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2005.01.31

前田青邨の能役者絵

07日本橋高島屋で開かれていた“岡倉天心と日本美術院展”で思はぬ名品に出会った。チラシには無かった前田青邨の“出を待つ”である。

代表作の大半を鑑賞し、この絵が最後に残っていた。個人の所蔵のためか、なかなかでてこない。が、なんとここに出品されていた。こういう時ほど嬉しいことは無い。天にも昇るような気持ち。30分くらいこの絵の前にいた。

白獅子の装束に身を包む能役者が舞台に出る前の緊張した瞬間を
描いている。演者は椅子に浅く腰掛けて、精神を統一しているところ。出番前
の張り詰めた空気が伝わってくる。二曲の屏風絵。色数は香色をベース
に白、獅子面の口の赤と少なく、色調は抑制気味。日本画でこういう配色は
あまり見たことがない。これから演じられる幽玄な能の世界を感じさせる
色面構成、構図である。

前田青邨のまとまった展覧会があまりないので、東博や大倉集古館、山種など
にまめに通ってこの画家の名画に接してきた。最近では東近美で開催された
琳派展に“風神・雷神”、“水辺春暖”が出展されていた。“水辺春暖”の華やかな
画風が気に入っている。また、東博の平常展でも“神輿振”、“唐獅子”をみた。

青邨の画技はとびぬけて高かったそうだ。この高い技術と近代的な感覚、斬新な
画面構成により、“洞窟の頼朝”、“知盛幻生”、“大物浦”など一連の歴史画、
武者絵の傑作を生み出してきた。青邨の絵をみるたびにこの画家の大きさ
を感じる。“出を待つ”は一緒にでてた“お水取り”と共に心に深く残る
絵となった。

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2005.01.30

エミール・ガレ展

Scan10040エミール・ガレ展が江戸東京博物館ではじまった。休日は混むと予想し、28日金曜日に出かけたが、それでも、会場には大勢の人がいた。ガレ人気の特徴を反映してかその8割くらいは女性。
江戸東京博物館ははじめて訪れた。デカイ建物だ。まず、博物館の器の大きさにびっくり。そして、館内に入り、展示のガレ作品に圧倒された。

ガラス作品、それもガレやラリック、ティファニーなどアールヌーボーの作家に興味を抱くようになったのは昨年の7月位から。広島にいる時はそもそも作品をみる機会がなかったのと陶磁器の方に鑑賞のエネルギーをさいてたため、ガラス工芸品への関心は薄かった。

だが、ウッドワン美術館と松江のティファニー美術館でガレやティファニーの実物を見て、ガラス作品の美しさに目覚めた。ガレについては、さらに北澤美術館で名品を沢山みたので、今はアールヌーボーに一直線である。

ガレの代表作といえるものが図録などで頭に入っていないので、展示品の質の高
さがどの位かというのはわからないが、オルセー、エルミタージュ、デンマーク王室
などいかにも高価な装飾工芸品がありそうな美術館から出展された作品に期待
値以上の感動を覚えた。

右はガレが白血病で亡くなった1904年に制作されたオブジェ“手”。オルセーの
所蔵だが、ここを訪れたときはもうゴッホやモネに夢中でガレのガラス作品が飾られ
ていたことなど知る由もない。このオブジェを2週間前のTV東京の“美に巨人たち
”がとり上げていた。他の花器や壷など綺麗なピンクや紫、緑といった色で装飾性
豊かに制作されたものに較べるとこのオブジェは地味である。

実際の手とはちょっとサイズが違う。色も肌色ではなく透明で少し黄色がかっている。
指には貝殻がついており、海藻が手にまきついている。ガレが健康を害していたと
きの作品かと思うと、ガレの揺れ動く心を映しているようにもみえる。夜、暗い部屋で
この“手”をみると不気味な感じがするかもしれない。

国内にある北澤美術館やポーラ美術館などからも、自慢の作品が多く出品されて
いる。北澤所蔵品は有名な“フランスの薔薇”、“藤文ランプ”など優品揃い。名品を
前にして気持ちがいい。出展数、質ともに二重丸の展覧会ではなかろうか。

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2005.01.29

ミュシャ展

427期待のミュシャ展(東京都美術館)を見た。これまでミュシャの絵にはあまり縁がない。

03年プラハに行ったとき、ステンドグラス、油彩画、ポスターの下絵をみたくらい。昨年は芸大美術館であった版画東西交流展に“ジョブ”というリトグラフがでていた。

ミュシャのことは詳しくないので、今回の出展規模、質がどの程度かわからないが、手元にあるTASCHENの画集に載っている作品はこの展覧会にほとんど出ていた。ということはミュシャの代表作は大作“スラブ叙事詩”以外は観たことになる。で、この展覧会に行った人は皆ミュシャ通!?

ミュシャのリトグラフにでてくる女性はみんな目が大きくて、ふっくらしたチャーミン
グな顔立ちをしている。官能的というよりは健康的で明るい美少女のイメージ。
なかでも一番気に入っているのが右の“黄道十二宮”の女性。端正な横顔が美
しい。髪を装飾的に描いている。そして、ビザンチンやスキタイに由来する髪飾り、
首飾りの煌びやかなデザインが印象的。

この女性をみてるとイタリア・ルネッサンスのボッティチェリが描いたヴィーナス
を連想する。また、ローマのヴァティカン美術館にあるフォルリの“ヴィオロンを弾く
天使”にも似ている。これを言うと笑われるかもしれないが、タレントの相田翔子
もこんな顔?

