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2005.01.08

マルセル・デュシャン展

Scan10031横浜美術館で始まったデュシャン展をみてきた。これまでみたデュシャンの作品は少ない。NYのMoMA、グッゲンハイム、パリのポンピドーにあるキュビズム風の絵と自転車の輪のオブジェくらい。本物をあまり見てないのでモノグラフも読んでない。

そんなわけで、この作家のヒストリーについての知識なしで、期待の代表作“階段を降りる裸体No.2”を観た。裸体の描き方はキュビズムそのもの。時間の経過を連続した裸体の動きで表している。未来派のボッチョーニの絵と似ている。

だが、階段はあまりデフォルメせず描いている。最初の裸体に顔らしきフォルムをみつけ、
ちょっと安心する。キュビズムは原型をとどめないので見るのに苦労する。

右の作品は裸体と共に一番みたかった“大ガラス”。これはフィラデルフィアに
あるオリジナルの東京ヴァージョン(1980)。透明ガラスに水車や鋳型やデフ
ォルメされた花嫁などが描かれている。立体感があり、おもしろい表現方法
である。題名は“彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも”とついて
おり、7つのパートはひとつのストーリーを構成してるようだが、このあたりは
よくわからない。

最後の展示コーナーに、デュシャンの作品制作について語ったことがプレート
に書いてある。“私はなにか新しいことを生み出そうとしたわけではない。制作
するのに思い悩んだこともなく、神経衰弱になったことも無い。私の作品は生
きてることなのだ”。難しいことを考えて、ひねりだしたものでもなく、生活の中
からふと出てきたのだから、観る人も肩の力をぬいて、あまり考え込まない
でみてくれ、と言ってるように思える。現代における芸術、美術のあり方の本質
をズバリついている。

今回の展示法は横浜美術館のやり方なのか、デュシャンの作品と他の作家
のものをペアでみせている。例えば、デュシャンの“自転車の車輪”には久保
田成子の3つの車輪が電動モーターで動く“デュシャンピアナ”がある。各作品
の対比がうまくいっている。ビッグネームのデュシャンと競演している作家の
作品がデュシャンに負けることなく、主張がこちらに伝わってくるのがいい。
モナリザに髭をつけパロデイーを楽しんだデュシャンが今度は後に続く作家に
パロデイーの対象にされている。アートの精神を先取りしたデュシャンだから、
その作品が多くの作家の創作活動を刺激したのだろう。

森村泰昌の画家の絵の中に衣装をまとって入りこむ作品はモナリザの髭とデュ
シャンが女性人格“ローズ・セラヴィ”に変装したことからヒントを得たに違い
ない。絵をいじくるのではなく、自分が絵に入るという発想がユニーク。この森村
の作品“たぶらかす”がいくつもあった。また、横尾忠則のコラージュ作品“あな
たは善意の人ですか?”は色鮮やかで楽しめる。

この展覧会はデュシャンの作品だから、感じるより考えさせられるのかと思って
いたが、会場にいるとこの心配は消えた。ただ、現代芸術のまっただ中なの
で、この作品はどうなってるの?と戸惑うのもある。こういう展覧会は気楽にみ
るに限る。こちらが考え込んだらデュシャンに申しわけない。アートの見方をデュ
シャンに教えてもらった。

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コメント

いづつやさん、こんばんは。
デュシャン展、いろいろ話題になってますね。私は観ておりませんが、現代作家がデュシャンをパロディした展示とセットになっているとは初耳で、素直に面白そうだと思いました。
私は好みがやはり平面、さらには具象絵画よりですから実はデュシャンは「階段を降りる裸体」ぐらいにしか関心がなかったのですが(キュビスムは抽象ですが・・・)、まとめて観ると面白そうですね。ちなみに、なぜか具象絵画好きの私でもキュビスムは割と抵抗無く観られるのですが、あの「階段を降りる裸体」は物体の造形を包括的にとらえるキュビスムでも時間軸まで見事にとりこんだ点でやはり特筆すべき作品だと思います。私としてはレディメイドよりもずっとずっとインパクトある重要な作品だと思っています。
いづつやさんの「こういう展覧会は気楽にみるに限る。こちらが考え込んだらデュシャンに申しわけない。」の部分はちょっと意外でしたが、なるほどと思わされました。

投稿: 桂田 | 2005.01.08 21:22

to 桂田さん
こんばんは。デュシャンの作品とそれに刺激されて他の作家がつくったパロディー
作品を並べてみせる展示は大阪の国立国際美術館ではしてないように
思います。図録に出てくる作品の順序が全然ちがいます。最初の展示は
デュシャンの泉とレヴィーンの黄金の泉がペアになっています。
この展示のやり方は面白いです。デュシャンもこれには納得する
のではないでしょうか。

私は未来派のボッチョーニの絵が好きなものですから、階段を降りる
裸体への期待値は大でした。フィラデルフィア美術館からこの絵
がくるとは思ってもいませんでしたので、大変満足してます。

投稿: いづつや | 2005.01.09 00:29

いづつやさん こんにちは。
私は,9日にみてきました。
私もあの展示方法は,横浜美術館の学芸員が考えたのだと思います。
おそらく国際美術館では,別の展示順になっていたのではないでしょうか。
入口に,チェックシートがあり,デュシャンの作品と並んで展示されている他の作家のシミュレーションが比較できるようになっていました。
難解なアートをわかりやすくという学芸員の工夫でしょうね。

