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2005.03.09

尾形光琳と速水御舟

278MOAで観た紅白梅図屏風の余韻に浸っている。と同時に、光琳が最晩年に描いた紅白梅図と44歳で画壇に登場したころの作品、燕子花(かきつばた)図との違いに思いがいく。

燕子花では金箔地に群青と緑青を使い文様化した燕子花を繰り返し、装飾的に表現したのに対し、紅白梅図ではデザイン化した流水を真ん中に配し、左右に生命力旺盛な老木をたらし込みの技法で写実的に描いている。幹の質感を出そうとして、焼き緑青によるたらし込みという工夫もした。

光琳は後年、雪舟や雪村の絵に影響を受け、表面的な美しさだけでなく、
自分の精神的な思いを出そうとしたようだ。人生に対する光琳の気持ちがこの
紅白の梅の木に表れているのかもしれない。そして、生き生きとした
写実的な梅の古木と装飾性豊かな金地(金箔ではなく金泥)、藍色の流水を
同じ画面に描きたかったのではなかろうか。写実と様式の融合である。

紅白梅図屏風をみてて、速水御舟の画風の変遷を思い出した。右の
“名樹散椿(めいじゅちりつばき)”は41歳で若死した御舟の35歳のときの作品。
昭和期の美術作品では唯一重文に指定されている近代日本画の傑作である。

20代のころの御舟は細密画のように緻密な写実性を追及し、舞妓の髪一本
一本まで描き、新しい日本画を追求した。対象物を徹底的に観察し、
新しい感覚で美を表現した御舟の画風は幾度となく大胆に変わるが、
名樹散椿では琳派風の壮麗な装飾表現になっている。

金地の画面に描かれた椿は写実的でありながら、装飾性も強く、華やか。
太い幹から四方にでた枝は力強い感じをあたえ、赤、白の椿の花が鮮やか
に咲いている。また、下に散った花びらは文様的に描かれている。この御舟の
名樹散椿にも写実と装飾の統合がある。

光琳は様式からスタートし、写実と様式をミックスさせた絵を描いた。
一方、御舟は最初は横山大観から嫌悪されるほどの写実的な絵を描き、
最後は装飾的な琳派風の絵に新境地を求めた。画家にとって写実と装飾は
どちらも大きなテーマなのであろう。

10~12日は外泊しますので、拙ブログはお休みいたします。

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