“ジスモンダ”などのポスターがこんなに縦長の大きなものとは思わなかった。
女優サラ・ベルナールが演じる作品をPRする媒体として多くの人の注目を集める
ため、色使い、絵柄は華麗で装飾性が高い。そのなかで面白いのが“メディア”。
我が子を殺した後だけに、メディアの大きな目が思いっきり点になっている。

もうひとつ興味を惹いたのがブロンズと金と銀メッキによる“少女の頭部”。バラ
ンスがよく、造形美を感じる作品である。ミュシャの画風がよくわかる満足度
150%の展覧会であった。

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2005.01.28

ホドラー

653クリムト本や山口蓬春の絵に出会ったのを機にスイスの画家ホドラーがちょっと近くなった。

ネーベハイの“クリムト”によると、クリムトは“ベートーベン・フリーズ”(1902年)を制作する際、ホドラーの絵を参考にしたようだ。最後のパート、“幸福への憧れ”で男女が接吻をしている隣にある“天使たちのコーラス”の描き方がホドラーの右の絵“選ばれし者”とよく似ているのである。

“選ばれし者”は1894年に描かれた作品なので、“ベートーベン・フリーズ”の
先行例となっている。ホドラーは“平行の原理”という同じモチィーフ、形態、
色彩を反復する画法を使った。“選ばれた人”の女性の反復は“天使たちのコー
ラス”にも見られ、様式化した少女たちが寄り添って、同じ花が咲く草原に立ち、
抱擁している男女の手足は互いに平行に描かれている。

ホドラーは絵を描き始めたときは印象主義の影響をうけていたが、その後
明晰なフォルム、単純明快な表現、モティーフの繰り返しという独自の画風を
作りあげた。画家が平行の原理と名づけた描き方である。なぜ同じ要素を繰り
返すかというと、印象が深まるからだと言う。

分離派はホドラーの絵を高く評価し、1904年の第19回展では2つの部屋を
使って主要作31点を展示した。ホドラーの人気は高く、多くの入場者があっ
たという。そして、エゴン・シーレのパトロンでもあった人がホドラーの絵を買っ
たそうである。この展覧会の成功によりホドラーの絵は国際的な評価を得る。

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2005.01.27

オペラ座の怪人

映画“オペラ座の怪人”が29日から公開される。朝日の夕刊に作曲者
ロイド・ウェバーのインタビューが載っていた。TVでもお。。のコマーシャル
が流れて、だいぶ盛り上がっている。上映が楽しみ。
このミュージカルを本場で見たいという強い希望をもっているが、
残念ながらまだその機会がおとずれない。本場での観劇は少なく、
ロンドンで“キャッツ”、“サウンドオブミュージック”、NYの“ジェローム・ロビンス
のブロードウェイ”の3回しかない。

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2005.01.26

山口蓬春のモダニズム

06前から見たかった山口蓬春の“山湖”という絵を松岡美術館でみた。この絵は山口蓬春のモダニズム日本画の代表作と言われ、平成元年に編集された“昭和の日本画100選”(朝日新聞社)にも選ばれている。

洋画の匂いがする新感覚の日本画である。3週間くらい前に見たときは、これまでの近代日本画の風景画とはかなり違うなという印象でとどまっていたが、葉山の記念館で買い求めた図録を
読んでさらに理解が進んだ。

山口蓬春は福田平八郎、堂本印象、若くして亡くなった速水御舟らと同世代
の画家である。西洋画にも精通しており、スイスのホドラーの画集を所蔵し
ていたという。1947年に制作した“山湖”はこのホドラーが描いたレマン湖や
トゥーンの風景画から刺激を受けているらしい。手元にある図録でホドラーの
トゥーン湖という絵をみると確かに山や湖面の描き方がよく似ている。

山湖の場所は裏磐梯の五色沼。日本にある明るくて広々とした自然を描きた
いと思っていた山口はそれにぴったりの五色沼を見つけ、この風景を雲の白、
空の青、山の緑と明るい近代的な色調で表現している。横長の画面のため、
空間の広がりが感ぜられる。森の中にある静かな湖面の描き方はちょっとシュ
ール風。とくに下の白の部分が印象に残る。青の画家、東山魁夷の湖面とは
対照的にここには清々しい空気が漂っている。

なお、松岡美術館の近代日本画名品展は4/17まで。松岡コレクションから
横山大観、上村松園、前田青邨、奥村土牛など名品が出品されている。

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2005.01.25

十二ヶ月風俗図

Scan10037三浦半島の葉山町に山口蓬春記念館がある。平成3年、日本画家、山口蓬春のアトリエがあった住居を美術館にし、一般公開している。ここで今、画家が所蔵していた日本画コレクションの名品を展示している。

そのなかのひとつ十二ヶ月風俗画(重文)は東博所蔵の月次(つきなみ)風俗図屏風(重文)とならぶ月次絵の傑作である。ここのは色紙形の画面12枚に正月から十二月までの京都の公家、武家、町衆の営み、年中行事が月毎に描れている。土佐光吉(1536~1613)か
その一派の制作。

右にあるのは二月の絵で“鶯合”(うぐいすあわせ)。公家の庭先で、人々が
鶯の啼き声に耳を澄ましているところ。金雲には砂子、切箔がつかわれ、
そして地面も金泥で塗りつぶされている。服飾、髪型などの風俗は室町末から
桃山初期のもの。伝統的なやまと絵の一分野である月次絵は室町末期
には風俗画の色が強くなっている。
月々のプロフィールは正月ー歳旦風景、三月ー鶏合、 四月ー花売り。。。

月次絵や江戸初期の遊びや祭りの屏風絵、遊女や女性を描いた屏風などは
当時の社会の空気、人々の身なり、行事をうかがい知ることのできる
貴重な媒体である。

新春特別展は3/27まで開かれており、2/20までが正月~五月、
2/22から3/27までが六月~十二月が展示される。

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2005.01.24

都道府県男子駅伝

今年の都道府県男子駅伝は面白かった。長野と兵庫のラストスパート
での競い合いは見ごたえがあった。勝った長野県は2連覇。たいしたものだ。
例年1月、広島はこの都道府県駅伝で活気づく。横浜に帰ってきたので
、今年はその雰囲気が味わえなくなったが、TV画面で10回を迎えた
この大会を楽しませてもらった。

