« 十人一色の国 | トップページ | マリー・ローランサン »

2005.01.18

葛飾北斎の肉筆画

274昨日、BS2で葛飾北斎を取り上げた番組をやっていた。番組の半分は北斎が死ぬ一年前に描いた肉筆画の傑作“八方睨みの鳳凰図”のことにふれていた。

3年前、この絵が見たくて信州、小布施にある岩松院を訪れた。右の鳳凰図は本堂内の大間の天井に描かれている。畳に寝て仰ぎみる。極彩色の鳳凰が見事だ。色彩、光沢は少しも変化していない。中国より長崎商人
の手をへて輸入した高価な植物油性の岩絵具(赤、緑青、群青など)、
金箔を使っているためだ。鳳凰のくちばしの下のほうに逆さになった白い
三角形をした富士山がみえる。これはいわゆるかくし絵でここの
住職が平成2年に発見したらしい。

北斎は80歳をすぎてから版画をやめ、肉筆画に挑戦している。小布施の
高井こう山というパトロンが北斎のためにアトリエを提供している。北斎はここを
4回訪れ、祭り屋台の天井画“龍図と鳳凰図”、もう一つの屋台の天井画“浪図”、
そして岩松院の“八方睨みの鳳凰図”を描いた。どれも傑作。祭り屋台
北斎館に行くと見れる。この天井画は見ごたえがある。強い色調で描かれ
た龍、鳳凰には生気が漂っている。鷹の爪のような女浪、男浪の
浪頭はこちらに覆い被さってくるようで迫力がある。

葛飾北斎は89歳で亡くなるまで画業の完成を目指して技を磨いた。75歳に刊行した
“富嶽百景”にこう書いている。“70歳までに描いたものは、実にとるにたりない
ものである。73歳で、ようやく禽獣虫禽の骨格や草木の出生を悟りえた。したがって
、80歳になれば画業益々進み、90歳にして更にその奥意を極め、百歳では
、神の技に至ろう”。

そして、死の床で“あと10年寿命があれば。。。”とつぶやき、
しばらくして“あと5年あれば、本物の画工になれたのに”と口惜しそうに語った
という。北斎は絵にとりつかれた天才絵師である。

|

« 十人一色の国 | トップページ | マリー・ローランサン »

コメント

5年前の小布施の感動を思い出しました。私のHPに家内(t)が書いた感想がありましたので引用します。
**********************
娘の家族に会いに松本に行く途中小布施に寄った。長野新幹線に初めて乗り、長野電鉄で小布施についた。小布施は歴史と文化が息づく街。町中が美術館といっていいほど見所が多い。土壁とかわら屋根の美しい家並み、蔵を改造したギャラリー、小さな美術館などあり、観光客であふれていた。

まず、岩松院で、北斎の天井画を寝そべって鑑賞。畳21畳分ものおおきな「八方睨み鳳凰図」。とても色彩や構図が斬新。睨んでいる目がすごい。絵の中の中央の白い三角の空間は北斎が生涯敬愛していた富士山の姿なのではという新しい説を現住職が発表したそうだ。ここの寺の庭に池があり、「痩せかえる まけるな一茶これにあり」の句碑があった。一茶がここでこの句を作ったそうだ。

そして北斎館に。美人画や植物画、龍と波の屋台天井画など画狂北斎の肉筆画をみた。(2000.8t)
**********************

やはり葛飾北斎はすばらしい。カタログを入れてくれた袋に描かれた「北斎漫画」は秀逸である。(2000.8a)
**********************
だけが私(a)の感想です。画像はとら(URL)をクリックしていただいたところにあります。

投稿: とら | 2005.01.23 08:39

to とらさん
八方睨みの鳳凰図の楽しさをとらさん、奥様と共有できて嬉しく
おもいます。小布施へは広島から車で行ったのですが、運転疲れはこの絵
をみて吹っ飛びました。この絵を89歳のとき描いたというのにまず驚き、
つぎに赤、緑など鮮やかな色に見蕩れてました。

信州が近くなりましたから、小布施をまた訪問するつもりです。

投稿: いづつや | 2005.01.23 16:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 葛飾北斎の肉筆画:

» 『浮世絵1010の世界』と、
憂世の千住の凡人と、あの世の北斎大先生様と…
[Art Grey]
『浮世絵1010の世界』展を旦那と共に観ましては、憂世を知りました私…の安息日♪ [続きを読む]

受信: 2005.03.30 05:52

« 十人一色の国 | トップページ | マリー・ローランサン »