島にいたとき、萩焼の陶器市に出かけたが、会場は体育館のなかだけなので人出はここに比べるとかなり少ない。

それにしても凄い観光客の数。予想以上の賑わいにびっくり。ここには昔、一度来たことがあるが、不覚にも風景の記憶がきれいにとんでいる。隣の方はこの森を覚えているとか、この店で
陶器を買ったと言っている。買い物は後にして、前回はなかった陶芸メッセ・益子
に足を運んだ。ここは1993年に開館している。

目玉は陶芸館と旧濱田庄司邸(母屋)。陶芸館の第一展示室には益子の
名前を全国的に知らしめた最大の功労者、濱田庄司の代表作“柿釉抜絵大鉢”
がある。濱田の作品では大鉢を観るのが楽しみ。茶褐色の地に見込み
の模様として丸い文様が描かれている。ほかにも名品がいくつもあった。

濱田の作品の隣に49歳で亡くなった加守田章二の独創的な形をした陶器が
展示してあった。この人が益子で作陶してたことは知らなかった。
別の展示室では新人陶芸家の登竜門といわれる42回朝日陶芸展をやっていた。
これまで、この展覧会は聞いたことはあるが、料金を払ってみたことはない。
現代感覚の陶芸アート。陶器でこんな表現ができるのかと感心しながら、
夢中になって鑑賞した。こうした作品は結構楽しめる。芸術大学の陶芸科を
でた人たちの豊かな才能に拍手。

陶器市の喧騒を離れ、次に向かったのが益子参考館。ここは濱田庄司の
離れ兼陶房を一般公開しており、名品が沢山見れる。
赤絵の水指、白釉の花瓶、青釉の大鉢などなど。また、民藝運動の同志、
河井寛次郎、バーナード・リーチのいい作品も展示してある。巨匠たちの作品が
一度に観れるのでもうたまらない気分。

濱田が所蔵していた右の“山水土瓶”も感動した一品。明治の中ごろ、益子で
つくられた土瓶のなかでもこの山水土瓶を濱田は民藝の精神にかなう
“健康の美”と称えている。益子の陶土は土質が粗いので薄づくりが難しく、
鉄分を多く含み、茶褐色に発色する。そのため糠白(ぬかじろ)のような
不透明な白釉で白化粧してその上に装飾する。磁器の有田焼のように薄くて硬い
、そして細かい装飾が施された作品とは違う。この山水土瓶のシンプルで
おおらかな感じがいい。白化粧の地に青釉と鉄絵でさらっと描かれた
水辺や山に惹かれる。

展示室の他には仕事場であった工房、登り窯が生前のまま残されている。
河井寛次郎にくらべ濱田庄司の名品をみる回数が少なかったが、益子を訪れ、
この差が一気に縮まった。日常で気楽に使える益子焼を買うことも楽しかったが、
濱田庄司の作品を観れたことがなによりの収穫。

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