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2005.01.23

セガンティーニ

8503年に訪れた、ウィーンのベルヴェデーレ美術館にセガンティーニの絵があった。その時はなぜここにセガンティーニの作品が飾ってあるのかわからなかったが、ネーベハイの著書“クリムト”を読んでその疑問がとけた。

クリムトたちが1897年に結成した分離派のメンバーにセガンティーニが外国の準会員として名を連ねているのである。セガンティーニの他にもパリのシャヴァンヌ、ロダンが参加している。

ベルヴェデーレ宮殿上宮2階にある右の絵は1894年に描かれた“悪しき母たち”。
セガンティーニの絵は、それまで大原美術館の名画“アルプスの真昼”(1892年)、
ミレー展(03年4月、Bunkamura)にサンモリッツのセガンティーニ美術館から出品
されていた“グラウビュンデン地方の衣装”(1887年)くらいした観たことが
なかったので、この絵を前にしてちょっと戸惑った。アルプスの光を表現した
印象派のような絵のイメージとかけ離れているからである。

視線が集まるのが今にも折れそうな木にぶら下げられている女性が赤ん坊に授乳
しようとするところ。絵のテーマは堕胎する女性。性的快楽にふけって母性を放棄
する女性は煉獄の火に焼かれるべき存在であり、そうした女性の苦悩、浄化、
救済が描かれている。クノップフやトーロップなど象徴派の絵と雰囲気が似ている。

1894年、スイスのマロヤという標高1980mのところに移ってから、
セガンティーニは宗教的、哲学的な考えが深くなったようで、この絵には不安や
孤独感といった精神世界が象徴的に表現されている。

セガンテイーニは1896年からアルプス3連作“生”、“自然”、“死”を描いていたが、
1899年急性腹膜炎により41歳の若さで亡くなった。

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2005.01.22

クリムト

230鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣に行ったとき、老舗の古本屋でネーベハイというクリムト研究家が書いた“クリムト”(美術公論社 85年10月)という本をみつけた。

訳者のあとがきによると、本書はクリムトの基本文献になっているという。著者の父がウィーンで画廊を経営していた関係でこの人も8歳のとき、クリムトに会っている。本の中にはクリムトの語ったことなどが随所に書かれており、クリムトがどんな人だったかがよくわかる。クリムトがぐっと身近になった。

クリムトは野生的で、頑丈な体をしていたらしい。口数は少ないほうだったが、
若い芸術家の信頼は厚かったという。28歳年下のシーレやココシュカにも経済
的な支援をしている。読む前に、クリムトの装飾的な画風に関連して日本の琳派
のことがふれられているかなと思ったが、ジャポニズムや日本美術の装飾的、
工芸的な特徴の記述はなかった。

この本で一番興味深かったのがブリュッセルのストクレ邸にあるモザイクシリーズ
(1911年)。ベルギーの実業家アドルフ・ストクレから依頼されたものだ。建築を
ホフマンが担当し、食堂のモザイクをクリムトが手がけている。右はそのひとつ
“期待”。いつか見てみたい綺麗なモザイクだ。金属、エナメル、色ガラスが金に
糸目をつけず使われている。光琳の紅白梅図にでてくる模様をおもわせる渦巻き、
三角形で様式化された女性の姿、黄金色でうめつくされた画面、女性の衣装に
みられる洗練された赤や緑、青の横線などは観るものを飽きさせない。

クリムトは1903年2度、イタリアのラヴェンナを訪れている。ここの教会でみた
黄金に輝くモザイクが彼の創作活動に決定的な影響を与えることになった。一緒
に行った仲間のレンツは“クリムトは真に衝撃をうけた。彼はそれを言わなかった
が、傍目にも歴然としていた”と語っている。クリムトの心を捉えたのはプリミティ
ブなビザンティン様式であった。

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2005.01.21

カルミナ・ブラーナ

ベルリンフィルの04年ジルベスターコンサートで演奏されたオルフの
カルミナ・ブラーナのCDが今月末に発売されるという。人気の指揮者
サイモン・ラトルが振ったカルミナ・ブラーナなのでかなり売れるのではない
かと思う。収録したビデオもMyベストコレクションの1枚になった。

この劇場カンカータ、“カルミナ・ブラーナ”ができたのは1936年。20世紀
に入ってからの作品だ。ややもすると難解な現代音楽と較べると、きわめて
シンプルで聴きやすい曲である。

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2005.01.20

香月泰男

472昨年は香月泰男に出会ったので絵画鑑賞という私的な趣味の世界ではいい年であった。香月の絵は衝撃的だった。代表作のシベリアシリーズは一枚一枚の絵に画家の悲しみ、せつなさが感ぜられ、心がゆさぶられた。絵にこれほどの力を感じたのはピカソのゲルニカ以来。

4月、山口県立美術館であったこの話題の展覧会では、シベリアシリーズ以外にもいい絵が展示されていた。
右の“草上”という絵だ。1950年の作。1940年~50年、香月は少年をモデルに
した絵をいくつも描いている。この絵をみたとき、ちょっと不思議な感じがした。
少年がみんなこちらに背中を向け、顔が見えないのである。“草上”も
裸の坊主頭の少年が背中をこちらにむけて青い空をみている。
手前に白いシャツと棒がおいてある。これまで見た絵画のなかで顔をみせない
絵というのはあまり記憶に無い。この構図と青、緑、白の配色に魅せられた。

ひろしま美術館にあるピカソの“酒場の2人の女”がこの香月の絵の
ように背中をこちらに向けるポーズになっている。そこで、2枚の絵をじっと観て、
関連性があるのか考えている。このピカソが青の時代に描いた
作品を香月はひょっとして見たのかなと?