私も,未来派を連想させる「階段を降りる裸体No2」は好きな作品です。その前のキュビズム的な作品も好きです。

「自転車の車輪」「瓶乾燥器」は,シンプルで美しいと思います。
「泉」は,ホントのところはよくわからない。

後半のコンセプチャルなものほどだんだんわからなくなってくるのですが,あまり難しく考えずに素直に面白がってみたほうがよいようです。

投稿: じゅん | 2005.01.10 11:03

to じゅんさん
こんばんは。書き込み有難うございます。現代絵画にお強いじゅんさん
のメガネに適ったコメントになってるかどうか心配です。今回、この美術館
のとったペアの展示スタイルは良かったと思います。
作品に対する興味が増し、エンターテイメントの気分で作品に接すること
ができました。回りの人をみても、笑って、楽しそうに見ている人が結構いました。

デュシャン展なのでちょっと構えていましたが、
デュシャンの“。。。思い悩んだことはない。。”を見て、この作家に対する認識が
がらっと変わりました。作品の良し悪しは観る側に任せた、作り手の事情
は意識しないで観てくれというのは分かりやすくていいですね。

私は個々の美術品をひとつの記号としてみてますので、この考えは
わが意を得たりですね。作家の制作状況やテーマの情報は入れず、作品
そのものを楽しむようにしてます。購入した図録は解説や評論家の
論稿にはほとんど目を通さず、印象に残った絵に赤丸の印をつけるだけです。
そして、1週間くらい、図録を横に置いて、図版だけを何回も見てます。

じゅんさん、またTakさんたちと一緒にみませんか。新年会を兼ねて。
アレンジを宜しくお願いします。

投稿: いづつや | 2005.01.10 17:40

じゅんさんと同じ日に行きました。
でも、会いませんでしたね・・・残念。

展示方法はかなり考えられているようで、
サイトからチェックシートを見る事もできます。

何年か前の「美術手帖」の特集でも
感心させられましたが、今回もまた
うなずきながら時間をかけ観てきました。

投稿: Tak | 2005.01.10 17:44

こんばんわ♪

大阪展でのデュシャン展を、見てきましたが、パロディー作品は、デュシャンの作品がひととおり、終わった後の最後の終章の部分で、3部屋にとりまとめられておりました。

個人的には、こちらのほうで、好きな作家の作品とかが何点かあり、楽しめました。
パロディーにも何にもなっていない作品もありましたが…。(笑)
従って、並行で並べるといった今回の展示方法ではないように思います。

もっとも大阪展では玄関口にデュシャンと全く違った、現代美術のオブジェ(巨大なカラス)が置いてあって、そちらはさすがに私も面喰らいましたですが…。

投稿: シルフ | 2005.01.10 22:50

to Takさん
こんばんは。この展覧会は噂どおりビッグですね。
首都圏の美術ファン、色んなアートの制作者が見に行きそうですね。
森美術館で2回、現代芸術をみましたが、このデュシャン展のほうが
作品のインパクト度が強いように感じます。

やはり出品されてる作品の知名度の高さですかね。階段をおりる裸婦
とか自転車の車輪とか泉とか、また議論を呼ぶ大ガラスが
目の前にあるからでしょうか。デュシャンはやはり超ビッグネームですね。

投稿: いづつや | 2005.01.10 22:52

to シルフさん
こんばんは。お体の回復、遅れてるようですが、ご自愛下さい。
食欲がないかもしれませんが、無理して厚いステーキを食べるのはどうですか。
昔、この手で元気がでたことがあります。

大阪ではやはり図録にある順番で展示されてたのですね。
横浜美術館のPJチームが展示のやりかたをあれこれ検討し、作家同士を
対決させよう、ということになったらしいです。
この方法だと似たテーマの場合は面白いですが、
シルフさんのおっしゃるようにパロデイーにならないのもでてきますね。

大きなカラス(横浜美術館蔵)がブロシェールの花嫁衣裳のとこにありました。
存在感はありましたが、なぜここにと言う感じでした。

投稿: いづつや | 2005.01.11 00:00

横浜と大阪では,同じ作品を展示しながら,まったく別の展覧会になっていたのではないでしょうか。
横浜のシミュレーションと対峙させる方法はおもしろかったけど,そちらに関心が集まりがち。
一見して,すぐ,シミュレーションとわかる作品と並んでいないとわからない作品がありましたね。

投稿: じゅん | 2005.01.11 20:50

to じゅんさん
こんばんは。デュシャン展は最初、大阪だけの展示だったのが、
あとで横浜美術館が入ってきたのでしょうね。普通、巡回展だと
各美術館の人と一緒に展示方法の流れをつくり、それを基本にし、
出品内容を地方毎に多少変えるというのが一般的なやり方だと思います。
これが無いということは、大阪からすると横浜さんは後から入って
きたのだから、こちらの展示方法がいやなら、勝手におやりになったらと
いう雰囲気でしょうか?

横浜美術館としては大阪の展示のコンセプトが嫌だったんでしょう。
そこで、分かり易い展示の方法として作家同士の作品をペアで
見せることにしたんだと思います。

投稿: いづつや | 2005.01.12 00:22

こんにちは。素人の私にとって、どう作品と対話したらいいのか、戸惑う作品群でしたが、見終わったあと、なにかが心に引っかかる展覧会でした。
おっしゃるとおり、気軽にみるのがいいのかもしれません。
また、おじゃまします。

投稿: 自由なランナー | 2005.01.30 22:27

to 自由なランナーさん
こんばんは。書き込み有難うございます。私も現代アートは詳しく
ありません。“泉”をみて感激はしませんね。芸術している人間では
ないので、絵画をはじめとした美術品に対しては考えるより感じたい
ほうです。

デュシャンが偉いと思うのは作品の価値を決めるのは観る者だと言って
いることです。私は作品を観る時、作家の制作事情についての情報はなる
べく見ないようにしてます。ですから画家のモノグラフはほとんど
読みません。読み始めるのは代表作を7割みてからにしています。
よろしかったら、またお気軽にお越し下さい。

投稿: いづつや | 2005.01.30 23:08

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