この頃の香月の絵は確かにキュビズム風だ。いままで香月はどうして
あんな顔をみせない少年の絵を描いたのか疑問だった。ピカソの絵が
影響しているかは不明だが、ピカソと香月の絵に似た構図があることが
わかったのはよかった。

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2005.01.19

マリー・ローランサン

03ホテル・ニューオータニ美術館でマリー・ローランサンのいい絵をみた。右の“遊ぶ子供たち”(1939年)は今、開催中の新春展(1/23まで)にでている。

ローランサン特有のパステル風の淡いピンク、青、灰色などを使い、牝鹿の目をした6人の女の子が楽しく遊ぶところを描いている。彼女が56歳の時の作。このころ彼女は自宅で家政婦と閉鎖的な生活をしてたので
子供たちを前にしてでなく、想像して描いたのだろう。

ローランサンの絵はパリのオランジュリー美術館とひろしま美術館で多くみた。
そのなかでオランジュリーの“シャネル嬢の肖像”(1923年)、
ひろしま美術館の“花束を持つ婦人”(1942年)が気に入っている。
シャネル嬢の肖像はそのやるせなさそうな顔が強く印象に残っている。
子犬、牝鹿、小鳥と一緒にいる女性の形は単純化され、右手を頭のところに
おくポーズがエレガント。だが、シャネルはこの絵の受け取りを拒否している。
何が気に食わなかったのか?

この女性画家は強度の近視だったらしい。それで、写実的に描くのを
あきらめ、淡い中間色を使った幻想的でイラスト風の画風をつくり
あげたのだろう。若い女性を描くのに淡いピンクが上手く配色されて
おり、女性画家ならではの独自の世界をつくりだしている。

蓼科のマリー・ローランサン美術館に名品があるという。信州方面を旅行
した時、訪ねてみよう。

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2005.01.18

葛飾北斎の肉筆画

274昨日、BS2で葛飾北斎を取り上げた番組をやっていた。番組の半分は北斎が死ぬ一年前に描いた肉筆画の傑作“八方睨みの鳳凰図”のことにふれていた。

3年前、この絵が見たくて信州、小布施にある岩松院を訪れた。右の鳳凰図は本堂内の大間の天井に描かれている。畳に寝て仰ぎみる。極彩色の鳳凰が見事だ。色彩、光沢は少しも変化していない。中国より長崎商人
の手をへて輸入した高価な植物油性の岩絵具(赤、緑青、群青など)、
金箔を使っているためだ。鳳凰のくちばしの下のほうに逆さになった白い
三角形をした富士山がみえる。これはいわゆるかくし絵でここの
住職が平成2年に発見したらしい。

北斎は80歳をすぎてから版画をやめ、肉筆画に挑戦している。小布施の
高井こう山というパトロンが北斎のためにアトリエを提供している。北斎はここを
4回訪れ、祭り屋台の天井画“龍図と鳳凰図”、もう一つの屋台の天井画“浪図”、
そして岩松院の“八方睨みの鳳凰図”を描いた。どれも傑作。祭り屋台
北斎館に行くと見れる。この天井画は見ごたえがある。強い色調で描かれ
た龍、鳳凰には生気が漂っている。鷹の爪のような女浪、男浪の
浪頭はこちらに覆い被さってくるようで迫力がある。

葛飾北斎は89歳で亡くなるまで画業の完成を目指して技を磨いた。75歳に刊行した
“富嶽百景”にこう書いている。“70歳までに描いたものは、実にとるにたりない
ものである。73歳で、ようやく禽獣虫禽の骨格や草木の出生を悟りえた。したがって
、80歳になれば画業益々進み、90歳にして更にその奥意を極め、百歳では
、神の技に至ろう”。

そして、死の床で“あと10年寿命があれば。。。”とつぶやき、
しばらくして“あと5年あれば、本物の画工になれたのに”と口惜しそうに語った
という。北斎は絵にとりつかれた天才絵師である。

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2005.01.17

十人一色の国

銀座では海外ブランドの出店が相次いでいる。ルイ・ヴィトン、エルメス、
ティファニー、シャネル。。。今後も種〃のブランドの進出が計画されている
という。ブランド間の競争は熾烈である。より多くの顧客を獲得するため、
流行の最先端をいく作品、人気の商品を機能的でかつ洗練された展示空間に
ディスプレイし、購買意欲を刺激している。

日本人は流行に目ざとい。特に若年層、ジュニア層の服装、化粧品、食べ物、
髪型、音楽、クルマなどに対する好みはかなり速いテンポで変わっていく。
よくニーズは多様化しているという。十人十色ともいう。だが、このフレーズ
には注意が必要。

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2005.01.16

竹久夢二展

01竹久夢二の展覧会が先週まで渋谷、東急東横で開かれていた。夢二生誕120年の記念展はこれが最後と思い、多少のダブりは覚悟して行ったのだが、はじめて見る作品が多く、夢二ファンには嬉しい企画展であった。女性客を中心に大勢の人が来場していた。

竹久夢二の絵をまとまってみるようになったのは、03年9月の尾道市立美術館の大規模展からなので、夢二ファン歴はまだ2年弱と浅い。
が、生誕記念展を高島屋や東京本郷にある竹久夢二記念館が実施してくれた
お陰で代表作のかなりを見ることができた。また、昨年9月には伊香保まで行き、
念願の“黒船屋”にも会ってきた。

今回は肉筆画、木版画や夢二のデザイナーとしての作品、童画、雑誌の表紙
を飾る絵や挿絵などが沢山展示されていた。夢二の美人画はどれも
目が大きく、愛らしい。右の絵は大正15年(1926年)1月にでた婦人グラフ
の表紙につかわれた“春”という作品。部屋に飾っておきたい絵だ。チケットの図柄
にもなっている。この作品のほかにも、配色の上手さ、デザインセンスの良さを
感じさせる絵がいくつもあった。

多才な夢二の絵にますますのめり込んでいく。春には
黒船屋とならぶ代表作“五月乃朝”を見に、また伊香保に出かけよう。

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2005.01.15

指揮者サイモン・ラトル

先週の日曜、NHK教育で放送されたサイモン・ラトル指揮のベルリンフィル
の演奏をビデオで楽しんでいる。恒例のヨーロッパコンサートが昨年5月、
アテネ、パルテノン神殿の下にあるヘロド・アティクス音楽堂で行なわれた。
指揮はサイモン・ラトル。演奏されたのブラームス作曲、
シェーンベルク編曲の“ピアノ四重奏曲1番、管弦楽版”。ブラームスの音楽には
好きな曲が多いが、この曲ははじめて聴いた。ブラームスが28歳の時、
つくった曲だ。

我が家のクラシックコンサートはいつも収録ビデオの再生。ビデオだと演奏
会場にいる雰囲気になれるのと指揮者の顔や表情をみれるのが大きな
メリットだ。

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2005.01.14

チェッリーニの塩入れ

15503年10月、ウィーンの美術史美術館を訪れた際、絵画を見た後、さあお目当てのチェッリーニの傑作、“塩入れ”だとばかりに1階の展示室へ急いだのだが、どこへいっても見つからない。

そこでこの作品の場所を美術館の人に聞くと“盗まれて今はない”と言う。思わず、ええーとのけぞった。盗まれたと言われて、かすかにこの盗難事件のことが記憶に戻ってきた。

そう、03年5月、“塩入れ”は確かに盗まれていた。
右にある彫刻のモナリザといわれる“塩入れ”の値打ちは65億円という。
この美術館の至宝が盗まれるなんてどう考えても信じられないが、まさかの
ことが起きてしまった。今、どこにあるのだろうか?

この金の彫刻はチェッリーニ(1500~71)がパリに滞在している時(1543年)
フランソワ1世の依頼でつくられたものだ。チェッリーニの手になる見事な
鉢と水差しに満足した王はそれらとの組みになる美しい塩入れが
欲しくなり、チェッリーニに制作を頼んでいる。

一枚の金の板から打ち出された豪華な塩入れである。海神・ネプチューン
と大地神・テルスが対面する形になっている。ネプチューンは右手に
三叉の鉾をもち、左手にある船が塩入れになっている。テルスの傍らに
は胡椒を入れる神殿が配置されている。下の台座は黒檀。

このチェッリーニの傑作はフランス王からチロル大公フェルディナントの
手に移り、パプスブルグ家の宝となっている。
はじめてこの美術館に足を運んだ時はこの作品の存在を知らなかった。
美術がだんだん分かるようになり、いつかウィーンで“塩入れ・サリエラ”に
お目にかかりたいと願っていたのだが。。。これは人類の遺産なのだから
はやく返して欲しい。ねえ、盗人さんよお。


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2005.01.13

法月綸太郎著「生首に聞いてみろ」

Scan10034法月綸太郎(のりづきりんたろう)の最新ミステリー本“生首に聞いてみろ”(角川書店 04年9月)を読んだ。この作家の名前は知っていたが、著作を読むのははじめて。10年ぶりにこの長編ミステリーを書いたそうだ。ミステリー小説では人気が高く、04年度のNo.1に選ばれている。

ミステリー狂いというほどではないが、殺人もの、刑事ものは好きで、高橋克彦の写楽殺人事件などのシリーズ、ゴッホ殺人事件とか佐藤雅美の啓順純情旅、縮尻鏡三郎などは新作が出るたびに読んでいる。最近読んだなかでは話題のダン・ブラウンのダヴィンチ・コード、天使と悪魔が面白かった。

生首に聞いてみろはどうか、ネタばらしをしてはまだ読んでいない人に申し訳ないので、詳しくはふれないが、大変面白い。書名からするとおどろおどろしい、あるいはホラー小説のイメージがあるが、そうでもない。

殺人ものの特徴である読み手に犯人さがしの推理をあれこれさせるのは
このミステリーにかぎったことではないが、この部分が
少し長いかなという気がする。最後の章でからくりがわかる。このからくりは
ミステリー通の読者には簡単かもしれないが、普通の人にはちょっと思いつか
ない。だから、読み終わると仲々よくできたプロットだなと感心する。

内容については美術の好きな人には知識が増える。生きた現実の姿をそのまま
石膏でかためて人間を表現したジョージ・シーガルの技法に刺激をうけた日本人
彫刻家のつくった作品にある謎がこめられ、人が殺される。そして、殺された
女性の首が切断される。。。。

右の作品は彫刻家チェッリーニの“メドゥーサの首を掲げるペルセウス”。
昔はフィレンツェのシニョーリア広場の彫刻廊にあった。このメドゥーサの首
についても、この本のなかで美術評論家がうんちくを披露してくれる。
そして、メドゥーサに見られたものは石になってしまうという話では、
その怖い目をめぐる芸術論をひとくさり述べる。このあたりは
殺人事件とあまり関係ない無駄話のようにもみえるが、日本人彫刻家
が作った遺作に刻みこまれた思いと係わってくるので気合をいれて
読まなくてはいけない。でも、ここの書き方はあまり上手ない。
わからなくても気にしないほうがよい。

合点がいかない点をひとつ。この日本人彫刻家が昔の殺人
に加わった動機にはかなり無理がある。これを除けば、本書は
キャッチコピーにあるように傑作かも知れない。

最後に、この本のことを教えて頂いたJuneさんに感謝申し上げたい。

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2005.01.12

S.E.N.S.

東京12チャンネルの日曜夜の番組、“ミューズの楽譜”にSENSが
出演していた。NHK・海のシルクロードのテーマ曲からSENS
のファンになった。このインスツルメント・ユニットの生み出す曲は耳ざわり、
心ざわり(こんな言い方あるか知らないが)がいい。NHKとは縁が深く、
美術番組“故宮”で使われた曲は本当にうまく出来ていた。この特集
が放映された時期、この曲はわが身の美術センスが上がった
のではないかと錯覚させるくらいのインパクトがあった。

番組ではメンバーの勝木ゆかり、深浦明彦が曲作りを語っていた。
聴いてて、やはり、この2人は特別だなと感じた。

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2005.01.11

山種美術館の新春日本画展

625山種美術館では恒例の新春日本画展を開催している。正月に相応しい富士、松竹梅、鶴などの吉祥画と今年の干支・酉(とり)にちなんだ作品が50点弱出品されている。

近代日本画の宝庫だけあって、巨匠たちの名画がずらりと飾られている。会場があまり広くないので、数をみたい人には一言あるだろうが、ここの常連客は出品作の質が高いのを知ってるので、数は気にならない。

山種美術館が一番沢山所蔵しているのは奥村土牛と速水御舟の作品。
御舟は先に回顧展をおこなったばかりなので、今回はお休み。
奥村土牛の絵は9点でている。そのうち、富士山を描いたのが
代表作“富士宮の富士”、“精進湖”など4点ある。そして、これも名作“軍鶏”
がでている。背景のない画面に鋭い目をした2羽の軍鶏が描かれ
ており、迫力がある。

優品がいくつもある中で、印象深かったのが杉山寧の鶴の絵。題名は“曜”
これまで2,3回みているが、いつみても魅了される。1970年の作で、
飛翔する鶴を下から見上げている。こういう視点が斬新だ。画家によると
明けていく大空の高さや広がりを描きたかったという。

鶴の絵では川合玉堂の“松上双鶴”がいい。色合い、構図が秀逸。本来、
松の上に鶴はいないのだが、中国の絵にこういう絵があり、これを踏襲し、
現代感覚で仕上げている。

このほか、福田平八郎の“梅と竹”、小松均の“赤富士図”などの前でも足が
とまった。安い料金(500円)で日本画の名品を楽しませてもらった。
そして、おまけがついていた。日本橋三越の平山郁夫展(1/11~30)の
招待券を頂いた。満足度150%の展覧会だった。

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2005.01.10

中国人画家 王子江

8日(土)の夜、NHK教育で日本に住む中国人画家、王子江(おうすこう)が
描いた100mの水墨画を特集していた。

王子江は現在46歳。1988年に来日し、日本で水墨画を描いている。この
画家が昨年10月、中国の北京にある国立中国美術館で開いた個展には多数
の美術愛好家が押し寄せ、21点の水墨画、延べ100mの大作は現地で話題
になり、各メディアにも大きくとり上げられたという。また、高名な美術評論家
からはその芸術性の高さを絶賛されている。

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2005.01.09

ザオ・ウーキー展

649抽象絵画は巾が広いので、知らない画家の展覧会の場合、観に行くかどうか迷う。

ブリジストン美術館のザオ・ウーキー展は気にはなっていたが、半分以上はパスの気分でいた。が、デュシャンを観て抽象絵画のバリアーが多少とれたので、八重洲にも足を運んでみた。

会期は1/16までと残りわずか。結果は二重丸。もう大満足の展覧会。
食わず嫌い的な気持ちで横に置いていたら、悔いを残すところだった。

ザオ・ウーキーは中国人の画家で現在83歳。フランスで活躍する
抽象絵画の巨匠。キャッチコピーにはこう書かれているが、これまでこの
画家の名前は聞いたことがなかった。それにブリジストン美術館でなぜ
この作家の企画展が開かれるのかわからなかった。70点の
出品作のうち15点が同館の所蔵なのである。一番気に入った右の
作品もここの美術館の所蔵。

この絵を30分位観ていて思い出したのがイギリスのターナーの代表作
“雨、蒸気、速力”。ターナーの絵に使われている黄茶色を青や白に変え、
具象を消した感じだ。題名はなく、制作した年月日がついてるのみ。
抽象絵画といっているが、ターナーや印象派モネの描く風景画で
味わう感覚と似ているので絵の中に抵抗無く入っていける。こういう
絵ならもっと早く来ればよかった。

もう二つ印象深い作品があった。ひとつは南宋画の牧けいや玉澗が
描いたしょう湘八景図や風景図のように揺れ動く光や大気を
感じさせる“仮象の横断”。もう一つは会場の最後に飾ってあった
“クロード・モネに捧ぐ”。ザオ・ウーキーはモネの絵が好きだったのでは
ないか。この画家の色彩感覚は天才的。オランジュリーの睡蓮を
イメージして描いたこの作品は色の配色が美しく、構図の取り方も
斬新。左端にある濃い緑の地に描かれた2本の太い木の幹は
ゴッホの“種まく人”を彷彿させる。

また一人、いい画家に出会った。早速、My好きな画家に入れておこう。

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2005.01.08

マルセル・デュシャン展

Scan10031横浜美術館で始まったデュシャン展をみてきた。これまでみたデュシャンの作品は少ない。NYのMoMA、グッゲンハイム、パリのポンピドーにあるキュビズム風の絵と自転車の輪のオブジェくらい。本物をあまり見てないのでモノグラフも読んでない。

そんなわけで、この作家のヒストリーについての知識なしで、期待の代表作“階段を降りる裸体No.2”を観た。裸体の描き方はキュビズムそのもの。時間の経過を連続した裸体の動きで表している。未来派のボッチョーニの絵と似ている。

だが、階段はあまりデフォルメせず描いている。最初の裸体に顔らしきフォルムをみつけ、
ちょっと安心する。キュビズムは原型をとどめないので見るのに苦労する。

右の作品は裸体と共に一番みたかった“大ガラス”。これはフィラデルフィアに
あるオリジナルの東京ヴァージョン(1980)。透明ガラスに水車や鋳型やデフ
ォルメされた花嫁などが描かれている。立体感があり、おもしろい表現方法
である。題名は“彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも”とついて
おり、7つのパートはひとつのストーリーを構成してるようだが、このあたりは
よくわからない。

最後の展示コーナーに、デュシャンの作品制作について語ったことがプレート
に書いてある。“私はなにか新しいことを生み出そうとしたわけではない。制作
するのに思い悩んだこともなく、神経衰弱になったことも無い。私の作品は生
きてることなのだ”。難しいことを考えて、ひねりだしたものでもなく、生活の中
からふと出てきたのだから、観る人も肩の力をぬいて、あまり考え込まない
でみてくれ、と言ってるように思える。現代における芸術、美術のあり方の本質
をズバリついている。

今回の展示法は横浜美術館のやり方なのか、デュシャンの作品と他の作家
のものをペアでみせている。例えば、デュシャンの“自転車の車輪”には久保
田成子の3つの車輪が電動モーターで動く“デュシャンピアナ”がある。各作品
の対比がうまくいっている。ビッグネームのデュシャンと競演している作家の
作品がデュシャンに負けることなく、主張がこちらに伝わってくるのがいい。
モナリザに髭をつけパロデイーを楽しんだデュシャンが今度は後に続く作家に
パロデイーの対象にされている。アートの精神を先取りしたデュシャンだから、
その作品が多くの作家の創作活動を刺激したのだろう。

森村泰昌の画家の絵の中に衣装をまとって入りこむ作品はモナリザの髭とデュ
シャンが女性人格“ローズ・セラヴィ”に変装したことからヒントを得たに違い
ない。絵をいじくるのではなく、自分が絵に入るという発想がユニーク。この森村
の作品“たぶらかす”がいくつもあった。また、横尾忠則のコラージュ作品“あな
たは善意の人ですか?”は色鮮やかで楽しめる。

この展覧会はデュシャンの作品だから、感じるより考えさせられるのかと思って
いたが、会場にいるとこの心配は消えた。ただ、現代芸術のまっただ中なの
で、この作品はどうなってるの?と戸惑うのもある。こういう展覧会は気楽にみ
るに限る。こちらが考え込んだらデュシャンに申しわけない。アートの見方をデュ
シャンに教えてもらった。

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2005.01.07

古代ギリシャの青銅像

977昨年、ギリシャを旅行したとき、美術品で一番感動したのがデルフィ博物館でみた青銅像だった。それはBC475年頃つくられた“御者の像”。

デルフィで行われたピュティア競技会に勝利した記念に制作されたものだ。高さは180cmある。右はその顔の部分。この御者の目のまつげに驚いた。実にリアルに表現されている。

これはBC5世紀初頭につくられ今残っているギリシャ青銅像のなかで、最も
素晴らしい作品と言われている。目の前にいる人間の形を正確に写し取る、
写実性の高い作品がもうこの頃にあったというのがスゴイ。

中空の青銅像鋳造はBC7世紀末、サモス島の工房ではじまった。これにより
大理石よりも自由な形や柔らかい曲線がだせるようになり、人々を魅了する
美しい青銅像が沢山作られた。“御者の像”より少し後の作品では、アテネ国立
考古学博物館にある“アルテミシオンのポセイドン”が有名。大理石ではとても
だせないポーズでポセイドンの力強さ、躍動感をあらわしている。

ギリシャでは魅力的な青銅像をいくつも見させてもらった。この感動の続きを2月
また“踊るサテュロス”で味わえると思うとワクワクしてくる。

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2005.01.06

東博のサテュロス展

Scan10029東博の初もうで展を見にいったとき、ビッグニュースが目に入った。2/19から3/13まで特別公開される“踊るサテュロス”のことである。

チラシのコピーは“門外不出の世界の至宝がやってくる”。この踊るサテュロスというブロンズ像のことはまったく知らなかった。98年、イタリアの南部シチリア島沖で漁船の網にかかり、奇跡的に発見されたという。

高さ2.5m、重量108㎏のブロンズ像で2000年以上前ギリシャで作られ、アテネから輸送中に海に沈んだらしい。そして、98年に偶然みつかった。ちなみに、サテュロスはギリシャ神話にでてくる森の精でバッカスの従者。この像は酒に酔ったサテュロスが
跳躍しようとする瞬間を表現している。

作者があの古代ギリシャ最高の彫刻家プラクシテレスとも言われてる。
昨年10月、アテネの国立考古学博物館でプラクシテレスの傑作をいくつかみた。
ミケランジェロも憧れたというプラクシテレスの作ならこれは凄いことだ。

発見された後、4年かけて修復されたこのブロンズ像は3月から始まる
愛知万博のイタリアパビリオンで公開される。で、この公開に先立って東博で
初お目見えとなるらしい。愛知万博に感謝〃。初日、朝一番で行かなくては。
平常展もよかったが、この情報のほうが大収穫だった。

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2005.01.05

歌川広重の風景画

1004原宿にある浮世絵美術館の太田記念美術館で開館25年を記念した名品展がはじまった。

来月の26日まで所蔵の中から優品150点あまりが展示される。1月と2月で展示替えがある。

そして、同じ作品をパリの国立ギメ美術館で、今年7月から8月にかけて“大浮世絵名品展”と名うって展示するとのこと。

今回の出品作のうち、50点が肉筆画。岩佐又兵衛も1点ある。懐月堂安度
の“大江山絵巻”が面白い。大江山の酒呑童子が源頼光らに退治される
話だ。昨年、日本橋三越であった琳派展にでてた鈴木其一の絵に
川で血のついた着物を洗う女の場面があったが、この絵巻にも
描かれていた。

版画はブランド絵師の名作がずらり揃っている。鈴木春信、鳥居清長、
喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重の絵が多く展示されている。
右の絵は広重の“江戸近郊八景之内 飛鳥山暮雪”。この雪の絵は
はじめてお目にかかった。広重は雪の絵が上手い。日本の雪
という感じがする。一番有名な雪の絵は“東海道五十三次乃内 
蒲原夜乃雪”だろうか。

浮世絵の専門家でもある作家の高橋克彦が“もし南海の孤島に行くと
した時、一枚浮世絵をもっていくとしたら、自分は広重の蒲原をもっていく
”と言ったことがよくわかるようになった。広重の風景画に他の
絵師よりも日本を感じるからだと思う。そんなことを考えながら
この絵をみていた。

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2005.01.04

ピティ宮殿のラファエロ

467昨日、TV東京の“ヴァザーリの回廊”という番組を見た。

フィレンツェにあるヴェッキオ宮殿とピティ宮殿を結ぶ回廊を俳優の奥田英二が案内するという趣向。

ここにカメラが入るのははじめてのこととナレーションの小谷さんは強調する。こちらは沢山お金握らせたら、すぐOKなんだなと思うが、そこは熾烈な視聴率競争を戦っているTV局のこと故、素直にへえーとトリビアの泉の気持ちになり、興味深くみた。

番組のなかで嬉しかったのはピティ宮殿にあるラファエロの名画をみせてく
れたことである。宮殿内にあるパラティーナ美術館にはラファエロの聖母子
像などの傑作が沢山展示してある。5年前、2度目のフィレンツェ訪問で
一番見たかった絵が右の“小椅子の聖母”、ラファエロ全作品のなかで最
も気に入ってる絵だ。

この絵を見たときの感動はいまだに忘れられない。この聖母子をみている
自分の顔は素直ないい顔をしているだろうなと、勝手に思ってしまうような
穏やかな気持ちになる。聖母は慈愛溢れる母親そのものであり、抱かれて
いるのはどこにでもいるちょっと太目の可愛い赤ん坊。宗教臭くないのが
いい。

この絵はラファエロがフィレンツェ(1504~1508年)を去り、ローマに移っ
てから(1508年以降)の作で、1513~1514年頃に描かれている。制作
事情はあまり分からないらしい。そのため色々な神話が生み出されている。
その一つは、ラファエロがたまたま田舎を通りかかったとき、天使のように
美しい二人の子供と母親をみて、心打たれた。すぐ、この3人を描きとめよう
としたが、あいにくスケッチの道具を持っていなかったので、あり合わせの
陶土を使って酒樽の蓋に描いたというもの。この話は1800年代に出来た
らしい。また、ラファエロが愛したフォルナリーナを描いたという説もある。

この宮殿ではフィレンツェで制作された名画“大公の聖母”や未完成の“天
蓋の聖母”にも会える。そして、ウフィツィ美術館には大公の聖母同様、
フィレンツェ時代に描かれた“ひわの聖母”がある。ここフィレンツェにラファ
エロの優雅な聖母子像の傑作が集まっている。もう一つの名作“サンシスト
の聖母”は昨年、ドレスデン国立美術館でみた。ラファエロの聖母子像を
みている時が一番楽しい。

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2005.01.03

円山応挙の双鶏図

643_1今年の干支は鶏。日本画には鶏を描いた絵がいくつもある。極め付きは伊藤若冲の鶏。超リアルに色鮮やかに鶏を描いている。

写生画の一方の雄、円山応挙も鶏を手がけている。右の作品は京都の八坂神社にある“双鶏図”。衝立に雌雄の鶏がかかれている。背景がない。本物の鶏が目の前にいるようだ。

この絵が描かれた時(1776年頃、応挙43歳)、そのリアルさが評判になり、
鶏が逃げ出さないよう、長らく画面を金網で覆っていたという。それくらい、描
かれた鶏が生きている鶏にそっくりだったということである。若冲の写実性は
幻想的な空間のなかでスーパーリアルを出しているのにたいし、応挙の対象
物の捉え方は見たままを描いたという感じ。

美術家の森村泰昌さんが面白い言い方をしている。“絵には匂う絵と匂わな
い絵がある。曾我蕭白や伊藤若冲は独特の匂いを発散させるが、円山応挙
の絵は匂わない”

昨年、芸大美術館で開催された“版画東西交流の波”に宋紫石が作った画譜
(草花、生き物、昆虫などの写生帖)が出品されていた。中国人、沈南ぴん
(しんなんぴん)が日本にもたらした写生的な画風が大流行し、宋紫石(日本
人)が作ったこの写生画のマニュアル本が手本となった。

写生画には好き嫌いがある。あまり写真ぽくなると、学校や図書館にある図鑑
に出てくる絵のようで、見てて楽しくない。実際、細かいところまで忠実に描き
すぎると、絵が重くなる。やはり、絵のなかに雰囲気や情感がないと絵としての
魅力がない。応挙はこのあたりのことは心得ており、実と虚をうまくバランスさ
せた絵を描いている。

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2005.01.02

オペラの名アリア

正月はオペラを聴いて過ごすことが多くなった。とくに、有名歌手の
ガラコンサートのビデオを楽しんでいる。全盛時のパヴァロティ、ドミンゴ
の歌を聴くと本当にしびれる。テノールではホセ・クーラ、アラーニャら若手実力
歌手が主役に躍り出ている。アリアのなかでも、ソプラノの名手が唄う
美しい曲を聴くとうっとりした気分になり、お酒がすすむ。今は
マリア・グレギーナが一番気に入っている。01年の11月、日本で
コンサートを開いたが、一曲々歌い終わると大拍手だった。

Myアリアをテノールからみてみると。。。。

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2005.01.01

謹賀新年、今年前半の展覧会

今年もMy文化記号におつきあい頂ければ幸いであります。
皆様と一緒に感動し、共振できる文化現象が多くあることを
願っております。宜しくお願いいたします。


さて、今年はどんな名画、名品に出会えるだろうか。手元にある情報
から今年前半に開催される注目の展覧会をピックアップしてみた。

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